消えぬ雪が累々と

男所帯のクリスマスなんてきっとどの家庭も特別なことなんてやってないだろう。

しかも全員が成人済みであれば家族で過ごす事すら珍しく、きっと普通の人は仕事やバイトがあれば働き、恋人がいる者はデートをする、それが成人男性のクリスマスだとトド松は思っていた。

そしてそういう“普通”が通用しないのが松野家の兄弟達だとも理解していた。


だから、今年も何も言わない。


「なー今年のクリスマスケーキなんにする?」


おそ松がテーブルの上にペラペラしたものを置くと散らばっていた兄弟がそこに集まる。。

ペラペラしたものを見るとチラシと注文票で、チラシにはクリスマス仕様のケーキが数種類並んで載ってた。


「ああもうそんな季節か」


チョロ松はおそ松の横から覗き込むようにチラシを見ながら言った。

松野家六つ子のクリスマスは特に何をするわけでもないが毎年皆でケーキを食べるという習慣がある。


「俺はこのオーソドックスなショートケーキがいいんだけど」

「兄さん去年もそんなこと言ってショートケーキになったよね、別にそれでいいけど」

「みんなは?」

「別に」


一松が言えば弟達は皆頷く。

おそ松の意見にチョロ松が賛同すれば他の兄弟達は特に反対することはない、味よりも量というか、同じ味のものを兄弟で平等で分けることが出来ればそれでいいという考え方だった。

トド松も特に文句があるわけではなかったし一人だけ違うものがいいと言ったとしても無駄だと長年の経験で解ってしまっている。

「違うものがいい」なんて我儘なことは言わない、他の兄弟と違うことをしたって痛い目に遭うだけ、トド松はそんな風に思っていた。


「おそ松兄さんそれいつものケーキ屋でしょ?僕これから出掛けるからついでに注文出してくる」


トド松がそう言うと注文票を書いていたおそ松が顔を上げる。


「マジ?じゃあ頼むわ」

「トッティどこ行くの?野球?」

「野球じゃないよ十四松兄さん、気になる本があるから立ち読みしに行くだけ」

「立ち読みって、買えよ」

「ちょっと読んでみて面白そうだったら買うよ」


十四松やチョロ松と笑顔で会話しつつ立ち上がったトド松は「準備してくる」と行って二階に上がっていく。


「クソ松」

「アダっ!!」


その後ろ姿を見た一松が思い切りカラ松に踵落としをしたが、彼の唐突な攻撃はいつものことなので皆気にしていなかった。




69 69 69 69 69 69




商店街の隅にあるケーキ屋は自分達が高校生の頃に開店したものだ。

美味しいと評判のそこのケーキを食べてみたくて六人で父にお願いしてクリスマスケーキを予約してもらったのを憶えてる。

ケーキを食べる習慣はそれからだったけれど、クリスマスを家族で過ごすのはその前から、六人が別々で過ごしたことなど生まれてこの方ないのではないかと思う。

高校を卒業して成人になって、誘ってくれる女の子がいたとしてもトド松はその誘いを馬鹿みたいに断っていた。

抜け駆けを許さない兄達が怖いのもあったけれど、クリスマスという日を一緒に過ごしたい人がそこにいたからだ。

ずっとこのまま六人で過ごす事はきっと叶わないけれど、この習慣がこの先ずっと続けばいいと祈っていた、去年までは――


(恋人と過ごすクリスマスか……)


本屋に着いたトド松はお目当ての本を探す前に雑誌コーナーで立ち止まった。

目に留まったのはタウン情報誌、クリスマスを前にデートに使えそうな場所やおすすめのプレゼントの情報が載っているんだろう、普段のトド松なら手に取って見るそれを今回は無視した。

クリスマスデートなんてワードは頭の中から抹消してしまわなければ、ふとした時に考えてしまうだろう、トド松は元来こういったイベントごとが好きな方だ。

でも家の中でそのことを考えてはならない、クリスマスを意識させることがあれば今日みたいに家から離れるようにしなければバレてしまう、意外と兄弟の変化に敏感な一松や十四松に気付かれてしまったらどうしようかと不安だった。


トド松は読みたかった本を見つけて立ち読みせずにレジへと持って行く。

学生の頃に読んだ恋愛小説のスピンオフ本だ。

この本には前作で主人公に恋をしていた主人公の妹の、主人公がヒロインと結ばれたその後が描かれているらしい。

その手の話にお決まりの“実は血の繋がらない”妹だけれど、兄はそのことを知らないで妹を妹として扱っていたし妹も自分の心に蓋をして兄に接していた。

学生時代の自分はヒロインに恋をする主人公でも、主人公に恋をするヒロインでもなく、この妹に感情移入したのだっけ、とトド松は苦笑する。

血の繋がらない男女だけれど根っこにあるのは兄妹愛で、妹は兄を兄と認識した上で恋をしていたからトド松の気持ちにリンクする部分があったのだろう、六つ子で同性の兄に恋をした自分よりずっとマシじゃないかと軽視することもなかったのは作家の力量に違いない。


舞台装置の一人に過ぎなかった妹の心情をあれだけ丁寧に書いたのだから、その妹が主役のスピンオフにも期待できた。

公園のベンチに座ったトド松は、そっとその本を開く、あの妹が幸せになっていればよいと思う気持ちと、幸せになんてなってほしくないという想いを交差させながら、最初の一行に目を通す。

きっと読み終わえた頃には、恋人とクリスマスを過ごしたいなんて願いは消えてしまっている。




「あー、もー」


数時間後、無事その本を読み終えたトド松はグズグズとなる鼻を啜りながらもう一度「ああーー」と唸る。

結論から言うと、期待以上だった。

結果的にあの妹は新しい恋を見つけたわけではないが、幸せにはなっていたとトド松は感じる。

作者は男性で、前作のファンの殆どは主人公に感情移入をしていたのだろうから、妹が他の男と結ばれる話よりもずっと主人公に恋をし続ける健気な女性でいてほしいという気持ちが強かったのだろう、妹の方に感情移入していたトド松だって心のどこかでそれを望んでいたように思う。

前作の主人公とヒロインを見守りながら、主人公の妹としてヒロインの親友としての幸せを見出している姿はまさに理想だ。

一件バッドエンドにも見えるけれど、そこに達するまでに起こる葛藤や周囲との諍いや苦悩を殊更丁寧に描いているからか、納得できてしまう。

きっと前作同様に一般受けはしないマイナー作品になるだろうけれど、いい話だった。

妹が最後まで妹として兄に恋していたところも、トド松にとっては勇気づけられた。


「そろそろ帰らないと好い加減寒い」


ポケットティッシュで鼻をかんでゴミ箱に捨てたトド松はカチコチになった背中を伸ばし自身の肩を抱き締めるように擦った。。

昼間とは言え十二月の公園はとても冷える、そこで数時間も読書をしていたトド松の身体は芯から冷え切っている、風邪を引くかもしれない。


まあニートの自分は風邪を引いても困らないし風邪を引けば兄と離れて眠れるから、そうなった方がラッキーだ……なんてことを考えてトド松は持っていた本をバッグの奥底にしまい込んだ。

好きな本の趣味がバラバラな六つ子達は結局買わなかったと言えば誰もどんな本だったのかなんて詮索してこないだろう、最初に本屋に行くなんて言わず適当な嘘を吐けばよかったかもしれないが知人の多い商店街なのでバレてしまう可能性もある。

嘘を吐くなら最小限に、これが上手な嘘のコツだと誰かが言っていた。


「ただいま」

「お帰り、遅かったな」

「うん、折角出かけたんだからと思ってブラブラして来ちゃった」

「本は買わなかったの?」

「うん」


家に帰ると他の兄弟達が銭湯に行く準備をしていたので、トド松も持っていたバッグを定位置に置いて銭湯準備にとりかかる。

帰って来たばかりだが、また出掛けることになりそうだ。

なんとなくカラ松の方を見れば十四松と一松に絡まれているので自分はおそ松とチョロ松の方に寄った。


銭湯までの道でもカラ松に近付くことはしない、これは最近気付いたことだけれどカラ松からトド松に近付いてくることは滅多にない。

家の中にいても鏡を見ていたり窓の外を見ていたり、カラ松の私物で遊ぶ一松や、奇行に走る十四松の方を見ていることの方が多いし、六人でなにかをする時に一番意見を仰ぐのは長男のおそ松と三男のチョロ松だ。

構いたいのも構われたいのも自分ばかりなのだろうな、とトド松は苦笑した。


何年も弟をしていれば兄の行動パターンなんて読めてしまう、なにか伝えたいことがあっても“こう言えばこう返される”というのが解ってしまう、カラ松の語彙は独特なので台詞までは予測できないけれど、トド松が寂しいと言えば優しくしてくれるのだろうと思う。

ただ、寂しいと思う理由までは理解されないと解っているから言わないでいた。

末っ子故にかトド松にいつの間にか備わってしまった諦め癖は、今日読んだ本の中の妹も持っていたものだ。


銭湯につけば、流石に裸で他の男の近くにいられるのは厭なので意識して隣をキープするし極力話しかけるようにしたが、やはり痛い発言しか返って来ず折角の銭湯だというのにトド松は体も心も休まらなかった。


「……」


銭湯の脱衣所の椅子に体にタオルを巻いた状態で座りボーーと足元を見つめるトド松。

浴室を出て暫く経っても、逆上せたような感覚が残っていた。

これは、早くも風邪を引いてしまったのか、さっきまで平気だったからもっと後でかかるものだと思っていたのに……


(早く着替えなきゃ……でもダルイなあ)


立ち上がろうとしても足に力が入らず、また椅子に沈みこんでしまう、タオルを敷いているとはいえオッサンと関節ケツした状態でずっといたくはないのだけど、体が上手く動かせる気がしない。


「どうした兄ちゃん?どっか悪いのかい?」


ふらついたところを見られたのか近くで着替えていた男性が声を掛けてきた。

トド松は顔を上げて「大丈夫です」と言うが、声に力が入っていなかった。

兄達は傍にいないのだろうか、夏場は脱衣所内で買えるコーヒー牛乳を飲む兄達だが、冬の時期はトド松が髪を乾かし終わるのが遅いから外へ出て温かいコーヒーを飲んで待っていることがある。


「すみません……外に僕と同じ顔をした人が五人くらいいると思うのでカラ松って人を呼んできてもらってもいいですか?」


何を言っているんだろう、とトド松は思った。

自分でどうにか立ち上がって着替えて兄達の待つ場所に行けば、遅いって言葉と共に温かいコーヒー缶を渡してもらえるんだぞ、その瞬間が好きなのは自分だろう。


「それよりも早く着替えた方が……ほら立てるか?」

「だから……カラ松って人を……」


トド松は自分を気遣う親切な男性の手を振り払ってしまった。

頭の中で申し訳ないな、でも裸の状態でカラ松兄さん以外の人間と密着するのは厭だ……と思っていると横からスッと影が伸びてきた。


「どうした?トド松」

「……あ、カラ松兄さ……」


この声は二番目の兄のものだと、朦朧とする意識の中で思った。


「アンタこの子の兄弟かい?さっきから具合悪そうなんだよ」

「そうか……すみません、もう大丈夫なので」

「あ、ああ、お大事にな」


どこか戸惑ったような男性の声が聞こえ気配がひとつ離れていく。

それからすぐに違う、よく知った気配が近づいてきた。


「トド松どうしたの?」

「熱があるみたいだ、トド松の着替えを持ってきてくれるか?」

「あいあいさー」

「十四松にいさん……ごめん」


パタパタと離れていく黄色い何かが十四松なのだろう、自分の両肩を支えてくれている手がカラ松のものだと解るとホッとした。


――よかった……カラ松兄さんじゃない人から触られたらどうしようかと……


先程の親切な男性に対しかなり失礼なことを思ったトド松は自嘲気味に笑った。

本人は心の中で思っているだけのつもりのようだが、声に出ていてしっかりカラ松の耳にも入ってしまっている。


「持ってきたよ……ん?カラ松兄さんどうしたの?兄さんまで顔赤いけど」

「コイツが馬鹿なだけだから気にすんな」


一松の声まで聞こえて、トド松の安心感が頂点に達した。

目を閉じて体をカラ松へ預けるとそのままトド松の意識はドロップアウトする。


「トド松!?」


最後に焦ったような兄の声が聞こえた。




69 69 69 69 69 69




気が着くと自宅の居間で、トド松はひとり用の布団に寝かされていた。


「あ、気付いたトド松、お前スゲー熱あんだよ」


傍にいたのは、おそ松だった。


「う……、カラ松兄さんは?」

「くくっ、お前第一声がそれかよ?ほんとカラ松カラ松だな」


お兄ちゃん妬いちゃうーーなんて笑うおそ松を睨みたいが、そんな気力もない。


「違う、迷惑かけちゃったから謝ろうと……」


最後に寄り掛かったのは彼であったし自分を此処まで運んだのも兄弟の役割的にカラ松だと思うから謝罪したいのだと言えば、おそ松はスッと目を細めて微笑んだ。


「大丈夫、アイツは迷惑なんて思ってねえし、役割だからってお前を運んだわけでもねえよ」

「……そっかぁ」


――カラ松兄さんは本当にお人好しなんだから


「お前に頼られて誇らしげにも見えたよ、まあ心配してたけどな」

「……そういえば……みんなごはんは?」

「台所で食べた……それよりお前、水分摂って今日は寝とけ」


呆れたように笑ったおそ松が冷却シートの貼られたトド松の額を軽く叩く。


「今はキツイかもしれないけど座薬入れたし、そのうち楽になるだろ」

「うぇ?座薬!?」


座薬と聞き驚いて目をかっぴろげるトド松、いやトッティだ。


「だ、誰が挿れたの!?」

「そんなのカラ松に決まってんだろ」


他の野郎がしたらカラ松に殺されるわ、と、おそ松が続ける前にトド松から大きな溜息が漏れた。


「よかったぁああ……じゃなくて本当ごめんなさい兄さん」


トド松の頭の中はカラ松で良かったという気持ちと、申し訳ないという気持ちとで複雑だ。

そもそも何故座薬を入れたという疑問も浮かんだが、意識を失う程の熱を出したのだから妥当な判断だったのだろう。


「……」


おそ松は目の前で懺悔しながら唸っている末弟を見て苦笑した。

この弟に、座薬を挿入した瞬間お前はカラ松の名前を呼んで彼の袖をぎゅっと掴んでいたんだぞ――と伝えたらどうなるのだろう?その声を他の兄弟に聞かれてしまった瞬間の彼の表情のことも……

面白いことになりそうだが、それはトド松が回復した後か、腹立たしいことをされた時にとっておこうとおそ松は思った。


「とりあえず、はい水」

「あ、ありがと」


唸っていたトド松だったが、おそ松がストローを指したコップを差し出してきたので横を向いて吸い込んだ。


「明日カラ松が病院連れてくって言ってたから、薬はそれまで我慢な」

「え?大丈夫だよ、寝てれば治るから」

「行かないならデカパン博士うちに呼ぶ?」

「よろこんで行かせて頂きます」

「そうそう、いい子だ」


そう言って頭を撫でられる。

たかが数分か数時間しか先に生まれていないのに兄貴振るおそ松に少しムッとしたトド松だったが、今の自分は強気に出る事は出来ないなと何も言わない事にした。


(カラ松兄さんと病院か……)


この時期にカラ松と二人きりになることは避けたかったし、彼の運転する車なんて妙な思い出が多くてそわそわしてしまいそうだが、風邪を引いてる時なら少しくらい様子がおかしくても不審には思われないだろう、暫く風邪を理由に離れて眠れるのだから、怪我の功名だ。

トド松はホォと熱い息を吐いて、枕に頭を預けた。


「じゃあ、俺は上に行ってるから早く寝ろよ」

「はーい」


おそ松が電気を消して、部屋を出て行くとトド松は一気に静寂に包まれる。

普段なら兄達の寝息や衣擦れの音などが聞こえてくるのに今日はそれも無く、静かな中で眠れそうだ。


そういえば何故あの並び方で眠るようになったのだっけ。

たしか最初おそ松が自分は長男だから真ん中だと言い出して、ついでに怖がりのトド松も真ん中が良いだろうと決めてしまい、寝相の悪い十四松が端で寝ることになり、おそ松と十四松の見張り役だとか言ってチョロ松がその間に入り、一松が自分は端っこがお似合いだとかまた意味の分からないことを言って端を陣取り、最後にあまった場所にカラ松が入ることになった。


――ああ、そっか消去法でカラ松兄さんは僕の横になったんだな


天井を見詰めながらトド松は思い至った。

熱の所為かいつもよりネガティブに物を考えてしまう、いや、最近ずっと自分はネガティブだとトド松は自覚していた。


カラ松と想いを伝えあってもうすぐ一年が経つがカラ松はまだ自分のことを恋人だと思ってくれているだろうか?

よく女友達と遊ぶトド松が言えたことではないけれどトド松と付き合ってからもカラ松はカラ松ガール探しを辞めないし女性を口説く時も積極的だ。


カラ松からの告白で付き合い始めたけれど、手を繋いだのもキスしたのもセックスに誘ったのもトド松からだった。

まだ不慣れではあったけれど観察力の長けたトド松はカラ松が“そういう気分”になると目敏く察し自分からカラ松を誘い出して抱かれた。

家でしたら誰かに見つかるかもしれない、ホテルに行く金もない、だからトド松の誘い文句はいつも「ドライブ行こう」だった。

車で人気の無い場所まで行って、後部座席を倒してカラ松の首に腕を回す、車を汚さない為コンドームを使うのは挿入するカラ松よりも外に撒き散らすトド松の方が多かった。

行く前に中を浄めある程度自分で慣らしていたけれど、やはり車の中でするセックスは受け手に負担が掛かる、カラ松に気持ちよくなってもらおうと精一杯努力したが物足りなかったようで、数ヶ月で「暫くセックスは控えよう」と言われてしまった。

自分の体の痛みなど省みずもっと大胆に動けばよかったのだろうか、トド松はカラ松に抱かれるだけで幸せだったのに、カラ松は違ったのかとかなり落ち込んだ事を覚えている。

カラ松が“そういう気分”になる度にAVで慰めているのを知って惨めになった。


それから、トド松は肉体的に満足させられないなら精神的に満足してもらおうと沢山デートに誘って行った。

カラ松にも男の矜持や兄の意地があるだろうと支払いは割り勘かカラ松の奢りにしたが、極力安上がりのデートプランを立てたし、使わせた分カラ松に服をプレゼントしたりもしたが、それを疎ましく思われてしまったかもしれない。

素直ではないこの口は服をプレゼントしながら「兄さんの格好が時代錯誤だから」「一緒に歩くのが恥ずかしいから」などと辛辣な言葉を浴びせていた。

本当はカラ松とデートというだけで鼻唄が出るくらい舞い上がるし、カラ松の魅力など自分達家族が解っていればいいのだから格好なんて好きにさせてやればよかったのだ。

行き先も服装もトド松に決められたデートなんてきっと楽しくなかったのだろう、カラ松が自分ではなく兄のおそ松を誘って外出しているのを見た時からトド松はカラ松をデートに誘えなくなった。

デート代を稼ぐ為にしていたバイトも辞めてしまって、バイト中に女の子へ相談していた恋愛の悩みが全てトド松の胸の内に貯まってしまっている。


――カラ松兄さんのことだから僕との関係を勝手に終わらさせてるかも……


弟と恋人になることを人生の通過地点の一つくらいにしか思っていないのかもしれない、もうそこは通り過ぎて次の通過地点を目指しているのかもしれない……そう考え至って、トド松は首をブンブンと横に振る、いくらサイコパスだからってカラ松はそこまでクズじゃない。

でもこのまま自分と付き合っていたってカラ松に良いことなんて一つもないとトド松は思う、既に恋愛感情がなくなっていたとしても優しいカラ松は自分を振ったりできないのだろう、可哀想な兄だ。


セックスに誘えなくなったってトド松の視線はいつもカラ松に向いている、カラ松の変化に一番最初に気付き指摘する、デートに誘えなくなったってトド松の意識はいつもカラ松に向いている、外出するタイミングを合わせて駅まででも、そこの門まででもいいからと、一緒に行こうとする。

もし彼がそれに気付いていたとしたら鬱陶しいと思われているかもしれない、今日だって銭湯でカラ松を頼ってしまった。

兄を呼んでもらえれば良いのに熱で朦朧としていたからかカラ松を名指しで呼んでもらおうとしていたのを本人に聞かれてしまった。

カラ松は優しいから兄として慕われているなら嬉しいと感じてくれそうだが、恋人としてならどうだろう?もうトド松へ恋心を持っていなかったら鬱陶しいだけではないか?


鼻の奥がツンとして、天井に吊るされた小さな電気が揺らいで見える。


「風邪が治ったら……」


出来るだけ家の外へ出よう、カラ松のいないどこか他の暖かい場所で、あの本を読んで過ごしていよう。

そうしていつか、あの本の中の妹のようになれたらいい……そんなことを思いながらトド松は眠りについた。




一方その頃、二階の寝室では――


「なぁカラ松」

「なんだ?兄貴」

「トド松の風邪クリスマスまでに治るといいな」

「……ああ」

「大丈夫でしょ、アイツ体だけは丈夫だし、逆に今のうちに引いといて良かったんじゃない?」

「だよな、折角俺やチョロ松が協力してやったのに風邪で中止になっちまったら一発殴る」

「なんでだよ」

「いや、その時は俺を殴ってくれ」

「わかった」

「なんでお前が殴るんだよ一松、まぁ僕も成功を祈っとく」


等という会話が為されていた。

一人事情の見えない十四松が兄達に訊ねる。


「成功ってなんすか?」

「クリスマスデート作戦」

「ホテルでセクロス作戦」

「兄貴……」

「なんだよソレ目的だろ?」

「違う、たしかにアイツの体に負担のかからない場所で抱いてやりたいと思ってはいたが」


車の中でのセックスで身体を痛めていると気付き、次はきちんとした場所でしようと思っていたが、場所とシチュエーションの理想が高すぎて準備に数カ月を要してしまった。


「兄弟の前で弟犯す話してんじゃねぇクソ松、トド松いねぇんだからもっとそっち寄れ、せめぇんだよ」

「……すまない」

「だいたい体の負担とか考えるならウチの布団ですりゃいいじゃん折角トド松の横で眠れるようにしてやったのに全然手出さねえもんな」

「それはヤメろ、隣で寝てる方の身にもなれ」

「キメェ……んなもん十四松に聞かせられねえ」

「え?カラ松兄さんとトド松なら大丈夫だよ!大事な兄さんと弟だろ!」

「大事な兄と弟だからこそ無理なこともあんだよ……」

「お、一松がデレたーー珍しいーー」


と、おそ松がからかえば何故か一松の鉄拳がカラ松に入った。


「ぐはぁ」

「まぁ、どうしてもやりたくなった時は言ってくれたら僕らみんな出払ってやるよ」


というか何故こんな話をしているんだろう、末っ子がいないから下ネタもしやすいのか、あの末っ子も下ネタくらい大丈夫なのだが……まあ自分達の性事情を語る趣味はないだろうな、と一松は思った。


「あと一つ忠告しとくけど、お前トド松の前ではもう少し素で喋った方がいいぞ、好きな人の言葉ひとつで振り回されるもんだから、好意はもっと解りやすく伝えた方がイイ」


特にトド松はカラ松の言動をいつも注視しているし、人の心の裏を読もうとして考えすぎるきらいがある気がする。

カラ松と付き合うならもっと馬鹿になった方が楽なのに、好き過ぎて全て真面目に捉えてしまう。


「ヒュー!言うねえチョロ松、君は誰の言葉に振り回されてるんですかーー?」

「茶化すな殺すぞクソ長男」

「そうだなトド松はもっとクソ松に合わせてレベル落とした方が楽だと思う……」

「一松兄さん……」


兄達の酷い物言いに弟達が怒ったり呆気に取られているのを聞きながら、カラ松は自分もあの弟と話したいと思った。

正直どうしてトド松が「痛い」と言うのか、どうして本当に「痛い」時には我慢してしまうのか解らない。

それでも自分はトド松がどうしようもなく愛おしいし、トド松から愛されている自信はある。

これからの先もあの弟の傍にいられるように、共に人生の最終地点を目指せるように、この関係をもっと進めていきたい。

だから今、少しずつでも理解していけたらいいと……そう願ったのだ。







END


最後までお読み頂きありがとうございます


私はクリスマスイブも当日も仕事ですけどクリスマス=ポインセチアの日だと思ってるんで幸せです

ポインセチアあんな可愛いのに樹液白くてトロっとしててちょっと毒があるんですよホント可愛い

いつか恋人できたらポインセチアの葉っぱに文字書いて贈ったりしたいです(男の人は鉢植えの花もらって嬉しいんでしょうか)

ところで今、虎使い一松と虎カラ松と、兎使いのチョロ松と兎トド松と、犬使いおそ松と犬十四松でなんか世界の頂点目指すぜ的な妄想してるんですが

自然と戦闘担当カラ松と諜報担当トド松と探査担当十四松ってなって一松がナチュラルに戦闘要員化するんですがあの人どうやって闘うんでしょう…包丁?

あと、おそ松兄さんからハニートラップ強要されるチョロ松と「非常食」ってあだ名で呼ばれるトド松コンビが可哀想かわいいと思います(兄さん酷い)

みんな満月の夜だけ完全に動物になっちゃって可愛いといいし逆に満月の夜だけ人間化するのもいい、カラ松の救護するトド松見てみたい、だいたいそんな感じです(?)