光射す道へ(※ナルヒナ・サスサク)の続き




サクラとヒナタがサスケとナルトを連れてラーメン一楽へ訪れたのは、まだ日のあがらない早朝のことだった。
一晩中飲み明かしたというのにほろ酔い加減のヒアシとキザシは突然現れた娘と娘婿(予定)に驚き、テウチとアヤメは快く迎え入れた。

「もーカカシ先生!お父さんはともかくヒアシ様をこんな時間まで付き合わせて!!」
「え?」

プリプリと怒るサクラにカカシが戸惑っていると、その後ろのサスケがアイコンタクトをとってきた。

(ああ、そういうことになってんのね)

昨夜、ナルトとサスケのことを語っていたヒアシとキザシの話を聞いて、カカシに罪をなすりつけようと決めたんだろう、サクラも体面では怒ってはいるようだが本心では仕方ないと許しているようだった。

「すまんすまん、最近篭もりっぱなしだったから、つい羽目を外してしまって、ヒアシ様もキザシさんも付き合ってくれてありがとうございます」
「いや、コチラこそ良い酒が飲めた、ありがとう」
「きょ恐縮です!ありがとうございます」

火影が頭を下げるのでキザシは慌てたようにペコペコとお辞儀をしだした(流石のヒアシは毅然としていたが)それに困ったように「まぁまぁ」と両手をかざして顔を覗き込むカカシを見てヒナタも焦ったようだ。

「カカシ先生、父がすみません、テウチさんキザシさんもありがとうございます」

するとキザシは顔を上げてヒナタを見て照れくさそうに笑い、テウチもヒナタの肩にぽんと手を置いて笑ってみせた。

「いやぁ、久しぶりにたんまり飲めて楽しかったよ、いつもはアヤメに止められるからなぁ……」
「今日は特別だからねお父さん、体調管理も職人の仕事のうちなんだからね」
「そうだぜテウチのおっちゃん!俺がじいちゃんになってもおっちゃんにはラーメン作っててもらわないとならねえんだから体は大事にしろよ!」

やんわりとヒナタの肩からテウチの手を外しながらナルトはそれでもテウチに無邪気な顔で言った。

「お前がじいちゃんって……それは無理ってもんだろ」
「なんだよ根性ねえなおっちゃん!」
「根性でどうにかなる問題なの?」

と、サクラが呆れる横でサスケがケロリとした顔をして

「不可能ではないんじゃないか?……木ノ葉の医療忍術は僅かながらでも日々進んでいるから後は本人の気持ち次第で」
「そ、そうよねーサスケくん」

なんてことを言うのでサクラはすぐさま同調する、彼の言い分は医療忍者としても嬉しいものだった。

「ここは……兄も好きだった場所だから、ずっと残ってくれると……勿論俺にとってもアンタのラーメンは……だから」

その人の目を真っ直ぐ見据えながら堂々としているのに肝心な単語は言わないという芸当をみせるサスケにサクラは苦笑いしながら内心愛しく思いキザシも微笑ましげに見ている。
ああやばい、涙腺にきた……と、カカシは目頭を抑え、同じように涙腺がやられているだろうイルカをちらりと見ると……

「って、寝てんの?先生」

カウンターに突っ伏して幸せそうな寝息を立てているイルカに驚く、自分の方が若々しいと自負していたけれど寝顔を見てみると案外幼かった。
それにしても、ついさっきまでウチの生徒もその保護者も木ノ葉にて最強!という気分で飲んでいたのに、こんな大勢いる中で眠れるなんて忍としてどうなんだろう。

「フヒヒ、イルカ先生安心しきってるってばよ」

それでも嬉しそうな教え子の声を聞くとカカシの心にじんわりとあたたかいものが広がった。

「よかったね、先生」

サクラとヒナタの父親が娘を深く愛していて、サスケやナルトのことも同じように愛してくれてるとわかって、自分がこれだけ嬉しいんだからイルカはきっともっと嬉しいに違いない、そしてイルカが嬉しければ自分も嬉しい。
カカシがイルカの背中を労うように叩いて微笑んでいると、何故だか周りの視線が生暖かいものに変わったのに気付いた。

「じゃあカカシ先生、イルカ先生のこと頼むなー」
「へ?」
「ちゃんと家まで送り届けろよ」

自分たちは家族と一緒に帰るから、とナルトとサスケに言われて、イルカをもう一度見下ろす、穏やかな寝顔は起こすのは忍びない。

「まぁ、これも火影の仕事のウチかなぁ」

数分後にはカカシは早朝の商店街をイルカをおぶって歩いていた。
ここにヤマトがいたら「そんなわけないでしょう」と言いそうなことを呟きながら。

自分達が店を出た後、元教え子たちから

「カカシの奴、まだ自覚がないのか?」
「そうみたいね、それを言ったらイルカ先生もだけど」
「かれこれ十年くらい経たないか?」
「ま、ナルトよりはマシでしょ……」
「ちょ!?俺よりマシってどういうこと!?サクラちゃん!?」
「フッ……」
「ふふふ」
「サスケお前笑える立場にねえからな!ってヒナタまで!!笑うなってばよぉ!!」
「「朝から五月蝿い」」
「近所迷惑になるよナルトくん」

等と噂話されているとは知らないカカシ。
ヒアシやキザシまで「え?あの二人ってそうなのか?」という顔で自分達の歩いて行った方を見ていることなんて知る由もなかった。
知る由もなく、背中に感じるイルカの熱に暖められカカシはご機嫌だ。
調子よく鼻歌なんて漏れてくる、今年アカデミーを卒業したばかりの下忍が学校で習ったと教えてくれた子ども向けの底なしに明るい朝の歌。

「ねぇイルカ先生、一楽ってあのお店にピッタリの名前ですよねー」

歌うように、自分に体を預けて眠るヒトへ語り掛ける。
自分の周りに転がるふわふわとしたやわらかい生物を数えるように、宝物を指折り数えるような声で。

『一楽』

一人でも気楽に入れる場所
一番、楽になれる場所

「ま、俺にとっては一緒にいて楽しい奴らと憩える場所です」

寝ているイルカからは当然なにも返事がない。
それがいい、だって今考えていることは口に出すと恥ずかしいものだ。
たとえば霧隠れの鬼人あたりが聞いていれば「そんなこと恥ずかしがるタマか?」と言われそうだけれど、このヒトの前だと酷く恥ずかしい、だって正しく理解してくれるから……自分も少し酔っているのかもしれない。

「でも一楽だけを特別扱いしちゃいけないんですよね、俺にとっての一楽みたいな場所が里のみんなに出来るように、忍も忍以外の人ものびのび生活できるようにしていかないと……だって里民はみんな大事な……」

“子ども達”なんて、言うのは烏滸がましい気がする。

「俺の部下です」

“仲間”という言葉も少し違う気がしたからそう言った。
仲間は協力し合い共に歩んでいくものだけど、対等だからこそ意志の相違もあり、対立することもある。
でも“部下”は見守くもの、己の手で導けなくなったとしても信じて送り出すことができる、部下の仲間を信じて少し先で待っていることだってできる。
カカシは今までだってこれからだって忍衆に過酷な命令を出すことも誰かを死に至らしめることもあるだろう。
きっと沢山の恨みを買うだろう、正直、自分だって散々な任務をこなしている間に三代目や五代目を恨んだことも一度や二度じゃない。
それでも、彼らの情はちゃんと感じていたから、彼らの意志をちゃんと継いでいきたいと願うから。

「ナルトやサスケや……アナタのような子が、みんなから認められ愛されることが当たり前であるように」

今はまだ暗い部分が大半を占めるけれど七代目火影が誕生する頃には光に満ちた世界であるように――
「がんばらないと……」

とりあえずイルカを家に送り届けたら、執務室の近くに作ってもらったシャワー室を借りて、きちんと火影の服を着て、あの椅子に座ろうと決める。

(がんばらないと……って、アンタが言いますか)

朝ぼらけの中、キラキラと輝くカカシの髪にくすぐられているような気がして、イルカの頬は小さな子のように赤く染まっていく。
聴きなれた歌のリズムに目を醒ましたけれど、すぐにカカシにおぶられていると気付き目を綴じた。
申し訳ないけれど役得だと思ってその背に沈めたままにする、酔いの醒めた頭に、酔っぱらったカカシの言葉が染み込んでゆくようだった。
大戦後、混乱の中で六代目火影に就任したカカシは傍からみていてこの人死ぬんじゃないかというくらい多忙を極めていた。
無論戦乱を生きた歴代火影たちの苦労も想像しがたいものだったが、それとは違う復興と平和に向けて尽力しているカカシの努力は実感で解っているつもりだ。
派手な仕事から地味な仕事まで卒なくこなし、ナルトの結婚式まで良いものとしようと苦心してくれていたのを思い出して、もう充分がんばったと言ってやりたくなるのは己が教育者だからだろうか。
きっと自分たち以上の世代の者は、里のため戦忍として殺す技ばかりを磨いてきた過去と今この里が目指しているものとの矛盾に苦しんでいる。
今まで里を支えてきた価値観を覆すのにどれほど人は葛藤するのだろう、自分もその渦中に居ながら他人のソレを受け止めなければいけない火影は、きっとこの里が創立以来はじめてだ。
ナルトやサスケやサクラがその強さからは信じられないほど殺した数が少なかったこと……心の柔らかいうちに人間にトドメを刺す感触を知らなかったこと、刺客や任務で止む終えず手を血に染めることはあるがそれ以上にその手で救った数の方がきっと多いことは、カカシのお陰だとイルカは思っている。

(カカシさん)

無理しないでくださいね、無茶をする時は誘ってくださいね、貴方の部下泣かせにはほとほと呆れかえっているんです。
イルカは思う、カカシだって誰かの子どもで誰かの仲間で誰かの部下なんだから、カカシは自分自身も大事にしなければいけない、イルカと一緒にこの犠牲と恩恵の狭間にある世界で自分たちが出来ることを探していけばいいのだ。

「がんばりましょうね……」
「……ッ!?イルカ先生?起きてたんですか?」
「はい」

そう言えば「あー」とか「ふーん」とかバツの悪そうな返事が聞こえてイルカは肩を揺らして笑った。

「起きたなら自分で歩いて帰ってくださーい」
「えー?あと三十歩くらいで着くじゃないですかー」
「火影がアカデミーの先生を背負って歩いてるなんて誰かに見られたら大変でーす」
「俺は三代目に何回と背負われたことがあるので大丈夫でーす」
「子どもの頃の話しでしょ?」
「あー火影の背中落ち着く」
「もー誤魔化さないでくださいよーまだ酔ってるんですか?イルカ先生」

火影になったカカシと出逢ったころと同じ呼び方と声と口調で気安い友人のように話せるのは嬉しいことだ。
昔は彼に呼び捨てにされる教え子や同期や後輩なんかが羨ましく感じることもあったが心の底から敬意を払われていることも嬉しく思う、きっと彼にとっては当たり前のことだろうけど。

イルカの自宅まであと五歩のところでカカシの足はピタリと止まった。

「カカシさん?」
「えっと……」

この人をもう少しで降ろさなければならないなと思いながら、一歩。
名残惜しいなと思いながら、一歩。
でも仕方ないと諦めて、一歩。
朝まで一緒にいられただけで充分だと、一歩。
そして最後の一歩を踏み出した時に、イルカがカカシの耳元で言った。

「うちのシャワー貸しましょうか?」

イルカを落としてしまわなくて良かった。

「はい?」
「カカシさんどうせこの後、仕事場に直行してシャワー浴びるんでしょ?でもそれでも始業時間には早いと思うんですよ」
「え、ええ……」

仕事は山積みなのだから早めに始めたって良いのだが、何故かそんなことを言ったらイルカに叱られてしまう気がして口から出て行かなかった。

「だから、うちで、シャワー浴びてってください、支給服と新品のパンツありますし」
「……」

どうしてだかイルカの口からパンツと聞くとなんか本当どうしたらいいか解らなくなる、酔いはとっくに醒めている筈なのに顔が赤くなる。

「コーヒーも淹れますから」

それが少しでもいいから気を休めてほしいという嘆願に聞こえて、カカシはイルカを背負ったまましゃがみ込んだ。
勘弁してほしい。

「どうしました?」
「いえ……」

自分の背中から降りて自分の後頭部を見詰めているらしいそのヒトに首を振る。

「大変魅力的なお誘いですが、一緒にいればいるほど別れがたくなるのでお断りします」
「なっ!?」

他意なく宣われた言葉にイルカの頭はヒートする、これまでの経験則から言ってカカシがそれを失言だと気付くことはないだろうなと、一部始終を見守っていた暗部の後に護衛は仲間たちに報告することとなった。

「じゃあねイルカ先生ゆっくり休んで」
「え?あ!の、後程!執務室にお伺いします……今日は休暇だからカカシさんの手伝いを」
「いや、いいよ休暇なんだから休んでよ、あ、別にイルカ先生が使えないとか信用できないから断ってるんじゃないよ?いつも手伝ってもらって助かってるけど申し訳なくて」
「いえ、一昨日テウチさんから頂いたチャーシューの端切れがあるのを思い出したので……悪くなる前におにぎりにして持っていきます」
「アンタ二日連続ラーメンだったの……いや、好物なんでしょ?先生が食べなよ」
「いえいえ、テウチさんから頼まれたんです……最近カカシさんが来ていないからウチの味を届けてくれって」
「へっ?」
「出前みたいに持っていってもアンタが留守なら仕様ないし、だからチャーシュー持ってってやってと」

そうしてカカシの顔が嬉しそうに綻んでゆく様を見てイルカも格好を崩す。
以前と変わっていない、火影になりその責任から滅私的なところは増えたけれど特別なものは特別なまま彼の中にあるのだ。
我儘かもしれないがイルカはカカシの特別を守っていきたかった。
そして……

「ありがとう、イルカ先生」
「……」

カカシ自身のことも守りたい。
立場や肩書きがこのヒトを構成する一つでしかないように贖罪や使命に全てを費やす必要はないけれど、それも含めてカカシだから、ずっと守っていこうと思う。

「イルカ先生?」
「いえ、ではまたあとで」
「はい」

そして二人はイルカのアパートの前で別れ、イルカはそのまま自分の部屋へ、カカシは予定を変更して我が家へ一度帰ることにした。
イルカがおにぎりを持ってくるなら自分は昨日つくりすぎたスープを温めて持って行こう、少し遅めの朝食をそれにして、昼のピークを過ぎた頃に一楽へ出前を頼むか、二日連続のラーメンになってしまうから餃子にしようか、イズモとコテツにはラーメンで……イルカもまたラーメンだろうなと想像して面白かった。
イルカはイルカでそんなカカシの背中を見送ったあと、切なげに息を吐いて自宅の中へ入っていく、昔はいつも断られることが怖くてドキドキしていたけれど何時からか断られても気にしないでいられるようになった。
ドキドキするのは変わらずに恐怖だけはどこかへ行ってしまったイルカは自分のことなのにどうしてよいのかわからなかった。

そんな二人の一部始終を見守っていた暗部の護衛たちは心の中で「何年この状態が続くんだろう」ともどかしい気持ちになったが流石は暗部、心を殺して通常業務へ戻るのだった。



END

二人ともは残業帰りに月を見上げて「頑張っているからねって♪強くなるからねって♪」って脳内ハミングしてるサラリーマンみたいなイメージあります