積み上げたバラの塔を
モブトドっぽいかもしれませんがカラ松です。いや「カラ松なんだけど……」って感じです。厳密に言うとちょっと違うので苦手な方は避けてください。





月並みの台詞だけれど好きなタイプは好きになっちゃった人

いつから好きかなんておぼえていない、気付いた時には既に全てが遅かった

出逢ったのはいつ?仲良くなったのは?って……それもおぼえていない


生まれた時から傍にいて、気付いたら自分の手を引いて歩き出していた人


僕が恋に落ちたのはそんな人でした




【積み上げた薔薇の塔を】




トド松が"ソレ”の存在に脅えるようになったのは、まだ彼が声変わりも済んでいない中学生の時だった。

昼間、家にひとりでいるときに、突然温かいものが首筋を掠めたと感じ、次の瞬間肩を強い力で押され床に倒された。


「え?」


何が起こったのか全くわからない、ただ、人の手の感触を両手首から感じる。

腰をなにかで挟まれて、股間に重みを感じた。

透明な人間が自分の上に乗っている、まさにそのような感覚。


「なッ!?誰!?」


成長期に差し掛かろうとしていた四男、五男、六男の体は先に成長期を遂げた兄達より一回り小さく、その中でもトド松は一番腕力が弱かった。

あれくらい今なら逃げおおせると密に思っているが、あの時のトド松にはそれを跳ね除ける力がなかった。

混乱している内にその透明な手が自分の頬を包み込むように撫で、ぞわぞわと鳥肌が立つ。


(こ、怖い)


得体の知れない人型のものに体を触られているという状況への嫌悪感と、これから何が起こるかわからないという恐怖、トド松は大声で助けを呼ぼうとするが、その時、服を思い切り捲り上げられた。


「ッ!?」


驚きで声が出なくなる。


「あ、や……やだ……」


抵抗しようと伸ばした手をひとつにまとめて掴み上げられ、それによって空いた脇の下を撫でられる、くすぐったさよりも悪寒が走る。

抜け出そうと身を捩るが自分の腰が相手の股に挟まれている状態のため、股間同士が擦れあっているようで気持ち悪くなった。

うぅ……とうねるトド松に戸惑う様もなく掴み上げた腕の肘から手首に掛けて舐め上げる。


「ひぃ!」


粘着性も水分も感じない乾いた温もりだけだけどそれが人の舌だと解かるのは、怪我をした時に兄から舐められたことがあったから、その時とは感覚が全然違うけれど。


――イヤだ、あれは自分と同じ存在だと思っている兄だから許せたことだ、他の奴、しかもこんな得体のしれない奴に触られたくなんてない!!!


トド松はソレの顔があるだろう方を睨み、勇気を出して声を張り上げた。


「なに勝手に触ってんだよ!!クソ野郎!!」


一瞬たじろいだソレから手を振りほどき後ろに後ずさる、本棚に手をついて立ち上がると、前からドンとまた押さえつけられる。

しまった出口側へ移動すればよかったとトド松が思った時、顎に指で挟まれる、とっさに横を向くと頬に柔らかいものが触れた。


(え?)


トド松の大きな瞳がこぼれそうな程見開かれた。

キスされた。

頬にだけど、柔らかい唇が肌に触れた。

好きでもない奴に……


「やだ……何で」


頭を抱えこみ、ずるずると床へしゃがみ込む。

その透明な何かが頭に触れるとビクりと肩が揺れ、そのままブルブルと震えだす。

キスされそうだった、唇に、ファーストキスを奪われかけた。

その頃はまだ性的な興味が薄っすらとしかなく、好きな相手とする行為の最上位をキスだと思っていた頃に、好きな相手以外に触れられた。

トド松にとって大事なものが涙と共にぽろぽろとこぼれていく。


「カラ松」


身を縮ませながら、口を吐いたのは、相棒の名前だ。

トド松の頭に乗せられていた手がパッと離れる。


「カラ松……カラ松……」


まるでそれしか言葉を知らないように名前を呼んだ。

脳裏に浮かぶ笑った彼の顔、声、掌の感触、兄弟の中で二番目に成長期を向かえ一回り大きくなった肩。

それが悔しくてもう随分と触れられてないけど、自分に触れていいのは彼だけだ。


「……助けて、カラ松」


蚊の鳴くような声でそう言った瞬間、その透明な人間の気配が消えたのを感じた。


――ああ、オレはカラ松のこと……


全身から力を抜いて、目を開いたときトド松は初めて自分の中に存在していた想いに気付いた。

どうしてよりによってカラ松なのだろう……女の子だったらよかったのに、そう思いながら彼の姿を思い出すと先ほどまで感じていた恐怖が薄らいでいくのだった。


その日の夜、夜中に尿意で目覚めたトド松は自分から二つはなれた所で寝ているチョロ松を起こす。


「なんだよ、人が気持ちよく寝てんのに」

「ごめん一緒に、トイレに行って欲しくて……」

「はぁ?」


チョロ松は眠たげな顔で文句を言おうと口を開いたが真っ青な顔をした弟を見て「わかったよ」と頷いてくれた。

このとき何故となりのカラ松を頼らなかったかと言えば、彼が一度寝たら滅多なことでは目を醒まさないというのもあったけれど、もし再び"アレ”に襲われたときにその姿をカラ松にだけは見られたくなかったからだ。


「……あのさ、チョロ松」

「ん?なんだ……?」


この気持ちに気付いたとき、誰かにバレるのが怖くて、でも誰かに知ってもらいたいという気持ちがあった。

きっとこれからボロボロに傷ついていつかバラバラに切り刻んで捨てなければならない想いだと思うから、その前にキラキラとした柔らかい想いであるうちに誰かに知っていて欲しかったのだ。


「オレ、カラ松のことが好きなんだ……」


夜中にトイレに行く途中、月明かりも入らないような暗い廊下で初めて口に出すなんて、クソみたいな恋にはお似合いだなとトド松は自嘲する。

目だけが白く浮かび上がっていたチョロ松の顔が、少し揺れたのが解った。


「ふーん、あっそ」

「あっそ……ってなんかないの?」

「なんかって?たとえば?」

「気持ち悪いとか、やめとけとか」

「なんで?」


小さな声で、誰にも聞かせられないような話をする。


「お前の好きって、カラ松と手を繋ぎたいとかキスしたいってやつだろ?」

「う……うん」

「別に気持ち悪いともやめとけとも思わねえけど?」

「へ?」


予想外の言葉に間抜けた声が出る。

確かに三男は長男に次ぐクズだけど、兄弟だ道ならぬ道に進みそうになったら正してくれる筈だった。


「だってオレ兄弟となら手繋げるし多分キスも平気だもん、まぁしたいとは思わねえけどな」

「へ?」

「だから男と手繋げたりキスできる奴が、男と手繋ぎたいキスしたいって奴を気持ち悪がるのも可笑しいだろ?なんで男なんか好きになったのか全く理解出来ないけどお前が変わってるのなんて今更だし、オレ達に迷惑かけねえならやめとけとも思わないな」

「……」

「あと、お前がマトモじゃなければその分オレがちょっとはマシに見えるだろうし?」


そう言って目を細める三男、とんだクズの理論だが本心から言ってるんだろう、あと末弟の恋を一時の気の迷いくらいに捉えているのかもしれない。

かくしてトド松の恋は認められてしまったのだった。

それからトド松は夜中トイレに行きたくなる度にチョロ松に付き添ってもらい、まだカラ松を好きだがどうしたら良いか訊ねたが答えは毎回「勝手にしろ」だった。

だから今でもチョロ松のことをマトモだとも常識人だとも思えないでいる、そしてそんなチョロ松に、いまだにトイレへついてきて欲しい本当の理由を話せていない。


透明な何かは、トド松が家で一人きりになると現れた。

毎回ではないけれど決まってトド松が精神的に弱っている時に現れるから厄介だった。


街中でも一人で歩いていたら、透明な手に腕を掴まれ人気のないところまで連れていかれる、ここで暴れれば変な目で見られるし、人前で触られ醜態を晒すことは出来ないと思えば大人しくついていくしかなかった。

それから誰かとつるむようになったし、一人になりたい時は神社や霊山や滝など神聖な場所を選ぶようになった(アレは霊的なものだと思っていたからだ)


「トド松?なにか悩みでもあるのか?」

「ちょっと狙ってた女の子に彼氏がいてさぁ、でも大丈夫だよ」


カラ松が心配げに聞いてくるのがツラくて、嘘を吐いたり無理して笑顔を作ったりするトド松。

初めてソレが現れて以来キスされないように顔を覆い隠しているから他の場所の防御がどうしても甘くなる、思春期を迎えたトド松の体は得体のしれない何かに撫でられ、舐められ、揉まれ、摘ままれ続けた。

毎回、トド松に抵抗する力がなくなり、悲しみに苛まれながら「カラ松、助けて」と呟くまでやめてくれない、こんなことに兄を使いたくないのに、あの兄だけには知られたくないと思っているトド松はそう呟いた後で必ず顔を歪め涙を耐えたのだった。

どうして女の子でもないのにこんなことをされるんだと悩んでいる時に、ニヤニヤした顔のおそ松に「男同士でもセックス出来るんだってよ、良かったな」と言われ、チョロ松がおそ松にバラしたのだと知った。

二人に詰め寄るとチョロ松からカラ松には内緒にしているから、と謝られ、おそ松からまたニヤニヤしながら男同士でセックス出来ることをカラ松にも教えといたからな、なんて言われて泣いてしまったことは一生の不覚だ。

さめざめと泣くトド松に焦ったようにおそ松が「カラ松は別に気持ち悪いとか言ってなかったぞ、痛くはないのか?なんて心配してたくらいだ」などと慰めてくる「それはカラ松が頭空っぽだからだよ」と想い人の馬鹿さ加減に安心して、目の前の兄達のデリカシーの無さに怒りを覚えたのだった。

そして、気付いた。

自分があの透明な奴からされている行為はセックスなのだと、今まで目を逸らしていた事に確信が生まれてしまった。

それからソイツに触れられる嫌悪感は前よりも増し、現れる度に酷い言葉をぶつけるようになった。

その透明な誰かはトド松が酷い言葉をぶつける度に戸惑ったように震えるがすぐに行為を再開させる。

「いやだ」「やめろ」「へんたい」「はんざいしゃ」「だいきらい」「きもちわるい」「なんでお前なんだ」


――なんで、カラ松じゃないんだ


そう思って、最愛の人の顔を頭に思い浮かべた瞬間、今まで嫌悪感しかなかった感覚がビリビリと痺れるものへ変わった。


(もしかして)


カラ松だと思えば嫌悪感は生まれない?

逃れられないなら、好きなひとだと思えばいい?


試しにトド松はそれを「カラ松兄さん」「カラ松」と呼んでみることにした。

すると、以前よりも嫌悪感を感じないどころか、快感まで覚えるようになった。


「あっ、やだ……カラ松」


トド松の反応が変わったからか、それまで以上に深い部分まで触れて来るようになったソレ。

初めて後孔に指を入れられたのはその日だった。


「待って!助けてカラ松……!」


それでも、そう言えば消えてくれる透明なソレを以前より好意的に感じていたのかもしれない。


「カラ松……兄さんんんッ!!


得体の知れない存在を想い人と重ね、淫れる自分に交錯な気分になる。

どうせ本物のカラ松には触ってもらえない体なのだ。

好きにさせる代償として、此方も好きに利用させてもらおう、ドライモンスターなトド松は自分にそう言い聞かせた。


『だってオレ兄弟となら手繋げるし多分キスも平気だもん、まぁしたいとは思わねえけどな』


いつかの三男の言葉が脳裏に過った。

あのときは何も言い返さなかったけれど、自分は違う。


手を繋ぐのも、キスをするのも、たった一人がいい。

淫らな姿を見せるのも、初めてあそこに触れる相手も、本当の本当はぜんぶカラ松がよかった……




69 69 69 69 69 69




一日の中で一番安心するのは朝、食卓を囲んでいる時間だと思う。


「ふぁああ」

「おーチョロちゃん大きなあくび」


おそらく首都圏のどこかにある赤塚市のどこかにある松野家、ある日ある朝その家の六人の息子達は今日も仲良く朝食を食べていた。

三男のチョロ松が口を全開して欠伸をもらすと向かい側に座っていた長男おそ松が指摘する。


「寝不足?」


醤油を取ろうとした長男がそう訊ねると三男はかわりに醤油を取りながら「そうそう」と頷き、両隣の五男と六男をチラチラと睨む。


「十四松の寝付きが悪くて、ようやく寝れると思ったとこで馬鹿末弟がトイレに起こしやがった」

「……」

「……」


険呑な口調だけれど、なにか難しいことでも考えているのか猫目になって味噌汁の中身をじっと見つめている五男と、猫のヘソの話を四男としている六男は気付いていない。

三男は溜息を吐いて朝からなんの話をしてるんだよと呆れ、長男はニヤニヤ笑いながら六男に話しかけた。


「なんだよトド松、お前まだ夜中一人でトイレ行けないの?」

「え?あーーまあね、だって不気味じゃん夜中の廊下とか暗いし、うち古いから歩くたびに床ギシギシ鳴るんだよね、昼間は気にならないけど」

「ん?一人暮らししてた時はどうしてたんだ?あそこも古かったろう?」


と、言いながら次男が空になったお茶碗を差し出している、受け取った六男はおかわりをよそって「あの時は頑張ったよ!ぼく!」とニッコリ笑って見せた。

成人男性が一人でトイレに行けたことをここまで誇らしげに報告するってどうなのだろう?と思いながら次男はごはんの山盛り盛られたお茶碗を受け取った。


「そうか、えらかったな」

「あのときカラ松兄さんも就活がんばってたんでしょ?エライよねぇ〜」

「え?……そうか」


花を飛ばしながら今度はお茶の受け渡しをしている二人におそ松の機嫌が急降下しているのを感じ取ったチョロ松が慌てて「おそ松兄さんはおかわりいる?」なんて訊いてみた。


「いい」

「……そう」


長男の素気無い返事に内心で肩を落とす三男。

次男や六男が何と思っていようと長男にとってあの頃の事は弟達からはじめて挑まれた謀反戦のようなもので、楽し気な二人の会話も厭味に聞こえてしまっているんだろう。

すっかりチャラにしていると思いきや、おそ松の中では過去にしてきたことはしっかり記憶と思い出として根付いているのだと感じて、嬉しくもあり心配でもあったが、今考えることでもないなと佇まいを直した。

そしていまだに十四松の箸が止まっているのにも気付く。


「十四松?どうしたの?みそ汁冷めるよ」

「あ、うん!食べるね!」


ニコッと笑っていつものようにかき込み始めた十四松に一松が呆れた視線を送ってからチョロ松へアイコンタクトを送ってきた。

はいはい十四松のおしぼりでしょ、とアイコンタクトと共に一松へ渡して、チョロ松はようやく食事を再開させる。

そんな風に寝不足のチョロ松が朝から皆に気を配りながら朝食は終了したのだった。


「トッティ今日はどっか行くの?」

「うん、ちょっと滝でも見に行こうかなーーって」


長男以外が手分けして朝食の片付けを行う中、十四松がトド松の背中にどーんとぶつかりながら聞いてきた。

核弾頭から背後への攻撃も六つ子ならば慣れたものなので食器を落とさずに済み、トド松も平然と振り向き答えている。


「ひとりで?」

「まさか、大学で山岳部やってる娘が一緒についてきてくれるって、安全だよ」

「お前なんで大学生と出会えんだよ?」

「それは日ごろの努力かなぁ?」

「ケッ」


クスクス笑う末弟を心底うらやましそうに見つめる三男と四男、一方質問した五男は安心したように笑った。


「そっか、誰かと一緒なら大丈夫だね!」

「うん、心配してくれたの?ありがとう」


(――ひとりでなんて、行けるわけないでしょ)


優しい兄の笑顔を見ながらトド松は心の中で溜息を吐いた。


「じゃあ行ってきます、夕ご飯はいらないから〜」

「はいはい、母さんに言っとくよ」


チョロ松に声を掛けて出掛ける際、カラ松と十四松も一緒に家を出た。

二人はパチンコに行くそうで、途中まで一緒に歩くことになった。

カラ松がトド松に話しかける。


「トド松はどこの滝に行くんだ?」

「今日は○○市の△山の奥だよ、穴場スポットなんだって」

「そうか、気を付けろよ」

「大丈夫だって、友達ふたりも一緒だから」

「ふたりも……?」

「山岳部の女の子とその先輩の男」

「……」

「目の前でカップル化されたらイヤだけど、男がいた方が安心だよね」

「そうだな」

 

カラ松は同意してくれて、でも、気をつけて行ってこいよ、遅くなるときは連絡しろよ、と声をかけてきた。

心配性だなぁと苦笑し、けれど兄として丁度良い干渉加減だと感じる、カラ松がどれほどトド松を気にしているのか、どこまで興味をもっているのかはわからないけれど、嘘ではないと思う。

こんな風にナルシストになる前からカラ松を見ていたから自分だから解かる、この兄の優しさも気遣いも本物だ。

そう思っているから、この人が自分を見捨てる時は容赦ないのだろうと怖れを抱いているのだけれど、それが杞憂だということも解っている。

松野トド松にとって松野カラ松は信頼に足る男だった。


「あと、楽しんでこいよブラザー?」

「うん!」


最後のブラザーは余計だった気がするけど、おかげで快く出掛けることが出来た。

同じ家に住んでいるのだし些細な外出に報告は必要ないと今でも思っていてるが、笑顔で送り出してもらえて笑顔で迎え入れられるのは嬉しい、一度家を離れて身に染みてわかったこと。

毎日無事な姿を見れることで安心する、報告されたら嬉しいのは相手に興味があるから、そして連絡がないと寂しい、ひとりになっても大丈夫だけど平気なんかじゃない。

電車に乗り、穴場の滝ってどんな所だろう?楽しみだなぁマイナスイオン・マイナスイオンと謎のテンションを高めながら、トド松はそんなことを思う。

そして目的地の最寄駅に着いた途端、約束していた女の子から「今日は行けない」と連絡が入った。


「え?」


トド松はスマホの画面を見て固まる。

なんでも一緒に行く筈だった男が待ち合わせ場所に来ないので連絡したら風邪を引いていたそうだ。

そちらへ看病に行くから今日は無理だと、もっと早く教えてくれよということが書いてあった。


「ていうかやっぱデキてたんじゃん……」


約束してたあの子、趣味も合っていたし一緒にいてあまり気を使わなくてよい子だったのでちょっと付き合ってみたいと思っていたけどやっぱり先輩が好きだったようだ。


「ちぇー、まあ最初から期待していなかったけどー」


なんせ自分は世間から見たら"なにもなし男”なんだとトド松は落ち込んだ。

石ころを蹴り飛ばして駅の外へ出る、なにもない、人気もない、だけどなんだか落ち着く雰囲気で嫌いではなかった。


「折角だから滝まで行ってみようかな」


――昔から、神社とか山とか滝とか神聖なとこには現れなかったから大丈夫だよね


それに、あの透明な何かは、トド松が独り暮らしをし始めた頃から現れていない、家に戻ってからセンバツの練習に明け暮れていた期間も何事もなかった。

だから今日も大丈夫だろうと山の方向へ足を踏み出したのだった。

トド松はそんな一時間前の自分を呪ってやりたくなる、いや呪われた所為でこんなことになっているのかもしれないけど……


「ゴホッ!!」


滝について暫く眺めていたトド松は透明な手にいきなり手首を掴まれ滝つぼの中へ引き擦り込まれることになった。

今まで感じていたのとは違う恐怖、生命の危機を感じ必死に抵抗したが、やはり相手の力の方が強く、服の所為で上手く動けないトド松はなすすべもない。


(な、んで!?)


どうして今になって再び現れたのだろう。

もう少しでカラ松を諦められそうだったのに、このまま何もなければ仲の良い兄弟で終われると思っていた頃だったのに、カラ松でなければ厭だという気持ちが蘇ってしまうではないか、そう思う時点で諦められていない証拠だけれど。


トド松が溺れかけた時、ザバッと音がして体が急に外気に触れた。

寒気を感じるより前に肺に酸素を取り込もうと大きな呼吸を繰り返す。

ここはどこだと目線を動かせば薄暗い洞窟の中で、滝が見えるので滝の裏側だと解った。

横抱きで置くまで運ばれてそっと下される、洞窟の天井に穴が開いているようで、上から太陽の光が何本かの線になって降り注いでいる。


「……」


今まで一方的に触られ続けていたから人の形をしているんだろうと憶測でしか解らなかったけれど、水滴が付いているそれは確かに人間の形をしていた。

しかもトド松とそう変わらない成人男性の体つきだ。

呆然と見上げていると、それはトド松のズボンとパンツを一気に下してきた。


「くっ」


抵抗しようにも、先程水の中で足を痛めてしまったようで体を動かすだけで痛みが走る。

手は一つに纏められ胸の前で押さえつけられているし、苦しくて重い。

そうこうしているうちに透明な手は後孔の周辺をくるりと撫で、プツッと指を突っ込んできた。


「イッ!?」


突然の痛みに喉を反らせるトド松、それでなくても其処に触れられるのは一年以上ぶりだ。

トド松の戸惑いや恐怖など無視したようにソレはトド松の中を掻き回し、性急に解していく、涙を浮かべて睨み上げればソレの顔は水滴でキラキラと輝いていて、正直とてもムカついた。

変態強姦魔のくせに輝いてんじゃねえよという、どこか現実逃避したような苛立ちを覚えたトド松は足の痛みなど構わず、思いきりソレを蹴り上げた。

水滴で輪郭が見える為に急所が狙いやすい、突然の攻撃によろけたソレから抜け出して、滝つぼの中へ入り込もうとゴツゴツした洞窟を這った。

足は今の攻撃でさらに傷めてしまったし上半身に服を着たままなので溺れてしまうかもしれないが、こんな所でこんな奴とセックスするくらいなら死んだ方がマシだ。


「……うッ」


しかし、現実はそうもいかない、既に回復したソレに腰を掴まれ、尻を叩かれる。


「イッタァ……」


後ろを振り向こうとするトド松の腰を再度両手で掴み、ソレはトド松の後孔に何かを突っ込んできた。

両手が塞がっているということは、舌だろう、そう判断した瞬間背筋に悪寒が走る。


「やぁ!やめろ!!やめ……!!」


しかし出し入れされるその舌に疼くものがあるのも事実だった。

この一年間、何度も次男を想い自慰に使った場所だから、予想がつかない不規則な動きに翻弄される。


「やだぁ!!」


どうにか逃れようとするが力強い手に押さえつけられていて敵わず、自分の泣き叫ぶ声が岩肌に響くだけ。

精神的な涙がポタポタと落ちるのを見ながら、トド松はもうここから二度と出られないのかもしれないと不安に思った。


――こんなことなら、もっと……もっと


舌が抜かれたと思うと、そこに舌よりも硬い何かが宛がわれる。

嗚呼、遂にこの時が来てしまったのだとトド松の体から力が抜ける、男同士でセックスが出来ると知って、キス以上の行為があると知った時から、いつかはこの透明な男に其処を犯される時がくるのではないかと思っていた。

思っていて、誰にも相談せず、自分ひとりで抵抗していたツケが回ったのだろうか、いや違う、これは一方的にコイツが悪い、自分は完全なる被害者だ。

トド松は怒りとも哀しみとも言えない感情に呑まれながら、これでもうカラ松に顔向けできなくなると絶望に落とされていく。


完全な片想いだ。

他の誰かに犯されたって後ろめたさを感じることはない。

だけど、そうなってしまったら自分はもうあの人に逢えない、他の男を知った体であの人の前になんて後ろになんて隣になんて立てない。


「さよなら……カラ松……」


せめてもの抵抗で後孔を強く締めながら、ちぎれそうな声でそう呟いた。


「さよならを言う相手を間違えてるんじゃないか?トド松」


――え?


頭上から聞きなれた声が聞こえた気がした。

幻聴?と疑いながら、力を振り絞って見上げると、想像していた人がそこに居た。


「か、からまつ???」


混乱しているトド松を余所にカラ松はつかつかと横を通り過ぎ、トド松の後ろにいるソレを思い切り蹴り上げた。

自分の腰を掴んでいた手が外れて、ドォンと大きな音を立てて洞窟の壁が削れたのを聞いた。


「え?な、なんで兄さんがここに」

「とりあえずズボンとパンツを上げろ」

「あ、はい」


言われた通り膝あたりまで下げられていたズボンとパンツを上げて、再びカラ松を見ると彼は透明なソレを掴み上げているところだった。


「わぁお……」


透明なソレの顔の横に靴底を埋めていたが、岩で出来ている壁に穴が開いていた。

兄がどうして此処にいるかなど訊ねてもあの状態では答える余裕がないだろうと思う、とりあえずどうにかしてくれそうなので滝裏で汚れた手と顔を洗って待つことにした。


(ってヤバくないか?好きな相手にあんな場面見られてって……)


だんだんと死にたくなってきた。

このまま水に流されてしまおうか……いや、しねえけど!!

と、トド松が心の中でノリツッコミを入れているところ、水の中からバシャーと何かが飛び出してきた。


「一松と」

「十四松の」

「デリバリーコント!」

「「本当はクソな陰陽師!!」」

「なんだこれ!!?」


いきなり出てきた四男と五男に全力でツッコミを入れる。

先程までのシリアスな雰囲気は一気に拡散して薄まってゆく。


「本当にどうしたの兄さん達、なんでここに来た!?」

「車で」

「超かっ飛ばしたっすよ!」


一番早いのはぼくー!

いや、運転したのカラ松だったじゃん

などと言っている兄達にトド松は「え?尾行けてきたの?キモチワル」と、返した。


「ってオイ……折角助けにきてやったのに」

「ごめんごめん、ありがと兄さん」


と語尾にハートマークを付けて兄ふたりに抱き付くトド松、あざといとは思ったがその体がガタガタと震えているのに気付いた一松は仕方がないなと笑って頭を撫でてやる。

ふたりが来て強がってはいるが実は相当怖かったのだろう。


「トッティ寒いの?おしくらまんじゅうする?」

「えー?ちょっと今は遠慮しとく」


足が痛いから、と言ったら二人ともトド松の足首を見てギョッとした。


「お前、足真っ青じゃん」

「痛い?トッティ痛い!?」


そう弟達が騒いでいる間にも、カラ松の方からボッコボコという音が聞こえてきて怖い。

透明人間だが幽霊だか解らない存在に物理攻撃を与えている兄が怖くて見られない。


「除霊できたかな?」

「除霊て……」

「アイツなら出来るだろ、っていうか除霊じゃねえか、自分の中に取り込むだけなんだから」

「へ?」

「あの幽霊さんカラ松兄さんの生霊っすよ?」

「はぁ!?」


と、叫んだところで、カラ松の除霊が終了したようだ。

なにかを俵抱きした彼が近づいてくると、トド松はどういうことなの?という顔をして見上げる。

カラ松はトド松の青くなった足首をみて顔を歪めたあと、その場で土下座した。


「どうもすいませんっした!!」


体育会系の謝り方されたって意味が解らないが、とりあえず長年悩まされてきた透明な何者かの正体が解かるような気がして、トド松は安堵の溜息を吐いたのだった。

帰りの車の中、これまでの経緯を聞くと、もともと十四松の中に備わっていた人ならざるものを見る力が神松がきたことで強まったそうだ。

だから、時々トド松が纏う霊の気配に気づき、注意深くしていたらしい、最近その霊を見かけそれがカラ松によく似ていると気付いたことをデカパン博士に相談するとカラ松の生霊ではないかという答えが返ってきた。


「お前なんでもデカパン博士に相談するよな……答えられる博士も博士だけど」


あの人の専門ってなんなんだろうと、運転席で運転しながら遠くを見詰める一松、十四松は助手席に行儀よく座って「わかんねー」と笑った。

後部座席では人一人分の間を空けてカラ松とトド松が気まずい雰囲気を醸し出している、ちなみに二人の間にはすっかり大人しくなったカラ松の生霊が座っていると十四松は言う。


「今日、ぼくたちと別れた後のトド松を見たらカラ松兄さんの生霊があとをつけてってたから、ぼくらも急いで家に帰って後を追ったんだ」

「道中で十四松から事のあらましを聞いて、デカパン博士がカラ松の中にある欲求が叶えられればその生霊もカラ松の中へ帰るだろうって言ってたのも聞いた」

「おそ松兄さんとチョロ松兄さんいなかったから連れて来なかったけど帰ったら説明しなきゃね、カラ松兄さん」


するとバックミラーに映ったカラ松が「うっ」と唸ったので一松は面白そうに笑った。

トド松はおずおずとカラ松の方を向き、小さな声で話しかけた。


「カラ松兄さん……」

「はい」

「兄さんの叶えたかった欲求って……?」

「えっと、それは……」


バツの悪そうな顔をするカラ松にムッと眉間に皺を寄せるトド松。

それでも期待していいのだろうか、あの透明な何かから襲われ続けた十年余り、この兄も自分と同じ気持ちだったと――


「ちょっと休憩、俺と十四松なんか自販機であったかいもん買ってくるから好きにしてれば」

「トッティの足を冷やせそうなものもあったらいいね兄さん」


景色のいい無人の休憩所のような所で車を留め、一松と十四松は背後に話しかける。

四人とも水に濡れたままなので春だというのに暖房をガンガン効かせたままだ。

トド松の捻挫した足も応急処置で固めてあるが冷やせるなら冷やした方がいいだろう、家に帰ったら着替えてすぐ病院に連れていかなければなと兄達は思っていた。


「解った」


一松と十四松に感謝しながら、カラ松は応える。

そして二人が車から出て、自販機の方へ歩き出したのを確認するとトド松の方へ向き直った。


「トド松、今回のこと本当にすまなかった」

「別にいいよ……未遂に終わったんだし」


カラ松が今回だけのことだと思っているなら、中学の頃から襲わせてきたことは教えなくてもいいかと思った。

十数年分の文句を言ってやりたいし、正直ぶっ殺してやりたいが、ずっと自分が触られていたのが好きな相手の生霊であってよかったとも思う、もしかしたら、そのお蔭で長年耐えきれていたのかもしれない。

今考えてみると生霊が尻の穴まで弄るようになった時期はおそ松がカラ松に男同士でもセックスが出来ると教えたという時期と一致している、あの生霊は本体の影響を受けていて、だからトド松が独り暮らしをしている時期は襲ってこなかったし、トド松が助けてと言えば止めてくれていた。


「あのな、トド松……お前は気持ち悪いかもしれないし、こんなことを言う俺を嫌いになるかもしれない……」


いつものイタさも鳴りを潜めて真剣な顔でカラ松はトド松へ語り掛けてくる。


「俺はお前を恋愛対象としてみている、その……出来ればスタディな関係になりたいし手を繋いだりキスしたり……ということもやりたい」

「……エッチなこともしたい?」

「い、いやお前がイヤなら無理にとは……というか、生霊があんなことした後にそんなこと言っても説得力はないと思うが」

「ううん、信じる」


カラ松を信じる、だってずっと我慢出来てたんだから、我慢して我慢して生霊まで出現させちゃうなんてサイコパスだけどね、と心の中で呆れたけれど。


「トド松」

「あのさ……僕、カラ松兄さんのこと気持ち悪いなんて思わないよ?手を繋いだりキスしたりなんて他の兄弟がしてるの見ても多分なんにも思わないし」

「……え?いや、そういうことじゃ……」

「でも、自分がするなら相手はカラ松兄さんがいいな、カラ松兄さんの相手も僕だけがいいな」


カラ松の顔を真っ直ぐ見て、トド松は微笑みかけた。

言われた兄はぽかんと口を開けて、その意味を考える。


「もう、わかんないかな?僕もカラ松兄さんが好きだって言ってんの」

「え?え?え?」

「兄さんがどうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいよ?」


カラ松の顔が真っ赤に染まり、ついで雄叫びを上げた。


「ちょ!うるさい!!」


耳を塞ぎながらトド松がみるとカラ松は拳を振り上げて車の天井にぶつけている、痛みで涙目なのか嬉しくて涙目なのか解らないけどコチラを見る瞳がキラキラと輝いていた。

そうだ自分が好きなのはこういう輝きなのだ。

大切なものを見る瞳、楽しい事をしている笑顔、ドライモンスターと言われたって憧れるのはそんな兄の綺麗で優しいところばかりだった。


「どうした!?なにかあったのか!?」

「兄さん!?トド松!?」


雄叫びと天井を殴った衝撃を目撃したのだろう、血相変えて両サイドのドアを開けて四男と五男が聞いてきた。

その腕の中には温かいココアふたつとコーヒー二つ、トド松の足を冷やす為だろう冷たい水もあって、なんだか笑えてしまった。


「ふふ、大丈夫だよ兄さん達」

「そっか……ならいいけど」

「あ、カラ松兄さんの生霊もう消えかけてる、兄さんの中に戻るんだね」

「え?一回ボコっときたかったのに」

「フッ……さっき俺がお前の分まで制裁を加えたから安心しな」

「いやお前の生霊だろうが」


と、もともと透明なソレは少しずつ薄くなっていっているらしい、カラ松がトド松に告白して結ばれたからだろうか、もっと早くどちらかが告白していればよかったのにと思わなくもないが、これにて一件落着するのだろう。

車は一路赤塚市を目指し発進する、その間、カラ松は無言だったけれどもしかして照れているのかな?なんてトド松は思っていた。




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家に帰ったカラ松とトド松は今度はおそ松チョロ松と共に病院へ行き、待ち時間とトド松が治療されてる時間を使って事の経緯を説明した。

最初は怒った二人だったがトド松が長年カラ松を好きだったことを知っているからかすぐに許し、良かったなと祝福してくれた。

そして夜、捻挫を口実に二人を残し銭湯へ出掛ける、帰りにちび太の屋台に寄るので今夜は遅くなるという、気を遣わせてしまったのかなと二人は思った。


トド松はひとりで風呂に浸かりながら、先に入浴し布団を敷いてから脱衣所までトド松を迎えにくるというカラ松の事を考えてきた。

もしかして脱衣所からお姫様抱っこで運ばれちゃうのかな?あの兄ならあり得そうだなんて考えて湯船に張ったお湯をバシバシ叩く。


彼はまだ知らない。


生霊が消えカラ松の中に戻った時に、生霊の中にあったトド松を襲った記憶が全て鮮明に残されていたこと。

トド松が最初からずっとカラ松の名前を呼んでいたこと、カラ松と重ねて見せていた痴態のこと。

それらの記憶が一気にカラ松の中へ入り、その時の感触ごと全て共有してしまったこと。


彼がそのことを知らされるのは、予想通りお姫様抱っこで二階の布団の上まで運ばれた後の話しだtった。






END