サスサク(まだ付き合ってない)とナルヒナ前提のサスケ+ヒナタの話 自分はずいぶん贅沢になってしまったものだ。 幼い頃は遠くから見詰めることしかできなかったが、それで充分満足していた。 というよりも彼の姿を励みとし努力することだけで精一杯だったのだ。 それがいつからか、きっと彼が初めて見てくれていると思った瞬間から変わった。 大好きな彼に、認めてもらいたい……そう思って必死で修業を続ける日々。 でも、あの頃はこの気持ちを伝えたいだなんて思わなかった。 所詮報われない片思いだと思っていたし、今もどうして報われたのか不思議に思う時がある。 自分は迫害される彼をずっと見ているだけしか出来なかった。 何度も何度も勇気づけられてきたのに、それを彼に返すこともできなかった。 ペイン襲撃の際は運よく助けられたけれど独りよがりの行動で、どれだけ迷惑をかけたろう……優しい彼だから自分を責めはしなかったけれど―― お前は強いのだと言われた時は、彼に認めてもらえたような気がして戦争中だというのに嬉しくて、世界を救おうと必死でふんばる彼の横に立ちたいと願った。 でもそれは任務や里を守る時のことで、私生活で彼の横に立てる存在になりたいなんてとても思えなかったのだ。 彼の目指す先にはサスケがいて、彼の視線の先にはサクラがいたから……自分がどんなに頑張ったってあの二人には一生敵わないから。 (一番にならなくていいんだ) だってずっと追いかける側の人間だったじゃないか、見詰める側の人間だったじゃないか、昔の自分はそれで満足していた筈。 いつだって初心を忘れてしまってはいけない、日向宗家に生まれたのだから、常に己を厳しく律し、他者を優先できる者でなければならない。 ナルトはいつだって己を後回しにして他人の為に行動してきた。 だから自分もナルトの様に他人のことを考えられるようにならなければ、彼の横に立つ権利もなくなってしまう。 そしてナルトが少しでも己のことを大切に出来るように、ナルトがどれだけ里の皆から大切に想われているか自覚してもらわなければいけないのだ。 (そうよ“みんなのナルト君”でいいじゃない) 自分がナルトに応援されて初めて自分にも価値があると思えたように、ナルトだって他人から愛されることで自信を持っていられるんだ。 ヒナタはいつもナルトに愛を降り注いでいるつもりで、今のナルトはそれをきちんと解ってくれているのだと知っている、それだけで充分報われていると思えばいい。 (私の嫉妬なんかで、ナルト君の邪魔しちゃいけない) 脳裏に過るのはサクラやサイと一緒に任務に出かけた彼の後ろ姿、偶然見かけた時は思わず声をかけてしまったが今では自己嫌悪を感じる。 自分と一言二言会話を済ませた後そそくさと二人に着いて行ってしまった彼に不満はない、任務前にあまり時間を取れないと同じ忍なら理解している筈なのに物足りないと感じる自分が嫌いだった。 ――ヒナタはただ「いってらっしゃい」が言いたかっただけで、そしたら帰ってきたときに「おかえり」が言えるから……ただそれだけしか望んでいないのに、自分を我儘だと感じてしまっていた。 「どうした?」 不意に、前方から声をかけられビクりと顔を上げるヒナタ。 彼女はあの日トネリに話しかけられた時と同じように公園のブランコに乗っていた。 「サスケくん……」 話しかけてきたのが木の葉の忍だと解り安堵する。 以前見かけた服とは違うレインコート風のマントに身を包み、ターバンを外したサスケが心配そうな瞳でヒナタを見ていた。 「びっくりした、気配ないんだもの」 「……すまない、つい癖で」 「ふふ、いいのよ、ハナビにもよく驚かされるの」 こう言うが実際サスケが完全に気配を消してしまったら気付けるのは仙人モードのナルトくらいしかいないだろう。 「久しぶりだねサスケ君……けど、またナルト君やサクラさんのいない時に来て……」 「……」 意地悪を言ったつもりはないのだがサスケはバツの悪そうに顔を逸らしてしまう。 彼がこんな表情を見せてくれることを嬉しいと感じるのは、ヒナタも彼がずっと暗闇の中にいたことを知っているからだ。 サスケは第四次忍界大戦が終結した後、木の葉で怪我の治療を受けた。 左腕以外の傷が癒えると五代目火影である綱手から身柄を拘束されてたが、彼は反抗もしなかった。 彼の力ならば逃げることなど容易であった筈なのにそうはしなかった。 そして彼は綱手とカカシ、シカマルとナルト、そしてホムラとコハルの前で全てを告白することになったのだ。 里から離れていた間、サスケが何を知り、どう思い、何を考え、どう動いたか、彼の主観で、しかし彼は自分を守るような言葉を吐かずに全て包み隠さず語った。 別室では火影に許された者達がその声だけを聞いていた。 話を聞くうちに同期の女性陣の中には耐え切れず涙を流す者もいて、ヒナタ自身が泣いていて定かではないけれど……木ノ葉上層部は皆そろって苦い顔をしていたように思う。 サスケは処刑を下されれば甘んじて受け入れると言った。 しかし許されるなら外を旅して確かめたいことがあると言った。 つまり、彼の頭の中には里で殺されるか里から離れるかの二択しかなかったのだ。 ヒナタはあの時、サスケの考えが“寂しく”そして“痛い”と感じた。 きっとナルトやサクラはそれ以上の想いを抱えていたに違いない。 「……そんなことより、どうした?」 そう問いながらサスケが隣のブランコに腰かけてきたのでヒナタは目を丸くする、彼が自分を気に掛ける理由がないからだ。 しかし学校時代あまり関わりはなかったといってもサスケもヒナタの幼馴染であり、個人的な恨みがあるわけでもない、ナルトがいつも優しい奴だと言っているサスケなら自分を放っておけないのだろう。 「どうしたって?」 「なにか悩みがあるんじゃないのか?」 「……」 ヒナタが苦笑を零したと同時に風が吹き、彼の髪や袖がフワリと揺れた。 あの戦いで手に入れた瞳とあの戦いで失った片腕、彼を見ると否が応でも思い出してしまう。 「私は……」 ――サスケはイイ奴なんだってばよ! ナルトの言葉が頭を過る、ヒナタは彼を信じようと前を見据えた。 「実は……」 ブランコを小さく漕ぎながらヒナタは自分の思っていたことをポツリポツリと落としていく。 サスケは黙って目を閉じていたけどきちんと聞いていることだけは解った。 今日初めて気付いたのだけれど彼はとても話しやすい。 会う度どんどん雰囲気が穏やかになっていっている彼をナルトにも見せてあげたい。 「ナルトとサクラに嫉妬してるのか?」 「そういうわけじゃ……ただ、サクラさんには敵わないなって」 本当はサスケにも敵わないと思っているが、本人を目の前にしては流石に言えなかった。 それにサクラに対しては女性として羨んでしまう部分も少なからずある。 「その気持ちは解らなくもないが……」 「へ?」 思わず横を向けば、彼は自分の方を見て微笑んでいた。 「オレもナルトには嫉妬することがある」 普段の彼からは考えられないような素直な告白を聞き更に驚いているヒナタに向かって、サスケは静かに語り始めた。 「自業自得とはいえアイツらと離れていた時間が長かったし、これからも一緒にいられる時間は短いのだと思う」 罪を償う為、世界を守る為に旅を続けていくのだと決めたのだから。 「ずっとアイツの傍にいたのはアイツだし、アイツらを苦しめたオレなんかじゃ理解できないことだって多いだろう」 サスケの瞳が“痛い”と語っている、その気持ちはヒナタもよく解った。 「だがな、オレとナルトの間にも、オレとサクラの間にも不可侵の絆がある」 ――それはどれも唯一無二で、どれが一番だなんて比べようのない、特別なものだと思っている サスケの言葉がヒナタの胸に落ちて波紋のように広がっていく。 「ナルトにとってのサクラや、サクラにとってのナルトにオレが劣っているなんて考えたら、アイツら怒るだろ?」 微苦笑を零しながら、己を卑下することは己を取り戻す為に必死になってくれたあの二人に失礼だとサスケは語り、過去を思い出せば死ぬほど辛くて、死に逃げてしまいたいと思うことだってあるけれど、あの二人が己を特別に想ってくれていると知っているから生きているのだと付け加えた。 「ヒナタ」 彼女の白い頬へ無意識に流れた涙が一筋二筋と線を作っていく。 「お前とナルトの間にだって、誰も入り込めない二人だけの絆はあるだろう」 他より優るわけでも劣るわけでもない絆があるのだと、言ってやらないとナルトが可哀想だ。 サスケの言葉とともに風が吹き、彼女の中へすんなりと入ってくる。 「サスケくん、ありがとう」 息をするのがだいぶ楽になった。 すると彼は安堵したように笑い、更にこう言った。 「もっと堂々としていろ、お前は美しいんだから」 「……ッ!?」 ヒナタでなければ確実にときめいてしまうだろう優しい声だった。 恐らくサスケはヒナタの強さを知らないから、女性として自信を持たせようとするなら容姿を認めるのが手っ取り早いと考えたのだろうが……ヒナタ相手にこれならサクラの前ではどうなるのだろう。 そういえばナルトに対しても「お前とも戦いたい」だとか「一番親しい友」だとか「家族と重ねていた」なんて言っていたらしいし、サスケが素直になると誰の手にも負えないのではないかと不安になってくる。 「どうした?具合でも悪いのか?」 突然俯いて震えだしたヒナタに動揺したサスケはブランコから降りヒナタの前に膝を着き、心配そうに顔を窺った。 彼の瞳は深淵のように静かで、灯火のように優しい、彼の言葉が嘘ではないと教えてくれる――写輪眼だからなんて関係なく価値のあるものだ。 「ううん、なんでもないの」 同様にサスケもヒナタの真珠のような瞳を見ていた。 全てを見通す瞳は、この不幸な世界に有りながら誰かを疎んだり蔑んだことは一度もない――忍の世界においてソレがどれほど貴重なものか彼女は自覚ないのだろうけれど。 (サクラさんが好きになる筈だわ) (アイツが惚れる筈だな……) 一人はブランコに乗り、一人はその前で膝を着き見上げている状態で二人は暫く微笑み合っていた。 「もう大丈夫みたいだな」 「うん、本当にありがとうサスケくん」 立ち上がって、服についた砂埃を払っているサスケを見ながらヒナタはもう旅立ってしまうのではないかと不安に駆られた。 長期任務に経ったナルトやサクラに会わせるのは諦めるとして、彼にもう少しこの里にいて貰いたいと思った。 「サスケくん!お願いがあるの」 もう散々弱みを見せたついでだ。 こうなったらとことん甘えてしまおう、だって自分の同じ穴の狢ではないか、そんな思いがヒナタを突き動かした。 「なんだ?」 突然の剣幕に少し警戒気味にサスケが訊ねる。 「私の修業に付き合ってほしいの!!」 「……」 ガシっと手を掴んで、真っ赤な顔をして頼んできた彼女に首を傾げる。 「何故?」 「サ、サスケくんはナルトくんのライバルじゃない!」 「まぁ」 「私はずっとナルトくんを目標にしてて、ナルトくんに追いつきたくて」 自分でも何を言っているんだろうと思う、あんな化け物みたいな戦いをするナルトに自分が並べるわけがないと頭の中では理解している。 ただ諦めたくもない、彼の横に立って支えられる存在になりたいというのは自分の夢だし、真っ直ぐ自分の言葉を曲げないのが忍道だ。 「だからナルトくんと互角のサスケくんに稽古をつけてもらいたくて」 「……いや、あの」 正直実力が違い過ぎて稽古相手には向かない、親友の恋人に怪我はさせたくないし……と、断ろうとしたサスケだったが彼女の眼を見て思い留まる。 「私とサスケくんだったらチャクラの性質も一緒だし、カグヤのこと調べるなら白眼のことをもっと知っておいた方がいいと思うし」 自信がなくて他人にハッキリ主張することが出来なかったあの子はどこにいってしまったんだろうと、苦笑が漏れる、この子もナルトによって変えられたのだ。 「そ、それに私と一緒にいたらサクラさんのことも教えられるし」 決定打だった。 「わかったよ……場所は?」 「うちの道場でいいよ、父様もサスケくんと会ってお礼したいって言ってたし」 「礼?……ああ、あの時のことか」 月の事件のことを思い浮かべる、あの時サスケが助けなければヒアシの命は危なかったし、そのヒアシの言葉がなければヒナタやハナビのいる月も破壊されてしまっていたかもしれない。 それに今思えば昔からヒアシはうちは生き残りであるサスケを気にかけていたように思える、写輪眼の源流が白眼にあるのに、うちはが不当な扱いを受けてきたのを知っているからなのだろうか。 「サスケくん時間は大丈夫なの?」 「ああ、火影への報告も済んで、もう里を経つつもりだった」 「そっか……」 里の人間はサスケの事情をしらないし、今は影で里を守ってくれているが、その情報は一般人に入らない。 冷たい視線が蔓延る里に長くいてほしいだなんて、幼い頃からナルトを見ていたヒナタだからこそ言えなかった。 でも、これからは違う。 「サスケくん、貴方のことは私たち日向一族が守るから」 「は?」 「父様を助けてくれて、間接的に私やハナビを助けてくれて、里を守ってくれていて、同じ瞳術使いで、私に稽古をつけてくれるんだもん、放っておいたら日向の名が廃るわ」 ヒナタの瞳は希望に燃えていた。 火影のカカシや次期火影候補のナルトだけでなく木ノ葉の名門日向が味方に付けば里民の彼への認識が改善される、そうすればサスケは遠慮なくサクラに会いに行けるだろう。 彼がサクラに会えないのは罪人である自分と共にいることによって彼女まで同じように見られかねないという恐怖によるものだ。 それさえ何とかできればサクラに恩返しができる。 「……お前はナルトに似ているな」 お人よし過ぎる……目を細め歯を噛みしめたサスケが言うとヒナタは満面の笑みを咲かせた。 「当たり前だよ、だって私はずっとナルトくんを見てきたんだもの!」 太陽の光の下にいるヒナタからはもう先程までの悩みは消え失せてしまっているようだった。 「修業の前に昼ご飯にしなきゃね、お礼に今日は奢るよ……一楽のラーメンでいい?」 「……お前ら本当に似てきたな、いいけど」 しかし一楽のラーメンと聞いて懐かしく感じる己もたいがいだった。 「ふふ、じゃあ行こう」 財布の中の残金を頭に浮かべながら歩きだしたヒナタの後にサスケが続く。 一定の距離をとっておかないと彼女に迷惑をかけるかもしれないと思っての行動だったが、ヒナタがすぐ歩幅をサスケに合わせてしまって駄目だった。 後日―― 任務から帰ってきたナルトやサクラやサイは、一楽のラーメンを食べながら木ノ葉の門で聞いた情報をヒナタに確かめようとしていた。 「な、なあヒナタ?こないだオレが任務行ってる間にサスケと一緒に歩いてたって本当か?」 若干緊張しながら訊ねるナルトの話をヒナタはニコニコしながら(ナルトが無事帰ってきたのがうれしいのだろう)聞いていた。 「うん、そうだよー、家で修業に付き合ってもらったの」 全く悪びれなく(実際悪いことはしていない)ヒナタはあの日のことを思い出してか嬉しそうに答えた。 「い、家に……?親父さんなんにも言わなかったのか?」 「父様?えっとすごく喜んでたよ、あの事件の時のお礼がしたいから夕ごはん食べて泊まっていけって……結局夕食だけ食べて帰っちゃったけど」 「……」 自分だってまだ招かれたことはないのに! と、カウンター撃沈したナルトと、笑顔の引き攣るサクラと、空気を読まずに餃子を追加注文するサイ。 「優しいね、サスケくん……ナルトくんがサスケくん好きな気持ちちょっと解ったよ」 別の意味で空気を読んでいないヒナタがトドメを指してきた。 「ヒナタ、それは駄目だぞ」 「ああ、駄目だ。何故なら……」 「へ?」 横からキバとシノが堪らず突っ込みを入れる。 ただ、サスケと話したという日以来ヒナタの悩みが解消されていたのに気付いているから頭ごなしに叱るのも憚られてしまう。 「なに?シノくん、何故ならの続きは……」 「いや、いい、お前と親しくすることでサスケも木ノ葉にいやすくなるだろう」 「そうだよね!また一緒に修業する約束したし、早く戻ってこれるといいよねサスケくん」 これがサクラと仲の良いナルトへの当てつけだったら止めさせるが、ヒナタは良かれと思ってやっていることだし、サスケも天然でやっていることだし、やはりなんとも言えない。 サクラはともかくナルトがやきもきするのは見ていて楽しいキバとシノは傍観に徹することにした。 (畜生!ヒナタんちで夕食って、アイツ羨ましいってばよ!!) (しゃーーーんなろーーー!!サスケくんたら私には会わない癖にーーー!!) (そういえば僕もいのの家に呼ばれたことないな……彼女の親と会う時はどうするのか本で読んでおかなくちゃ) 三者三様別々なことを考えている同班メンバーにヤマトができることといったら、とりあえずラーメンが伸びる前に食べてしまうことを進めるしかなかった。 END |