思ひ睦び嗚呼いとし

すきだから、すくいたい

すきあらば、はなしたい

だれかれの、すきぐあい

わたしのすべてのみこんだきみの

かそうのけむりはかなしくあり



――思ひ睦び嗚呼いとし――




“少し前からトド松が可笑しい”と長男と次男が相談されたのは、その本人がお小遣いが底をついたからと日雇いのバイトに行っている最中だった。


三人の弟が口を揃えて(あの十四松まで)訴えるので兄二人は緊急の兄弟会議を開くことにした。

おそ松は弟達の事をだいたい把握しているつもりでいたが、トド松の自分へ対する態度は変わらなかったように思う、カラ松の方を見ると心当たりがあるのか、物思いに耽った顔でお菓子を用意する弟達を眺めている。

なんだ自分だけ除け者なのかよと多少拗ねた気持ちを抑え、たしかにあの末弟は比較的マトモな部類だけれど、たまに意味が解らないことをするもんなと長男は溜め息を吐いた。


「で?トド松が可笑しいってどんな風に?」


物心ついた頃から常識というものはなかったけれどそんな意味ではないだろう、今更トド松が変人になろうが壊れようが臆する兄弟達ではないと思う。


「実は……アイツ」

「ちょっと前からかな」

「俺たち三人に対して……」


一つの台詞を分け順番に喋っていくという仲良しならではのお家芸を発揮しながら三男と四男と五男は説明を始める。


「やさしいんだ」


ピクリと、次男の気配が動いたのを感じ、長男は思わずニヤっと笑ってしまう、それに逸早く気付いた三男が「なに笑ってんの?」と睨んできた。


「だってよぉ、三人揃って相談なんかしてくるから何か深刻な問題でも起きてるのかと思ったら、トド松が“やさしい”って」


拍子抜けしたんだと誤魔化せばチョロ松は「たしかに……悪いことが起きてるわけじゃないけど」と眉を寄せながら言う。


「具体的にどう優しいんだよ?」


そう訊ねると三者は口々にトド松の優しさを上げていった。

まずチョロ松が就活に出掛ける時「チョロ松兄さんは毎日がんばってるね、僕も見習わないと」と言って、バイトを探す宣言をされたらしい。

丁度おそ松と喧嘩中で再び“就活頑張ってますアピール”だと言われた後だったので大変効いたと説明すれば、おそ松が気まずそうに頭をかいた。


「その後、トド松がよくバイト行くようになったけどチョロ松兄さんに触発されたからだって言われたら細かいこと気にならなくて」

「バイト代が入ったからって僕と一松兄さんに奢ってくれたりもしたんだよ」


二人で野球……というかトスバッティングをした帰りに偶然会って誘われたのだと言う、パチンコで勝った金すら出し惜しむ弟からの申し出に最初は裏があるのかと訝しんだが、たとえ何か企んでいたとしてもトド松相手なら返り討ちに出来ると一松は頷いたそうだ。

自分に自信のない一松にそう思わせるうちの末弟はどれだけ舐められた存在なのだろうと長男は長男として少し心配になったが、今はそれは置いておこう。


「最初はなんか小言を言われて……でも最終的に褒められた」


その小言もいつもよりマイルドだったのでそこまで腹が立たなかったし、褒める内容も「僕はこう思う」といった一松には否定しようのないものだった。

十四松も楽しそうにトド松の話に相槌を打っていたので、居た堪れなさを感じながら酒に逃げた結果、一松は酔いつぶれてしまったそうだ。

そんな一松を十四松が抱えようとすると「あ、待って十四松兄さんも酔ってて危ないから僕がおんぶする」と十四松を制し自分がおぶり布団に下ろすまで赤ん坊のように丁寧に扱ったのだという。


「十四松やおそ松兄さんに背負われる時はぐらんぐらんに揺らされて余計に酔うんだけど、トド松の場合は殆ど振動を感じなかったし途中で抱え直す時もちゃんと声を掛けてくれてたし、アイツおんぶカラ松より上手いかもしれない」

「いや、お前のおんぶ評はどうでもいいんだけどな」


ていうかどんだけ兄弟からおんぶされてんだよ、と三男が苦笑しながら言っているのを尻目に、長男はたしかに以前のトド松なら十四松に任せるか引き摺って連れて帰っていたのに可笑しいなと思う。


「十四松には前から優しかったじゃん」

「うん、でも最近は歌とか野球とかも一緒にしてくれるようになったよ」


以前は十四松(とカラ松)の歌声が好きだと言って聞き役に徹していることが多く、野球も相手はカラ松に押し付け自分は見学していることが多かったが、今は一緒にしてくれるのだと言う、トド松の歌も聴いてみたいかもしれない。


「あとアイツよく手伝いするようになったね、頼ってくることも増えた」

「怪我した時に手当てしてくれたりとか、あと話す時間が増えた」

「遊んでくれる時間も増えたけど、僕の話を黙って聞いてくれる事も前より増えたよ、トド松と話した後ふわーーって気持ちが軽くなるんだ」

「……」


それは十四松が自分でも気づかぬ内になにか悩んでいたのでは? と、両サイドのチョロ松と一松はギョッとしたような表情をして弟を見る、おそ松は成程ねえと頭の後ろで腕を組みながら先程から無言でいる次男に話しかけた。


「お前はどう思う?」

「あ?」

「なにイラついてんだよ?弟のことだろ?」


悪魔のように笑いながらカラ松に訊ねるおそ松と、そんなおそ松に大きく長い息を吐いたカラ松、二人とも足元に置かれていたジュースを飲み込んだ。

弟三人はそんな長兄二人の様子に戸惑いながらもカラ松の言葉を待つ、本人達は気付いていないがトド松のことならこの兄が一番見ているのだから、トド松の様子が可笑しいことも気付いている筈。


「俺に対する態度は変わっていない、そして、おそ松に対する態度も」

「うん」

「上ふたりが横暴だから三男から下を味方に付けておきたい……とかじゃないか?」

「ああ……」


何か納得したようなチョロ松におそ松が拗ねたように口を尖らせて見せる、一松や十四松も心のなかで「あー」と納得し始めた。

絶対的なリーダーのおそ松と時折その対抗馬として成り立つカラ松、その二人に付き合わされてきたここ数年間は楽しかったが同時に辛酸を舐めさせられることも多々あった。

だから三男以下の四人には六人でいる時とは違った仲間意識が存在する(十四松はどうか微妙なところだけど)トド松はその四人を出し抜いて長男や次男と同じ甘い蜜を得ようとしてきたが漸く諦めたのだろうか、自分達を優先して仲を深めようというのなら悪い気はしない。

けれど、それだったらこの長男の表情はなんなのだろう、まるで次男一人をからかうように笑っているし、次男はそんな笑みの意味が掴めず怪訝な視線を向けている。


「なぁアイツ今日何時くらいに帰るって言ってた?」

「えっと、十四松と野球の約束があるから四時過ぎには帰ってくるって」


するとトド松と同じくらいの時刻に起きていたチョロ松が答える。


「ふーん……あと三十分くらいか、じゃあ一松、俺と十四松以外の靴を片付けといて、後みんな今のうちに便所済ませとけ」

「え?……いいけど……なにする気?」

「あと、カラ松は十四松と服を交換」

「へ?」

「はぁ?」

「あ?」

「うぇ?」


一斉に怪訝な表情を浮かべる弟達、特に服の交換と聞いてあの悪夢を思い出したのかカラ松と一松の顔が酷い。

おそ松は「まあ俺に任せとけよ」と不敵な笑みを浮かべる、不安はあったが兄弟は彼の言うことを聞いてカラ松・チョロ松・一松の靴を隠し、全員トイレを済ませてまた部屋に集合した。

カラ松の服を着た十四松は「ねえねえカッケー?カッケー?」と一松とチョロ松の前でクルクルと回っている、一応カラ松の服装をカッコイイ系だとは思っている一松だったがまるで父親の服を着てはしゃぐ子のような姿はカッコイイというより可愛かったのでどう言って返せばいいか解らない、チョロ松は素直に「可愛いよ」と言って撫でてやっている。


「袖、捲りたい……」

「暫くの我慢だからな」


一方、十四松のパーカーを着たカラ松は、萌え袖を振り回しながら邪魔くさくて仕方ないと不機嫌になっている。


「海パン履いたの初めてだが、なかなかいいな」

「そう思うなら今年の夏はブーメランじゃなくて海パンにしてくれ、まあ足は毛布で隠すから着替えなくて良かったんだけどな」

「え?」

「カラ松は部屋の隅で俯せに寝てて、他のみんなは押入れの中で待機ーー」


おそ松の言葉にピンときたチョロ松は押入れを開けて枕を一つと毛布を一枚取り出してカラ松の方へ投げた。


「布団とか端に寄せるから手伝って一松、十四松」

「了解」

「トッティのオカズが潰れてしまいますがな兄さん」

「でも寄せないと三人入れないよ」

「そうそう、ええやんアイツバイトしてんだからオカズの一つや二つ」

「そうでんな」


と、なかなかに酷いことを言いながら押入れの中へ入って行くチョロ松と一松、十四松。

おそ松は「いやー流石チョロちゃん話が早くて助かるよ」なんて言ってる。


「俺はここで俯せになってればいいのか?」

「うん、十四松っぽいポーズ取ってな」


そう言われたカラ松は、枕に顔を埋めて(息が出来るように口元は浮かせている)手を丸めに伸ばした。

おそ松はそれに毛布を掛けてやると「本当に寝んなよ」と言って自分は漫画雑誌を持ってソファーに座る。

それから五分と経たないうちにトド松の「ただいまーー」という声が玄関から聞こえた。


「おか…ッ!」

「馬鹿!お前喋んな」


押入れの中から十四松と一松の声が聞こえて、カラ松はビクっとなり、おそ松は笑った。


「シーーだよ十四松……って言っても聞かないだろうから一松口塞いどいて、体押さえとくから」

「うん、十四松、いい子だからジッとしててね」

「お前らもそろそろ黙っとこうな」


と、おそ松が声を掛ければ物音はピタリと止んだ。

トタトタと階段を登ってくるトド松の足音が聞こえる。


「ただいまーーって、おそ松兄さんしかいないの?」


襖を開けたトド松がソファーに座っている兄に声を掛けた。


「いや、十四松もいるけど、今寝てる」

「……本当だ」


そう言ってクスッと笑う声が聞こえ、カラ松はドキリとした。

顔が見えない状態で聞くトド松の声はなんというか柔らかくて心地が良い。


「野球の約束してたけど寝かせといてあげようかな」

「だな、さっきまで動き回ってて疲れたみたいだし、つーか一度寝たら家爆発したって起きねえだろ十四松」

「そっかーー、ていうか息苦しくないのかな?この体制」

「大丈夫じゃね?十四松だし」

「それもそっか」


同じ部屋の中でポンポンと交わされる会話のキャッチボール、自分はこんな風にトド松と喋れているだろうかとカラ松は思い、少しだけ胸が痛んだ。


「そういえば、お前さーー」

「んーー?」


トド松はおそ松の座るソファーではなくカラ松(トド松は十四松だと思ってる)のすぐ傍に腰を下ろしてスマートフォンをいじりだす。

間近でその気配を感じ、カラ松は寝たふりがバレないように呼吸を落ち着かせることを心掛けることにした。


「最近なんかチョロ松達に優しくね?」


いきなり核心を突きやがった。

カラ松と共に押入れメンバーも同じ事を思う。


「僕は前から優しい弟だよ」

「いや、そういうのいいから……なんかさ、レースやって以来一松や十四松に対しても前より物腰が柔らかい気がする」


先程、相談を受けてからおそ松も考えたのだが、どうもあの辺りからトド松の様子が変わった気がした。

他の兄弟からは「お前気付いてたんじゃねえかよ」と思われるだろう。


「なぁなんで?三男から下にだけ優しくなったとか兄さんメッチャ寂しいんですけどぉ、優しくなるなら皆平等になってよ」

「……あー、わかった……おそ松兄さんに嘘吐いてもどうせバレちゃうから本当のこと言うよ」

「うんうん」

「けど、絶対他の兄さん達に言わないでね」

「ああ言わない」


――俺の口からはな――

と、おそ松が心の中で嗤っている顔が浮かんで、他の兄弟達はお前騙されてるよ、と呆れる。

トド松は要領いいくせにどうして毎度こんな手に引っかかるのだろう……きっと面倒くさいだの気持ち悪いだの言いながら兄が自分に興味を持って気に掛けるようなことを言われるのが嬉しいからだ。


「ていうかそんなに解り易かったかな、反省」

「反省はいいから理由を教えてーーそれができなかったら俺にも優しくして」

「おそ松兄さんの優しいはパチンコ奢るとか競馬奢るとかでしょ?」


呆れたように呟いてトド松はスマートフォンをパーカーのポケットの中に仕舞い込んだ。

きっとちゃんと話してくれる


「僕がみんなに優しくしてたのは……」

「うんうん」

「カラ松兄さんを」


いきなり自分の名前が出て来て、カラ松は驚くが掌を握り込み寸前のところでリアクションを取らずに済んだ(十四松の服の萌え袖が役に立った瞬間である)他の押入れメンバーも「カラ松?」と顔を見合わせた。


「みんなに、とられないように」

「ん?どういうことだ?」


少しも疑問に思っていないような声で、しかし首を傾げながら長男は末弟に訊ねる。

トド松は「うーん、どっから説明していいか解んないんだけど」と少し迷っているようだった。

カラ松と押入れメンバーも頭に疑問符を浮かばせているし、カラ松は特に「俺をとられないようにってどういうことだ?浮気でも疑われてるのか?」と腹が立ってきた。


「えっとさ、チョロ松兄さんて、しっかりしてるように見えて不安がりで余裕なさそうじゃない」

「ああ……まあな」


いきなり失礼なことを言われて押入れの中のチョロ松が声の方をギロリと睨むが、一松に「今出てっちゃダメだよ」と首を振られて落ち着く。


「だから、心配になってくるでしょ?自分の力量以上に頑張ることあるからたまに労ってあげないとパンクしちゃうと思うんだ」


続けて末の弟から言われた言葉にチョロ松は「え?」と思った。


「一松兄さんはネガティブでほっとけないじゃん、本当はそんなことないのにすぐに自分のことゴミだとか言い出してさーー僕らみんな同じような環境で育った六つ子なんだし、それで仮に一松兄さんが一番ダメに育ってたとしたらそれは一松兄さんの所為じゃなくて一松兄さんの運が悪かったか周りにいた人の所為だよ」

「まぁな」

「十四松兄さんはちゃんと捕まえておかないと何処いっちゃうか解んないし、他の人から怒られないかってハラハラするでしょ、構ってもらうと嬉しそうだし、少し元気ないときでも人の慰めをちゃんと素直に聞いてくれる」

「……」


それはトド松なりの兄弟へ対する評価だった。

時に兄をクズだとかクソだとか言いつつ、ちゃんと弱い所や良い所を見ている彼の話に、兄弟達は少しだけ心が温かくなる。

しかし、次に言った彼の台詞がまた混乱を呼んだのだ。


「ほら、僕以外のカラ松兄さんの弟はみんな天然で可愛いじゃん」

「はい?」


おそ松が眉を顰めるが、トド松は気にした様子もなく続ける。

彼は自分以外の弟は繊細で純粋で不器用だと言う、自分が図太く計算高く要領が良いので余計そう思うのだと言う。


「そんな可愛い弟が落ち込んでたりしたらカラ松兄さんだってほっとけないでしょ?」


トド松は自分は一人でも平気な性質だと言う、人といるより自然が好きで趣味も独りで出来る事が多い、でもだからといって社会性がないわけではない、女友達は多く、バイトだってしているのをカラ松も知っている。

だからカラ松がそんな自分より他の弟の方を可愛がりたいと思うのも、優先するのも当然のことだとトド松は言った。


――ただ、だからと言ってカラ松を他の兄弟にとられてしまうのは厭だ


「カラ松兄さんは基本的に誰にでも優しいし、弟を頼られることで兄として認められたいって思ってる節があるじゃん、だから多分ね僕よりも心配なチョロ松兄さんやネガティブな一松兄さんと相性がいいし、素直に構ってもらおうとする十四松兄さんを可愛いと思うんだと思う」

「そんなことないだろ」


お前とも相性はいいし、お前のことを可愛いと思うから付き合ってるんじゃないのか?とおそ松が言えば、トド松は「それもそうだけど」と少し声のトーンを落とした。


「兄さんて僕と付き合い長いから付き合えてるんじゃないかなってたまに思うんだよね」


珍しく弱気な発言に長男は目を見開く、トド松は更に続けた。


「だって僕は他の兄さん達みたいにカラ松兄さんに無条件で優しくしたり喜ばせたり出来ないし、カラ松兄さんが落ち込んでる時に傍にいるのも結局は僕の為だし、兄さんの服装とかに目敏くダメ出しするのも僕を見てほしいからだし、みんなで楽しくやってる最中だってカラ松兄さんをどうしたら独り占めできるかとかいつも考えてて打算的だし、もっと自由にしてる兄さんが好きなのに束縛したいって思っちゃうんだよ」


ずっと、うちの末弟は兄弟の中では常識がある方だと思っていたが、自分が何を言っているのか全然解っていなさそうなところに、世間とのズレを感じる、けして可愛くはないし、馬鹿だとも思う。


「でも僕がなにもしなかったらカラ松兄さん他の兄弟のとこ行っちゃう……」

「そんなことないって」

「だって、ひとりでも大丈夫な弟と、ひとりにしちゃいけない弟がいるなら、カラ松兄さんは絶対に後者を選ぶし」


――でも、だって、カラ松兄さんは“やさしい”から――

おそ松はトド松の言葉の意味がよく解らなかった。

長男として次男の彼を見て手離しで“優しい”とは言い切れないところがある、殆ど怒らなくなったけれど、短気で他人の忠告など聞かず自分の好きなようにする所はずっと変わらないし、兄である自分には暴力を振るうこともあり、末の弟で一番甘やかす理由のあるトド松にだってそこまで優しくはない。


「だから、僕がみんなの傍にいて、みんなカラ松兄さんがほっておいても大丈夫になれば、兄さんに自由な時間が増えるかな……って」


おそ松は心の中で、それではトド松の自由な時間が減って結局ふたりっきりでいる時間がなくなるのではないだろうか……とツッコミを入れた。

だいたい他の弟の事は長男の自分がちゃんと見ているし皆もついているのだからカラ松はそこまで心配していないと思う。


「そしたら僕が誘っても迷惑に思われないかな……って」


今のはいつか“僕の行動なんて興味ないかなぁと思って”って言った時と同じトーンだ。

あの時も思ったけれど、コイツは変だ。

だいたいがマトモな癖に局地的に変だ。

おそ松ははーーーと大きな溜息を吐いた後、押入れに向かって少し大きめに呼びかける。


「って、ことらしいよ?みんな松」

「へ?」


おそ松が声をかけた方向をトド松が見た瞬間、押入れの襖がスパーンと勢いよく開かれた。


「あーー息苦しかった……手に十四松の涎付いちゃったし」

「サーセン一松兄さん、でもカラ松兄さんの皮ジャンで拭いていいんスか?」

「ていうか“みんな松”ってなに?おそ松兄さん……」


ぞろぞろと出て来る兄弟達を見てトド松の大きな瞳が更に大きくなる。

一松に、チョロ松に、カラ松の服を着た十四松……ということは自分のすぐ横で寝ている人物は……


「トッティ」


ガシッと、黄色い袖から飛び出た手がトド松のくるぶしを握りしめた。

この手は知ってる、知らないわけがない、だってカラ松のものだ。


「カラ松兄さん?」


トド松の足を握りしめたままカラ松はゆっくりと起き上がる、体育座りのトド松の真ん前に座り込むような体制だ。


「最近、付き合いが悪いと思っていたら、そういうことだったんだな?」

「えっと……」

「俺を独り占めしたくてやっていることで自分に自由な時間がなくなれば本末転倒だと思うんだが……」


すぐ近くで青くなったり赤くなったりする末弟の顔を見ながら次男は笑うが、瞳は全然笑っていない。

後ろ姿しか見えない他の兄弟達からだって、今次男がどんな顔をしているか想像がついた。


「……なぁ?俺が家族に黙って一人で富士山に登ってしまうような弟をほっておいても大丈夫だと思う薄情者に見えるか?」

「えっと……」

「可愛くもない、一緒にいて楽しくない奴と性交渉込みの交際が出来るほど馬鹿でお人好しに見えるか?」


そこ性交渉とか言わない!そしてお前は馬鹿がつくお人好しだよ!!

と、チョロ松はツッコミを入れたくなったが、どうにか耐えた。


「思わないけど……」

「だよなぁ?」


イタイ言葉を封じれば彼よりも高圧的な怒り方をする者はいなかった。

そして、そういう怒り方に一番弱いのは末っ子で可愛がられてきたトド松だった。


「だいたい独り占めしたいなら俺にもっと甘えてみるとか、そういう選択肢は無かったのか?」

「ダッ!ダメだよ!だって僕はおそ松兄さんにだってカラ松兄さんを取られたくないんだから!甘えるんじゃなくて、おそ松兄さんみたいに頼られる存在にならないと……」


コイツ本気で自分が何を言ってるのか解ってないんだろうな、と今しがた名前を挙げられた長男は本日何度目か解らない呆れかえった表情を浮かべた。

それに、兄に対するものとは形が違うがカラ松のトド松への信頼度はかなり高いものだと思うが、まったく伝わっていないのだろうか……――


「はぁ……もう付き合ってらんない」

「行こう十四松、野球は俺が一緒にやってあげる」

「うん!やったーー!!」


そう言ってぞろぞろと部屋を出て行く他の兄弟達を見て、長男も立ち上がる。


「お、おそ松兄さぁん!?」


甘えたような声で自分に助けを求めるトド松を振り返る、真っ赤になって涙目になって次男の腕から逃れようとジタバタする彼は全然器用そうには見えない。

なにが“僕が誘っても迷惑に思われないかな”だよ、いつも誘う前からそうやって襲われてんだろ?なのに気付かないとか、どんだけ鈍感なんだよ。

おそ松は「ごゆっくり〜」と手を振って退室し、静かに襖を締めた。


「おそ松兄さんーー!!」

「お前ちょっと黙ってろ」

「プッ」


すぐ下の弟の嫉妬じみた声に思わず噴出してしまった。

精々可愛がってやるといい。

自分も早く階下に降りて、他の弟達を可愛がってやろう、と、長男は思った。

もちろん次男が六男にするのとは違う意味で――




――不安がりで余裕なさそう、ネガティブでほっとけない、何処いっちゃうか解らない



――確かに計算高くて可愛くはないけれど、可愛くないところが最高に可愛いのがウチの末弟だろ?








END


安定のおそ松兄さんオチ


冒頭ポエムは

「隙だから巣食いたい」

「好きあらば放したい」

「誰彼の好き具合い」

「私の総ての見込んだキミの」

「仮装の煙は愛しくあり」

と、よみます(意味は特にありません)