榾杙の恋

――本当はね


――オレだけじゃなくて皆を選んでくれる人がいいんだよ


――誰か一人を選ぶより、誰も除け者にしない事の方がよっぽど難しいから


――オレたち皆を選んでくれる人が好き



【榾杙の恋】


いつだったか、桜の木に緑の葉がついていたから春の終わりの頃だろう、そうだ高校三年の五月だった。

当時のトド松は少しずつ厳しくなる日差しを避けるように部活塔のすぐ傍に植えられた桜の木陰に潜み、演劇部の練習を聴くのが日課のようになっていた。

いつのまにか転た寝をしていたトド松は、徐に聞こえてきた兄の声に起こされる、漸く彼の演技する番が回ってきたようだ。

姿は見せないけれど声だけで彼が今どんな表情をしてどんな動きをしているのか六つ子の弟には手に取るように解ってしまう、それでいて本番は目が離せないのだから馬鹿みたいだと自嘲の笑みを浮かべた。

皆を選んでくれる人が好き……先程夢の中で自分が言っていたのは、いつか四つ目の兄と五つ目の兄にだけ打ち明けた内緒話だった。

昔からトド松が泣きつくのはあの二人と決まっている、上三人が頼りにならないわけではないけれど自分と同じように大人しめで(世間から見れば充分やんちゃだったろうけど)守られる立場だった一松と十四松には自然と本音で話せるのだ。

それにあの二人はカラ松に付いて行く為に頑張っていた小さい頃の自分を手放しで応援してくれていたし、トド松は凄いねって褒めてくれていた。

トド松からすれば頑張らなくても傍にいられる長男と三男や四男と五男の関係の方が凄いねって思っていたけれど、あの二人に認められているんだと思うと気が楽になっていったのだ。

カラ松の台詞がきこえる、演目は舌切り雀だった。

演劇部の活動は公演の練習だけではない、練習用の短めの劇をしたり、放送部と一緒にナレーションの練習をしたり、痛いキャラのカラ松は校内放送を任されることだってあって、その度に同じクラスの女の子に「お兄さん面白いね」なんて言われて恥ずかしい思いをしていたりする、いつだったかおそ松が乱入して放送を滅茶苦茶にした時は自分も笑ってしまったけれど、まあその話は今は置いておこう。

この日は五月の始めだったから新入部員の前で先輩たちが独り芝居をしてみせる、という活動内容だと昨日カラ松が家で言っていたのをトド松は聞いていた。

最高学年のカラ松の出番は最後、演劇を始めたばかりの彼はそりゃもうポンコツだったけれど、今は大勢の人の前で堂々と演技が出来るようになっていて、主役に選ばれることも多い(そのうち一回はずるをしてとったものだけど)演劇の主役に選ばれるのは一人だけ、偶像劇でもない限りヒーローとヒロイン以外は所詮引き立て役だとトド松は思う。

同じ顔をした六つ子だって全員まとめて選んでくれる人はいない、トド松のことを好きになってくれる人がいたって、トド松が他に愛する人がいると知ってそれごと受け入れてくれる人なんていやしない。

幼馴染のトト子は六つ子全員を平等にみていると思うけれど、自分を一番に想ってくれる男でなければお断りだろうし、そもそも彼女のことは大事すぎて馬鹿ばかりの六つ子を選んでもらおうなんて思えなかった。

カラ松の台詞が聞こえる「ひどいことをするなあ」「だからあまり欲張ってはいけないと言っただろう」きっとこれらはカラ松が自分に対して思っている感情とそう変わらないのだろうとトド松は膝を抱え木漏れ日を見詰める。

トド松の人生の中でカラ松は常に主役だった。

まだ六等分したウチの一人だった時代から馬鹿で乱暴で喧嘩っぱやくて、でも真っ直ぐで寛大な彼はいつもキラキラしたものに包まれてみえた。

今はだいぶ丸くなって、馬鹿なのは変わらないけれど昔からあった真っ直ぐで寛大な部分が際立ってきたように思える、気は優しくて力もち?ちょっと違うけど、彼には正義の味方が似合う。

一方自分は意地悪で欲張りで、陰で画策し主役を陥れて、でも最後に全てバレてしまって、主役とその仲間たちから倒される悪役が向いているとトド松は思う。

女の子の前でわざとらしく甘えてみせたり、兄達に性格の悪さを隠さない自分は本当の意味での愛されキャラになんてなれないだろう。

あざとい、腹立たしい、酷い目にあっても自業自得だと思われるに違いないし、実際カラ松を誑かそうとしていた女子生徒たちに代わりに誑かされてみたら皆そういう反応だった。

例えば十四松のような正直な甘え方をしたって許されるのを知ってるし、一松のように自虐的な部分を曝け出せば他人から目を掛けられ愛される、おそ松みたいに勝手に生きたって憧れの対象でいられる、チョロ松みたいに言いたい事を全部ぶつけたって言葉の裏にある優しさを理解される、カラ松みたいにぶっ飛んでいたって魅力的なのだと身をもって知っているし、そうやって生きることも可能だ。

でも自分はこれでいい、狡賢く生きていれば損もするけれど得をすることも多く、兄達の引き立て役のようなポジションについていれば邪魔に思われることもない、まさに安牌な人生だから……いいんだ。

たとえ自分が選んでもらえなくても、カラ松が一番好きな人を選ぶことが出来れば、その人からもカラ松が選ばれれば、きっとそれでいいのだ。

遠くから大好きな兄が笑う声が聞こえた。

家では自分が笑わせる方でいたいからか、格好付けて鼻で笑ったりするけれど他の兄弟の言葉にカラ松が声を上げて笑うことなんて殆どない。

一時期は心配したけれどイタイ兄が部活で浮くこともなく仲良くやれてるみたいで本当によかったと思う、自分の努力が報われた証拠だ。

トド松は再び目を綴じ、そして湧き上がってくる感情にも蓋をした。

――皆を選んでくれる人がいい

それは本当の本当?




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それから数年後、すっかり大人になったトド松は狡賢さにも磨きがかかり、ついでに女子力なんてものも身に付けていた。

兄弟の中で一番女性(たとえ母であっても)の趣味に理解のあるトド松は家事に世間話にショッピングにと松代と行動する機会が多い。


「ありがとねトド松、これで母さん皆からお洒落だと思われるわ」


トド松に同窓会へ着ていく服を見繕ってもらった松代は微笑みを浮かべながら膝の上に置いた洋服店の紙袋に目線を落とした。

少し高級なお店の袋、父から折角だから良いものを買えと言われて母を連れて行ったのは有名な婦人服のブランド店だった。

一応、お馴染みの二つボタンスーツを着てきて良かったと思いながら店員と二人で母に似合うとびっきりの洋服を選びだした。

今はその帰りにレストランで食事を御馳走してもらっているところだ。


「よろこんでもらえてよかった……母さんもしかして同級生の中じゃ一番若く見られるんじゃない?」

「どうかしら、でも皆もう孫のいる年だしすっかりおばあちゃんの顔になってるかもしれないわね」


“孫”という言葉を聞いてトド松はビクりと肩を震わせてしまった。

これは下手をすれば藪蛇を突きかねないと慎重に次の言葉を考えていると松代はそれを察したのかにこっと笑った。


「なに怯えてるの、別に私達はニート達の就職の期待はしてても結婚や子供は期待してないわよ」

「え?」


意外な言葉に大きな目をぱちくりと瞬かせるトド松、松代は子どもみたいな仕草を微笑ましく思いながら続けた。


「ねえトド松、無理して恋愛や結婚をするよりも一番好きな人とずっと一緒にいることの方が大事だと母さんは思うの」


母の笑顔に、達観や慈愛の色をみてしまったトド松はごくりと唾を飲み込む。

もしかして何か知っているんだろうか、この母は……


「でも、孫の顔は見たいと思うでしょ?」


だから藪蛇どころか墓穴を掘ってしまった。


「別に、まだまだ小さい子どもみたいな息子が六人もいるしね」

「でも同窓会に行ってさ自分だけ孫がいなかったら恥ずかしいんじゃないの?」

「なにが恥ずかしいっていうの?孫の顔が見られなくても私はちっとも可哀想なんかじゃないわ」


母は尚も笑う。


「たとえ世間から見れば恥ずかしいものだったとしても、いつか思い返した時に自分で自分にハナマルをあげられる人生であればいいのよ」

「でも、ただでさえ六つ子で産まれて苦労かけてるのに」

「だからこそ、六つ子を産んだ時点で普通の幸せなんて諦めてるわ、母さんも父さんも」

「……」

「その代わり六つ子の親だなんて普通じゃとても経験できない人生を味わえて幸せね、私たちは」

「母さん」

「もう、相変わらず泣き虫ね」


思わずポロリと涙を零した息子に苦笑いして松代はハンカチで頬を拭ってやる。

このハンカチは子どものとき母の日に六つ子から貰ったものだ。

それを今も大切にしていてくれている。


「ごめんなさい、母さん……僕いつか母さんを泣かしちゃうかも」


などと自分が泣きながらトド松は謝った。

きっと母はトド松が女友達のことを本気で好きになったことがないのは察しているのだと思う。

ただカラ松を好きなことは気付いてない、いつかそれがバレてしまったら両親はどんな気持ちになるのだろう。


「ふふ親を泣かせない生き方なんて考えるだけ無駄よ、親を泣かせたことのない子なんていないんだから」


――それでも僕は母さんを泣かせたくないよ


渡されたハンカチに顔を埋めながらトド松は心のなかで謝罪を続ける。

昼間のレストランでなにをしているんだろうと思いながら暫く涙は止まらなかった。




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家に帰ると、何故か自分と同じスーツを着たカラ松が門扉の前で立っていた。

鍛えた上半身にすらりと伸びた手足を持つカラ松は腕を組んで目を伏せているだけで、なかなか様になっている。


「おかえりマミー、マイブラザー」

「だだいま」


トド松は久しぶりに見たスーツのカラ松に一瞬見とれてしまった己を叱咤しながら声を掛けた。


「どうしたの兄さん、ハロワでも行ってきたの?」

「いや……あのな、トド松……」

「ん?」


歯切れの悪いカラ松に首を傾げていると、意を決したように彼はトド松の瞳を見た。


「帰ってきて早々悪いが少し俺に付き合ってくれないか?」

「え?」


泣いて疲れているから家で少し休みたいと思っていたのだが、見上げた顔があまりに真剣な表情をしているもんだから断りにくい。

そもそもトド松にとっては好きな人からのお誘い、多少無理してでも付き合ってあげたいというのが彼の常だった。


「母さん、少しだけコイツを貸してほしい」

「ええもう用はないから、いくらでもアンタにあげるわよ」

「用はないって、酷い母さん」

「ありがとう、さあ行くぞトド松」

「……」


自分が頼んでおいて強引な言い方だ。

兄と弟っぽいのだけど、自分達は六つ子なのになとトド松は思いながら、こういうカラ松も嫌いではなかった。


「せめて荷物置かせてよ」


そう言うとトド松は母の買い物袋と土産のケーキを玄関に置きに行く、振り返ってみるとカラ松は松代に何か話していた。

きちんとした格好をして母親と並んでいる彼を見ると、いつの日か彼が連れてくるだろう女性の幻が横に見えるようだった。

トド松はぶんぶんと首を振って幻を追い払うと、玄関から飛び出し待っていたカラ松に体当たりする。


「おお!?どうした?蹴躓いたか?」

「あら大丈夫」

「うん、大丈夫……ありがと」


カラ松の腕にしがみつきながら、トド松はまだそんな想像させないでくれと願う。

その時が来たらちゃんと笑って祝福するから、今はまだ皆のカラ松でいてほしい、お願い。


「行くぞ?」

「うん」


自分から離れたトド松の顔を見て一瞬眉を顰めたが、カラ松はすぐになんでもないように手を伸ばしてトド松を誘う。

その手を掴むことなくカラ松の隣に立ったトド松はちいさく笑って「行こっか」と声をかけた。

二人で歩いて着いた先は近所の公園、小さい頃からよく遊んでいた場所だった。


「あのな、トド松……」

「うん」


そこのベンチに座り、緊張した様子の兄の言葉を待つ。

いつも無駄に堂々としている彼なので単純に弟としても心配になってきた。


「昔、俺達が三組に分かれてコンビみたいなの組んでたろう」

「うん、そうだね」

「……その頃俺な、お前は本当はおそ松の相棒になりたかったんじゃないかと思っていたんだ」

「はぁ?」


いきなり何を言い出すんだと思いながら声を出したら随分苛立った響きになってしまった。


「ほ、ほらお前よくおそ松に凄いだの格好いいだの言っていたし、あの二人が話す冒険の話を楽しそうに聞いていただろ?」

「はい?だからってそんなこと思う?……ていうか兄さんの方こそ僕よりもおそ松兄さんやチョロ松兄さんと一緒にいた方が楽しかったんじゃないの?」


トド松はカラ松の足手まといになっていた気がした小さい頃を思い出し、ギュッと掌に力を込めた。


「そんなことない、俺はお前といたかったから一緒にいたんだ」

「僕だってそうだよ、カラ松兄さんが良くて一緒にいたんだ」


そこまで言って、急に恥ずかしくなったトド松は顔を赤く染める。

兄の不安を取り除いてあげたいと思ってしまって、つい長年言わないでいた本音を教えてしまったのだ。


「そうか……ありがとう……でもな、それで俺はあの頃おそ松といるより楽しいと思ってもらおうとお前を無茶な冒険に巻き込んでいたから、ずっと謝りたかったんだ」

「え?そうだったの?」

「ああ、その所為でお前と距離が出来てしまった気がして中学の頃は寂しさを誤魔化す為に演劇部に入った……そんな不純な動機で始めてしまったなんて真剣に演劇に取り組んでいた仲間たちに申し訳なかったな」

「そんなことないよ、僕知ってるもんカラ松兄さんが演劇に一生懸命だったこと、だって、ずっと見てたから……」

「トド松……」

「それを言ったら僕が女の子と遊ぶようになったのだってカラ松兄さんが部活で忙しそうにしてて寂しかったからだし……僕の方が女の子たちに申し訳ないことをしてて……」


初めて聞く彼の想いに混乱してか、トド松も口が滑ってゆく。


「……俺はその女子が俺はずっと羨ましかったんだが」

「え?」

「それから俺が女を意識するようになったのはお前の影響だと思う、お前から少しでも自慢に思ってもらいたくてあの手この手でモテようとした」

「そうなの?全部裏目に出てたけど……」


初めて聞く話に、初めて話す話、こんな風に昔話をしたことなかったから新鮮だ。

恥ずかしいことも言ってしまったけれど、長年気に掛けていた心のしこりがとれたようだ。


「でな……トド松」

「うん、まだ何かあるの?」

「ああ実はずっと黙ってたんだが……」


風が吹いて、木々が騒めく。

平日昼間の小さな公園には人気はない。


「好きだ」


トド松は目の前に落とされた言葉をすぐには処理できずにいた。


「え?」


好き?って言った?

カラ松がオレを好きって言った?

いやいやそんなの有り得ない。

だってカラ松は皆のカラ松で、皆に優しくて、だから誰も特別を作らない筈だ。

彼はいつも物語の主人公で、運命のヒロインが現れるまで誰のものにもなっちゃいけないんだ。

オレは悪役で、カラ松の引き立て役で、悪い事ばっかりして、最後にはカラ松とその兄弟達に倒される運命にある愚かな存在だ。

そんなオレを好きだなんて有り得ない、有り得ないのに……


「好きだ、好きだトド松、ずっとお前が好きだった」


何時もの格好付けた演技じゃない、自分の言葉で必死に想いを伝えてくる男。

彼の言葉を疑うなんてトド松にはできなかった。


「………………き」

「トド松?」

「僕も……好き」


何時間前に決壊した涙腺が再び緩んでいく。

なんてことだろう、カラ松がいつか選ぶ人のことを沢山想像してしまって、その度に覚悟をしてきたのに、まさかこんなことになるなんて思わなかった。

悪役が主役を射止めるなんて……こんなラスト誰が想像できたろう。


「好きだよぉカラ松兄さん……」


ずっと嘘ばかり吐いてきた弟の本音。

僕だけを選んでよと言いながら、本当は皆を選んでくれる人が好きだった――その人がカラ松じゃなかったら。

本当の本当は……


「お願い、僕を選んでよ……僕もカラ松兄さんを選ぶからっ」


恋に落ちて欲しいんです。

恋に溺れて欲しいんです。

貴方とじゃなきゃ厭なんです。


「俺の台詞を取らないでくれ」


やさしい指が頬を撫ぜ、トド松は逞しい腕に包み込まれる。

ピシッとしたスーツの肩に額を乗せてくすりと笑った。


「ごめんなさい」


仕方がない、カラ松が悪役なんか好きになるのがいけないんだ。


「まったく俺のヒロインは小悪魔だな」

「イッタイねぇ」


主役の君がそう言うなら、狡賢くて嘘吐きで欲張りでドライモンスター……でも主役の為ならなんでもできる強いヒロインでもいいかもしれない。




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そんなこんなで二人の交際は無事スタートしたのだが……


「おそ松兄さん昨日パチンコで買ったでしょ?なんか奢ってよ」

「えー?俺今から彼女達と待ち合わせなのにぃ」

「どうせレンタルショップのアダルトコーナーでしょ?いつでも会えるじゃん、でも僕に奢れるのはお金を持ってる今だけ」

「いや、今だけってそんなお得感だされても俺損するだけだし」

「いーじゃん僕がパチンコで勝った時は皆に奢ったじゃんってか奢らされたじゃんー!」


長男に背中から抱きついて、おねだりをしている末っ子を鏡越しに見ながら眉間に皺を寄せている次男。

その頭を慰めるようにポンポン撫でているのは五男だ。


「あ、チョロ松兄さん、また勝手に僕の名前使ってチケット抽選応募したでしょ?知らないアイドル事務所からメール来て怖かったんだからね!?」

「ごめんごめん、ってことはお前当たったの?やった!」

「勝手に名前使ったお詫びに僕の我儘きいてくれないとチケットあげないよ」

「え!?な、なに?」

「うん、実はさーさっき母さんから買い出し頼まれて、荷物持ちに付いてきて」

「なんだ……それくらいなら」

「その帰りにおそ松兄さんにパンケーキ奢って貰おう!猫耳カフェで出てくる薄っぺらいのじゃない本場のパンケーキ教えてあげる!」

「え?お前猫耳カフェとか行ってたの……?」

「違っ!あれはライブ帰りに友達から無理矢理連れてかれて……トド松なんで知ってるの!?」

「ふふふ、僕の情報網なめてもらっちゃ困るよ」


更に三男の服の裾を引っ張り買い出しとパンケーキ屋に誘っている末っ子を見て手鏡の柄にぴきぴきと罅が入ってゆく。

五男とは反対の方向から優しく肩を叩かれ、慰めてくれるのか珍しいなと振り向けば「ザマァ」と四男の顔に書いてあった。


「まぁ、しゃあねえなーたまには兄ちゃんが奢ってやっか」

「よっしゃー!やったね!」


トド松はカラ松と付き合い出してからというもの今まで以上に甘え上手になったというか、妙に可愛い子ぶらない自然な甘え方が出来るようになっていた。

そしていざとなったらカラ松が味方についてくれるという安心感からか今まで泣き寝入りしていた長男三男の横暴に少しずつだが抗議出来るようになってきた。

それはいいのだ。

ただ、三人の距離が近い、四男五男六男の距離が近いのは昔からだからまだ許せるが、どうして今更になって長男三男と距離が縮まるんだとカラ松は不思議で堪らなかった。


「カラ松兄さん……」

「どんまいクソ松」


心配げな十四松と珍しく笑顔を向けてくる一松。

以前はカラ松と解り合っているようなおそ松とチョロ松に嫉妬したトド松を一松と十四松が慰めるという構図だったのがここにきて逆転しようとしている(しかも一松には慰めようなんて気持ちは少しもない)

おそ松はそんな弟達が可愛くて面白くて仕方ないし、チョロ松もリア充爆発しろという気持ちがあって解っていながらつい悪ノリしてしまう。

当の本人はまさかあの寛大なカラ松がそんなことで嫉妬しているとは思いもよらず、初恋が実った浮かれモードを継続しつつ彼が本来持っていた弟力を発揮していた。

カラ松が純粋で綺麗な心のままでいられるなら自分はもう穢れてもいい、これからもそうやって生きていくつもりでいるトド松だったが、まさか自分のせいでカラ松の心にドロドロした感情が溜まっていっているとは気付かなかった。





END


うちの六つ子はだいたい仲がいいですね、お前ら兄弟か(兄弟だよ)