始まりと終わりの二番目

別に、カラ松兄さんのように下心があったわけじゃない。

ただ何となく、周りの高い木に陽を遮られて今にも枯れてしまいそうなその木を放っておけなかったんだ。

ドライだなんだと言われる僕だってそれくらいの仏心はある、断じてそれが“唐松の木”だったからじゃない。


「あれ?トッティ今日も山登り?」


早朝、リュックを背負い登山用の靴を履いていると野球のユニフォームに着替えた十四松兄さんと玄関で鉢合わせた。


「うん、そうだよ」

「ひとりで?」

「うん、でも大丈夫、近くだしそんな高い山じゃないよ」

「そっか!頑張れよ!気を付けていってらっしゃい!」

「ありがとう、兄さんは野球頑張って」

「うん!頑張りマッスル!」


そうして十四松兄さんは朝から元気に笑ってマッスルとかハッスルとか言っていた。

僕は始発の電車に揺られながらまだ眠い目を擦り、毎日早くに家を出るのになんだかんだ他の兄弟に見つかってしまうなと苦笑を零す。

きっと心配されているんだろうな、僕はこれでも感情が表情に出やすいからなぁ。

カラ松兄さんのとこにドブス(兄さんはフラワーって呼んでたけどあんなのドブスで充分だ)が来てから僕は前より家を空けることが多くなった。

もうドブスはいなくなってしまったけど(兄さんとチビ太の話によると花の精だったらしい)至るところにドブスの面影があるようでなんだか居た堪れなかった。

電車の中は朝日を浴びてピカピカと光っている、目を瞑り膝に抱いていたリュックをギュッと抱きしめた。

もう目的地に着く。

電車を降り駅を出て少し歩くと小さな山が見えた。

登山するような山じゃない、きっとここで遭難しても誰も気付かないのだろうなと、整備されていない山道へ足を踏み出す。

最初どうしてこの山を登ろうと思ったのか憶えていないけれど、ただ電車の窓から見えて……ああ、あそこなら人が少なそうだと思って、それで……

僕はひとりになりたかったのかもしれない。


「おはよう、また来たよ?」


暫く登っていくと少し平らになっているスペースがあった。

そこにある一本の背の低い木に話しかける、僕と同じ目線に葉が付いている。

これが唐松の木だと、ちいさなころ図鑑でみて憶えていた。

カラ松兄さんと同じ名前、こんなに低いのは周りの高い木に陽ざしを遮られてしまったからだろうな、そんなところもカラ松兄さんみたいだ。

あの人は、必要だと思うものまで他人に譲ってしまう人だから……いずれ僕のように心が枯れてしまうんじゃないかって不安だった。


「また来てくれたのか?」


リュックから取り出した肥料を土の上にかぶせて水を注いでいると後ろから、低い声を掛けられた。

こんなところで人に会うなんて殆どないけど、これは人じゃないからありなんだ。


「唐松」


青いシャツに身を包んだカラ松兄さんに瓜二つのその人を僕は「唐松」と呼んだ。

瓜二つなんて言ったら僕もそうなんだけど、でも、この人の方がずっと兄さんに似てる、最初見た時は本当の兄さんかと思ったくらい。


「これね、囲碁クラブの人に薦められた盆栽の肥料なんだ」


僕は笑う。

この人はあのドブスと同じ植物の精で、僕が支柱を作ったり水を上げたりしてたら現れた。

カラ松兄さんとそっくりな理由は解からないけど、きっとその時に僕の心の中を占めていたのが兄さんだからだろう、名前も唐松だし。

唐松は僕の横にしゃがんで帽子の上から頭を撫で「ありがとう、トド松」と優しい声を降らせる。

僕はその手を払えない、兄さん達にされたらすぐに振り払うのに相手が植物の精だからか抵抗は覚えなかった。

それどころか心地よいとさえ感じる、カラ松兄さんと似ていてカラ松兄さんのものじゃないその手が僕は好きだった。


「けれどこんなに頻繁に来て大丈夫なのか?バイトやデートで忙しいと言っていたろう」

「バイトは大丈夫……デートは最近してないから」

「ん?」


眉を下げ心配げに僕を見る唐松は素の状態のカラ松兄さんの表情に似ていた。

僕は心の中で「ごめんね」と謝った(きっと口に出して謝られても困るだろう)そしたら唐松はまた僕の頭を撫でた後立ち上がって、手を差し伸べてきた。


「此処ではなんだから、むこうで話さないか?」

「うん……」


そう返事をしても風に揺れる唐松本体を名残惜しむように見ていたら、腕を引かれた。

もしかしたら弱っている自分の姿を見せたくないのかもしれない、そんなところはカラ松兄さんより格好付けだ。


「待ってよ唐松」


――待ってよカラ松――


懐かしい台詞に感傷的になったなんて秘密、この人にはバレバレなのかもしれない。

けれど唐松はカラ松を知らないから、僕がなんで今泣きたいのか理由は解からない、解らないまま傍にいてくれる。

ありがとうって言いたいのは僕の方だよ、唐松。


「ここなら、陽も当たって温かいだろう、座って話そう」

「うん」


この山の持ち主さんが伐ったのかな?

丸太が何本か並んでいるところにやってきた僕らは並んで座る、陽の光もだけど唐松との距離が近くて暖かい。

家ではカラ松兄さんがソファーに座ってたら当然のように隣に座ってたけれど、そこはもう僕の場所じゃないような気がして座れなくなってた。

だから、誰かの隣に座れるってだけで凄く幸せなことだと思う。

唐松はあそこでずっと独りだったっていうから、きっと唐松もそう思ってくれてると思う。

なんでだろう必要とされればたとえそれが人間じゃなくても優しくしてあげたくなる、兄さんがドブスに尽くしていた気持ちが少し解かるような気がした。


「体の調子はどう?」

「ああトド松のおかげで良い感じだ」


そう言う唐松の顔は陽ざしに刺されて暖かい色をしていたけれど本当は唐松の本体にこんな風に陽ざしを浴びせてあげたい。

けれど、たとえ周りの木を切り倒して陽ざしを手に入れても唐松は喜ばないし、それで今更こいつの寿命が延びるってわけでもないと思う。

だから、せめてと僕は毎日唐松の本体を抱き締めにくる、水や肥料はついでで僕が本当に与えたいのは人のぬくもりだから、少しでも長く生きていてほしいと思う気持ちが伝わればきっと唐松はここにいてくれる。


「ねえ?唐松あったかい?」

「ああ……あったかいぞ」

「よかった……」


僕は「兄さん」の話をして、唐松は今までの思い出を話す。

唐松は苗木工場で育ったのだそうだ。


「へぇ唐松恋人がいたんだ」


木だから恋人じゃなくて恋木っていうんだろうか?まあそんなことはどうでもいい。


「どんな子?」

「ん……そうだな、我儘で甘えん坊で可愛かったぞ?」

「男ってそういう女好きだよねぇ……」


ドブスのことを思い出して思わず下唇を噛んでいると切れてしまうぞと唐松から手で撫でられる、唇噛むのは止めても嫌な気持ちが消えるわけじゃない。

ドブスのやつカラ松兄さんが優しいからって我儘三昧しやがって……いやあれは我儘で済まされる問題じゃなかった。

カラ松兄さんを奴隷みたいに使いやがってって今でも腹立たしい。


「お前もそうすればいいじゃないか、その方が兄さん達も喜ぶんじゃないか?」

「やだよ鬱陶しくなるだけじゃん」


というか、末弟をいらない子扱いしやがったクソ兄達だ。

我儘を言ったり甘えたところで無駄に終わるに決まってる。


「で?その子とはどうなったの?今いないってことは別れたんでしょ?」


なんて聞いてから、もしかしたら聞いちゃいけないことだったのかな?と思ったけど唐松は特に気にしていないようだった。


「ああ、そいつは俺とは他の場所に植えられてしまったが、今頃きっと立派な材木になっているだろう」

「ふーん」


そっか、植物は人間みたいに好きな人に付いて行ったりできないもんね、愛し合っていても引き離されるしかなかったか……

唐松は植えられた場所が悪くて上手く育たなかったから材木にはなれなかった。

そんなの全部人間の所為なのに恨み言ひとつ言わないから偉い、僕は兄さんとドブスのことを散々愚痴ってるのにな。

此処には僕しかいないんだからちょっとくらい毒を吐いて構わないのに、優しい唐松は理不尽な想いを全部身の内に閉じ込めてしまう。

僕の大好きな人と一緒だ。


「そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」


午後三時、唐松の本体を抱き締めている僕に後ろから気遣わしげな声がかけられた。

そうだね山はすぐに暗くなってしまうから、と僕も頷いて最後に唐松の本体へ口付けを落とした。

すると唐松が照れたように顔を真っ赤にするから可笑しくてしかたない。

山の出口まで送ってもらって僕は彼と別れた。

どうしよう登山用の靴だから街に繰り出す気にならない、それに折角唐松と話していたのだからもっと余韻に浸っていたい

だから僕はいつも山を下りて何駅分か歩いて帰ることにしている。

帰ったら夕ご飯を食べて、兄さん達と銭湯に行って、あたたかい布団で眠ってしまおう。

カラ松兄さんとも普通に喋れるよね。


ねえカラ松兄さん

たとえ相手が植物でもさ

必要とされるって嬉しいね

たとえ相手が植物でも僕より先に死んでしまうと思うと悲しいね


兄さんの気持ち解ってあげられなくて、酷いこと言っちゃってゴメンナサイ。


「ただいまーー」


玄関の戸をあけて、座って靴を脱ぐ。

気配を感じて後ろを振り向くとカラ松兄さんが立ってた。


「ん?ただいま兄さん、どうしたの?」

「いや……」


カラ松兄さんは何か言いかけて口を閉じた。

こういう時に怒っちゃダメなんだろうなと最近はジッと兄さんの言葉を待つようにしてる。

なんか落ち込んでるのかな?


誘拐事件が起こった後も時々こんな顔してた気がする、やだな、この顔はきらい。

あの頃、十四松兄さんとエスパーニャンコのおかげで心が柔らかくなった一松兄さんが、それまでカラ松兄さんをただ能天気な明るい奴だと誤解してたって認めるくらい、此方まで悲しくなる。

兄さんにはいつも笑っていてほしい。


「いいよ、兄さんが話したくなるまで待つから」


いつか話してね、と言って隣を通り過ぎようとする僕の手を兄さんががっしり掴む。


「痛ッ」

「あっ……すまない」

「もう、なんなの?兄さん」


出来るだけ優しく声をかけた。

ドブスが消えて亡くなっちゃったことまだ引き摺ってるのかな?

そう思うと心がとても痛いけど、でも……


「お前も、何か俺に話したいことがあれば言っていいんだぞ」

「へ?」

「……最近、家にいないから……」

「カラ松兄さん」


もの凄く言いにくそうにそんなことを言った兄さんに驚いてしまった。

ここ数年のカラ松兄さんと話す時は僕が一方的に喋っていることが多くて兄さんは聞いてるのか聞いていないのか解らなかったから(それでいいと思ってたけど)

何週間か外出が続いたくらいで僕がどこで何をしているのかとか、興味を抱くんだ。

いや弟だもんね、普通に興味あるよね。


「大丈夫、兄さんが心配するようなことはなにもしてないよ」


そうだ、これだけは正直に言える。

こっそりバイトしてた時とは違って後ろめたいことはなにもしてないんだから、堂々と答えていいんだ。

そんな僕を見たカラ松兄さんは「そうか」と微笑んで、家の奥に引っ込んでいった。

ドブスと結婚した頃の僕が機嫌が悪くてずっと兄さんを避けてたから普通に話せて安心したのかもしれない。

なんて、あの時のことを思い出したら胸とお腹の奥がぐしゃぐしゃって痛みだした。


「大丈夫、大丈夫……」


自分を抱き締めるようにして、服をギュッと掴む。

いい歳した大人の男がこんなことでへこたれてちゃいけない。

大丈夫なんだから、僕は兄さん達とは違う、兄弟離れがちゃんと出来てる。


「大丈夫」


これくらい平気にならなきゃいつか来る本当の兄さんの結婚を耐えきれないじゃん。

「よし!」と気合を入れて玄関の階段を上がった。

こうして僕は五人の兄さん達の待つ家へ帰って来た。




69 69 69 69 69 69




その日の唐松本体は、随分と弱り切っていた。

いよいよ寿命がくるのかなと、そっと抱き締めながら涙を零す。


「お前の涙はどんな陽の光よりも暖かいな」

「なに言ってるの?ほんとイッタイよねぇ」

「だな、自分でも思った……ククッ」


体がツラいだろうに僕に心配かけまいと笑顔をみせる唐松は本当に優しい。

唐松はイタイの意味も解ってくれるし、ナルシストじゃないし、中二台詞も吐かない。

まるで昔のカラ松兄さんみたいだった。

けど僕はあの頃みたいに恋に落ちてない、けれど恋に近いなにかを感じている。


「……今日は帰りたくないな」

「駄目だろ?大好きな“兄さん”が心配してしまうぞ」

「兄さんは……僕の心配なんて」

「するだろ?」

「うん」


あの人は僕のことを好きだから、僕の欲しい“好き”じゃないけど大切に想ってくれているのは解かる。


「僕ね、貴方のこと少し好きだったよ……まるで恋みたいに」

「そうか……俺もお前のこと少しだけ好きだったよ、本当の恋じゃないけどな」


唐松本体に抱き付く僕を後ろから唐松が本体ごと抱き締めた。

その体は冷たい、どんなに陽に当たっても初めて出逢った時からずっと冷たかった。


「お前は俺の最初から二番目の恋だな」

「それじゃあ貴方は僕の最後から二番目の恋だよ」


最初の恋はカラ松兄さんで、もうずっと一途に想ってきたから、きっと次に恋した人が僕の最後の恋になると思う、だからその中間の唐松は僕の最初から二番目で最後から二番目の恋なんだ。


「それは光栄だな」

「でしょ?」


唐松本体を傷付けないように、そっと頬擦りする。

唐松は「そんな風に人間に対しても甘えればいいのに、お前は」と呆れたように呟いた。


「じゃあ、帰るけど……また明日ね」

「ああ、気を付けて帰れよ」


そう言ってまた山を下りる僕を送ってくれた。

無理しなくていいって言うのに心配だからって、やっぱり昔のカラ松兄さんに似てるな。

明日、僕が来るまで持ちこたえてくれていればいいけれど……今日は歩く気にもなれなくて僕は電車を使って家に帰った。


家に帰ったあとも唐松のことが気になって、兄さん達の言葉を聞いていなかったら心臓がギュッとなるとかドライモンスターとか言われてしまったけど上手く流せたか解らない。

カラ松兄さんからの「大丈夫か?ブラザー」って言葉には笑顔で「大丈夫だよ」って返せたと思う。


夕ご飯を食べて銭湯に行って六人並んで眠る。

明日はもっと早く起きて車を使ってあそこまで行って、夜明けと共に山を登れるようにしよう。

だから早く眠ろうと目を閉じた僕に、他の兄さん達の大きな溜息が聞こえた。

もしかして心配かけてしまったのかな……もしかして僕は思ったより大事にされてるのかな――?


「トド松……トド松……」


夜中、僕の名前を呼ぶ声とともに体を小さく揺さぶられる。

この声はカラ松兄さんだ。

どうしたんだろうと瞳を開ければ唐松の顔が逆さまに映った。

驚いて叫びそうになる口を咄嗟に手で塞がれた。

どうして貴方が此処に?と目で訊ねると、しーーと人差し指を口の前で立てる唐松。

彼が僕の枕元から離れて手招きするので僕はカラ松兄さんとおそ松兄さんを起こさないようにそっと布団から抜け出した。


促されるままベランダに出たら、唐松は小声で謝ってきた。


「ごめんな、起こしちゃって」

「それはいいけど……唐松なんで僕の家知ってんの?」

「ああ、一回尾行してきたことあって」

「尾……ッ!?」


また叫びそうになる口を手で塞がれた。


「家の中にいるお前を見て、お前の言っていた“兄さん”が誰なのか解った……俺の名前を時おり切なげに呼ぶ意味も」

「唐松……」

「今日は最期の挨拶にきたんだ」

「もう……なの?」

「ああ」


唐松本体の寿命が訪れたことを知って、傍にいてあげられなかったことを悔やむ。


「そんな顔をするな、俺は嬉しかったんだぞ?最期の時をお前と過ごせて、大切にされて」

「唐松ぅ……」


唐松に抱き付いて涙を流す、本体じゃない方に抱き付いたのは初めてで、この時はなんだかその体が暖かいように感じた。


「……なあ、コイツはこんなに寂しがり屋なんだよ、だから沢山我儘きいてやって、沢山甘やかしてやってくれ」


そう、僕ではない誰かに言っているのに気付き、唐松の胸から顔を上げその視線の先を見る。

するとベランダの入り口で五人の兄さん達が険しい顔で此方を覗いていた。


「俺が部屋に入って来た時からみんな気付いてたみたいだぜ?」

「なっ!?えええ???」


ならなんかアクション起こせよ、恥ずかしいじゃんこんな泣き顔みられて。


「なに見てんのさ!!」

「末弟のあざとい泣き顔?」


一松兄さんがそんなこと言うから、その辺に落ちてた洗濯バサミを投げてやったけど避けられたムカつく。

カラ松兄さんの顔は怖くてちょっと見れないけど他の兄さん達の顔を見ると複雑そうな表情をしていた。

ああ、今の会話でこの人の寿命がくるんだって解ってしまったんだ。


「お前は……人じゃないのか?」


カラ松兄さんがベランダに出て来て僕らへ近づいてきた。


「ああ、唐松の精で、コイツからは唐松って呼ばれてる」

「……」


兄さんが今どんな顔をしてるのか怖くて見れない。

きっと優しい顔をしているんだろうなって解かるのに、僕の心が見透かされてしまったかもしれないって思うと怖かった。


「もう、逝くのか……」


抱き付いているから、唐松が頷いたのがわかる。


「そうか……」


と、カラ松兄さんが言ったと思うと、僕ごと唐松を抱き締めた。

一瞬動揺した僕だけどなんか昼間の唐松と同じことしてるなって思ったら、暖かい気持ちになれた。


「トド松は独りぼっちで朽ちていこうとしている俺を見てほっとけなかったんだって言ってくれた」


唐松の瞳からぽたりと涙が落ちて来る、ねえ、兄さん……植物の精でも悲しくて涙を流すんだね、あの花の精もそうだったのかな?


「いつも俺のとこに来て“兄さん”の話をしていたよ、素敵で大好きな兄さんが悪い女に引っかかってばかりで悲しいなんて言っていた」

「……って唐松!?」

「一番悲しいのは、兄さんが悪い女に引っかかるくらい愛に餓えていること、兄さんを大切にしてる家族の想いが全然伝わってないこと、兄さんは他人を求めてるかもしれないけど……僕だってそうだけど、ってさ」


唐松は僕が零した愚痴をカラ松兄さんに言ってしまった。

僕は恥ずかしくて唐松の胸に顔を埋めてギュッと抱きしめる力を強めた……んだけど唐松との間にカラ松兄さんの腕を差し込まれて密着はできなくなってしまった。


「コイツに見つけてもらえて、優しくしてもらえて良かった……これもお前のお陰だってお前にも感謝してるよ」

「俺は、別になにもしていないが?」

「なに言ってんだよ、お前がいなかったらきっとトド松は俺を目に止めてくれることはなかったよ、“カラ松”」


頭上でされる会話が居た堪れない。

唐松が消滅してしまいそうで悲しいとか寂しいとか、でも唐松が幸せそうに笑ってくれていることの充足感だとか、必要として貰えた嬉しさとか、そんなものと共にカラ松兄さんに普段言えない言葉を暴露されてしまった混乱が僕の中で渦巻く。


「トド松?顔上げてよ、笑顔でバイバイしよ」

「う……誰の所為で顔上げられないと思ってんの?」

「俺の所為だったら嬉しいんだけど?」

「違うだろ……」


そう言ったカラ松兄さんから体を引かれる。

カラ松兄さんに後ろから抱き締められたまま唐松を見ればその体がもう半分消えかかっていた。

ああ消えてしまうんだ。

止まっていた涙がまた零れると後ろから兄さんの袖に拭われた。



「バイバイ、トド松……なあ、笑ってくれよ」

「うん、バイバイ唐松……僕、貴方に会えて本当に良かった、貴方のことは一生忘れないよ」

「俺もずっと抱き締めてくれたことや口付けてくれたこと忘れない」

「はぁ!?」

「木にだから!この姿じゃないから!!」


何故か怒って僕の体を締めてくるカラ松兄さんに言い訳をして、僕はまた唐松を見上げた。


最初から二番目で、最後から二番目の、僕の恋。

その姿を焼き付けるように見ていると唐松は照れくさそうに「やっぱ似てるな」と呟いた。


「へ?」

「いや、なんでもない……最後の恋の人とお幸せにな」

「うん……」


そんな人が早く現れてくれるといいけど……


「その人にはちゃんと甘えて沢山我儘言うんだぞ」

「いや僕、男だからね?僕が甘えられて我儘きく方だから」

「フッ……それでもいいさ、でもちゃんと幸せにしてもらえよ?」

「ああ、わかってるさ」


と、何故かカラ松兄さんが返事をした。

いや僕が言われてんだけどさ、ナルシストだから自分が言われてると思ってんのかな?本当イッタイよねえ……


そんなことを思っていると、唐松に頭をポンポンと撫でられた。

うん、こうされるの好きだから甘やかされたい方なのかもしれない。


「さようならトド松」


もう一度、今度はちゃんと別れの言葉を言おう。


「さようなら唐松……」


暫くは貴方のことを思い出して泣いてしまうかもしれない、その間はちゃんと兄さん達に甘えるから大丈夫だよ?

だから心配しないで、と笑えば最高の笑顔を返してくれた。



「また生まれ変わったらお前のとこにくるよ、その時はきっと恋人と一緒に」



そうして、そんな言葉を残して植物の唐松は消えていったのだった。





END