マイフェアオンリー
サイ→いのとサスケの話です。大戦終わりたての頃を捏造。いのの名前をカタカナにしています。


――君のその髪が、僕には光の翼に見えたんだ――

「……たしかに俺はやり方を間違った……復讐に囚われ大切なものが見えていなかった……だが理不尽な仕打ちに怒りを持つこと事態を悪いことだとは思わない、国の安寧の為とはいえ特定の人間に負担を背負わせ犠牲にすることはけして正しいとは思わない、イタチの死を納得できないし里のしたことを忘れない」

彼の人の心の中にある言葉を、彼のものより高い声が紡いでゆく。

「耐え忍ぶことが忍の本分だと思う、だが忍術という巨大な力を使う者であることも確かだ……その力を更なる力でコントロールしようとすれば必ず争いが起こり弱い者から死んでゆく、そうすればまた憎しみが生まれてしまう、忍というものの根底を覆してでも世界は変わらなければいけない、そうしなければいずれまた俺みたいな奴が出てくる」

うちはサスケの頭部と山中イノの頭部は今特殊な機械で繋がれている、極限までチャクラを消耗させられたサスケに赦されたのは思考することのみ。

「戦争をしないことだけが平和ではない、忍界が今のままなら俺は里に絶対の忠誠など誓えない、もしまた俺の大事な者を傷付ければ今度こそ許さないから、こんな俺を野放しに出来ないというなら今すぐ殺せばいい……ただ、お前達はきっと俺の体から万華鏡写輪眼と輪廻眼を抜き取るのだろう、そして適性があると判断したものに移植するのだろう、最初に試されるのはカカシか?それが駄目なら日向の分家の者か?そうやって人間を使い捨てにするというなら俺が生きて里の為に働いた方がマシだ」

そこで、彼女の声は震えた。
彼の心の中に何を見たというのだろう。

「……次の火影がカカシでその次はナルトが火影になるんだろ……それなら俺はもう一度木ノ葉を信じてみようと思う、イタチだって俺が信じた道をきっと認めてくれる、今はまだ里で過ごすことは許されないから贖罪の旅に出たい、大筒木の一族のことも気になるがカグヤが千年潜っていたようにまだ世界を脅かす勢力が隠れているかもしれない、それの調査もしたいと思っている、そして五影の力で忍が幸せになっていく様を見てみたい……それを見て俺はきっと過去を後悔することになるだろうが……俺はこの目で見たものしか信じられないから」

保身でも媚びでもなく、これは彼の本心だ。
そもそもサスケが嘘を吐くところなど想像できないとナルトやサクラは言う、本人が伝える必要がないと思っているだけで優しく情の深いのだと、近くで観察していればよく解かるとカカシも言っていた。
これから木ノ葉隠れの里へ戻り、厚顔無恥だと罵られようと自分の立場が悪くなろうと構わず自分の信念を貫いて生きるのだろう、処刑されなければの話しだけれど。

「志村ダンゾウとも、もう少し話してみたかったと思う……」

最後にそれだけ言ってサスケは意識を手離した。
頭部の機器を外したイノが彼に駆け寄ろうとするが白衣を着た医療忍たちに阻まれてしまう。

運ばれていくサスケを不安げに見たイノの隣へ立ち、サイはその手を引いて別室へ移動した。
この数時間の記憶を消す薬を彼女に投薬しなければいけない使命を預かっていたからだ。

「サスケくんの心の奥まで潜っていったけど、ずっと前からナルトやサクラのこと大事に想ってた……でも忍を犠牲にして成り立つ里を認められないっていう気持ちは一生譲れないから……だから、サクラの気持ちに応えられないって思ってた」

ポロポロと流れる涙。
サスケの所為で泣く彼女を見たのは二回目だが、一回目の時に感じた憤りは感じ得なかった。
だって彼女を泣かせた原因は里の任務だから、任務に憤りなんて感じてはいけないものだ。
そう、思ってたのに――
「泣かないで、泣いたイノの顔はとてもブスだよ」
「うるさいな!!……たく、もう……」

少し笑顔を取り戻したイノに、ホッと一息つくサイ、するとイノが瞳を瞬かせた。

「サイのそんな顔初めてみるわ」
「え?」
「私が泣いたら不安そうな顔をして、笑ったら安堵した顔になった」

ほんのちょこっとだけど、と言ってイノは笑う。

「サスケくんに感謝ねー」
「……どうして?」

サイはサスケを仲間を泣かせるクズだと思っている、里から逃げて大蛇丸へ下った卑怯者だ。
けしてイノが感謝するような人間ではない。

「だってサイからそんな表情を引き出したんだもん」

眉間に皺が寄っている、と人差し指を宛てられた。
違う、自分じゃわからないけどイノが泣くから不安になって笑うから安心して、イノがサスケに感謝なんてするから苛々したのだから、自分の表情を引き出したのはイノだ。
なんでそんなことを言うのだろう、今度はだんだんと悲しくなってきたサイ。

「……イノは、まだサスケくんのことが好き?」
「ええ、大好きよ、仲間としてだけど……これでも物凄く怒ってたんだけど彼の記憶と深層心理を見ちゃったらなんだか憎めなくなったわ」

忘れちゃうんだけどね、とイノは切なげに微笑む。
サイは手の中にある注射器をギュッと握った。
先程のサスケを忘れるべきなのはイノではなく寧ろ自分の方だと感じる、どうして綱手はこの役目を己に課したのか、己ならサスケの心を聞いても平気でいられると思ったのだろうか、たしかにそんな風に思われても仕方ないような感情のない人形だったけど、こればかりは違う。
だって……サスケはきっとサイが選ばなかった道に立つサイ自身なのだ。
大事な兄が里の為に犠牲になった者同士。
サイはそれを受け入れて、サスケはそれに怒りをもった。
忍としてはサイの方が正しいと自信を持って言えるし、兄だってそんなサイを望んでいた筈だ。

「サスケくんは……とても弱いけど、同時にとても強いよね」

自分がどんな道を選択しようとそれを兄が認めてくれると言う、それは兄の愛を信じているからだ。
根で育ったサイですら悲惨だと思う過去を持ちながらサスケには自分のことも大切な者のことも信じる力があった。
罪を受け入れ、友の手を取り、そして『志村ダンゾウと話がしたかった』とまで言ったのだ。
いつかきっと全てを乗り越えるときがくるだろう……その先はきっとイノと同じ道の上だ。

「ねえイノ」
「うん……」
「僕さ、戦場でイノと一緒に闘ってる時、イノの髪が金色の羽みたいに見えてたんだよ」
「羽?」

どうせ忘れちゃうんだと思うと、言わなくても構わないと思っていた言葉を告げたくなった。
薄暗い闇の中でイノの髪は驚くくらい輝いていて、その背中を見てサイはこの羽に傷一つ入れずに帰ってきたいと思った。

「うん、だってとっても綺麗だから」
「……」
「それにあの時、僕らみんなをイノのお父さんが導いてくれてたでしょ?僕はいつも一人で鳥に乗ってたけどあの時はみんなが同じ鳥の上に乗ってるみたいだなって、だからイノのお父さんもイノみたいな羽を持ってるのかもって」

サイはイノの前に傅き、手を伸ばして髪を一房とった。

「お疲れ様、イノ……ツラい任務だったね……イノのお父さんから受け継いだその力は本当だったら仲間を導く為に使われるものだったのにね」

仲間を尋問する為のものじゃなかった筈だと思えばやはりサスケが憎々しい、そんな任務を課した里のことも生まれて初めて少し怨んだ。

「でもイノの想いは無駄にしないよ、イノが任務を遂行してくれたおかげで僕これからサスケくんのこと少しは好きになれそうだと思ったから」
「少しは……なのね」
「イノを泣かせたんだもん、嫌いにならなかっただけ有り難いと思ってもらわないとね」
「ふふっ」

やっぱり笑った顔は美人さんだなと、サイもつられて頬を緩ませる。

「サイのその顔、忘れちゃうのやっぱり惜しいわ……」
「気が向いたらまた見せてあげる」

なんて、今自分がどんな顔をしているか解らないのにサイは言って、イノの髪に口付けを落とす。

(どうせ忘れちゃうんだしね……)

髪を離した手でそのままイノの手を取り、注射の針を差し込んだ。
薬をゆっくりと投入したあと、イノはパタリと眠りに落ちたのだった。
正面から抱きかかえるように彼女を支えて、サイは内線で医療忍を呼んだ。

(こうやっていつも僕の胸で羽を休めてくれたらいいのに)

ナルトの風がサスケの中にあったあたたかな火を燃やすことに成功したように、自分だって地中の根ではなく柱になりたい。
今の自分にその力はないとしても、せめて医療忍がここに来るまでは彼女を抱き締めていたいと思ったのだった。





END
いのって金糸雀みたいだなって思って「猪じゃないんかい!」と自己ツッコミを入れました