くうねるところはきみのとこ(前)


始めに言っておくが松野家は清潔だ。
男が七人いるので当然ちらかりはするけれど生まれた時から六つ子な彼らの部屋は区画整理(?)がちきんとなされている、つまり他人のスペースを侵害しないための整理整頓が上手いのだ皆。
四男と五男のスペースはごっちゃごちゃでどちらがどちらのものか解らない状態だったが両隣の三男と六男にウチの領域までハミ出してくんじゃねぇよ圧力をかけられているので意外と大人しく収まっている。
そしてその三男と六男に潔癖の気があるので少なくとも週に一度は掃除され、実際見たことはないが運動部の部室よりは相当清潔が保たれているのだ(全国の運動部に謝れ)
そんな松野家では春と秋の二回、某有名な燻製式殺虫剤を焚く日があった。
もう一度言うが松野家は清潔だ。
家の中まで入ってくる猫はマメにブラッシングをしているし、ノンデリカシーで臭いを指摘してくる長男がいるので暖かい日には皆でシャンプーをしている、自分以外の兄弟が泡だらけにされるのでちょっぴり疎外感を感じる四男がおもいきりスキンシップを許してくるので案外いい日だと五男は言う。
今日はそんなほのぼのとしたシャンプーの日ではなく、害虫大量毒殺の日だ。
朝から長男、四男、五男は追い出され(みんなで野球に行った)家にいるのは次男、三男、六男のみ。
三人である程度の整理整頓を行ったのち、卓袱台にて作戦会議を立てることとなった。

「ここからオレたち三人と無数の敵との戦争がスタートする、油断するなよ」
「うん!そうだね!カラ松兄さん」
「……」

ヤル気満々のトド松を見て、なんでお前今日に限ってボケに回ってんねん、と何故か関西風に脳内ツッコミを入れる三男に、お前もボケに回るとこんな感じだよとツッコんでくれるだろう六男は今日はボケに回っている、つまり誰もツッコまない。

「まず、家中の窓を閉め密閉しろ」
「ラジャー!」
「チョロ松はガス栓を締め、食品を冷蔵庫の中へ避難」
「はいはい」
「オレは精密機器にビニールを掛ける作業へ入る」
「任せたよ兄さん!」
「あ、トド松二階に行くなら押入れ開けとけよ」
「うん、トイレとかお風呂とかドア開けといてね」
「わかってる」

そういって手分けして作業を行った三人は、玄関から遠い順に某有名な燻製式殺虫剤を焚いていくのだが、この時誰かが煙に巻かれてしまわないようにするのが難しい。
まず二階の中央で一番強力かつ広範囲に使えるものを焚き始め、その者が階段から降りたところで居間へ入り大声で合図する、そこで一人が台所、もう一人が両親の寝室で某有名な燻製式殺虫剤を着けた。
その後は三人ダッシュで玄関へ走りガラス窓の向こうが煙で充満するのを確かめてから鍵をかけた。

「じゃあ行くか」
「だね」

そこからリアカーに積んだ寝具を三人がかりで運ぶ作業だ。
重いし目立つし恥ずかしいが他の三人に任せておけば悲惨なことになるだろう。
六つ子の布団は普通のものより六倍の重量なのでデカパン博士の家にある巨大洗濯機を借りるしかない(普段なに洗ってんのかしらないけれど有能な洗濯機だ)
洗濯中は大きなテレビでゲームをして過ごした。
何故かホラーとスプラッタの二択だったので反対するトド松をカラ松が抱き込みながらチョロ松の選んだホラーゲームを攻略していく(その間トド松はビクビク怯えてカラ松にしがみついていた。別室でスマホでも扱っていればよいと兄たちは思ったけれど本人がしたいようにさせる)ふたりとも運が悪いので全ての敵に見付かり全てのトラップに引っ掛かりしていたが悪運が強いのでなんとか死なずにセーブできた。

「洗濯終わったダスよー」
「ありがと博士」

デカパンに礼を言うチョロ松の後ろではトド松がいまだにカラ松にしがみついていた。
夜中のトイレに付き添う自分とより距離感が近いのはふたりの関係性によるものだろう。

「スプラッタがよかったスプラッタがよかった」
「なんでスプラッタ平気なやつがホラー駄目なんだろう……」
「スプラッタは見慣れてるじゃん!カラ松兄さんとかで!」
「おい、オレはそこまで酷い状態になったことないぞ!?」
「そういう問題でもないと思う」

呆れ顔のチョロ松は博士とダヨーンがリアカーの前に降ろした(下にシートを敷いてある)布団のふかふかさを堪能しはじめる。

「わーずるい兄さん!ボクが一番乗りする予定だったのにー!」
「反対側空いてんだからそっち使えばいいだろ」
「もう!わかった!カラ松兄さんもほら!」

トド松はカラ松の手を取り、戸惑う彼と一緒に畳まれた布団にダイブした。

「ポカポカだな!」
「ポカポカだね!」
「ポカポカだねじゃねえよ!!」

ふたりが飛び込んだ衝撃で弾き飛ばされたチョロ松が叫ぶ、カラ松とトド松は布団の上でチョロ松を見下ろしながらソックリな笑みを浮かべた。
それを怒りながらチョロ松の胸に安堵が広がっていく。

(元気になってよかった)

別に元気をなくしていたわけでもないのだけれど……
殺虫剤を焚き布団を洗濯に出かけるこの行為が毎年の恒例になったのは高校を卒業した次の年からだ。
長男の命令でこの三人に役目が与えられたのは、たぶん意味があるんだろうなと思った。

――春は、ふたりが別れた季節だ

カラ松とトド松がさして理由もなく恋人同士のような関係を始めたのは中学に上がった頃だった。
それまでトト子ちゃんラブを貫いてきた兄弟のうち二人がなんだか可笑しなことになったと気付いたときに嫌悪感より寂しさが勝ったのは自分がまだ子どもだったからだろうか、今のように常識に囚われていなかったチョロ松は率先して二人を揶揄していたと思う。
バカップルだの熱いねぇだのリア充だの新婚さんだの夫婦漫才だの、今ふり返ると二人とはかけ離れた名称で呼んでケラケラ笑っていたが、呼ばれた方も満更では無かったように羨ましいだろー?と自慢気な顔を見せていた。
ノロケ話も兄弟の中ではチョロ松が一番されていたと思うけれど(どうしてかわからないが消去法で選ばれたのだろう)ただ、どうして好きなのか、どうして付き合っているのか、という質問には二人とも首を傾げるばかりだった。
そんな二人の関係に綻びが出始めたのは高校二年の後半くらいか『進路』だの『将来』だのが話題に上るようになって、漸く付き合う理由や二人でいる意味などを真剣に考え始めたようだった。
いくら考えても『好きだから好き』『一緒にいたいから一緒にいる』以上の答えが出ない二人は『このままではダメな気がする』というこれまた大したことない理由で高校を卒業すると同時に別れることを決めた。
二人は最後の一年を思い出作りだというように目一杯楽しんでいたから別れを決めていたことなど誰も(長男あたりはもしかして気づいていたかもしれないが)気付かなかった。
卒業後に違和感を感じた兄弟が二人を問い詰めたら別れたと理由と共に淡々と説明されただけ、なんてことないと言う兄と弟にチョロ松の方がショックを受けたくらいだ。
理由を話してくれた二人の前で、寂しい、悲しい、切ない、そう言って静かに泣き出したチョロ松を二人は驚いて慰めてくれた。

寂しいは、二人をからかって遊ぶことができなくなったから
悲しいは、幸せそうな姿を見られなくなったから
切ないだけは最後まで解らなかったけど、みんな理解してくれていたようだった。

「カラ松兄さん寝ちゃダメだよ、帰って掃除しなきゃ」
「だなぁ」
「頑張ったらみんなで焼き肉食べに行くことになってるんだから」
「なんで働いてないおそ松たちも一緒なんだろなぁ」
「そりゃ知らないけど、割り勘なら沢山食べる方が得だよ?出来るだけお腹空かせよう?」
「そうだな」

現金なカラ松のやる気スイッチを押してやっているトド松、なにをやってもあざといと言われる(主に自分と一松が言ってる)彼のものでも純粋な言葉に聞こえる不思議。

「帰るよ」

そう声をかけると二人とも布団からズルズル身を引いて敷いていたシートごとリヤカーに乗せて紐で括った。
もう一度デカパンに礼を言ってから春麗らかな道を歩いた。

「しっかりしろよー」
「兄さんガンバー」

チョロ松とトド松が手伝いもしないで後ろからついてきているのを「リヤカー引いてるオレ」に悦ってるカラ松は気付かない、坂道になったら手伝おう。
これが長男だったら早々に兄弟を見捨てパチンコだの競馬だのに行っているし、四男は布団の上で猫のように寝ているし、五男だったらリアカーを全力で押して次男を恐怖の底に叩き落としているだろうから、ボクらで良かったよねーと小声で、しかし誇らしげに話す六男はとても楽しそうだ。
なんて平和な日なんだとチョロ松は思う。
今週の初め、そろそろ虫の卵が孵る時期だから今年もお願いとおそ松は三人に頼んできた。
カラ松とトド松が面倒くさそうにしながらも「しかたないな」「こんど奢ってね」と二つ返事で引き受けたもんだからチョロ松ひとりが断るわけにもいかなくなったのだ。
きっと来年も再来年もこの先ずっとふたりが断ることはないのだろう、ただ自分は来年も再来年もこの先ずっとあの家にいるか解からない、その時になったら次男も六男も気付くかもしれないと三男は思った。

「六つ子に生まれたよーー」
「……」

リヤカーを引きながら機嫌よく唄う声のあと幻聴のように十四松の合いの手が脳内再生される、家の屋根の上なら和むけれど往来で唄われるのは恥ずかしい。
今は昼過ぎだけれど帰ったら換気をして、埃を払って掃除機をかけて拭き掃除をして、風呂に入ったら長男達が帰ってくるまで昼寝でもしていよう、夕食は焼き肉だからうんと腹を空かせておかないと、そんな風にふわふわワクワクした心地はなんだか高校時代に戻ったように感じられて好きだ。
朝から作戦を立てて、殺虫剤の出す煙から三人そろって逃げて、リヤカーを押して、ゲームをして、ふかふかの布団に飛び込んで、掃除なんかもしなければいけないけれど、焼肉を食べて最後に綺麗な布団で眠りにつけるのだ。
テンションがあがってか、カラ松とトド松も一年のうちこの日は特に距離が近い。
それもそれでチョロ松は嬉しかった。

「リア充爆発しろって思ってたのにな」
「え!?リヤカー爆発すんの!?兄さん達なんか仕掛けてた!?」
「ちげぇよ、どんな空耳だよ」

ぎょっとした顔になるトド松にチョロ松は呆れたが、じゃあ何と言ったのか聞かれても困るので話を変えることにした。

「……この三人で行動するのってあんまりないよなぁ」
「そうだねえ」

チョロ松としては痛いながらも比較的優しい兄と、あざといながらも比較的まともな弟と三人でいるのは気楽なのだけど、楽しいことをするときは他の三人がいればもっと賑やかなのになと感じる。
この組み合わせは節分に十四松と喧嘩した時くらいだろうか、今思うと豆の数くらいでなんであんなにキレたのかとばかばかしく思うけれど、繊細さの欠片もない兄二人はともかく人ならざるモノを感じやすい弟たちには厄払いの意味の多い昔ながらの習慣を蔑ろにしてほしくなかった。

「そういえば前ダヨーンの体に吸い込まれたときあったじゃん、あの時さボク一松兄さんと十四松兄さんにいったんボクらだけ脱出してその後おそ兄さん達を救出する方法考えない?って言ったんだ」
「へぇ」

そういえばカラ松も助けるから待ってろ的なことを言って逃げ去って行ったなぁとチョロ松は思い出す。

「でもさ、それを兄さん達に提案するとき酷い弟だと思われるんじゃないかって少し怖かった……それで、カラ松兄さんとチョロ松兄さんならボクがどんな非情なこと言っても“作戦”だと思ってくれるのに……って思った」

一松と十四松なら兄弟を見捨てられないと未開の地だろうがズンズン進んでくるだろうけれど、それよりも一度は退いて情報を集めたり他の誰かに相談するという手もある、ビビリで勝ち戦しかしないというトド松が考えそうなことだ。

「あーーそうだな……言い出したのがお前やカラ松だったら“そういう作戦”だと思うな、クソ長男だったらわかんねぇけど」
「わかんねぇけど、おそ松兄さんの言葉ならなんか意味があると思って従っちゃうでしょ?ボクらは」

それで何回騙されたことか、とトド松は笑うが同時に末っ子の自分の言葉にはそれほどの効力はないのだと嗤う。

「トド松……」
「だから、この三人でいるのは楽かなって思う、チョロ松兄さんはボクの話し聞いてくれるしカラ松兄さんも普段はボクの話し聞いてくれてんのかわかんないけど、ボクが本気で話したい時はちゃんとしてくれる」
「お前があざとくなければ一松と十四松だって聞いてくれるよ、クソ長男はしらねえけど」
「なんでそう長男に厳しいかな」

クスクスと笑う顔にホッとすると、そこでちょっとした坂が見えてトド松はリヤカーの後ろに手をかけた。
チョロ松もそれに続いてグッと四肢に力を籠める、今まで続いていたカラ松の歌が途中で「ん〜」と唸り声に変わり、今までズルしていたことがバレたのだと解った。
それにまた笑みを深めるトド松はきっと今もずっとカラ松を好きなのだろう。
どんな上り坂でも登り切ったあとに振り返れば下り坂、同じ坂を登りたいと思った時はきっと今よりも楽だよ、と臆病な弟に思った。





end

なんでバル○ンの話にしたんだろう、花見とかあったろうに、私はなにがしたかったのだろう