Sunset Only Stageの続きです。

有心にして招く
「だから、王将はバカボンのパパ、角がアッコちゃん、飛車がニャロメだとするでしょ」

「うんうん」

「いや、意味解んないから……特に飛車がニャロメってなに、そこはせめて主役に……」


松野家次男は休日(毎日休日だけど)の午後をのんびり過ごしていた。

五男に将棋を教える三男と六男の声を聞きながら窓の外を眺めると四男が猫と遊んでいるのが見える、長男はパチンコにでも行ったのだろうか……


「あ、ねぇねぇチョロ松兄さん、僕ちょっと出掛けるからさ昼ご飯いらないって母さんに言っといて」


十四松が将棋に飽きてきたのを感じ取ったのか、トド松が思い出したようにチョロ松へ話しかけていたのを見たカラ松。


「んー?わかった」

「どこ行くんだ?」

「へ?」


窓際から話し掛けると突然のことに驚いたのかトド松の方がびくりと震え上がる。

何故か恐る恐るといった風に振り返り、トド松は「えっと、ちょっと手袋を買いに」と狐のようなことをしどろもどろに答えた。


「俺も行っていいか?」

「はい?なんで」

「誰かと一緒に行くのか?」


デートならば邪魔はしないと言うとトド松は「そんなんじゃないけど」と少し拗ねたようにカラ松を見上げた。

先日、この弟に告白したのはカラ松だ。

トド松は自分もカラ松が好きだが兄弟だから気持ちには応えられないと、彼を振った。

それを踏まえてこの兄の発言は酷いと思う、自分を振ったトド松と一緒に出掛けようとするのもデートじゃないかと聞くのもデリカシーが無さ過ぎるのではとトド松は憤る。


(まあ、ずっと逃げてるわけにはいかないけど……)


告白されてからというものトド松はそれとなくカラ松と二人きりになることを避けていたが、なんせ同じ家に住む六つ子の兄弟なのだから、ニートをしているうちは二人きりになる機会だって幾らでもあるだろう。

関係が拗れてしまう(この兄に限ってそれはないと思うが)前に、避けるのを辞めて以前のような自然な兄弟の形に戻りたい。


「わかった……あ、着替えなくていいからね」


二人ともパーカーにジーンズでいい、道行く人にはいい歳して双子でお揃いの服を着ていると思われるだろうが普段六人色違いの服で出歩いているので慣れっこだ。


(って、思ってたんだけどね)


商店街へと続く道の端を歩きながら前を行くカラ松を見る、外に出て歩いてみると六人でお揃いより二人でお揃いの方が断然恥ずかしい、以前はこんなことを思わなかったのになと音もなく苦笑した。

こういう時は惚れている方が車道側を歩くのがセオリーと言うが、チョロ松から「この道は危ないから一列で歩きなさい」と言われた狭い道なので今はカラ松の後を追うかたちだ。

二人並んで歩くときカラ松が当たり前のように車道側へ回るように、一列で歩くときはトド松が当たり前のように後ろへ回る、これは自分の方がカラ松を慕っているからだろうとトド松は思う。

惚れているのが兄で慕っているのが弟、ああなんて不健全なんだ。


「……どうした?」


立ち止まって数秒すると、カラ松が振り返った。


「後ろに目がついてるみたいだね、兄さん」


わざと馬鹿にしたように言うと「お前だからな」とトド松にとっては要領を得ない答えを返されてしまう。

意味がわからないよ……そう呟きながら頬が赤く染まってゆく、こんなことならマスクをしてくれば良かったと今更後悔した。


トド松本人はいつも可愛くしているつもりでも兄からは「顔芸が凄まじい」と言われるくらい感情が表情に出やすいのだから、いくら鈍いカラ松でも気付かれてしまうかもしれない。


「いい!何でもない!早く行こう兄さん!!」

「わっ!こら危ない」


後ろから背中を押すがびくともしない兄にキレそうになるが、そんな情緒不安定な子供みたいなことはしたくなかった。


「どうしたんだ?」


ついに完全に振り返ったカラ松がトド松の正面に立った。


(ああ……あの時と同じ)


横にいることも後ろにいることも背中合わせになることも平気で、嬉しく感じることすらあるのに、正面で対峙するのはなれない。

サングラスをしていてくれてよかったと思う、そうでないと澄んだ瞳に全て見透かされるようで落ち着かない。


(一松兄さん十四松兄さん助けて……)


思わず上二人の兄に助けを求めてしまったトド松だが、もしあの二人がここにいても助けてくれないことは解っていた。

カラ松が兄弟を傷付けるようなことはしないと思っているから、トド松はこんなに痛い思いをしているのに、カラ松こそが傷付いた兄弟を助ける役目だと頼っているから、兄弟だから、カラ松のことを兄弟だと思って信じきっているからだ。


「僕さぁ……カラ松兄さんのこと信用してるんだよ」

「え?」

「兄さんとの楽しい思い出が沢山あるもん……これから兄さんがどれだけ痛いことをしたって嫌いにならない、甘えるし頼る代わりに僕も絶対兄さんのこと見捨てない、たとえ家を離れたって僕達の絆は切れないよ?それじゃダメなの?」


兄弟として結ばれていればいいじゃないか、不安定な恋人の地位なんかいらないじゃないか、トド松はカラ松の瞳を見れぬままそう伝える。


「でも、そんなの他の兄弟と一緒じゃないか」


カラ松は真っ直ぐトド松を見詰めて、淡々と返してきた。


「お前が今言ったことは、他の兄弟に対してもそうじゃないか」

「違ッ!態度が全然違うじゃん!!」

「でも根本は一緒だろ?それぞれ個性があるからそれに合わせて扱いは変わるけど大事に想う気持ちにそう差はない筈」

「……それの何がいけないの」

「お前はそれで満足なのか?」

「質問に質問で返さないでよ」


カラ松の言うことはいつも難しく、トド松には理解できないけれど今の質問の意味は解ってしまった。

そして思ってしまったのだ。


「満足だよ」


思ったこととは反対のことを口にする。

嘘なんて数えきれない程吐いてきたのに、自分の気持ちに嘘を吐くのがこんなに痛いことだなんて初めて知った。


「兄さんとは兄弟でいたい」


もうイヤだ

これ以上嘘を吐かせないでよ


トド松の逸らされた瞳の奥にそんな訴えが見える。


「そうか…… 」


そう言ったカラ松は踵を返し、また前へ進みだした。

トド松もその後に続く「この道は狭くて危ないから歩きスマホはダメだよ、どこの道でもダメだけどな」と言われていたのを思い出し、仕方なく兄の足元を見ながら歩いた。


(今日はここまでだな……)


カラ松は曇り空を見上げながら白い息を吐き出した。

自分が吐き出したものは遠くに行って早く消えていく気がする、トド松の吐く息はほあほあとして温かく見えるのに不思議だ。

先程は立ち止まった弟も今はちゃんと付いてきているようで、少しだけ安心した。

もう帰ると言い出しかねないと思ったからだ。

実際、あともう一言カラ松が何か口にすればトド松は走り去ってしまったろう……鈍感と言われていたカラ松だがトド松の行動パターンはなんとなく読めてしまうようになっていた。


実際、なにを考えているかわからない兄弟達の中では解りやすい部類にトド松はいるだろう、本人は猫を被っているとか可愛い振りをしていると思っているようだが、それ以外の感情も表に出しているし、ツッコミは我慢しない。


それでもトド松の言動がなにを意味しているのか理解はできないけれど――何度も聞いていれば思い知らされる。


(好きなのに恋人になるのがイヤなんてな)


我ら六つ子がずっと兄弟でいるなんて当たり前のことではないろうか。

トド松の心を戒めている兄弟の絆はカラ松にとって大事なものだから、それを越えたくはないという弟の想いも尊重したいと思う。

それでもトド松を諦めたくはないという自分の想いも同じくらい尊重したいし、されてもいいと思うのだ。


(勝手にやらせてもらうとするか)


カラ松は小さく笑みを零した。

幸いトド松はカラ松を避けたり誘いを断ったりはしないので、ゆっくり接し方を変えてゆけばいつか恋人同士のような触れ合いができるようになるかもしれない。

二人とも外部との関わりが多い部類ではあるが、トド松は他人の前では自分を偽るゆえ家族以上に深い関係になることは考え難く、カラ松もありのままの姿を見せて愛してもらおうと思う相手なんてトド松しかいなかった。


だから焦らなくてもいい。


「あっ」


そう思っていたカラ松の耳に少し高い声が届く。


「どうした?」

「え?いや……」


振り返ってみると携帯の画面を見て困惑しているトド松の顔があった。

携帯の画面とカラ松を交互にチラチラと見る彼に、もしかしたら女の子から誘いの連絡でも入ったのかと思った。

自分といる時にそんな連絡が入ったとすれば正直面白くはないが、焦らなくてよいと今思ったばかりだ。

寛大に許してやらなければ……とカラ松は苦渋の選択をするような気持ちになりながら笑顔を作った。


「用事が出来たなら俺のことは気にしなくていいぞ、レディを悲しませ……」

「違う!!」

「え?」


見るとトド松は泣きそうな表情でカラ松を見上げていた。

女の子からの誘いならこの兄にバレないようそっと断っているというのに、何故そんな風に言うのだと怒りが湧いたのだ。

そして泣きそうな理由はそれだけではなかった。


「あの……これ」


トド松がカラ松に携帯の画面を見せてきた。

SNSアプリに、かわいい兎のアイコンが載ってる。

勝手に見ていいのか?と戸惑いつつその子からのメッセージをカラ松は読んだ。



“トド松くんの母校の体育館、今日取り壊しが終わるんだって”


“校舎の時もそうだったんだけど明日にはなんにもなくなっちゃうよ”


“ごめんね突然変なこと言って”


“でもトド松くんが気にしてたから”



この子の名前は見た事がある時々電話のやりとりもしている、仲の良い女友達だ。

おそ松から「いま狙ってる子か?」とからかわれ「この子とはそんなんじゃない」と珍しく強い口調で否定していたから、本当に友達だと思っている子なのだとカラ松は認識していた。

友達だからきっと兄弟には見せない顔を見せている。



“お兄さんが立ってた舞台なんでしょ?”



そんな子が、こんなメッセージを送ってきたということに、ただ純粋に驚いた。


「カラ松兄さん」


トド松が袖を掴んでプルプルと震えていた。

この姿を見て、どこがドライなんだと思うが普段は本当にドライなのだ。

他人の前では普通でも兄弟しかいない場所ではドライモンスターな弟が時々こうやって人間臭さを見せるから兄達はギャップを感じてしまう。



「い、一緒にきて……?」


そう言われてしまって断れる筈がないだろう。


カラ松はトド松の手を掴むと走りだした。

狭い道だから危ないだとか、一列で歩けだとかいう忠告は忘れさられていた。

かなり強く握られているのにトド松は文句も言わずカラ松についていった。




「はぁはぁ……」


学校の裏に辿り着いた二人は乱れた息を整えようと同時に肩を揺らす。

握る強さは弱まったけれど手はまだ繋がれたまま。

見上げた先では、解体された体育館の残骸が詰まれた数台のトラックが今にも走り出そうとしている。

カラ松は学校の出口へトド松を引っ張っていった。

そして、叫ぶ。


「すみません!!」


演劇部で鍛えた良く通る声が校舎裏に響く。

トラックが一台止まってカラ松とトド松の顔を交互に見た。

双子だから珍しいと思ったのだろう。


「なんだ?にいちゃん達」


トラックの窓が開き顔を見せたのは中年の人の良さそうな男だった。


「……俺達、この学校の卒業生なんです」


トド松もぶんぶんと首を縦に振る。


「演劇部で、あ、コイツは違うんですけど、俺は演劇部で、あの体育館には思い出が沢山あって……」


つい先程までカラ松はトド松の為に走っていた。

トド松が寂しがるから体育館を見に来て、トド松の為にトラックを呼び止めたのに、気付けば自分の為に話している。

演劇は己の青春だった。

普段は忘れているが、演劇に情熱を注いだ日々は今でも大切なものとして心に残り続けている。


「だから、なんでもいいんです。なにか、思い出に」


こんなに必死に誰かに話しかけたのは久しぶりで、カラ松は言葉を選んでいる余裕がなかったが幸いにもソチラの方が他人には言いたい事が伝わる。


「そっか、アンタ演劇部か……それなら丁度いい」


二カっと笑ったトラックの運転手は座席から降りて、荷台の紐を解いてくれた。


「ステージの床材だ」


そんなもの持って帰って何になるんだろう、というか一松には呆れられチョロ松には叱られてしまいそうだ。

などと思いながらもカラ松とトド松は手を一本ずつ出してそれを受け取った。


「いい松を使っているから、丁寧に剥がしたんだよ」

「え?」

「松?」

「ああ、そうだけど、どうかしたかい?」

「いえ、なんでも……というか再利用するものなんですか?」

「僕らが頂いてもいいんですか?」

「いいよ一枚くらい、にいちゃん達みたいな人にもらって貰えればコイツも喜ぶだろう」

「そうですか……ありがとうございます……」

「ありがとうございます」


ただの木の板を見詰め何かじーんと噛みしめているカラ松とぺこぺこと何度も頭を下げるトド松を微笑ましく見ていた運転手だったが、ハッと気が付くと急いで荷台に紐を結び直しだした。


「じゃあオッチャン次の仕事があるからもう行くけど、大事にしてくれな!」

「はい、勿論です」

「すみません忙しい呼び止めちゃって」

「いいってことよ」


本当はこんなことをしてこの人は怒られないだろうか、と不安に思ったトド松だったが、それを言って板を返してくれと言われてしまっては困るのでただ謝罪するだけに留めた。

こんな時にも計算してしまう自分があまり好きではないが、一番ほしいものを我慢しているのだから許してほしい。


「じゃあな!仲良くしろよ兄ちゃんたち!」


そんなことをトド松が思っている内にトラックの運転手はまるでカップルに声を掛けるように言ったあと走り去って行った。

残されたのは二人の兄弟と一枚の床板。



「……手袋を買いにどころじゃなくなったな」

「うん、流石にこれ持って電車には乗れないね」


帰ろうか、とトド松が声を掛ける。

カラ松はそれに頷き、折角だから学校の周りを一周していかないか?と提案する。

成人男性が手が木の板を持ってウロウロしていたら不審者に思われそうだが、まあいいかとトド松は了承した。

手を離してもらうタイミングをすっかり失ってしまったが、学校を一周する間くらいは繋いでいていいだろうと自分を甘やかす。


「本当に無くなってしまったんだな」


体育館のあった場所を見上げ、寂しそうに呟くカラ松にトド松の胸が痛んだ。

形あるものはいずれ壊れる、そして人間は壊れる前に壊してしまう臆病な生き物だ。

形ないものは壊してしまいたくても出来ないものが多いのに――


「憶えてるよ」

「え?」

「兄さんが出演した舞台全部、どんな小さな役でも一生懸命演じてたの憶えてる」

「トド松」

「あの頃、兄さんがどれだけ真剣に演劇に取り組んでたのかも憶えてる、一回ズルして主役とっちゃったけど実力的には兄さんの方が主役に相応しいと思ってたし後悔はしてないよ」

「……そうか」

「他のことも全部……」


全部……と、もう一度言ってトド松は唇を噛みしめ上を向いた。


「やっぱちょっとさみしいね」


無理をして笑うその頬に触れたいと思ったけれど、手には一枚の板を持っている。

代わりに繋いだ手を強く握れば、トド松は驚いたあとに「えへへ」とカラ松の顔をみて笑った。


残酷な弟だと、感じるのはこんな時だ。

こんな風に好意を示しながら、どうして好きだと言わせてくれないのだろう。


でも……


「大丈夫さ」


自分達には過去もあるけれど未来だってあるのだから。

たとえ無限大に広がるような可能性を持っていなくても、ひどく狭い道しか残されていなくても構わない。


そこに自分の最愛の人がいることは確実なのだから――





END



最後までお読み頂きありがとうございます

ぶっちゃけると材木が木材持ってるところを書きたかったんです

この話の仮タイトルが「イエスの生まれた日にノーは言わせない」だったのは私だけの秘密です

クリスマス関係ない……

このカラ松ぜんぜん弟を口説き落としてないっていうか、弟が勝手に落ちている

弟からの愛って青い鳥みたいに探さなくてももう既に自分の近くにあるんだね(笑)