こいねがわくば
材l木l松(そのうちカラトドになる)の話です。ツイッターの「リプきたセリフで小話書く」タグで水花さんからいただいた「恋だとは思ってなかった」という台詞を使っています。 『望』という字を分析すれば、月を亡くした王さまか、はたまた王を亡くしたお月さまか どちらにしても、どうしてそんな文字が望みとなるのだろう 意味をしらべれば『望む』とは『はるか遠くを見る』ことだと書いてあった ああ納得した たしかに己の望んでいたものは一生手の届かない場所にあったのだから 「トッティ」 「ん?」 記憶に忌々しい、ある時から呼ばれるあだ名をカラ松の声で聞く、家族から呼ばれるには恥ずかしい名前だけれどこの兄は気に入っているようだった。 過去を蒸し返すことはしたくないトド松はそう呼ばれることを許容し、何も気にしていない風を演じ兄を振り返る、この兄だって、他の兄だって、幼い頃から兄弟達に裏切り合い蔑ろにされてきたのだから、自分だけが傷付いたと主張するのは一番弱いのだと認めるようなものだと思っていた。 それに、醜い感情も気安くぶつけ合えるような兄弟との関係も嫌いではない、ドラマで見るような理想の家族なんて憧れるけれど自分達には似合わない、うちはうち、よそはよそ、六つ子は六つ子だ。 「こんなものを見つけたぞ」 「へ?」 カラ松が持っていたのは二十センチ程の長さがある真っ白な鳥の羽だった。 それに吸い込まれるようにトド松は近付く。 「きれいな羽だね」 「ああ、ビューティフルフェザーだな」 「なんで英訳した……これ、どこにあったの?」 「あの木の枝に引っかかっていた」 今は河川敷で十四松の野球に付き合った帰り道、泳いで帰るという彼と分かれカラ松とトド松はゆっくり散歩をしているところだった。 カラ松の目線の向こうにある木はこの河川敷が整備された時に植えられたまだ若い木、青々とした葉をつけ、きらきらと輝いている。 あそこにとまった鳥が落としていったものなのだろう、トド松はこれまたきらきらと輝く鳥の羽を指の甲で撫でてみる。 トド松も潔癖の気はあるけれど動物は平気だ。 「結構大きな羽だね、白鷺かな?」 柔らかい肌触りを楽しみながらカラ松へ問うと、そうかもなと肯定が返ってきた。 近くのドブ川とは大違いに清らかな水の流れる川には多くの鳥が生息している、その横で人間はバーベキューをしたり野球をしたりもする、綺麗な場所には自然と生き物が集まるのだろう。 トド松も綺麗な場所は好きだ。 幸せで充実したグループの中や、雄大な自然の中に身を置きたいと思う、ずっと……ではないけれど、自分の“ずっと”はそんな綺麗なものではないけれど……トド松はカラ松の瞳をサングラス越しに見つめながら、どうして自分はこの人の傍にいるのだろうと苦笑する、そんなトド松にカラ松は頭に疑問符を掲げたように首をかしげた。 この二番目の兄さんは心はまあまあ純粋だと思うけれど行動はクズでしかなく、先ほど思い出したとおり幼い頃から裏切ったり裏切られたり蔑ろにしたりされたりしてきた仲だ。 幼い頃にあった怒りやすいところは治ったけれど他人の言葉を聞かず我が道を進むところは変わらない、新たに身に着けたナルシストな優しさも、イタい言動にだって日々苛々させられてばかりいる、でもそんな兄の傍にいるととても気が楽になる、トド松にとって一番居心地が良い場所がこの人の隣にあるのだ。 「フッ……どうしたんだ?」 少し格好つけているけれど、日和が良いせいか気の抜けた表情を晒しているカラ松に、同じように気を抜いてトド松は「ううん、なんでもない」と笑った。 「それもって帰るの?うちにあると猫じゃらしになるかもよ?」 「そうだな……」 捨てるのは勿体無い気もするが持って帰っても邪魔になるし、捨てるくらいなら猫じゃらしにされた方が良いけれど、折角きれいな羽を無残に引き裂かれたくはないと思う。 「お前の知り合いに羽を集めてる人なんて……いないか」 「そうだねぇ」 囲碁グラブの人の中には色んな趣味を持つ人がいたが、あいにく鳥の羽収集家は聞いたことがない、しかしあそこの知り合い以外で鳥の羽を集める趣味をもつ者はいないだろう。 「マスターさんに聞いてみる?」 「いや、そこまでは……」 「……そう」 個人の連絡先までは知らないが碁会所の電話番号なら解ると思って訊いてみたが、トド松は既にどうでもよくなってきていた。 なんせドライなものだから。 というよりも、何故こんなことウダウダとしているんだろう、まだ昼間で、二人とも暇をもて余しているけれど、手離すのが惜しいのなら要らなくなるまで持っていればいいだろう。 弟が、困った顔で羽に注目する兄に少しだけイラッとしてきた、その時。 「……なにしてるの?」 カラ松の左手が肩に乗ったかと思うと、右手でトド松のパーカーの胸の部分に羽の芯を刺した。 パーカーを前に引っ張り自分の胸に刺さる白い羽を見下ろして、汚ないな、とは思わなかったが、兄の行動は謎だった。 「お前の服は鮮やかなピンク色をしているだろう?」 「へ?……うん」 いつもと同じ六つ子でお揃いのパーカーだけれど、今日着ているのは新しいものだからまだ色褪せてもいない。 それを言ったらカラ松が着ているパーカーは澄んだ青色をしている。 「だから、白い羽が似合うと思ったんだ。勿論トド松にも似合ってるぞ」 「……へ?」 ――カラ松兄さんは何を言ってるんだろう?ピンクには白い羽が似合う?それはまぁ解る、でもトド松にも似合うって?あ、名前で呼ばれたんだ今―― そんな風に頭が混乱しているトド松を余所にカラ松はひとり納得したように頷いていた。 ――“俺”にとっては“俺が見つけた“羽を“俺”がトド松に刺した事が重要なのだろう、たとえそれより綺麗な羽をトド松が身に付けていても、そこに自分が関わっていなければこんな気持ちにはならない―― カラ松が頭の冷静な部分でそんな解析していると、ふと、ある疑問にぶつかった。 それならどうして自分ではなくトド松に身に付けさせたのだろう?白い羽は自分の青いパーカーにだって似合うだろうに、そんなこと今まで考え付かなかった。 トド松なら、きっと羽をつけたカラ松を見れば馬鹿だねぇと笑いながら写真を撮って、後から他の兄弟達に見せる、今日のカラ松兄さんこんな馬鹿だったんだよ!……と自分のことはあまり話さないのにカラ松のことを楽しげに報告する末弟の姿が容易に想像できた。 そして馬鹿にされているにも関わらず自分はそれを嬉しいと感じる筈なのに……どうしてだろう?それよりも今のトド松を見て嬉しいと感じるのは、いつからだろう?綺麗なものを見つければトド松に身に付けさせたいと思うようになったのは、自分が見つけた綺麗なものをトド松に持たせて満足するようになったのは……今まで疑問にも思わなかったことが不思議で堪らなくなる。 「なにそれ……恥ずかしいし、全然お洒落じゃないし」 考え始めたカラ松は先程のお返しのようにトド松の顔をじっと見つめた。 弟は怒ってるようにも困ってるようにも見え、それでも胸に羽を刺したまま抜こうとはしない。 それもそうだ。 トド松は口ではどう言ってもカラ松の全ては否定しない、カラ松の言動を可笑しいと指摘しても無理に矯正しようとはせず、彼曰くイタイ格好をした兄と共に行動することも憚らない、多少の無理は何も言わず受け入れてくれる。 今だって自分と価値観がまるで違うのに“たかが鳥の羽”なんて言わない、カラ松が何を好んだってそれは自由だと認めてくれる、カラ松がヤメテほしいと言われたのはバイト先に来る事、カラ松の選ぶものを否定したのは我儘な花の精、それくらいだ。 優しいとは少し違うけれどそこに打算があるとは思えなくて……あるとすれば可愛い弟でいたいという気持ちくらいだけれど、そんなことしなくてもカラ松は弟を可愛がる性質だ。 「もって帰るなら、自分でもっててよ……」 「そうだな……でも」 ――でも? 兄は弟に微笑んでいる、いつもの格好付けた笑みとは違う、慈しみの込められた瞳で見詰められている。 彼がサングラスをしていてくれてよかった。 そう思った瞬間、二人の間に大きな風が舞い上がった。 驚いて二人とも目を瞑り、目を開ける。 「すごい風だったね」 「ああ」 髪の毛を手櫛で整えながら、トド松が言えばカラ松もズレたサングラスを外して、そしてトド松の胸元を見て驚いた表情をした。 「え?……あっ」 トド松が自分の胸元へ目をやると先程まであった羽が消えて無くなっていた。 「羽、連れてかれちゃったね」 兄さんがちゃんと自分で持っておけばよかったのに、と思いながら言うとカラ松は空を見上げながら、フッと鼻を鳴らす。 「ああ、でも今の風はもしかしたら天使の仕業かもしれないぞ?自分の落とした羽を回収しにきたんだな……きっと」 したり顔で風を感じている兄に、一瞬ぽかんとしたあと、弟はクスクスと笑った。 「……なにそれ?イッタイねぇ……」 トド松は呆れながら、でもこの兄は昔からトド松を慰める時にこういう事を言う人だったと思い出す。 ものを無くせば妖精が持って行ったとか、パチンコで負ければ今回は運命の女神がご機嫌斜めだったのだとか、そうやって慰めてくれる人。 今は別に落ち込んではいないけど折角カラ松が拾った羽が消えてしまったことをトド松が残念に思ったのを感じ取ってくれたのだろう。 普段は鈍いくせになぁと溜息を吐いて、手を差し出す。 「そろそろ帰ろ?カラ松兄さん」 「ああ」 自然と手を掴み、並んで歩くペースを掴んだところで自然と手は放された。 いつもそう、先を行く方が相手の手をひっぱるけれど、追いついてしまえばもう大丈夫だと放してしまう。 風の吹き抜ける掌が、一瞬で混ざった二人の汗で冷えていく、また繋げば温かいだろうかとカラ松がトド松を見ると、トド松の視線は空の白い雲へ向けられていた。 ――やっぱり白に似合うのは青だ 横顔を見ながらカラ松は息をするのを忘れてしまった。 けれど、そんなことは気付かず、彼を見ながら歩いてる内に呼吸を取り戻す。 息が切れれば気付いてもらえたかもしれない。 カラ松は今もこの時のことを時々話題に出した。 弟に感じる感情の正体を今ならすぐ解かるのに、あの時は…… ――恋だとは思ってなかった―― そう言ってトド松の首に頭を埋める。 ふたりに羽が生える前に解ってよかった。 「じゃなければ後ろから抱き締めることも難しいだろう?」 「相変わらずイタイねぇ兄さん」 トド松の背中が揺れた。 二人の間を流れる空気がより一層あまくなる。 カラ松はこんなときに思い知るのだ。 「でも、そういうとき“出来ない”じゃなくて“難しい”って言うの、好きだな」 嗚呼、たしかに自分は恋をしている―― END 水花さんありがとうございました! 遅くなってすみません |