オーラルビジターアフターXXX

武田さんにおくります 「あああいつ愛されてるなあ」と生暖かい視線を送る兄弟目線の話 。おそ松兄さん目線です。


午前中のうちに軍資金を全て失い、昼前にパチンコ店から帰宅した俺おそ松は玄関をくぐる前に足を縁側で足をタライにつけているトド松を発見する。日焼けが嫌いなくせにキラキラと輝く水面をパシャパシャ打ちつけて楽しげに微笑んでいる姿は幼くて、普段比較的しっかりしている彼の末っ子の部分を垣間見た気がした。
残暑に響くは蝉時雨、それもなんだか控えめだ。二階の窓からは五男の歌う声とギターの音が漏れだしている。カラ松のギターや十四松の歌声は俺も好きだけど時々可笑しなところがある。

「やーねーは高いなー大きいなー」

なんか違う。

「のんのん、それは海だ。十四松」

と、カラ松の無駄に通る声も聞こえた。

「屋根よーりー高いーしゃぼん玉ーー」
「いやそれも違う、しゃぼん玉は屋根までしか飛ばない方だ」

そんなやりとりを聞きながらトド松は笑っていた。夏場は瓦が熱くて他の季節のように屋根に出て唄えないから十四松は恋しいのだろう、窓に座りギターを弾くカラ松の横でサッシに肘をついて歌っている情景が目に浮かぶ。
やがてカラ松のギターが二人のオリジナル曲を爪弾きだしユニゾンが聴こえてくるだろう、それまで待ってられないからさっさと家に入るけど、きっとトド松はのんびりと穏やかな表情をして聴き入れるんだろうなぁ、そういう所もっとカラ松に見せてやればいいのにと思うけど多分アイツらは解かってるような気がする。
たとえばチョロ松が俺のすることに口では反対しながら内心期待しているって解かるように……なんて惚気みたいなこと考えながら居間に入ると四男の一松が扇風機の前で体育座りをしていた。

「ただいまー」
「おーかーえーりー」

一松が間延びさせた声が扇風機の風に当たって震える、こいつでもこういうことしちゃうのが扇風機マジック。俺は扇風機の首を回るように設定して人ひとり分くらい空けて隣に座る、暑くて面倒くさいのか横から文句は出なかった。

「クーラーつけようぜ、あっつい……って、チョロ松は」
「ハロワのち買い物、母さんに頼まれてた」
「へぇ……」

お客さん(動物含む)が来ない限り部屋に三人以上いないとクーラーをつけてはいけないと勝手に六つ子で決めたルールがある、俺ひとりの時はたまに破るけど弟たちは守ってるようだったので、大人しく扇風機で我慢してよう。

「って、他の兄弟呼ぶって選択肢ないわけ?」
「十四松とカラ松は歌うのに忙しくて、トド松はそれ聴くのに忙しいでしょ」
「まぁな」

サラッと言ったけどコイツも随分素直になったもんだと思う、やっぱりエスパーニャンコの件が効いてるんだろうな、と、弟の変化に想いを馳せてるけど、そんなもんじゃ頭の中に占める「暑」って概念を追い払えない。
あーー買い物ついでにアイスでも買ってきてくんねえかなぁチョロ松、おーい俺のチョロ松。

「ただいまー!」

お?呼んだら帰って来た。
廊下を走るバタバタって足音は一人分じゃないけど、トド松に荷物運ぶの手伝わせてんのかな?

「ちょっとチョロ松兄さん違うからね!!」

そう思ったらトド松の声が聞こえた。

「わかってるわかってる」
「わかってないでしょ!?ちょ……笑うな!!」

台所から賑やかな声が響く、あーこれはなんかトド松が見られたくないもの見られちゃったパターンだろうな、カラ松の歌聞いてる時に鼻歌とか出てたのかもしれない、チョロ松も見て見ぬふりしてやればいいのについからかっちゃったんだろうな。

「愛されてんねぇ、カラ松も」
「そうだね」

と、どうでもいいという風に呟きながら一松はクーラーのスイッチを入れていた。窓を閉めて今度はエアコンの真ん前を陣取って「あー」と横たわる一松は相当暑いの我慢してたんだろう、兄弟が四人いたんだから誰か呼んでクーラーつければよかったのに、それか二階に行くとか……ああ十四松がカラ松と仲良く唄ってるのを見るのがイヤだったのか、だからといって楽しそうにしているところを邪魔したくないみたいな心境?

「愛されてんな、十四松も」
「は?誰に?」

猫のような体制で睨み付けてくるけど一松、お前のことだよ、面白いから教えないけど。

「おそ松兄さん、一松、アイス買ってきたよ」
「一松兄さん、カラ松兄さんたち呼んでこようー?」

ひょこっとガラスの器を持って入ってきたチョロ松と、寝ている一松のところへ行ってふくらはぎをツンツンと軽くつつくトド松。

「はぁ?なんで……ていうか大声出せば聞こえるだろ」
「じゃあ呼んで」
「なんでおれが」
「一松兄さんたまには腹から声出した方がいいよ」

アイスを物色している後ろで弟二人がそんなやりとりをしていると。

「呼んだかブラザー?」
「アイス!!」

当のカラ松と十四松が降りてきた。
十四松はテーブルに乗ったアイスを見て飛び掛る勢いで傍にいる俺にタックルしてきた……痛ぇ。

「ナイスタイミングだね兄さんたち」
「フッ……お前に呼ばれた気がしてな」
「はい?」
「ビンゴぉ?」

トド松は得意げなカラ松を怪訝そうな顔で見上げている。それでもすぐ表情を和らげて「兄さんは何食べるー?」なんて俺の前にあったアイスの箱をひょいっと取り上げカラ松の目の前で中身を全部取り出す。

「ボクはピーチ味にしよう」
「じゃあオレはソーダだな」
「ぼくはパイナップル―」
「おれグレープね」

お前ら結局自分のイメージカラーで選ぶのね、と思いながら自分もイチゴ味を取った。残るメロン味は当然チョロ松のものだ。
実はメロンも少し気になったけど、分けてもらうにはイチゴとメロンって食べ合わせ悪そうだから次の機会に……って思ってたら十四松が一松にパイナップルの一口やってた。パイナップル後のグレープって……一方ピーチと相性よさそうなソーダを選んだカラ松は既に食べ終わっている、早!
やっぱり俺もメロンが欲しくなってきた。自分のアイスを急いで食べた俺はすすすとチョロ松へ近づく。奴がトド松と話している隙に食ってやろう。ふふ……俺というハイエナの前でそんなに無防備でいるのが悪い。
そう思ってチョロ松の持つアイスに食いつこうとしたら、その瞬間すいっと手を上げられた。思わずチョロ松の胸元に倒れ込んだ俺の脳天をそのまま肘で打ち付けられた。

「痛ッてーー!!!」
「うわ……」

チョロ松の膝の上で傷みに震えている俺の耳に軽く引いてるトド松の声が届いた。首を動かして見上げるとチョロ松はフンっと笑ってアイスの残りを悠々と食べだす。

「なにすんのお前」
「それはコッチの台詞、なに人のアイスまで取ろうとしてんだよ、だいたいコレ僕が買ってきたんだからな」

でもそれ母さんから預かった買い物代の余りで買ったんだろ……?と涙目になりながら見ていると「いつまで膝に乗ってんだよ暑い」と心底イヤそうな顔で言われたので意地でも退いてやらないことにした。

「退けって言ってんだろ」
「やだー大好きな兄ちゃんにアイスもくれない弟の言うことなんて聞かない!」
「だからーーこれは僕が買ってきた僕のアイスですーー兄さんは自分の食べたんだから人のまで取ろうとすんな!」

これじゃどっちが弟だかわかりゃしないと他の奴に思われてるかもしれない、が、別に俺だって誰彼かまわず他人のアイスを取ろうとするわけじゃない。相手がチョロ松だからだ。
そう、何故なら――

「でも、お前は俺のモンじゃん、だからお前のモンは俺のモンになるでしょ?」

BはAの一部である、BはCを持っている、したがってCはAのものである、なんて小学生でもわかる命題だろ?
なのにチョロ松は呆れた顔をしながら俺の顔にチョップを軽く落として大きく溜息を吐いて言った。

「はーー?ないわーー僕のなかでお前にやっていいモンなんて、せいぜい21グラムくらいだわーー」

なんだよその中途半端な数字!!唐揚げ一個以下じゃん!どんだけケチくせえのお前!!

「チョ……」

文句を言おうと口を開いた時、チョロ松の隣にいたトド松が持っていたアイスをテーブルの上にポトリと落とした。

「あーもったいない」

思わずそう言ってまうと、トド松はハッとしてアイスを拾った。

「トッティ三秒ルール!三秒ルール!!」
「あ、えっと……」

捲し立てる十四松に戸惑うトド松だが、少し潔癖の気があるコイツでも落ちたのは綺麗なテーブルの上だし気にしないだろう。
なのにトド松は、カラ松の方へそのアイスを差し出した。

「えっ」
「あげる!食べていいよカラ松兄さん!」
「……あ、ありがとな」

いやいや落としたもんを人にやるなよ、そして受け取って礼を言うなよ、量は残り一口くらいだしそれこそ20グラムくらいしかないんじゃねえの?って思ってると、トド松の体から力が抜けてチョロ松の肩に自分の頭を預けてきた。チョロ松はいつもだったら鬱陶しいってはねのけるのに、どうしてか穏やかな顔でトド松の頭を撫でてやっている。
撫でられる末っ子を下から見るとなんだか照れているような顔だったから、もしかしたら十四松が一松にアイスを分けてやってたのを見て自分もカラ松にやってあげたかったのかもしれない。だとしたらさっきの行動も可愛く思えてきた。カラ松もそれに気づいたのか嬉しそうにアイスを味わってる。

あーいいなぁ、他の二組はなんか愛し合ってて、俺はチョロ松からの愛が足りねえ。
そう思って不貞寝を始めると頭上から二人分の溜息が落ちてきた。




END

自分が食べる筈だったものを他人にあげるのって結構な愛だと思います
武田さん素敵リクありがとうございました!途中からリクエストに沿えていないような気がバンバンしていましたが書いてて楽しかったです!
よかったら受け取ってください