ふたりの坩堝 ――なぁ俺たち付き合ってるんだよな? ――ねぇ僕たち付き合ってるんだよね? 「……」 「……」 平日の朝、起き抜けにカラ松とトド松が言った台詞はふたり以外の兄弟をピシャリと凍りつかせた。 しかしそれも一瞬のことで襖を開け廊下に出ようとしていたチョロ松はそのまま出ていき、おそ松もその後に無言で続いた。 着替え途中だった十四松は動揺のせいか服が絡まり首が抜けない状態のまま停止、まだ布団の端で寝ていた一松は二度寝をすることにした。 「それ僕の台詞なんだけど」 「なにを言う、俺の台詞だろ」 お前らはどうして起きた途端に同じことを聞いてるんだ。 まだ寝ていたかった一松だがすっかり眼が覚めてしまい、起きておそ松達の後を追いたいが十四松を置いてゆく訳にはいかず、彼に声をかけることによって、もし巻き込まれたらと思うと下手に動けなかった。 十四松もようやく着替える事が出来たが、廊下へ出るには二人の前を通らなければならず、コッソリ一松を抱えて行くにしてもコッソリするのが苦手な為「なにをしているんだ」と咎められる可能性が高い。 結果、一松は狸寝入りを決め込み、十四松は壁に寄りかかって体育座りで事なきを得ることにした。 おそ松とチョロ松は先に朝食を食べ、外へ避難しているのかと思うと羨ましい。 「付き合っているだろう?よくくっついて寝ているし」 「付き合ってるよね?よく二人で出かけるし」 いやいやいや、そんなこと言ったら二人とも兄弟全員と付き合ってることにならないか?なんだその爛れた家族関係は……というか、二人が付き合っていたなんて初耳だけど……と、一松の頭は混乱をきたしていた。 十四松も十四松で、今後カラ松やトド松とくっついて寝たり二人で出掛けることは控えた方が良いのだろうか、それは淋しいな……と、普段滅多に使わない頭を悩ませていた。 「ならどうしてそんなこと言うんだ?」 「兄さんこそ」 カラ松がトド松をちらりと見れば、トド松が下を向いて布団をギュッと握り混むのが見えた。 これは自分から話さなければならないようだ。 「夢を見てしまったんだ」 カラ松は天井を見つめながら小さく呟く。 「お前が十四松と付き合っているという内容だった」 「ッ!?」 「……ゴホッ!」 十四松が驚きのあまり後頭部を壁に打ち付け一松がむせ出したが、カラ松は気付いていないのか更に続けてこう言った。 「その様子を見ていたら、お前はもしかして好きだと言ったのが俺でなくても付き合うんじゃないかと 」 「はぁ?何言ってるの!?そう言う兄さんだって一松兄さんから告白されたら付き合うんじゃないの!?」 テメェふざけんな!ぶっ殺すぞ!!と、一松は叫ぶのをぐっと耐えた。 十四松は自分はとんでもない所に取り残されてしまったと冷や汗を流す。 「お前も夢を見たのか?」 「僕の場合は、カラ松兄さんが女の子と付き合ってたけど」 ならなんで僕を巻き込んだんだと一松は布団の中で怒りに震える、それでも後でシメられるのはカラ松である。 いつものように十四松がこの空気をクラックしてくれたらよいのに、それか母さんが朝食だと呼びにきてくれたらよいのに、その気配は今のところない。 結局どうしようも出来ず一松は狸寝入りを続行した。 「カラ松兄さんは承認欲求が強いから家族に好かれてるだけじゃ満たされないでしょ」 人はどれだけ家族に愛されていても他人を求めてしまうものだ。 家族の縁は固いが、そんな柵に囚われず傍にいて自分を認めてくれる存在がいて欲しいんだろうとナンパしていた頃の彼を見て思っていた。 「けど臆病だから近付いてこようとする他人はシャットアウトしちゃうでしょ、一松兄さんみたいに」 二人似てるから、さっき一松兄さんの名前を出したんだよ、とトド松が言えば一松も不本意ながら納得してしまった。 カラ松を昔と違い丸くなったと感じるが丸くなった分掴みどころがないというか、自分のように尖ったところがあれば其処に突き刺されてでも掴まえていようとしてくれる……たとえば其処にいる一つ下の弟のような存在がいたかもしれない。 だがこのカラ松の場合、自分から人と関わろうとするが関わった人間が自分をどう評価するかが怖くてすぐ自分の殻に篭ってしまう難しい部分があった。 ある意味、無責任で誠意の足りないこの兄の相手なら家族の中でも強かでドライに出来上がってしまったトド松が丁度イイのではないかと一松は思う。 そんなことを思っている一松だったが、カラ松のこともトド松のこともそれぞれ好んでいるし、幸せになってもらいたいとも思っている。 「だから、僕と付き合ってるのは……ただ都合が良い存在だからなのかなって」 「なに言ってんだ!そんなわけないだろう!?」 「だって僕は兄弟の中でも外との関わりが深いし、僕といれば兄さんだって外の世界が感じられるでしょ」 「まあ、そうだが……それとお前と付き合うのとどう関係が」 「カラ松兄さんは僕自身じゃなくて僕の交友関係とかに惹かれてるんじゃないかなって、それに僕は外の世界を知った上でカラ松兄さんを選んだんだから、まるで他人に認められてるように感じてるんじゃないの」 「ちょっと待て、色々とツッコミたいことはあるが、まず……トド松お前は俺のことが好きなのか?」 ふらぁ……バタン。 脳の許容範囲を超えてしまったのか十四松が眩暈を起こし倒れてしまった。 座った状態だから大したダメージは負っていないと思うが、一松は心配し布団から抜け出し十四松の元へとそっと近付く。 正直トド松にもカラ松にもツッコミたいことは沢山あるがとりあえず自分と同じ被害者である弟の方を優先する。 「へ?」 数秒ぽかんと口を開けていたトド松だったが、少し涙ぐみながらカラ松を睨んだ。 「兄さんさっき僕と付き合ってるって言ったよね?なに?僕のこと好きでもない人と付き合うクソビッチとでも思ってたの!?」 「いや、告白したのは俺の方だったし、お前いやいや付き合ってる風だったじゃないか」 「照れ隠しだよ!わかってよそれくらい!何年一緒にいるの!だいたい好きな人とじゃなきゃ釣り堀なんて楽しくもなんともないとこ行ったりしないからね!!」 「え?釣り掘りってつまらないのか?」 「普通つまんないよ!つまんないからチョロ松兄さんや十四松兄さんがヒジリサワショウノスケが来てくれたんでしょ!?」 「お前……聖澤庄之助の発音いいな」 「そんなの今はどうでもいいよ!!」 こりゃ駄目だ。 目を回している十四松を運ぶ筋力はないのでとりあえず膝に抱えた一松はいつの間にかデキていた実の兄弟たちの行く末を見守ることにした。 おそ松やカラ松からグループチャットに「カラ松とトド松どうなった?」とメッセージが送られてきている、心配ならば戻ってくればいいのに、あの二人がいたらこの場を取り仕切ってもらえるかもしれない。 等と甘えたことを思いながら指は「修羅場」と打っていた。 「だってお前は俺といるより十四松といた方が楽しそうにしてるじゃないか、十四松には妙に甘いし」 また他兄弟を巻き込みやがったと一松は呆れる。 そして十四松と楽しそうに遊ぶのも十四松に甘いのもカラ松も同じなので他人のこと言えないだろうとツッコミたくなる。 あまり嫉妬の対象にされる様ならばカラ松やトド松から十四松を遠ざけようかと一瞬思ったがそれでは十四松が寂しがるし根本的な問題の解決にならないのではないかと考え直した。 一松から自分達のことで真剣に悩まれていることなど知らない二人はまだ口論を続けていた。 「それは十四松兄さんといるのが楽だからだよ、十四兄さんに甘いって感じるのは十四松兄さんが僕が本気でイラってすることしないから」 「ほら、やっぱり十四松の方が好きなんだろ」 「どうしてそうなるの、カラ松兄さんといて楽しくなさそうだとすればそれは僕が兄さんを意識してる所為だよ、兄さんにイラ立つのは素の兄さんの方がいいのに変に格好つけたりするから!!」 「そうだったのか?」 「そう……だよ……」 すぐ目の前で心底驚いたという顔をしているカラ松を見て、トド松は急に口を澱ませた。 怒りに任せて暴露してしまったが自分は随分恥ずかしいことを言った気がする、しかもそれらが全く伝わっていなかったことが虚しいやら悔しいやら、自信過剰なくせに本気の好意には鈍感なのだ、この兄は。 「そうか……よかった、今まで無理に付き合ってくれていたのかと思っていた」 「僕そんなお人好しじゃないよ……」 好きじゃなければどうして同性の兄弟と恋人になるというのだろう。 「痛くてもいいのは兄さんだけだよ」 カラ松は再び俯いてしまったトド松に言い知れぬ愛しさをおぼえる。 その“痛い”はどの“痛み”を指すのだろう、言動が痛いと感じさせているし、心も体も痛みを強いているのだと自覚があるのに、それを「いい」と言ってくれているのだ。 カラ松はそっとトド松の身を自分の方へと寄せた。 「すまなかった……色々と」 トド松はカラ松を格好つけていると言うが、トド松だって可愛い振りをしているだろうと思う、でもそんな演技以上に可愛いところもあると知っている。 したたかで、計算高くて、要領よく立ち回れて、本当はもっと上手く生きていけている筈なのにそれでも自分と一緒に損をしてくれる……優しい弟だ。 「別に謝ってほしいわけじゃなくて」 「信じてるよお前のこと」 「……」 「ただ俺はずっと不安だったんだ」 「……えっと、なにが?」 「お前が俺を置いて何処かへ行ってしまうんじゃないかって」 いつもとは違う、苦しそうなカラ松の声を聞いた一松は十四松に回していた腕にグッと力を込めた。 何時の間にか目を醒まし大人しく二人の話を聞いていた十四松はその腕をそっと撫でる、安心していいよと笑った。 どうしてこの兄達は自分に自信を持ってくれないのだろう、弟はこんなにも兄が大好きだというのに…… 「お前さっき自分で言っただろ?兄弟の中で自分は外との関わりが深いって、俺はそんなお前がどんどん遠くに行ってるように感じた」 「なにそれ」 「そんなお前に追いつこうと少し無理をしていたのかもしれないな」 今はもう、ソレ自体が楽しくなってきたけれど他人の目を気にするようになったのは……他人から認められたいと思うようになったのは、この一番下の弟と同じ舞台に立ちたいと願ったからだ。 「外の世界にいるお前が眩しく見えて、ひどく憧れたのを憶えている」 トド松は顔をあげ、自分より鋭いその瞳をじっと見つめた。 「でも、一番初めに眩しいと感じたお前は、優しい陽の射す縁側でビー玉を転がしてるお前だった」 「……へ?」 正確な日付も、その日にあった出来事も憶えていないけれど、何故か独りで下校した時のことだった。 あの時どうしてそうしようと思ったのか知らないが玄関からじゃなくて縁側から家に入ろうとしたカラ松は、そこで遊んでいるトド松を見詰めた。 普段はうるさい末の弟がちょこんと座ってビー玉を転がしている、優しい陽の光に照らされたビー玉は綺麗に光っていたけれど、それ以上にキラキラと輝いていたのは…… 「あの頃からずっとお前は俺の光だよ」 「カラ松兄さん」 そんなことない、光はカラ松兄さんの方だとトド松は心の中で叫ぶ。 ずっとその背を追いかけていたのも、ずっと憧れていたのも自分の方だった。 「僕が光って見えてたとしたら、きっとそれはカラ松兄さんが光ってたからだよ」 カラ松は遠くに行っているように感じたと言っていたけれど、自分がカラ松から離れたことなど過去に一度もない。 「僕の心がずっと兄さんの傍にいたからだよ」 そして、これからもずっと傍にいよう。 「トド松」 息を吐くようにカラ松が名前を呼んだ。 「ごめんね兄さん、疑うようなこと言っちゃって、僕のこと好きでいてくれたんだね」 「当たり前だろ……こっちこそすまない、あと、好きになってくれてありがとう」 と、顔を見合わせ二人してクスクス笑った後。 カラ松とトド松は甘い空気を飛ばしながらお互い突きあったり頬や額にキスし合いだした。 修羅場は完全に涅槃へとクロスチェンジしたようだ。 「終わったか……?」 そんな風にふたりの世界に入り込んでいたカラ松とトド松の頭上に、重く不穏な声が落とされた。 ビクッと二人分の肩が揺れる。 振り向いてはいけない気がしたが、このままではもっとマズイことになりそうだと恐る恐る後ろを向くと予想通りの光景があった。 「い、一松……」 「十四松兄さん」 珍しく猫背を直して仁王立ちしている一松と、その後ろからひょこんと顔を覗かせている十四松だ。 やばい完全に忘れてた! どうしよう完璧怒ってる! ニコニコしている十四松との対比で余計恐ろしく感じる一松、こうなったら仕方がない。 トド松は覚悟を決めた。 「カラ松兄さんゴメン!!」 そう叫んでカラ松の身体をドンと押し一松にぶつけると、十四松の手を引いて布団から飛び出した。 「え!?」 「……」 「お腹すいちゃったから先下にいってるね!」 「待てトド松!さっきずっと傍にいるって言ったじゃないか!!」 「ごめーん!」 「トド松、カラ松と仲直りできてよかったなー」 「ありがとぉ十四松にいさぁん」 「だからなんで十四松にはそんなに甘……って!痛ててててて!!?やめろ一松ゥ!!」 「わー逃げろー」 「わーーー!」 カラ松の断末魔を聞きながら手を繋いで廊下に出たトド松と十四松、階段を下りながら十四松はトド松を振り返った。 いつも焦点の合っていない瞳を今は柔らかく細めて微笑みかけている、無言の彼を見てハッとした。 随分心配をかけてしまったようだ。 「うん、ありがとう!十四松兄さん!」 ぽとりと一粒涙を流したトド松に、十四松は大きく頷いてみせた。 69 69 69 69 69 69 「もう行ったみたいだよ……」 静かになった廊下を見つめ、一松はカラ松の衿を掴んでいた手をパッと離す。 「悪い、借りができたな」 「別に、次兄のそんな情けない顔を下の弟達に見せたくなかっただけだし」 「ハハッ!たしかにそうだな」 布団の上にへたりと座り込んだカラ松は誰にも顔を見られないように下を向いて、一言。 「うれしい」 そう言ったきり、ずっと口を噛みしめていた。 昔と比べてずっと個性の出てきた六つ子だけれど笑顔は変わらずとても似ている。 END 最後までお読み頂きありがとうございましたー 最後にいいとこ持っていく一松と十四松なのでした♪ ※おそ松さんがギャグ漫画であることを忘れているわけではありません |