君の袖を濡らすなら
昨日夜遅くカラ松兄さんと一緒に帰ってきたトド松は朝御飯を食べるとそそくさと出掛けていった。 僕はバランスボールに揺られながら、また“アレ”かーって思い至った。 別に恥ずかしいことじゃないと思うんだけどなー、なんでこんなことになっちゃってるんだろう? 「あれ?カラ……クソ松、トド……トッティは?」 朝御飯を食べて暫く経った頃、一松兄さんがみんなのいる居間の襖を開けてカラ松兄さんに話し掛けた。 「え?上で寝てるんじゃないのか?」 「ていうか、なんで言い直した?」 鏡から顔を上げたカラ松兄さんに続いて求人雑誌から顔を上げたチョロ松兄さんがツッコミを入れる。 「寝てなかったけど、他の場所も探したけど居なかったからどっか行ったんだろね、心当たりない?」 「なんで俺に聞くんだ?」 「だって、お前が一番アイツと一緒にいるだろ?」 って、よくわかんないけど得意気に笑った一松兄さん。 カラ松兄さんは「そうだな……そうか?」と頭を捻ってるけど僕もそう思う。 「デートじゃないか?」 「……こんな日に?」 一松兄さんが今度はにやりと笑う、多分昨日の夜カラ松兄さんとトド松が夜遅く帰ってきたから、その次の日に女の子と出かけようとするかな?ってこと。 トド松、カラ松兄さんと付き合い出してから女友達みんなに恋人いるって気付かれたって、そういう勘が女の子には備わってるんだろうなって言ってたし。 「カラ……クソ松が知らないとなると、十四松知らない?」 「だからなんで言い直す……っていうか一松がトド松に用とか珍しいな」 「スマホで調べてほしいことがあったんだけど、チョロ……シコ松兄さんでいいや、パソコン貸して」 「って、なんで俺まで言い直した!?」 きっと多分チョロ松兄さんのツッコミが嬉しいからだよって思うけど言わない。 それよりもカラ松兄さんが少し心配そうな顔をしはじめたから僕は焦った。 デートじゃないならどこ行ったんだろう?って、パチンコ?バイト?買い物だったら自分を誘うよな?なんて考えてる、多分。 「ぼく、野球行ってきまーす!」 「え?ああ……」 後ろから戸惑ったような声が聞こえたけど僕はいつもみたいにターーっと駆け出した。 ユニフォームを着て、バットとグローブを持って玄関へ降りる、居間では一松兄さんが『猫』とか『襲撃』とか言ってる声が聞こえる、また猫が増えるのかな? なんて思いながら外に出て、僕は野球をする川原の方じゃなくて街の方へ駆け出した。 着いたのはデカパン博士の研究所!僕ここすっげー好き! 「たーのもーー!」 そう叫んだら自動ドアが開いて博士が出てきた。 「ホエホエ、十四松くん、そろそろ来る頃だと思ってたダス」 「おじゃましマッスル!」 博士の後ろをついて研究所の中を歩く、ガラスの筒の中に入った不思議な色をした植物の芽、大きな棚に並んだ光る液体、人くらいの大きさの何に使うかわからない機械、何度きても面白いなーーって思う。 博士はひとつの部屋の前につくと、その扉をコンコンと叩いた。 「おじゃまするダス、十四松くんがきてくれたダスよ」 優しく話しかけて部屋の中に入る博士、そこにはベッドの上で寝てるトド松がいた。 「十四松兄さん……ありがとう、また心配かけちゃったね」 寝たままコッチを向いて苦笑するトド松の顔は真っ赤だ。 最初にこういうトド松を見たときはびっくりしたし、無理して起き上がろうとしたのを必死に止めたけど、今はゆっくり静かに近付いてける。 トド松も僕を迎え入れて、ちょっと照れたような顔で「まだ治んないみたい」って言う。 「気にしなくていいよ、カラ松兄さんが大好きな証拠だもんね」 「……それだと一生治んない気がする」 「慣れれば大丈夫ダスよ」 優しい声でデカパン博士が声をかけて、そのあと研究の続きがあるからって僕らを二人きりにしてくれた。 僕は部屋に置いてあった椅子に腰掛けてベッドの横の台にここに来る前に買っといたペットボトルの水を置く。 前ここで出されたジュースすげー不味かったから、ちょっと悪いなって思うけどトド松に飲ませるわけにはいかない。 「ありがと、十四松兄さん」 「どういたしまして!」 僕ちゃんとお兄ちゃんできてるかな? 恥ずかしくなって袖で顔を隠してるとトド松から「十四松兄さん可愛いねぇ」と言われた。 「かわいいのはトド松だよ、だって……」 カラ松兄さんとセクロスした後に熱出しちゃうなんて、すっげーかわいいと思う! 言葉に出してないけど言いたいことがわかったみたいでトド松の顔は真っ赤に染まった。 「……恥ずかしい」 布団に潜り込んで自己嫌悪に陥ってるトド松を布団の上からぽんぽんと撫でる。 そうだよ、トド松はカラ松兄さんとセクロスした次の日は絶対熱が出ちゃうんだ。 でも別にカラ松兄さんが下手ってわけでもトド松の体が弱いわけでもないんだって、もしそうなら翌日じゃなくてもっと早く熱を出してる筈だって、最初の三回くらいは本当に体調不良起こして此処に駆け込んできたらしいけどもう体は慣れて大丈夫になってるらしいよ。 デカパン博士が言うには、今は大好きな人とエッチできたってことに精神的にいっぱいいっぱいになって高熱が出ちゃうんじゃないかって、僕はそんなトド松をかわいいと思うんだけど本人は恥ずかしいみたい、たしかに僕も自分がそうなったら恥ずかしいけどね。 「カラ松兄さんには絶対言わないでね、っていうか他の兄さんたちにも内緒ね」 「うん、わかってる」 トド松は多分恥ずかしいのも本当だけど、一番はカラ松兄さんに気を遣ってるんだと思う。 カラ松兄さんは兄さん達やトド松の言う「イタイ」をとても気にしちゃう人だから、きっとトド松が自分のせいで熱を出すなんて知ったらショックを受けるだろうって…… トド松だってカラ松兄さんと出来なくなるのはイヤだと思うし、内緒にしといたほうがいいって僕でもわかる。 でも、ずっとこれだと二人ともかわいそうだから、少しだけいっぱいいっぱいになっちゃうっていうトド松の気持ちを吐き出してもらおう。 「ねえトド松、トド松は熱を出す時どういうことを考えてるの?」 「え?」 「だって、気持ちがいっぱいいっぱいになって熱が出ちゃうんでしょ?それを外に出したら少しは楽になるんじゃないかな?って」 「……」 「僕に言いたくないなら、無理にとは言わないけど」 「べ、別に十四松兄さんに言いたくないってことはないよ!?」 あー!ダメだよそんなに大声出しちゃ! でも嬉しい……僕はトド松の目を真っ直ぐ見て笑った、兄さん達みたいに優しい顔になってるかな? 「えっとね……」 「うん」 「カラ松兄さん好きだなぁって」 「うんうん」 「……」 「え?」 まさかそれだけ? そう思った僕の気持ちが伝わったのか、トド松は口をむぐむぐさせて、口を手で押さえて目を反らした。 「トッティ?」 「き、昨日の兄さん優しかったなぁとか……かっこよかったなぁとか、まだちょっと辿々しいとこが可愛いとか、でも最初に比べたら随分余裕が出てきたっていうか、コツ?みたいなの解ってきたんだろなって、カラ松兄さんはこれから僕の体のこと僕よりも知っていくんだろな……嬉しいかもって」 「うん」 「本当はこういうのって最中に考えることなだろうけど、最中は僕も必死で……それこそカラ松兄さんが欲しいってことしか考えられなくて」 「そう……」 なんだろう、僕まで恥ずかしくなってきた。 きっとトド松は僕ならそういう事に疎いと思って話してくれてるんだろうから、あんまり恥ずかしいの顔に出さないようにしなきゃ。 「終わった後は疲れてるし、多幸感でいっぱいになってて……家に帰ってよく眠れるんだけど」 そういえば二人ともデート後はどれだけ遅くなっても夜のうちに家に帰ってくるけど、もっとゆっくりしたいんじゃないのかな? トド松はカラ松兄さんに甘えたくならないのかな? 「朝起きてごはん食べて落ち着いてから思い返すと、ダメなんだ」 「だめ?」 「さっき言ったみたいなこと思い出して、でも、それでいいのかな?って考えちゃうんだよね、たとえば兄さんの優しさは兄さんが言うカラ松ガールにあげなきゃいけないものだし、その人と初めてするときに兄さんが小慣れてたらイヤな思いしちゃわないかな?とか……まあ兄さんの童貞がもらえたのはすごく嬉しいんだけど、悪いことしたなって思うし」 え?なに言ってるのトド松、それ全然わるいことじゃないし、どっちかっていうと恋人なのにいつかカラ松兄さんがカラ松ガールと付き合うと思ってたり、自分も女の子と遊んだりしてる方が悪いと思う。 「あと……余裕出てきた分、僕じゃ物足りなくなるんじゃないかって不安で……僕って結構マグロだし」 マグロなんだ……意外だなーーでも淡白そうではあるかも? 「でも、僕もカラ松兄さんにしてあげたい事はいっぱいあるんだよ?AV観て「こんなことしてあげたらカラ松兄さん喜ぶかな?」って思うこともあるんだけど、いざ本番となると小さい頃からずっと知ってる僕がそんなことしたら引かれちゃうんじゃないかって」 「そんなことないよ?だってトド松だってカラ松兄さんのこと小さい頃から知ってるけどエッチなとこ見ても引いてないでしょ?」 「……まぁね」 照れたのかな?トド松は布団で顔を半分くらい隠した。 「エッチなとこだけじゃなくて……付き合ってみて今まで知らなかったカラ松兄さんの新しい一面が知れたみたいで嬉しいかな……」 「うひゃーー!デレデレでんなぁ」 ついに僕まで照れてしまって顔を隠して椅子の上でバタバタと足を動かした。 トド松は驚いた顔をして僕を見たあと、今まで以上に顔を赤くさせて「もう!兄さんの馬鹿!」と怒っちゃった。 ごめんね、トド松は他人の恋の話は凄く楽しそうに語るけど自分の恋の話はしたくないタイプなのに(これを一松兄さんに言ったら「アイツ最悪じゃね?」って言ってたけど) 「へへ、でも嬉しいな、普段なんにも言ってくれないトド松がそんな話をしてくれて、カラ松兄さんのこと大好きなんだねぇ」 「う……別になんにも言ってないわけじゃ……だって聞かれてないから……」 だってトド松あんまり詮索されるの好きじゃないから、どういう付き合い方してるの?ってカラ松兄さんに聞いてもトド松がそういうの兄弟に話すの恥ずかしがるからって教えてくれないし、きっと教えてくれてもカラ松兄さんの言葉はむずかし過ぎてよくわかんないし。 「じゃあこれからはトド松の話きいていい?」 「……十四松兄さんだけ、特別ね……」 「特別?アザーーッス」 飛び跳ねたいくらい嬉しかったけど病人のいる部屋だしあんまり騒がしくしてるとデカパン博士に怒られちゃうから、代わりにいつもの笑顔じゃない笑顔をしてみる。 そしたらトド松も嬉しそうに笑って、沢山しゃべったから喉乾いちゃったって言って僕の買ってきた水を飲み始めた。 もう大丈夫そうだと思ったから僕は先に帰ることにした(一緒に帰ったらトド松の居場所知ってたんじゃないかって怪しまれちゃうから) 帰り道でも、僕は幸せな気分だった。 だってトド松あんなにうっとりとカラ松兄さんのこと語るんだもん、カラ松兄さんの恋が叶って本当によかった。 ……うん、そうだよ?実は好きになったのはカラ松兄さんからなんだーートド松も同じ時期にカラ松兄さん好きになったけど、告白はカラ松兄さんの方。 僕はカラ松兄さんがずっと好きって言うの我慢してたの知ってるし、恋人になってからも鈍いからトド松が好き好きオーラ出してても半分も気付いてないの知ってる、格好付けてるけどカラ松兄さんにだって不安があるのも知ってる。 だからさっきの言ってあげたいな、そしたらトド松の悩みも解決するのにな。 でも内緒だよってトド松言ってたし、僕にだけ特別だって言ってくれたから、言えないな。 トド松の気持ちカラ松兄さんに伝えることが出来たらいいのに……なんかいい方法ないかな……うーん。 どうにかならないかなーーって、それからずっと考えてたら数日後、僕は高熱を出した。 でも丁度トド松がお泊り会でいない時だったから、トド松が言った事が原因じゃないよって嘘つかなくて済んでよかった。 i! i! i! i! i! i! 誰だと思う? ……トッティだよ? って、誰が聞いてるわけじゃないのに心の中で言ってみる。 僕は今、ホテルの一室にいて、さっきまで体を重ねてた恋人を待っているところだった。 恋人のカラ松兄さんはシャワーをあびてる最中だ。 僕はパンツと無地のタンクトップを着た状態でベッドに座って兄さんを待ってるところ、さっきまでベッドの隅にぐちゃっと脱ぎ捨ててたパーカーを着るのは汗が引いてからにしようと思う。 どうせカラ松兄さんはバスローブで出て来るだろうし……うん、こういうとこに備え付けで置いてあるバスローブを着るのはまったく問題ないだろう、幼馴染の女の子の家で着るのは流石にダメだけど。 ベッドに横たわると濃厚な精の匂いと清潔な洗剤の香りがたちこめた。 僕が先にシャワーを浴びてる間カラ松兄さんが下に敷いてたバスタオルとかを片付けて、枕も綺麗なものに変えてくれてたから不快感はない、だいたい僕と兄さんの匂いだし不快感なんて感じるわけないけどさ。 目を瞑って暫くその匂いを堪能してると、カラ松兄さんがバスルームから出て来るのが解ったから目を開く。 「もう、またバスローブで出て来て……」 やっぱり予想通りカラ松兄さんはバスローブを着てた。 まあ嫌いじゃないんだけどね、兄さんのバスローブ姿、似合ってると思うし…… 「トド松」 「ん?なぁに」 「今日は、その……」 珍しく……もないけど、カラ松兄さんがモジモジし始めたので僕はキョトンと首を傾げることになった。 もしこれが他の兄弟だったら十秒待った時点でこっちから続きを促すんだけどカラ松兄さんだから待ってあげる。 逆に僕じゃなかったらこんなカラ松兄さん見ても耳クソほじりだしたり眉間に皺寄せて苛々しだしたりバズーカぶっ放したり奇行に走ったりするんだから、もっと僕の存在を有り難がってもいいと思うんだけど……カラ松兄さん「俺はブラザー達が傍に居てくれるだけでいいんだ」とかキラーンとさせながら宣ってたし僕だけに感謝とかしてくれにんだろうな。 「どうした?トド松」 「え?」 「なんか悲しそうな顔をしていたが……」 「……ううん、えっと……カラ松兄さんなんか話にくそうだったから何か僕に対してやましいでもあるのかなって」 よし、上手く誤魔化せたし、これで続きを言ってくれる筈!これでも僕は兄さんのこと全面的に信頼してるんだから、そんなこと思うわけないじゃない。 「そんなことはない!ただ、えっと……」 「うん」 「今夜は泊まっていかないか?って言おうとした」 「へ?」 泊まるって?ここに?ホテルに? 「なんで?」 「いや、前々から一度泊まってみたいと思ってたんだが、それと昨日たまたまパチンコに勝ったからアイツらにたかられる前にお前と使ってしまおうかと」 明日の朝食はお前が前行きたいと言っていたカフェにしようか、なんて言ってくるカラ松兄さんに僕は心臓が破裂するかと思った。 「えっと、でも帰らないとみんな心配する」 「心配してくるような年齢ではないと思うが」 「いや、僕カラ松兄さんが夜遅くなると結構心配するよ?」 またどっかでぼったくられてるんじゃないかって……と思いながら言うと、兄さんは「え?そ、そうか……」となんか嬉しそうな顔をしていた。 うん、今度から遅くなる時は連絡してくれるといいな、せめて僕には…… 「でも家には連絡入れればいいだろ?」 「えっと……」 「友達のとこには泊まるくせに……」 渋ってなかなか首を縦に振らない僕に拗ねたような声で聞いてくる。 「いや、あれは……」 あのお泊り会は実はあまりセンスのない僕を見かねた友達が立ててくれた計画で、カラ松兄さんとのデートプランや服装の相談などをみんなで夜通ししていたのだ。 他の兄さんが役に立たないので……なんて言ったらまたスタバァの時みたいに怒られそうだから言わないけど……うん、でも同性愛に偏見ない友達って大事だよね、いつも無駄に輝いた自意識の所為で迷惑かけちゃってゴメンね。 って、今はどこで何してるのか解らない友達(平日だから多分みんな真面目に働いてた筈)に心の中で謝罪しながら、カラ松兄さんを見上げる。 「だって友達の家に泊まったって別にからかわれたりしないけど、カラ松兄さんと二人で朝帰りなんてしたら絶対からかってくるじゃん長男と三男……」 「あの二人は俺が黙らせるから」 「……」 こいつ本気だ。 「……わかった……泊まろう」 明日この兄さんと一緒の時に熱を出したら面倒だけど、デカパン博士からあんまり熱が酷くなったら飲みなさいって渡されてる解熱剤をいつも持ち歩いてるから、明日こっそり飲んでおこう。 そうと決まれば、ドライな僕はコロッと態度を変えてカラ松兄さんの胸に飛び込む、だって嬉しいじゃん!好きな人と初めてのご宿泊なんてさ! 「兄さんパチンコで勝ったんでしょ?だったらデザートはトッピング全部乗せしていい?」 「フッ……俺のスウィートハニーは現金だな、というか朝からそんなに食べるのか?」 「まさか、ランチの話だよ」 どうせからかわれるなら朝帰りじゃなくて昼過ぎ帰りしてやろうと笑うと、カラ松兄さんも笑ってくれた。 それから僕らはベッドの中で他愛もない話をして(兄さんは腕枕したがったが腕が痺れるからと丁寧に断った)そろそろ寝ようかって時になって、カラ松兄さんがこんなことを言い出したんだ。 「そういえば十四松が、こないだ熱をだしてな」 「そうなの?」 「ああお前が泊まり行ってた時だ」 「へぇ……珍しいね十四松兄さんだけ熱を出すなんて」 いつもは他の兄弟と一緒なのに、と思ってるとカラ松兄さんはこう続けた。 「あんまり高熱なんでデカパン博士の所に行ったらなんでも心因性のものらしい」 「十四松兄さんが?」 カラ松兄さんに抱かれた次の日の僕みたいに精神的なことで熱だしちゃったってこと? え?誰なの僕の大事な兄さんをそんなに悩ませた奴……って眉間に皺をよせているとカラ松兄さんに苦笑された。 「十四松は友達のことで悩んでいたそうだ」 「友達?十四松兄さんに?」 失礼だけど十四松兄さんの友達なんてトト子ちゃんとチビ太とハタ坊くらいしか思いつかないんだけど(あれでよく一松兄さんに猫しか友達いないって言えたよね) 「ああ、なんでも友達が十四松のように心因性の熱を出すほど悩んでいるらしくて、それが心配で熱を出したそうだ」 「……」 「吐露してしまえば十四松の熱が下がるんじゃないかと、そいつの悩みっていうのを話してもらったんだが、恋愛事で、まるで惚気を聞いてるような内容だった」 「……」 「十四松の友達も、思ってること全部恋人に言ってしまえば楽になるかもしれないのにな」 ……僕だったああああ!!十四松兄さんの熱の原因僕だったああああああああ!!! マジごめん兄さん僕のことでそんな悩ませて本当ごめん!僕が内緒って言ったから友達の話って嘘まで吐かせちゃって本当ごめん!! って、ちょっと待ってよ??? 「あのさ、十四松兄さんのその話きいたのってカラ松兄さんだけ?」 「いや?あいつを心配して兄弟みんなで博士の所に行ったから全員聞いていたぞ」 うっわ最悪、きっとバレてるよ長男と四男あたり、意外とそういうのに疎い三男は気付いてないかもしれないけど……どおりでここ数日あいつらの目線が生暖かいと思った。 まぁカラ松兄さんが気付いてないのが不幸中の幸いか…… 「どんな内容かは知らないけど、その人も恋人に自分が悩んでることなんて聞かせられないんじゃない?」 「……どうしてだ?」 「その人のことが本当に好きだからでしょ、その人と付き合えて本当に幸せだから、悩んでるなんてこと言えないんじゃないの?」 「……?」 ああ、この人全然わかってないなぁ……でも、こんな兄さんだから、僕が本音を零したって気付かないでくれるかな?って思ったんだ。 僕がこれか言うのは“十四松兄さんの友達”の代弁だからね?その“友達の恋人”のことだからね?僕とはなんにも関係なんだから―― 「さっきさ惚気みたいな内容だったって言ったじゃん?だから心因性の熱って言ってもその人にとってはそんなに悪いものじゃないかもよ?」 「そうなのか?」 「そうそう、好きな人のことを想って熱が出るなんて素敵じゃない……自分の中にその人への愛情が溢れてるみたいなものだから、その愛情に酔ってるだけかもよ……ああ僕はこんなにあの人が好きなんだなーーそんな人と付き合えてるんだなーーって、幸せに溺れてるような感覚なんだよ、多分」 「へぇ……」 そうだよ、だから心配いらないって今度十四松兄さんに言っとかなくちゃ。 「それなら余計に恋人へ話してやればいいのに、十四松に聞いた話もだが、今のお前の話を聞いて、それを知った方が恋人も嬉しいと思うんだが」 「……」 そっか、カラ松兄さんは嬉しいのか、そっかぁ。 「ん?どうした?目がトロンとしてるぞ?眠いのか?」 「うん……そうみたい」 「疲れてるんだろうな……長々と話しに付き合わせてごめんな……」 「ううん、気にしないで……」 「おやすみトド松」 「うん、おやすみね……」 その次の日、僕はカラ松兄さんと抱き合うようになって初めて高熱を出さずに済んだ。 きっと兄さんの話を聞いて安心したからだろう、昨夜は幸せな熱だって言ったけど、このまま治ればそれに越したことはないと思う。 十四松兄さんがデカパン博士から貰っていた解熱剤と同じ物を持っているとバレたのは、その日の夕方のことだった。 END |