海星のダンス1 海面を漂うクラゲを海の月と言って、海底に張り付くヒトデを海の星と言うんだって どうしてだろう?じっとしてるヒトデが月で、波に流されるクラゲが星ならわかるんだけど、形が月と星に似ているから? あとさクラゲって死ぬと水に溶けてっちゃって、ヒトデは体がボロボロに崩れながら死んでいくんだって……本当かどうかわからないけど クラゲもヒトデも最期になにを想うんだろう? ……なんてどうでもいいね 同じ海で生まれて、あべこべの名前をつけられて、生き方も死に方も全然違うクラゲとヒトデ ヒトデが見上げる海面はきっと綺麗でキラキラしてて、クラゲはまるでダンスをするように波と戯れてるんだろうな ……なんてどうでもいいね ほんとうに 69 69 69 69 69 69 夜空に伸びる七色のサーチライト、三原色のネオン、オレンジの灯を点す港。 きっと宇宙からは陸と海の境がよくわかることだろう、満潮の海は静かで、深い眠りに落ちているようだ。 そんな静かな港の酒場で、闇を劈くような声が上がった。 「マジでバッカじゃないの!!?」 声の主はこの時ひどく怒っていた。 というのも彼の二番目の兄であるカラ松があまりに痛々しいからだ。 「その女絶対に美人局じゃん」 カラ松がなにやら悩んでいる様子だったから他の兄には内緒でわざわざ彼が好みそうなバーを調べ連れ出したのはトド松だ。 もちろん兄の奢りにするつもりだったが、今の話を聞いてしまっては割り勘にするしかないだろう、そのことにも腹が立つ。 「いったいいくら騙し取られたんだよ……」 「いいや騙されてはいないさ、何故なら俺は俺の贈ったプレゼントを見て彼女が笑ってくれるだけで満足だったから……スマイル・イズ・プライスレスだ」 「なに言ってんの!お金が尽きて暫く買い物はできないって言ってから連絡つかなくなったんでしょ?絶対ソイツ貢がせる目的で近付いてきたんだってカラ松兄さん」 酒が入りいつもより饒舌な彼は最近知り合った女について、出会いから全て話してくれた。 なんでもカラ松が街角で立っていたところに女の方から声をかけてきたらしい、彼女は派手目で胸の大きなカラ松好みの見た目をしていたという。 少し話してみても自分を痛がらない彼女に運命を感じ、出来ればカラ松ガールになって欲しいと頼んでみると彼女はカラ松を面白い人だと言って連絡先を交換してくれた。 そこまではいいのだ。 だがそこからが問題だった。 彼女はカラ松が一生懸命考えてきたデートプランを却下し(まあそこは仕方がないとトド松も思う)自分の買い物に付き合わせたそうだ。 二人はトド松が入ったことのないようなブランド店に入り、彼女はアレが欲しいコレが欲しいと甘い声でカラ松に強請ってきたのだという。 たまたまカラ松にバイト収入とパチンコの臨時収入があったから一回目のデートはそれでなんとかなったが、二回目のデートで金がないと言うと金融機関で無理やり金を借りさせまたブランド品を何点か買わされた。 そして三回目のデートの前に本当にこれ以上の金は出せないと電話で話したところ、そこからパッタリ彼女と連絡がつかなくなったそうだ。 ちなみにキスもしていなければ手も握らせなかったという、そんな彼女をカラ松は見かけによらず初心な子だと思ってたらしい。 以上トド松がツッコミを我慢して上手く聞き出した成果だ。 「その女、レンタル彼女と変わらないじゃん」 いいや、本当の恋人になれるかもしれないと期待を持たせた分だけレンタル彼女よりも性質が悪い。 「そんなことはないさ」 「あるよ!!それに?金融機関でお金借りたって?いくら!?」 「……」 するとカラ松はトド松に指を一本立ててみせた。 十万か……と思っているとカラ松は乾いた笑いを零し。 「百万だ」 「……ひゃくまん!?」 なんでそんなに借りた!?というか一回のデートで使い切ったのか?馬鹿じゃないの!?とトド松は店の中ということも忘れて叫びあげる。 「ていうかよくニートにそんな金を貸してくれたな、さてはヤミ金か?」 「いや……その彼女の知り合いの金融機関らしくて」 「はぁ!?それ絶対グルだよ!!最初からそれ目的で近付いてきたんだよその女!!」 最後にそう叫んだトド松は勢いよく立ち上がると椅子に掛けてあった上着を羽織った。 「トッティ?」 「ほら、兄さんも早く出る準備」 怒りだけを顔に乗せたトド松に淡々と促され、カラ松は怯えながら素直に言うことを聞く。 末の弟をこんなに怖いと思ったのは初めてだ。 「兄さん……そんな女のことでウジウジしてないで働くよ」 無言で歩いた帰り道の途中、たった一言そう零した。 カラ松は「そうだな」と呟いて溜息を吐く、溜息を吐きたいのはコッチだよとトド松は横目に彼を見る。 どうせ借金なんかより居なくなった彼女のことを考えているのだろう、その上で失恋の痛みを忘れるには他の何かに没頭した方がいいとでも思っているのだろう。 自分の馬鹿さ加減に怒った弟のことなんてきっとこれっぽっちも考えちゃいない。 空を見上げると丸いお月さまが浮かんでいた。 月からは地上の光が星のように見える、光る事さえできないちっぽけな自分はきっと目にも留まらないんだろう。 それはまるで―― 「トッティも一緒に働いてくれるのか?」 翌日、家を出る自分の後ろに付いてきた弟にカラ松が話しかける。 「うん、早く返さないとどんどん利子が膨らんでくだろうからね、とにかく先にそこに返しちゃうよ」 カラ松兄さんが借金地獄に陥ったら家族に迷惑がくるんだからね!!と睨み付ければカラ松は「すまない」と謝った。 「別に……兄さん達の尻ぬぐいさせられんの初めてじゃないし、他の兄さんにはカラ松兄さん以上に迷惑かけられてくるし、お金たかられることだってあるし、財布勝手に使われたりするし……」 と、半分愚痴のような慰めの言葉を掛けられたカラ松は、こんな優しい弟を巻き込んでしまったのだから仕事を頑張ろうと心に決めた。 一方のトド松は、借金返済後この兄にどのような制裁を喰らわせようかとそんなことばかり考えていた。 どうせ他の兄から被害を受けた時と同じく泣き寝入りしてしまうのだろうけれど、暫くは自分のことを最優先してもらってもいいはずだ。 そう思うとカラ松に貸しを作っておくのも悪くない、トド松はどこかスッキリした笑みを浮かべ仕事を頑張ろうと心に決めた。 二人ともその心が普段からあればニートなんて脱却できているだろうに残念だ。 そうして二人はここから一ヶ月、レンタル彼女の時と同様、漁に出たり工事現場で働いたり地上波ではお見せ出来ない仕事をして、どうにか百万と利子分の金を用意できた。 「ありがとうなブラザー」 金融会社からの帰り道、屍のような顔で受領書を握るカラ松はこちらも屍のような顔をしてトボトボ歩くトド松に頭を下げる。 平穏な日常を取り戻したのだからもっと嬉しそうな顔をしてほしいと思ったが、そんな顔をさせたのが自分だと思うと申し訳なさの方が勝る。 「本当にすまなかったトド松、お詫びにお前の頼みをなんでもをきこう」 だから、そんなことを言ってしまった。 けれどこの弟の望みを叶えてやりたいという気持ちに嘘はない。 ピタリと歩みを止めたトド松はカラ松を見て首を傾げる。 「なんでも?」 「ああ……俺に出来ることなら、なんでも」 「……じゃあ」 トド松は口を開いて閉じて、焦燥感に駈られた。 借金が終わった後に兄がこう言ってくるのなんて予想できていたのだ。 だから、ずっと用意していた台詞を吐く、それだけでいい……それにどれだけ覚悟を要したかなんて、きっとこの兄には伝わらない。 「トド松?」 こうやって真剣な話の時にはちゃんと名前を呼ぶカラ松なら、少しくらい希望を持っていいのだろうか。 「兄さん、僕と付き合ってよ……あ、付き合うって交際するって意味ね」 人気のない道の真ん中、なんでもないことのようにトド松は言った。 「え?」 一瞬呆気にとられるカラ松にトド松はまた用意していた台詞を続ける。 「なにも本当に僕を恋人にして欲しいって言ってるんじゃないよ、兄さんがマトモな人とちゃんと恋愛できるようになるまで僕が兄さんに女の子との付き合い方を教えてあげる」 なんて、恋人いない歴と年齢が一緒のトド松がなにを言っているんだという話だが、きっとこの兄は末弟がこれまでちゃんと女性と交際したことがあると思っている……たしかにトド松には楽しいデートの経験だったら沢山あった。 本当にデートをしただけで、みんな手もろくに繋がなかったけれど、きっとキスくらいまでなら経験済みだと思われているに違いない。 「兄さんが貢ぐのが好きならそういう付き合い方もあると思うけど、相手に騙されて捨てられるのは駄目だよ」 ニートでサイコパスなカラ松に誠心誠意尽くしてくれる相手だなんて高望みはしない。 けれどせめてカラ松が下心に気付いて、それでもなお尽くしてやりたいと思える相手を選んでほしい。 大切な家族なのだから…… 「トド松」 「兄さんはさ、みんなに優しくしてるつもりかもしれないけど」 こんなこと本当は言いたくないけどハッキリ言わないと伝わらないのが悪いんじゃないか。 「このままだと、いつか本当に誰かを傷付けるよ」 そう言ってから我ながららしくない台詞だと心のなかで自嘲する。 それでも目の前のカラ松には効果があったようで、見るからに狼狽し始めた。 「僕イヤなんだよ、兄さんが馬鹿なせいで今回みたいに家族にまで被害が及びそうになったりすんの、あと変な女が兄嫁になんのもイヤ」 「え……?あ……」 だから、これは僕の為、兄さんなんかの為じゃない、そう言うようにトド松はわざと厳しい視線でカラ松を見た。 手が震えてしまっていないだろうか、声が上擦ってしまわないだろうか、不安に思いながらカラ松へ手を差し出す。 (空の星みたいに綺麗に輝けない、クラゲみたいに綺麗に踊れない、僕はまるで海底に這いつくばるヒトデだ) なかなかに痛々しいことを考えてトド松は最後の台詞を口にする。 どうか、この手をとってほしい。 「カラ松兄さんに恋人できるまで僕のこと練習台にして」 ああ、台詞を間違えた。 これじゃあまるで懇願したように聞こえてしまうじゃないか―― 69 69 69 69 69 69 「え?トッティそれ大丈夫なの?」 トド松は一ヶ月ぶりにまともに顔を合わせて三男を誘って散歩に出た。 公園のベンチに腰掛けて、これまでの経緯と次男と付き合いだしたことを話すと早速心配されてしまう。 変化があればなんでも報告してほしいと言われているし、昔からカラ松が絡むとトド松に甘いこの三男に話すことで慰めされたかったのかもしれない。 「大丈夫だよ、チョロ松兄さんだってカラ松兄さんが誰かに騙されて借金抱えられたら困るでしょ?」 家に借金取りがきてもおそ松兄さんが追い返しちゃいそうだけどね、母さんは泣くだろうね。 そう言ってトド松は缶コーヒーの缶を開ける、仕事ごくろうさまの意味でチョロ松が買ってくれたものだ。 「けどトド松は、平気なの?好きな人の恋の練習台になるなんて」 (……ああやっぱりチョロ松兄さんにはバレてたんだなぁ) トド松は溜息を吐いて、微笑みを浮かべた。 普通ではないのに常識人を気取るこの兄には、種類は違うけれど常識から外れていることを隠している自分の気持ちが解かるのかもしれない。 「ねえ、十四松兄さんて時々普通になるじゃん」 「え?……ああ、まぁ……そうだな」 「一松兄さんも根は普通じゃん」 「うーん……そうだな」 「おそ松兄さんも、クズだけど兄弟の中でも普通な方じゃん」 「そうだな、クズだけど」 「クズだけどね……」 そう言ってクスクス笑う弟を、同じように笑いながら見つめるチョロ松。 女の子の話をする時のトド松は楽しそうだが、兄のことを話す時のトド松は柔らかい表情をしている。 ドライモンスターなんて名付けたけれど、家族のことも家のことも結局は好きでいてくれているんだろう。 「だから、カラ松兄さんが普通になることだって諦めなくていいんだと思う」 チョロ松の顔から笑みが消えた。 「僕だって普通でいることがそんなにいいことだなんて思ってないけどさぁ」 トド松は空を見上げる。 昼間の白い月が青の中にぽっかりと浮かんでいた。 「カラ松兄さんが他人を求めるなら、もっと、せめて他の兄弟と同じくらいに普通にならなきゃ……いつか本当に誰かを傷付けるよ」 世界にいるのが自分たち家族や昔馴染み達だけなら、兄の言動に対しいちいち指摘なんてしない。 カラ松が六つ子といるだけで満足できてしまうような人ならどんなに痛くても許してしまうだろう。 「それで一番傷付くのはカラ松兄さんなんだよ」 カラ松はきっとクラゲと一緒だ。 攻撃しようなんて思っていないのに触れただけで魚を傷付けてしまう。 そんなの食事をする時と天敵が現れた時だけでいいのに、知らず知らずのうちに毒針で相手を刺してしまう。 だからクラゲの周りにはなにも近寄らない。 「僕はそんなのイヤだ」 そう言って少し温くなった缶コーヒーをちびちび飲みだしたトド松に、チョロ松は呆れたような溜息を吐く。 (アイツもそこまで鈍感じゃないんだけどなぁ) 自称常識人のチョロ松としては兄弟達がマトモになるのはどちらかと言えば歓迎だ。 だがカラ松もカラ松でちゃんと自分のことを考え納得してあのキャラでいるのだから無理に変えてしまわなくていいのだと思う。 (コイツはアイツのこと好き過ぎて感覚が麻痺してんじゃないか) 借金までして女に貢いだのは、心の中で自分の家族なら多少迷惑をかけても許してくれるという甘えがあっただけで、自分の失態に赤の他人を巻き込むことなんてしない。 少し自意識が過ぎるところと、優しさの範囲を絞れないところもあるけれど、トド松はカラ松のそんなところも好きになったのだろうに…… (まあ、誰かから騙されて借金作られるのは確かに勘弁だし、悪い奴が兄嫁になるのもイヤだな) チョロ松は自分達の長男ならどう言うか考えた。 カラ松がカラ松のままでいるのがカラ松の勝手なら、それを変えようと模索するのもトド松の自由だと言うのではないだろうか。 「わかった……好きにすればいいよ」 「チョロ松兄さん」 顔を上げたトド松が驚いたように目を見開いた。 その大きな瞳で、カラ松のことをちゃんと見てあげて。 「まあたとえ失敗したとしても、それくらいで崩れるほど六つ子の絆は脆くないからね」 なんて我ながら恥ずかしい台詞だと思いながら笑いかける。 こんな時にトド松の兄としてできることはただ見守ることだけ、カラ松の弟として出来ることは叱咤激励くらいだろうか? (折角捕まえたんだから、逃がすなよ) チョロ松も白い月が浮かぶ青い空を見て自分のすぐ上の兄を思い出した。 to be continued |