Sunset Only Stage ある晴れた昼下がり、トド松は女友達に誘われてランチに来ていた。 恋愛に発展しなかったけど今も友達付き合いを続けている、とても感じのいい子だ。 「トド松くんってあそこの高校だったの?今、妹が通ってるよ」 この日はなんでか高校時代の話になり、お互いの高校名を言うと意外と近い所にあると判明した。 彼女の妹が自分達の後輩だという情報を知らされると元々あった親近感がまた強くなる。 トド松がニコニコと話を聞いていると彼女はこう続けた。 「そういえばあの学校の体育館取り壊されるんだって」 この時、どんな顔をして彼女の話を聞いていたのかトド松は思い出すことが出来なかった。 69 69 69 69 69 69 木枯らし吹き荒ぶ師走の午後。 トド松は自分の前に聳える高い柵を見上げていた。 ここに来る前に見た自分達の通っていた古い校舎は無くなり綺麗な更地となっていた。 あの女の子の話ではソコに新しい体育館が建てられるらしい、その代わり老朽化が進んだ古い体育館は解体されてしまうという。 トド松は柵に足をかけると「よっ」と掛け声を出し飛び上がる、これで柵の半分くらいまで一気に上れたはずだ。 そのまま危なげなく柵を上りきり、反対側、施設内へと入ってゆく、人通りのない学校の裏なので誰にも見られていないだろう。 茶色い土に昨日まで降っていた雪が残っている、白い息を吐き出しながらトド松は足跡を残さないよう、雪の上を選んで目的地まで進んだ。 体育館。 立ち入り禁止の黄色いテープが張ってあるが構わず飛び越える、まだ解体作業は始まっていないので危険ではないだろう。 体育館横の扉の前でトド松はポケットからピックと呼ばれる金属で出来た細い棒を取り出した。 一番上の兄おそ松はこれで学校中の鍵を開けていたが、はたして自分に同じことが出来るだろうか、というか兄は何故こんなものを持っていたのだろうか……怖くなってきたので考えるのを止めた。 それを鍵穴に差し込みカチャカチャと動かしてみる、なんだかイケナイことをしている気分だ、イケナイことだけど。 「開いた」 適当に動かしていただけなのに本当に開いた。 良かった……窓ガラス割らなきゃいけないかと思っていた。 オザキの歌じゃないんだからそんなことはしたくないし、大きな音を立てると誰かに気付かれてしまうかもしれない。 「お邪魔します」 トド松は靴についた雪を落とすと、そっと体育館の中に入っていった。 もう取り壊してしまうだけなのだから土足で構わないだろう。 冬の日を浴びた体育館は、トド松を迎え入れるとほんの少し埃が舞い上がった。 古い木目の壁に、体育館特有の匂い、天井を見上げてみるが卒業時にはあったボールはもう挟まっていなかった。 けれど懐かしい。 ここだ、この場所で僕は――兄に愛を告げられた。 あれは、高校三年の文化祭の日だった。 カラ松は最後の部活動となる劇で見事主役を掴み取った。 自分は他の兄弟達と一緒に最前列で見たのだっけ、トド松はあの時の兄達の様子を思い出して笑みを零した。 劇の舞台は中世ヨーロッパで、自分の領主の娘と恋に落ちた青年が娘と共に駈け落ちするという有りがちな内容だったが、主役を演じているのがカラ松とあってトド松はどんどんその世界に引き込まれていった。 あろうことか、主役の恋人である娘に感情移入して……トド松は目を閉じて劇の内容を思い出す。 駈け落ちした青年と娘は暫く幸せに過ごすが、やがて領主の追っ手に見つかり連れ戻されてしまう。 屋敷に閉じ込められた娘と領地から追い出された青年、それでも青年は諦めきれずに皆に隠れて娘に会いにゆき、愛の言葉を捧げ続けた。 しかし結局見つかってしまい、怒った領主から娘の前で殺されてしまう、失意のどん底に落ちた娘は自らの命を絶とうとするが、その時に気付くのだ。 自分の体の中に愛する彼との子がいるということに……トド松はそこで急に現実に引き戻されたことを思い出す。 トイレに行くと嘘を吐いて劇の最後は観ていないが、他の兄弟から娘はその後ひとりで立派にその子を育て上げ、やがて青年の子はその国の姫と結婚し国王となったのだと聞いた。 国王の役もカラ松だったらしい、一人二役なんて聞いていないトド松は最後の王様然とした彼の演義を観ることができなかった……でも、それでいいのだと思う。 カラ松の子を産むことはできない。。 カラ松を王様にしてやれない。 そんな自分の無力さに気付いて、きっと泣いてしまっていたから―― 『愛する人よ、どうか私と共に逃げてください』 あの劇の中、娘に向かってカラ松は手を伸ばしていた。 『ええ、貴方と何処までも共に』 「いいえ、僕は貴方と共にはいけません」 気付けばトド松はステージに向かって、娘とは反対の台詞を吐いていた。 『私が貴方を幸せにして差し上げます』 「私では貴方を幸せにはできません」 青年は何と言って死んで言ったんだっけ? 『どうか、来世でまた会いましょう』 ああ、そうだった。 でも貴方はそんなこと言わないでほしい。 劇中の娘は自ら命を断って青年に会いに行こうとした。 『どうか、どの世にいても貴方が私を愛してくださいますように』 「どの世にいけば貴方と愛し合うことができますか……?」 演劇部の兄ほどではないがよく通るトド松の声は体育館の中で大きく響く。 気持ちだけなら娘を演じた演劇部の女の子にだって負けていない。 だって演技じゃないから…… 『愛しています。貴方は私の……』 「愛しています。貴方は僕の……」 そこから先を声に出せなかった。 貴方は僕の……この続きを認めてしまうのが怖い。 掌を握り締め、俯いてしまったトド松。 その代わりに―― 「俺の最愛だ」 背後から聞き慣れた低い声が響いた。 (へ!?) トド松は驚いて振り向く、そんな、まさか、居るわけない。 さっきも幻聴が聴こえたし、きっとそれだ。 そう思って振り向いたら 「カラ松、兄さん……」 その人はそこにいた。 カラ松はトド松を見て掛けていたサングラスを外す。 「最初は何をしているか解らなかったが、すぐにあの劇のこと思い出してるんだって解ったぜ」 「に、兄さん?どうしてここへ?」 カツカツと靴音を鳴らして近付いてくる、思い出の中と同じ人。 トド松の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱しはじめた。 「おそ松兄さんにお前がピッキング用のピックを持ち出したって聞いて」 「……」 黙って借りたのが失敗だった。 物が物だけに心配をかけてしまったろう、なのに自分じゃなくてカラ松を寄越すところがおそ松らしい。 「お前がなにか危ないことに首突っ込んでんじゃないかって心配で、後をついてきた……悪かったな」 「なにそれ……僕が独りで、そんな危ないことする訳ないじゃん」 「そうだな昔のお前なら絶対に俺を巻き込んでいたろう」 だが……と、そこで区切りカラ松はトド松を見詰めていた瞳を切なげに細めた。 「あの時からお前は俺と距離をとるようになったから」 あの時……俺が弟に愛を告げた時から―― トド松はカラ松から目を反らし、窓の外を見た。 冬の日が沈むのは早い、体育館はあの日と同じ夕陽色に染められていた。 「トド松」 「……あの時はごめん、何も言わずに逃げちゃって」 素直に謝罪の声が出た。 文化祭も終わり部活も引退した兄から呼び出されたのは前日にステージを終えたばかりのこの体育館だった。 普段冷たく接しているとは言え、兄の誘いを断ったことなど殆どない、逆に兄の方が忙しいとトド松の誘いを断る方が多かったくらいだ。 だから、部活のせいで大人しくなっていたカラ松が最後にとっておきの悪戯でも仕掛けるんじゃないかと、その相棒に自分を選んでくれたんじゃないかとワクワクしてこの体育館へやってきたのだ。 なのに、兄から告げられたのは、残酷な愛の告白だった。 飾り気ない「好きだ」という言葉に驚いて、その目を見れば家族への好意ではないと気付いて、トド松は怖くなって逃げ出したのだ。 本当は自分も好きだったのに、同性であることや兄弟であること、前日泣いた劇の内容なんかがグルグルと頭の中で渦巻いて、あの日の深夜は家族の前で大量に嘔吐してしまった。 それはカラ松への嫌悪感からではないと、結局言えないままでいる。 その後のカラ松が拍子抜けするほど以前通りに接してくるもんだから、彼の中ではもうすっかり終わってしまっているものだと思っていた。 けど、今この瞳はそれを否定する。 「トド松、少し俺に時間をくれ」 「はい?」 そう言うとカラ松は戸惑うトド松の手を強引に掴み、ステージの方へ歩き出した。 階段を上ろうとするカラ松にトド松は焦って声をかける。 「ちょ、ちょっと待って!靴!」 自分達は土足だ。 ただの体育館のステージを神聖な舞台だなんだと言っていたのは高校時代の自分なのにそれでいいのか、とトド松は止める。 するとカラ松は「演劇の時も靴を履いていたから問題ない」と答える、だからそれも室内履きだったろうと思うが彼がそう言うのなら構わないか。 ステージの中央まで来ると彼はトド松を自分の方へ向かせ、くしゃりと泣きたくなるような微笑みを零した。 「あ……」 咄嗟に何か言わなければと口を開いたトド松だったが、なんと言おうとしているのか解らない。 そうしているうちにカラ松はその場に跪いた。 兄のお気に入りの服が埃だらけになってしまうと、いつも痛い格好だと言っているくせに焦ってしまった。 トド松が立ち上がるように言う前に、カラ松は顔を上げ真っ直ぐ強い眼差しをトド松へ向けた。 さながら主に傅く騎士のようだ。 「愛する人よ、どうか私と共に闘ってください」 ぶわっと、体の芯が泡立ったように感じた。 それは甘美な響きだった。 共に闘う、幼い頃は当たり前で、いつの間にか当たり前じゃなくなったこと。 この人の横で背中を預けて、負けそうになったらどちらかを見捨てて一人で逃げるような関係だったけど、トド松にとっては何よりも大切なものだった。 「貴方を苦しませるものや悲しませるものは全て私が排除します。だから貴方も私を苦しめるもの悲しまれるものから守ってください」 「……兄さ」 「できなかった時は共に不幸になりましょう」 貴方となら、それも構わない。 演技がかったカラ松の声が誇らしく体育館に響く、ああ流石元演劇部だ。 低く厚い声を今は自分が独り占めしているのだと思うとたまらなくなってくる。 「今世かぎりの恋でいい、だから私と共に生きてください」 カラ松はトド松の手を取り、そこへ己の額を当てた。 「俺はお前を愛してる」 最後だけ、トド松にだけ届くような声で告げられた。 彼の二度目の真剣な告白。 正直、今すぐすがり付きたい程魅力的な申し出だった。 でも駄目だ。 子供の頃なら迷わずその手を取っていただろう、でも自分達はもう大人だ。 大切な人も責任もある。 トド松はカラ松が取っている方と反対の手で顔を覆い、ぶんぶんと横に振った。 「駄目、駄目だよ兄さん」 「トド松は俺が嫌いか?」 「違っ……酷い、兄さん」 その答えにカラ松は小さく鼻を鳴らす。 ゆっくりと立ち上がり、トド松の顔を隠している手を取り、両手を恋人とするように握りしめた。 「なぁトド松、お前どうして今日ここに来た?」 「え……?それは、この体育館が壊されちゃうって聞いて」 今更な質問に咄嗟な嘘が吐けなかった。 「なんでだ?お前は部活も入っていなかったし、ここに特別愛着があるとは思えないが」 わざわざ忍び込んでまで来る理由があるのか?と、兄の瞳が訊いてくる。 「だって、ここは」 愛着の理由なんて一つしかないじゃないか 「カラ松兄さんが、僕に好きって言った場所だから」 あの日と同じ夕陽の中で…… 「お前な……それを聞いて俺に諦めろって言う方が酷な話じゃないか?」 困ったような兄の顔を見てトド松は初めて己の発言の重大さに気が付いた。 69 69 69 69 69 69 揃いも揃ってクズに育った松野家六つ子、その長男はよくも悪くも自分本意な生き物だ。 「で?結局返事は保留になったってわけ?」 カラ松は頬杖を付きながらニヤニヤ笑うおそ松に苦笑交じりに答えた。 「ああ……アイツも俺を好きではあるが付き合うかどうかは別問題だと」 「ふーん」 ピッキング用ピック持ち出しの件でおそ松に事情を話したら、巧みなお兄ちゃん術で全ての事情を聞き出されてしまった。 この兄のことだから最初から全てお見通しだったのかもしれないが…… 「おめぇら、誰に聞かれるかもしれねぇ屋台でよくそんな話が出来るな」 二人が座っているのは昔馴染みのおでん屋のカウンター。 店主のチビ太は呆れながら二人に出す酒を注いでいる、そうは言ってもカラ松はよくここに相談を持ちかけるので今更な心配だ。 「それで、兄貴はどう思う?」 「どうって何が?」 「俺とトド松が、そういう関係になることについてだ」 「そうだなぁ、正直二人とも弟の恋人にはしたくないタイプ?」 本当に正直にそう言うとカラ松は目に見えて沈んでしまった。 おそ松の反応はニュートラルであったし、自分達を気持ち悪がっている様子はなかったので「俺は応援するぜ!」ぐらい言ってくれるのではないかと期待しながら聞いたのだ。 「カラ松とトド松だって恋人の兄がこんなんじゃイヤだと思うぜぇ」 「うわっ否定できねぇ!」 「……たしかに」 明らかに自分が貶されているというのにおそ松はケラケラ笑って「じゃあお互い様だな」なんて肩を組んでくる。 この兄のこういうところは見習いたい。 「でもさ、お前もし俺に反対されたとしてもアイツを諦める気ないんだろ?」 「……まぁな」 「じゃあ一緒じゃん」 チビ太は大きな目をぱちくりさせながら松野家の長男と次男を見た。 珍しく素の状態のカラ松はおそ松の言葉が遠まわしな肯定だというのに気付いていない、少しばかしネガティブになりつつ、それでもトド松を諦めないと言う。 たしかに血の繋がった同性の男ということを差し引けばトド松は脈のあり過ぎる相手だ、諦めるのはもったいないとチビ太も思う。 「まぁ!たまにこうして奢ってくれんならよ、協力してやってもいいぜぇー?」 お前らがラブラブになるまでよ!! と、機嫌よく笑って日本酒の入ったコップを掲げるおそ松にカラ松が呆気に取られているのが何だか面白かった。 END こんな風におそ松兄さんをオチに使うのが私の中でブームです 流石兄さん そんでもって肝心のカラトドの告白シーンなんですが、現実にありえなすぎてサイコパスに見えなくもないです でもサイコカップル上等です |