にゃごみのおそ松さん
我輩はネコである。

名前はニャンコだったが我輩をエスパーニャンコにしてくれたデカパン博士がエスパーニャンコと名付けたのでエスパーニャンコである。

ご主人はいない、ただ人間の友達はいる、今も吾輩の横に腰かけ背中を撫でてくれている。

まだ三つしか使っていないけれど自分のことを吾輩と言うのに疲れてきた。

だからこれからは友達の心の声や友達の次に話しかけてくる友達の兄弟に合わせ「ぼく」を使おうと思う。



ぐーるるるる



ぼくが大きくあくびをしたのと同じタイミングで六つ子たちのお腹の音が鳴った。

お腹までハモらなくていいのに、と一松の心の声が聞こえた。


「そうだ、パスタ茹でよう」


京都に行くみたいに呟いたのは三男のチョロ松だ。

それに反応するのは長男のおそ松、彼の頭の中が一瞬でパスタ色に染まる、ぼくは食べれないけれど彼の心を見ているとそれがどれだけ美味しいのか解るような気がする。


「チョロ松兄さーーん僕たちの分もーー」

「はいはい、後片付けは手伝えよ」

「うん」


ソファーに座っていた六男で末っ子のトド松が手を挙げておねだりする。

欲しい服があるらしくどうやって次男から金をせびろうかと中々ゲスいことを考えていた彼の頭の中もパスタでいっぱいになる。

それほどまでに美味しいものなら一度食べてみたいが、人間の食べ物をむやみに食べては毒になると猫集会で聞いたのでぼくは一松がくれる缶詰や魚屋さんにもらえる魚くらいしか食べないことにしているのだ。


「なあパスタソースが三種類あるんだけど皆どれがいい?」

「え?」


台所に消えていたチョロ松が戻ってきた。

お湯を沸かしている間に誰が何を食べるか決めようとしているのだ。

他の兄弟が注目するなか三つのレトルト袋をテーブルの上に置いた。

ミートソース・明太子・カルボナーラ、迷うな、今は肉の気分だけど……とおそ松が心の中で呟くのが聞こえる。


「三種類を大皿に出して各自取り皿で食べたら?」

「そしたら喧嘩になるだろ」

「んーー」


出来ることなら長男や三男と取り合いはしたくない末っ子は口を閉じた。

自分のことよりも格好つけて弟に譲ろうとするカラ松や意外と遠慮する十四松のことを考えているのでトド松にも良いところはあるんだなと少し見直してしまった。


「チョロ松兄さんが作ってんだからチョロ松兄さんが決めたら?」

「え?そうだな」


おそ松兄さんは肉食べたそうだからミートソース。

十四松はなんとなくミートソース。

トド松はなんとなくカルボナーラ。

一松はなんでもいいというか多分トド松と十四松から少しずつ分けて貰えるだろうから二人の選んでない明太子。

どうせカラ松にも少し分けるだろうなトド松は、カルボナーラはカロリーが高いからとか言い訳しながら、だからカラ松も明太子。

僕はカルボナーラにして、トド松の方に少し多めに入れてやるか……それでもおそ松兄さんから奪われそうだけど……


なんてことを数秒の間に考えたチョロ松は、五人の兄弟にそれぞれ言い渡した。

おそ松は自分の食べたいものだったし、他四人は調理するチョロ松がそう言うのなら文句はない、というか皆お腹が空いているので食べれればそれでいいと思っていた。


「じゃあ麺茹でてくる」


そう言ってぱたぱたと台所へ駆けていった。

食い意地張っているように見えて他兄弟のことをちゃんと考えているんだなとチョロ松のことも見直した。

十数分後、台所から運ぶの手伝えという声が聞こえ十四松が走ってゆく、一松がぼくに声をかけ一撫でしてから立ち上がりその後へ続いた。

トド松がテーブルの上を片付けてながらカラ松に台拭きを持ってくるように頼んでいる、おそ松はなにもせずゴロゴロしたままだ。

少し腹が立ったのでおそ松の股関を踏んでぼくもテーブルへと近付いた。


「あ、ニャンコもお腹すいたの?でもさっき一松兄さんがあげてたし」


一松兄さんいなくなっちゃって淋しくなっちゃったのかな?可愛いーー、なんて頬を緩めるトド松。

まだぼくを使って金儲けすることは諦めてないけれど、街の人々から追いかけ回されボロボロになったぼくを見てやはりウチの家族で守らなきゃという建前の方が本音になったようだ。

それでも上手いことぼくの安全を守りつつ金儲けできる道はないかと考えているから、往生際が悪い。


「……ッ!」


そこでカラ松の足音に気付いたトド松は急いでテーブルの上にあった雑誌やパソコンを端へ避けた。

足音で人物を判別できる能力は長年連れ添った六つ子特有のものか、猫もなんとなく解るけれどここの兄弟は凄いと思う。

トド松はカラ松の手鏡を手に取り何処に置いたら良いかとキョロキョロ見回し始めた。


「適当にその辺置いてて良いぞ」

「……うん」


テーブルを拭きながらカラ松が言うのでトド松は雑誌の積んである上に置いた。

ここなら誰かに踏まれたりしないだろう、自分のものを丁寧に扱っている弟を見ながらカラ松が一瞬微笑んだが弟は背を向けていたため見ることが叶わなかった。

あーもったいない、ぼくが思ったのと同じタイミングでおそ松の心の声が聞こえる、彼は漸く起き上がって自分の定位置へと座り込んだ。


「ほら兄さん座ってないで手伝ってよ」


そう言いながらパスタの皿を二枚ずつ持ったチョロ松達が戻ってきた。

皿をテーブルに置くと作り置きのサラダと簡易スープがあるからと言ってまた台所へ行ってしまう。

皿を並べたトド松は「あ、飲み物も……」と独り言を呟いて三人の後を着いてゆく、なんだかんだ言ってここの兄弟は長男次男にあまり働かせたくないのかもしれない、六つ子なのに。

なんだかんだと皆から一目置かれているおそ松と、そのおそ松から参謀扱いされているカラ松だからだろうか。


「いっただきまーす」


そう言って六人はいっせいに食事をし始めた。

そっくりな顔をしているけれど食べ方には個性が出るものだなぁと、一松の横に寝転がりながらぼくはあくびをした。


「ニャンコはお腹空いてないのかな」

「さっき猫缶あげたから」


十四松がぼくの方を見ながら聞くと一松はめんどくさそうに答える、たしかに先程食べたからお腹は空かない。

料理の匂いは少しキツイけれど、この皆で食事をするという空気が好きなのだ。

いつも昼間はバラバラに活動する六つ子が家に全員いるというのもいい、一松の心から穏やかな感情が流れ込んできて心地よかった。

食後、言われた通りトド松が片付けていると十四松と一松、カラ松も一緒に立ち上がった。

寝っ転がったおそ松にチョロ松が「兄さん食べてすぐ寝ると牛になるよーー」と言いながら腹をポンポン叩く、おそ松が「うひゃひゃ」と笑った後「お前の方が牛じゃん」と言った。


「は?なんで?」

「だっていつも「もー」って言ってんじゃん」

「それは兄さんがしっかりしてないからだろ?もー」

「ほらまた」

「あ、ほんとだ」

「なー」

「ふふふ、もー」


二人してクスクス笑っている長男と三男、台所の方から聞こえる他の四人の笑い声、両親が帰ってきたらまたその声が増えるのだろう。

ぼくはこの家が大好きだった。



食後、ナンパ待ちに出かけたカラ松、買い物に出かけたトド松、野球に出かけた十四松、パチンコに出かけたおそ松。

ぼくは猫雑誌を見ている一松の膝の上からパソコンをいじっているチョロ松を眺めていた。

ちなみにあれがパソコンという名だと知ったのはエスパーの力を手に入れてからだ。


「あーーなんか仕事探さないとなあ」


求人情報を見ながらチョロ松が、このままじゃ一家心中ルートだもんなぁと頭の中で頭を抱えている、ややこしい。


「カラ松と十四松の歌動画をのっけたらちょっとした小遣い程度にはなると思うんだけど、トド松が泣くしな」


そう、以前チョロ松が某世界的動画サイトに広告をつけて投稿したら儲かるんじゃないかと言ったらトド松が物凄く反対してきた。

トド松に半泣きされながら「それならおそ松兄さんとチョロ松兄さんの漫才のっけりゃいいじゃん」なんて言われて諦めたのだ。

心の声を読めばネットの世界ならカラ松のキャラがウケる(あれを本性だとは思わず、面白い人だと思われる)そしたらカラ松が人気者になってしまう、本物のカラ松ガールが出来てしまう、なんて嘆いていた。

そんなカラ松以外の兄弟が聞けば「ねーよ!!」と思うことを本気で考えているトド松は、実は結構カラ松に心酔しているように感じる。

恋は盲目というし、自分がカッコイイと思う人は他人から見てもカッコイイと思ってしまう、猫界だってそうだ。


「ほんと、馬鹿だよねウチの兄弟……」


カラ松とトド松のことを思い出して一松は呟く、それでも二人を「ウチの兄弟」と括ってしまうのは犬のように共同意識が働いているからだろうか、独りぼっちの猫には解らない感情だった。


「まあそう言ってやるなよ、カラ松好きじゃなかったらトド松きっともっと兄離れしてくし」

「……」


一松の心がどんよりと沈みこんだ。

最初にこの家から離れていくとしたらトド松かカラ松、そしてチョロ松。

おそ松は家自体に愛着が強いようだし、十四松は他人とまともに話せるようになるまでは自分の傍を離れないだろうと思っている。

大切な友達である一松のそんな仄暗い不安を払拭させる為にもカラ松とトド松には上手くいってもらわないといけない。


ぼくには解っていた。

二人が交尾ができるくらい好き合ってること。

ぼくがお互いの本音を伝えればすぐに付き合えるだろうこと、でも人の本音は口に出して言っていい時とわるい時がある。

それで一松を傷付けてしまったし街の人たちに嫌われてしまったぼくは少し慎重になっていた。


「……」


兄弟が家を出ていくのを阻止する為に口に出すのも憚れるような物騒な事を考え始めた一松をすり寄って癒す。

するとすぐに猫かわいい、猫好き、猫エンジェル……あ、猫エンジェルっていいなメモっとこ、と思考が移り変わったので安心する。

一松のことは大切な友達だと思っているけれど、時々面倒くさかった。


そうこうしている内に、玄関の開く音と二人分のただいまの声が聞こえた。

ナンパ待ちが成功しなかった(だろうね)カラ松と一緒に「もーチョロ松兄さん聞いてーカラ松兄さん最悪ー」とトド松が部屋に入ってきた。

チョロ松の腰に抱き付いているトド松を見てカラ松の心情は穏やかではなかった。


「どうした?」

「あのね、街で横断歩道を渡れないおばあさんがしたから、手を挙げて車が止まってくれるまで待ってたんだけどさ」

「へえ、トド松えらかったね」

「……え?いや女の人には優しいからね、僕」


行動で褒められることの滅多にない末っ子がおもむろに褒められ、照れて自身のストライクゾーンを広げた発言をしているが、カラ松は素直に「トド松はおばあさんまで好きなのか」とショックを受けていた。


「そしたら向かい側の道路にカラ松兄さんがいてさ、僕が手を挙げてるのに気付いて自分も手を挙げて対向車線の車も止めてくれたんだけど」

「うん」

「僕らの方に来ておばあさんの荷物を持ってくれたんだけど」

「いいじゃん」


今の話を聞いていて何が最悪なのか解らないとチョロ松と一松は首を傾げているが、ぼくにはトド松の心情が駄々漏れに聞こえてきていた。


「無事横断歩道渡り終えて、おばあさんに荷物返そうとしてたら通りすがりの人からひったくりだと間違えられちゃって」

「え?」


皮ジャンにドクロのベルト付けてスパンコールのズボンを履いたサングラスの若者がいれば、そりゃあ怪しいだろうな。

と、チョロ松と一松は思っているが、一緒にその場を見ていたトド松は失礼な奴だと思ったらしい。


「なにしてるんですか!?なんて聞いてきてさ!!あーームカつく」

「いいじゃないか、すぐにオーロドレディが事態を説明して事なきを得たんだから」

「よくない!!」

「丁寧に謝ってくれたし」


そりゃあひったくりを指摘するくらい正義感に溢れた人なら犯人と間違えた人に謝るだろう。


「なんで怒んないの!!?兄さんホント最悪!!!」


最悪ってそういうことか、とチョロ松と一松は納得した。

トド松は、もーーやだ!!だから普通の格好して欲しいのに!!と、心の中で牛のように吼える。

この末っ子がこんな金切声で怒鳴ることはそうそうない、それくらいショックだったのだろう。


「トド松、どうした?なんでそんな怒ってるんだ?」


弟の心兄知らず、カラ松は心の底から疑問に思い、それを口にする。

あーーあというチョロ松と一松の心のハモりが聞こえた。


「〜〜もういいよ!!兄さんなんか大ッ嫌い!!」

「……ッ!!」


うん、今こそその時かもしれない。


『僕は兄さんが好き』


久しぶりに、人の心を声に出す。

すっかり喋らなかったけれど、声は澱みなく出てきた。

嫌われるのが怖くて以前と同じ普通の猫のように暮らしてきたけれど、今のぼくはエスパーニャンコだ。


「エスパーニャンコ?」


トド松がぼくの方を見る。


『カラ松兄さんが何も悪い事していないのに、ひったくりと間違えられたことが悲しかった』

『僕は違うって言ったのに信じてもらえなかった、僕はカラ松兄さんを助けられなかった』

『あの人はちゃんと謝ってくれたけど、兄さんはきっと傷付いた』

『それなのに笑って許してしまう、お人好しなカラ松兄さんが嫌い』

『だけど僕はそんな優しい兄さんが大好きなんだ』


ぼくが一言口に出す毎に、トド松の頬が赤く染まっていく。


「う、嘘だから!!ニャンコが出鱈目言ってるだけ……」

『どうしよう僕がカラ松兄さん好きだってバレちゃう』


そこで慌てて一松がぼくの口を袖で塞いだ。

人前で自分の本心を暴露されることの辛さを解っているから見てられなかったのだろう。

だけど、エスパーニャンコよくやった!と心の中で褒めてくれている。


「トド松……」


カラ松の方も顔を真っ赤にしていた。


「いや、別に俺は傷付いてはいないぞ、誰かさんのお陰で言葉の暴力には慣れてるし図太いし」

「言葉の暴力……」


ああトド松が落ち込んでしまった。

そりゃあ自分が普段好きな相手に掛けている言葉を暴力だと言われたら落ち込む。


「違う!お前の毒舌は別にいいんだ、本気で俺のこと馬鹿にしてるけど、愛情を感じるっていうか」

「兄さんマゾなの!?怒っていいよ!目に余るようなこと言ったら!!」


自分じゃ自分の言葉がどれだけ他人を傷つけるか本当の意味で解らないから、でも身に沁みついた辛辣な物言いは治せそうにないし、これでコミュニケーションをとってるようなものだから、せめて本当に傷付いた時は教えてほしかった。


「……喧嘩しようよ、ちゃんと」

「ああ」


とはいえ、本気で喧嘩をしたら腕でも口でもトド松の方が弱いのを知ってる、昔からカラ松の強さを目の当たりにしてきたトド松はカラ松が凄んだだけで怯えてしまうのではないかと考える。

兄弟以外の相手には本当に卑怯で姑息な手を使う奴なのに、兄弟相手にそんなことしないし出来ない、自分が勝ちたい以上に兄が負けるところを見たくない気持ちが強いのだ。


「……」

「……」


黙ったまま赤い顔をして見つめ合うカラ松とトド松。

心を読まなくても二人とも心臓をドキドキいわせているのが解る。

チョロ松はパソコンの電源を落としてさり気無く玄関の方へと消えた。

そろそろ帰って来そうなおそ松を待ち構えて、その辺を散策しながら時間を潰そうと思っている。

十四松はほっておいたら夜まで野球三昧だろうから、夕方になったら二人で迎えに行こう。

一松ごめんね、と心の中で呟きながらチョロ松は家を出て行った。



ぼくはここまで心を読んで、とっても疲れてしまった。

トド松の告白のような言葉への返事は、もうとっくに普段のカラ松の心を読んで知っている。

だから、もうそろそろ眠ろう、さっきから出ていた大きなあくびをもう一度して、一松の膝で丸くなる。

一松が背中をゆっくり撫でてくれるので、すぐ眠れてしまいそうだ。


ありがたい ありがたい







END


エスパーニャンコの口調が解らないので捏造しました

最初タイトルを「みんなごみのおそ松さん」にしようと思ったけど別に誰もゴミにならなかったです