臨中模索
ヤマト隊長は暗部に愛されています(笑)

山中一族に特殊な能力がある以上、いつか雪一族のように迫害される可能性が無いとはいえない、だからサスケにうちはの“血継限界の証”である輪廻眼を“危険だから封じた”という前例を作らせてはいけない。
持って生まれた能力を棄てることがどれほど屈辱であっても、あの“うちは”がそれをしたという事実を突き付け他の一族に同じ事を強要してくる者が現れるからだ。
彼に大きな処罰が下されなかったことを当時は疑問に思っていたが、今はそれでよかったと思っている、里の命令に従うことのみが忍の生きる術だとされ、それに疑問を抱き逆らった者は罰せられる、以前は当然のこととと捉え、なんの躊躇いもなく裏切者を消してきたサイだが今は違う。
もし、里の上層部に悪しき考えを持つ者が上りつめたとき、その者にとって一番忌むべきは山中一族ではないだろうか、心に疚しさを抱える者にとって山中の能力は脅威だ。
今は奈良一族が、かつては秋道一族が里の中核にいて、山中一族はいない、それが悔しいのではなく恐ろしい、サイにとってサスケの一族に降りかかったことは対岸の火事ではなく、明日の我が身だった。
シカマルの伴侶には軟弱だと言われ、チョウザの伴侶には重いと言われてしまいそうだと自嘲するが、彼女達はずっと表舞台で生きてきて里の闇など知らないだろう、彼女達の故郷にも里を穏やかに愛するその顔の裏で暁や大蛇丸と繋がっていた者も各地の戦を操る者もいた筈だ。
けれどそんなこと知らずに生きられるならその方がいい、同胞の彼女達にはこれからも明るい日差しの中で生きていてほしい……いのだって、いのじんだってそうやって笑っていてほしいと願うのだ。
いのはサスケにしたように仲間を尋問した後に記憶を消されるような任務を今までも命じられてきたのだろうか、だとすれば彼女は自覚がないだけで恐怖と怨みを買っているのかもしれない、山中一族がどれだけ貴重な能力を宿していようと、人間は大義名分があれば散々利用してきた一族を私利私欲のために切り捨てられる。
ナルトの治世でそれはありえないが、うちはイタチのように山中一族を殲滅させろと命じられたら自分はどうするだろう?そんなときに助けてくれるのは……きっと誇りを失わないままでいるサスケに違いないのだ。
いのの声で聞いたサスケの本心が今の自分を支えている、山中一族が未来永劫その尊厳を失わないためにも、うちは一族の生き残りであるサスケには己の血に誇りを持ち続けてもらわなければならないと思うようになった。
危険な任務につくことが彼の誇りを守っているのだろうと思えば彼の妻子がどんなに心配しようと諌める気にはなれなくて、いのには冷たい男に見えているかもしれない。
サスケが心から信頼しているのは旧七班の三人と今は離れた場所にいる鷹の三人、サラダとボルトくらいで、自分とヤマトは仲間外れだと思う。
それ以外の人間はきっと自分ばかりが大切に思っていて自分は大切に思われていないと信じ込んでいる、あそこまで言ってくれたヒアシやハナビだって……。

「だんだん腹が立ってきたな」
「え?」

サイの言葉にヤマトがぎょっと目を見開く。
彼が大蛇丸の監視から抜けられないというので付き合っているところだった。

「まあたしかに大蛇丸があんなふうに過ごしているのを見ていたら過去はなんだったんだろうってなるけど、平和な証拠だと思えばいいんじゃないかな?」
「そういうことじゃないですよ」

のんきそうに頭にハテナマークを浮かべるヤマトに少し腹が立った。

「ねえ、ヤマトさん……こういうこと考えたことないですか?」
「ん?」
「自分は里から大蛇丸に売られたかもしれない、柱間の細胞を植え付けられて救出されるまでの全てが里の策だったかもしれない……貴方を助け出した暗部たちも貴方を騙しているかもしれない」

最後は自分で言っていて有り得ないなと思った。
すくなくとも自分の知っている暗部はずっと里から攫われたり自ら大蛇丸のところへ下る仲間たちを助け出したいともがいていたのを知っている、そんな彼らをダンゾウが冷めた目で見てお前はあのようになるなと教えられてきたからだ。
ヤマトは大蛇丸のところから漸く助け出せた唯一の存在として暗部から大事にされていたし、暗部はなんの柵にも囚われず大蛇丸の元から全ての里の忍を解放したサスケを評価していた。
表の暗部と“根”との違いに今更歯痒さを感じる、任務の過酷さはアチラの方が上かもしれないが彼らはただ火影に忠実であっただけで精神的に救われていたのだ。

「そうかもしれないね」
「……」
「でも、そうじゃないってサイくんは思ってるよね」
「ヤマトさん」
「この忍の世界じゃなにが真実かどうかなんて解らないでしょ、みんなが正しいと言っていることが間違ってることだってある、だからボクはその時に自分が感じたものを信じることにしてる」

出逢った頃から綺麗だった幾百回も磨られた墨ようなヤマトの瞳、それが見ている世界はきっと自分とは違っていて――
「大蛇丸のところからボクを助け出すときの暗部の緊迫した空気も、ボクを里まで運ぶときに感じた配慮も、里で受けたみんなの優しさも、演技だとしてもちゃんとボクの中に届いてボクの一部になっちゃってるから……それまで偽物だなんて思いたくないな」

ヤマトは大蛇丸に視線を戻して「ボクだって本当に信用されているとは限らないし」と寂しげに呟く。
五代目の時代からあの非常識で不思議な人の監視任務なんてずっと継続していれば疑心暗鬼にもなるよなと少し同情してナルトにもう少し交代要員を出すよう頼んでみようかとサイは思った。

「サイくんだって、奥さんの愛が嘘かもしれないよ」
「え?」
「なんたって相手はくノ一だからねえ、ずっと君を騙してるのかもしれないよ?サスケくんの代わりにしてるのかもね」
「……」

心がズシリと重くなった、そして同時に先程自分がヤマトに言った言葉の鋭さを知った。
大切な仲間や愛する人が傍にいて優しさみたいなものを手に入れたと思っていたのに、自分はこうやって攻撃力を見誤って誰かを傷つけることが多々あるのだ。

「怒るより先に反省するところがサスケくんとの相違点だね」
「……僕は」
「うん」
「いのを信じているし、いのを信じている僕のことを信じています……たとえ彼女が僕を騙していても僕は彼女を愛しているし、彼女になら騙されてもいい……いのやいのじんを大事に思う自分が好きで大事だから」
「そうだね」
「彼女と結婚して子どもを得て……もう一生分くらいの幸せを貰っています……たとえこの先裏切られることがあったとしても彼女の手をとったことを後悔していません」

瞼を閉じれば浮かんでいた暗闇が、いつしか綺麗な彼女の後ろ姿になった。
人を殺す感覚だけが残っていた両手が、妻と子の手のひらのぬくもりを覚えた。
ただそれだけで、彼女の為に全てを投げ出そうと思える、その気持ちこそが自分にとっての真実だから。

「いのを愛する気持ちがあれば、全てが嘘でも構わない」
「そうだよね、ボクもそうだし、サスケくんもそうだと思うよ」
「はい?サスケくん」
「最近仲良しだって聞くよ?サスケくんを見てるともどかしいよね、自分はみんなを大切に思ってるくせに自分がみんなから大切に思われてるって発想には結びつかないみたい、あの頃のカカシ先輩たちに似てるから暗部とか向いてるかもしれないね」
「サスケくんは暗部になんてならないと思いますけど……あ、すみません」

失言だった。

「ううん、気にしなくていいよ、でもサスケくんは通常任務にみんなと参加するのは酷じゃないかな……」
「いいんですよサスケくんは一族の長だから表舞台で堂々としていないと他の一族も困ります」
「……」
「僕らは、力があるからと封じ込まれて強いからと感情を消されるやり方は望みませんから」

血継限界は道具でも兵器でもない皆と同じ人間だということを理解してもらうためにも共に過ごした方がいい、自分がクッション役になってもいい。

「危ういね」

ポツリと呟かれた言葉はサイの耳には入らなかった。

「あ、大蛇丸が移動するみたい、悪いけど話の続きはまた今度ね」
「はい……また今度、少しは休んでくださいね」
「うん、ありがとう」

そう言って、サイと別れヤマトは大蛇丸を追った。
少しは休めと言われたが、すっかり里になじんでいるように見えるターゲットをずっと監視することは時間の浪費ではないか、彼の元からたった一人救出されたからこそ彼に対して責任を取らなければと思っているのだけれど、もっと里の役に立てることがあるなら其方へ使ってくれたほうがよい。
なんて思うのは、植えつけられた忍の性質からか、時代錯誤と呼ばれる日がくるのかもしれない。

(とりあえず問題なしって、報告しときますかねー)

すっかり気配の遠くなった元七班の仲間を思ってヤマトは内心呟いた。

(シカマルくんも、彼を探るのにわざわざボクを使うのはちょっと酷くないかな)

まぁ、いのが任命されるよりはマシだけど、と、日向ヒアシを探るよう命じられたヒナタの堅い表情を思い出して嘆息した。

シカマルはサイが心配なだけだ。
現当主が里の中枢におり風影の姉を嫁に迎えた奈良一族や、二代目治世に里の中枢にいてまだ先代が存命の秋道一族と比べ、山中一族の地位は危うい。
女性が当主なことも婿の出生が明らかでないことも伝統を重んじる世代からすれば弱体化しているように見えるだろう、しかしだからといって伝統を無視すれば猪鹿蝶の連携が崩れる、奈良秋道は他国の血が混じり風通しがよくなったがそれが山中一族の不安を煽るのだろう。
そして山中一族の能力は厭われ易い、だからこそ代々生花店を営み、木ノ葉の地に根を張っていたのだが……それも近代化が進む中で忍の存在に是非が問われた時、真っ先に切り捨てられる要因となる、副業があるのだから忍として落ちぶれても構わないだろうと仏の顔をして引導を渡すのだ。

(サイくんがサスケくんに惹かれるのも無理ないよね)

誰かを切り捨てにする正義を何より嫌うのがサスケだから、いざというとき何の柵にも捕らわれず真実を見てくれるから、里の為に犠牲になった兄を持つ者同士だから、そしてサスケの妻がサイの妻と唯一無二の親友同士なのも信頼に繋がった。

サスケは、けして健全な環境で育ったわけではない、どこか歪に曲がったまま大人になり、身体だって不完全な状態だ。
でも、それでも家族を愛し、真っ直ぐ生きようと努力している姿は、恵まれずに育った人に希望を与えてくれる。
誰かを守るためではなく人を殺してきた後ろめたさ、自分の心は異常なものではないかという不安、周囲の目線を気にしてしまう、誰かを幸せにする自信がない……そんな人にとっての救いだ。

(だから手助けしたくなる気持ちもわかるけど、警戒されてる自覚持ってほしいな)

シカマルは責任感が強いし立場上どうしても仲間を疑わざる得ないのだから、サイやサスケはもう少し彼の心情に配慮したってよい筈だ。
ナルトが間にいるから本格的には拗れないけれど、サスケが仲良くすべきは七代目の右腕の方ではないだろうかと、大蛇丸を監視しつつそんなことを思うヤマトなのだった。



end