Look me as a Lover wannabe



「ねえトッティ“漂流チョコレート”って知ってる?」



とあるカフェのボックス席、ケーキスタンドに乗った六色のマカロンでどれを食べようか迷っている最中、今回の同伴者にそう訊ねられる。

トド松は選んだ青いマカロンを口に頬張りながら「なぁにそれ」と瞳で訊ねた。


「渡したくても渡せないバレンタインチョコを贈る企画だよ」


そう言って同伴者は一枚のチラシを見せる。

あるチョコレートブランドが立ち上げた企画らしい、このブランド名は聞いたことがある、何年か前なかなかリーズナブルなお値段で美味しいチョコを売っているとトド松の周りの女の子たちの間で話題になっていたからだ。

チラシには【あの人の代わりにあなたの想いを受け取ってくれる人がいる】と大きく印字されていた。


「このお店でチョコを買って参加すれば、そのチョコをどこかの誰かに届けてくれるんだって」

「どういうこと?」

「ほら好きだけどチョコレートを渡せない相手っているじゃない、その人の代わりにチョコを受け取ってくれる人がいるんだよ」


どこか要領を得ない説明なので、トド松はチラシを読むことにした。

同伴者が言った通り、好きな人へバレンタインチョコレートを贈れない人がこの店でチョコレートを購入し、店側が無作為に選んだ相手の元に送るという(その相手は応募者の中から選ばれる)誰かにチョコレートをあげたい人と自分宛でなくてもチョコレートもらいたい人の心を満たすウィンウィンのような企画だった。


「え?……でも、折角チョコ買っても好きな人に渡らないんでしょ?それでいいの?」

「だからいいんじゃないの」


と、同伴者は答えた。


「相手が亡くなってるとか何処にいるのか解らないって人もいるだろうけど……中には相手が結婚してるとか、私達みたいなのとか……色んな理由があってチョコを贈れない人がいるでしょ」

「うん」


トド松はそういえばこの子は自分と同じ境遇にいる“仲間”なのだと思い出す、そういうコミュニティで知り合って仲良くなったから――


「私の気持ちなんて喜んでくれるわけない、迷惑なだけだって……そんな風に思ってる人にとってのせめてもの救いなんだよ、この企画は」

「そっか」


トド松は同伴者が“好きな人のことを吹っ切る為のもの”だと言わなかったことに少しだけ安堵する、辛い恋だけれど到底やめられそうなものではないから、この子にもそうであってほしかった。


「君はこれに参加するつもり?」

「うん」


チラシには【チョコをあげたい人】は店頭までお越しください【チョコをもらいたい人】は下記の応募欄を切り取りハガキに貼って当店までお送りください、と書いてある。

今時ハガキでなんて古風なブランドだなと思いながら、でもこういう企画なら気軽に応募できない方がいいような気がした。


「やっぱり毎年チョコを贈りたいって人よりチョコを貰いたいって人の方が多いから、受け取れるのは応募者の中から抽選になるらしいんだけどね」

「そうなんだ……」


周囲の人からチョコを貰えず、この企画でもチョコを貰えない人がいるかもしれないと思うと少しだけ心が痛んだが、皆その覚悟を持って応募しているのだと思うと、届けられない想いを託すのに相応しい気がしてくる。


「トド松も一緒に参加しない?」

「そうだねえ……」


トド松は頬杖をついて同伴者のくりくりとした瞳を見返す、かわいい子、これで頭も良いから相手を選ばなければすぐに良い恋人が出来そうなのに、どうしても今好きな相手を想ってしまう馬鹿な娘、この子がトッティという愛称でもなく名前で呼び捨てしてくる時は本気で頼っている時だ。


「手紙も一緒に贈れるって書いてあるね」

「え?あ、うん……そうだね」


チラシに目線を落として問うと同伴者は応える。


「この後、封筒と便箋買いに行こっか」


そして、その言葉に瞳を細めて頷いた。


「ありがとう、トッティ!」

「こちらこそお誘いありがとう」


さぁ手紙にはなんて書こうかな……トド松は向かい側ではしゃぐ同伴者を微笑ましく見つめがなら想いを馳せた。


バレンタインもきっと傍にいる貴方へ、愛をしたためて――




69 69 69 69 69 69




二月十四日、毎月十四日は僕の日だよ!と騒ぐ五男もこの日ばかりは今日はチョコレートの日だね!と騒いでいた。

結局騒ぐ五男に母親がチョコレートを渡し、他の兄弟達にも同じ包みを渡す、今年も長男から五男までは母親からしか当てがない。

朝早くから「友達と用事があるから」と出て行った六番目の男は、夕方紙袋に何個かのチョコレートを入れてニコニコしながら帰って来た。

カラ松は一階の縁側で一輪の薔薇をクルクルと弄ぶ、自分にチョコをくれる運命のカラ松ガールは一日中待っていたって現れなかったし、それに付き合わされた薔薇もすっかり萎えてしまっていた。

一枚だけ残った花弁を見て強いと思うか憐れに思うか、そんなとりとめもないことに考え飽きたカラ松は、兄弟の中で唯一女性からチョコをもらえたトド松を想う。


今日もまた、あの末弟を忘れさせてくれる運命の人には出逢えなかった。


もっと積極的に探せばいいのかもしれないが、それが出来ないのは自分があの末弟のことを本心では忘れたくないと思っているからだろうか、でも、しかしいずれ忘れなければならない気持ちだ。

カラ松は、実の弟のトド松に恋をしていた……いや、恋という一文字で表せるような単純な感情ではないだろう、人間は兄弟や友人やただの知り合いであっても様々な感情を抱えてしまう動物だから。

兄弟であり、半身であり、友人のような間柄でもあり、相棒でもあるトド松への想いはきっと複雑に入り組んだ木々のようで、解かない鍵のようで、それに恋心が加わった昨今は森の中の城に閉じ込められた独りぼっちの獣のような気持でいる。

暖かい陽のひかりが恋しいと窓を見詰めるように彼のことを見ているのに、たったひとこと「助けてくれ」とも言えない。

もし自分とトド松のどちらかが女性で他人であれば何も悩むことなく幸せな聖バレンタインを迎えられたのかもしれないけれど、それは叶わない夢だ。



「カラ松ーー!」


すると玄関から靴を履いたままの兄が自分を呼びながら駆け寄ってきた。


「どうした?おそ松」


どことなく嬉しそうな兄を見上げるカラ松、おそ松はカラ松が座る縁側に腰をかけて手に持っていた箱を押し付けてきた。


宛名に【松野カラ松様】と書いてある。


「お前に小包が届いたぜ」

「え?なんだろう……」

「ほら漂流チョコレートだよ!こないだ母さんに連れられてデパート行った時に書いたろ?」

「ああ……あれか」


すっかり忘れていた。

大きな買い物をするからと力のある長男と次男が抜擢され(ちなみに五男は留守だった)連れていかれたデパート、母が買うものを選んでいる待ち時間を持て余していると、赤と茶色を基調にした制服を着た可愛い女の子に「漂流チョコレートに参加しませんか?」と声を掛けられたのだ。

レディの話は聞かなければと耳を傾けたカラ松は、その企画の旨を聞き、その子から五十二円のハガキを六十円で買って応募した。

一緒にいたギャンブル好きのおそ松も百円たらずのハガキで千円以上するチョコレートが貰えるかもしれないならと面白がって応募した。


「あれが当たったのか……」


「倍率結構ありそうなのに兄弟そろって当たるとかラッキーだよな」


と、言っておそ松も自分宛てに送られてきた小包を膝の上に置いた。


「先に俺達で見て後でアイツらに自慢しようぜ」


企画に応募したってことは内緒にしてなと、にやり笑う長男に次男も同じような笑みを返す、兄弟を騙すことに罪悪感が湧かないわけはないが、この程度なら可愛いものだろう。

三男が真面目を気取っている所為ですっかりこのリーダーから参謀役として認識された自分は年々クズ度を増してきている。

他の兄弟からは昔より丸くなった穏やかになったと言われているけれど、長男から共犯者にされ続けた結果カラ松は以前より狡猾になったという自覚があった。

お互いに自意識ライジングだドライモンスターだと罵り合っている三男と六男を見て微笑ましく思えるくらい、表に出さない部分に長男と次男は牙を隠していたし、それで弟達には沢山迷惑を掛けてきたように思う。

それでも四人の弟達は慕ってきてくれるから、兄達にとっては何があっても守りたい存在なのだ。


――そんな弟に不埒な想いを抱くのは、やはり間違っているのかもしれないな

同じ願いを、トド松が抱いてくれているなら兎も角――


カラ松がボーっとしてるうちに、おそ松はカラ松の持っていた小包の封を勝手に破いていた。


「まずはお前のから見てみようぜ」

「ああ」


中から出てきたのはチョコレートのブランド名が書かれた箱。

箱の中にはチョコレートと共に《このチョコレートを受け取った貴方へ》と書かれた白い封筒と《大好きな貴方へ》と書かれた薄ピンクの封筒が入っていた。

カラ松は初めに白い封筒を手に取り破かないように丁寧に開く。

いったい何が書かれているのだろう、少しワクワクしながら読み始める。


《ハッピーバレンタイン》


手紙はそんな言葉から始まっていた。


《手紙なんて普段書かないから何と書き出していいのかわからないので、とりあえず今日の日にお決まりの挨拶を書いてみました。この度は私のチョコレートを受け取ってくれてありがとうございます。私は貴方がどんな方かは解りませんし貴方も私がどんな人物なのか解らないのですが、この『漂流チョコレート』に応募された方なら私が想い人にチョコレートを渡せない事にそれなりに理由があるのだと察してくれていることでしょう。これも何かの縁だと思い私と私の想い人のことを少々したためさせて頂こうと思います。先程から何度か想い人と言っていますが、私には好きな人がいます。所謂『禁断の恋』というやつなので私がその人のことを好きだと話しているのはこの企画に参加しようと誘ってくれた友達と、一つ上の兄しかいません。その二人に私の気持ちを話しているのは私と同じようにツラい恋の経験があったからです。さて、ここで私のことを少し紹介させてもらおうと思います。そう言っても特段紹介するようなこともない、つまらない奴なんですけどね……。私には兄が五人いるんですが、それぞれ個性的で自分の世界をきちんと持っています。自分を普通だと言っている三番目の兄や、比較的普通な四番目の兄だって私と比べたらキャラが立っているし、他の三人も普通の人にはないものを沢山もっていて、みんな誰かにとっての特別な存在になりうる人です。そして……実は私が好きなのはその兄のうちの一人なんです。びっくりしたでしょう?自分の兄弟を好きなんて!しかもその人と私はそっくりな容姿をしていて性別も同じなんですよ。ここまで読んでもし貴方に不快な思いをさせてしまったっていたら申し訳ありません。でも、私がチョコレートを渡せない理由は理解してもらえたと思います。気持ち悪いでしょうからこの手紙は破って捨ててくれて構いません、けれど、どうかもう一つの手紙は破かずに、そのままの状態で、どこでもいいので川に流してください、その為に封筒と便箋は水に溶けるものを選びました。水になれば、いつかあの人の元に戻れるかもしれない。あの人がしたためた愛に触れられるかもしれない。バカみたいでしょう?でもそういうものに縋ってしまわないといけないくらい好きなんです。兄は僕とよく釣りをしてくれるんです。時々僕以外の兄弟を誘ったりもするけど、だいたい僕と一緒にいてくれます。兄は昔は凄く短気で今も待たされるのは苦手な方なんですが魚が掛からなくたって全然イライラしません。ただ釣りをしている自分が好きみたいなところがあります。私もたとえ釣れなくても兄と二人でのんびりと時間が過ごせれば構いません。私は昔からのんびりしていてマイペースなんですが、短気な兄に急かされるのは嫌いじゃありませんでした。私の小さな手を同じように小さな手が引いて、怒られて逃げている最中なのにどこかワクワクしたような顔の兄が「急げ!」って言ってくれるのが好きで、その時の光景を今でもよく憶えています。そんなとき私は兄と同性の兄弟で良かったと心から思います。兄がいくつ憶えているか解りませんが兄と私には二人だけの想い出が沢山あります。もし他人で異性だったらこんなに沢山一緒にいられなかった。私のこの想い出はこれから先兄が誰と結ばれても私だけのものです。私の心の中にいる兄は私のもの、いや、兄は私の持ち物ではないんですけど、一番近くで見詰めていることのできる私の宝物なんです。さっき兄は今でも待つのが苦手だと書きましたが、そんな兄はいつも自分の運命の人を待っています。もういい歳した大人の男なんだけどロマンチストでしょ?でも私は兄のそういう所も良いなって思うんです(私がリアリストだから余計に惹かれるのかもしれません)あの短気だった兄からずっと待ってもらえてる兄の運命の人がとても羨ましくて恨めしいです。兄の寂しそうな背中を見ていると早く現れてよって思うのと同時にずっと現れないで欲しいなとも思うんです……そしたら僕がずっと兄さんの隣にいられるから。なんて叶わない夢を見ます。大丈夫きっと僕は兄さんが幸せになれるんだったら何でも我慢できる、だって兄さんの笑った顔が好きだから、その笑顔を自分自身の手で失われるわけにはいかない。きっと私は兄の運命の人が現れることを兄以上に待ち望んでいるんでしょう。兄が兄の一番愛する人と結ばれて幸せになる未来を願います。だから私の想いは伝わらなくていい。伝えてはいけないことなのだと思います。今回貴方にチョコレートを送った理由はそれです。気持ち悪くて穢れた想いですがチョコレートは店員さんが一番美味しいというものを選びました。どうか兄の代わりに食べてもらえたら嬉しいです。ここまで長々と書いてしまいましたが最後まで読んでくれてありがとうございます。チョコレートを受け取ってくれて有難う。いつか貴方が貴方の愛する人からチョコレートが受け取れる日がくるのを願って(といいつつ既に貴方がリア充だったら恥ずかしいな)では、お元気で》



「……」

「なあ、なんて書いてあった?」


横から兄が笑顔で訊いてくるのが解ったがカラ松はそれを無視した(というか、応える余裕がなかったのだろう)

そして、ゆっくりともう一つの封筒を取り出し、開ける。

そのまま川に流して欲しいと書いてあったけれど、これを読んだ後にそんなことが出来る筈がなかった。

カラ松が床に置いた便箋をおそ松が手に取り読み始めたのに気付いたが、今は諌める時間も惜しい、後で殴ろうと決めたけれど。


震える手でピンク色の便箋を広げると、そこには青いペンで、見慣れた文字が書き綴ってあった。


《カラ松兄さん》

《僕は兄さんのことが大好きだよ》

《ごめんなさい》

《この恋を叶えようなんて思わないけど、兄さんを好きじゃなくなることはもう諦めてる》

《兄さんから離れようかなって何度も思ったけど、きっとどこに行っても兄さんを想う気持ちは変わらないし》

《ひとりになったらきっと僕は寂しくて死んじゃう》

《だからどうか兄さんの傍にいることだけは許してね》

《僕のこと好きにならなくていいよ、一生兄弟でいさせて》

《だってカラ松が幸せになれなかったら僕は哀しくて死んじゃうから》

《最後にもう一度言わせて》

《僕は兄さんが世界で一番大好きです》

《あなたの弟 トド松より》


カラ松は何度かその文章を読み返したあと、便箋を丁寧に畳み封筒の中に戻した。

そして文具の入れてある引き出しからビニール製の封筒を取り出し、その中にそれを入れる、水溶性の紙を濡らさないように大事にテープで止める。

いくらデリカシーの無いおそ松でもコレを読もうとはしないだろう、カラ松は二つの封筒を彼に預けてチョコレートだけ持って部屋の外に出た。


「これのことは任せときなー」

「雑に扱うなよ」


おそ松が封筒をパーカーのポケットに入れたのを見て眉を寄せる、まあ己の唯一の兄はそれはもうクズだけれどそれはもう頼れる人物だから、もしも末弟がそれを取り返そうとしても無理だろう。

まったく、これが自分の元に届いてよかった。

もし他の男の元に行っていたらと想像しただけで嫉妬に狂いそうであったし、もしそれを知れば自分はどんな手を使っても奪い取ろうとしたろう、そしてトド松にはお仕置きをしなければいけなかった。

二階の階段を上がる途中からギャーギャーと騒ぐ弟達の声が聞こえてくる、おおかたトド松がチョロ松や一松や十四松に貰ったチョコの自慢でもして総攻撃を受けているんだろう、その光景が安易に浮かんでカラ松は苦笑を漏らす。

いつもならカラ松も攻撃に参加するのだけれど、今回は彼も自慢する側だ。



「俺も本命からチョコレートがもらえたぜ」


そう言ったら自分もボコボコにされるのだろうと思いながら、カラ松は静かに襖を開くのだった。









END






ちなみにチョロ松もちゃっかりその企画に参加してる(もらう方あげる方の両方)って裏話があります

ガールフレンドいるしチョコ貰えてるのに合コン失敗するトド松はきっと友達としては凄くイイ奴だけど恋人にしようとは思われないタイプなんだろうなーーって愛しさが芽生えてきます

冒頭はトド松の友達はなんとなくトド子っぽいイメージで書きました。

カラ松が好きなトド松とカラ子が好きなトド子が偽装で付き合ってるふりする話とか読みたいのであったら教えてください(他力本願)