兄もなかなか愛され上手
他の場所はどれだけ触れてもいい、けど、ひとつだけどうしても触れて欲しくない場所があった。


「十四松兄さん!」


梅の花咲く公園でひとつ上の兄と待ち合わせしたトド松は、公園の入り口にその姿を見止めて大きく手を振った。

高校三年の二月の上旬、昨日仮卒期間に入ったばかりの今日、一緒にいる相手に十四松を選んだのにはわけがある。


「あれ?トド松ひとりなの?」

「うん!あのさ兄さん」


未だ進路の決まっていない六つ子だったが呑気に自由に最後の青春を謳歌していた。

そう、最後の青春だ。


「僕と一緒にチョコレート作らない?」


まだ五分咲きの白い梅の花をバッグにトド松は最近練習し身につけた媚びた笑顔を実践してみた。

もちろん十四松相手に効果があるなんて思わないけど――


「チョコレート?」

「そう、チョコレート!もうすぐバレンタインでしょ?いつもの感謝の気持ちを込めて兄さん達に作ってあげようよ!」


本当に感謝(というか謝罪)しなくてはいけないだろう両親や近所の方々の存在は置いておいて、そう提案すると十四松は笑顔をパッと明るくして「うん!」と元気に頷いた。

流石兄さんマジ天使と心の中でガッツポーズを決めながら「じゃあ材料とラッピング買いに行こう」と手の出ていない十四松の袖を引っ張った。


「けどオレあんま金持ってないよ」

「そこんとこは任せといて、この為にお小遣い貯めといたから」

「おおートド松すげー!でもなんかゴメン……」

「いいのいいの、十四松兄さんはチョコ作り頑張ってもらうから」


どうせ材料は全て特売のスーパーと百円均一でそろえる予定だ。

スマホでレシピを確認しながら道路を歩くトド松に尚も十四松は申し訳なさそうな顔をしているがトド松は十四松への感謝でいっぱいだった。


(やった、これで今年はカラ松兄さんにチョコレートが渡せる)


松野家末弟松野トド松は恋に夢みる健全な男子高生であると同時に兄に恋する禁断な男子高生でもあった。

だが告白する勇気もなく、素直になれない性格のため弟としても甘えられない、否甘えられるがどうしても演技がかってしまうし、本当は甘えるだけではなくてカラ松のためになにかしてやりたい……そこで今回バレンタインの作戦を考えたのだ。

十四松と連名であれば照れくささも半減されるし兄達全員にやれば変に勘繰られることもない(ぜったい何か魂胆があると疑ってくる長男は無視決定だ)


(長かった……どうして今まで思いつかなかったんだろう)


はじめて恋心を自覚してから早五年、毎年義理でも誰かしらからチョコレートを貰ってくるカラ松を見て何度涙したことか、自分の方が貰えているということと、毎年全て長男に没収されて六つ子でシェアすることになっていることは置いておいて、なんの衒いもなくカラ松にチョコレートを贈れるクラスメイトや部活仲間が羨ましくて仕方なかった。

去年はカカオにちなんでオカカのおにぎりを作ってお弁当に忍び込ませたりもしたけれど、後々になって「いや、なんでやねん」と自分で自分にツッコミを入れながら凹んでしまった。


「初心者だし、溶かして固めるだけにしよう」


スーパーで特売チョコとデコレーション用のチョコペンを買った。

その次に百円均一に行ってチョコレートの型を見る、十四松が異様に猫を推してくるので猫の型ばかりを三種類も買ってしまった。

ついでに箱も猫の形だった。


(ハートとか……弟から貰ってもきもちわるいもんね)


カラ松が好きなドクロ型などは最初から論外だったというかそもそも売っていない。

包装紙をドクロ柄にしてみるかと思うが、そんな毒々しいものでお菓子を包むのもどうだろう……とトド松は悩む。

趣味が突飛な彼だからハート型の箱をドクロ柄の包装紙で包んでナイフでドアに打ち付けておけば喜ぶかもしれない。


なんて悩んでいると十四松が今度は市松模様の赤青緑紫の包装紙を推してくる、無難だからそれでいいやと思って籠の中に入れた。

次にリボンをどうするかと迷い、検索すると青には黄色が合うとか白やグレーが合うとか載っていて少し胸が痛んだ。

まあ包装紙に柄がついてるからリボンはいいだろう、男のプレゼントだし金色のシールでも貼っておけば上等。

お会計はチョコレートも合わせて二千円足らずだったので十四松と割り勘することができた。


店員のありがとうございましたーーの声を背に店を出て、二人で帰路に着いている途中で荷物を持ってくれている十四松が訊ねてくる。


「もうちょっとチョコ買ってもよかったんじゃねー?」

「んーでも、失敗して手作りは渡せないかもしれないから」


レシピを見ると溶かして固めるだけでも結構難しいらしい。

そうなったら板チョコにチョコペンでデコレーションして渡そうと最初に二人で決めていた。


「失敗しないといいね」

「うん…………一松兄さん喜んでくれるかな」

「……へ?」


十四松がボソッと呟いた言葉と声にトド松はドキっとして振り向く。

袋の中を見てはにかむ自分と同じ顔を見て何か確信めいたものを感じてしまった。


「ねえ十四松兄さん、つかぬことを聞くけどさあ」

「なあに?」

「もしかして兄さんって一松兄さんのこと特別に好きなの?」


するとその瞬間カァアアアアと音がしそうな勢いで顔を赤くしプシューと沸騰しだした十四松。

それを見て確信した。

この兄さん一松兄さんが好きだった。


「あああ」


トド松は地面に膝と手をつき絶望に打ちひしがれる。


「どうしよう」

「ご、ごめん!やっぱやだよね?ぼくが一松兄さん好きなんて」

「ちがうよ!」


トド松的にそこは「ワーイ仲間が増えたワーイ」なのだ。

十四松が好きなのがカラ松ではなくて万々歳なのだ。

問題は……


「オレがカラ松兄さんの作るから他のを十四松兄さんに作ってもらおうと思ってたのに!!」

「え?」


すこし涙を浮かべて叫んだ弟に、珍しく焦点を合わせた十四松が首を傾げる。


「トド松、カラ松兄さんが好きだったの?」

「うん、そうだよ」

「カラ松兄さんにチョコ作ってあげたかったの?」

「うん」

「他の兄さんの分はオレに作ってほしかったの?」

「……うん」

「別にそれでいいよ」

「駄目だよ!!ちゃんと好きな人に作んなきゃ!!」


幸い人気は無いけれどこの弟は往来の真ん中で何を言っているんだろうと、常識のある人なら思うだろうが生憎この二人にはそんな常識は存在していない。


「おかしいと思ったんだ」


チョコレート型と箱に猫型を推してきたり、包装紙の模様を市松模様にしてみたり、思えば以前から十四松からのサインは出ていた気がする。

何故気付かなかったかというと自分のことで精いっぱいだったからに違いなくて、他の兄弟を見て育つ末っ子としてのアイデンティティが揺らぐ。


「ワーイ仲間が増えたワーイ」

「……みんなには内緒にしててね兄さん」

「うん!トド松もね」


無邪気に喜び自分の周りを跳ねまわるウサギ……もとい十四松をよそにトド松は思考を巡らせていた。

おそ松とチョロ松の分どうしよう……と、好きだけれどバレンタインにチョコレートを渡すのは微妙な二人を思い浮かべる。


「しかたない……あの子を頼ろう……」


そう言って力無い笑みを浮かべたトド松はポケットからスマートフォンを取り出して、電話帖の「友達1」に分類してある彼女の名前を押した。

カラ松とは別ベクトルで大好きな彼女を誘う理由が出来たのだから普通は喜ぶべきところだろうけれど、今回は案件が案件だけに素直に喜べない、まあおそ松やチョロ松も彼女が大好きだから良いか……と思いながら着信音が止まるのを待っていた。



数十分後。


「すべては愛のーターメリック♪ハラハラハラペーニョ♪」

「混ぜちゃ駄目だからね!兄さん!!」

「んー……こんなものかな?」

「トト子ちゃん……えっと……うん、その調子ーー」


その声は限りなく棒読みに近い優しさだった。

現在トド松と十四松の二人は幼馴染の女の子、トト子の家のキッチンにてトト子に借りたエプロンを借りチョコレートを湯煎に掛けているところだ。


(……ごめんおそ松兄さんチョロ松兄さん……)


自分はカラ松に、十四松が一松にチョコレートを作る為には、残り二人の分を作ってもらう応援が必要だったのだが、思った以上に彼女の料理の腕が進展していなくて驚きを隠せない。

ただ掻き混ぜてるだけなのに何故か顔にチョコレートを飛び散らせている十四松と、ただ掻き混ぜているだけなのにボオルの中の液体が不思議な色に変化しているトト子、トド松だって料理初心者なのに今回は目の離せない相手が二人もいる。。


(ごめんおそ松兄さんチョロ松兄さん)


もう一度だけ心の中で謝ると早々にトト子の方を見限ったドライモンスターは、兄に優しいツッコミを入れつつ自分のチョコレート作りに没頭し始める。

出来るだけ美味しいものを彼に食べさせてあげたい、その一心で造り上げた作品は初心者にしては上出来と言えるものだった。




69 69 69 69 69 69




「なんてこともあったねぇ十四松兄さん……」

「お前らからのチョコが毎年凄まじい味だったのってそういうことだったのか」

「あ、チョロ松兄さん」


数年後の二月。

あの頃とかわらず進路の見えない生活にも慣れ、ぼけーっとしながら兄達にチョコレートを作り始めた最初の年のことを話していると、障子がガラッと開きチョロ松が現れた。


「あれを平気で食ってるカラ松と一松をちょっと尊敬してたんだが……そうか味が違ってたんだな」

「アハハ……ごめん」


しかし自分達の分を作っていたのがトト子だったので怒るに怒れないチョロ松は二人の正面に座って肘をついた。


「で?今年はどうすんの?お前らもう片想いじゃなくなったんだから連名で作らなくていいんじゃね?」

「……」

「……」


トド松と十四松はあれから数年のうちに恋人同士になれた恋人の顔を思い出し赤面する。

そして顔を見合わせて、どうしようか?と話しだした。


「あ!そうだ今年はチョロ松兄さんが一緒に作ろうよ、おそ松兄さんと僕と十四松兄さんの分作ってよ!」

「ボクの分は誰がくれんだよ!!つーかヤダよ!カラ松はともかく一松ぜったい嫉妬してくんじゃん!!」

「ぼくもチョコ食べたい!チョコ松兄さん!!」

「誰がチョコ松兄さんだ!いいじゃんお前ら今年はホワイトデー期待出来んだからさぁ!!」

「……」

「……」

「だから、こっちが恥ずかしくなるから二人して照れるのやめて」


結局三人とも譲歩して、カラ松の分をトド松が、一松の分を十四松が、おそ松とチョロ松の分をチョロ松が作ることになった。

チョロ松からももらえず今年は女の子から貰えるチョコも全部断っていた二人だったが、各恋人がホワイトデーにお返しを楽しみにしておけと言うので今年はハッピーバレンタインとなった。


さて、ひとつ不思議なのは、十四松とトド松の連名チョコに「お前ら料理の腕上げたなぁ」と褒めていた長男がホワイトデーになると三男を呼び出し、パチンコの景品でもらったキャンディを渡してきたことだった。


これはどういう意味なのだろう?






END

まさかのおそ松兄さんオチ(※おそチョロでもチョロおそでもないつもり)

どうでもいいんですが十四松が歌っていた曲のタイトルが思い出せません