青華さんリクエストのカラトドです。ありがとうございます!以前書いた『始まりと終わりの二番目』という話の続きになります。関係ないんですがこれ書いてる最中に、さが松の情報きて次男がガチで松でした


本日何回目になるか解からない溜息を聞いて眉間に皺を寄せたのは三男と、むっと口を結んだのは四男。
二人とも溜息の主を咎める意思はないけれど、このまま気が済むまで聞いているとコチラの気が滅入りそうだ。
三男と四男はアイコンタクトを取り、揃って出かけることにした。

「ちょっとコンビニ行ってくる」
「おれも……」

そう言って立ち上がると

「いってらっしゃーい!」

五男から元気な声を掛けられ

「お土産期待してるーー」

六男から催促をされる。

「ああ何も聞こえないなーーうん、行ってくるね十四松」
「行ってきます十四松」
「ちょっと!!」

と、不満げに声を上げるところを見るとトド松も普段どおりなのだが

「もう……」

すぐにスマートフォンに目線を落として寂しげに溜息を吐いてしまう。
こちらまで溜息を吐きたくなるような表情をする彼に一つ上の兄、十四松がバランスボールに乗ったまま近付き目の前に転がってうにょうにょと動き始めた。

「あはっ、なんなの十四松兄さん」

漸く笑顔になった末っ子を見た後、二人は部屋を出た。


「……植物の精ってさ、勝手だよね、自分がすぐ消えちゃうの解かってるのに人間の心にズカズカ入り込んできて」

玄関の下をくぐりぬけた四男が三男へぼそりと言った。
トド松が世話をしていた唐松の精、唐松が、昨日の深夜お別れにきたところだ。
その時の彼は笑って見送っていたけれど、一夜明けて寂しさがぶり返してきただろう、朝から何か物思いにふけては溜息を吐くを繰り返している。
次男の花の精のときも同じような状態になったけれど、次男の場合は自分が助けた花を最期まで看取れた満足感の方が勝っていたような様子がした。
今回の末っ子は更に重症のように思う。

「まぁでもドブスは本能で生きてる感じだったからな、それに最初にその場しのぎの優しさを与えたのはコッチなんだから責任はとらなきゃな」

「その場しのぎのって……」

一松はチョロ松を責める様に見詰める、カラ松は困っている者をほっておけない(長男や三男は見捨てることはあるが)性質で、トド松はなんだかんだと面倒見がいいのだ。
そんな二人を非難されたようで気分が悪いと顔に出せば、三男は苦笑しながら頬を掻いた。

「僕だってアイツらの優しいところはいいと思うよ、けど今回のトド松はそれだけじゃないでしょ?」

あの松の精を助けたの、初めは寂しさを誤魔化す為だったんでしょ?たぶん
と、三男が言う。

「……非常にきびしー」
「いつもアイツには散々言われるからね」

真面目な相手に正論をぶつけてくるような弟にはたまには反撃しなければ、と根はあまり真面目ではない三男は苦笑する。

「アイツはツッコミ役だから自分の中にある狡猾さや滑稽さもハッキリ解ってるんだろうと思う、普段はそれよりも自分可愛さが勝ってるから気にしないけど、今回みたいに相手と仲良くなった時は罪悪感が湧くのかもね」
「落ち込んでる理由、罪悪感だけじゃないと思うけど」
「そうだね、でもあんな風にお別れ出来たんだから満足感も大きいと思う……今は悲しくても」

時間が解決してくれるだろう、とチョロ松が言えば一松も頷いた。

「それよりも問題はカラ松かな」
「ああ……」
「昨日の様子を見るに……ぽいよね?」
「うん……ぽい」

二人とも上から二番目のイタイ兄を思い浮かべて苦笑いした。
彼が唐松と対峙した時に宿していたのは確かに消えてゆく植物の精へ対する優しさや労りもあったけれど、時々火が付いていたのは嫉妬と期待だ。
あのドライモンスターがたまたま見つけた『唐松』の木を助けたのは唐松が言う通り同じ名前の兄がいたから、放っておけなかったのだ。
そして唐松の精としてカラ松そっくりの(そんなこと言ったら兄弟全員そうなのだが)姿で自分の前に現れた彼を『唐松』という名前で呼び、懐いた。
ここ暫くトド松が朝早くから足しげく通っていたのは唐松の所だ。
それは期待もするし嫉妬もするだろう、極めつけは昨日の態度、何が悲しくて他人から自分の弟のことを頼まれなければいけないんだと、三男や四男でさえ思ったのだから長男や次男はそれ以上に思った筈だ。

特に次男は、末弟を――

「これ以上考えるのやめよう」
「うん、後はアイツらに任せよう」

首を振って、歩き出した二人。
コンビニで購入したのは二つに割って食べられるアイス三つ。
一つはコンビニ帰りに二人で食べて、一つはそう話したら「なんで家まで待てなかったの!?」と拗ねた長男と五男が食べた。

「そんなこと言って、自分もカラ松やトド松待たずに食べてんじゃねえか」
「そういえばあの二人は?」
「トッティはカラ松兄さんに連れられてお出掛けしやした!」
「ふーん」

そう言って一松は十四松が乗っているバランスボールを支えるように背もたれにする、アイスを食べながら乗っていたら危ないからだ。
チョロ松も一松に倣って十四松のバランスボールを横側から挟んだ。

「ずりぃー!お兄ちゃんもー!」

そう言っておそ松がチョロ松と反対側に座る、十四松が一松の顔の前にアイスを持った手を回り込ませて「いちまつ兄さん!ひとくち!」と言っている、一松はさっきも食べたアイスを言われた通り一口食べて「あんまー」と関西弁で感想を言うのだった。


――と、兄弟達がそんな謎の光景を繰り広げているとはつゆ知らないトド松は、カラ松に連れられて駅前の花屋に来ていた。

(また花を買うのか……)

カラ松が店長をしている高齢の女性と何やら話している間、トド松は店先に並んだ色んな花を見ていた。
植物なんて、どれも同じに見えるけれど、たしかに一つ一つが違う命なんだと今回のことで思い知ることができた。
次男が魚の餌にするくらいなら自分が貰おうと心に決める。

「待たせたなブラザー」

しゃがみ込んでいた彼に背後から兄が声を掛けてきた。

「買い物済んだ?」

立ち上がって振り返ると、腕を組んで格好付けている次男が片手に紙袋をぶら下げていた。

「え?なに買ったの?」

花屋なのに花以外のものを買ったのか?と首を傾げるとカラ松はフッと無駄に溜めた後

「ああ、今回はフラワーシードをな」

こう答えた。

「花の種なんて買って……」

たしかに庭はあるけれど植える場所はあるのだろうか?これから土や煉瓦を買いに付き合わされるんだろうか?それなら十四松を誘えばよかったのにと思いながらトド松は訊ねる。

「ガーデニングでも始めるの?兄さん」

すると次男は「いいや」と首を振った。

「この種は陽の射さない場所でも、水を与えなくても育つ丈夫な花なんだそうだ」
「……」

トド松はハッとして次男の顔を見る、サングラスの奥の瞳が優しく揺らぎながらコチラを見詰めている。
それだけでカラ松がその種をどこに植えようとしているのか解ってしまった。

「いや、でも山の中だし」
「大丈夫さ、唐松だって人間の手で植えられた木だったんだろ?今更他の植物を植えたって山の女神は怒りはしないさ」

いや違う、自分が懸念しているのは、そんな生態系的なことでも神秘的なことでもない、勝手に人の土地に花の種なんて植えて大丈夫なのかということだ。

「でもお前あの松のために肥料をやったりしてたんだろ?」
「う……」
「お前の心配は今更のものだ……なにもかも、今更さ」

どこか演技がけて繰り返される「今更」という言葉が胸に刺さって痛いが、そんなことはお構いなしに次男はまた宣った。

「これから俺と一緒に今更なことをしに行こう」

案内してくれるか?とばかりに差し出された手を取った末弟は、瞳をとじて大きく息を吐いた。

「うん」

呼吸の最後に小さく呟かれた言葉はちゃんと兄の元に届いたようだ。
手を強く握られ歩き出す、トド松はこの人と手を繋ぐことに抵抗なんてひとつもない、ただ世間の目が気になるだけで、この人から与えられるものを拒絶することは殆どない、街へ出るときはお揃いの服を着ないけれど、店員に選んでもらった服がこの人が青でトド松がピンクだったときに密かに安堵したのだ。
柵ではなく繋がりに。
己を愛する二人の中に家族と過ごした時が確かに根付いていて、せっかちだったカラ松とのんびりだったトド松が一緒にいてもずっと楽しかった過去がたしかに存在している、毎日一緒にいればマイペースを保てる時もそれを乱される時もあって、きっと他人からしたらちっぽけでありふれたものかも知れない、カラ松やトド松にとってもただの日常でしかないけれど、二人でなければ気付けないもの。
同世代カースト最下位の自分達が穏やかな気持ちで日々を過ごせるのはこうした繋がりがあるから、それを甘えと言う人も中にはいるかもしれないが自分達の持ちものの使い方は自分達で決める、オレの世界はオレのものだと堂々と言い放てばいい。

「この山か?」
「うん」

電車を降りて数分歩いた場所に唐松の眠る山があった。
ここまでずっと手を引かれていて、こんなことは小学生以来だったけど、きっと一人では来られなかったから気にしなくていいとトド松は思う。
格好付けたがるカラ松がなんの衒いもなく弟の手を握ってきたのだから世間体よりそちらを優先してやろう、山道は危ないから手を放すけど。

「兄さん」
「なんだ?」
「唐松はね周りの木は高くまで伸びてるのに一本だけ僕とそう変わらない背丈だったんだ」

緩やかな山道を少しだけ息を切らしながらカラ松へ話しかける。

「ちゃんと陽を浴びてればもっと背が高くなったのに、きっと周りの木に太陽の光を譲ってたからこんなに背が低いんだって思ったよ」
「そうか」

後ろを歩くカラ松がトド松の肩甲骨あたりに向かって声を返す。

「枝も細くて、色もくすんでたし、根元も傷んでてね、初めて見たときからこの木はもう永くないんだろうって解かってた」
「……」

解かっていて、助けたのだ。
寂しくて悲しくて、その場しのぎの優しさを与えてしまった。

「出てきた松の精はさ、カラ松兄さんソックリで、つい唐松って呼んじゃったけど、その前からボクはその木が兄さんに似てるって思ってたよ」
「オレに?」
「うん……だってね、とても良いとは言えない環境の中で今にも死にそうな風貌してるのに……」

幹だけはしっかりと空に向かって伸びてたんだ。
そう言ったトド松の顔をカラ松は見ることができなかった。

「だから毎日毎日助け続けたんだよ、同情なんかじゃない……ボロボロになりながら空を目指すあの木を最期まで見守ろうって思えた」

たとえ空に届かなくても一生懸命に背を伸ばし続ける姿を見ていたい、彼が死んでも自分が証人になれたらきっと意味があることなんだと思うから。

「唐松のこと聞いてくれてありがとう……花の種もありがとう、ありがとう兄さん」
「トド松」
「着いたよ」

ここが、唐松の場所。
そう言ってトド松が見た先に、大きな亀裂の入った一本の木が立っていた。

「こいつが……」

あの唐松の本体か、とカラ松は前へ出てそこに膝をついた。
木肌に手を添えればポロポロと零れ落ちる、死んでしまっ木、これから腐敗するのか虫に食べられるのか解からないけれど、ゆっくりと風化していくのだろう。
この根元に今から種を植える、唐松の体を少しでも糧にして生きて、この山で育まれていけばいいと願う、それがエゴだと罵られても自分がしたいからする。

「すまないな」
「……ん?」

どうして謝るの?唐松だってきっと喜んでくれるよ?とトド松がカラ松の隣に座った。
カラ松が本当に自分のことしか考えていなくて、相手の迷惑になるようなものを贈ろうとしていたらトド松も『痛い』と言ったかもしれないけれど今回はちがう。
弟は兄の背中を摩りながら「一緒に植えよう?」と声をかける、それから兄弟で黙々と土を掘り、ひとつひとつ種を蒔いていった。

(唐松)

トド松の頭に唐松との思い出がどんどん溢れてゆく。

初めて会ったときはあまりに兄と似ていたので驚いた。

驚いた自分に微笑んでくれた。

自分の愚痴を優しく聞いてくれた。

自分の名前を呼んでくれた。

陽の射す場所へと手を引いて歩いた。

どれだけ暖めても冷たいままだった。

恋人のことを話してくれた。

さよならを言いに来てくれた。

最後の恋の人と幸せになれと言ってくれた。

優しい、強い、唐松。

大好きだった。

兄に似てるから?

ううん

だって自分が本当に彼へ重ねていたのは自分自身だ。

陽の射さない場所で、ただただ空へ向かって手を伸ばす姿はまるで、この人を追いかける自分のようで、可哀想で、意地らしくて、誇らしかった。

「トド松?」

ギョッとしたような声を聞いて振り向くと、ポロリと生暖かい雫が頬を伝るのが解かった。

「あ、あれ?」

また泣いてる、悲しいわけでもないのに可笑しいなと首を傾げて微笑みながら涙を零す。
そんな末弟を見て次男は衝動的に手を伸ばす。

「ひっ!?」

ぐいっと体を引き寄せられ、倒れたトド松が気付いた時にはカラ松の腕の中にいた。

「カラ松にいさ……」

なにをするんだと聞こうとした彼の耳元で

「好きだ」

いつもより擦れた声を聞く。

「……」
「オレはトド松が好きだ」

カラ松は己の胸の中でトド松が震えたのがハッキリと解り、更にきつく抱き締める。

「なに言ってるの?兄さん」
「オレもこんな早く言う筈じゃなかったんだが」

だってカラ松は別にこの想いを唐松に誓いたいわけじゃない、誓うとしたらこの弟と己にだけだ。
墓参りをするような気持ちで此処に来たのに、この涙とこの表情を見てしまったら自分を抑えることが出来なかった。

「フラワーに逢った時から何か違和感があったんだ」

突然花の精の呼称を出され、表情が歪んでしまうトド松、カラ松の胸に顔を埋めて歯を食いしばる。
そんな様子を見て彼は続けた。

「オレは、自分を必要としてくれる人が好きなんだと思っていたし、今も思っている」
「……」
「でもそれは誰かに必要とされている自分が好きに過ぎない」

あの頃、たしかに自分がいなければ生きていけない存在を得て、振り回されながらも充実した時間を過ごせていると感じていた。
けれど本当の意味で満たされはしなかった。

「フラワーと結婚式をしていた最中“これはオレがほしかったものとは違う”と強烈に感じたことがある……この人とじゃオレは今の俺の家族以上の家庭を築けないと」

空を見上げて悔し気に言葉を出す。
生い茂る枝と葉によって太陽の光は見えなくて、背もたれにしている唐松の木が陽を浴びることが出来た時の短さを想う。
喧嘩もするが愛してくれる家族の元でぬくぬくと育った自分なんて、この木に比べたら弱い存在なのかもしれない、けれど、それでも守りたいものが傍にいる限り人は強くなってゆける。

トド松がオレを強くしてくれる

トド松に必要とされるような男になりたい

そう言ったらきっと優しいこの弟は「とっくの昔に必要な存在だよ」と言ってくれるだろう。

「トド松」

カラ松は抱き締める腕を肩に置いて、やわらかな動作でトド松を自分から引き離す。
するとトド松は頬を染め、カラ松の顔を澄んだ大きな瞳で見上げてきた。

「既にお前はオレの大切な家族だ」

今更何を言っているんだと、トド松は思ったかもしれない。
だが今のトド松の瞳には深い空のような真剣な眼差しが真っ直ぐ注がれていた。

「でも、今度はオレと家族になってほしいんだ」
「……」

トド松の頬に赤みが増す。
それが答えでいいだろうと思うが、カラ松は更に畳み掛けた。

「ほら、昨夜唐松がお前に最後の恋の人と幸せになれと言っていただろう?オレはお前と最後の恋をしたいんだ」

熱を帯びたトド松の両耳の後ろに掌を通して、この声しか聞こえないようにする。

「トド松、オレと最後の恋をしてくれないか?」
「……あ、あのさカラ松兄さん」
「ん?」
「ボクの最初の恋はカラ松兄さんだよ」

突然の告白にカラ松は驚く。
今までずっとこの弟の初恋は幼馴染のトト子だと思っていたからだ。

「でね、昨日唐松に話したんだ。初恋の人の事もうずっと一途に想ってきたから、きっと次に恋した人が僕の最後の恋になると思うって」
「そ、そうなのか……?」

かなり嬉しいことを言われているんじゃないかと今度はカラ松の顔が赤く染まっていく。
口はニヤケそうに戦慄いて、格好が付かない。

「だから……フフッ」

トド松がカラ松の手に己の掌を重ねて、感極まったように目を伏せる、ハァと息を吐いて潤んだ瞳で「兄さんがね」と呟いてカラ松を見た。
そして彼はまるで世界で一番幸せだというような表情で、こう言う。

「カラ松兄さんはボクの最初から一番で、最後から一番の人になっちゃうんだね」

その時、上空に風が吹いて周りの木々をザワザワと揺らした。
今まで緑で覆われていた空が少しだけその青を見せ、そして木漏れ日を二人と、二人を支える唐松の木に降らせたのだった。





end




青華さんありがとうございました!書いてて楽しかったです!
捧げものとうことで気持ち甘めにしてみましたよ〜
お気に召して頂けたらさいわいです
ちなみに二人が植えた花はアジュガという花をイメージしました(山に植えて勝手に育つかはわからないです)
薄紫というか青とピンクが混ざったような色です