ナルトは限定月読世界に行った時の自分の育った環境を思い出していた。
家族や友に囲まれ何不自由なく暮らしていたと思う、あの両親は礼儀には厳しくても忍術においてはあまり厳しくはなさそうだ。
忍として強くならなくても健康に生きていれば充分だと、そう言ってくれるような優しい人達だった。
ただ幼い頃の自分の性格ならそんな両親に反発していたろうと思う。
落ちこぼれと言われ、悔しくて、がむしゃらに頑張ってもサスケや同級生達には追いつけない、そんな息子でも両親は深く愛してくれるのだ。
いつしか努力をしなくなって、火影になる夢を捨ててしまっていたかもしれない。
しかしメンマは火影になりたいと言った。
ナルトと同じ夢を掲げていたのだ。



「戻りました」

執務室にサクラとヒナタがメンマと月読ヒナタを連れて帰ってくると、チャラい風体で真剣に議論していた月読サスケはすぐに二人に駆け寄った。
ムスッと顔を膨らせているが完全に怪我が治った様子の二人に安堵の笑みを漏らす、現実世界の一同はここまで素直な反応をするサスケは初めて見ると内心で呟いた。

「サクラ、二人をありがとう」
「いいえーー怪我させたのはナルトだしね、あとお礼ならヒナタにも言ってあげて」
「私は別にいいよ、主に治療したのサクラさんだし」

と、ヒナタは言うが月読サスケはくるりとヒナタを振り返りジッと見詰めた。

「そうだな……感謝するヒナタ」
「うん、どういたしまして」

チャラチャラしてる上にキラキラしている月読サスケに戸惑いを隠せないヒナタだった。

「あー……えっと、その……悪かったな」

ナルトは先程殴ったことをメンマに謝った。
仏頂面のまま「別にあんなのどうってことないってばよ」と返すメンマ、年齢が離れているとはいえ一瞬で気絶させられたことが悔しいようだ。
このメンマにどうにかして月読ヒナタを好きだと自覚させ告白させる気でいるナルトは難しそうだと汗をかく。
そう思うのはサクラやサスケも同じで、メンマは月読世界で幸せに育ったせいかやはりナルトが同じ歳の頃より精神年齢が低く感じた。
年相応の子どもらしくて良いのだけど……

「貴女もごめんね」
「……」

ヒナタが謝ると月読ヒナタはふいっと顔を逸らしてしまう。

(……どうしたのかしら)

はて?と首を傾げた。

「ヒナタ、こっちのサスケくんの体も見てみて」
「え?あ……はい」
「……なんだ?」

サクラに言われヒナタは白眼を発動し月読サスケの中の経絡を見る。

「やっぱり……」

そう呟きながらヒナタは白眼のまま眉を顰めた。
真正面から見られている月読サスケは少し怖いと感じる、忍者学校から一緒にいた月読ヒナタには白眼で睨まれても恐怖など一度も感じたことはないのに、これが数年分の実力の差かと思い至った。

「なにがやっぱりなんだ?」
「メンマの治療中に気付いてヒナタに確認してもらったんだけど、この子達の中にはチャクラが殆ど残っていません」
「え?」
「嘘だろ?」
「マジで!?」

チャクラが無いの言葉に三者三様の反応を見せる月読組。
一瞬何を言われたか理解できていない月読ヒナタと愕然とする月読サスケ、メンマは叫びを上げた。

「ふーん試しにチャクラを出してみせて」

カカシが訊ねる。
そこで三人は手を前に出し、意識してチャクラを出そうとする。

「……確かに」

掌には淡い光が灯るだけだった。

「なんで?」
「そりゃあお前らが消えかけてるからだろ」

容赦ないカカシの言葉に三人は息を呑む、リーのように体術に特化した忍でない限りチャクラが無いというのは死活問題だ。

(こんな状態で任務なんてできるのか……?)

月読ヒナタは己の掌を深刻そうな面持ちで見詰める、白眼も柔拳もチャクラがなければ使えない。

(ヒナタ……?)

メンマは自分の隣で瞳を揺らす月読ヒナタを見て、胸がギュッと痛くなった。
あのヒナタがほんの少しだけど怯えている。

「大丈夫だってばよ、ヒナタ」

月読ヒナタがいつになく真剣な声で呼ばれたかと思うとメンマはニカッと、いつもの(しかし自分には向けられたことのない)笑顔を浮かべていた。

「現実世界のヒナタが教えてくれたろ?オレ達が消えなくて済む方法」

限定月読世界を創る媒介となっている水晶にチャクラを注げば恐らく術が安定する、その為に自分達は現実世界な飛ばされてきたのだ。

「オビトがオレ達を信じて任務に送り出したんだ。オレ達なら絶対できる」
「メンマ……」
「今回はお前も本気出すよな?サスケ」
「ああ……サクラや兄さん達の命が掛かっている……当然だ」

不敵な笑みで窺うメンマに月読サスケは真剣な声を返した。
そんな二人を見て月読ヒナタも志気を取り戻したようで「うん」と力強く頷いていた。

「なんていうか、アイツらもお前らとあんま変わらないのかもしれないな」

ナルト達にだけ聞こえるようにカカシが言えばナルトやサクラはニコリと笑んだ。

(思ったより大丈夫かもしんねーな)

解かりにくいがメンマは月読ヒナタを特別視しているように見える、自分とは違い恋愛感情を理解しているようだし自覚さえさせれば上手くことが収まるのではないか、その方法が思いつかないのだけれど。

「六代目様、綱手様と連絡がつきません」

別室に行っていたコテツが戻ってきてそう言った。

「綱手のばあちゃんまた昼間から飲み屋行ってんのか?」
「賭場かもしれないわよ」
「……飲み屋?賭場?綱手のばあちゃんが?」

メンマは不思議そうに首を傾げる、月読世界の綱手は昼飲みにも賭場にもいかないようだ。

「仕方ない、お前ら三組に分かれて手分けして、綱手様を探して水晶の所在を聞いて来い」

月読世界が無事存在しているということは水晶も安全な場所で保存されているのだと思う。

「メンマ達の案内を頼むぞ」
「了解」
「了解」
「はい」
「おうってばよ!」

ナルト達がカカシの任務を引き受けるとメンマと月読ヒナタは苦い顔をする、案内といいつつ実質護衛のようなものだからだ。
一方月読サスケは嬉しそうにサクラに「よろしくな!」とくっ付きサスケから引き剥がされていた。



* * *



こうして一同は火影塔を出て綱手がよく出没する歓楽街の入り口へとやって来て組み分けする。
メンマはナルト、月読サスケはサスケ(サクラと一緒がいいと我儘を言うかと思えば任務中だからと素直に受け入れた)月読ヒナタにはサクラとヒナタが付くこととなった。

「昼だからまだ座敷には上がってないよな……飯の旨い居酒屋を虱潰しにあたってみるか」

多重影分身と仙人モードを使えば直ぐに見つかるだろうがカカシからあまり目立つ事はするなと釘を打たれている為、地道に捜索にあたることにした。
それにメンマと少し話したい。

「アンタこういう場所に詳しいのか?」

齢十五か六のメンマには珍しい場所なのだろう、キョロキョロ興味深げに街を見回している様子に微笑ましさを感じた。

「あー師匠に連れまわされてな、綱手のばあちゃんに付き合わされたこともあるし」

メンマより年下のナルトに歓楽街の遊びを教えてくれた仙人を思い出し瞳を細める。
そんなナルトにメンマは軽蔑したよう言った。

「嫁さんがいながら……こんなところで……」
「アイツと付き合いだしてからは断ってるよ!!」

それ以前だって如何わしい店で遊んだことは無い、というか年齢的に出来なかったし、する気もなかった。

「ふーん、ならいいけど」

と、今だ疑わしげな視線を流してくるメンマは恋愛に関して自分以上に潔癖なのかもしれない。
というか「ヒナタという嫁がいるのに歓楽街に詳しいなんて」という叱責のように感じた。

(うーん、後はどうやって自覚させるかだよなぁ)

ナルトは幻術世界の自分を連れ歩きながら青い空を仰いだ。


一方、ヒナタ達はというと――

「うーー……」

道の隅にうずくまるヒナタをサクラと月読ヒナタが呆れたように眺めていた。
白眼を使って綱手を探そうとして賭場のイカサマやら男女の駆け引きなどが明け透けに見てしまったという、見たヒナタも可哀想だが見られた方も気の毒だ。
「大人って汚い」「こわい」と自分も大人でしかも忍なのにそんなことを言っているヒナタにサクラは溜息を吐いた。

「真面目なヒナタには向かない場所よね」

サクラはというと綱手の弟子時代によく引き取りに来ていたから不本意ながらこの雰囲気にも慣れている、自来也といい綱手といい三忍の教育っていったい。

「ん?」

月読ヒナタがどこか寂しげな顔をしているのに気付いたサクラが彼女の顔を窺うと、ふいっと逸らされてしまう。

「どうしたの?」

心配げな声を出すと月読ヒナタは、サクラから顔を背けたまま大きく溜息を吐いた。

「私も、アイツみたいに真面目でお淑やかだったらメンマに好きになってもらえたのかな?」
「へ?」

アイツとは現実世界のヒナタのことだろうか、サクラの知り合いに真面目でお淑やかな人間なんて一人しかいないし。

「どうしてそう思うの?」
「だって私ガサツだし、口悪いしメンマが好きになる要素が全然ないから」
「……そんなこと無いわよ」

むーっと口を尖らせながらヒナタを見ている月読ヒナタが可愛くて苦笑が漏れてしまった。
ナルトもヒナタの淑やかで優しい性格は好ましいと思っているだろうが、たとえ月読ヒナタのような性格だったとしても好きになっていたのではないかと思う。
先程ナルトからメンマを庇った時のように相手が格上の敵であっても身を挺して大切な人を守ろうとするところはヒナタと変わらない。
今の様子をみても月読ヒナタはひたむきに純粋にメンマを想っているのだ。
それに落ち零れ時代からずっと自分を認めてくれていたという根本的な部分が同じなら、きっと。

(早く気付くといいんだけどね)

ナルトとヒナタはどこの世界にいても世話の焼ける二人だと思ってしまう。
その世話が別に嫌ではない自分がいることに気付いてサクラは再び苦笑した。


一方、サスケと月読サスケはというと……

「こういう街にいる女の人ってやっぱり綺麗にしてるなー」
「お前真面目に探す気あんのか」

待ちゆく女性達にキラキラした笑顔を振りまきながら歩く月読サスケに突っ込みを入れた。
周囲からは恐らくよく似た兄弟のように見えるのだろう、性格が正反対なのも見て取れる。

「サクラに似合うと思わね?」

質屋ショーウィンドウの前でキラキラ輝く髪飾りを指さしながら呼び留める月読サスケ。
先程から三分おきくらいの頻度でサクラの名前を口に出している気がする、コイツの一番多く言った台詞は「サクラ」に違いないと密やかに思う。
平和の中で生まれ育ったら、自分もこんな風になっていたのかと考えてしまって、サスケはつい訊いてしまった。

「お前の世界のうちは一族はどういう存在だった?」

幻術で創られた幸せなど意味がないと自分だけは思っていなければならないのに……訊いてしまったのだ。
すると月読サスケは少し思案の後答えた。

「オレ達うちはは火の国木ノ葉の守護神と呼ばれる一族だ」
「……」
「木ノ葉隠れの里を作ったのは千手の兄弟とうちはの兄弟なんだ……その為かうちは一族は初代からずっと火影と近しい立場だった、六代目は違うけど」

六代目火影はうちは一族のオビトだから、と月読サスケは言葉を続けた。
火影とうちはの間には絆があるのだと、己の里を愛し守って生きること、それがうちはの誇りなのだと、父や母から言い聞かされた言葉を伝える。
創立時代から陰日向となり木ノ葉を支え、人々から信頼され、認められてきた一族、うちはの血は落ちてしまった葉すら舞い上がらせる風を起こす団扇になる。

「……サスケ?お前はどうしてそんな顔をするんだ?」
「そんな顔って……どんな顔だ?」
「泣きそうな顔だ」

そう言われサスケは薄らに微笑んだ。
今、自分は罪を償う為サクラの隣に立つ為に精いっぱいのことをしているつもりだ。
マダラやオビトや己の行いによりどん底まで落ちた一族の名誉を回復しようと木ノ葉の里に尽くし続けている。
でも、そうやっていくら頑張って、いつかうちは一族が里からも世界からも認められるようになったとしても死んだ人は二度と生き返らない。
父や母や兄、先祖や多くの同胞達が幸せに暮らす過去はどこにもない、あの人たちは夢見ることも許されなかった。

「お前の居る世界は……この世界とは随分違うのだな」

サスケは自嘲の笑みを零す、そんな当たり前のことを悲しいと感じる自分は馬鹿だ。
亡くなってしまった人を想うと体の芯に冷たい痛みが走る、でも、それを嘆き悲しむには多くの者を傷付け過ぎた。
もう自分を不幸だと思うことすら許されない、きっと、ずっと。

「同じところもあるだろう」

そう言った月読サスケからトンと胸に額を押し付けられた。
サスケが驚いて下を向くが見えるのは旋毛だけ、そして胸元からくぐもった声が聞こえてくる。

「サクラも時々、今のアンタみたいな顔をする」
「……」
「アイツも独りだけ生き残ってしまったから……」

両親は自分や里を守る為に死んだのに、自分は両親の愛をしらずに育った。
孤独だから他人の愛し方をしらない、両親の犠牲の上に生きる自分が他人に愛されていいわけがない。
そう言って自分を責める。

「それに関してはオレの世界のサクラと同じだよ、本当にバカでどうしようもなくて、ほっとけない」

そんな月読サクラの傍にいて月読サスケはこう思うのだという。

「自分の為に幸せになれないというのなら、どうかオレの為に幸せになってほしい」

その思いは、きっとサクラと同じだ。

「だから、アンタもこの世界のサクラの為に幸せになってくれ」

サスケはこの時どうして月読サスケがこんなに早く月読サクラにプロポーズしたのか理解した。
彼女の孤独を癒したい、彼女が己自身を見捨てたとしても自分はけして彼女を見捨てたりしない、これからなにがあっても自分が彼女を救いたい、彼女の心の闇すら慈しんでいきたい。
幸せを感じて欲しい、ずっと一緒にいたい、二人で笑い合いたい、世界最後の日まで貴女の横で愛を伝え続けたい。
そんな想い、ただの告白で伝えきれる筈がないのだ。

「ていうかお前、重いな」
「うちは一族だからな」

と、言って笑う子の頭をポンポンと優しく叩く、いつか兄がそうしたように……
見た目のチャラさに騙されてはいけない、コレは確かに“うちはサスケ”なのだと現実世界のサスケは思い知ったのだった。



* * *


「綱手のばあちゃんいたーー!!」
「ん?」

ナルトとメンマはなんと適当に入った一軒目で綱手を発見してしまった。
もっと二人で話してどうにかヒナタを好きだと自覚というか認めさせたかったのだが……

(まぁ、まず任務を遂行させるのもいいか)

自分達と自分達の世界が消滅しそうな三人を安心させてやりたい。

「おお?ナルトが二人いる??」
「もう酔ってんのか綱手のばあちゃん」

これはまず介抱した方がいいのか?と思ったら

「なぁ綱手のばあちゃん、オビトの限定月読に使われた水晶って今どこにある!?」
「はぁ?オビトの限定月読ぃ?」
「ちょ……二人とも声がデカいってばよ……」

誰かに聞かれたらどうする!
二人の口に手を当てながらナルトは内心で叫んだ。

「と、とりあえず店を出るってばよ」
「ああ?なんだい?人が折角気分よく飲んでる時に」

酔っ払いは無駄に声がデカいから厄介だ。
ナルトはメンマに綱手を任せ、会計を済ませにカウンターまで直行した。
図らずとも奢られる形になった綱手はころりと上機嫌になる、ナルトはここの勘定は後で経費で落とすと心に決める。
二人を追って店を出るとメンマは笑顔で、綱手は酔いが回ったのか寝落ちていた。

「あーあ、綱手のばあちゃん寝ちまったのか」
「どうする?まだ何も聞き出せてないんだけど」
「とりあえずサクラちゃん達と合流して……」

綱手を介抱できる場所を探そうと言葉を続けようとした次の瞬間、ナルトは禍々しい殺気を感じた。

カキン!!

と、金属を弾く音が鳴る。

「ナルト!上だ!!」

そう言われる前にナルトは影分身を四体出していた。
一体は綱手、もう一体はメンマを抱え、二体をサスケやサクラ達の元へ向かわせる。
そして本体のナルトは上空から襲ってきた敵を蹴散らす。
先程の金属音はクナイを弾いた音、そのクナイが地面に突き刺さっているのを見てメンマは疑問符を浮かべた。
綱手を抱えたメンマの心臓を狙った一撃だ。
ナルト同様殺気を感じた綱手が起き間一髪で弾いてくれたが、もともと酔っている綱手の動きは普段より鈍い。

「五代目火影と次期火影候補を襲うとはいい度胸じゃないか、どこの輩だい?」
「次期火影候補!?」
「あー今はそんなんイイからな」

襲ってきた忍を地面に押さえつけながらナルトはメンマに答える。

「暗部か……なんで暗部がオレ達を狙う?」

動物の面を被った暗部服を着ているから変装でなければそうなのだろう、だがナルト達には暗部から襲われる謂れはない。

「ソイツは、うちはオビトの術なんだろ」
「……」
「ソイツらがこの里に現れてからの会話を全て聞かせてもらっていた」
「それで……」

数年前の戦争で多くの死者が出た。
里の中にはうちはオビトを深く憎む者もいる、だからオビトの残した術だというだけでメンマ達を襲ってきたのか、確かに限定月読は危険な術であるから道理は通っているかもしれない。
しかし火影執務室の会話を聞いていていいのか?里の忍が里のトップたる火影の言葉を盗み聞くなど……それにあそこの防音設備は完璧な筈だと思っていたが違うのか。

「暗部に油女一族の者がいたか……」

綱手はメンマの首筋に着いた小さな蟲を払った。
ああそれで聞こえていたのか、ヒナタの白眼で気付かなかったのはその時だけ体から離れていた為だろう。

「いいのかナルト」
「なんだってばよ!」
「里の上層部にはまだお前を認めていない者もいる、オビトの術の為に暗部を攻撃したなんてお前を火影候補から降ろす恰好の材料になるだろうな」

ナルトの中にぐるぐると昏い感情が渦巻いていた。
暗部の中にもオビトやサスケを許したナルトをよく思わないものはいる、この忍もその一派に過ぎない。

「俺達に傷一つ入れてみろ、もう火影になるのは難しいかもしれないぞ」
「……なに言ってんだ!!そんな脅し怖くねえぞオレは!!」

メンマはハッとナルトの顔を見た。
彼の顔はたとえ誰になんと言われてもけして屈しない自信があるのだと物語っている。

(これが現実のオレ?)

ナルトは暗部の腕を締め上げながら、これで信頼を失ってもまたそれを取り戻せばいいだけの話だと不敵に笑った。

「……大丈夫か?メンマ」

現実世界のオビトが何をしたのかメンマは知らない、今の話ではオビトが里の者から憎まれる存在だということしか解らないかった。

けれど――

「この世界のオビトがどんな奴だって関係ない、オレはオレの世界のオビトから頼まれたんだ」

自分を信頼して世界を託してくれた火影はメンマにとって大切な仲間に違いなくて、その仲間を裏切るようなことは絶対にできない。

「まっすぐ自分の言葉は曲げねえ、それがオレの忍道だ」

ナルトになにか感化されたのか、メンマの表情が先程までとは全然違うものになっている。

「……そうか」
「話はよく見えないが、お前はナルトなんだな」

という綱手も、暗部の言葉の前に限定月読の水晶がどうとか言っていたから、オビトによって創られた幻のような存在なんだろうと察しはつく。

「水晶は私の家にある筈だ、探しといてやるから後で取りにくればいい」
「そうか!ありがとう綱手のばあちゃん」
「それよりナルト!ヒナタやサスケが」
「ああ影分身に向かわせておいたから大丈夫だと思うけど」

サスケは強いし、サクラやヒナタだって里の上位クラスに強い。

「しかし、先程この男が言ったような話をされたら三人は攻撃を躊躇するんじゃないか?」
「え?」
「お前の夢を幼いころからよく知っているアイツらにお前が火影になれなくなるなんて言ったら一瞬の隙が生まれるだろう」

そして、その隙を見逃すほど木ノ葉の暗部は甘くない。
綱手がそう言った、まさにその時だった。

「きゃあああああああああ!!!」

ナルトとメンマの耳に、よく知る女性の悲鳴が聞こえた。

「ヒナタ!!?」

これは月読ヒナタのものだと判断したメンマは、全速力で駆け出した。
するとすぐ同じ方向へ走るサスケ達を見つけた。

「ナルト!メンマ!無事か!?」
「サスケ!流石お前も無事だったんだな!」
「無事?なにかあったのか?」

二人で綱手を探している途中ヒナタの悲鳴が聞こえ向かっていると説明される。

「……アイツらヒナタ達を狙いやがったか!!」

サスケには到底敵わないからとターゲットを女性陣に絞ったのだ。

「……」
「女を狙うなんて最低だな」

事態についてナルトから説明を受けたサスケは静かに前を見据え、月読サスケは怒りを露わにした。


(ヒナタ……ヒナタッ)

メンマの耳には他の者達の会話など入ってこない様で、一心不乱に彼女の声が聞こえた方へ足を動かす。

彼女の身になにかあったらどうしよう、やっと気付けたというのに失ってしまったらどうしよう。
どんな環境に生まれようと努力をすれば誰かが見ていてくれる、認めてくれる人は絶対にいる、それは誰になんと言われても揺らがない自信になる。
そして人はその誰かがいるから強くなれるのだと、この世界の自分に出逢って漸く気付いた。

メンマは歯を食いしばり、前を走るナルトへ心の中で問いかける。

――それがお前にとってのあの人で、オレにとってのヒナタなんだよな……?

ヒナタ……
何をやっても上手くいかなくて、すぐに諦めてしまおうとしたオレの前にいつもお前は現れて手を引いてくれた

失敗ばかりして落ち込んでいた時もお前は不器用ながら必死で励ましてくれていた
楽な道へ逃げてしまいそうなオレをお前が正しいところに連れてきてくれた

いつもヒナタを追いかけてた
いつもお前に追いつきたくて、お前と一緒にいたくて

お前の言葉でどれだけ頑張れたか
今のオレがあるのは全部ヒナタのおかげだ

だからオレは……



「ヒナタ!!」

ナルト達は暗部数十人に囲まれている三人のところへ降り立った。
ナルトの分身が二体いる、恐らくサスケ達のところに敵はいないと解った時点で行先をこちらに変更したんだろう。
その二体の分身はサクラとヒナタを人質に取る暗部の忍びと対峙し様子を窺っているようだった。

(流石ヒナタとサクラちゃん)

辺りには里の精鋭たる暗部達の死屍累々(死んでない)が積み上がっている、月読ヒナタを守りながら二人で倒していったのだろう。
そして綱手の言う通り、ナルトが火影に云々と言われ隙を取られた。
卑怯な手で大切な女性二人を人質に取られたのだと思うと怒りしか湧いてこない。
同じ里の者だから手荒な真似はしたくないけれど……
ナルトとサスケは一瞬でヒナタとサクラを人質に取る暗部の後ろに回り、気絶させた。

「ヒナタ、大丈夫か」
「無事か?サクラ」
「ナルトくん……」
「ええ、大丈夫よサスケくん」

そう言うがヒナタとサクラの首筋にクナイで刺された小さな傷があり、そこが青紫に変色しているのに気付く。

「毒!?」
「痺れ薬の匂いだな」

絶命するような類のもので無かったことに安堵したけれど己の最愛の人に毒を盛られ、ナルトとサスケの中で何かがキレた。

「ヒナタちょっと痛いかもしれねえけど我慢しろよ」
「え?」
「じっとして力を抜いてろ」
「は?」

そう言うと、ナルトはヒナタの、サスケはサクラの首筋に唇を当て、思いっきり吸い上げたのだ。

(ひええええええええええええええ!?)
(はいいいいいいいいいいいいいい!?)

最愛の人の突然の行動に二人は声にならない叫びをあげる。
サクラは恥ずかしさで怒りにも似た気持ちが湧いてくるし、ヒナタはもう気絶してしまいそうだった。

「ちょっ!?アンタら何を……!?」

月読サスケも顔を真っ赤にさせて動揺している、そんな月読サスケにサクラの首筋に口を当てたままサスケが瞳だけで笑った。
その間にナルトの分身は更に分身を増やし周りの暗部を一人ずつ締め上げていく、同じ里の者なので手荒な真似はしないが、それでも腹立たしいので少しきつめに。

「うわあ!?」

と、悲鳴が聞こえたのでハッと其方を振り返ると、数百メートル離れた場所まで逃げたヒナタが新しく現れた暗部に襲われている。

(やべえ!間に合わねえ!)

急いで、其方へ向かおうとしたナルトの分身のズボンの裾を縛り上げた暗部が力いっぱい噛み、足を引っ張る。

「クッ」
「サスケくん駄目!!」

スサノオを出現させようとしたサスケにサクラが制止をかけた。


そうしているうちに建物の壁へ追い詰められたヒナタ目掛けて暗部の一人が刀を振り下ろす。


「ヒナタ!!」


その瞬間、横から月読ヒナタと暗部の間にメンマが飛び込んできた。

自分の前に立ち塞がる、大好きな人の背中、月読ヒナタにはその光景がスローモーションのように感じられた。

(メンマ……?なんで?お前は、私が嫌いって……?)

それなのに、何故?


「超獣戯画!!」

暗部の刀がメンマに振り下ろされるといった瞬間、暗部の脇腹に墨絵の虎が喰らいついた。

「え?」

まさに間一髪といったところで、サイが大きな鳥に乗って現れメンマを助けてくれたのだ。

「あれは……柱部の……」
「サイだ」
「……ああ」

サイの登場に暗部の忍達がザワつく、サイは無言で暗部を見下すと、自分が乗るより一回り小さい鳥を出現させ、その爪で地面に転がった者を含め暗部全員を攫いあげた。

「サイ?」

ナルトが語り掛けるが、サイの瞳は泉を湛えているように冷たくて、それ以上なにも話しかけられなくなる、きっと己の所属する暗部の人間が仲間を襲ったことに激しい怒りを抱いているのだ。

「ちょ!サイ!待てよ!!あんま酷いことすんなよ!!ソイツらだって里の為を考えてしたことなんだから!!」

去っていくサイの後ろ姿に向かって叫ぶと、まだ意識のある暗部が僅かに反応を見せる。
オビトやサスケを許したナルトを許せないと思っていた自分達がナルトの“許し”を得てしまったのだ。
屈辱と衝撃で暫くは何も手を出してこれないだろう、そんなこと計算しているわけはないだろうが……


「大丈夫か?ヒナタ」

と、月読ヒナタに問いかけるメンマの優しい声が聞こえ一同はそこへ注目する。

「メンマ、てめえ……なんで私を庇おうとした」

――死ぬかもしれないのに
壁にもたれ掛ったまま月読ヒナタは力なく問いかける。

「オレは……」

メンマはいつも自分の襟を持ち上げて揺らす月読ヒナタの手を持って自分の頬へ触れさせた。
月読ヒナタはゆっくりとその顔を見上げる。

「お前の為なら死ぬのなんて怖くない」

今まで見たことのないような、優しい笑みを浮かべ。
温かい掌で己の手を撫で、そして言葉にする。

「オレはヒナタのことが大好きだから」

いつかヒナタがナルトに言ったことだと、傍で聞いていた二人は驚く。
幻術の二人は、もしかしたら立場が逆転しているのか。

「わ、私はお前に好かれるような人間じゃない」
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって私は日向の中では落ちこぼれで五歳下のハナビにも劣ってて……お前に偉そうなこと言うのも弱い自分を見せるのが嫌で精一杯強がってるだけで」

そんなもの、メンマにはお見通しだったから嫌われてると思っていた。

「本当の私は本番に弱くて、いつも失敗ばかりして……他人に見せないだけで本当はいつも落ち込んでて……」
「そんなことないヒナタ、お前は強いよ」

メンマはヒナタの手を両手で包み込むように握って、真っ直ぐその瞳を見詰めた。

「落ち込むからこそ、そこから立ち直ってく強さがあって……そんな強さが本当の強さだと思うから」

ああ、どこかで似たような台詞を聞いたな、とナルトは少し気恥ずかしくなる。

「オレから見ればお前はいつも誇り高き失敗者だったよ」
「メンマ……」

それを聞いた瞬間、月読ヒナタの涙腺は決壊し、メンマに思い切り抱き付いて泣き出した。
ヒナタはその様子を見て、愛おしそうに瞳を細める。

(ありがとうメンマくん……ちがう世界の私……)

ナルトも目的であるメンマの自覚と月読ヒナタへの告白が(ナルトがいなくてもくっ付いたことはこの際置いておいて)果たせて満足げだ。
残ったサスケ達は何故か通行人から拍手が上がっているのに気付き、やれやれと肩を竦める。

「往来で恥ずかしくねえのかコイツら」
「サスケくんがさっき私にしたことに比べればマシよ」
「何はともあれ一件落着だな」
「いや、まだオレ達の世界の危機は脱してないんだけど」

世界の危機よりも一組のカップルが誕生したことの方が重大なんて有り得るのだろうか、月読サスケは空を見上げ真昼の月に問いかけた。



* * *



限定月読世界を作る媒介となった水晶にオビトと同じうちは一族のサスケがチャクラを注いだことで月読世界は安定しメンマ達の体にも元のチャクラが戻った。
そして月読オビトから水晶越しにそろそろ戻る時間だと告げられた月読組は、再び火影執務室の机の前に並んでいる。

「では、本当お世話になりました」
「おかげでオレ達の世界は守られました」
「ありがとうございます」

三人から同時に頭を下げられカカシはにこりと笑って「ま、気にするな」と言った。
少年時代のナルトとサスケと同じ姿をした人間から敬語を使われるのも変な感じだ。

「向こうのオビトによろしくな」
「はい」

月読ヒナタが力強く答える、長年の片思いを実らせた彼女は本当に幸せそうで、年齢も相俟って謎の色香を発している気がする。

「あー先生オレのヒナタをそんな目で見るなってばよ!」
「メンマぁ気を付けた方がいいぜ?オレと付き合いだしてからヒナタ前よりモテるようになったからな」
「ええ?何言ってるのナルトくん」
「メンマどうする?私がモテたら困るか?」
「……そりゃ、困るってばよ」

と言って自分の腕をガシッと掴み真剣な表情で見つめるメンマに、月読ヒナタはメロメロだった。

「じゃあまたな!サスケ、サクラ!仲良くしろよ」
「言われなくてもするわよねー?サスケくん」
「フン」

すっかり意気投合したサクラと月読サスケからからかわれ鼻を鳴らすサスケにサクラはくすくすと笑った。
それを見ていた月読サスケも笑みを浮かべる、現実世界の彼が同じ歳の頃はこんな風に笑えなかったことを思うと切なくもある。

「サクラ」
「ん?」

もう、月読世界に戻りかけているのか、メンマ、月読ヒナタ、月読サスケの体は半分透けてしまっている。
それでも悲しみ一つ見せずに彼は笑って、サクラに言った。

「ありがとう」
「……」

彼にそう言われると、どうしてか、いつかまた会える気がするから不思議だ。

「……いっちゃったね」

月読組が完全に消えた後、部屋は暫くしーんと静まり返っていたがヒナタのこの一言で各々が息を取り戻した。

「そういえばヒナタもう大丈夫そうだな」
「え?」

突然ナルトがヒナタの手を握りそういうので驚いて見上げると、彼は首を傾げながらこう続けた。

「なんか落ち込んでたみたいだけど、いつの間にか元気になってる」

ああやはり彼は目を見ただけで全て解っててしまう……ヒナタは恥ずかしいようなこそばゆいような不思議な感覚を覚える。

「うん、そうだね……メンマくんのおかげかな……」

彼が月読ヒナタを強いと言ってくれた時、自分のことのように嬉しかったのだ。
それに――

「私はやっぱり……」
「ん?」

彼が言った言葉は全て今までの自分にも、これからの自分にも当てはまる。

ヒナタは周りに人がいるのも忘れてナルトだけを真っ直ぐ見詰め、彼にだけ見せる特別な笑みを浮かべた。



「ナルトくんのことが大好きなんだなって思えたから」



これによってカカシ・イズモ・コテツに大ダメージを与えたのは言うまでもない。







END