海星のダンス3

カラ松は愛というものを愛してる

おそ松が弟達に向ける執着や、両親に向ける慈愛も

チョロ松がアイドルに向ける憧憬や、幼馴染みに向ける親愛も

一松が猫の友達に向ける依存や、いつか出来る人間の友達に向ける友愛も

十四松が会えなくなってしまった彼女に向ける切ない恋や、特別なたった一人に向ける不変の愛も

そして己の自己愛も博愛も

どんな形であれ、カラ松は“愛というものを愛していた”


恋に恋するはよく聞くが、愛を愛するなんて奇特なものだ。

だって、そんなことをしていては他人に向けられる愛と自分に向けられる愛と区別がつかなくなってしまう。

自分や大切な人へ向けられる愛がたとえ理不尽で攻撃的なものであっても構わないと思ってしまう。

トド松はそんなカラ松が嫌いだった。

この嫌う感情ですら愛が伴っていればカラ松に愛されるのだろうかと思うと怒りが沸く。

カラ松は愛されるよりも愛したい人で、そんな自分を愛していたから他人から愛されていなくても平気でいられた。

でもトド松はそれが厭だった。

兄弟間で彼の扱いがどんなに酷くても許せていたのに他人になるとそうもいかない。


“カラ松兄さんにはもっと大切にしてくれる人を、もっとあたたかい眼差しをおくる人を”


彼が他人から騙され傷つけられる度にそう思った。

トド松にとっても大切な大好きな幼馴染の女の子ですら貢ぎ過ぎれば難色を示し、彼がそうしなければ生きていけない儚い花の精の我儘ですら不服とした。

そんな自分の心はカラ松のものに比べれば酷く狭小なのだろう。


でも、カラ松が怒らないからボクは――


「トド松ちょっといいーー?」

「へ?」


自宅のソファー上、スマホで次のデート場所を探していたトド松に長男のおそ松から声がかかる。

いつもの笑顔だったけれど瞳には有無を言わせぬ威圧感があった。


「えっと……」


おそ松からそんな瞳で見られる理由は今のトド松には一つしかなかった。

きっとカラ松かチョロ松あたりから報告を聞いたんだろう、それに兄弟のことなら何でも知りたがる長男だから弟が隠し事をしている気配がすれば問い質す。


「うん、いいよ」

「そっか、じゃあ出掛けるぞ」

「へ?」

「今日は勝ったから、飲み行こうぜ?」


と言ってさっさと先に行ってしまう、長男からそう言われ付いて行かないわけにはいかないと思うくらいには体に弟根性が叩き込まれてるんだろう、難儀なものだ。

辿り着いたのはチビ太のおでん屋台だった。

チビ太ならトド松がカラ松を好きなことも知っているから話しやすいと思ってのことだろう。


「あ、あのさ兄さん、僕、明日早いからあんまりお酒は」

「知ってる知ってる、カラ松とのデートだろ?」

「え?お前らついに付き合い始めたのか!?」


トド松とおそ松の会話を聞いてチビ太が身を乗り出してきた。

心なしか頬が紅潮しているように見える、昔馴染みの恋話にテンションが上がったのかもしれない。


「ち!違うから、練習だよ練習、カラ松兄さんが騙されずに普通の恋愛が出来るように僕がデートの仕方とか教えてあげてるの!!」


そう弾けたように言ったトド松にチビ太は「え?」と呟いたあと、暫くトド松をじっと見ていた。


「それで、てめぇは大丈夫なのか?」

「……フッ」


不快感よりも先にトド松を案じるようなことを言っている昔馴染みに息を吐くように微笑みを返す。

昔散々イジメてたというのにお人好しで、世話好きで、料理もうまくて、真面目な努力家だ。

チビ太が女の子だったら……と一瞬考えてしまい、純粋に自分を心配してくれている彼へ後ろ暗い気持ちになる。


「大丈夫だよ、練習台は慣れてるから」


学生時代は練習でカラ松の相手役をさせられることが多かったのだ。

今回はそれの延長上にあると思えば耐えられないことはない、なによりトド松はカラ松と一緒にいられる時間が増えて嬉しかったのだ。

仮初であれカラ松の恋人として外を歩ける、周りから見れば仲のいい双子にしか見えないなんてこと解ってるのに。


「……ふーん、ならいいけどよぉ」


と、チビ太は言うがチビ太の目線の先に居るのはトド松ではなく苦笑するおそ松だった。

これから長男が末弟になにか伝えるのだろうと自分の言いたいことを飲み下し、二人の為におでんと酒を用意する。

美味しい料理とあたたかい酒は人の心を揉み解すのに最適だと思っているから。




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「カラ松兄さんは優しすぎるんだと思うんだ……好きな子に厳しくする必要はないんだけど、もっとイヤなことはイヤだって言わないと」


数時間後、すっかり出来上がってしまったトド松はおそ松にグダグダと愚痴を吐き始める。


「僕ら六つ子はまあいいよ、カラ松兄さんがドン底に落ちたって見捨てないだろうし」


けれどそれ以外の人は信用出来なかった。

どんなにカラ松を好きでいてくれたって、それはカラ松が優しかったり何でも許してくれたりと自分にとって益のある人物だからかもしれない。

他人の為に無償の愛を注げる人間なんていないに等しくて、愛を注いでもらう為にはそれ相応の努力と才能がなければならないとトド松は思っていた。


「カラ松兄さんは好きな人の為なら努力する人だと思うから、カラ松兄さんと付き合う人はカラ松兄さんの努力を認めて褒めてくれる人じゃなきゃヤダし、カラ松兄さんが優しいからって調子乗って我儘言うような人はイヤだ……あ、でもトト子ちゃんなら許す」

「おいトト子ちゃんは俺ら六つ子のだからな、独り占めはいくらアイツでも許さねえぞ」

「それもそうだね」

「なんなんだお前ら」


チビ太は二人に呆れつつ飲まされ過ぎたトド松へ水を差し出す。

トド松はそれを両手で受け取ると「ありがと」と呟いた。


「お前ってカラ松のこと昔っから好きだったのに不満が多いんだねぇ」

「ふ、不満っていうかさぁ!ムカつくの!腹立つの!アイツ!!」


屋台のテーブルをバンバン叩かれチビ太が「おいヤメロ」と言うとトド松はうっすら涙を浮かべながら水を少し飲んだ。


「お前さ、結局カラ松にどうなって欲しいの?ただ駄目出ししながらデートってのも楽しくないしお前もツラいだろ?」


カラ松のデート内容が嫌いなわけではないのに文句ばかり言っているのも、好きな相手のいつかくる本当のデートの為に指南しているのもツラいんじゃないか、と、兄として弟を案ずるように訊ねる。


「さっきから言ってるじゃん、僕は……カラ松兄さんにもっと素直になってほしい」

「いや、言ってないし……ていうかアイツ素直じゃん、自分の欲望に正直な方じゃん」


だから二十歳を過ぎて親の脛をかじって生きてるんだろう、働かない我が人生セラヴィなんて言えるんだろう。


「でもさ、カラ松兄さん僕に対してイヤだって言ってくれない」

「……え?」

「あれが欲しいとか、これがしたいとか言ってくれない」


デートの練習中だって腹が立つこともあるだろうに何も言わない、トド松の為に自分の時間を割いてくれているのに、トド松には何も要求してこない。

やりたいことがあるなら言ってくれていいのに、と、有無を言わせず付き合わせているくせに思う。


「まぁなーーアイツは格好付けたがりだし皆にいいとこ見せたくて我慢してるとこあるかも知れねえな、でも結局そんな自分が好きなんだから別にいいじゃん」

「……でも、もっと我儘言ってくれたって……鬱陶しいとか少しは思うかもしれないけど幻滅したりしない」


カラ松兄さんなら子供みたいに駄々捏ねられたって許すよ、とトド松が言うのをおそ松は笑いながら聞いていた。


「アイツも別にお前に対して要求がないわけじゃないと思うよ、ただ言いたくないし知られたくないから黙ってるんだろ……お前と同じだよ」

「……僕とカラ松兄さんが同じ?」

「そうそう、お前が俺達に気を遣ってたり言いたくないからって黙ってることが多いように、アイツにも言えないことがあるんだよ」

「僕はちゃんと自分に正直に生きてるよ?自分が一番大事だし、いざとなったら兄さん達を切り捨ててく強かな弟じゃん」

「……うーん、お前さーー俺らを傷付けたくなくてわざとそういうポジションに甘んじてるとこもあるだろ?」


全部が演技とは言わない、実際に兄を見下しているところもある、リアリストでドライな弟だ。

それでもさっき自分で言ったではないか「僕ら六つ子は兄弟がドン底に落ちたって見捨てない」と、酔って本心の出やすい状態で言った。


「お前は自分が人の心を持ってないから俺らの地雷踏みやすいんだって思ってるかもしれないけど、それはコッチの問題もあるんだよ、みんな普段なんだかんだ甘えてくれるお前にキッツイこと言われるからショックで、そしてお前が強いって知ってるから怒れるの」

「え?」

「たとえばさ、スタバァでバイトしてる時、俺らのことを恥ずかしいって言ったろ?あれチョロ松が言ったとしたら皆あんなに傷付かなかったよ、ずっとお前が俺らのこと頼ってくれてたから余計にショックだったんだよ、あと喧嘩のときに皆でお前を避けたのはあれくらいじゃお前がへこたれないって解ってるから出来たの、ほら同じこと一松には出来ないだろ?」


酒が入っているとは思えないくらい澄んだ瞳でおそ松を見ていたトド松は、それを聞くと視線を自分の持つコップに落として目を細めた。


「……それってカラ松兄さんも、そうなのかな?僕が普段兄さんのこと頼ってるって解ってくれてる?僕が兄さんのこと痛いって言ってても実は平気でいるんだって解ってくれてる?兄さんならどんなことされても嫌いにならないって……」


ぽつりぽつりと落とされる言の葉はコップの水に波紋を作って消えてゆく。

おそ松がちらりと見れば店主があっけにとられたような顔をしている、末の弟が兄弟の前でだけ見せる一面を見せているからだろう。

可愛い弟の可愛いところを見せるのは勿体ないけれど、場所を提供してくれている彼には特別おすそ分けだ。


「解ってくれてるなら、嬉しい」


心の中に一番大好きな人を思い描いてふにゃりと笑うトド松は、久しぶりに気を緩ませているようだった。


「解ってるし、お前のそういうとこ好きだと思うよ?カラ松は」

「えー?それはどうかな?」


ふわふわした口調ではあるが、自分の考えを頑なに信じているように聞こえる。


「だって僕、男で六つ子の兄弟で無職で性格クズだよ?」

「自分が同じ条件のカラ松を好きになったくせに何言ってんだよ」


おそ松が呆れたように言えば「たしかに兄さんはサイコパスなクソ次男だけどちょっとはいいとこあるんだよ」とムッと眉間に皺を寄らせた。


「お前なんでそんなカラ松が好きなわけ?」

「……だってあの人、兄さんで元相棒ってだけで特別なのに目の前で僕の気になるようなことするんだ……家族の前で格好つけてるとこイヤだけど僕にも格好よく見られたいと思ってくれてるなら嬉しいし、時々ほんとにかっこよく見えるんだ……僕だけの為にやってるわけじゃないから期待はできないけど」

「はぁ……それ言うならお前はアイツにとって弟で元相棒ってだけで特別で、なにかする度に反応してくれる可愛い奴なんじゃねぇの?モテたいと思ってるアイツが自分の情けないとこ知ってても好きでいてくれて、文句言いながらも隣にいて一番にツッコミ入れてくるの嬉しいと思わないわけないだろ?」

「でも、だからって僕にだけ態度が違うわけじゃないし」

「まあな……でも六つ子なんだから皆を平等に扱うのは仕方ないことだよ、長男の俺と末っ子のお前は特にそうだろ?カラ松が悩んだ時に俺に相談するのは唯一の兄だから、十四松が危ない時にお前を庇うのは唯一の弟だから、三番目のアイツは兄寄りの考えを持ってるけど弟の味方をする時もあるし、四番目の一松は弟寄りの考えを持ってるけど場合よっては兄側に付く……けど、それは兄弟としての関係だろ?」

「……」

「お前カラ松の恋愛対象を他人にしてる癖に、兄弟関係まで引き合いに出すからややこしいなーー」


クスクス笑うおそ松に「だって僕は弟としてもカラ松兄さんに恋してるんだから仕方ないじゃん」とトド松は拗ねたように訴える。


「でもさぁ、お前だってカラ松だけじゃなくて兄弟皆から可愛いがられたがりで皆の前で可愛い末っ子ぶるじゃん?それでもカラ松を好きなんだから、カラ松も同じかもしれないって期待していいんだよ」

「……でも」

「ま、信じる信じないはお前次第だけどねぇーー」


と、言ってトド松の頭を撫でるおそ松、一方トド松の頭の中には様々な思考が浮かんでは流れ、生まれては消されていた。

酔っぱらっている彼は頭を撫でられていることも伴って次第に考えるのが億劫になってくる。


(カラ松兄さんのこと考えるの凄く面倒くさい……)


自分がどうしたいのか、彼にどうなってほしいのか、本当のことはまだ解らないでいる。

ただもう二度と彼が他人に騙されて傷付くところを見たくないという想いは本当だ。

カラ松がダメージを受けていない以上、それは独り善がりの自己満足かもしれないけれど――




「寝た?」


おそ松が座る反対側から、ぽんとトド松の肩を叩く者が現れた。


「うん、寝ちゃった」

「様子見に来てよかった……」


その人物、チョロ松はトド松の横に座る。


「いつから居たんでぇ?」

「トド松が愚痴を吐き始めたくらいかなぁ?やっと本心が聞けそうなとこだったから黙って聞いてたけど」

「おつかれさん、寒かったろ?」


おそ松がそういうとチョロ松は「本当にね」と温かい弟に肩を寄せた。


「おそ松兄さんの言ってたこと間違いじゃないと思うし僕もコイツに言いたかったことだけど、結局コイツが練習台になるの止めさせられなかったね」

「それは俺の役目じゃねえしな」

「こんだけ酔っぱらってたらどれくらい憶えてるかわかんないし」

「それでも、ふとした瞬間に思い出してくれたらいいじゃん」


自分に自信を無くしかけた瞬間にでも蘇ってくれたらいい、きっと無駄にはならないさと長男が言うので三男もそれを信じることにした。


「けどさあトッティ、元相棒だって言ったよね」

「言ったな」


するとチョロ松の顔が不機嫌に歪んだ。

トド松がそう言ったということはカラ松が現在相棒だと思わせてやれていないということだ。


「ばかトッティ……」


弟の顔から兄の顔への急速な変化、カラ松や十四松の前で一松がしたことを今チョロ松がしている、これをされると少しドキっとすることを年中の二人は知らない。

同じように自覚していない魅力が兄弟全員にあるのだと思う、自分の悪いところばかりに目がいく弟達だから、長男の自分がよく見ていないとと思ったりもするのだ。


「いいや全部終わったらアイツぶん殴るから」

「おー怖、お手柔らかに頼むよ?」


チョロ松からしたら大切な弟を泣かしている男かもしれないが、おそ松にとってはカラ松も大切な弟に違いない、トド松の自虐の所為で過剰に責められるのも可哀想だと思ってしまう。


「そんなこと言うなら、ちゃんと最後までコイツらの面倒みてよ、僕も手伝うからさ?おそ松」

「ハッ……そうくるか」


兄弟の顔から相棒の顔への急速な変化は、きっと自覚してやっているのだろうな、お互いさまだから。

おそ松は弟を挟んだ反対側にいるチョロ松を頬杖を突きながら見上げ、クスリと笑んだ。


「俺らが良いとこ取っちまったらカラ松が拗ねるんじゃね?」

「それは面倒くさいな、カラ松兄さんがカッコイイ方がコイツも嬉しいだろうし」

「たしかに」


結局トド松はカラ松にメロメロなので、カラ松にどうにかしてもらった方が良いだろう。

そう結論付けたチョロ松はチビ太に向かっていつも最初に頼む酒と具を注文するのだった。




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――翌日、早朝


「うーーー最ッ悪」


飲み過ぎて寝落ちてしまったトド松はシャワーを浴びても良くならない気分に頭を抱えていた。

今日はカラ松とデートの約束をしているのに二日酔いなんて最悪過ぎる。

これから身支度を済ませて待ち合わせの時間までどこかで時間を潰さなければいけないし、昨日おそ松に中断させられたので決まっていないデートの行き先を考えなければいけない。

ただこのまま普通のデートを行えばカラ松に迷惑をかけてしまいそうなので“相手が体調の悪い時のデート”を想定して……って、そういう時は中止にするだろうカラ松は、と頭を振った。


(うっわ、視界がぐらんぐらんする)


まだ、約束の時間まで時間があるからもう一度寝直そう。

そう思ったトド松は六つ子部屋に戻り、先程抜け出したばかりのカラ松の隣に体を忍び込ませた。

いつもカラ松より早く家を出るようにしているけれど今日は逆になっちゃうな、デートの身支度をする兄さんが見れるならいいかもしれない。

そんなことを思いながら目を閉じたトド松が再び目を醒ましたのは、約束の時間を三時間ほど過ぎた時刻だった。








To be continued