かたわらいたし
昔のカラ松は乱暴で怒りっぽくて、でも自分に宛がわれたものは大事にする人だった。 父や母は六つ子へ平等に物を与える人だったが、誰かがすぐに壊したり無くしてしまうものだから、他の兄弟はその誰かに奪われまいと大事なものを隠すようになった。 カラ松が大事なものを台所の棚の裏に隠していたのを憶えている、トド松はそれを知って、そんな暗くて狭くて埃っぽい所によく大事なものを置いておけるなと思っていたのも憶えている。 ただカラ松が時々ソレを取り出して埃を丁寧に払った後、それを見て満足そうにしているのを見ると大事にされているのだと感じた。 他の兄弟にとられないように懐の中に入れて、こっそりと持ち出す、それが玩具の時もあれば拾ってきたガラクタ、自分で作った折り紙の動物やダンボールの剣だったこともある。 どうして自分がその場面を見ていたかは憶えていないけれど、ただそのことだけは鮮明に憶えている。 トド松は宝物にしていたビー玉をカラ松がするように時々撫でて、キラキラした光りをその目にうつすように見詰めた。 そうするとどんどん愛着が沸いてきた。 やっぱりカラ松のすることには間違いはない……いや、よく失敗するけどね、と自分とそっくりの六つ子の兄を思い浮かべ微笑んでいるトド松。 彼にとって一番大事なものは今も昔も変わらない。 ただ幼い頃のトド松はそれは大人が子どもにするようなことで、対等の相手にすることは可笑しいのだと思っていた。 彼に対する『大事』が『大切』に変わってからは更に可笑しいことのように思えた。 そう、可笑しい、こんなのは間違っている、自分が好きなのは女の子の筈だ。 やわらかくて小さくて良い匂いのする、女の子らしい女の子、あのカラ松とは何一つ重ならない、そういう子を大事にすべきなのに。 他の子に目を向けようと必死に足掻いて、世界で一番大事に思える子を作ろうとしたけれど、彼の存在はトド松の頭からも心からも離れていかないのだ。 幼い頃は彼の冒す全てに憧れた。 思春期になれば彼から犯されることを望んだ。 今はただ侵されていたい。 恋の病に侵されながら、彼自身にも侵されていたい。 トド松は自分自身がとても好きだ。 誰になんと言われようとビー玉みたいに磨いてキラキラに飾った自分自身をとても可愛いと思っている。 ――ねぇわかるのかな? 小さい頃から大事に育てあげた可愛い自分を貴方にだったら全部くれてやりたいんだよ…… 貴方はその意味をどこまで解ってくれるだろうか―― 「眠れてないんだすか?」 「へ?」 その日、六つ子は揃ってデカパン博士の研究所へ新しい発明品の見学に来ていた。 博士のくれた綿菓子を食べるとみんなの身体が浮き上がり部屋の中をふわふわと浮遊し始める、最初は驚いていた次男や三男、四男もすぐに慣れていき、六人で追いかけっこをしたりキャッチボール(人間)などをして大いに盛り上がった。 そんな風にひとしきり遊んだ後、帰ろうとする六つ子の中で最後尾にいたトド松は博士から呼び止められ、そう小さな声で訪ねられる。 「そんなことないけど」 「……ちょっと待っててくれダス」 といい博士は戸棚の中から掌くらいの大きさのコルク瓶を取り出しトド松に差し出してきた。 珍しくパンツの中に入っていなかったそれをトド松は抵抗なく受け取る。 「これを舐めるといいだす」 「なにこれ?」 「よく眠れるお薬だす」 瓶の中にはぎっしりと青い飴玉みたいなものが詰まっていた。 トド松は不思議に思ったが先程の綿菓子も薬だった事を思い出す。 何も知らなければパンツ一丁でホエホエ言っている怪しげなおじさんだけれど、デカパン博士は凄い発明家なのだ。 今も兄弟ですら解らなかったトド松の睡眠不足を言い当ててしまった。 「一粒舐めればすぐ眠りに入るだす、眠る時間はその時の疲労度によるだすがキミがずっと眠れていないなら朝までぐっすり眠れるはずだすよ」 「……ありがとう」 トド松は頭を下げて、その瓶を鞄の中に突っ込むと足早に研究所を後にした。 最初からこの後は別行動を取ると言ってあるので待っている兄はいない、それを良かったと思いながら、トド松は苦笑を零す。 ジムについた彼は自分の中に浮かんだ浅ましい“思い付き”を振り払うようにトレーニングメニューを消化していった。 69 69 69 69 69 69 数日経ってもその“思い付き”は彼の頭の中から離れていかない。 長男は両親に連れられて春服の買出しに(きっとまた安物をダースで買ってくるのだろう) 三男と四男はトト子のライブの打ち合わせ(すこし羨ましい)五男は……おそらく野球に行っている。 次男は今日は某レンタルショップで借りてきたCDを聴いている日にするらしい、古本屋で三国志を読破したときも思ったけれど、意外と節約するタイプだ。 聴いているのは彼にしては珍しく洋楽で、なかなか好みの曲なので後でチョロ松に頼んでスマホに取り込んでもらおうかと思う。 (借りたCDってコピーしていいんだっけ?) まあそれも後でチョロ松に聴けばいい、トド松は両手にインスタント焼きそばと箸を二つずつ持って音楽の流れる部屋へ入った。 「兄さんお昼にしよう」 飲み物は部屋に篭城する気でいたカラ松が一リットルのペットボトルを持ち込んでいるので、コップだけ焼きそばのカップの上に乗せて持ってきた。 トド松が声をかけると窓辺に座っていた兄は振り返り「ありがとう」と気の抜けた顔を見せてくる、こういうリラックスしている時の次男に弱い。 ふたりで焼きそばを食べお茶を飲み、二人で微睡んでいたところで、トド松が意を決したようにカラ松に話しかけた。 手にはあの小瓶を持って兄に近付く弟。 「カラ松兄さん飴舐める?」 するとカラ松は酷く驚いた顔をする、自分が個人用の菓子を分け与えるからだろうか?とトド松は思ったが、よく考えるとそう珍しいことでもない。 カラ松は食事することが好きで、彼とは出来るだけ多くの感情を共有したいと思っているから、だから自分が美味しいと感じたものは一口分けるようにしている。 「いらないの?」 「え?ああ、貰おうか」 瓶の蓋を開けた状態で差し出すとカラ松はそれを口に含んで、トド松は舐めないのか?と訊ねてきた。 「僕は他の飴舐めてるから」 そう言って舌を見せる、トド松の舌の上には苺ミルクの飴が乗っていた。 「そうか」 と言って口の中でコロコロ飴を転がしている兄を見て弟は少し胸が傷んだが、まあ害はないものだから、丁度兄さんも眠たそうにしてるし薬が効いても怪しまれることはないだろう、そう自分に言い聞かせる。 畳と障子と襖の部屋、何の変哲もない木の棚と、緑のソファー、窓、揺れるカーテン、少し残ったソースの臭いと、春の薄日の混じった空気、兄と弟。 流れていた曲がバラードに変わる、ああこれはたしか以前一緒に観た映画の主題歌だと思いながら弟は目を閉じて聴き入る兄を見ていた。 「兄さん?」 数分後、壁に寄り掛かったまま眠りについたカラ松に声を掛け、トド松は彼の目の前まで四つん這いのまま近づく、スピーカーの電源をオフにして、じっと兄を観察したが、どうやらぐっすりと眠っているようだ。 博士の薬の効力を疑っているわけではないが、ビクビクしながら顔を覗き込み、よく観察する。 毎日見ている寝顔は、あどけなくて可愛い、きっと自分の方が可愛いけれどとトド松は笑みを浮かべた。 「カラ松兄さん、あのね……」 そこから先は声に出さなかった。 トド松はカラ松の頭に優しく手を置く。 頭のラインに合わせて上から下へ何回も掌を滑らせて、時折指で髪を摘まんだり絡ませたりしてみた。 雰囲気が目に見えるならば、世界中の慈愛と悪戯心を集めて綿菓子にしたようなものがトド松から発せられている。 昔のカラ松は乱暴で怒りっぽくて、でも自分に宛がわれたものは大事にする人だった。 あの時からトド松にとって大事にするということは、撫でること、優しく見詰めるということ。 (ごめんね) カラ松の手を取ってそっと自分の頬に当てる、日の当たる場所にいたからか暖かい。 六つ子だから他の兄弟と大差はないけれど、きっと自分は目を瞑っていてもそれがカラ松の手だと解るだろう。 その手を耳元にもっていくと“ごう”という音が聞こえた。 この音に溺れてしまいたい。 (ごめん) もう一度謝ってから、トド松はカラ松の手を自分の首元まで滑らせた。 トド松の首は細く、大きなカラ松の手で握るのに丁度よい形だと思い、そんな己への嘲笑で喉が鳴る。 顎のラインをなぞらせた後、今度は服の裾を少し上げて下からカラ松の手を滑り込ませる。 ヘソの周りを円を描くように撫でさせた後、トド松はカラ松の膝の上に乗りあげ、彼の手を自分の胸元へ持っていく。 心臓の上に掌を置いて、彼の身体へ振動が伝わるようにジッとしていた。 息が乱れるのが気持ち悪くて泣きたくなる。 汚ないとこには触らせない。 普段のスキンシップでも触れるところに限る、それがトド松が自分で決めたルールだった。 弟にはこれで充分、兄からこんなに長時間同じ場所を触ってもらえることは他の兄弟だってないだろうから……たとえ兄の意思を無視した状況であったとしても少しだけ救われた気分になれる。 「兄さん……カラ松兄さん」 首をもたげて寝息を立てる彼の顔を見下ろす、髪で隠れて目元は見えないけれど、それが丁度よかった。 自分の額と兄の額を合わせ、祈るように語り掛けた。 ――僕は自分が大事で、自分のことが一番かわいい 他人から見れば何の価値もない存在かもしれないけれど僕にとってのトド松はかけがえのない存在なんだ キラキラと輝いている自意識だって手元に置いて自分で扱っていたいと思う…… でもね、そんなトド松が好きに触ってもらいたいと思う人がこの世に一人だけいるんだよ? 誰だと思う? きっと兄さんは一生気付かないだろうね…… 僕はね、その人のものになりたい 小さい頃に見つけたその人の宝物のように扱われたいし、見詰めていてほしいんだ ずっと大事に育ててきた僕をその人にだったら全部くれてやりたいんだよ…… たとえ大事にされなくても一番じゃなくてもいいから、触ってほしい、その人のものにしてもらいたい ずっとずっと、大切で大好きな人だから―― トド松はカラ松の手を自分の胸から離すと彼の膝から降りて服を整える。 最後にもう一度その頭を撫でて押入れに毛布を取りに向かった。 カラ松を横たわらせて上から毛布を掛けると、飴の入った小瓶を自分の引き出しに中に隠して、そっと部屋から抜け出した。 飴はあと十数個残っている、博士に悪いから今度は自分に使おうと決意する。 こんなことをするのは一生に一度でいいのだ。 そうすれば少しだけ過ぎた出来心ということにして自分を許せてしまえる。 「あーーお金もないし、十四松兄さん探して一緒に野球でもしようかな」 トド松は台所で使った箸とコップを洗いながら大きな独り言を言った。 先程の自分の行動を思い出して、カラ松の手の感触を思い出してどうしようもない。 忘れたくはないけれど冷たい水と共に流れていってしまわないだろうか? だってこの火照った顔をどうにかしないと、優しい兄達から心配されてしまいそうだ―― この時のトド松は、二度と彼には使わないと思っていた飴玉をもう一度だけ使ってしまう時がくるとは思ってもみなかった。 それによって自分の片想いが飴玉のように溶けてなくなってしまうことも、まだ知らない。 69 69 69 69 69 69 数日前のデカパン博士の研究所。 トド松が足早に去っていった反対の方向から、先程まで一緒にいた人物が戻ってきたのを此処の主である博士は見止めた。 昔の彼とその兄弟を知っているから手離しで良い人とは言えないけれど、今見えているのは弟をほっておけない心配性な兄の姿だ。 自動ドアを潜って入ってきた彼に、博士はニコリと微笑みかけた。 「うまく言ってくれたか?博士」 「ホエホエ大丈夫だすよ、トド松くんの不眠はきっと精神的なところからきてるから、きっとあの薬を飲めば治るだす」 「薬……」 さっき六人揃って体が宙に浮かぶ薬を飲んだというのに、薬と聞いて少し不安げな表情をする彼を見て博士はおかしげに笑った。 「大丈夫トド松くんにあげたのは偽薬だす、睡眠薬だと思っていれば効果はあるけれど、それを思わない人にとってはただの飴だす」 そう言いながらシャーレに乗せた幾種類かの飴を見せてきた。 「彼には鎮静作用がある青色の丸いものを選んでみたんだすが、実は他の色や形もあったんだす。トド松くんの不眠に気付きたご褒美に君にも一瓶プレゼントするだす」 「いいのか?」 「ええ、なに色がいいだすか?」 「そうだな……」 そして彼が指さしたのは――柔らかい桃色の丸い飴玉だった。 博士はその飴の詰め込まれた小瓶を持ってきてくれる。 「そういえば桃色は人に幸福感を与えてくれる色らしいだすよ」 渡しながらそう言ってくる博士に…… 「ああ、知ってる」 そう答えながら彼――カラ松は笑った。 END カラ松もトド松のことメッチャ好きなんですが恋心だとは気付いてない状態的なあれです リリカルな意味でカラ松のものになりたいと思ってるトド松は可愛いなと思いますが、そのうち色んな意味で彼のものになれるんじゃないかな?って思います |