平日の昼下がり、人もまばらな食堂に火影と中忍が向かい合って昼食を食べていた。
火影いわく「午前中にこの書類の山を処理しなければ今日の日替わり定食は天ぷらになる」とか、そういう暗示をかけると驚くほど集中するという。

「なるほど、自分ルールですか」
「違います」

イルカの言葉をコンマ一秒で否定するカカシ。

「自己に対する脅迫みたいなもんです」

否定したものの百倍くらい物騒になった。
カカシはそれをあまり続けるとよくないのでここぞという時に使うようにしていると言う。

「はぁ……お疲れ様です。というか何故六代目ともあろう方が食堂で食事なさるのが気にかかるんですが」
「んー昔馴染みの店みたいなもんですし、綱手姫だってよく賭博場に行ってたから火影だからって入ってはいけない店はないと思うんですよね」
「カカシさんの場合は安上がりで近場でいいですよね」

と、言いながらイルカが食べているのは一番安い素うどんだ。
ただでもらえるネギを大量に、天カスをぱらぱらとかけている。

「でも、たとえ日替わり定食が天ぷらでも他のものを頼めばよろしいのでは?」
「そうなんだけどさ日替わり定食ってなんか家の人が作ってくれるご飯みたいじゃない」
「はい?」
「毎日なにが出てくるか解からないじゃない、だからいつも今日のごはんは何かなー?って思うの、いいよね」
「なるほど、ここの日替わり定食その時に仕入れた食材で変わってきますもんね」

メインは魚が安ければ魚、肉が安ければ肉、サラダになるか野菜を加工したものか添え物はなにか、汁物もその時によって種類が違うものとなるので予測が難しい、その分メニューを考える調理師は大変だろうけれど日々里の為に働く忍に食べてもらっている、また火影まで食べにきてくれるとなればモチベーションがあがるのだろう。
実際ふたりの会話を聞いていた調理師は家のご飯みたいだと言われたことにより『日替わり定食から天ぷらを除外しよう』と密かに思っているのだった。

「俺、一生ひとつのメニューしか食べられないって言われたら日替わり定食を選ぶよ」
「……それズルくないですか?俺は居酒屋に行くことを考えて本日のおススメにしといた方がいいかな?」
「イルカ先生こそズルい……俺もそれにしようかな」
「あ!でも一楽には本日のおススメがありませんね……そっか……もう食べられないのか」
「そんなに落ち込まないでイルカ先生!火影権限でメニューに本日のおススメを追加してもらうから!ね?」
「テウチさんに火影権限なんて利きませんって、アヤメさんに聞いてもきっと全部おススメって言いますよ……」

(なに言ってるんだろうコイツら)

中堅にあたるアカデミー教師兼受付事務と最高権威の火影に思わず「コイツら」とか思ってしまった周りの下っ端忍者たちだが、誰が彼らを責めることができようか。
しかし中忍以上の忍者たちは平然と食事をしたり食後の一服を楽しんでいる、順応力が命綱の彼らはツッコミ不在のふたりの食卓(in大衆食堂)にも慣れっ子だ。
冗談や軽口ではなく、本気で一生ひとつのメニューしか食べられないとしたらの語りをするトーンだった。
そして考え付いたのが日替わり定食、本日のおススメ、発想がこすくてせこくて普通だ。
カカシならもっと毎日ホテルのビュッフェや満漢全席がいいとか(それはそれでズルい)逆に兵糧丸でも構わないくらいは言ってほしいところだ。

「ところでカカシさんのお父さんはお料理される方だったんですか?」
「え?」
「さっき「今日のごはんは何かなー?」って言ってたでしょ?サクモさんが夕御飯つくって待ってたんですか?」

それとも誰かそう思わせるヒトがいたのだろうか、カカシの家にいて料理を作って待っててくれるような存在がいたのか……会ったこともない人影がちらついてイルカの心を澱ませる。
イルカもそうだがカカシも両親を始め頼りにしていた人が次々と亡くなり依り辺というものがない、また部下を守る立場なせいか世話をしても世話をされることは殆どない。
だから父親じゃなければ恋人の手料理のことを言っているんだろうなと思う。

「そうそう父さんが里にいる間は楽しみだったね、あのひと意外と外部に出る任務が少なくて、俺が小さかったから気を使ってたのかな?とも思ってたんだけど、ま、あのお偉方のことだから数年後には大きな戦が起こるって判ってたろうし、それまでに俺が実戦で使えるよう修行つけさせといた方が良いって思ってたのかもね、長い目で見て」
「なんていうか……そういう子どもを駒としてしか見てないような考え、教師として許容できませんが」

そういう者はきっとサクモが掟を破ったのはカカシのせいだと詰ったろう、アカデミーに勤めていると時折聞こえてくる野次、子が出来てから腑抜けになっただの、くだらない、ならば里の父と呼ばれる火影などどうするというのだ。
ただ、それが子どもの耳に入れば傷つけるから、わざと厳しく接する親もいて……そうして泣く子をイルカは何人か見てきた。

「イルカ先生はいい先生だーね、でも理由はなんであれ父さんと一緒に過ごせて幸せだったと思うよ……それが当たり前じゃない子も沢山いるもんね」
「でも昔と比べて今の方が親子で過ごす時間が増えてると感じますよ?カカシさんの努力の賜物ですね」
「情勢が安定してシフトに気が回せる余裕が出てきたからだよ、その分、独身組に皺寄せが行っちゃうのがね……」
「大戦後の人手不足だから仕方ないと皆思ってますよ、まぁ数年後にはそれも解消できるようアカデミーで育てますから、五代目のように命を大切にして、六代目のように仲間を大切にする忍を」

三代目以前とは時代が違うから、あの頃のようには育てられないけれど、彼の火の意志だけは受け継がせようと心に極めていた。

「そうですね、ありがとうございます……またイルカ先生に助けちゃった」
「へ?俺なんにもしてないですよ」
「いいえイルカ先生はいつも俺に大切なことを思い出させてくれるし、思いもよらないことを言って俺の悩みを消してくれます。子どもと接しているから考え方が柔軟なのかな?凄いことですよね」

(凄い殺し文句ですよね)

その場にいたほぼ全員が思った。
彼の名誉のため盗み見ることはしないがイルカの顔は今真っ赤だろう、本人達に自覚はないがカカシとイルカは場所を選ばずこういう恥ずかしいやり取りをする、無差別イチャイチャテロだ。
カカシは良い人だしイルカも良い人だと皆も認めたところなので文句を言うつもりはないが困ってしまう、この二人、これでもまだ付き合っていないというか自分の気持ちにすら気付いていないのだ。
里長と教師なんだからもう少しきちんと恋愛の教育を受けさせていて欲しかった……いやヒルゼンの教育では子ども達がグレる、アスマと紅の子とかせっかく可愛がっているのだからずっと懐かれていてほしい。

「そういえばミナト先生は奥さんの料理が一番好きって言ってたな」
「じゃ……じゃあ一生ひとつのメニューしか食べれないってなったらナルトのお父さんは奥さんの手料理って答えますね!ナルトもそうなるのかな?」

(いやそれメニューじゃねぇよ、日替わり定食も本日のおススメも怪しかったけど、確実に意図からずれてるよ)

先程の殺し文句から半分ほど生還したイルカの言葉にカカシがうーんと唸った。

「でもそしたらずっと奥さんがご飯作らなきゃですよね、奥さんが先に死んじゃった場合は飢え死にしますし……ま、それはいいとして自分の料理を食べてもらいたいときもあるでしょうし、俺は外食も好きなんで奥さんて限定しないで自分を含めた誰かの手料理ってことにしません?」

(意図ずれどころか根底からひっくり返しやがったコイツ)

またもや心の中でコイツ呼ばわりされる里長。
「一生ひとつのメニューしか食べられないとしたら?」と聞いて「誰かの手料理」と答えられたら、違う、そういうことじゃない!と言いたくなるだろう。
しかしイルカはそこには突っ込まず。

「飢え死にしてもいいなんて言わないでくださいよ、きっと奥さんヨボヨボになってもド根性でアンタが死ぬまで料理作ってくれますよ」

(コイツはコイツで無茶を言う)

奥さんに対してどんだけ要求が厳しいんだ。
里の者にはすっかりイルカ自身がカカシの奥さんと認識されているとも知らず。

「それもいいね、でもさ俺は安心して食事ができるってだけで上等だと思うんだよね、子どもの頃だけど暫くなにも食べつけなかった時期もあるし……あのとき死ぬわけにはいかないと思って食べたお握りが凄く美味しくてビックリしちゃったな……あれ作ってくれたのイルカ先生のお母さんだったんだよね」
「そうなんですか!?」
「そうなんですよ、俺も火影になってから過去の資料見て知ったんだけど」

サクモが死んで間もなくカカシの元へ食事を作り運んだ者の名がイルカの母だった。
三代目が将来カカシが会って礼がしたいと言うだろうと思って残しておいてくれた。

「そのとき俺決めたんてすよ、イルカ先生のお母さんのおかげで生き永らえたんだから一生イルカ先生を食うもので困らせない!と」
「そんな大袈裟な」

(プロポーズか!!!)

おそらく火影的な意味で言ってるのだが語弊の渦が嵐のように吹き荒れている、そしてイルカは気付かない。

「まぁそんなこと言って結局食事なんて兵糧丸でもカップラーメンでもいいんだよね、勿論こういうとこで食べれるのは幸せだけどさ」
「わかります、俺も人が生きる糧にしている食事に優劣をつけたくないなと、……どんな食材であれ等しく生き物の命ですし」

人が起こす戦で沢山の口寄せ動物は死ぬ、争いの精を蓄えるため野生の動物も捕らえて調理する、皮や角を加工して武器を作る、邪魔だからと草や蔦を刈る、そうやって自身とは無関係な理由で屠られる動植物からしたら人間の好き嫌いなど傲慢でしかないかもしれない。

「昔は食べる物を選ぶなんてあまり重要に思ってませんでしたね……ま、最期の食事が木ノ葉の里で大事な人と食べるものだったらいいなとは思ってましたけど」
「最期だなんて……」
「任務が入る度にイルカ先生食事に誘っちゃって迷惑だったと思うんですが、やっぱあの頃ちょっと弱ってたのかな」
「え?」
「走馬灯って大事な思い出が早い順から流れてくるんでしょ?きっと思い出すのは別離の場面ばかりだけれど、最後の最後に見れるのがイルカ先生がおいしそうに食事してるとこだったら報われるかなーなんて」

ツラいばかりの人生だけれど死に際に貴方を思い出せば幸せな気持ちで終えることが出来る。
今カカシが言ったのはつまりはこういうことだ。

(これは殺し文句どころの話しじゃねえ)

食堂はシン……と静まり返ってしまった。
まるでイルカの返事を待つように。

「カカシさん」
「はーい?」
「とりあえず食べ終えましょう、ご飯がさめちゃいます」

そう言ってイルカは少し伸びたうどんを啜りだした。
泣いている音に似ているけど、きっと彼の眦は乾いたままだ。
カカシも食事を再開し始めた。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまです」

二人そろって箸を置いて手を合わせる。

「カカシさん」
「んー?」
「いつか遠い未来で貴方が見る走馬灯では、きっとみんな幸せそうに微笑んでいると思います」

そりゃあ暗く冷たい記憶も多いけれど、きっとそれ以上の楽しい思い出が増えるから――
「これからの貴方の人生で見る俺は、きっと他のどんな人よりも幸せに見えると思います」

声にも顔にも愛おしさを張り付けたイルカは、合わせていた指をギュッと握りカカシを真っ直ぐに見た。

「食事中じゃなくても、仕事をしていても、怪我や病気に倒れている時でも、貴方の傍にいればきっと俺は幸せなんです」
「イルカ先生……」
「俺の走馬灯の最後も貴方の笑った顔がいいな」

(コイツら……)

こっぱずかしいやりとりが更にこっぱずかしくなって周りの者はいたたまれない。
どうしてカカシの自分ルール(自己へ対する脅迫)の話しからこんな甘くるしい雰囲気にもってこれたのだろう、不思議だ。

とはいえ準応力の高い忍者と忍者の里の食堂店員たちは次第に自分のペースをとりもどし。
ニコニコと笑い合っている火影と中忍を残してそれぞれの持ち場に戻って行くのだった。



おしまい


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