ヒルザキツキミソウ
サスケ+カカシの話。大戦後〜サスケとサクラが二人旅に出るまでの閑話休題。

ある晴れた朝、六代目火影の執務室に約数カ月ぶりに彼の弟子が顔を出した。

「サクラは?」
「ねぇ開口一番それなの?情報提供ありがとう、お前から密書を預かるなんて感慨深いねって言おうとした俺の気分をどうしてくれるの?」
「ナルトもいねえし」
「恩師を目の前にしてキョロキョロ見渡さないで、って二番目はナルトなのね……いいよ上忍師なんて弟子にとっては三位の存在だよ」
「いや、家族も含めてチームメイトは同率一位だ」
「サスケ……」

無駄にキリリとした顔で宣言され、つい感動してしまうカカシ。

「で?サクラは?」
「あーうん、若いのは午後からある庭園会の準備に出てるよ、サクラもナルトも外交要員だから今頃めかし込んでんじゃない」
「庭園会?」
「うん、火影邸の庭園でね、五影とか各国の要人を招待して宴会すんの、お前よくあの警備かいくぐって侵入してきたよね……」

ていうか堂々と門から入ってくればいいのに、運が悪かったら殺されてたよとカカシは言う。

「お前のことはいつでも通すように言ってあるから、今度から門を使って帰ってきなさい」

じゃないと警邏隊の責任になるからね!と厳しく言えば苦い顔をされた。

「わかった」
「あとで侵入ルート報告して、そこの警備見直すから」
「ああ……でもここの警備態勢は他の大国と比べても遜色ないと思う」
「他の国にも侵入したことあんの?入国するための正式な手続きっていうの教えてやるから今度からそうしなさい……もう大蛇丸ぶん殴りたい……」

一応の師である大蛇丸は各地を巡る旅をする中で正規の方法をとったことは一度もないだろう、サスケの修業中はほぼ寝ていたという彼がそれを教える機会はなかったと思うがあったとしてもきちんと教えていなかったと思う。
自分は忙しくて無理だが今度パックン達を呼び出してサスケに忍びの掟や一般常識について説いてもらおう、愛犬と愛弟子の授業風景なんて見ていて和むにちがいない。

「お前もうちょっと早く帰ってくるって知らせてくれれば警護に付かせたのに……野点や演芸場もあるから楽しかったと思うよ」
「いやそれは駄目だろう」

大戦のとき世界を救った英雄で隕石落下を食い止めた功労者ということになっているが、それでも元抜け忍で元暁の犯罪者であるサスケが公の場に立つことなど赦されないだろう、そういうことを考える癖にどうして不法侵入してくるんだこの子は……とカカシは呆れるのだった。

「折角サクラがめかし込んでるのに見ないなんて勿体ない」

するとサスケの肩がピクリと動いた。

「いのやヒナタやテンテンもドレスアップするんだけどさ、きっと圧巻の美しさだろうね〜四人並ぶともう木ノ葉の華だよねぇ〜各国の要人から「あの子を嫁に!」なんて言われちゃうかも〜どうしよう〜玉の輿じゃん」

シュッと顔の横を風が横切ったかと思うとカカシの顔の横、椅子の背もたれにクナイが突き刺さっていた。
天井から暗部が降り出てサスケを捕らえようとするのを「待て!」とカカシが諌める。

「怒らない怒らない、でも本当あの子たち綺麗だと思うよ、テマリさんも今回は風影サイドの要人として参加するけど何年か後にはみんなと一緒に外交に参加してくれると思ったら心強いよね」
「外交というか接待だろ……」

自分の好いた女が独り身として他の男をもてなすというのは面白くない。

「そんなわけでサスケ、ちょっと庭園会のことで頼みたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
「演芸場でさ、一曲、舞ってみてくんない?」
「は?」
「俺も簡単な挨拶するんだけど、その後になにかインパクトのあることしたいんだーよ」
「それが俺の舞?冗談は顔だけにしろ、だいいち舞を踊ったことなんてない」
「お前だったらすぐ覚えるよ、顔は隠しとけばいいし、片腕は幻術で作ればいいじゃない」
「……なんで、そんな」
「だってサクラのめかし込んだ姿見たいでしょ?それに」

サクラにはお前ってバレるし、お前が里にいるって解れば宴会が終わったらすぐ抜けるだろうし、他の男が誘いかける隙なんて与えないよ。
と、どうせサクラが誘いに乗ることはないと解っていながら囁く火影の顔はおもちゃを見つけた子どもの様だった。

「あとさ、うちは一族に伝わる舞だからお前に教えておきたいなって思ってね」
「え?」
「俺の親友がうちは一族だったの知ってるでしょ?あの後アイツも生きてたら参加したんだろうなって思って、うちはの祭を何度か見学に行ったんだ。聞いた話だとうちは一族なら誰でも踊れるもので個人の家でも祝い事があれば踊ってたって、お前が生まれた時もフガクさん舞ったかもしれないね」
「……」
「頼める?」

そう言われれば頷くしかない、何事もなければ自分も父や兄から教わっていたかもしれない舞を、この機会を逃せば一生知れないかもしれない。

「うん、ありがと……じゃあ"夕顔"」

パチンと指を鳴らせば一人の暗部が影の本棚の影から現れた。

「今からお手本見せるから一発で覚えて、細かい演技指導とかはそこの夕顔から教わって」

暗部の中では一番芸術に精通してる奴だからね、と言って笑った。



* * *



火影邸の庭園で行われる宴会には五影とともに各国の要人が招かれていた。
火影は朝から五影をもてなしていたといい、では執務室にいたのは彼の分身だったのかと気付いたが特に驚きはしなかった。
分身が消え記憶が結合されたカカシはサスケを見てにんまりと笑い、ぽんぽんと期待しているよと肩を叩いた。

挨拶も終わり拍手の中、演芸場を降りたカカシの代わりに数人の暗部が上がる、周囲はざわつくが皆暗部服ではない着物を着ているので仮面をつけているだけの忍かもしれない。
皆各々楽器を持っていて、笛を持っている者は鼻から上を隠す仮面をつけていた。

「火影よりささやかな催し物を準備いたしております」

その言葉に補佐官でさえも首をかしげている、木ノ葉の忍は火影からのサプライズかと思い演芸場に注目した。
一人の着物の男が舞台の中央に上がってきた。
写輪眼のカカシのものに似た狐面をつけているが髪は黒、背格好も違う。
衿を大きく広げ、白肌を惜しげもなく晒す姿はどこか蠱惑的に見える。

剣舞『真昼月』

背後の仮面をつけた者達の中の誰かが演目を読み上げる。

「真昼月……」

誰かがぽつりと呟いた。

狐面の男はすっと左手を伸ばすとその手の内に細長い刀が出現する、幻術で作ったものだろう。
男は一歩踏み出すとまだ鞘に入ったままだった刀をゆっくりと引き抜く、たったそれだけの動作なのに見惚れるほど美しい。
一直線の波紋の走るそれを横に突き出したかと思うと、くぅるりと逆手に持ちかえて自らの喉元に触れる直前で静止する、観客は息を呑んだ。
仮面の顎部分をするりと滑らせた刀を胸のあたりで持ち替え、今度は体を反転させる、足を引き演舞場の最奥まで下がったかと思うと飛び上がって刀を斜めに振り下ろしながら舞台ギリギリに着地した。
これまでの間、足音が一切しない。
刀を再び逆手に持ち替え、胸の前で峰の部分を指でゆっくりと撫で下ろしてゆく、優しい手つきに観客のなかに溜息を吐くものがいた。
膝を付いて床に落ちていた鞘を拾った男は刀を鞘へ戻し、それを胸に抱き込むと再び音もなく立ち上がってゆく。
そこからは円を描くように舞台を回りながら手の中で刀を振り回す、この時も無音だ。
もしや幻覚では?と観客が思った瞬間、ダンッと大きな音を立て足を踏み出した狐面、そこから数歩音を立てながら動いた後、背中を向けて仰け反るように客席を振り返る。
無表情な仮面なのに、何やら寂し気に見えた。

(サクラ……)

サスケはサクラに気付いていた。
此方を一心に見詰め頬を赤らめている、緋毛氈の敷かれた台に座り、薄桜色の美しい着物に身を包んだ彼女は自分がサスケだと解っているのだろう。
仮面の奥の瞳が揺らぐ。

――真昼の月は誰にも見つからないようにひっそりと大切な者を祝っているんですよ――
夕顔に『真昼月』の意味を聞くと、彼女は自己解釈でいいならと教えてくれた。

――太陽のようにも夜の月のようにもなれないけれど、静かに控えめに、眼差しだけで祝いを捧げる――
正体なんて知らせなくて良いから。

狐面は抜刀しクルクルと刀を回転させながら体の上を這わせる。

――サスケくん、君は昼間の月を見てどう思う?――
とてもとても優しと感じた。
自分もそうなれたらと願う。

舞台の中央に立ち、最初と同じように今度はゆっくりと刀を鞘に納めていく。
そして正座をし観客に向かって深々と頭を下げた。

約十分の剣舞が終了した。
観客からの拍手が耳の中に響いている、息を整え頭を上げると、また深々と頭を下げた。



* * *



「お疲れ様」

舞台裏に戻るとカカシに声を掛けられる、ずっと舞台袖から見ていたのだろう、優しく頭を撫でられた。
サスケは仮面を外すと「こんなんでよかったか?」と訊ねる。
カカシは指で丸を作って「ごーかっく」と満面の笑み(半分覆面で隠しているけど)を浮かべた。

「ところで……」
「ん?」
「サクラの着物を用意したのはお前か?」
「うん、いい着物の店をコハル様にお聞きして女性陣全員着つけてもらったんだよ」
「そうかやはりサクラの家ような普通の家庭にあんな値の張りそうな着物はないだろうと思ったんだ……カカシグッジョブ」
「お前将来の義父に対してなんたる言いぐさ、あと火影に対してなんたる口の利き方」

残念な一言によりカカシの中にあった感動や親ばか心などが色々と台無しだ。

「カカシ……」
「ん?」

仮面で口元を隠しながらサスケはカカシの目を見詰める。

「任務報酬……」
「え?」
「任務報酬あれでいい」
「……」

ぽそぽそと、彼にしては珍しく言葉を濁すのを見てカカシの顔がパッと明るくなった。
贖罪中だからと報酬を受け取らずに情報を流してくるサスケに辟易していたカカシにとってそれは吉兆のように感じられたのだ。
しかもなんだか初々しいことを強請ってきているではないか。

「オッケー、ついでに"うちは"の家紋でもつけとこうか?」
「そ、それはっ……いずれ俺が……」
「へぇ」
「……」

眉間に皺をよせてイヤそうな顔をするが頬が赤くなりしどろもどろになっている様が子どもの頃と同じ、あの頃サクラに言い寄られる度そっぽを向きながらも耳が赤くなっていたのが傍からみていてよく解かった。
カカシに気付かれていると気付いて睨みつけてくるところも変わらない、幾つになっても弟子というものは可愛いと言うがウチの弟子は贔屓目なしで可愛いのだと世界中に叫びまわりたい感じだ。

「あの着物に似合う髪飾りや帯も探せば他にもあるかもね、コハル様にお店を紹介してもらうといいよ」
「……」

するとサスケの顔が一瞬翳った。

「あの方もお前のこと気に掛けてたから、頼めばきっと良くしてくれるよ」
「わかった……」

複雑というか苦痛だろうに頷いてくれる弟子に瞳を細めるカカシ。
しかしご意見番と関わることは彼が将来里に腰を据える為には必要な罰であり試練だ。

(いずれ必ず花は咲くから、それまで頑張って)

好きな子に自分好みの服を着せたいという理由で一歩前進しようとする弟子に、師匠はだいぶ甘いエールを送る。

「とりあえず暫くは演習場の近くにテントを張っているから、用事があるときは呼んでくれ」
「はいはい、暗部を一人つけるけどいいよね?」
「それは解かってる」
「信用できるイイ奴だから、お前が変な事しなければなにも手出しはしてこないよ」

などと言えば神妙な顔をして受け取った。

「じゃあ、久々の里ゆっくりと休んで」
「ああ……すまない」

やっぱり"ありがとう"はサクラ専用か、とむず痒い気持ちになりながらカカシはサスケを見送った。


その後、サスケが任務報酬を素直に受け取ってくれる日がくるまでサスケへのご褒美はサクラの着物一式になるのだった。
ちなみに傍から見ると六代目火影が元弟子に着物贈ってるように見えるのであらぬ誤解を呼び、カカシみんなの前でサスケからだと暴露する羽目となり。
そして暫く忍間で『任務報酬=嫁(彼女)の着物』が流行って呉服屋さん大儲けしたとかしなかったとか――



END
ほんでもって十数年後サラダが服屋さんに行くと「貴方のお父さんのお陰で繁盛した時期があったのよ〜」と言って安売りしてくれる元呉服屋の店主がいたりします
サスサクのエンカウント率がとても低いのでまずは二人に会話させるのが目標ですが「サスサク会わせんの凄い恥ずかしくて無理やばい照れる」ってなるので次の予定はサスケとサイ(いの)の話です
そのうちサスケとホムラ様とかコハル様とかの話書きたいけど御意見番のキャラをそんなに知らないという弊害があります
昼咲き月見草の花言葉は「無言の愛」「自由な心」「固く結ばれた愛」「奥深い愛情」なんだそうです