半壊キッチン全壊ブラザー こいつ大丈夫か? と、本人が聞いたらお前にだけは言われたくないと言われそうなことを先ほどから述べている四男に思う次男。 順番的に二つ離れた弟は台所の扉の前に体育座りしていた。 ご丁寧に座布団を敷いてブランケットをかけているが、一松が自分でそんなものを用意する筈がないので見かねた(というか説得を諦めた)三男あたりが若干キレながら寄越してきたのだろう。 寒い廊下で縮こまっている弟を見てカラ松も電気ストーブでも持ってきてやるか、という気になってきた。 というよりも…… 「居間で待っていてもいいんじゃないか?」 このままでは誰も台所には入れない、喉が乾いたからお茶でも飲もうとやって来た次男をとおせんぼしている四男はギリっと彼を睨み上げ。 「十四松から進入禁止を言い渡されてるから」 と、だけ言って、その後「アイツなに作ってくれてんだろ……ふへへ楽しみ」なんて言って不気味な笑みを溢していた。 どうしよう、なんかいつもヤバい奴が更にヤバいことになっている!と、聞いたのがカラ松以外なら思いそうだが、カラ松は「そうか楽しみだな」と一松に微笑みかけ頭をぽんぽんと撫でるだけだった。 「ただいまー」 と、そこに玄関からトド松の声が聞こえてきた。 「おかえり、ブラザー……今日は寒いから何処にも行かないと言っていたが……」 朝、釣り堀に誘ったらそう断られたのを思い出し非難するように言ってしまうカラ松だが、おそらく何処か一緒に行こうとすればキラキラのタンクトップにジー短パンになる兄を思って(そんな格好の兄は恥ずかしいので)のことだ。 「喉乾いたから駅前のスタバァ行ってきた。お土産あるよ」 ラテのトールサイズエスプレッソをトーリオで買ってきたよ。 と紙袋をカラ松に渡したトド松は感動する兄を余所に自分が今までしていたニット帽を一松に被せてその上にマフラーをふわりと落とした。 「寒そうだから貸してあげるけどマフラーする前にマスクしてね、帽子は後でコロコロしてスプレーして返してね」 そう若干優しくないことを全く悪気なく言うトド松に一松は「お、おぅ」と複雑な気持ちになりながら受けとる。 一方カラ松は……貸してくれるのはオレだけじゃなかったのかトド松……と、床に膝を付いて大袈裟に嘆いていた。 カラ松も使ったことあるのかよヤダなと一瞬思った一松だったがクソ松菌予防マスクもしていることだし暖かいので有り難く使わせてもらうことにした。 「一松兄さんのも買ってきたから温かいうちに飲むんだよ」 「お前はオカンか、そしておれには缶コーヒーかよ」 「お金がなかったの、しょうがないでしょ?買ってきただけ有り難いと思ってよ」 「ト、トッティ?コーヒー代払おうか?買ってきてくれたお前のも」 「あー……カラ松兄さんには今度奢ってもらうから」 レシートを見せたら自分がブラックコーヒーを飲んだことがバレてしまう、いつもカラ松の前では可愛い子ぶって甘いものを頼んでしまう(勿論それも好きだが)ので一人で行ったときくらい苦いものも飲みたいのだ。 「非リアの目の前でデートの約束取り付けんのヤメテくんない?」 「いや、十四松兄さんの手料理待ちしてる一松兄さんに非リア自称されたくないよ」 「ふひひっ……そうだねぇ」 またもや不気味な笑い声を上げる一松だったがいつも卑屈な兄が素直に嬉しそうなのは末っ子としても嬉しいのでニコニコと微笑み返す。 こいつ大丈夫か? と多少は心配はしているけど次男がストーブも持ってきたので風邪を引くことはないだろう、問題は精神面だけどいつものことだ。 「ボクが出かける前からだから十四松兄さんもうかれこれ一時間は台所に籠ってるけど、大丈夫かな?」 「大丈夫じゃない?殺しても死なないような奴だし」 「……台所の方は大丈夫なのか?」 「前作って貰ったときは美味しかったから味も大丈夫でしょ」 「いや、だから台所は……」 「……家でなんか壊れたら大概おそ松兄さんとチョロ松兄さんの喧嘩だと思われるし大丈夫」 「それは大丈夫と言えるのか?」 「あとそれ、すぐバレるから」 カミナリさんちの盆栽かというくらい出番の度に傷を負っている我ら六つ子だ、シリアス回でもないので地球爆発したって無事だろうが、台所が壊れてしまうと今夜のごはんに支障をきたす。 中の様子が気になる次男は四男に退いてもらいたい。 「ていうか、なんで十四松兄さん急に料理作るとか言い出したの?」 「……いや、お前のせいじゃん」 そう言われても身に覚えがないトド松。 「コンビニで、猫の形した肉まんが新発売になったじゃん」 「なったねぇ」 「今朝買いに行こうとして、寒かったから服を着こんでブーツ履いたじゃん、その時お前なんて言った?」 「え?えっと……珍しくちゃんと着こんでんね、ひょっとしてデート(笑)……だったっけ」 括弧笑い括弧閉じるまできちんと発音したトド松は、そういえばその時一緒に五男もいたな、と思い出した。 「その後お前すぐ部屋にスッ込んでったけど、十四松に聞かれたんだよ……デートってどういうこと?って」 「あー……ごめん」 「だから正直に肉まん買いに行くって言ったら、アイツぼくが美味しい肉まん作ってあげるー!って寒空の中飛び出してって、帰ってきたと思ったら世界中から厳選してきた食材持って台所に籠っちゃった」 「世界的から厳選食材……それまた宝の持ち腐れっていうか十四松に真珠っていうか……え?まさかあの兄さん肉まんにヤキモチやいたの?」 馬鹿じゃないの?と思うトド松とは裏腹に一松はデレッとした顔になり「そう、アイツ可愛いよね」とノロケてくる、ダメだコリャ。 「えーー……?」 「お前が一時期コンビニの唐揚げに対抗しようとして台所占領してたのと一緒だよ、気持ちわかるでしょ?」 「……うっ」 「そんなこともあったな」 と、トド松が台所を占領していた原因が沁々幸せそうに呟くのでトド松はスルーを決め込む。 「でも、それなら十四松が作ってるもの知ってるんじゃないか、さっき何作ってくれるか楽しみにしていたが」 「肉まん作ってるんでしょ?十四松兄さん」 そしてそろそろ出来上がってもいい頃合いだ。 「……アイツが最初に作ろうとしたものをそのまま作ると思う?」 以前パフェを作ってくれると言って何故かサンドイッチになって出てきたことがある。 一松は正直十四松の料理は食べ物の味がすれば上等だと思っている、厳選食材たちに謝れ。 「一松兄さんがそれでいいなら何も言わないよ」 「……」 そう言って居間へ引っ込んで行こうとするトド松、カラ松もその後に続こうとするが、一松が足を掛けて転ばせる。 「あだーーーー!!」 「もうっ!なにやってんの兄さん!」 「いや、今のは一松が……」 恨めし気に一松の方を見ると「まあ聞けや兄さん」と、どっかの柄の悪い酔っ払いのような感じで見られていた。 珍しいこともあるもんだな、とトド松もカラ松の横にしゃがんで彼の言葉を待つ。 「別にこうやって待ってなくてもさ十四松ってさ、自分が作ったものは一番におれのとこに持ってくるんだよね……獲ったトカゲ持ってくる猫みたいでかわいい」 「トカゲ獲ってくる猫と一緒にされる十四松兄さん可哀想」 「あと、必ずと言っていいほど「はい、あーーん」ってしてくれる、仔猫に餌を分け与える母猫みたいで尊い」 「ねえ兄さんには褒める基準が猫しかないの?」 「羨ましいだろ」 「いや、別に子どもじゃないし……」 「トッティも余所で美味しいと噂のものを聞くとオレを連れて行ってあわよくば奢らせようとするぜ」 「得意げに言うことではない」 「あーんはしてくれないが、オレの皿のものを勝手に奪ってくからオレも奪い返す」 「なんの自慢にもならない!食い意地張ってるカップルみたいだから!!恥ずかしいから!!」 「食うか食われるかのフードバトル」 「畳み掛けて言わないで!!」 カラ松にキレるトド松だが、このままでは一松と十四松にカップルとしてのキラキラ度で負けている気がするので今度気が向いたら「はい、あーーん」をしてあげようと思った。 「あーーんは、いいぞクソ松」 「そうか……」 しみじみと語る一松にカラ松も戸惑いがちに答える。 いつもと様子が違いすぎるが大丈夫だろうか、まさか既に手遅れな病に侵されているんじゃないだろうか? 「最初にアイツの手料理を食べたのは小学校の調理実習の時だったっけ……おそ松兄さんから奪われそうになった焼きたてのクッキーを口の中に突っ込まれて」 「ああ、口の中ヤケドしてその日一日なにも食べられなかったやつね、よかったじゃんボクらのクッキー無理やりトト子ちゃんのと交換させられてそれ独り占めして食べたおそ松兄さん生死の境彷徨ったんだから」 「オレたちも一口ずつ食べたけど、凄まじかったあの味は……汚泥をすする様だった」 「それはそれで羨ましいけど、おれはあの火の味がするクッキーがそれまで食べてきた中で一番うまいと感じたんだ」 「火の味て」 とはいえ自分達もトト子が作ったというだけで凄まじい味でも幸せだったので、一松の気持ちも解らないことはない。 カラ松もトド松が自分の好物をこっそり練習して作ってくれているのを知って(その試食をおそ松やチョロ松がしていたことは少々腹立たしかったけれど)嬉しかったし、好きな相手が自分の為に作ってくれた料理は世界一なのだろう。 「今夜の夕食はオレが作るかな……」 「え!?本当!!?……うわぁ十四松兄さんどうか台所壊さないでいてぇ……」 ボソッと呟いた言葉にすぐ反応したトド松が台所の入り口に祈るように両手を合わせる、まるで一松を拝んでいるようだ。 「クソ松の料理ほぼ肉じゃん」 ステーキとか焼肉とか時々ハンバーグとか、そういうものばかりじゃないかと一松は言うが、別に不味くはないので反対はしない、そもそも十四松が台所を汚すのは確実なのでヘソを曲げた母親が夕食を作ってくれないかもしれないのだ。 「あと好物の割りに唐揚げは作らないし」 「フッ……あればっかりはトド松の味に勝てる気がしないからな」 「いやステーキとか焼肉とか誰が作っても同じ味だし、ハンバーグだって勝てるし」 ナルシスト気味だけど折角の恋人のデレをドライにスルーしたトド松は、今度はハンバーグの練習を始めるかもしれない。 「できたーー!」 と、その時、台所から引き戸がピシャリと開け放たれた。 「じゅ、じゅうしまつ!!」 まるで餌を待つ犬のように十四松の足に抱き付いた一松はニッコニコでところどころ焦げている十四松の顔を見上げた。 (今日の一松兄さん本当どうしたんだろう……) (まあ、そんな日もあるさ) 空気で会話するカラ松とトド松を余所に十四松は尚もニコニコしながら蒸篭の乗ったお皿を掲げている。 一本のアホ毛に導火線のように火がついているのを見てカラ松が叩いて消化すると一松がそのカラ松を足蹴にした。 (な、何故だぁ!?) (どんまい兄さん) 「一松兄さんできたよ!うんまーー!だよ!!食べてみ!!」 一応自分と同い年で同じような顔をしている声もしっかり成人男性のソレな十四松が袖をめくることなく大きなお皿を両手に抱えて笑っている。 その光景を見て一松は「うんうん!食べる!!」と、いつになくハイテンションだった。 (あんなにそわそわしてる一松兄さん猫たちの出産ラッシュ時くらいだと思ってた) (トト子ちゃんのライブ物販を前にしたときにあの目をするよな) とにかく幸せそうだからそれでいいのだ。 結局最後まで一松に付き合ってしまったカラ松とトド松は十四松の作った料理を一目見ておこうと立ち上がり二人に近付く。 するとどうしても台所の惨状が目に入り、気が滅入ってしまう、これをここにいるメンバーで片付けなければいけないのか、五男が料理をすると知るやいなや寒い中出掛けて行った長男と三男を内心で恨む。 そして十四松が「じゃーーん!」と言って蒸篭の蓋を取ると、中から現れたのは…… 「こんぺいとう!全部兄さんとぼくの色だよ!!」 カラ松とトド松は気が遠くなりそうだった。 「「なんで肉まんの材料でコンペイトウが!!?」」 思わず叫んだ二人を余所に、十四松の言葉に感動した一松は最愛の弟の頭をテクニシャンの手つきで撫でるのであった。 もちろん、最初の一口は「あーん」してもらいましたとさ、めでたしめでたし END |