突然だけれど、おれ(松野一松)は自分の兄弟がとても好きだ。 さすがに兄弟がいないと生きていけないわけではないが、兄弟がいるから生きていけてると感じることがある。 長男からは一番心配だと言われ、常識があると褒められ、撫でられることも肩を抱かれることも多い(それは弟みんなに言えることだけど) 次男からは無条件に信じていると言われ、どんな無下に扱っても許され、いつかはピンチを救って……救って?……まぁ救ってもらえた(その後大変なことになったけど) 三男は何かと面倒見がよく、公共の場で尻を出したあとはいつも尻拭いをしてくれる、尻だけに(あとこんな自分でも見放さずにツッコミをいれてくれているのも嬉しい) 五男はずっと闇を抱えている奴だと思っていたけど、本当は違うんだと気付き、今までおれの為を思ってしてくれていた事にひとつひとつに漸く気付かされている最中だ(おれもおれであいつの世話を焼いてるつもりだけど) 末弟は意地悪くしても数分後には何事もなかったかのように接してくるし、ルックス担当になるべく努力しているところは好感を持てる(やっぱりムカつくこともあるが) こんな風に好きな理由を挙げていけばキリがない(たとえ同数の嫌いな部分があったとしても)面と向かっては言えないけれど自分の兄弟達が好きだった。 そんな兄弟の中でも特に可愛いのは弟の十四松やトド松。 上三人も可愛いと言われたら可愛いのだが可愛がりたくはないし、どちらかというと可愛がられる方がいい。 兄に対しては可愛い方が得で、弟に対してはカッコイイ方が得だと他の兄弟を見ていて思う、反面教師な意味で。 「ま、おれには可愛いもカッコイイも似合わないけど」 「一松兄さんは可愛いしカッコイイよ?」 独り言のつもりで呟いたことを拾われてギョッとすると一つ下の弟がどぅーんと横に滑り込んできた。 半月型をした口の端を更に吊り上げて十四松が笑う。 「ほら、やっぱり兄さんカッケー」 「なにが、やっぱりなの……」 仰向けに寝転び下から見上げる十四松は安心しきった猫のようだ。 そして屈託のない好意を体全体で示してくるから、やっぱりかわいい。 これだよ、こういうのが本当にかわいいって言うんだよトッティ……いや、たまにはかわいいと思うけど、お前あからさま過ぎる上に普段から自分を可愛く見せる研究してるの知ってるから効果激減なんだよ。 勝ち戦しかしないだの可愛い方が得だの言っているくせに最初から戦法バレバレの相手に戦を挑んで卑怯だと指摘されたらすぐに手の内を明かしてしまう、そんな潔さとバカ正直さで随分損をしているように見える。 本当はもう少し上手く生きられる筈なのに勿体ないなと、自分のことは棚に上げて思っていると十四松が、やっぱり一松兄さんは優しいなぁと呟いた。 なに言ってんだよと思って十四松を見ようとした時に玄関から誰かが帰ってきた音がした。 ただいまを言わないなんて珍しいと思っていると、玄関がまた締められる音がする、もしかして家族じゃないのか?と思ったおれと十四松は顔を見合わせて一緒に玄関まで様子を見に行くことにした。 「トド松のバッグだ」 玄関にぽんと置かれた末弟お気に入りのトートバッグ、財布や携帯を入れたそれをハイエナの巣窟に放置するとはアイツあるまじき行為だ。 気になったおれはそのバッグを持ちサンダルを履いて外へ出る、後ろからスリッパの足音がついてくる。 「なにしてんの?」 バッグを置いて外出はしないだろうと庭へ回るとトド松が瓶の入ったゴミ袋を漁っている最中だった。 「あ、ただいま兄さん」 「おかえりなさいマッスルマッスル!」 「おかえりトド松、ねえ危ないよ、その中割れた瓶とかも入ってるから」 こないだも酔っ払った長男と三男が喧嘩でビール瓶を叩き割り、次男と五男が寝転がる床に破片が散乱して末弟が悲鳴を上げておれも珍しく大声でふたり(ていうか十四松)を怒鳴り起こしたんだった(おそ松兄さんとチョロ松兄さんは両親から説教されてた) その時の瓶の欠片とかそれ以前に割れたものも入ってるから素手で触るのは危ないんだけど末弟はおれの言葉に生返事をして、袋の中から多分インスタントコーヒーの入っていた瓶をとりだした。 「どうするの?そんなの」 「とりあえず洗って……」 と、おれの言葉を聞いているのかいないのか独り言のように呟くとトド松は庭の水道でソレを洗い始める、潔癖症なのに手で丁寧に汚れを擦ると瓶はピカピカと輝きを放った。 ハンカチでその表面だけ拭き取り、瓶の半分くらいまで水を入れて、縁側まで運ぶんだけど、おれはこの時はじめて縁側に花束が置かれているのに気付く。 トド松のバッグをそこに置いておれは縁側に腰掛けて弟の様子をそのまま眺めていることにした。 花束を解いた後、トド松は物置の中からバケツと園芸用の鋏を持ってきて、バケツの中に水を張る、やっぱり花を活ける為か。 トド松が一本一本バケツの中で茎を切って花束を包んでいた白い紙に並べていくのを見ている、自分なら刺々しくて触る気にならないけど弟は慣れた手つきで十一本のソレを切り揃えた。 「この花ね、カラ松兄さんが魚の餌にしようとしてたのをどうにか止めさせてボクが貰い受けたんだ」 「そっかー、きれいだね」 「だよね!魚の餌にするのは可哀想でしょ?いや綺麗だから魚にあげたいんだと思うよ?でもさぁ……」 魚の餌?なにそれ?どういう心理?トド松と十四松はニコニコと話しているけどツッコミ所だよな? こないだ次男と釣り掘行ったらしい長男はクソタンクとクソカラコンのことしか言ってなかったから、花束は今日が初めてなのかもしれない。 けどアイツ今日やばい服着てたよな、流石におれも着てみたいとは思わないキラッキラのを……あれに更に薔薇の花束が追加されたのかと思うと頭痛がしてきた。 そんなカラ松と一緒に出掛けることになってしまったトド松に御愁傷様という気分になりながら遠くを見る、いい天気だから後で十四松と散歩行こうかな、リード鉄製のに新調したし。 「そのカラ松はどうしたの?」 一緒に帰って来たんじゃないの?と聞くと「兄さんならナンパ待ちに行ったよ」とあっけらかんと答えるトド松、ずっと思ってたけどお前ら付き合ってるんじゃないの?なんでナンパしたり女の子とデートしたり合コン行ったりすんの?クソ羨まし……じゃない、クズ。 「ボクも買い物にでも行こうかなーーって思ってたんだけど、これ持ち歩いてたら恥ずかしいし帰ってきた」 ピンクの日傘差したり平気で女装できるコイツにも羞恥心ってもんがあるんだな……なんか「薔薇持ってるボクかわいい」とか悦に入ってても可笑しくないイメージなのに、カラ松の弟だし。 「よし、できたー!ね?かわいいでしょ」 なんて思っているうちにトド松が薔薇を活け終っていた。 イイ感じに活けられていてインスタントコーヒーが入ってた瓶とは思えない。 「あれ?まだ一本残ってるよ?トッティ」 「ああコレはいいんだ」 トド松はそう言って包み紙の中から一本だけ花を持ち上げてスンと匂いを嗅いでいた。 なんに使うかわからないけど、こいつのことだからあざといことやってるんだろう。 「でも何でその瓶なの?うちの花瓶は?」 「ああ、それにはカラ松兄さんがこないだ魚の餌にしようとしたのがまだ活けてあるんだよねぇ」 心底呆れたというように言う末っ子に十四松が「トッティ毎日ちゃんとお世話してたもんね」と言って照れさせていた。 ていうか釣り堀に薔薇持っていったの初めてじゃなかったのか……逆にスゲェよカラ松。 「……前にもお前に回収されたのに凝りもせず今日も薔薇持ってったのアイツ……」 「うん懲りてない……何度言ってもイタイも格好やめないし……あ、革ジャン髑髏を想像した?言っとくけどアレの比じゃないからね?」 「知ってる、洗濯物干してるし今朝着て出かけてたし」 「本当、あんなオッサンと魚しかいないところで誰に向かって格好付けてるんだか」 あれを格好付けてると判断してるお前もたいがいだよ。 でもアイツも学習能力ゼロってわけじゃないから、トド松と一緒に行けば薔薇の花束を回収されるって想像できたんじゃないか? 「……」 なんか引っかかる。 「うーん、やっぱりちゃんとした花瓶じゃなきゃ可哀想かな?」 「魚の餌になるよりマシだと思うよ?」 珍しく優しいこと言ってるトド松と珍しく真っ当なこと言ってる十四松、そんな様子は面白いけど、この引っかかったものは取り除いてくれないと思う。 「そうだけど……」 トド松は綺麗に活けられた十本の薔薇を見ながら、胸元できゅっと一本の薔薇を握り締めている。 「買えば?安いのあるでしょ」 迷っているようだったから助け舟を出すように言ってやれば、トド松は安心したような顔をして笑いかけてきた。 「うん、そうだね一松兄さんがそう言うなら」 しかたないね、って顔で笑う、おおかたカラ松の買った花のために自分が花瓶を買うのが癪だったんだろう、おれもそう思うけどアイツは魚の餌にするつもりだから花瓶を買えとも言い辛いし。 そう思っていると十四松がおれの背中にぴょんと飛び乗ってきた……なんなのお前? そんなおれ達に少し驚きながらトド松は言葉を続ける。 「明日暇だし買いに行ってくる、これカラ松兄さんには内緒ね」 「えー?なんで?」 「なんでって……だって兄さんに催促してるみたいだし」 「え?」 「は?」 頬を赤らめながら呟くトド松におれと十四松が同時に首を傾げると、慌てたように「ほら、いつまで続くかわかんないし!自分の所為で無駄な買い物したとか思わせたら面倒くさいじゃん!」と言って、瓶に活けるときに切った葉とかを集めだした。 バケツと鋏を片付け始めた末っ子に、もうこれ以上ここにいる意味はないなと感じたおれは十四松に声をかけて一緒に猫の様子を見に行くことにした。 その途中でチョロ松兄さんに会った。 「え?カラ松が魚の餌に薔薇の花束?あいつバッカじゃねぇの」 面接が散々な結果だったらしい兄さんはおれ達が猫に会いに行くと言えば「僕も」とついてきた。 道すがらさっきの話をしたら兄さんから鮮やかな「バッカじゃねぇの」頂きました。 「ていうか……えー?マジか」 はぁーと、心底うんざりしたように溜め息を吐く兄さんの顔を十四松が覗き込む。 「僕さ、こないだトド松とテレビ観てて……」 ああ、ワイドショーかな。 「恋人からもらって嬉しかったものランキングやってたんだよ」 「うん」 「それで、他の順位は忘れたんだけど手紙や花束がランク外でさ」 「そうなんだ」 「あいつ、トド松「えー?ボクなら普通に嬉しいけどなぁ」って言ったんだ」 「へ?えー意外」 もっと金目の物を欲しがるかと思った。 やる側じゃなくて貰う側で想像してる所はあいつっぽいけど。 「ていうかカラ松のセンスで服やアクセサリーを選ばれても困るんだろ」 「なるほど……」 「花だったら何がいい?って話になって、その時トド松は薔薇の花って言ってた」 「え?あいつチューリップが好きなんじゃないの?」 トト子ちゃんにあげるときチューリップ選んでたよね? 「カラ松の好きな花だからだろ?で、その話をおそ松兄さんとカラ松が聞いてたみたいでさ」 ああ、なんとなく話が見えてきた。 ばかばかしい。 「きっとトド松にあげるつもりで買ってるんだろうな」 「……怖気づいたの……あいつらしくもない」 「あいつイタイの意味わかってなくて、自分でも気付かないうちにトド松を傷付けてると思ってるから、そのへん慎重なんだろ」 その割には容赦なく攻撃するよなトド松のこと……もしかして傷付けるのがイヤなんじゃなくて自分が意図せず傷付けるのがイヤなだけじゃないの? そりゃトド松に薔薇の花束贈ったらイタイって言いそうだけど、それでも他人の好意を無下にはしないだろ、相手がカラ松なら尚更。 「トド松がそれに気付いてるか他人にはわかんないけど、でも十一本あるうちの十本は家に飾って一本は自分で持っとくならカラ松の気持ちは届いてるのかもな」 「はい?」 「薔薇の花束には本数毎に意味があるんだよ、たしか十本なら完全無欠……」 十本なら“最愛” 一本なら“貴方だけを愛す” チョロ松兄さんの教えてくれた意味と、さっきあいつが言ってた“催促してるみたい”って意味を照らし合わせると、答えはすぐに出てきた。 「はぁ……」 催促してやりゃいいじゃん、めちゃくちゃ喜ぶよあいつ。 明日トド松がこっそり買ってくる花瓶をカラ松の前で盛大にからかってやろ。 「一松兄さんやっぱりカッケーね!」 自然と笑みを作っていたらしいおれの頬を押さえて十四松は笑った。 そういうお前はやっぱり可愛い弟だよ。 おしまい カラ松兄さんまさかの出番なしですが、彼がいると一松が素直にブラコン発揮してくれないので仕方ないんです… テーマがブラコン一松だったんですが(カラトドじゃないんだ)ちゃんとブラコンになってるか心配です |