Unspeakable Tryst
Twitterさんにて「RTしてくれた人にチョコの代わりに小説書いてバレンタインにプレゼントする」というタグに付き合ってくれたぶぅにゃんさんへ捧げます。






その日の朝、カラ松が目覚めてみると部屋には彼とトド松しかいなかった。

窓際に座ってスマートフォンをいじっていたトド松はカラ松が目覚めているのに気付くと、ちいさく笑って「おはよう、カラ松兄さん」と優しく声を掛けた。

たったそれだけのことで最高の目覚めだと思うのだが、寝起きに窓からの光を直視してしまったので殆ど瞼が閉じた状態だ。

それをカラ松が目を閉じたままだと思っているのかトド松は柔らかい表情のまま見詰めている。


トド松は寝起きのカラ松が好きだ。

いつもの演技がかった格好つけではなく素の状態に近いから、こんな時に優しくされても腹が立たない。

それに微笑まれると本当に幸せを感じてくれているのだと思える。

この兄は自分に酔っている時も満たされているだろうけれど、それよりも何も考えずのんびり平穏に過ごしている姿を見ていたいとトド松は思う。


「ほら、さっさと着替えて、母さんが洗濯できないって言ってたよ」


そう言ってさり気無くいつものパーカーとジーンズを投げて渡す、自分で服を選ばせない為の工夫というか、どうせカラ松は出掛ける時には着替えてしまうのだけどせめて家の中では目に痛いスパンコールはやめてほしい。


「……」


カラ松が着替え終えると独りで布団を丸めて押入れに入れようと悪戦苦闘している弟の姿が見えた。

手伝おうと後ろから手を伸ばし一緒に布団を持つと彼が驚いて振り向き、ああそういえば無言だったとこの時気付く。

熱い耳が頬に触れて、もしや熱があるのかと心配したが、今の今まで元気な様子だった。

もしや照れているのだろうか、もしそうなら“俺かっこいい”に“弟かわいい”がプラスされてカラ松としては最高だ。

しかし布団を押入れに入れてしまった以上、あまり長くこの体制でいることも不自然なので名残惜しいと気持ちになりながらカラ松はトド松の背中から離れた。

それにしてもこの収納方法では通気性が悪いのではないか、いや定期的に干しているから大丈夫か……


「どうしたの?カラ松兄さん」

「いや、この布団を丸める方法では通気性が悪くなるんじゃないかってな」

「じゃあ折った方がいいのかな?でも寝るとこに折り目がついちゃったらイヤだし」

「この形が一番収納しやすいしな」


一人ひとりで布団を別けた方がよいという発想の生まれない兄弟だった。




もう朝食を食べ終わったというトド松を置いてカラ松が一階に下りようとするとトド松も後に付いてきた。

今のカラ松は鏡を持っていないから、朝食後に鏡を取りにいく隙を与えずくっついていれば視線は自分に注がれ続けるだろう、それが嬉しい。

トド松は兄弟や友達と賑かに過ごすことも好きだけれど、じっくり物事を考えることも何も考えずボーっとしていることも好きだった。

マイペースなこの兄の傍では其のどちらもできるけれど、今日はずっと彼に構っていたいし構われていたい気分の日。


「カラ松兄さん」


朝食を食べ終わり歯磨きに行った兄に付いて洗面所へ向かう、洗面台の鏡を見詰めたままそこから動かないなんてことのないように腰のあたりに腕を回す、極力邪魔にならないよう緩く抱き付くトド松をカラ松は邪険にしてこない。

居間に戻るとカラ松は「そういえば他のブラザーはどうしたんだ?」と今更な事を聞いた。


「チョロ松兄さんなら、おそ松兄さんと一松兄さん連れて予防接種に行ったよ」

「予防接種……まだ受けてなかったのか?」

「うん、そうみたい……ていうかおそ松兄さんは予防接種用のお金でパチンコやってスっちゃったみたい」

「アイツ……」

「十四松兄さんは一松兄さんに手繋いでてあげるって言って付いてった」


幼児!?うちの兄、幼児なの!?と思ったけど一松が本気で助かったという顔をしていたので言えなかった。


「でも、もうすぐ帰って来るんじゃないかな」

「そうか、なら……」


カラ松がトド松の顔を見て頬杖をついた。


「今のうちに出掛けようか」


兄弟がいるときに連れ添って出掛ければからかわれてしまうから、そう笑う。

するとトド松は待ってましたとばかりに頷いた。


「うん!」


それから兄が着替えるのをどうにか阻止してトド松はカラ松と外出した。

隣を歩く道中の会話でどこに行くのか聞かなかったしカラ松も言わなかった。

駅についても料金はICカードで支払うから降りる駅がわからない、幼い頃は切符を買っていたから兄がどの駅で降りるつもりか解っていたし、そもそも目的地を決めるのはこの人では無かった。

電車に揺られながら昔と今は違うんだなとしみじみと思う、モラトリアムな世界にいても時間は確実に流れていて、自分達はそれに乗らざるを得ない。

今は新しいものを見てただドキドキするだけだけど、いつかきっとそれが恐ろしいものとなって自分達を飲み込んでいくだろう。

幼い頃から同じ形のまま膨らんで行ったこの気持ちも、いずれ萎んでしまうかもしれない……そうしたら――


「次で降りるぞ」

「え?あ、うん……」


電車に乗ってから一言も言葉を発していない弟を寝ていると思ったのか、カラ松が脇を肘で強めに小突いてくる、優しくなったと言ってもこういう所は乱暴だ。


「早稲田駅……」


電光掲示板を見ると次の駅は某日本でもトップクラスの大学の名が入っていた。

自分にも兄にも縁がない街だけれど、何か行きたい店でもあるのだろうか、とトド松が首を傾げていると隣のカラ松が笑った。


「生徒じゃなくても校舎に入ることができるって聞いてな、学食で昼食をとる事もできるそうだ」

「え?これから大学行くの?文化祭でもないのに」

「別にそんなのなくてもトド松は校舎とか見るだけでも好きだろ?俺も少し興味があるから」

「まあ見てみたいって気持ちもあるけど……校舎に入れるって誰に聞いたの?」

「フ……行きつけの喫茶店のMASTERにな」

「へえ」


そんな店があるならまずはそこに連れて行ってくれればいいのにと思ったが、それは次の機会にねだるとして、大学の中に入れるのは嬉しい。

青とピンクのパーカーを着たそっくりな顔の男が並べば目立つだろうが、二人とも目立つのは嫌いではないし、あわよくば女子大生と話せるかもしれない。

大学は憧れていたが家に大学に行ける程の金がないからと諦めていたし、そもそも成績も良くはなかったし、兄のサボりに付き合って出席日数もギリギリだった。

あの頃『カラ松が学校だったら皆勤賞とれるのになぁ』等と言いながら演劇の台本を読むカラ松に背中を預けていたのは忘れてしまいたい青春の光景だ。

しかしトド松は今もカラ松がゲームで彼の様々な表情や言動がアイテムなら自分は沢山のものをもらっていると中々に痛々しいことを思ってしまっていた。


(しかも非課金で)


と、なんだかお得に感じてしまい、カラ松を見ながら笑顔を浮かべると、彼もまた不思議そうにしながらも笑顔を返してくる。

こんな風にトド松も彼にしか見せない表情や言動を与えているので非課金というよりも等価交換なのだが、本人は気付いていなかった。

電車を出て駅から少し歩く、赤塚市より人が多いが平日の昼間だからかそれほど雑踏があるわけではなかった。

でも大学生らしき若者がちらほら見えてトド松はのテンションはどんどん上がっていく、名門校の大学生なんて同世代のカースト最上位に位置する彼らはトド松にとって憧れだった。

そう言うと六つ子の兄達は面白くないような顔をするが、そもそもカーストがどうとか始めに言ったのはカラ松であるし、自分達が社会にとってなんの価値もないと言うのは一松で、全員このままではダメだといつも言っているのはチョロ松ではないか、そんな言葉ばかり聞いて外の世界に憧れないわけがないだろう。

なんて、浮き沈みの激しい心のままにカラ松の隣を歩く、やはり会話はいつもより少ないけれど彼に気にした様子は見られなかった。

二人連れだってやってきたのは早稲田大学……の、隣だった。


「え?早稲田じゃないの?」

「ああ、こっちの方が面白そうだとVENUSが囁いたのさ」

「VENUSて……」


どうせいきなりレベルの高い世界に入っていく度胸がないのだろう、まあそれは自分もかとトド松はクスりと笑ってカラ松の手を取った。


「トド松?」

「行こ?カラ松兄さん、僕おなか空いちゃったよ」


トド松が「なんせカラ松兄さんとは違ってちゃんとした時間に朝ごはんを食べたからね」と言うと、カラ松は「それは気付かなかった」と謝った。

本当はそんなに空腹というわけでもなく早く大学の中が見たいだけだったけれど、なんだか恥ずかしくて言い出せなかったのだ。


「わー……誰もいないね」

「今は講義中なんじゃないか?」


門を潜ってすぐの広場に立つ学校案内を見て食堂の場所を探す。

二階にあるらしい、校舎に入りエレベーターは使わず階段を上がり【食堂】の下に矢印の書かれた看板に従って動くと、ガラスの扉の前に付いた。

その前に置いてある小さな黒板に【本日のメニュー】の焼肉定食と焼魚定食と書かれているのを見て、やっと空腹がやってきた。

中に入ると食券用の自販機があって、そこにも料理名が並んでいたけれどトド松の頭の中には焼魚定食しかない、きっとカラ松は焼肉定食を選ぶので少し分け合おう。


「俺は焼肉定食にするが、お前は?」

「僕、焼魚定食」

「わかった」


兄が二人分の食券を買うのを見て今日はカラ松が払う番だったかと思い当たった。



「窓際に座ろうか」

「うん」


定食の乗ったお盆を持って二人で窓際に置く、トド松がお茶を取りに行っている間にカラ松は一息吐いた。

出掛けると決めた時から自分が緊張していたことを弟に気付かれていないだろうか、たとえ気付いていても気付かない振りをしてくれる相手なので解らない、というか兄が緊張していようといまいと関係ないのかもしれない。

トド松がキャンパスライフに憧れていると知って前々からトド松を連れて来ようと思っていたのだが、結局早稲田ではなく早稲田の隣になってしまったことも、なんだか格好が付かないなと思う。

カラ松は溜息を吐いて窓の外を見るとそこは中庭だった。

花の咲かない桜の木が立ち並ぶ横にいくつかベンチが置かれている、どうせなら春に来れば良かったのかもしれない。


「兄さん熱心に眺めてどうしたの?可愛い子でもいた?」


二つ湯呑を持って戻ってきたトド松はキョトンと首を傾げる、こういう仕草が似合う成人男性なんてコイツしか……いや、うちの兄弟みんな似合うけれど、やはり一番は末っ子だとカラ松は彼を見上げた。


「ん、桜の木があるのを発見してな、春に来ればよかったかと思っていたところだ」

「あーーそうだね、まあでも桜はみんなで見たいかなぁ……」

「……」

「だってお酒ほしくなっちゃうでしょ?」


少し寂しさを感じたことを察したのか、トド松は誤魔化すように言った。


「そうだな」


そう言ってカラ松が不機嫌そうに食事を始めるので苦笑しながら目の前に湯呑を置いてやる、そして……


「夜桜だったら二人で見てもいいよ」

「……え?」

「ほら、昼間の花見ってさ、桜と一緒に空を見上げるでしょ……花弁が空に吸い込まれるように散ってくのを見ちゃうとなんか……ねえ」


ピシャリ、とカラ松が持っていた割り箸が割れた。

桃色の桜が青い空に吸い込まれるように、と、トド松は言った。

どうしてもお互いを意識してしまう色、そんな事を聞いては今年の花見をマトモに出来るか解らない。


「……魚美味しいよ、兄さんも食べる?」


照れくさくなったのか、一口焼魚定食を口にしたトド松は返事も聞かずにカラ松の皿に一切れ寄こしてきた。


「肉も美味いぞ」


カラ松もトド松の皿に一切れの肉を置いた。


「ありがとう」

「こちらこそ」


そう言った後に二人はハッとして、同時に忘れていた「いただきます」を言った。

そして同時に顔を見合わせ、笑う。


「カラ松兄さんはさぁ文系の学科っぽいよね、やっぱり演劇サークルとかに入るの?それともバンドとか始めちゃう?」

「いや、演劇は中学高校でやり切ったからなぁ、音楽も趣味程度に出来ればいいから恐らく勉学に勤しむんじゃないか?」

「サボり魔だった兄さんが勉学に……ッ!僕は将棋サークルとか囲碁サークルとか、女の子いるかなぁ」


いやそこにいるのは地味目の男ばかりではないかと、リア充を目指すなら旅行サークルなんてどうかと提案しかけて、自分以外と旅行に行かれるのは面白くないと口を噤んだ。


「カラ松兄さんさーー大学でも鏡ばっか見てそう、やめてよ?後で僕が友達にからかわれんだから」

「フ……そうか」

「私服だから高校の時みたいに間違えられることはないだろうねえ」

「……」

「けど兄さんが僕の代わりに講義とか出てくれたら助かるかも、こういうとき同じ顔って便利だよね」


楽しそうに語るトド松にカラ松は自然と笑みが漏れた。

彼の描く架空のキャンパスライフの中に自分の姿がいるのだと思うと嬉しかった。


「なあ、トド松、心理テストをしようか?」

「へ?どうした急に……別にいいけど」

「じゃあ始めるぞ、お前は今、原っぱに一人きりでいます」


トド松は言われた通りに想像してみる。

一面緑の丘の上に自分ひとりで座っている。


「その時、後ろからお前を呼ぶ声が聞こえました」

「うん」

「それは誰のどんな声だった?」


原っぱで優しい風に吹かれているところで不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

振り返って、見ると其処に立っているのは……


「カラ松兄さんの、普段の声」


いや、寝起きみたいな低い声かも……と、顎に手を当てながら正直に答える。


「ねえこれなんの心理テストなの?」

「……いや、実はこれは心理テストじゃないんだ」


もしかして同様の心理テストがあるかもしれないが、カラ松は知らない。


「は?なに?じゃあ意味のない質問に真面目に答えたってわけ?」

「意味はあるさ」


カラ松は焼肉で米を巻きながら、フッと笑った。


「お前が、誰かを想像する時に一番に俺を思い浮かべたってことが、俺にとっては大事なんだよ」

「……ッ!」


それは目の前にカラ松がいたからだと訂正したかったが、きっと他の場所で他の人間から同じ質問をされても同じように答えたろうと思い否定できなかった。


「しかも普段の声か……特別な声じゃなくていいんだな」


なんて嬉しそうに微笑みながらパクリと肉巻きごはんを口に入れた兄、弟も下を向いて魚をほぐす作業に集中することにした。

食事を終え、大学内をブラブラと散歩していると先程食堂から見えた桜の木の元に辿り着く。


「座るか」

「うん」


そこでトド松は今日はカラ松に頷いてばかりいる気がして、なんだか悔しくなる。

だからベンチに座りキョロキョロと周りを見渡して、あまり人気がないことを確認すると、トド松はぽんぽんと膝を叩いた。


「え?」


なにがしたいのか解らないという顔で見詰められ、一瞬ぐっと睨むが、すぐに溜息を吐いて心を落ち着かせる。

男同士で、こんなこと察してもらおうとするほうがきっと可笑しいんだろう。


「……膝、貸してあげる」

「え?」

「だから、ひざまくら……」


それ以上の言葉は言えなくて、そっぽを向いてカラ松を待つトド松。

暫く後、自分の隣に誰か座って、その人が自分の膝に頭を傾けてきたことに気付くと、顔を見ないままその髪を撫でた。


「重くないか?」

「別に」


ただでさえ寒い冬空の下で、なに寒いことをしているんだろう、体は熱を持ち始めているけれど。

トド松が空を見上げていると、不意にカラ松の髪を撫でていた手を握られる。


(へ?)


驚いて下を向くと、カラ松がもぞもぞと体を動かし、トド松の顔を真っ直ぐ見上げる体制になった。

一卵性の六つ子なのに彼の髪は自分より青みがかかっている、瞳も心なしか青い気がする。

実際はどうなのかわからないけれど、トド松にはカラ松が“青”に見えた。


「……」


無言で彼の手が伸びて、トド松の後頭部に回される。

そのまま軽く力をいれられて、自分の顔が彼の顔に近付いていく。

空に吸い込まれていく桜、先程のフレーズが頭に過った。


――ああ、このまま一つに溶けてしまいたい


弟がそう思い、瞳を綴じた時。


《リンゴーン》


時計の音が鳴り、バッと兄の手が弟から離れた。

弟も顔を上げて、その勢いのままベンチが倒れそうになる。

素早く上体を上げて、くるりと回転しトド松の隣に腰掛けるカラ松。

今の音は授業が終わった合図だったようで、校舎の中がガヤガヤと騒がしくなり始める。


「……出ようか、兄さん」

「ああ」


立ち上がってスタスタと歩きながらトド松の頭には外でなんて大胆なことをしてしまったんだという後悔と、時計の音があと五秒遅く鳴っていてくれていたらという想いがぐるぐると回っていた。

というか「全部カラ松兄さんのせいだ」と自分から仕掛けたようなものなのに、恨みがましく隣を向くと、何故かカラ松もトド松の方を向いていた。


「う……」


さっきまで膝枕をした時にサングラスを外しているから、今の彼は裸眼だ。

さっきもそれでやられてしまったようなものなのに、何故まだ装着していないのだろう。


「フッ……」


カラ松の青みがかった瞳が細められる、トド松の目元が紅桜のように染められていく。


――ああもったいぶらないで、早く言ってくれ!!


トド松の手がカラ松の袖を引く前に、ギュッと握られた。

自分はこんなに胸がドキドキしているというのに聞こえてきたのは大好きな、普段通りの彼の声。



「家に帰る前に、どこか二人きりになれる場所へ寄ろうか」



やはり今日はカラ松に頷いてばかりいる気がしたけれど、それは二人の想いが同じだという証なのだろう。






END


おしまいです…すみません砂糖漬けの杏子みたいな感じになるかと思いきやプリンに醤油垂らしたような感じになりました。

……こんなんでよかったらもらってやってください