演距離恋愛

――夢の中のキミはごめんねって泣くんです


――自信満々な顔をして僕の手を引いてくれているのにその裏側で泣くんです


――だから僕は言うんです


――いちぬけた……って


――その所為でまたキミが泣いたとしたって構わないんです


――もうキミになんか守ってもらわなくていいんだから


――これからは僕がキミを守るんだから





【演距離恋愛】





庭の落ち葉を集めなさいと母に命令されたのは、たまたま家にいたチョロ松とカラ松だった。

ごくつぶしの自覚がある二人が母に逆らえるわけもなく寒空のした大人しく箒を動かしていた。

おそ松がいたら焚き火しようぜ焼き芋焼こうぜ等と言い出すだろうが、それをやって家族全員分の洗濯物に匂いがついてしまって以来母から禁止されている。

彼が帰ってくる前に終わらせようと必死になった結果、思ったよりも早く終わらせることができた。



「なあ次のデリバリーコントどうする?」


落ち葉をゴミ袋に詰めながらチョロ松は何気なしにカラ松へ訊ねた。

突然始まるデリバリーコントは特に相方が決まっているわけでもない、こんな風に兄弟と二人または三人でいる時に誰かが「そろそろ何かするかー」と言ってメンバーが決まる。

その中にカラ松がいれば必ず意見が聞かれていた。

彼が元演劇部とあって世界の名作から日本の古典まで詳しいからだ。

ただ練習中に演技指導もしてくるので、彼と一松が同じコントメンバーになるといつも以上にウザがられ、時々それがイヤなのかトド松なんかは兄弟に内緒で他人とコンビを組むこともあった。


「メジャーな物語は一通りやったからな」

「マイナーな物語だとコントには向いてないだろ」


“本当は○○シリーズ”は観客という名のターゲットが元ネタを知っていなければ面白みがない。

映画やアニメは趣味がバラバラなのでどうしても古典的なものになってしまうが、そろそろネタ切れだった。

ここらへんで違うシリーズに切り替えた方がいいのかもしれないとカラ松が思っているとチョロ松は思い付いたように言った。


「そういえば舌切り雀まだやってなかったな」

「ああ、舌切り雀な」

「どういう話だったっけ?」

「……たしか昔々やさしい爺さんと意地悪な婆さんがいて、そこに怪我した雀がやってきた。爺さんはその雀を治療して可愛がるんだけど婆さんはそれが面白くないと思っていた。ある日婆さんが家の障子を張り替えていると雀がやってきて婆さんが作った糊を食べてしまった……あ、当時の糊は米でできていたかららしい、怒った婆さんは雀の舌を切って家を追い出してしまう。それを聞いた爺さんが雀を探しに行くと一軒の宿があった。雀のお宿だ。爺さんはそこでもてなしを受け帰りに土産を持たされる、大きな葛籠と小さな葛籠どちらがいいかと聞かれた爺さんは荷物になるからと小さい方を選んだ。家に帰ってその葛籠を空けると中から宝物が出てきた。そしたら婆さんは今度は自分が雀のお宿に行こうと考えた。そして雀のお宿まで行った婆さんは爺さん同様大きな葛籠と小さな葛籠どちらがいいかと聞かれ大きい方を選び持ち帰った。しかし道中どうしても中身が気になった婆さんは葛籠を開けてしまう。そうしたら中から魑魅魍魎が現れた……って話だった」

「ああ、そう、そんな話だったな、よく憶えてんなカラ松」

「演劇部で一度やったことがあるからな」


ていうか今のカラ松よく喋ったな、と思いながらチョロ松は「ふーん、そっか」と腕を組んだ。

そして物語の中のツッコミ所をひとつひとつ上げていく、コント作りの過程で必要なものだった。


「舌切り雀の婆さんって多分雀に嫉妬してたんだろうな、爺さんが雀ばっか可愛がるから」

「そうかもしれないな」

「あと雀はなんで糊なんて食べちゃったんだろ?爺さんから餌貰ってたろうし、土産で宝物もたすくらい裕福な家の子なんだろ?育ちがいい割りに食い意地が張ってるよな」

「そもそも帰れるなら自分ちに帰ればよかったのにな」

「もう少し爺さんから可愛がられたかったのかもしれないな……あとさ、婆さんなんで自分が行っても同じように雀から宝物もらえると思ったんだろ?普通に考えて無理だろ、馬鹿じゃない?」

「……まあ、優しい爺さんの嫁だからな、根は純粋なのかもしれない」

「そうだよ、そもそもなんで優しい爺さんと意地悪な婆さんが夫婦になってんだよ」

「ん?見合いじゃないのか?昔は家どうしが許嫁を決めていたらしいからな」


このまま彼女が出来なかったら自分達もお見合いさせられるかもしらない、無職ニートの自分達と見合いをしたいなんていう物好きはそうそういないだろうが、とカラ松が思っていると、チョロ松はまた思い付いたように言う。


「でもさ、舌切り雀の爺さんって意地悪な婆さんがいなかったら畑の作物を全部動物に食べられてとっくに飢え死にしちゃってそうじゃない?

「へ?」

「だって雀って昔は害獣じゃん、それの看病してるくらいだから自分ちの畑が荒らされても追っ払うこともできないんじゃないかな?爺さんは、だからきっと畑にくる動物を捕まえるために罠を張ったり鉄砲で撃ったりしてたのは婆さんの方なんだよ」

「……」

「それにこの爺さんお人好しっぽいから騙してやろうって人もいたかもしれない、そういう時も婆さんが追っ払ってたんだろうね、その度に爺さんからあまり他人を疑い過ぎるなって言われてそうだけど」


婆さんからすれば爺さんの方が他人を信じ過ぎるなと思っていたかもしれない。


「この婆さん欲深いなって思うけど宝を独り占めしようなんて思ってなかったと思うよ、爺さんと二人で暮らす為には貯蓄が多い方がいいもんね」


そこまで言ったチョロ松は、カラ松の方を見て苦笑した。

どうしたのだろうと首を傾げる一つ上の兄に三男は静かにこう続ける。


「爺さんが爺さんになるまで心が綺麗なままでいられたのって婆さんが守ってくれてたからだよ、爺さんが手を汚さなくていいように、爺さんが生活のこととか何も心配せずにいられるように、他人から愛される人でいられるようにしてくれてたんだよ」


そんなこと他人からは理解されないし、あんな心の綺麗な人とは釣り合わないと自分で自分を責めてしまっていたかもしれない、でもずっと長い間続けてこれたのは、相手のことを愛していたからだ。


「多分ね清廉潔白に見える人間って傍に誰か代わりに汚れてくれてる人がいるんだよ」


チョロ松はカラ松から目を逸らして、溜息を吐く。


「って思うんだけど、流石にこれはコントのネタには使えないね、笑い所がないもん」

「あ、ああ……そうだな」


カラ松は自分達がデリバリーコントのネタを考えていたことを思い出した。

今の話を聞いて、なにかが心に引っかかる、釣り針が刺さったまま逃げ出した魚はこんな気持ちなのだろうか――


「寒いからさっさと片付けて家の中入ろう」

「あ、うん」


そうやって次男と三男は伴って家の中に戻っていった。

母から礼を言われ、冷凍の肉まんを温めて出してもらえたのを二人で食べていると、四男五男も帰って来た。


「ただいまーーあ!兄さん達だけ肉まん食べてる!ずりー!」

「おかえり、これは労働の成果だから」

「ただいま……おいクソ松一口寄こせ」

「おかえり、いやお前一口で終わんないだろ」

「冷凍庫にあると思うから二人分温めておいで」


と、チョロ松が言ったところでカラ松が何かに気付き。


「いや、三人分だ」


そう言った。


「へ?」

「ただいまーー」


その時、玄関の方から末弟の声が聞こえてきた。

三人は目をまんまるに開いて次男の方を見る。


「な?」

「兄さんスッゲー!!なんでトッティ帰ってくるって解ったの?」

「フッ……勘だ」

「なんで溜めた!?でも凄いな」

「チッ」

「ただいまー?賑やかだねぇ」

「あ!おかえりトッティ?」


白系のコートとマフラーを抱えたトド松が扉を開けた。


「外寒かったよ、やっぱ家の中は暖かいね」

「炬燵以外は暖房付いてないけどね」

「そうなの?みんながいるからかな?」

「うん?」


十四松が首を傾げたのに気付き、トド松は慌てて首と手を振った。


「ほら人口密度的な意味でね!?人がいたら気温は高くなるよねって意味だからね!?」

「うん、解ってるから早くコートとマフラー片付けといで」

「じゃあ俺肉まん温めとくから降りてこいよ」

「え?……ありがとう、じゃあ」


なんだか気恥ずかしそうにトド松が出て行き、肉まんを温めるため一松が居間から出て行った後、カラ松は残りの肉まんを咀嚼し始めた。

喉が渇くなと思っていると十四松が「僕お茶淹れてくるねーー」と言って走っていく、カラ松の顔色を読んだのだろうか?

カラ松からすれば勘でトド松が帰って来たことが解るよりもソチラの方が凄いことだと思う。


「あ、十四松兄さん僕が運ぶから!!危ないから!!」

「へ?ありがとうトッティ」


廊下から焦ったようなトド松の声とすっかりトッティ呼びが定着した十四松の声が聞こえる。

さてはまたお盆を頭に乗せたりして運んでいたのだろうな、とチョロ松は炬燵から出て廊下へ向かった。

十四松を叱っているうちに一松が肉まんを温め終え、四人は合流して今に戻ってきた。

一松はついでに蜜柑を一籠持ってきたようだ。


「ん?カラ松兄さんどうしたの?」


自分の横に腰かけたトド松をなんとなく見ていると、肉まんを咥える直前で気付かれ怪訝な表情で睨まれた。


「もしかして食べ足りないとか?」

「いや」

「これ以上食べたら夕飯入んなく……ならないかカラ松は」

「他人のもん物欲しそうに見てんじゃねえよ」


これでも食ってろと、一松が蜜柑を投げて来るのを見ずにキャッチして「いや……」とトド松を見詰め続ける。

そのまま居心地悪そうに肉まんを食べ終えたトド松は十四松の横に移動して炬燵に潜ってスマホを弄り始めてしまった。


(なんだ?この胸のとっかかりは……いつもトド松を見て想う感情はまた違う)


カラ松は恋愛的な意味で六つ子で同じ性別を持つこのトド松の事が好きだ。

たとえ彼がサイコパスであってもそれは隠さなければならない感情だということも知っている。

普段は出来るだけ感情をコントロールし兄が弟を慈しむような視線しか向けないようにしている、その辺は器用なのだ。

しかし今のカラ松は探るような瞳で末弟のことを見ていた。




69 69 69 69 69 69




「おそ松、俺は何か見落としているのだろうか……?」

「長男を除け者にして五人で肉まん食べた話を聞かされた俺の気持ちとか、かな?」


強風の吹き荒れる釣り堀で、タンクトップに皮ジャンを着た弟と肩を並べて釣りに勤しむ、おそ松。

彼はこの寒い中釣り堀の中に末弟が潜んでいたらどうしようかと一瞬不安になったがトド松は今日は朝から母の買い物に付き合わされている(なんでも同窓会に着て行く服を一緒に選んでもらいたいらしい)


「そうだなぁ……えっと舌切り雀の話をしてから、以前より増してトド松が気にかかりだしたんだよな?」

「以前より増してというよりは、また違う意味で……と、言った方が正しいか」

「んー……そっか、お前アイツをどんな風に思ってたんだっけ?」

「……最初は片割れ、いや六等分されたウチの一人同士だと思っていた」

「え?それメッチャ昔の話だよね?そこから語っちゃう?」

「いや、そこから話さないと説明が付かないんだ」


おそらく物心ついた頃の話をされ、これは長くなりそうだとおそ松は釣り堀に来たことを後悔していた。

まぁ格好付けの弟にはじいさんと魚しか見ていないような所でしか話せないこともあるのだろう、寒いけれど我慢してやるかと今年一年蓄えたお兄ちゃん力を発揮する。


「それから自然と六つ子がコンビに別れたよな、お前がチョロ松を連れてくもんだからアイツは俺に付いてくるようになって……」


長男のおそ松をチョロ松にとられたから次男である自分を選んだのだろう、と思い出しながらカラ松は語っていくが、おそ松はそれに対して驚いた顔をする。


「え?違う違う、俺がチョロ松と行動してなくてもアイツは最初からお前に付いて行こうとしてたよ、まだコンビみたいになる前にカラ松が怪我で外に遊び行けないときとかあったじゃん、その度に誰がトド松を誘ったってカラ松と一緒にいるって断られたもん」

「そうだったか?」

「うん、で、断られた一松と十四松も家で遊ぶの好きだったしトド松と一緒にいて、チョロ松は四人が家にいるなら自分も家にいるって言って結局みんな一緒にいたんだよな」


それなのに妙な勘違いされていたならトド松が少し不憫だ。


「そう、だったのか……」

「まぁ一松と十四松は優しかったからトド松が一緒に遊ぶって言ってもお前の傍で遊んでたろうけど……って、なんで涙ぐんでんだよ」

「これは涙じゃない」


そう言って強がる次男がなんだか微笑ましく見えておそ松は更に感動させてやろうかと続けた。


「けどお前やチョロ松が怪我させられた時の仕返しにはちゃんと付いて来てたよな」

「ああ……そうだな」


物心付いた頃から好戦的だった長男次男三男は年上相手とも喧嘩して勝っていた。

その報復を受けるのはいつも次男か三男が一人でいる時なので(幼稚園では名札や持ち物に名前が書いてあったから誰が誰かわかるのだ)あの頃一番怪我が多かったのはカラ松とチョロ松だ。

カラ松が怪我をさせられて仕返しに行くのはおそ松とチョロ松とトド松、チョロ松が怪我させられて仕返しに行くのはおそ松とカラ松とトド松。


「チョロ松に怪我をさせた年上の小学生をボコボコにしたお前に「おそ松すごい!かっこいい!」って言っていたから、お前に憧れててお前の相棒になりたかったんだと思っていた」

「マジか?馬鹿だなぁ……アイツ俺やお前がチョロ松を怪我させた奴に仕返ししてる時はサポートに徹してたじゃん、けどお前を怪我させた奴が相手だったら率先して闘いにいってたよ?「よくもカラ松をイジメたな!」って……まあ今思えば先にイジメたの俺たちなんだけど」


我ながらとんでもねえ悪ガキだったなあと遠くの空を見ながら呆れたように笑う。


「お前とチョロ松の戦力に差があったのお大きいけど……怒りの具合がちょっと違って見えた……勿論トド松はチョロ松の事も大事に思ってたよ?でもお前のことはコンビみたいなの組む前から少しだけ特別だったのかもな」


――六等分されたウチの一人同士だった頃から――


「話がズレたな、で?コンビで行動するようになった後はどう思ってたんだ?」

「……ああ、その頃は本当に相棒のように思ってて、でも俺はさっき言ったようにアイツがおそ松に憧れてたと思っていて、どうにかアイツにとっておそ松以上になろうとしていた……他の兄弟といる時より少し格好付けていたかもしれない」

「なんだ、お前もアイツが特別だったんじゃん」


おそ松以上の存在になろうとしていたのは嫉妬していたから、格好付けていたのは格好いいと思われたかったからだ。

弟に格好よく思われたいというのは兄として当然の感情かもしれないが、あの頃は兄と弟という概念が自分達にはなかった。

六人で一つの存在、アイツは俺で俺たちは僕という中で嫉妬心や競争心など生まれるわけがなかった……筈。


「あの頃は毎晩のように俺たちはどんな冒険したとか、どんな悪戯をしたとか語り合ってたろ?お前とチョロ松が起こした面倒の顛末をそこで初めて聞くことも多くて、怒りもしたが、同時にとても面白いと感じたんだ……お前達みたいな冒険がしたい、そしたらトド松はもっと面白いと思ってくれる……と」


だがしかし、どうしても長男には勝てなかった。


「すぐに無理だと悟って止めたが一時期お前ら以上に無理な冒険をしようとしていた事があった……毎日傷だらけになったけれど、どうにかアイツに大きな怪我をさせずに済んだことが不幸中の幸いだ」


おそ松は「ジーサス!!」と叫んで天を仰ぎたくなったが、そんな普段のカラ松みたいなことはしたくない、彼が今はマトモに喋ってるので余計にそう思う。

きっと幼いカラ松は己の我儘に巻き込んでしまったからと危険な目に遭う度にトド松を庇っていたのだろう、喧嘩の際は弟にもプライドがあるからと慮って手を貸さないし時には囮に使う癖に、それ以外で弟たちが怪我を負うのを嫌い自分が盾になろうとする。

カラ松が怪我をする度にトド松が真面目で面倒見のいい一松や同じ泣き虫の十四松に泣きついていたのを知ってる、同じように他の兄弟に守られる立場だった二人だから本音を零しやすかったのだろう。


『オレもおそ松みたいに強くてチョロ松みたいに素早かったらカラ松はもっと楽しめるのに、オレが弱いからカラ松は怪我をするんだ……一緒にいるのがオレじゃなかったら』


そんな事を言って泣いていた。


「お前は昔から優しかったな」

「そんなことは」

「いや、そうだよお前は」


松野カラ松というのは優しい男なのだ……残酷なまでに……


「そうやって迷惑を掛けたからか、中学に上がる頃には俺達にはお前達や一松と十四松の間にはない距離が生まれてしまっていたと思う、そしてその時初めてアイツへ恋愛感情を抱いていると気付いたんだ」

「へぇ……」


正直「遅えよ」と、おそ松は思う、そんなものトド松本人以外はずっと前から気付いていたのだ。


「離れていくアイツをどうにかして繋ぎ止めたいと思った、俺や家族以外と関わるなとも思ったし、不思議と他人の目を引くアイツを何処かに隠しておきたいとも」


おそ松は、釣り堀の中にトド松が潜んでいてこの言葉を聞いていないかと期待したが、それは無いと先程自分で断定したことを思い出した。

世の中うまく回らないものだ。


「しかしこんな重たい感情はアイツにとって迷惑になる、俺は演劇部に入部しアイツへの想いの分も演劇に打ち込むようになった」


ああ、そうだった。

トド松がこっそりと部活中のカラ松を見学していたのを知っているし、何度か付き合ったこともある。

一生懸命に演劇に取り組む兄を見てトド松の瞳はキラキラと輝いて……そのキラキラしたものを何度も零していたのを知っている。


「高校になっても俺は演劇部に入った。トド松はその頃から女子を意識するようになったのか、色んな娘と喋るようになったな……その所為で男子から目を付けられていたが、それは」

「お前が影でこっそり処理してたんだよな、俺以外の兄弟は全然気づいてなかったから、まったく器用になったなもんだと思ってたよ」

「まあ、演劇部の顧問から演劇の上達には人間観察することが大事だと言われていたからな、そのお蔭で誰が誰に恨みを持っているかも気付けるようになっていたし、その恨みが自分に向いた時の処理の仕方も、上手な誤魔化し方もある程度心得ていた」


その観察能力が肝心の弟関係にはまったく活かされていないことが悔やまれる。


「まあ今は演劇もやめているし人間観察はしていないよ、他人のことをあまり詮索するのは失礼だからな」

「えっと、お前はもう少し他人のことを気にした方がいいと思うけど」


自由というか、自分を信じて斜め上の方向を突き進んでいる今のカラ松を思い、おそ松はその頃の一割でいいから人間観察をしてくれと思う、せめて末の弟のことくらいちゃんと見てやって欲しい、でないと彼が可哀想だ。


「他の兄弟と比べ俺にはあまり関わろうとしないトド松のことは寂しく思っていたが」

「いや、それはお前が部活で毎日夜遅く帰って来てさっさと寝ちまってたからだろ」

「アイツにとって自慢の兄になってやろうとして俺も女子のことを意識するようになった」

「人の話聞けよ……て、え?」


トド松が高校に入って女の子と関わるようになったのは、単純に男として異性に興味が出てきたこともあったがカラ松が忙しそうにしていて寂しかったからだ。

それをまた勘違いしてこの男はトド松と過ごせる貴重な時間を削って女子から人気を得ようと模索し始めたのだ。

あの時は残った四兄弟で「コイツなに考えてんだ」と不思議に思ったものだが、まさかそんな真相が隠されていたなんて……


「まあ結果的にトド松との距離も縮まなかったし、女子に相手をされることはなかった……唯一手に入りそうだったカラ松ガールはトド松に奪われてしまったし」

「手に入りそうだった……って、言うに事欠いてソレかよ」


先程から言葉の端々に感じるけれど、もしかしてウチの次男は所有欲が強いのかもしれない、とおそ松は不安になる。


「自慢の兄になるどころか、すっかり嫌われていたらしいな」

「だから人の話聞けって」


カラ松は遠い目をして青い空を見る、おそ松もジト目で同じ方向を見た。

次男にとっては憂いの色かもしれないが長男にとっては冷めた色に見える、こんな心じゃ爽快感なんてどこにもない。


「で?高校卒業してからは?」

「……そうだな、嫌われてしまったが、せめてアイツの望むものは何でも与えられる者になろうと就職活動を頑張ってみたんだが駄目だった……どうにかバイトして奢ってやったりはしてるんだがあまり効果があるとは言い切れない」

「そりゃアイツが本当に望むものをお前が解ってないからだよ」


たしかにトド松は金儲けは好きだが何でも貢いでほしいとは思っていないだろう、好みの女の子には財布を預けるほど金に執着心はないし、当のカラ松にだって金を貸していたじゃないか。


「そうだ……俺はアイツを解ってやれない、アイツは俺を痛いと言うがその意味も解らない」


それは他人を解ろうとしないから、他人からどう思われているか解ってしまうのが怖いから。

それも確かにあるだろう、けれどカラ松が一番恐れているのは別の事だ。


「もうアイツを傷付けたくないのに……」


――ああ、そうだコイツは優しい男なんだ――


おそ松は仕方がないなぁと笑みを浮かべて、ぽつりぽつりと昔語りを始めた。


「あのさ、お前さっき高校のとき手に入りそうだった女の子いたって言ってたじゃん」

「ん?ああ」

「あの子が隣街で一番の不良の彼女だったって知ってた?」

「え?」


次男は耳を疑った。

当然ながらそんなこと彼女から聞いたことはない、噂でもそんな話はなかった。


「強い男が好きな女でさあ、お前を誑かして自分の彼氏と闘わせて勝った方と付き合おうと思ってたらしいよ」

「兄貴、それ誰から聞いた?」

「ん?トド松の友達、隣町の女の子だった」

「……それって」

「トド松はそのこと知ってて彼女に近付いたんだよ」


カラ松の頭は一瞬真っ白になる。


「お前が部活の合宿とかで何日かいなかった時にアイツ一回ボロボロになって帰ってきてさ、わけを聞いても口割らないから勝手に調べさせてもらったの」


トド松程じゃないけど情報収集は結構得意なんだよ俺とチョロ松、そう言って長男は嗤う。


「その後もお前全然モテないって思ってたみたいだけど、一部の女子からは目を掛けられてたよ?お人好しでなかなか見た目もイイお前を騙してカモにしようとしてたグループね」

「そんなの……」

「知らないよね、お前の前にトド松が声掛けて代わりにボラれてたから」


その時おそ松の釣り竿の魚が一匹かかった。


「お?ボラじゃん?なにこれボラだけにってこと?」


可笑しそうに笑う兄にカラ松は怒りのゲージが上った。


「お前なんでそのこと今まで黙ってた?」

「そんなの可愛い末弟の健気な努力を無駄にしない為じゃん」

「……」

「トド松が被害を訴えた所為でその子達の本性学校中にバレて目立つようなこと出来なくなったよ?騙された方も悪いって言ってトド松を慰める奴もいなかったけど」


元々男子からの評判悪かったし、女に誑かされたということで女子からも呆れられていた。


「あとお前さクラスで浮きそうになった時あったよね?その時トド松がお前のとこに行ってわざと辛辣な言葉を浴びせたの憶えてる?」

「え?そんなことが……」

「あー浮きそうになってたこと気付かなかったか、うん、なんかさ大した理由じゃないのにトド松がわざわざお前の教室に行って怒鳴ったの」

「……」


そんなこともあったような気がした。

でもトド松が辛辣なのはいつもの事だし……と、そこまで考えてあの計算高い弟は人前で兄を貶すようなことはそれまで一度もなかったことに気付く。


「実の弟からあんだけ言われるカラ松が可哀想、実の兄にあんなこと言うトド松は酷い、あれだけ言われて何も文句を言わないカラ松は心が広いイイ奴だ……あの時あそこにいた人は皆そう思ったよ」


結果、同情されたカラ松はそうクラスで浮くこともなかった。


「あーーもう、なんで気付かないかなぁ」


大空に浮かぶ太陽みたいな暖かい声が頭上から降り注いだと思うと、カラ松は後ろからガツンと蹴られ釣り堀へ落ちた。

釣り堀の常連客達はいつもグラサン投げたり皮ジャン投げたり水の中から現れてコントをしかける青年たちがまた何か騒いでいるなと思って見ているだけだったが、落とされたカラ松はそうもいかない。

ザバっと水面から上体を出しておそ松に抗議する。


「おい!おそ松!!お前いきなり」

「お前がさ、舌切り雀の話をして以来ずっとトド松のことが気にかかってたのって、アイツが意地悪な婆さんに似てるって無意識でも思ってたからじゃねえの?」

「え?」

「まあ舌切り雀の作者はそんなこと考えてもなかったろうけど」


深読みし過ぎて引くわお前とチョロ松!と、おそ松はまた嗤う。

カラ松の耳の奥に、先日のチョロ松の言葉が蘇ってきた。


『多分ね清廉潔白に見える人間って傍に誰か代わりに汚れてくれてる人がいるんだよ』


自分は清廉潔白になんて見られない、クズニートで、周りに迷惑をかけてばかりの駄目男だ。

大事な弟の為に汚い手だって何度も使った。

とてもじゃないが綺麗な人間だなんて言えない。


けれど、もしかして、アイツも同じなのだろうか――


「ほんっと似た者同士でお似合いだよお前達、早くその塗れたイッタイ服着替えて逢いに行ってやれ」


おそ松は笑った。

カラ松は釣り堀の上に登ると、兄に一言「すまん」と言い放ち、出口へと走り去っていった。


「おー」


と、声をかけ、おそ松は釣り竿に新しい餌を付けまた釣り堀に落とした。



――まったく長い長い冒険だったな


――長さだけなら俺達にも負けちゃいねえよ


――あとで報告聞かせろよ?



「……ていうかアイツら舌切り雀より“青い鳥”の方が合ってんじゃねえか……」



――ほしかった宝は自分のすぐ近くにあったんだから




おそ松はまた一匹の魚を釣り上げる。



それは“コイ”だった。








END


やっぱり私おそ松兄さんをオチに使うのが好きです

今回トド松は現れませんでしたが、きっとカラ松がボケなかったからです

ボケてさえくれれば彼は魔法陣グルグルに出て来るギップルの如くどこに居たってツッコミを入れて来る気がします