おぼろグラフとうるんだ環
六つ子の幼少期を捏造してます

この公園にはベンチがいくつかあり何年かに一度色が塗り替えられる、公園隣の林に一番近いベンチは十数年ぶりくらいに青色だった。
横に建ってる電灯は変わらない形をしていて、昔この電灯を伝って自販機の上に登って怒られたっけ、と思い出し笑いが零れる。
今も昔も大変なロクデナシだが、一緒にいて楽しいタイプのロクデナシを自負しているので、こんな自分を好きになってくれる女の子がいないかと思う。
ありのままを受け入れてくれるだけならキラキラとした自意識は満たされないかもしれないけれど、キラキラしていたいと願う心を理解してくれるような人が現れたらいいな。

林の近くにいると風が吹く度にザワザワザワと枝のしなる音がする、人を焦燥させるものだがトド松にとっては昔を思い出させる音だった。

『じゃあお前、命かけれる?』

自分の記憶の中にある“誰が言った言葉かも誰に言った言葉かも解らないもの”が、不意に彼の声として甦る。
『うん、かけれるよ』と答える声も彼のものだ。
『何時何分何秒、地球が何回まわった時だよ』幼い頃に流行った文句、他にも『皆この線からはみ出したら死ぬからな』みたいなよく解らないルールや『なんとかビーム』とそれに対する『バリアー』っていう返しが全部彼の声となって響く。

『一生のお願い』

それはもしかしたら長男あたりが誰かに言ってたことかもしれない、自分がそれを聞いて羨ましかったのかもしれない。
同じ顔が六つもあったから記憶も曖昧なことが多くて、思い出すものは自分が彼に言いたかった言葉や、言われたかった言葉、言われたかもしれない言葉や、言ったかもしれない言葉、実際は誰が誰に言ったかも、それこそ何時何分何秒の何処でどんな意味で言ったかも解らない言葉たち。
だから、小さい頃の約束なんてあてにならない。

本当に約束なんてしたかな?夢かもしれないな……
もしかしたら僕ら以外の兄弟がしていた約束を間違えておぼえているかもしれない
けど僕がこの約束をするなら相手は一人しかいないし、相手も僕一人しかいない……と思いたい
別にいいんだよ、本当は約束なんてしてなくても
ちゃんとスマホチェックして合コンの約束とか取り付けてるし、合コンのメンバーも揃えられたし、他の兄さんいないから邪魔されることもないし
まぁそれは嘘だけど、今は早朝だし
でも勝手に約束を信じてたって、もともとニートなんだから時間の無駄という感覚もないし、かわいい我儘でしょ、これくらい

自分に言い聞かせるようなことを心の中で繰り返し、自分の体温の移ったベンチから名残惜し気に立ち上がった。
トイレに行きたくなったのでコートのポケットからジュースの王冠を取り出してベンチの上に置いておく。
離れている間に待ち人が来てもよいように、別に取られても困らない、自分を連想させるものだ。

カイロとスマホを同じポケットにいれておくわけにもいかない(同様に王冠とスマホを同じポケットにいれておくわけにもいかない)のでカイロと同じポケットの中に入っていた王冠はあたたかい。
誰かにあげるときに冷たいよりいいよね、等とこんなものを貰って喜ぶのは次男か五男くらいしかいないのに思って苦笑する。
だって松野家の兄弟はみんな寒いのが苦手だから冬場はやっぱりあたたかいものをとりたいと思うだろう。
プレゼントで悩むときは自然と兄弟が喜びそうなものに目がいく、誰かを慰めようとするときに兄弟だったらどう言えばいいかと考える、結局自分の基準はあの家にあるのだと思い知らされるけれど、そんな自分が自分で好きだから無理に改めなくてもいい。
トイレを済ませてベンチへ戻ると王冠がなくなっていた。
代わりに置いてあったのはレモンティーの缶、触ってみると温かく今しがた横の自販機で買ったもののように思えた。

「カラ松兄さん?」

ガコンと音が鳴ってそちらを見れば、自販機の中から缶を取り出している兄が見えた。
寒くて下を向きながら歩いていたから気付かなかったけれど、丁度入れ違いで此処に来たらしい。

「迷ったがお前と同じ物にしてみた」

両手を温めるように缶を握りしめた彼がトド松へ近づいてくる。
他人に飲ますものは即断できて自分のものは悩むとは普通逆ではないだろうか、まぁそんなことよりこの寒空の下で薄い皮ジャンと年間通して履いているジーンズ姿を晒している方にツッコミをいれたい。

「寒くないの?唇ガチガチ震えてんだけど」
「ふっ……凍え死にそうだ」
「馬鹿だねえ」

そう言ってカイロを持った手で頬に触れてみる、あーあったかいという顔をして擦りよってくる兄に柔らかく微笑んだ。
今は早朝のジョギングの時間、人も疎らだからできるスキンシップ。

「兄さんがさ、ナンパ待ちする橋から、ほんのちょっとだけ見えるでしょ?ここ」
「ああ」
「このベンチが昨日塗り替えられてたのも見えた?」
「ああ」
「青色になったね、ボクもパチンコ帰りに見たら変わってて……あ、負けたからパチンコ警察には通報しないで」
「わかってるさ、帰ってきたお前負けた感じがしていたからな、でもいつもと違う感じもした」

どんな感じを感じたんだろうか、少しボーッとしていた自覚はあるけど次男はまた違うものに気付いたかもしれない。
トド松は「とりあえず座ろ」と声をかけ二人はベンチに座った。

「幼い頃に、六つ子の中でオリジナルジンクスが流行ったことをおぼえているか?」
「うん、色々あったよね……学校まで千歩で行けたら良い日になるとか朝に梅干し食べたら授業中あてられないとか」
「あとは、公園の端の青いベンチで告白して成功すると一生一緒にいられる、とか」
「……」
「みんなでトト子ちゃんに告白して見事玉砕したっけ……それからすぐベンチはオレンジ色に塗り替えられてしまってジンクスも忘れ去られてしまった」
「兄さんはおぼえてるじゃん……」

トド松がかじかんだ手で缶を開けるとプルタブが取れてしまった。
まぁいいかとカイロと同じポケットの中に入れる。

「兄さん昔のことよくおぼえてるよね、ならさ『この線から出たら死ぬ』ゲームって誰が考えたか解る?」
「ん……そんなのもあったなぁ、そういう遊びのルールを作るのは主にチョロ松じゃなかったか」
「じゃあ『一生のお願い』ってよく言ってたの誰だっけ?」
「それは兄貴だな、アイツ一生のお願いが何個あるんだよって思っていた」
「ボクがカラ松兄さんに言ったことあったっけ?」
「んー……なかったと思うが、そもそもお前とは昔から欲しいものが同じだったから一緒に願うことの方が多かったんじゃないか……?」
「そっか、じゃあ『命かけれる?』は?」
「一松が言っていたような……あの頃から不安になりがちところがあったのかもな、それに対して軽く『うん、かけれる』と答えていた十四松も相変わらずだ」
「うん」

懐かしい、言われてみればそうだった。

「ボクはさ……それが全部カラ松兄さんの声で甦ってくるんだよ」
「え」
「思い出そうとしても細かい状況とかわかんないし口元しか思い浮かばない……まぁ同じ顔だから見えてても見分けつかないだろうけど、いつも不意に、ふとした瞬間にカラ松兄さんの声で聞こえてくんの」
「……」
「誰が誰に言った言葉か解ってないせいかな?って思ってたんだけど、そんなわけないよね……あの頃からボクらお互い見分けついてたし声も違ってたし……現にカラ松兄さんはちゃんと誰の言葉かおぼえてた」

なのに、どうしてカラ松の声で甦ってきたのか、カラ松自身が発した言葉はひとつもないのに……――

「ねぇ兄さん……ボクの『一生のお願い』聞いてくれる?」

――ふたりの足元にはみ出したら死んでしまう線が引かれていたとして――

「無理だ」

拒絶する、カラ松の確かな声が耳に落とされた。

「な、なんで!?」

だって言ったじゃないか
トト子ちゃんにフラれてどこかホッとしているボクにカラ松が
『今度また一緒にあの青いベンチに行こう』って
あの後すぐにオレンジ色に塗り替えられてしまったけど
約束したじゃないか

「なんでって……さっきも言っただろう、欲しいものが同じなら『一生のお願い』は必要ない」

ふたりが一緒に願うものだろう?
そう言った唇が、ゆっくりとトド松の唇に落ちてくる。
同じくらい冷たいそれから舌が伸びて、口の中の体温を奪うように一舐めされた。

「やっぱり、レモンティーにして正解だったな」

唇を離したあとトド松へというより自分自身を称賛するように頷くカラ松。
トド松の耳に今度こそ本当に幼いカラ松の声が蘇ってきた。

『なぁ知ってるか!ファーストキスってレモンの味がするらしいぜ!』



……んなわけあるかぁ!!!


* * *


春がきた

「なぁトッティ、このプルタブ捨ててもいいやつ?」
「へ……えっ?ああ、駄目なやつだよ」

ソファーで寛いでいたトド松にチョロ松がピンクのリボンの付いたプルタブを翳して訊ねた。
いつもだったらそのまま捨てるが、リボンが付いていたので一応確認してきたのだろう。

「ふーん……王冠といい、お前って飲み物の蓋フェチかなんか?」
「なんだそれ、そんなニッチなフェチはないよ」
「へそのしわも結構なもんだと思うけど……」

チョロ松はトド松の掌にプルタブを落としながら「大事なもんなら落とすなよ」と呆れたように言った。

(落としたのボクじゃないんだけど……)

隣に座るカラ松をじろりと睨むが彼は我関せずを装って手鏡を見詰めているだけだった。

「ありがとう、チョロ松兄さん」

そう言ってポケットの中へ入れる。
もうカイロはないけれどトド松の体温で充分あたたかいその中で、もう一つの青いリボンのついたプルタブと一緒に暫く存在しているだろう。





END

趣味に走ってみました