しなばめとりと

唖然とするボルトとサラダの横でミツキは蛇のように目を細めそれを見上げていた。
報告のため訪れた火影室の机の上にあったのは終了済みのA級ランクとSランク任務報告書の山。
崩れたら大変だからと機密事項だからという二つの理由で封印がなされているが、それが誰に当てられた任務なのかはペタリと封印の上から貼られた紙で解る、火影の机から向かって右の山には『サスケ』左の山には『サイ』と書かれた紙が貼ってあった。
複雑怪奇な任務が多い為に報告書も長くなり、火影の他数人で確認を行うのでつい溜め込んでしまった。
勿論緊急を要するものはすぐに確認するのだが、二人とも残った不安材料まですべて片付けて来るのでつい後回しにしてしまう。
本当なら不安材料なんて里へ持ち帰り火影に相談し解決するべきことで、更に言うなら別の任務として依頼すべきものだ。
いっそ任務外の無償奉仕を全面禁止してしまえばいい……とまで考えてサスケは体が勝手に動いてしまうタイプなので無駄ではないかと、サイの場合は禁止事項なら誰にも内緒で解決しようとしてしまうと、シカマルは鈍痛のする頭を抑えた。

「さすが師匠すげぇ!!」
「パパ……これは流石に引くわ」

報告書の山を見ながらサスケの弟子と娘が二者二様の反応を見せる、もしサイの息子がいればどちら側の反応を見せるだろう。

「がんばってるんだねサラダの親といのじんの親」

報告書が何通あるか指折り数え出したボルトとサラダと、なんだか少し悔しそうにしている木ノ葉丸を尻目にミツキが小さな声で呟く。

「サラダやいのじんを生み出した人なのに、なんでこれ以上がんばらなきゃって思うんだろう」

この子にとって親は自分をこの世に存在させたというだけで価値のあるものなんだろうな、とシカマルは思った。
そしてこの子から見てもサスケとサイの仕事量は異常に見えていることを知る、きっと「がんばっている」という言葉を選んだのは彼がサスケのことを好きだからだ。
数年里を離れていたというのにサスケのSランク任務の達成数は同期の中で一番高い、サイはカカシの治世から火影が一番命じたくない任務を率先して引き受ける。
うちは一族の信頼回復の為のだとか、将来火影になりたいという娘の為だとか、山中一族の婿はデキる奴だと知らしめたいとだとか、汚れ仕事を他に回したくないだとか、そんなことを言って二人は仕事を持ってゆく。

「でも、そんなのサイには必要ねぇだろ」

シカマルも誰にも聴こえないような声で呟いた。

「だいたい、火影の信頼を得ておいて、山中一族の中に入っといて、これ以上なにを頑張る必要あんだよ、ナルトの為にも家族の為にも無理しねぇことの方が大切だろ」

頑張っていることは認めるが、別に頑張っているから認めているわけではない、サイのことは最初から認めていて、その上で頑張っていることを認めている、それくらい理解して猪鹿蝶の仲間入りしたかと思っていた。
山中一族ではないのにいのと結婚した自分を責めているのかもしれないが遺伝子の遠い血を入れるのは一族を強くする為には良いことだと思う、それに古い一族は能力が広く知られ過ぎていて動きを読まれやすい、猪鹿蝶のフォーメーションだって何通りもあるけれど三家の能力を知っていれば対応できるものもある、血継限界にはその名のとおり限界があるのだ。
大蛇丸の実験のようで個人的にあまり好きではないが、新しい血をいれ能力にバリエーションを持たせたほうが今後の一族にとっては良い筈、だからサイも己の出生などは気にする必要はない。
それなのに……サイの“頑張らなければ認められない”という考えは何故生まれたのだろうか?サスケの生き方に触発されたからか、サスケはたしかにそうかもしれないがサイは違う、そうだとしたらとんだ悪影響だ。
だいたいサスケは忍のくせに潔癖過ぎる、元犯罪者の癖に矛盾や理不尽を許せないなんて厚かましいだろう、うちはの血統はどうしてこう……自らを含むこの世の全てを憎んでいて、その上で全てを救おうとするんだ。
里の忍は自分の里や目に見える範囲だけを守って大切に想う人達だけのために生きるのが正しいと言う、だがサスケはそうすれば再び争いが起こり自分のような者が生まれると本気で宣う、シカマルはその中間だった。
そもそも目に見える範囲なんて繋がりが増える度に広がってゆくもの、その中で自分の大切に想う者同士が敵対していたり意見を違えていることもある、サイから見たサスケとシカマルがそうなのかもしれない。
面倒くせえなと溜息を吐いた。
まだ詳しくは聞かされていないサスケの過去や想いを知ればきっと自分は惑うだろう、我愛羅がこの世の全てを憎んでいたことは自己責任なのか、木ノ葉崩しに加担した砂の忍をめとったのは何故か、そんなことを考えてきりがないように。

「シカマルさん」

こそっとミツキから袖を引かれソチラを見ると、彼の口が小さくパクパクと動く。

「あなたがボクの親やサラダの親を嫌うのは解るけど、ボルトやサラダの前では見せないでね、あの二人が悲しむから」

蛇が己の卵を守るように此方を見詰めてきている、別に大蛇丸のことなんて今は考えていなかったのに牽制するようにそう言った。

「サラダの親は、あなたみたいに普通のオトーサンがいてオカーサンがいて、家柄もよくて、才能もあって、生活を脅かされることもなくて、皆から信頼されて、陰口叩かれたり無視されたことなんて一度もないようなヒト、嫌いじゃないよ?」
「……一丁前に嫌味が言えんのかよ……流石アイツの息子だな」
「そういうこと言うから、解んないんだね」

それだけ言い残してミツキはボルトたちの元へ近づいていった。

「ねえ早く終わらせて帰ろうよ先生」
「そうだな」
「って親父はいねえのかよ?」
「七代目は忙しいのよ」
「報告書はシカマル様に預けとけばいいですか?」
「あ、ああ」

戸惑いながら不在中のナルトの代わりに報告書を受け取る、Cランクの任務を滞りなく終えたことを確認すると退室の許可を出した。

ミツキの言葉がずきずきと胸を刺していく、あの子は感情が見えにくいからつい口が滑ってしまったが、見えないだけで心を傷付けてしまったのかもしれない、いや傷付いていなくても客観的に見て駄目だろう、まるで『大蛇丸の息子だから駄目』と言うような言葉、大人が子どもに対して言って良いことじゃない。
テマリについて砂隠れに赴いたとき、里の重鎮たちから血筋のことで貶められたことが不快だったのを思い出す、あの時はテマリや風影が抑えてくれたが、あんな風に自分ではどうしようもないことでとやかく言われるのは鬱陶しい。
先程ミツキが言った嫌味のようなことにサイは引け目を感じているのだとしたらどうしようもない、サスケも――
四人が出て行った後にシカマルは溜息交じりに言った。

「別に嫌ってねえよ……」

サスケを嫌いになる理由は捨てるほどある、ナルトやサクラを裏切り、里を抜け、犯罪組織に加入していただけで充分だろう。
なのにナルトやサクラは彼を許していて、今は里の為に尽くし、世界を救ったことだってあった。
サスケの人となりは信用に値すると思っているし、サスケを弾劾することでサスケと同じような過去のある者を刺激するのは得策ではない。
里のやり方に反抗的な態度を見せるサスケではなく、里に忠実なサスケの姿を皆に見せていれば、今の里に不満を持っている者だってそれが忍として正しい道だと思うだろう……うちはの血にはそれくらいのカリスマ性がある。
いや、うちはの血がなくても強さがなくとも、その気性だけで付いていきたいと思う者もきっといる。

――情に厚い人間、罪の意識のある人間、そこを利用し生かさず殺さずに木ノ葉で飼っていればいい――
かつて誰かが言っていた言葉を思い出しシカマルは眉を顰めた。
大切なものを将棋で言うと玉(宝)だと喩えるが、忍は将棋の駒とは違いそれぞれ感情があって記憶や絆も持っている、無理やり進ませようとすれば壊れてしまうことだってあるのだと経験を積んだ者なら解かる筈。
今、サスケと共に"がんばっている"時間はサイが壊れない為には必要な時間なのではないか……あの、世間から見れば落伍者のくせに厚かましいと思うようなことでもサイから見れば説得力があり重いものに映るのではないか……

その時、控えめにノックがされた。

「誰だ?」
「ヒナタです」
「入れ」

静かに扉を開け音もなくヒナタが入室してくる、無人の椅子を見たあとに窓に映る火影達の顔に一礼した。

「ナルトに用か?」
「少し様子を見に来ただけだよ」

シカマルの方を向いたヒナタが「留守だったみたいだけど」と残念そうに苦笑する、鏡のような瞳は感情をあまり悟らせないのに表情から彼女がなにを思っているのかよくわかる、シカマルも彼女の瞳越しに自分の表情が見えて肩を竦める。

「そうだ、丁度よかったシカマルくん、このあいだ父と妹に会ったんだけどね」
「ああ」

そういえばサスケとサイがヒアシと接触したと情報を得てヒナタとヤマトに探らせたのだったなと思い出した。
ナルトの知らない任務なので報告するなら今が良いと判断したのだろう、任務を受けたときとは打って変わってヒナタは晴れやかな表情をしていた。

「妹曰く父はなにか悩んでいたサスケくんとサイくんに一族の当主として必要なことを説いたそうです」
「悩み?」
「はい、一族の尊厳を失わない為に堂々としていなさい……ということを言ったらしいんですが」
「そうか……つまり二人は一族の当主として日向に相談を……」

当主としての在り方で悩んでいたのだとしたら、どうしてサイは自分達ではなく日向に相談をしたんだ?
「なんでお前はそんな嬉しそうにしてんだ?」
「え?だってサスケくんやサイくんと仲良くなれたらハナビも心強いだろうなって」
「……ん?」

心強いと思うのはむしろサスケやサイの方だろうに、謙遜で言っているようには見えなかった。

「日向は大筒木の系譜だし、あまり他の一族と関わることがなかったから里の中の人と繋がれるのは正直助かるよ……ナルトくんが突破口になってくれたから昔よりはずっと空気は軽くなったんだけどね」
「……」
「シカマルくんも日向一族のことあまり知らないでしょ?不気味な一族って思われてる自覚あるから」

ヒナタがナルトに嫁いだ以降でも日向一族の子が白眼オバケと言われて揶揄われるのを見ることがあるし、それを止める親もどこか脅えているようにも見える。
日向にある閉鎖的な一族だからこその不安、他一族や里民との隔たり、知らぬから区別され、知らぬから誤解される、かつての"うちは一族"のように。

「これから時代がどんどん変わっていくなかで日向のみんなが安心して暮らしていけるようになればいい、だからサスケくんやサイくんがウチの父を頼ってくれたの嬉しかったかな?」

なんともないことのように言うヒナタ。
長年里に貢献してきた木ノ葉最強を自負する一族の長の子であり、火影の妻である彼女が当たり前のように感じているのだ。

――いつ、うちは一族のようになっても可笑しくはない――
王の所為で滅んだ国
民の所為で滅んだ国
敵の所為で滅んだ国
いくつもあり、どちらも見てきたのに、己の国のこととなるとどれか一つの可能性しか思いつかない。
他国との関係が良好な今、大衆にとっての脅威は"血継限界の一族"で、これさえ排除すれば自分達の平安は保たれると信じる人間もいる……実際それを狙ってある一族を滅ぼし敵国を弱体化させたこともあった。
忍だから解っているだろう……信頼なんて嘘でも崩せるものだと


だから今認められている一族だって"がんばらないと"いけないのだ。


「ヒナタ」
「なに?」
「こんど猪鹿蝶の若手連中で宴会を開く予定なんだが、ハナビも呼んでいいと思うか?」
「……うん、いいと思うよ?あのこ賑やかなの好きだし」
「じゃあよぉ」

同期のキバやシノを呼ぶことも容易で、キバを通して空区の商人とも交流ができるかもしれない。
ミライと木ノ葉丸も呼んで、そして、それならば……

「サスケを呼んだら来ると思うか?」

目を逸らしバツの悪そうな顔をして言うシカマルにヒナタは数回瞬きをする。
サスケの動向を疑って探らせたのに虫がいいと思われただろうかと思っていると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「来るよ!絶対に!!」



時をかけ環のように繋がっていくのが嬉しくてたまらない。




END

読んでくださってありがとうございます
ここまでのまとめというか補足説明っていうか、そんなんなんですが、このシリーズでサイが不安なのって結局は山中一族の弱体化です
あとイノが猪鹿蝶の連携にこだわってるのを知ってるから今まで通りの関係を崩したくない、自分の代で崩さないようにしたい
奈良と秋道は他里と交流ができて風通しがよくなって新しい道が開けたように見えるかもしれないけど山中一族はそうでもない状態
風影の姉を娶った奈良と先代当主が生きている秋道に比べたら山中は里の上層部(老)のおぼえも悪いでしょう
あとは、山中一族の能力って悪い人からも良い人からも忌み嫌われやすそうだし、お花屋さんやってるし、滅ぼされはしないけど衰退させられそう
衰退したら、うちは一族みたいになるかもしれないし、平和な世の中では雪一族みたいになるかもしれない
サイはそういう無駄な不安を抱えている感じ、そんでサスケに親近感抱いてる感じ(ダンゾウさんの教育方針に問題があったんだと思います)
シカマルは頭いいからサイのそういう馬鹿っぽい考えは浮かびもしないだろうなーーって感じでこんなことになっちゃいました
もう面倒くさいからナルト交えて一晩飲み明かしなよ、きっと解決するよ……と思いました