不思議クスリスク
先日、結婚して二十余年の我が家の両親に離婚危機が訪れた。 それは兄弟達が引き離される危機でもあったけれど、どうにか乗り越え、松野一家は平穏な日々を過ごしていたのだが…… 「ワッセワッセワッセワッセドゥーン!!」 ガッシャーン!! 平穏な昼下がりに不穏な音が響く、どうやら十四松が玄関を破壊したらしい、毎回思うが、どういうことなんだろう。 チョロ松は電話の応対をする十四松の話を聞きながらその都度ツッコミを入れてやる。 「なんかねトド松がハセベのリスクで変態なんだって」 「ハセベって誰だよ……替われ」 チョロ松が受話器をひったくり耳に当てると電話の向こうで喋っているのはデカパンだった。 彼の話によるとデカパンの薬の被験者という高額バイトに応募してきたトド松が誤って容量以上の薬を飲んでしまったそうだ。 なるほど十四松は「博士の薬で大変」だと言いたかったのか……大変じゃないか!! 「やばいよ皆!!トド松が大変なんだ!!」 「ん?なんだよ?チビ太に誘拐されたのか?」 「ほっとけばそのうち返してくるんじゃない?」 「……」 あっけらかんと返してくる長男四男と一瞬にしてトラウマに苛まれる次男。 チョロ松はうちの兄弟あいかわらずクズだなと思いながら叫んだ。 「違う!今度はマジであいつ死んじゃうかもしれないんだって!!」 デカパン博士の変な薬を大量に飲んじゃったんだって!と聞いて漸く焦りだした兄弟達は、急いでデカパンの研究所へと走り出した。 69 69 69 69 69 69 「で?これが大変な状況なわけ?」 「ホエホエ……そうだスよ」 訪問早々五人に殴られたデカパンは屍のように床に伏せながら息も絶え絶えに答えた。 今に始まった話ではないけれどこの六つ子は酷いと思うダヨーン。 『ごめん、僕が飲む量を間違えちゃったんだ……』 しょぼんと落ち込んだトド松の頭上に白い吹き出しが浮かんでいる。 上記の台詞はそこに書かれていたものだ。 まるでゲームのキャラみたいだと思いながら六つ子は尚も『ああなんでこんなことになっちゃったんだ』と嘆き続けるトド松の頭上の文字を目で追っていた。 浮かんだ文字は十秒くらいで更新されてしまうのでこれは結構速読の技術がいるのではないだろうか。 「ほんの少し素直になれる薬を渡したんだスが、沢山飲んだせいで素直な感情が吹き出しになって現れるようになったんだス」 「エスパーニャンコの時も思ったんだけど謎な副作用だよね」 「もうひとつの副作用として吹き出しに思っていることがそのまま出る代わりに言葉を声に出せなくなっただス」 「ああ……まあ俺たちニートだし、薬の効果が切れるまでならあんまり困らないかもしれないけど」 デカパン相手ならば少しはマトモに会話が出来る一松と十四松が事情を聴いている間もトド松は『僕の馬鹿ぁ』と落ち込んでいる。 薬の容量を守らなかったこともだが、そもそも薬の被験者なんて胡散臭いバイトに手を出したことも問題だ。 「なあ?なんでお前こんなバイトしようとしたんだ?スタバァで働いてた時の金やレンタル彼女の時にイヤミから取り戻した金がまだ残ってるだろ?」 『……もっとお金が必要だったから』 「は?」 いくら守銭奴とはいえ身体を張って金を稼ぐようなキャラではないトド松がそんなことを言うのでチョロ松は眉を寄せる。 『カラ松兄さんを養うにはもっとお金が必要だと思って……ってこれも文字に出てるんだよね!?やばっ!読まないで皆!!』 「は?」 読まないでと書かれてもトド松の方を向いていればイヤでも目に入ってきてしまう吹き出しの文字。 「俺を養うとは?」 『だってチョロ松兄さんが養うって言ったから!!』 「は?」 『言ったじゃん!扶養ドラフトの時!カラ松兄さんに養ってやるって!!』 「ああそういえばそんなことも言った気が……」 母から見放されてしまったカラ松を励ます為にチョロ松が言ったのだ。 あの時はどちらが兄だか解らないと思ったのをおそ松は思いだした。 言ったチョロ松と言われたカラ松がすっかり忘れていたようなことを、一番に扶養が決まったトド松が憶えていて気にしていたようだ。 『ああバレちゃったよ!いつかカラ松兄さんに預金通帳見せて「僕を選んでよ」って言うつもりだったのに……』 「なんだそのロマンスの欠片もないサプライズは」 「カラ松兄さんクズだと思われてんねーー」 「プロポーズのとき見せるのって普通指輪とかじゃないの?」 『プププ、プロポーズじゃないから!!僕ら兄弟だし!!もう籍一緒だから!!ただカラ松兄さんのことは僕が養いたいってだけで……ああもうだから読まないでってば』 「なんで文字なのにドモるんだよ」 必死で頭上の文字を追っている六つ子は気付かないがトド松の顔は青くなったり赤くなったりで忙しない。 一方、先程から養うと言われているカラ松は耳を赤くさせながら格好付けたように髪をかき上げた。 「フッ……我が家のドライプリンセスをここまで魅了してしまうとは俺は罪な男だな……だがたとえノーマネーであっても愛さえあればエブリシングノープログレム、お前となら暗黒の航海に小舟で乗り出すことも躊躇わないぜ」 「お前ちょっと黙ってろ」 「一生実家から離れないとか言ってるくせに」 『カラ松兄さん……ありがとう』 「ってオイ!ここはいつもみたく「イッタイねえ」ってツッコミするとこじゃないのか?」 「多分トド松そんな余裕ないんじゃないかなー?」 と言って十四松がトド松の頭を撫でると、トド松はその胸に飛び込んでギューと抱きしめた。 頭上の吹き出しに『うわぁああああん!!!僕の味方は十四松兄さんとカラ松兄さんだけだよぉぉぉぉお!!!』と浮かぶ、文字なのに五月蝿い。 味方じゃないとされた他三人は少しカチンと来た。 「なあ?デカパン、このバイトっていったい幾らもらえんの?」 「ホエ?一種類につき五万ってことになってるだスが」 「マジで!?」 「ちょっとおそ松兄さん……」 末弟が目の前でこんなことになっているのに長男ときたら金の匂いを察知するとコレだ。 「ちなみに他にどんな薬があるんだ?」 「今回はこの薬だけを実験しようと思って準備はしてないんだスが、現在開発中の薬一覧はあるだス」 と、パンツの中から一枚紙を出してきた。 おそ松がそれを摘まんで読むとチョロ松も気になったのか横から覗き込む、おそ松に「お前そっち側持てよ」と言われ一瞬イヤな顔をするが仕方なくおそ松とは反対の端を持つことにした。 デカパンの発明の効果は知っているので、こういう一覧は興味深い。 「ねぇデカパン博士……この“声が百倍でかくなる薬”って何?トド松に使ったら凄く五月蝿いと思うんだけど」 「ああそれはライブや行事の時にマイク要らずで実況出来るように作ったものだスよ」 「普通の会話もでかくなったら困るんじゃ……」 「じゃあこの“イイトコに当たるとビンゴ〜って音が鳴る薬”って何のために発明したんだ?」 「鈍感な彼氏に彼女を気持ちよくしてもらうアンド素直じゃない彼女に素直になってもらう為だス、被験者募集してるところなんだスけど……」 「これまだトド松に投与されてないんだよね、良かった……」 「あとこれ意味わかんないんだけど“歩く度に足から音階の音が聞こえてくる、どんな曲になるかは気分次第”て……なに?デカパン、音系にハマってるの?」 「そこらへんの薬は正直作っていて楽しかっただス」 「でしょうね」 「この“一日だけ記憶を消す薬”ってのは?」 「それは告白する勇気のない若者に勇気を与える薬だス、まあ一日で効果が切れてしまうんだスが」 「“一日だけ記憶を消す”ってそういう意味?うわぁ詐欺じゃん」 「ていうか犯罪に使われそう……」 「そうだスか?じゃあこの“人の顔がみんな梨に見える薬”は?大勢の前で話す時に緊張しなくて済むだス」 「いや同じ顔が何個もならんでたら逆に怖いと思うよ」 「ハッ!六つ子のお前が言うかよソレ〜」 「確かにそうだね、フフッ」 「……」 「……」 「……」 弟のことをほったらかしで、そんなやりとりをしている長男と三男とデカパンを見て『やっぱり僕の味方は十四松兄さんとカラ松兄さん、時々一松兄さん』と吹き出しに浮かばせるトド松。 これには一松もムカっとする。 「丁度いいじゃん、今コイツ嘘吐けねえんだろ?今のうちに普段聞けないコイツの本音きかせてもらおうよ」 なんてカラ松と十四松を見て悪い笑みを浮かべた一松。 自分はエスパーニャンコの時に散々暴露させられてしまったのだ……この際トド松にも同じ目に遭ってもらおう。 そんなこと思うからいつも味方だと思われないのだと誰か一松に言ってあげてほしい。 『え?え?マジやめて本気やめて』 「おいトド松が嫌がってるじゃないか、やめてやれよ」 『……カラ松兄さんが庇ってくれた……カッコイイ』 「え?」 滅多に見せないデレを垣間見た気がしてカラ松は固まった。 その隙に一松は質問する。 「へえ?他にクソ松のどんなとこがカッコイイと思うの?」 『あんまクソ松とか言わない方がいいよ?一松兄さんだってカラ松兄さんイイお兄さんだと思ってるでしょ、僕知ってるんだから』 「……クッ」 末っ子を困らせようと思ったら自分まで困るような事を言われてしまった一松、だがそんなことを気にしていたら何も始まらない(別に始めなくても良いのだが) 「俺のことはいいじゃん、それよりトド松はカラ松のどこがいいのさ?」 『……どこがいいって聞かれても困るな、どんなとこでも好きだなって思っちゃうんだから……ってやっぱりコレ黙ってようと思っても勝手に浮かんでくるし!』 トド松は床に伏せて頭をかかえた。 吹き出しに『無心だ!無心になれ!!』と浮かんでいる時点で無心になれていない。 あと、やめろと口では言っても物理的に一松を止めようとしないカラ松も本心ではトド松の気持ちが知りたいと思っているんだろう。 「どんなとこでもって、例えば?」 『えっと、痛い格好してくるけどファッションに気を使ってるところは僕と同じだと思うし、一緒にいるとこ誰かに見られたら恥ずかしいけど、忙しそうな時でも僕が誘ったら付いてきてくれるところとか嬉しいし、逆に僕を誘ってくれたら他の用事ほっぽってでも付いて行きたいって思う、あと外でご飯食べる時も眉寄ってるからもっと美味しそうに食べてほしいって思うけど家の中だと美味しそうに食べるから家族の前ではリラックスしてるのかなって嬉しく思うし、音立てて食べるのはもう慣れたし、話全然聞いてない風に見せて実は僕らが言った「痛い」って発言も気にしてて皆を傷付けたくないって言うところは優しいし、女好きなとこは僕も一緒だから別に責めるようなとこじゃないよね……年上の女性が好きなのに僕を好きになってくれたのは本当に嬉しい、僕が今以上に怖がりだった小さい頃からずっと傍にいてくれて、ギュッと抱きしめてくれると安心するっていうか、カラ松兄さんさえいてくれたら何も怖くないって思えるんだ……カラ松兄さんは博愛っぽいとこあるからたまに嫉妬しちゃうけど誰にでも優しい兄さんを尊敬してるし、あとデートの時……あれデートだよね?僕一人がデートだと思ってるとかじゃないよね?うん、デートの時にさり気無く車道側を歩いてくれたり買い物したら荷物を持ってくれるとカッコイイって思っちゃう!カッコイイって言ったらエッチの時の兄さ』 「もういいよ!!ごちそうさま!!」 「わー、一松兄さんの大声久しぶりに聞いたぁ」 僕もうちょっと聞いていたかったなぁと言う十四松とは逆にこれ以上ただの惚気を聞かされ(読まされ?)るのは御免だと一松は止めた。 なにこれ砂糖吐ける…… 「お前凄いな」 『くそ恥ずかしい……でも一松兄さんだってエスパーニャンコの時すごかったよ』 「……こういう系統の薬はもう作らせない方がいいんじゃないかと思う」 一松は俯せているトド松の頭をポンポンと叩いて慰めながら、彼の思っていることに心の底から同意する。 これは恥ずかしい、最初はちょっとした意地悪のつもりで聞いたのだが想像以上にトド松がカラ松を好きなもんだから途中で可哀想になった。 普段これの十分の一でも好意を示していたら恥ずかしさも半減するんだろうな……と、だいたいの人間に対して素直ではない一松は同情する。 逆に普段から素直な十四松は「好きなとこいっぱい聞けてよかったね」と思いながらカラ松の方を見た。 カラ松は茹蛸のように赤くなっている。 「ほら、カラ松くん可愛い恋人があんだけ愛を示してくれてんだからお前も何か返さないと〜」 「ちょっと、おそ松兄さんっ」 立ちつくすカラ松の肩に腕を回しからかうおそ松をチョロ松が止めた。 「もういい……勘弁してくれ」 とその時、喋れない筈のトド松から、くぐもった声が聞こえてきた。 白い吹き出しももう消えている。 「あら、もう薬の効果切れちゃった?」 「あれだけ飲んでも一時間だスね……メモメモ」 少し残念そうなおそ松に、薬の効果をパンツの中から出したノートに書き込んでいくデカパン。 自分の発明で被害を出したというのに副作用のことまで知れて彼は嬉しそうだ。 「ご協力ありがとうトド松くん、これ約束の五万だス」 「あ、今アイツそれどころじゃないと思うから俺が代わりに預かっとくよ」 「お・そ・ま・つ・に・い・さ・ん!?」 長男に預けると確実に競馬に消えることは解っているので三男がそれを没収した。 この給与袋もデカパンのパンツの中から出てきたのでオッサンの裏側のような臭いがする、もしかしてエスパーニャンコあの時デカパンのパンツの中に逃げ込んでたんじゃないかなんて関係ないことまで考えていると…… (お?) 隣に立っていたカラ松が動いたことに気付きチョロ松はハの字にしていた眉を少し上げた。 カラ松がトド松の方へ歩いて行くと足音で解ったのかトド松が匍匐後進で逃げ出すが、それより早くカラ松が彼の元にたどり着く。 両脇に手を入れられヒョイっと持ち上げられた末っ子は次男の顔を見てスッと目を逸らす。 チョロ松の位置からはカラ松がどんな表情をしているのか見えないが、傍にいた一松がウンザリしたような顔をし十四松がキラキラと見上げてるのを見て相当なキメ顔を作っているのだろうと知れる。 そんな顔をカッケーなんて言ってくれるのは十四松だけで、ときめいてくれるのはトド松だけだぞ、と笑いが漏れる。 顔を合わせた長男が「帰るか」と目で言ってくるので頷いてから傍へ寄る、手招きすると一松や十四松もやってきた。 「じゃあなデカパン、また来るよ」 「お邪魔しましたデカパン博士、もうウチの弟に変な薬を……」 投与しないで、と言いかけてチョロ松は止めた。 今回の件でトド松も懲りたであろうし、カラ松がこの後ちゃんと言って聞かせる筈だ。 「トド松のバイト代、カラ松に預けとくからな」 そう言ってカラ松のズボンの後ポケットに封筒の中身を突っ込んだ。 「じゃあねバイバーイ」 「……バイバイ」 十四松と、十四松に促された一松が挨拶するとデカパンは「またおいで」と微笑む。 おそ松、チョロ松、一松、十四松が帰った後、暫くしてカラ松とカラ松に手を引かれたトド松も無言で出て行った。 デカパンも二人には何も声を掛けずに見送った、多分声を掛けても聞こえないだろう。 「失敗は成功の種……とは少し違うだスか」 でも、自分の発明した薬のおかげで一組のカップルがなにやら燃え上がりそうだと感じたデカパンは、また新しい薬の制作に取りかかるのだった。 彼の作る薬の所為で迷惑をかけることは多々あれぞ、この世に薬が生み出される理由はひとつ「誰かが幸せになるように」それだけ思っていれば彼は立派な発明者だ。 END |