テンテンはどちらかというとツッコミだと自分で思っている、というか周囲にそう思われている、チームメイトのせいで、しかし本来は他人を諌めたり進言したりするのは苦手な部類だった。
だって安心するじゃないか、好きな人達が目の前で元気に飛び回っていたら楽しいと思うじゃないか、周囲にどう思われようと好きにさせてやりたいと思うのが仲間心だ。
本来ならあの二人に振り回されるのはネジの役目だったのに、先の大戦で英雄となった沈着冷静で熱血な男を思い浮かべて溜め息を吐く。

「カカシ先生は子どもの頃ノートやメモをとっていなかったの?」
「とってたけど……どこやっちゃったかなぁ……引っ越しのとき捨てたかも」

休日をのんびりと家で過ごしていたテンテンの元へ六代目火影とうちはサスケが現れたのは十数分前。
なんでも筆跡をコピーし過ぎて自分の字が解んなくなったというカカシに思い出せるようなアイテムはないかと訪ねてきたのだ。
ちなみに何故サスケがついてきたかというと若い女性の家に男ひとりで来るのは体裁が悪いから……男ふたりで来たって一緒だよ!いつもガイとリーが無遠慮でやって来るから問題ないけどね!とツッコミを我慢した。

「まぁ筆跡なんて年とともに変化していくものだから今更小さい頃の字を見たって、ねぇ……」
「写輪眼を習字に使うからだ馬鹿」
「そこは反省してます」
「別に筆跡なんて俺達は気にしない、アンタが認めてくれるなら字なんて二の次なんだが……」
「うっ」

ここ数年で素直になってきたサスケは、サラッとカカシの琴線に触れるようなことを言う。
テンテンは興味をそそられ聞いてみる。

「カカシ先生が筆跡思い出したいのにサスケがなんか関係あるの?」
「ああ、婚姻届の保証人の欄にサインをしてほしいと頼んだらこうなった」
「え?」

これまたサラッと重要なことをカミングアウトされた。
サクラにも報告されてないのに、どうせなら二人揃った時に聞きたかった。
そう頭の中で叫びを上げつつ「そっか、おめでとう」と笑顔で言うことに成功したテンテン、サスケも少し嬉しげに口角を上げた。

「そういう大事なことには全力尽くしたいじゃない!」
「めんどくさいな」

未提出の婚姻届をいつまでも持ち歩くのは落ち着かないのか、シカマルのようなことをぼそりと呟くサスケ。

「んー……まーね、大事な人たちの筆跡を真似てきた集大成が今の字だから、嫌いではないんだけどさ……」
「うぅ……」

これまたサラッと重いことを言い出したカカシに今度はテンテンが息を詰めることになった。
そうかカカシは今まで亡くなった大切な人の字をコピーしてきたのか……うちはオビトに始まり、のはらリン、波風ミナト、三代目や暗部の仲間でも、その瞳を酷使しながら……

「そうだ!イタチの字をコピーして書こうか?アイツの字なら試料として残っ……」
「余計なことするな!俺はア・ン・タ・に保証人になってほしいんだ!!」
「……はい」

部下(元抜け忍)にタジタジの里長ってどうなのだろう……いや、内容が内容だけにタジタジっていうかデレデレなんだろうけど、きっと頭の中がお花畑になっているのだろう――と、いうと「お花畑の生存競争ナメんな、弱肉強食なんだぞアソコ」とアカデミー教師に叱られそうだ。

「そうだ!アカデミーなら残ってるんじゃない?カカシ先生の字、ちょっとだけ通ってたんでしょ?」
「あー……うん、色々提出した気もするけど残ってるかな?」
「残ってるかもよ?私は卒業時に返されたけどカカシ先生はその記憶ないんでしょ?」
「アカデミーの先生って情深いから捨てないでいるかもね」
「六歳時の文字で書くのか……別に構わないが」

さっさとサインがほしい、カカシが書いたものならなんでもいい、今のままの字でも気持ちは充分込められていると解るから。

「……あっ!」
「どうしたの?先生」
「サスケ、婚姻届ちょっと貸せ」
「ああ」

なにか閃いたように声を上げたカカシはサスケに命じる、サスケは素直に婚姻届を入れたクリアファイルをリュックから取り出す。
それを受け取ったカカシはテンテンの家の玄関の靴箱の上でペンを走らせた。
大事な書類を書くのがそんな場所でいいのかと思ったがカカシの横顔があまりに真剣なので言い出せなかった。

「モタモタして悪かったな……お前らの未来を証明するのに過去の人達の字を借りていいのかと思ったんだ」

つまらないことで悩むのは悪い癖だな、と苦笑するカカシに、サスケは首を振る、カカシを一番悩ませツラい想いをさせたのは同じ一族のオビトとサスケ自身だ。

「暫くは里外に出る予定はないから、これをサクラと一緒に提出しに来なさい」

と、言って婚姻届をサスケへ返した。
テンテンもそれを覗き込む。

「これって……」

そう呟いた後、サスケの顔がくしゃりと歪み、抱き締めるように婚姻届を胸に当てた。
里にいた頃ずっと見守ってくれていた恩師の字、忘れるわけがない。
罪のない……いや、まだ己の罪を知らなかった頃、一心に復讐を描いていた頃、アカデミーで教わる知識を一言も書き漏らさぬよう真剣に目で追っていた文字だ。
家に持ち帰ったテストの答案や学校行事の記された用紙の隅にそっとサスケにだけ宛てたメッセージ、月明かりしかない独りぼっちの部屋の中でそれを何度も見返したのをおぼえてる。

「その字はね俺の未来……いや生涯の中で一番近しく思う人のものだよ」

だから俺の気持ちを載せるのにピッタリだなと思って、と目を細めるカカシは優しい父親のような顔をしていた。


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「って事があったんですよー」
「へ、へぇ……」

アカデミーへ忍具を納品するついでにイルカの元へやって来た。
特に口止めされていなかったので先日のことを話す、カカシとサスケが揃ってテンテンの家に訪れたことで多少は噂になったのだ。
親しい者のみに真実を伝えて他の者にはうちは一族が贔屓にしていた空区の武器商たちとの連携の相談だと嘯いている、それも嘘ではないので空区の使者が訪問すれば噂も消え去るだろう……その前にサスケの結婚があるか。
ただ噂を気にしているかもしれないイルカにも自分から話しておきたかった(どうせカカシはそんな話はこの人にしない)

「近しく思う……生涯で一番……」

カカシの台詞をおぼえている限り教えていると、ところどころで苦しそうな顔をしたイルカだった直前のサスケの様子を説明すると感極まっていたが、最後の一言で全て吹っ飛んでしまったようだ。

「なんであの人、写輪眼もないのに俺の筆跡……」
「おぼえてたんじゃないですか?イルカ先生の書類見て」
「……そっか、丁寧に読んでくれてたもんな……」

どんなに疲れていても提出物は端から端まで読む人だから、出来るだけ理路整然と簡素化しようと苦心しているところだ。

「このままカカシ先生がイルカ先生の筆跡を真似したら二人で婚姻届書いてもイルカ先生が偽造したみたいになっちゃいますね」
「ななな、なに言ってんだ!!俺達はそんなっ……」
「……」

テンテンは自分の目が砂の国へ行く途中でみた狐のように細められていくことを自覚した。
己の片想いを頑なに信じている二人に他人がどう言っても仕方ない、こればっかりはどちらかが告白する決心をしてくれなければ、ただ二人とも里の為に見合い結婚でもしてしまいそうで里の者は気が気ではない。

「カカシ先生の文字、アカデミーに残ってないですか?」

終業時間も過ぎたようなので聞いてみた。
大事な人たちの筆跡をミックスさせた字はそれはそれでカカシの人生を表すカカシ自身の文字だと言えるけれど、誰の字もコピーしていないまっさらなカカシの字というのも見てみたい。
まぁカカシは賢い子だったというから誤字なんてしていないし最初に教えた人のものに似ていると予想はつくのだが。

「ペインの襲撃で一度全部崩れてしまったからなぁ、そうじゃなくても保管期限は八年と決められている」
「そっかぁ」

もう二十年以上前のカカシのものなんて残されていないだろう。

「私そろそろ戻りますね、また寄らせてください」

変わらず柔らかい笑みを降らせる恩師に今度はみんなで来ようと心に決めるテンテン。
これ以上いると名残惜しくなるからとそそくさと帰って行った。

「せんせーさよーならー」
「ああ、気を付けて返れよーー」

もう外は夕暮れが過ぎようとしている。
学校に残っているのもイルカ一人だ。

「ごめんな」

苦笑しながらイルカは自分の机の一番下の引き出しを開ける。
資料や書物を分けると奥に木箱が見えた。

『はたけカカシ』と薄く筆で書いてある。

どうして残っているのか不明だがきっと他の同級生とは卒業時期が違うからと別に保存されていて処分を免れていたのだろう。
ペイン襲撃後、瓦礫の下からこれを発見したときの気持ちはとてもじゃないが言い表せない、あの時カカシが一度は命を落としたと聞いていて、ずっとそのことを考えないようにアカデミー復旧に心血を注いでいて、だから不意打ちを喰らったように混乱し、そのまま自分の懐の中に入れてしまった。
机の上に取り出して、蓋を開ける。
一番に目に入ったのはアカデミーに入学して一番最初に書かされる、将来の夢、目標、それを書いた紙。

『父さんみたいな忍になりたい』

まだサクモが存命で、カカシの自慢の父だった頃だ。
いや、きっと今も自慢の父だけれど掟を破った父親を尊敬しているなんてカカシの立場では言えないだろう……ずっと、その生き方で示してきたのだから口に出す必要もない。

「かわいい文字だなぁ」

指の腹でそっと撫でる、思っていたよりも子どもっぽい字、純粋で無垢な子どもが書くような、世界に一つだけのカカシの字。
この頃と心が変わってないなら今からでも自分の字を取り戻せるかもしれない、今までの字を取り去ることはしなくてもいい。

「返さなきゃなって思うけど、どうしてイルカ先生が持ってたの?って聞かれたら困るなぁ」

もう充分仲が良い相手なのにそんなことを気にしてしまう。
それに手離すのは惜しいと考える自分がいる。

「まあいいか」

それより今はサスケとサクラの結婚祝いのメッセージを考えないと、と、そう思って箱を元の位置に戻すのだった。



END
最近のお話サスケの出席率の高さよ… その割にサクラ名前しか出てこない……サスサクが揃ってるとこも書きたい、あと付き合ってるカカイル書きたい
私はおそらくサスケが好きです(そのわりには大蛇丸様とかダンゾウさんとかも好きだからなんなんだと思うんですが)