近代化が進むにつれてインターネット回線というものが普及してきた。
だが忍には無用の長物として扱われていて、使用するにも個人の端末同士で個人的なやりとりに留められている、火影塔で外部と回線を繋げているのは『広報部』くらいなものだ。


四月一日。
イルカの最近の日課は火影専属カメラマンの公式ブログを見ることだった。

ナルトの公務が開始されたと同時に設立されたそれはナルト人気も相まって年間ブログランキング三年連続首位を記録している、設立した六代目火影曰く「火影の仕事が垣間見れたら里の人も嬉しいでしょ」とのこと、なんで自分の時代にそれをしなかったのかと聞くと「えー?恥ずかしいじゃない」らしい。

「かわいいなぁ」

イルカの視線の先にはドッキリが成功してハイタッチを決めているボルトとミツキの写真が映されていた。
同じことをナルトがした日にはゲンコツを落とすがボルトなら許せてしまう(ドッキリ仕掛けた相手がナルトだからというのもある)それを口に出せば我が子には厳しいくせに孫には甘いと文句を言われてしまうのだろう。

「流石プロのカメラマン、ハイタッチなんて一瞬なのによくとれてるなー」

以前スケアに逢ったとき見せてもらったカメラには連写機能はついていなかった。
普段は動物を撮ることが多いらしく「カシャカシャって音が相手を怖がらせちゃうから」が理由だと言っていた。
相手が「逃げちゃうから」じゃなくて「怖がらせちゃうから」って言ったところが、優秀な忍なんだろうなとイルカは思った。
たとえ「逃げた」としてもそれは「逃げられる」じゃなくて「逃がしてあげる」なんだろう、上忍の、しかも元暗部の彼にとっては大概の者はそうなんだろう。
ただあの目を見ると優しいから「怖がらせたくない」のかもしれないと思う、そして「怖がった」ときは「逃がしてあげる」んだろうと想像できた。
そんな人を知っている……木偶の坊みたいに突っ立って、通り過ぎてゆくものを見送って、その人達の為に、また木偶のように働く。

「子どもの悪戯って悪意とかないから案外引っかかっちゃうんだよねーーか、わかるわかる」

幼い頃はもしかしたら大人はわざと引っかかってくれてるのかな?と思っていたけれど、大人になってからは案外避けるのは難しいものだと気付いた。
子どもの悪戯ほど舐めてかかっちゃいけないものはないし、本気で引っかかっていたのなら三代目には迷惑かけたなと反省している。

イルカはパソコンを閉じて寝る準備に入った。
スケアのブログはナルトが里の中で働いている内は毎日更新される、明日もブログを見るのが楽しみだ。
写真でもナルトやシカマルの働く姿を見られるのは嬉しい、スケアの文体が可愛い、内容がツボだ、一日の疲れも吹っ飛ぶ。

「はやく明日にならないかなぁ〜」

遠足前の子どものようなことを呟いて布団の中にで目を綴じるのだった。


四月二日。

「ああ駄目だスケアさんっ」

パソコンを乗せた卓袱台にイルカは突っ伏しながらそう言った。

「ヒナタが実家に帰ってるなんて言ったら里の皆さん心配しちゃうよ」

と、言いながら、コメントを残す。
ちなみにコメント欄一番乗りだ。

するとその日の夜には追記で訂正してくれていた。

安心したら急にお腹が空いて、一楽のラーメンを食べに行った。
テウチに「今日ナルトが一楽のラーメン食べたいって言ってましたよ」と教えることも忘れない。
あとスケアのブログの話しをいくつかしたのだった。


四月三日。

ナルトがスケアとサシで飲みに行ったらしい(シカマルは家に帰ったらしい、えらい)
いったいどんな話をしたのだろう、イルカは卓袱台に肘をつき首を痛めてるポーズを取りながら夢想した。
たまに火影執務室にいくとカメラを首からぶら下げながらシズネの手伝いをしている、元暗部っていうくらいだから頭も優秀なのだろう。
和気藹々と書類を物凄いスピードで捌いていく姿に触発されてイルカも二十代後半にして過去最高の集中力で仕事を片付けられるようになった(鬼気迫っていたと同僚からは恐れられた)

「いいなぁナルトの奴、俺もスケアさんと飲みに行きたい」

最近は仕事仲間と飲みに行くことが多いのだが給料は殆ど変わらないのに年上だからと奢らなければいけない空気にされる、もうちょっと若手でいたかった。
スケアならきっと割り勘か向こうの奢りだろう、いや実際飲むとしたらイルカから誘うのだからイルカが払うのが礼儀かもしれない。
以前カカシと飲んだときも『俺が誘ったんだから俺が払うよ』と言われ、自分から誘う勇気のないイルカは何度も奢りにあってしまった。

「お返しは出世払いで良いとか言ってたけど、どの位置につけば元火影に出世払いが出来るってんだよ」

うーと唸りながら膝を抱える、スケアのブログは好きだが見ていると何故かカカシを思い出してしまう。
雰囲気や声や口調はカカシより柔らかく甘いが、思考回路などが少し似ているように感じる、このブログに出て来る『友達』とはもしかしなくてもカカシのことだろう。

「いいなぁスケアさん」

いつの間にか羨望の対象が変わっていることにイルカは気付かず。
シカマルの写真に対する『シカマルさんカッコイイ!』『シカマル先輩男前ッス』というコメントが流れるコメント欄を流し読みしていくのだった。


四月四日。

「プッ!……ククク」

トップ画像がお手ての皺と皺を合わせるナルトとサスケになっていてイルカは笑いのドツボにハマった。
どういう状況なの?サスケすっげえ不服そうな顔!!
ニヤニヤしながら記事を見ると前半はちょっといい話で不覚にも泣きそうになったが後半はどうしてそうなったという内容だった。
スケアはどういう思考回路をしているんだろう……カカシなら理解できるだろうか……そういえば下忍時代に喧嘩したナルトとサスケに手を繋がせて術で固定したことがあったなとイルカは思い出す。
連帯責任でサクラもだよと、三人で手を繋がせて(サクラはサスケと手を繋げて、ナルトはサクラと手を繋げて嬉しそうだった)里の中を三人で輪になりながら移動していたのは見ていて面白かった。
あの時もサスケは不服そうにしていたけれど嫌悪からではなく恥ずかしいだけのようで、それを少し後ろから見詰めるカカシの瞳はやさしかった。

「ていうかサスケを呼び出せるって、すごいなスケアさん」

己の立場が危うかろうと己の信念に反する命令には従わないサスケだ。
そんな我儘が言える立場なのかといくら詰ろうと、周りの小国に理不尽な暴力を振るったり、遺恨を残すような任務を厭い、里の者が遂行するのを反対する。
それは自分のような闇に堕ちる人間がこれ以上増えないようにという願いだろう、うちは一族のような行動を起こす一族を二度と出さないようにする、長い目でみれば里の平和に大きく貢献する想いだ。
サスケは大切な者が増えた今も保身に走らない、強い者に媚びたり安易な正義に傾倒せずいつも裏の裏を読む、あの生き方を支えられるのは世界でもサクラくらいなものだろう。

「アイツが言うこと聞くのってカカシさんくらいだと思ってたけど、スケアさんのことも信頼してるんだな」

あの上に立つ者に厳しいサスケが信頼しているというだけでスケアの好感度は鰻登りになる、きっと公正で優しいイイ人なのだ。


四月五日。

「ええええ〜〜!?スケアさんアカデミーに来てたのーーォ!?俺、仕事してたのに気付かなかった!!あああ俺のバカ!!!」

鬱だ寝よう。
スケアのブログを見て初めてそんな気分になったイルカは早々に眠りにつくのだった。

その日は不思議な夢を見た。
桜の下で、誰かと話している、とても幸せな気分で……ああこの瞬間を自分は知っている。
知っているのにいつのことだが思い出せない……大切な宝物なはずなのに、この人との――
夢の輪郭は起きた瞬間には泡沫のように消えてしまった。


四月六日。

この日イルカは夢の余韻に浸ってふらふらと散歩に出かけていた。
春休みももう終わり来週には新入生も入ってくる、ゆっくりできる最後の休日だ。
こんな日に会いたい人に会えないのは、寂しい、我儘を言ってはいけないけれど……。

「カカシさんは隠居して以来全然出てこないし」

火影の仕事をナルトへ引き継ぎ暫くするとカカシは姿を消した。
最後の台詞は『俺みたいな負の遺産があまり長く居座ってたら変えられるものも変わらないでしょ?』ときたもんだ。
カカシが戦忍をしていた時代は戦乱という名が相応しく、その時代を生き残ったカカシには多くの怨みが付きまとい、結局六代目の任期中も消えることはなかった。
新しい世代には過去の柵に囚われずに未来を向いて生きてほしいという彼の願いは、同じ時代を生きたイルカもよく解る、己の教える殺人術はナルトの時世には相応しくないのではないかと思う時もある。
里の為に生き里の為に死ぬ、己の命は火影のものだ――そう思ってきた全ての人のお陰で今の時代があるのは知っているけれど――
そう思っているイルカの目の前をぶわっと風が通り桜の花弁が舞い降りた。

(ああ散っちゃうな)

スケアが惜しんだ花が散る。
アカデミーに新入生が入るまでは残っていてほしいと望んでくれたのに、花が散った後の若葉だって好きだし、枯れていく落ち葉も、咲くときを待つ蕾も好きだけど、儚く散っていく瞬間はいつの年も寂しい。

「あ」

声が漏れた。
イルカの進行方向に青いベンチがあり、そこで今まで想っていた人が座ったまま寝息を立てている。そっと気配を消して彼のもとへ近づいた。
傍らにカメラが置いてあるから撮影の最中だったんだろう、普段の写真や文章からナルトやシカマルやシズネ、あと里の仲間たちのことを本当に好きなのだろうということは感じられたが、プライベートの彼がどんな写真を撮るのかイルカは知らない。
仕事じゃなくて自分の好きなものを撮るとき、どんな表情をして、どんな情景を撮るのか、被写体は犬ばかりと言っていたけれど人を撮る時もあるのか、その人との関係は?
(カカシさんのことも撮るのかな)

複雑な想いがイルカの胸に渦巻いた。
自分はどちらに羨望を抱き、どちらに嫉妬をしているのだろう。
こんな安らかな寝顔を、カカシの前でなら晒すのかもしれない、こんな可愛い寝顔をカカシは見た事があるのかもしれない、こんな……誰の心も捉えるような、独り占めしてしまいたくなる顔を見てしまったかもしれない。

イルカはカメラを手に取りスケアに向かって構えた。
ファインダー越しに、世界から彼だけが切り取られている錯覚を生んだ。
人間の見る世界は一人ひとり違うのかもしれない、人とは違った瞳を持つ彼らなら尚更違う色に映るかもしれない、けれど写真に映すことによって気持ちの共有ができるのではないか……この写真をもしスケアが公開してしまえばイルカの抱く複雑な想いを理解してくれる者もきっと出て来るだろう。

カシャと一回シャッターを鳴らす、スケアは逃げ出したりしなかった。
それどころか、ずっと寝息を立て急所を晒し続けている、イルカはそのことが何だかとても嬉しく感じたのだった。


四月七日。

イルカは昨日初めてスケアのブログを見なかった。
里外の任務に出ている時以外はどんなに忙しくても欠かさない日課だったのに、だから今日は二日分のブログを読む。
ガイとも仲が良いのか、家を知っているのなんて羨ましいな、友達の友達って……その友達はカカシのことだろう、バレバレだ。
本当に動物が好きなのだな、ゴミが捨てられているのを見て犬や猫の心配をするなんて、今度の授業は里中のゴミ拾いにしよう、競争にすれば良い修業にもなるだろう。
イルカはそんなことを思いながら記事を読み……途中で卓袱台に突っ伏した。

「はん、反則……」

奈良家の口寄せ動物の鹿と鼬にばったり会ったスケアはふたり(?)に協力してもらい随分と御茶目な写真を撮っていた。
バカバカしいものなのにスケアのようにまじめな大人がするとギャップがあって可愛い。

「くっそ、男相手に可愛いとか俺……」

と、散々カカシにときめいた過去を持っているイルカだったが不意打ちを喰らって悔し気に画面を睨み付ける。
そして見てしまったのは自分が撮ったスケアの寝顔だ。
イルカの予想外に被写体に対して親しみを抱いていると解かる写真だった。

『悪意のない人の前だと気が抜けて熟睡できるんだよねー』
『大丈夫、大丈夫』

その文章でどれだけ救われたことだろう。

たっぷりと幸福感に浸ったあとで次の日の記事、つまり今日のブログも続けて見た。

「わぁ……」

そこに載せてあった写真は、今まで好きだと思っていたスケアのものを凌駕している。
慈愛と幸せに満ち溢れる、被写体のことを心から大切に想う気持ちが伝わってくるような写真だった。

ナルトが七代目に就任する前にプライベートで撮った写真。
ナルトの他にもサクラや同期の忍びやその子どもたちの生き生きとした様子、台詞や笑い声が聞こえてきそうなものだ。
その中にはイルカの姿もあった。

「か、かしさ……ッ!!」

覚えている、この時カメラを持っていたのはカカシだ。
写真を撮るときあんまり笑顔でいるから、どうしたのかと聞いたら
『だってみんなが楽しそうだから撮ってる自分も楽しくなってきちゃって』
『いつかサスケにも見せてあげられるといいんだけど』
なんて言って優しい笑みを深めていた。
サスケの名前を耳ざとく拾ったサクラがサラダと一緒に一番カカシに撮って貰っていたのが微笑ましくて少し寂しかった。

『いい写真だよね』
『きっとこの写真を撮った人は映ってる人たちのことが大好きなんだろうね』

ああ、そうだよ、その通りだよ馬鹿野郎。
追記された記事にあったスケアの写真やサスケの写真が滲んでゆく。

イルカが誰に羨望を抱いていたとか誰に嫉妬をしていたなんて最初から決まっていたじゃないか、ずっとカカシに感性が似ていてカカシの過去を知っている彼のファンだった。
でも今はファンだなんて到底思えない、この写真を借りられたということはスケアは今もカカシに会っているのだろう、それが羨ましくて妬ましくて堪らない。

憎くて憎くて堪らないのだ。



四月八日。
イルカは朝一番に火影の執務室へ駆け込み、スケアの襟首をつかんだ。
ナルトは今日は日向家の行事に参加するから留守にしている。
素早く暗部が天井から降りて来るがイルカに手を出す前にスケアが目線で制した。

「イルカ先生?どうしたんですか?」

手負いの獣みたいに息を荒くしたイルカが彼を睨み上げた。

「どこに……居るんだよ」
「え?」
「教えろよ!アンタあの人に会ってるんだろ!!?」
「イルカ先生?」

シカマルもシズネも、部屋の中にいた者は常と違うイルカの様子を固唾を呑んで見守っていた。

「あの人って……」
「カカシさんだよ!!」
「ッ!!?」
「どこいんだよ……あれ以来……あの人に会ったとか誰も言わないし、俺も聞く権利ないし……」

ナルトも心配してたけどカカシ先生なら大丈夫だろうなんてお気楽だし、探しに行こうにもアカデミーや任務でそんな時間はなかった。
六代目火影が築いた平和だから守りたくて頑張っているのに、当の六代目が見ていてくれているのかもわからない、あの情の深い人はきっと里のことが気がかりで堪らない筈なのに、全然姿が見当たらない。
そう言いながらスケアの襟首を掴んでいた手が震えている。

「イルカ先生……」
「俺は、会いたいんだ!!あの人に会って!いっぱい教えてやりたい!!この里のみんなが、俺がどれだけあの人に感謝してるか!!」

感情的になりながら、掠れた声で叫びあげるイルカ。

「伝えたくても伝えられなかったことが……たくさんあるのに……あの人、かってにいなくなって……」

――俺を置いて行った――
「スケアさん、悔しい、アンタが憎い、俺には会いに来てくれないのに、なんでアンタは会えるの……?」

あいたい

おれだって

あいたい

あの人に

あいたい

「カカシさん……カカシさん……」

イルカはスケアの胸に縋りつきながら、その人の名前を呼んだ。
こんなことをしても、届かないと知りながら……何度も。

「ごめんね、イルカ先生……」

スケアはイルカをギュッと抱きしめて、耳元で囁いた。
それは、聞き間違いはしない懐かしいその人の声。
あの日、スケアが抹消したかった人、里にとってもイルカにとっても邪魔なだけだと思っていた感情。
ただ一人の男を深く愛するという人格。

「俺も、ずっと……あいたかったッ!!」

はたけカカシが帰還した瞬間だった。




END
思いのほかシリアス風味になりました
この後イルカと良い感じになったスケアに
「イルカ先生はカカシ先生が好きなんだってばよ!!」とか
「カカシ先生が帰ってくるまでイルカ先生に悪い虫は付かせないってばよ」とか
空気読めないナルトが突っかかったりします