一番きれいなハンカチ 恋する女の子は可愛い。 それは相手のことを想って泣いたり頑張って好かれようと努力するからだ。 それに比べて自分はどうだろう? 相手が愛おしくて泣くというよりは情けないやら悔しいやらで涙を流している気がするし、幼少時代ならともかく今はもう彼の隣にいるため頑張ったりすることは少ないし。 彼へ対する情緒も彼の他の弟に比べれば落ち着いていると思う(長男も落ち着いているけれど)みんなでいるときスルーされがちな彼へ律儀にツッコミを入れる役は今もほぼ独占しているけれど、二人きりでいるときは案外普通だ。 彼が優しいからと言って特別に甘えることもない、きっと昔のような短気に戻ったとしても自分は態度を変えないだろうと少しだけ優越感が生じた(三男も変わらないだろうけれど)みんなでいるときは様式美というようにヒドイ扱いをするが、一対一で接する時は理不尽をぶつけたりしないから昔の性格のままでも大丈夫なんだ。 遠慮ないように見えてお互いが本当に傷付くようなことは自然に避ける、それが全く苦ではないのでトド松はカラ松といる時とても気楽であったしきっとカラ松もそうだろう、きっと自分は泣き顔も可愛いだろうが昔から可愛い弟達が凹んでいるのを見つけては全力でからかってくるクズな兄がいたから、あまりメソメソもしていられないと思う。 相手を想って泣いたり、好かれようと努力したりしない(そんな努力するくらいなら自分の理想を追い求める)感情の起伏だってたいがい穏やかなものに過ぎないから、自分でも自分の『好き』は解りにくいし傍から見ていてきっと詰まらない、まぁ人間の本心なんて本来目に見えないものだから詰まらなくてもいいのだけれど、冒頭で言ったようなカワイイ女の子たちからしたらコレは『恋』とは呼べないのかもしれない。 自分とは正反対の兄達にこのことを詳しく話せば『恋』ではなく『家族愛』や『人間愛』の延長だとか、情が移ってしまっているだけだと言われるだろう、そんな否定の言葉は聞きたくなくてずっと秘密にしている。 でも、こう思うんだ。 『愛』だっていいじゃないか、胸の躍るような体験は『恋』でしなくたって、たとえば山を登ったり滝を見に行ったりすればいいし、刺激なんて兄弟と一緒に危険な目に遭えば味わえる。 世界でたったひとりにしか向けられない『愛』はきっと『恋』にだって負けない ::: ::: ::: ::: ::: ::: ::: 「もう!つめたいって!!」 「お前が先にやったんだろ?」 少し早めのみぞれの降った日、買い物の当番は次男と六男だった。 傘の上に積もったみぞれをくるくると飛ばせば隣の人も反撃してくる。 お互いの髪に付いた水滴をけらけら笑いながら払い合って他に誰も歩いていない道をいく。 野良犬も野良猫もカラスもこの寒さに引っ込んでしまっているんだろう、早く帰りたいような勿体ないような気になりながら冷たく滲んでいく靴を見て兄に古いスニーカーを履かせておいて良かったとトド松は安堵した。 ただ買い物に行くだけなのに何処で買ったか幾らしたか解らない金ピカの靴を履いて行こうとした彼を天気が悪いからと止めて、寒くなるからと言って痛い服装を隠すロングコートを着せた己の手腕は見事であったと頭の中で自画自賛する、実際みぞれが降りネットニュースでは今秋最低気温を記録したとあったから小一時間前の己の判断は適切だったと再び自画自賛。 そんなトド松は相変わらずジーンズをロールアップしているのだが、これは彼のこだわりなのだ、冬でもスカートを履く女子に比べればどうってことないと自分に言い聞かせながら、このまま炬燵に入ったら今年初のしもやけかな?なんて思っていた。 毎年どんなに寒いと泣いても炬燵は亥の月の亥の日に出すと決まっている、今月の始めに出されたばかりの炬燵は毎回争奪戦が起こるからもうワンサイズ大きな炬燵を買ってほしいものだ。 「いちばん炬燵需要あるのニャンコ達と十四松兄さんなんだから一松兄さんが買うべきだよね」 「長方形の炬燵なら寝やすいしな」 「寝たら駄目だよ兄さん」 今朝炬燵を捲ったら猫がぎっしり寝そべっていたことを思い出して、脱水症状にならなければいいが、一松兄さんがちゃんとしてるでしょ、それもそうだが低温火傷が心配だ、そういえば猫用の炬燵があるらしいよなんて話していると、電柱に一枚の看板が掛けてあるのを見つけた。 近くで葬式があっているらしい、知らない人の知らない名前に少しテンションが落ちる。 「こないだ友達と遊んでるときもお葬式の看板が出ててさ、あつしくんに「こういうの自分と同じ名前みるとドキッとするよね」って訊かれたんだけど」 「ああ」 「その時いたメンバーがボクと普通丸とクソ助だったんだよね」 「……」 遠い目をしながら言う末弟に更にテンションが落ちるカラ松、それを言った瞬間の「あ、やべ」感も想像して気の毒でならなかった。 前から思っていたんだがトド松フレンズの親御さんはどういうつもりで名付けたんだろうな、まぁ「普通」はいいことだと思うよ……「クソ」ももしかしたらどっかの国の言葉でいい意味があるのかもしれない、そうだな、もしかしたら「カッコイイ」や「ナイスガイ」のような意味があるのかもしれない、そうだよクソ松兄さんそう思っとこう、クソ助くんか……一度会っておきたいな、そうだね正直あつしくん普通丸は兄さんに会ったら引きそうだけどクソ助なら大丈夫かも……クソ同士で、クソクソ言うなよお前そんなこと言ったらクソの弟だぞ?あとクソ助くんにも失礼だ、でも本当いい奴なんだよクソ助……あの子ならボクらの関係を知っても笑って受け入れてくれる気がする。 と、なんだか友達に対してクソ期待過剰なことを話しながら看板の横を通り過ぎる二人であった。 「ただいまーー」 「おかえり、二人とも寒かったでしょ」 家に帰って台所へ入ると母が八人分の米を砥いでいる最中だった。 これからこの寒い場所で料理や水仕事をするのかと思うと申し訳なくなるが、手伝いは今まで部屋でぬくぬくしていた他の兄弟達に任せてほしい。 「寒い……早く炬燵に……」 「まて、急に入ったらしもやけになるぞ」 廊下へ出て居間へ行こうとするトド松の手首を掴みカラ松は言う。 「さっき風呂にお湯を貯め始めたから、もう足くらいまで貯まってるだろ」 さっきとは玄関で脱いだ濡れた靴下を洗濯機まで持っていってくれた時だろうか?トド松は首を傾げて彼の手に引かれるがまま着いていった。 「丁度良いくらい貯まってるな」 「ほんとだ、用意がいいね兄さん」 トド松が褒めるとカラ松は嬉しそうに笑って浴槽の縁にタオルを敷いた。 ズボンの裾を捲ってから二人して浴槽に座り足だけ湯に浸ける、温かさが下からじんじんと伝わってくるようだ。 「あったかい」 「こうやって血行をよくするとしもやけにならないとチョロ松が言っていた」 「ああ、たまには役に立つねライジング兄さん」 「だな」 たまにはを強調したのにツッコミが入ってこないということはこの兄も同意見なのだろう、というより日常生活で兄弟が役に立つとか役に立たないとか気にしていないだけかもしれない。 「以前チョロ松がしもやけしていた一松と十四松にこうしてやっていたのを見てなー」 「ナイスだねチョロ松兄さん、そう言えば怪我の治し方とか一番知ってるよね」 「昔は怪我が多かったからな」 「カラ松兄さんは昔から回復早かったよね、だからボクもあんま詳しくないかも」 「お前は意外と舐めときゃ治るってタイプだったな、消毒染みるの嫌がって……嫌がるお前を母さんが無理やり風呂に突っ込んだこともあった」 「あれで風呂嫌いに拍車かかったんだけど……」 「風呂嫌いも治ってよかったな」 「それはそうと足はこれで暖まっても手はなかなか暖まんないね」 「洗面器に浸けとくか?」 「ううん、こんなのは……」 首を振ったトド松はカラ松の服の下から手を突っ込み抱きついた。 「うひゃっ!?」 「あー……兄さんあったかい」 「トッティ?寒いんだが」 上着が捲れてヘソだし状態のカラ松が睨むとトド松はいたずらっ子のように笑って「兄さんのは舐めて治してあげようか?」なんて言ってくる。 「なっ!?お前……」 「って冗談だよ、さっき兄さん靴下持ってたし手も洗ってないのに舐めてなんかあげない」 洗っていればいいんかい、と思ってるうちにトド松はカラ松から体を離した。 捲れていた上着を戻すがスースーする。 「これさ、もういっそお湯張ってお風呂入っちゃおうか?」 「ん?」 「こんな寒いなか銭湯いくのもやだし、今から入れば丁度夕御飯できてるころだよ?」 「あー……それはいいな」 「うん、そうしよ」 そうと決まれば善は急げと再び蛇口から湯を出し、二人は足を拭いて二階へ上がった。 「おかえり」 「おかえリーグ優勝!!」 部屋には一松と十四松が雑誌を見ながらゴロゴロ寝転がっていた。 「外寒かったでしょ?」 「うん」 「ほら見てー!雪になってるよ?明日積もるかなぁ?」 「え?雪?……ほんとだぁ」 十四松が窓を指さす(袖に隠れてるけどおそらく指している)ので見てみるとちらほらと小さな雪が宙を舞っていた。 「初雪か」 「もう冬になるんだね」 窓辺へ膝をついて空を見上げれば真っ黒な雲で覆われていて、これは明日まで降るかもしれないなと二人は顔を見合わせた。 「あのさボクら体が冷えちゃったから今からお風呂入ろうと思うんだけど、そのあと兄さん達も入れば?」 「そうだな、銭湯へ行っても雪が降ってたんじゃ湯冷めするだろうから、そうしたらどうだ?」 「あ……うん」 「そうしマッスル」 珍しく素直にカラ松の言葉に頷いた一松と明るく答えながら釈然としない顔をしている十四松。 そんな二人に気付かすカラ松とトド松は風呂の準備を済ませると再び一階へ降りて行く。 「アイツら二人で入るんだ……」 「入るんすね……」 部屋に残された二人の言葉など聞こえる筈もなかった。 「カラ松兄さんに背中流してもらうなんて久しぶりだねー」 「オレもお前にしてもらうのは久しぶりだ」 風呂場に入るとまだ湯が貯まるまで時間がかかりそうだったので先に体を洗うことにした。 背中を交互に洗い、正面は洗い合いっこする、なんとなくバカップルっぽくて楽しい。 そういえば恋人らしいことをするのも久しぶりだと嬉しくなる。 (やっぱりボクこいつのこと好きなんだなぁ) 自分でも『愛』しかないのでは?と思っていた感情の中に『恋』を見付けて何だか安堵した気になる。 それに目敏く気付いたのかカラ松は「どうした?」と聞いてきたので「ちょっと友達の話を思い出したの」と答えた。 「ん?」 気になるような表情をする彼に、長くなるからお湯に浸かってから話すよ、と笑う。 これから髪の毛を洗ってる最中にふざけていればきっと忘れてしまうだろう。 体の泡を流し髪を濡らしてお互いの髪をシャンプーする、某宇宙超人や某パンクロックバンドなどの髪型を真似て鏡を見ては笑い合った。 ヘアショーはトド松がくしゃみをするまで続き、くしゃみを聞いたカラ松があわててシャワーで泡を流し、二人は温かい湯船に浸かった。 「はぁ極楽極楽」 「オーマイヘヴン」 「なにそれ、なんで英語ー?」 「お前だって今のジジ臭かったぞ?」 「えー?だって本当に天国みたいだもん」 体を綺麗にして、ほかほかお風呂に浸かって、風呂から出れば美味しいご飯とあったかい布団が待っているのだ。 それに傍に大好きな人がいるのだし、幸せを感じたって仕方ないと思う。 「そういえばさっきの話の続き、友達からなんて言われたんだ?」 「ありゃ、おぼえてたの兄さん」 「オレをなんだと思ってるんだ?まだ十分と経ってないし忘れる筈ないだろう」 「そうだねぇ」 頭空っぽだから忘れると思っていたことは内緒にしておこう。 「何か言われたっていうより聞かされたんだよね」 「ん?なにをだ?」 「コイバナ」 「……ほぉ」 「それ聞いてて気付いたんだけどさ、ボクとカラ松兄さん好きって『恋』というより『愛』なのかな?と思うんだよ」 「ん?」 「恋をしてる女の子ってみんな必死なんだよ、相手のこと理解しようとしたり相手の好みに合わせようとしたり、傍にいる為の努力をしてるから恋する女の子は可愛くなるんだと思うんだけど、ボクらそういうの小さい頃に済ましちゃってるじゃん」 「あー……まぁな」 「あとさ意味もなく泣いちゃったり、その人にだけ素直になれなかったり、情緒が落ち着かなくなるみたいなんだけど、ボク兄さんといるとき凄く気楽なんだよね、気を抜いててもボクが兄さんを本気で傷付けるようなこと言うわけないし」 「基本はそうだな、逆にお前が緊張していたら何か疚しいことでも隠してるんじゃないかと思うぜ」 「ねぇよ疚しいことなんか……バイトだって今はちゃんと報告してるし、他のことも兄さんには前から話てたじゃん」 トド松は少し拗ねたようにカラ松の反対側を向いて自分の背中を胸板に預けるように傾けた。 ぴちゃんと天井から頭に水滴が落ちて一瞬ヒヤッとする。 「だからさぁボクの気持ちって『恋』よりも『愛』に近いのかな?兄弟愛の延長なのかな?って思ってたわけ」 「……そうか」 「まぁそれでも世界でひとりだけにしか向けない『愛』なら『恋』に匹敵するだろうし、まぁいいかって納得してたの」 トド松の中では『愛』より『恋』の方が上位にあるのだろうか?とカラ松は内心で疑問符を上げる。 キャンパスライフに憧れる彼なら成熟した『愛』より新鮮で刺激的な『恋』の方が魅力的に映るのかもしれない、カラ松だってドラマチックな恋の歯車回したいお年頃だ。 でも…… 「でもさ、さっき体洗いっこしてた時めちゃくちゃ恋人同士っぽくなかった?すごく久しぶりにカラ松兄さんといちゃいちゃ出来てさぁ嬉しくて、やっぱりコレは『恋』なんだって思って安心したの」 「……フッ……それにしては浮かない顔をしていたじゃないか」 「だから、友達のコイバナ聞いてるといつも『恋』を意識してるのに、ボクはこんなときにしか意識できないんだなって……」 そこまで言うとトド松は急に体を真っ赤に染めて俯いてしまった。 カラ松が逆上せたのかと心配して顔を覗きこむとただ恥ずかしくなっただけのようだ。 説明するのに集中して、内容の恥ずかしさに気づいていなかったらしい、カラ松は優しい微笑みを浮かべて彼の耳の後ろへ唇を落とした。 「お前だって素直じゃないのにな」 「は、はぁ?……ボク結構素直だと思うけど?屈折してる兄弟の中じゃ」 「そうだな……お前のは優しい方の素直じゃなさだ」 「なにそれ」 うちの兄弟はみんな優しいけどな、と言うカラ松の方がよっぽど優しい、ナルシズム溢れる優しさだったとしても受けた方は本当に嬉しいのだ。 それに本当にたまにだけれど格好付けていない誰も気付かないような優しさをみせてくれる、たとえば自分とのデートの時は一番きれいなハンカチを持っていくとか、そのハンカチは前の晩にこっそりアイロンをかけていたものだとか、そういう些細なことがうれしい。 そういうトド松だって、大きな怪我をするようになったカラ松の為に色んな情報を集めるようになって、本当は足をお湯につける以外のしもやけの治し方だって知っているしカラ松にしてあげようと思っていた。 でもトド松はカラ松から優しさを貰う方を選んだのだ。 「……トッティ、オレはお前の感情の種類なんてどうでもいいんだ」 「はい?なにそれ……」 「オレとこうしているとき、お前の感情はオレを基準に動くだろ?お前が怒る原因も笑う理由もオレにあるんだろ?」 その感情の動きが好きだから、感情の種類はなんでもよかった。 「こんなときのお前は『愛』とか『恋』とかではなく全部をオレに寄越しているんだと感じる」 「なっ!?」 「違うか?」 ものすごく恥ずかしくてナルシスト全開なことを言ってくる兄にトド松は怒りを通り越して呆れてしまっていた。 こんなポジティブサイコパスの為に悩むのなんて馬鹿馬鹿しく思えてくる。 「それと、恋人同士っぽいってなんだ?オレ達はいつもスタディな関係だろ?」 「フフッ……兄弟だけどね」 「ブラザー兼スタディだ」 トド松の笑顔を見てカラ松も得意げに笑う、再び向き合う形になった二人は自然と顔を寄せ……―― 「カラ松兄さん!トド松!おじゃましマッスルマッスルー!」 「お前らおせぇよ、母さんが料理作り終わるだろ?」 ――た時、ひょこひょこと四男五男が入ってきた。 「……?なにやってんの?」 「息止め大会?なら手伝ってやるよ」 咄嗟に湯船の中に沈んだカラ松とトド松へ不穏な空気を漂わせた一松が近付くと、二人はぷかりと湯船に浮かんできた。 「って二人とも逆上せてる?」 「ヤバイ!!それはヤバイ!!」 一松がぽつりと呟くと十四松が焦りだした!! 「おそ松兄さーん!!チョロ松兄さーん!」 結局、長男と三男に運び出され介抱された二人は、できたての夕御飯を食いそびれてしまったのだった。 「僕らもとんだとばっちり受けたよ」 「ていうかお前らも一松十四松もズルい!!俺も一緒に風呂入りたかった!!」 「子どもかお前は」 唯一風呂上がりにアツアツご飯を食べることができた一松と十四松はそんな兄弟達を尻目にあったかい布団に潜り込んだのだった。 END 安定のおそ松兄さんオチ…いや、数字オチ?? まぁ見切り発車で書き始めた話しがなんとなくまとまって良かったです 書いてる途中で「普通丸くんとクソ助くんてもしかしたら末弟がつけたニックネームじゃない?」と思ったんですが、それはそれでヒデェですね、なにもなし男と呼ばわりに文句言えない いや兄に向って言ってるくらいだから末弟にとっては「普通」も「クソ」もそこまで酷くないのかもしれないですが……フツウもクソもどこかの国でよい意味があるよ!きっと!! |