なぞなぞ!なんぞ?


ねぇ一松兄さん、新品ブラザーズやった時にさ、兄さんゲルゲになりながらも皆とバーベキューやりたいって言ってたよね、そのあと神様にまで昇格したよね
ぼくね、馬鹿だからあの時まで兄さんが誰かと仲良くなりたいんだって気付かなくてみんなから社会に馴染めなさそうとか言われてるのも全然気にならなかった
兄さんの友達はニャンコだから、ニャンコと話せるようになればいいなと思ってデカパン博士に頼んだけど、そのせいで兄さんエスパーニャンコに酷いこと言っちゃってぼくも悪いことしちゃったよね
一松兄さんは自分をゴミだって言うけどカラ松兄さんにイジられるとイライラするくらいにはプライドあるし、ブラック工場で働いてたとき班長になれてちょっと誇らしげだったし
ヤル気がないように見えてトト子ちゃんの部屋に呼ばれた時はお洒落してたし、トト子ちゃんのライブのときは元気だし、トト子ちゃんの個性な魚を否定されたとき凄く怒ってたし、好きな子のためなら苦手分野でも本気で頑張れるんだよね
ぼくの苦手分野ってなんだろう?体を張ったりスベっても気にしないでギャグを続けたりは得意だけど、まともに他人と話すことかな?相手から話を引き出すことかな?誰かに真面目な話をすることかな?
ぼくはね、生まれる前から兄さん達がいたから本当の意味でひとりになったことはないし、大好きな人達とは頑張るってことをしなくても一緒にいられるって思ってた
でもそれは違うんだ
ただ遊んで楽しくて、ぼくを見て笑ってくれたらそれだけで幸せなのに、この世界はそれだけじゃ他人と繋がってはいられないんだって、離れ離れになっちゃう人を引き止めることはできないんだって、ぼくだけが幸せじゃ意味が無いから
このままじゃ家族とも一緒にいられなくなるのかな?って思ったら怖くてね、まず一人で行動できるようになろうと思って株とか始めてみたんだけど、結局後でみんなにバレておそ松兄さん寂しがらせちゃったし、やっぱり相談しなかったぼくは人と話すのが苦手なまま
いつか、なんにも心配かけずに一人で行動できるようになれるかな?でも、一人でなんでもできるようになったら、ぼくがいなくなったとき誰か気付いてくれるかな?
一松兄さんはどうだろう?なんていうか一松兄さんはいつでも一緒にいてくれてる気がするんだ
たとえばぼくらが六つ子じゃない世界でも、妖精になって傍にいてくれたり、一緒に面接を受けてくれたりするんだろうなって、なんとなく
それで、その世界をよーく想像してみたら、ぼくの隣にいる一松兄さんはみんなに「あなたはなんなの?」って目でみられたり「お前なんなんだ?」って聞かれたりするんだ
ぼくはぼくの隣にいるのは一松兄さんだって解ってるからなんの疑問も浮かばなかったけど、他の人から見たら何者か解らない人を隣に連れているのは不思議なんだろうね
一松兄さんとぼくが散歩してるとみんなジロジロ見てくるけど、ぼくらが隣同士にいるのはこの世界にとって可笑しいことなのかもしれない
ぼくの隣にいる一松兄さんは一松兄さんだけど、一松兄さんの隣にいるぼくはなんなんだろう?そもそも十四松ってなんなんだろう
みんなが喧嘩したとき兄さん達がバカとかイタイとか言われてる中でぼくは「ジュウシマツ」だったのは、ぼくを証明するなにかがないからかな?
たとえばトド松だったら「たかしくん?」って聞いたら「トド松だよ!」って応えるしあだ名で呼んだって自分のことだと解ってる、カラ松兄さんやチョロ松兄さんに聞いたらきっとすごく詳しく自己紹介してくれるし自分がなりたい自分ってものもちゃんとある、おそ松兄さんは「俺は長男だ」って自覚があって他の人がその位置についたら本気で怒れる
じゃあ、ぼくはどうなんだろう?
じっと手を見て、袖を肘までめくってみる、空洞になってるんじゃない?なんて揶揄されたことあるけどちゃんと腕があった。
つぎに触手をしてみる、骨なんかないようにグネグネと動くそれは、けれど人間の肌の色をしていた。
触手をやめて、ぽんと分身みたいに小さいぼくを出してみたけど人間の形で、次に表れた小さな一松兄さんに連れられてぼくの中へ還っていった。
おそ松兄さんの声真似をする、カラ松兄さんチョロ松兄さん一松兄さんトド松と続けてするけど、それはただの真似だから体を変身させたわけじゃない
ぼくのはただの変形なんだなって、ふと思い知った
一松兄さんとする散歩の時も犬の着ぐるみだし、野球マンになるときだって服を変えただけで、結局見た目は人間だとわかる
そういえばなんでだろう?と本物の犬に変身しようとして、ゾッとした
ガタガタと震えが止まらなくなって、急いで変身を中止、なにこれ……怖い
一松兄さんは、猫に変身できるしゲルゲにだってなれる、カラ松兄さんの真似は下手だったっておそ松兄さんが言ってたけど遺伝子ごと変化すればきっと正確にカラ松兄さんが出来ると思う
だって一松兄さんは猫になるとき元の人格がなくなって猫になりきることができるから、小さい頃から一緒にいた兄弟の人格なんて簡単になれるでしょ
でもそれはきっと、とても勇気がいること
自分の体が別のものに変わったって、みんなが気付いてくれると思ってるんだ
自分の心が別のものに変わったって、みんなの所に戻ってくるって信じてるんだ
だってそうだよね、いくら自分をゴミだクズだって言っても六つ子の一員であることを否定したことはないもん、猫になりたいって言っててもその猫は兄さんのことだもん
心も体も他のものに変身できるのは、本当はとても強い自我と精神をもっているからだよね
きっと一松兄さんは気付いてないだけで、おそ松兄さんみたいに自分を認めていて、カラ松兄さんみたいに自分が好きで、どんなことがあっても自分は自分のままでいたいと思ってるし、それをみんなから望まれてると解ってる……無意識に
すごいね、一松兄さん、かなわないや

――高校生になったら、もう一松に見つけてもらわなくてもいいようにならないとね――

いつか聞いた母さんの声が耳の奥に落ちて来る

――泣き虫も一松にくっついて歩くのも中学生までで卒業しないとな――

父さんの声も一緒に頭の中に響く

「……それはさすがにわかるよ……でも……」

ぼくは自分の自意識を呼び出してみる、透明なシャボン玉の中にもう一人ぼくがいる
一松兄さんが十四松だなって思うように口が開いてて一本だけ毛が立ってるけど、兄さんがそう言ってくれる前の自意識はどんな形をしていたんだかぼくにも解らない
いくら見た目は十四松でも普段は宇宙にいるから一松兄さんにも見付けられない
ていうか一松兄さんはぼくが消えたら見付けようとするのかな?概念になったときは見つけにきてくれたけど、あの時は一松兄さんもみんなも概念だったからわかったのかも
もしも世界でぼくひとりだけが概念になって、プラスとマイナスになることもできなかったら、消えることなく永遠に漂っていたら……
『四』と『松』を失くしたぼくを、一松兄さんは探してみようと思うのかな……たまたま歩いてて見つけたとしてもそれがぼくだって解るのかな
兄さんが気付くように……ひっかき傷でいいから、ぼくにしるしをつけてほしい
自意識に手を伸ばして頬に爪を立てる、ぼくの自意識は目を瞑って笑ってそれを受け入れていた
不思議な感触のする頬に爪を全部埋めて、ゆっくり下に引いた
一松兄さんの傷はきっとコレくらい

兄さんはもう一度ぼくとおなじものになってくれるかな

うまれるときも
しぬときも
いきるときも
きえるときも

これ以上「なんでとなりにいるの?」って考えさせないで


「――――!!」


頬に三本の傷が入った瞬間、猫の大きな泣き声が聞こえてぼくはハッとそっちを向く
いっぴきの猫が必死の形相で木の上に登ってて、それを赤塚区って書かれた腕章をしたツナギの人が網を持って捕まえようとしてる
保健所の人だと解ったし、あの猫は兄さんの友達だと気付いた!!
どうしよう!兄さんの友達が捕まっちゃう!!でもウチの猫じゃないから見逃してなんてお願いしても無視されちゃう!!
そう思ったとき、猫が木の上から飛び降りてぼくの所に走ってきて、ぼくの歩いてた道の横にある路地に入っていった

(そうだ!!)

ぼくはその猫の入っていった路地に入って、そして急いで体を変化させた
見た目が十四松じゃなくなったぼくを兄さんはぼくだと思わないかもしれない
兄さんの好きな猫になんてなったら元に戻りたいって思わないかもしれない

それでもいいよ
だって、友達がいなくなったら兄さん泣いちゃうから

体から発せられる光が弱まるにしたがって、大事なものがぼくの中から消えてく感覚がした
それがなにか解らない

「やっと捕まえた……ったく、手こずらせやがって……」

"人間のおじさん"がぼくの首根っこを掴んでそんなことを言う

「ごめんな……一週間以内に引き取り手が見つかればいいんだが」

まんまるい目に映ったその人が悲しそうに見えたから、『大丈夫だよ』って声を上げた

「にゃあ」


『ぼくはだれ
あなたはだぁれ?』



+ − + − + −



ここはどこだろう
大きな建物の中の小さな檻の中で、ぼーーと天井を見てる
周りに他の猫はいるけどみんななんか元気がない
笑ってくれたらいいのにな
でもぼくもお腹が空いて力がでないし
ここはなんだか寒いんだ
寂しい

なんでだろう
ぼくはなにも憶えてないのに
暖かかったナニかを知っているし
この寂しさがどこかに飛んで行ってしまう瞬間を知ってる

扉が開いて誰かが部屋に入って来た
何度か聞いたここで働いてる人のものと、もう一つ小さくて軽い地面に擦りつけるような足音

「この子ですか?」
「……はい」

ぼそっと、いう声がぼくの檻の前で聞こえた

見上げたら人がふたりいて、一人はここの職員さん
もうひとりは……わからない?けどダボダボのコートに紫のマフラーをつけてぼくを見てた
夜闇みたいな瞳のなかにほんのり光る紫の月
なつかしくて、あたたかくて、さっきまであった寂しさがどこかへ行ってしまったように感じる

『でも、だめだよ』
『キミはこんなとこに来ちゃいけないヒトだよ』
『だって今とても悲しいでしょ?』
『帰らなきゃだめだよ』

にゃあにゃあと訴えると、そのヒトはしゃがみ込んで

「うん、わかってる……一緒に帰るよ」

低くて優しい声でそう言ってくれた

そのあと、ぼくは檻から出されてそのヒトが持ってきた黄色いマフラーに包まれて部屋を出た
部屋の中じゃわからなかったけど今は夕方みたい

暫く歩いて、人気のない路地で、そのヒトはぼくを地面に降ろして急に蹲っちゃった

「にゃあ?」

膝の上に前足を置いて『どうしたの?』って聞いたら、そのヒトと目があった

「本当にわかんなくなっちゃったんだ」
「にゃ?」
「ごめん、十四松、ちょっとだけお前の中に入らせて」

そう言ってその人は自分の鼻とぼくの鼻をピッタリと合わせる
見覚えのある光に包まれながら、ぼくの輪郭が消えて、このヒトとふたりでひとつの光になる

「十四松、お前ちょっと無理しすぎ、猫たちが教えてくんなかったらお前あそこで処分されちゃうとこだったんだよ」

上から?下から?自分の中から?少し怒ったような声がした
ジュウシマツってなんだろう?
このヒトの声で聞くそれは背中をぞくぞくとさせて、胸の奥がしびれるようだった

ぼくはジュウシマツを知っているの――?

目なんてあるかわかんないけど、ぼくが目を開けると、目の前にそのヒトが立ってて
そのヒトの周りに、人間がつかう文字?ってやつが沢山浮かんでた

赤色
青色
緑色
桃色
他の色

一番多いのは黄色で、それに寄り添うように紫色も同じくらい浮かんでる

「……ちょ、お前こんなこと思ってたの?」

それを見ながらそのヒトは何故かちょっと顔を赤らめる
そして神妙な面持ちで、ある一点を見詰めた
ぜんぶ黄色、どんな文字が浮かんでいるんだろう?
あの文字は何なんだろう?

「ねえ十四松」

何もない空間を撫でるように手を動かすそのヒト
ぼくの心がくすぐったくなる

「おれは一松だよ」
「……にゃあ」
「そんなんじゃなくて、一松兄さんって呼んでみなよ」

文字じゃなくて、言葉にして?
目に見えなくても、心に直接タックルしてくるようなお前の声が好きだよ

「ぃ……」
「うん」
「い……」
「……」
「ち」

いち
漢字の一
四番目なのに、一って字を付けられて荷が重いなんて言いながら、自分の数字だと大事に思ってる
でも「マイナスみたいだよ」って言ったら、認めてくれた

「ま」
「……」
「つ……」

まつ
松……そうだ、松だ
このヒトは松野一松

「いちまつにいさん」

兄さんの周りの文字が消えて
ぼくらのいた空間がパチンと弾けた
まるでシャボン玉みたいに光の水滴がそそいで

「一松兄さん」

ぼくの声がそのヒトの名を呼ぶ
ここはどこで、ぼくは誰かまだわからないままだったけど
ぼくの隣にいてぼくをジュウシマツと呼ぶこの人は六つ子の一員で、ぼくの大切な兄さん
いつもぼくを迎えにきて連れて帰ってくれる優しくて大好きな兄さん

「……お前、なんで、おれの姿なわけ?」

自分と全く同じ見た目をしたぼくに兄さんは呆れたように笑って抱きしめてきた
暖かくて、離れたくない
モノマネじゃなくて本当に同じ体に変わったぼくでも大事に扱ってくれるんだ

「ねえ?一松兄さん、ぼくってなんだろう?」

兄さんの胸の中で、兄さんと同じ声で心臓に問いかけるように聞けば、トクリと鼓動がひとつ鳴る

「十四松は十四松だよ」

なんて、言ってぼくの頬の三本の爪痕を包み込んだ
猫くっさいけど、きっとさっきまでのぼくの匂い

「わかんないなら全部教えてやるから、とりあえず帰るよ?」

――ジュウシマツは寒いのが苦手だから――

そう聞いた瞬間、ぼくは一気に寒さを感じて、一松兄さんの手を引いて走り出した

「ちょ!?十四松!!お前ちゃんと自分ち解ってるの!?」
「わっかんない!!」

でも、走り出したら勝手に足が向かっちゃうんだ
ぼくと兄さんと、兄さんたちと弟の家に



+ − + − + −



「あのね十四松は、目がぱっちりしていて、焦点がたまに合ってない、あとときどき猫目にもなる」
「うん」
「十四松の髪の毛は黒だけど光が当たると黄色の光沢ができる、てっぺんの毛はいっぽん」
「うんうん、それで?」
「体は柔らかい……っけどこれは自分で変形させてるかもしれない」
「……変形……」
「そう変形、服装は黄色のパーカーに海パンを好んで履いてたよ、あとはツナギとか野球のユニフォームのときもあった」
「やきゅう!」
「そうそ、十四松は野球好きで足が速い、あとよく笑う、んでよく口が開いてる」

その日の夜、一松は自分と同じ姿をした十四松を膝の上に乗せて、おでこ同士をくっ付けながら十四松の特徴をひとつひとつ教えてやっていた
その度に十四松の体はもとの彼のものに戻ってゆく

「十四松がだいぶ十四松に近付いてきたな」
「うん……意味わかんないけど、そうだね」
「さっきまで一松兄さんが二人いる狂った空間だったもんね」

一週間ぶりに帰って来た十四松のことを一松に任せ、じっと見守っていた兄弟たちが布団の中でそんな話をする。

「そうそう、双子がイチャついてるみたいで背徳感やばかったよなぁ」
「どういうことなの?」

自分達は生まれた時から六つ子なのだが?と思いながら長男にツッコむ三男だが、イチャついているという部分にはツッコまない。

「ていうか……あんなまどろっこしいことしないで一松が十四松に変身して教えてやれば手っ取り早いんじゃないの?」
「シッ!黙ってチョロ松」
「なに?おそ松兄さん」
「そういうのは、アイツが自分で気付かないとダメなんだよ」

与えられた答えをただ受け取ってるだけじゃ、大事なこと気付かないよ?
などと言ってニンマリ笑うおそ松に、カラ松やトド松も苦笑しながらも同意見なのか大人しく聞いている。

「……アイツら考える馬鹿だから、いくら考えてもズレた答えしか出てこないかもよ?」
「それでもいいだろ」

二人がたった一つしかない答えを出せば、それが正解でいいのだ。

「たしかにね」

あの二人なら世界がどうなろうと無関係に大丈夫だろう。

「一松にいさーん十四松にいさーん、もう電気消すよーー」
「……うん!」
「続きは明日以降ね」
「あいあいさー!」
「もうだいたい十四松兄さんに見えるけど」

一番の特徴を教えるのは最後の最後にとっておくつもりなのかな?
なんて思いながら六つ子は暗闇に目を閉ざした。




「松野十四松っていうのは、松野一松の隣にいる、おれの一番だいすきな奴だよ」






END

おしまいです

2話と3.5話(童貞ヒーロー回)以降で信条?みたいなの変わったのが末松のふたりだと思うんですが、一十四に照準合わせて考えてたらいつのまにかこんな話に……