タイムスロットガーディアン中編

おそチョロ・カラトド・一十四前提。おそ松兄さん視点。今回十四松がよく喋ります。彼女ちゃんのことも少し話しますがCP要素はありません





昔は兄弟の考えていることはなんでも解った
突飛な言動の多い弟達だけど、今だって目を見ればだいたい考えていることが解る
でも、俺はそれだけは気づかなかった
次男と四男がそれぞれ末弟と五男へ向ける想いに、眼差しに……
今見れば痛いほど解る、鈍い三男ですら察していたという“感情”から、いつの日から俺は目を逸らしていたんだ
みんな俺の弟なのに
俺はみんなの兄さんなのに

"ああ、ひさしぶり、この感覚”

むつごだから
きょうだいだから
おれはみんなだから
みんなのことはぜんぶわかってなきゃいけない
おとなはおれをみてみんなのことだとおもうから
おれがわるいことをすればみんながわるいやつだとおもわれる
ほんとうは
からまつはたのもしいのに
いちまつはやさしいのに
じゅうしまつはじゅんすいなのに
どどまつはつよいのに
おれがいるからほんとうのあいつらがみてもらえない

俺はお前で、お前は俺
それならアイツが認められないのも俺のせいだ
こんなことならアイツが俺から離れ始めたとき、ちゃんと手を離してやればよかった

――チョロ松が変わりたいならそうすればいい、お前らもどうぞお好きに?

あの時の態度は嘘じゃなかった
でもそれは何があっても俺は弟達にとって絶対的な存在だという自信があったからで、実際そのとおりに時は進んだけれど
みんなのことを思うなら「それじゃだめだ」と言ってやらなければいけなかったんだ
変わってしまっても俺はみんなと一緒にいたくて、その為なら本当の意味でみんなが変わらなくていいと思っていた
きっと中途半端な状態で、ぬるま湯みたいな関係を続けていたせいで、末の二人がいなくなったことがとてもツライ、他の弟がいなくなるのがとてもコワイ

――変わらなくていいよ、みんなそのままでいいよ

自分勝手で我儘な言葉はきっとアイツには届かない
それ以前に言っちゃいけない言葉なんだろう
お前は俺なんかじゃなくて、お前はお前だから
お前は俺のものじゃないから



『チョロ松……』



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おそ松が目を開くと見慣れた天井に昔ながらの照明がぶら下がっていた。
隣を見ても誰もいない、というか長い布団の中にはおそ松ひとりだけだ。
“あの夜”から一松は十四松の場所で寝ているしカラ松はトド松の場所で寝ているので兄弟四人が寄って寝ている、布団の中央にある照明を消すのはトド松の役割だったけれど今はカラ松だ。
昨日も一言消すぞと言って電気を消し自分の横に潜り込んできて、紐を長くすればいいんじゃないか?なんて聞いてきた。
ばっかだなトド松からズボラだって怒られるぞと言いながら眠りにつこうとする俺の耳にカラ松のそうか……という声が残っている。
あいつもこれくらい自分の言葉に素直に納得してくれたらいいのに、と、おそ松は左手で今は誰も眠っていないシーツの上を撫でた。
ふと、人の気配を感じてそちらへ目を向けると、チョロ松が壁に背を預けて求人誌を読んでいる、おはようと声をかけようとして喉が掠れて声が出ないことに気付く。
何時間寝ていたんだろう、太陽は高く昇っている、薄目でチョロ松を観察していると、不意に彼の顔が寂し気に揺れた。
末二人が居なくなって時折こんな顔をする三男、その顔を見る度におそ松の胸はきゅうと締め付けられる。
チョロ松が己のパーカーのポケットからスマートフォンを取り出して何やら操作し始めた。
暫くして指を止め、画面を見ながらふわりと花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
ああ、イヤだと刹那思ってしまったおそ松は、その感情を不思議に思う。
そうしている間にチョロ松は少しずつ指を動かし、優しく微笑みながら、でもどこか切なげな表情に変わっていった。

――なに見てんの……お前

誰を想ってそんな顔してる?
おそ松は目をとじて布団に潜り込んだ。
先日おそ松とチョロ松は兄弟に向かって自分達がいつか結婚し子どもを成すと宣言した。
だからカラ松は安心してトド松を好きでいていいし、一松も十四松を好きでいていいと伝えたのだ。
真面目なチョロ松はそれを実行すべく婚活を始めたのではないか、既に良い相手を見つけたのではないか、彼の見詰める画面の向こうにその彼女がいるのではないか、そうぐるぐると考え出すと苦しくてつい唸り声を上げてしまった。

「兄さん?起きた?」

チョロ松から声を掛けられて、咄嗟に今起きたような声で「うーん、おはよう」と返事をする。
すると彼は呆れたように「もう昼だよ」と言って「酷い声だなおい」と小脇に置かれていたペットボトルをおそ松の枕元まで転がしてきた。

「あ、やっぱり先にうがいしてきて」

寝起きの口の中には黴菌がいっぱいなんだって言う三男に「えぇ?じゃあおはようのチューとか汚いじゃん」と答えると「兄さんがそんなこと気にするなんて意外」と呆気に取られたような声がする、別に自分はそんなこと気にしないけれどお前は気にするんじゃないか?と目をごしごし擦りながらおそ松は思った。

「目擦んないで、ほら顔洗ってうがいしてきなよ」
「おー」
「朝ごはんはもうないから」
「ああ」

昼食の時間だからな、と思うながら起き上がり洗面所へ向かう途中、居間を覗くとカラ松が定位置で鏡を見ていて、一松は猫と戯れている、いつも通りの光景が広がっていた。
数カ月前まではそこに十四松とトド松がいたのに、と考え頭に昏い考えが浮かぶがすぐに奥へ追いやる。
大丈夫、あの二人はいつか戻ってくる。

――俺たち六つ子は六人で一つなんだから

等と、口角を上げる。
おそ松がもし洗面所に辿り着いていて、この時の己の顔を見ていればきっとこう言う。
"酷い顔だ"
そう言う声もきっと“酷い声”
だから言葉を発さずうがいをして、顔をばしゃばしゃ洗ってから鏡を見た。
いつも通りの"松野おそ松"がそこにいて、思わず鼻の下を擦って笑う。
カラ松やトド松ほどではないが、おそ松も自分が好きだ、正確には好きな自分がいる、松野家の長男としての自分がおそ松にとって好きの対象だった。
その日の夕食後、チョロ松は散歩をしてくると言って家を出て行った。
最近不定期で外出することが多くなった彼に、まぁ家にいると時々落ち込む次男と四男を励まそうと気を遣うもんなと全員が思っていた。
この時間は休息なのだろう、だって帰ってくる三男は出て行った時よりも晴れやかな顔をしていることが多いから、どこかでストレス発散するようなことをしているんだろう。
もし、それが好きな人との逢瀬だったら……何故隠すのだろう、そうだとしても誰も邪魔しないのに、そんなものはチョロ松の自由だというのに。

「タバコ買ってくる」

そう言ってチョロ松の後を追うように家を出た。
不定期な外出が増えたと言ったが実は毎週決まった時間に出掛けているのを知っている、そんな統計をとっている時点で弟を自由にしてやれていないことに長男は気付かなかった。
いつもの外出時間を考慮するとそう遠くない所にいる筈、当てずっぽで歩いてると、公園に入っていく三男が見えた。
正門からではなく低い塀を飛び越えて公園内に入った長男は、三男に気付かれないように近づき、三男がベンチに座るとその背後の木陰に身を潜めた。

「もしもし?チョロ松だけど今大丈夫?」

チョロ松は誰かに電話をかけているようだった。
自分は暫く聞いてない優しい慈愛に満ちた声、これはあれだ。
弟達のいない所で、自分とカラ松だけが聞いていた……いや、ここまで穏やかな声は初めて聞く。

「……うん、よかった。僕は今近所の公園」

そっと息を顰めて話しの内容を聞きとろうとおそ松は瞳をとじた。

「お前は家?そっか、お疲れさん」

チョロ松は昔馴染と学生時代からの友達以外で『お前』と呼ぶのなんて違和感がある。
女性が絡むとポンコツになるチョロ松は、きっと長く付き合わないと気安く呼び捨てもできないだろう。
そして、この声はやはり……

「トド松、十四松、元気?風邪ひいてない?」

――!!?

「そっか、相変わらずみたいだね……うん、こっちもみんな元気……え?就活はちゃんとしてるよ……うっさいなトッティは」

十四松
トッティ
自分達兄弟が毎日口に出す名前。
でもこれは“呼びかける声”

おそ松は目を見開いた。
それでも、目の前にあるのは夜の闇。
ぐつぐつと体中が煮えたぎるように熱いのに背中は驚くほど冷たい。
驚愕も安堵も困惑も疑問も怒りも哀しみも、この感情に相応しく、相応しくない、頭も心も真っ黒に染まっていく。

松野家長男松野おそ松は、この時感じた全てを後々になっても名付けられずにいた。

解かったのはチョロ松は十四松とトド松の居場所を知っていて連絡を取っていて、そのことをおそ松には話していないということ。

(なんだよ……それ……)

おそ松は碌に会話も聞かないまま、そっとその場を離れ、カラ松や一松へ告げた通り煙草を一箱買って家路についた。
二人と顔を合わせる前に気持ちを落ち着かせなければという理性が働き、遠回りをするが心の靄が晴れぬまま帰り着いてしまった。
玄関の前に立ち上を見ると二階の屋根の向こうに朧げに星が見える、街の方へ目線をずらせばサーチライトが空へと伸びている、もう一度我が家の真上を見る。
こうしている間にも地球は回っていて、今見ている空も明日には別のものなんだろう、けど来年の同じ時に見る空はこれと同じものである筈、きっと。

「おかえり、おそ松兄さん」
「え……?ただいま」

突然声をかけられ戸惑いながら返事をすると、屋根の上から四男の一松がおそ松の方を覗き込んでいた。

「なにやってんだ?」
「ん?猫が……」

そう言っている最中に一松の両隣から猫も顔をひょっこり出し、つい頬が緩んでしまった。

(なんだ、俺ふつーに笑えたじゃん)

先程までの陰鬱とした気分が吹っ切れたおそ松は玄関をくぐると台所へ直行しノンアルコールビールを二缶持って一松のいる屋根の上へ向かった。
春先とはいえ夜風は冷たいけれど、頭を冷やすには丁度いいだろう。

「よぉ」
「めずらしいね、おそ松兄さん」

おそ松が屋根の上に来たことと手に持っているのがノンアルコールビールだということ二つを指して一松が言うとおそ松は「危ねぇから屋根で飲む時はノンアルコールにしとけって前に言われたんだよ」と苦笑する。

「チョロ松兄さんに?」
「そうそう、あいついちいち口煩いもんな」
「……兄さんが煽ってる所為もあると思うけど」
「え?だって反応がおもしれーじゃん、あいつ思ってること態度に出やすいし」

そんなチョロ松がおそ松に隠れてこっそり末っ子たちと連絡をとっているというのはやはり面白くない。

「チョロ松兄さん単純だもんね」
「そのくせ素直じゃねえしなー……」
「うん、でもそれは兄さんもじゃないの?」
「は?」
「おそ松兄さんもチョロ松兄さんもそういうとこ全然変わらないね」

どこか遠い目をして街灯の光を見る四男は懐かし気に、そして羨むように呟いた。

「おそ松兄さんとチョロ松兄さんは昔のまんまだよ」

あいつのどこが?
そう訊ねてみたかったけれど、久しぶりに一松の話しをゆっくり聞けるのだから耳を傾けようとおそ松は思った。
横顔を見ながらいつか一松が言った“友達なんていらない、みんながいるから”の言葉が何故だか頭を過ぎてゆく。

「こないだチョロ松兄さんが教えてくれたんだよね、十四松がどれだけおれの話をちゃんと聞いて行動してたかってこと」

おそ松は四番目の弟の顔を思い出す。
話の趣旨や行動の意図が解からないタイプで、六人でいてもよく一人だけ脱線してしまう十四松、たしかに彼は一松とふたりだけでいる時はその場から離れることが少ない印象がある、チョロ松はだから十四松が一松の話を聞いて行動していたと言ったのだろうか、そう思いながら首を傾げると、一松は「おれじゃ上手く説明できないけど」と前置きしておそ松の方へ顔を向けた。

「おそ松兄さんも自分じゃ気付いてないだけでチョロ松兄さんに特別扱いされてるかもしれないよ」

“おれみたいに”とほんの少し誇らしげに笑む弟。

「えーー?どこがだよーー?」
「どこって……たとえばおそ松兄さんにだけ絶対“兄さん”付けるとことか」
「……」

それは違うと頭の中で咄嗟に否定する。

「ほらカラ松っておそ松兄さんを呼び捨てするよね?まぁ自分のこと弟だと認識してるから兄貴呼びのときも基本呼び捨てでしょ……あれって兄さんを他の兄弟と平等に扱う為だと思う、あいつの博愛って意味わかんないんだけど、他人のことガールやボーイって呼んだりおれ達をブラザーって呼んだり、結婚までいきかけた花ですらフラワー呼びするとこは徹底してるなと思うよ」

でもトド松のことは“トッティ”って呼ぶだろ?と思ったところでカラ松がトド松を特別好いていることを思い出した。

「チョロ松兄さんがカラ松を呼び捨てするのは昔の名残りが見えたときかカラ松をクソだと思ってるときだけど、おそ松兄さんに対しては常にクソだと思ってるのに兄さん呼びを崩さない」

いつもより饒舌に喋ると思ったら最後に毒まで吐く一松。

「え……お前ひどくない?」
「おそ松兄さんといるときが一番昔のチョロ松に近いのにその片鱗も表さないんだよね」

徹底してると思う、とまた一松は言った。

「……でも、それくらいだろ?あいつが俺を特別扱いしてるのって」
「表向きはそうだね……でも、それっておそ松兄さんにとって大事なことじゃないの?」
「は?」
「おそ松は“兄さん”って呼ばれる度に……ひとりの人間になっていった」
「え?」

星が落ちてきたように、おそ松の目の前が白く染まる、その中で今朝に見た夢の想いが甦ってきた。

――俺はみんなで、みんなは俺だから
――大人達は六つ子を見て“松野おそ松”って言うんだ

「……え?」

景色を取り戻した長男の瞳に、また遠くを見る四男の横顔が映る、いったい何を思い出しているんだろう。
もしかしたら、もしかして一松は自分の知らない何かをチョロ松と共有しているのかもしれない。
そう思うと息苦しくて問い詰めたい気持ちになったが、何かをひとりで噛み締めている弟の顔を見ると、ただ疑問符を浮かべて彼を見詰め続けるしかなかった。
一松は立ち上がり目線をおそ松へ優しく落とす、あの頃のように。

「おそ松兄さん達もおれと一緒で、自分では気付けなかったものがあるのかもね」

“兄さん”
と、そう言って一足先に家の中へ入っていった。
今まで一松がいた場所と自分の間に二つビール缶が並んでいる。

「あのやろ、兄ちゃんの折角の誘いを袖にして……」

屋根の上に寝転がって星がまばらに散った空を見上げる、こんな風に“兄ちゃん”が一人称になったのはいつからだろう、きっとチョロ松がそう呼び始めてからだ。
あの頃はそれが最初は少しショックで、でも心のどこかがスッと軽くなっていっていたのが記憶にある。
嗚呼そうだ、己を兄と呼ぶ弟達が“松野おそ松”ではない他の誰かになってゆくのを感じで、安堵もしたんだ。

――おれは“俺”だということと同時に、みんなの“兄”であるのだと感じて……だから、寂しくはない
チョロ松の使い始めたその呼称が、カラ松の使う“トッティ”と同格とは言わない、だってアレはみんなと同じ呼び捨てでもなく、ブラザーやボーイズなんて不特定の相手へ向けるものでもなく、唯一人へ向けた愛称。
さすがに期待過剰だろうか、でも、おそ松はそれがあったから皆が自分を認めつつ、皆との確かな繋がりがあると思えた。

「大事な……か、そうだな、うんうん」

松野家長男も六つ子の中で一番のお兄ちゃんも、みんなとの繋がりは、今やおそ松の一部だ。
いつかも言ったろう「お前らの兄でいることをイヤだと思ったことはない」と、あれは本心だ。

「どう足掻いたって俺はお前らの兄ちゃん、だもんな」

さっきまで複雑な想いで空を見ていたおそ松はいつのまにか晴れやかな顔で広い夜空を見上げていた。
――俺たち六つ子が力を合わせたら大抵の事はなんとかなってきたじゃん、就職とか新品卒業とか置いといて、なんとか生きてこれたじゃん、ならさ、これからもなんとかなるよ
心配すんな、心で呟き鼻の下を擦った。

兄としてできることは信じることと支えることだ。
きっと十四松もトド松もチョロ松だって何か考えがあって何も言わないでいる、あの三人はクズではあるけれど兄弟想いでもあるから、家族に不利益を与えようとしてやっているわけじゃない、可愛い弟が嘘を吐いてまで守りたい秘密があるのだとしたら兄の自分はそれを守ってやりたいと思う。
おそ松はこの夜、そうやって気持ちを切り替えチョロ松を見守ろうと決めた。

その決意は誕生日前にチョロ松が十四松やトド松のところへ泊まりに行くと聞いた時まで堅く守られていた。

――だってズルイでしょ?チョロ松ばっかりアイツらと逢えるの
――俺を喜ばせるプレゼントを選ぼうとすること

自分だって、あの二人に逢いたい、家に連れて帰ってチョロ松を喜ばせたい。
その想いが爆発した。
二人が家を出て一年弱、チョロ松が二人と連絡を取り合っていると気付いてから三ヶ月と少し、おそ松にしては長くもった方だろう。
チョロ松の留守中に彼のパソコンを立ち上げたおそ松は、パスワード欄へ試しに自分の携帯に使っていたものと同じ数字を入れてみる。
ログインできた瞬間、一つ下の弟ならきっと「ビンゴ」と言っていただろう。

「ったく、アイツもかわいいな」

自分のことを棚にあげてニヤつく長男。
その数字は幼い頃ふたりが作った合言葉だった。
意味は『俺たち以外、進入禁止』



69 69 69 69 69 69



桜もとうに散り若葉が木々を揺らす季節、夜に出歩くにはまだ肌寒いからと三男は以前末弟に借りた厚手のガーディアンを羽織い公園のベンチで滑り台を眺めていた。

『兄さん達の誕生日プレゼント一緒に選ぼうよ』

先程彼がそう言ったのを聞いたおそ松は、そっとその場を離れ帰路に付く、毎週この時間チョロ松が出掛ける度におそ松も遅れて家を出ているので、残った次男や四男に生暖かい目で見られている。
「しかたがないな」「しょうがないね」と語る眼差しは長男を気遣うような色をしていた。
なにもおそ松はチョロ松が十四松やトド松のように突然いなくなってしまうと不安になっているわけではない、ただカラ松や一松は信頼しきっていた弟に黙って出ていかれたから、そんな気持ちを兄に感じでほしくないと思っているのだろう。

(知ってるっつーの)

チョロ松の外出の理由も、十四松やトド松がいなくなった理由も、三男の電話を盗み聞きしていたら解ってしまった。
カラ松がトド松を、一松が十四松を想うようにまたトド松もカラ松へ、十四松も一松へ特別な感情を寄せている、不思議と嫌悪感はない、むしろ弟たちが惹かれ合うのは喜ばしい。

(無理やり連れて帰ってくりゃいいのに)

末二人の居場所を知っているなら次男や四男の気持ちを伝えて戻ってくるよう説得すればいい、自分と三男は認めているし、両親に隠したいというなら協力する。

(俺とチョロ松で守るから……)

家の表札の前で立ち止まり『松野』の字を横目に見る、この家の籍、これを見て他人はここに住む者の名が松野だと知る、手紙や郵便が届くのは此処に籍が在るから……自分が松野だからだ。

「……」

生まれた時から家族で過ごした『松野』の家。
六つ子みんなの帰ってくる『松野』の家。
常識だの世間体だのくそ食らえだが、長男としてこの家が無くなることが恐ろしかったし弟にこの家を守る権利を譲りたくはなかった。
いずれ今いる家族が亡くなってもコレを残す為には結婚し子を成すことが一番正道のように思う。
他の手段が無いことは無いがきっと苦労の多い道だろう、自分一人でやり遂げられるか……。

「あーもうヤメヤメ、難しくことは後で考えよう」

チョロ松は自分よりずっと悩んできたに違いない、相棒の顔が脳裏に浮かんで先程盗み聞きした声も甦ってきた。

(つか何だよ誕生日プレゼントって、絶対あの二人に会うための口実じゃん)

今更ながらズルいと感じた。
こっそり連絡とるだけならまだしも自分だけ末二人に会いに行くなんてズルい。
カラ松のプレゼントをトド松に買わせて、一松のプレゼントを十四松に買わせて、渡すのは自分という、しかもチョロ松はどさくさに紛れて「おそ松兄さんに喜んでもらいたい」なんて言っていた。
そんな自分兄弟全員から好感度上がるようなことするのはズルい、相棒のくせに抜け駆けは許さない。

(今まで誕生日プレゼントなんて意識したことなかったけど)

だって六つ子だから俺も誕生日だし、それに長男だからあげるなら皆に同等の物あげなきゃいけないじゃん、無理だよ五人分のプレゼントなんて……そこまで考えて、おそ松は苦笑をこぼした。
“六つ子だから”と“長男だから”と言ってしまえば兄弟は変われない、あの二組が新しい関係になるなら自分だって変わっていかなければならない。
子ども時代から今までずっと変わらず自分達は上手くやってこれていたのだと思っていたけど、実際は歪だらけで脆いもの……それを気付けた理由が外からの干渉ではないのが唯一の救いかもしれない。

「変わりたく……ねぇなぁ」

面倒だとか、ずっと長男として兄弟の為に行動してきたのに何故だとか、一生こうして暮らしていきたいという気持ちもある。
けれど、それよりも彼の胸を占めるのは変化への恐怖だ。

――また“アイツ”のことが解らなくなるかもしれない、また“アイツ”が離れていってしまうかもしれない――

ずっと一緒じゃ駄目だったのかよ……おそ松が恨めしそうに呟いたとき、窓を開く音が聞こえた。

「おい、クソ松、虫が入ってくるだろ」
「悪い、だが良い風が吹いているぞ」

一松と、カラ松の声だ。
気付いたおそ松は咄嗟に表札の影に隠れてしまった。

「ウィンドを浴びる俺、スターライトを浴びる俺」
「ニャア!」
「ぎゃあ!」

一松の友達の泣き声の後、窓から落ちた音がする、なんで猫ごときであんな驚くんだよと思いながら二人の様子を見ていると、カラ松が窓の下に座って空を見上げ一松は窓から身を乗り出し同じように顔を上げていた。

「今日、星がほとんどないじゃん」
「ああだがオレには見えるぞ、いつも輝く星空が……お前にもいつも見えてるだろ?」
「……」

一松には意味が解かったらしい、相変わらず痛いけれどおそ松にも一つ下の弟が何を言いたいか理解した。

「お前さ、探しに行こうとか思わねえの?」
「ん?なんでだぁ?」

こんどは一松の主語の抜けた問いかけをカラ松は正しく理解する、勿論おそ松も。

「あの二人が出て行った理由に検討がついていないだろ、それが解らないまま連れ戻したって仕方ない、素直に言えるような理由だったらトド松はともかく十四松はお前に話してると思うんだ……それを無理やり聞き出すことはアイツらにとっては苦痛にしかならないだろ、だからアイツらが折り合いを付けて連絡をしてくるのを待つことにした」
「連絡がきたらどうするの?」
「そのときは……おそ松に任せるさ」
「……」
「なにも言わないってことはお前もそれが良いと思ってるんだな」
「まぁ……十四松はおそ松兄さん大好きだし、信頼してると思うから」
「トド松も、な、おそ松が聞けば本当のことを話すかもしれない」

少し悔しげに、それでも柔らかく長男の名前を出す二人におそ松は目を見開く、いつもは散々な言い草で長男を罵倒するくせに、こんな時ばかりそんなことを言うのだ。

「そういえばさ……あのとき」
「んー?」
「あの、大きな喧嘩したときお前言ってたでしょ、俺達が弟を好きだと全部おそ松兄さんに押し付けることになるって」
「ああ」
「おれ……そんなこと考えたことなかった……ずっとお前のこと自分の気持ちにすら気付いてない馬鹿だと思ってたけど……本当の馬鹿はおれの方だったな、おれは自分が十四松を好きな気持ちで精一杯で、おそ松兄さんやチョロ松兄さんの負担なんて考えもしなかった」
「まぁ弟のお前に心配されたくないだろ、あの二人は」
「フハッ……おれ達は弟に心配かけてると思うけどね」
「フッ」

いや、そこ笑うとこじゃないだろ二人とも、と思ったおそ松は、たしかに自分は弟に心配はかけたくはないなと思った。
構われたいや甘えられたいなら常に思うけれど、兄として弟たちから必要とされたいからという気持ちが大きく、心配させてしまえばそれが与えられなくなるのではないかと危惧している。
実際おそ松を心配してくるチョロ松からは、他の兄弟のように必要とされていないのではないかと感じてしまう。

「心配するってことは、それだけ大事ってことなんだがな」
「あー……」

どこか呆れたような返事をする一松、それとは違う意味で「あー……」と思ってしまったおそ松。

「ていうかクソ松、おそ松兄さんに全部押し付けるってことは自分とトド松が上手くいくと思ってんのか?」
「……確証はないけどな、きっと一度気持ちを表に出してしまえばオレは諦められないと思うんだよ、アイツはオレの気持ちを否定することだけはしないだろうし、やめとけと忠告はしてもオレがやりたいと思うことの邪魔はしない」
「随分信頼してんだな、アイツおれのキャラ全否定してきたんだけど」
「それがお前のキャラじゃないと思ったからだろ、アイツはお前を闇だと思えば闇と呼ぶ、光だと思えば光と呼ぶ、ただそれだけのことだ」

ああ、一松は今きっと末弟に対して苛ついている、同じ立場にいながら自分に絶対的な自信を持つカラ松を気に食わなかったように、現実を素直に認められるトド松に憧憬を懐いて、弟を羨ましいと思う自身に苛ついている。

「十四松だってお前の気持ちを否定するような奴じゃないだろ?だから、きっとお前も諦められないと思う、十四松が拒めばトド松も一緒になって無理に恋人を作ろうとするかもしれないけど、きっといつかオレ達以上に自分を愛する者はいないと身に染みて解るだろう、だから最後はオレ達の粘り勝ちだ」

トド松がカラ松をサイコパスと言っていた意味が解ったような気がして、おそ松は背筋が凍り付いた。
ただ一松も似たようなものなのでカラ松の言葉に引くことはなかったろう。

「え?でも……それでいいのか?最後だけで……」

逆に、こんなことを訊いていた。

「どうせオレ達六つ子の初恋はトト子ちゃんに捧げてるんだ。後の順序はどうでもよくないか?ラストラブがオレとなら」
「お前……」

ああ、きっと一松は目から鱗が落ちて心の中で『コイツ、神か!?』なんて思っているに違いない、だから俺は一松のことが一番心配なんだよ!と、おそ松は頭を抱えたくなった。
でも……確かにそうかもしれない、六つ子には切っても切れない絆がある、たとえ離れて行っても家庭を作ったとしても、彼の実家が此処である限り、最後に還るのはこの家と、この家の主になる自分の所だ。

――この家を守ること、コイツらのお兄ちゃんであること、相棒にだって譲れないと思ってたけど

もう一つ、譲れないものが増えた。



69 69 69 69 69 69



新幹線の中で富士山をのんびり眺めているおそ松は、自分の正面と横からくる射るような視線を無視し、食後のお茶をズズッと啜る、流石に旨い。

「つまりチョロ松は自分で二人の居場所を突き止め連絡を取り合っていたが向こうから口止めされていたのでオレ達に内緒にしていたということか?」
「そんで今回、誕生日前だからって独りで会いに行ったの?ズル……」
「まぁそう言うなって、アイツもつらかったと思うよーー」

なんせ嘘の吐けない奴だから、そう言えばカラ松と一松は黙りこんでしまう、チョロ松が末二人のいる海街へ発った翌日、他の三人もチョロ松を追うように赤塚市を出た。
結局おそ松は四人を会わせることにしたのだ。
それが弟達への、チョロ松への一番のプレゼントになると思ったから、仮にこれで関係がさらに拗れてしまってもそれは長男おそ松の責任だ。
その為にチョロ松へなにも言わなかった。

(それにしても、コイツらも随分落ち着いたよな)

向かいに座るカラ松と隣に座る一松を見ておそ松は思った。
チョロ松とトド松や十四松との電話を盗み聞きする限り、兄弟の写真をこっそりと送りあっているらしいが、落ち着いたこの二人の写真を見てさぞや落ち着かない気持ちになっていそうだと思うと面白いやら気の毒やら。
一方チョロ松の方も時々「お前その慈愛どっから持ってきたんだ」レベルの顔を携帯を見ながら浮かべているので、今の末二人の写真もほんかわ物件なのだろう、ズルイ。

「とりあえず今回は会ってプレゼント渡すのが目的だからな、出て行った理由を無理やり聞き出したり連れて帰ろうとするのはナシな」
「……わかってるよ」
「ああ」

弟二人には釘を刺して置くが、当のおそ松はあわよくばあの二人を連れ帰る気満々だ。
十四松やトド松の気持ちは最大限尊重するつもりだけれど、実際会えば怒りが爆発してしまいかねない、その為のストッパーは今どうしているんだろう……まだ二日と離れていないのに隠し事をされているというだけで彼にも久しくあっていない気がした。
一時十五分、目的の駅で留まった新幹線を降り、電車へ乗り換える、少し混んでいるが何とか座れそうだった。
ガタンゴトンと秒針のように揺れる車内に三人身を寄せ合って座り、向かいの窓を眺め、あることに気付く。

「しまった、こっちが海側かも」
「海がきたら席移動すればいいんじゃない?人もいなくなるだろうし」
「田舎の方だしな」

行ったことも無いくせにそう呟いてカラ松は格好つけるように足を組む、ツッコミが二人とも不在なので両サイドから「邪魔」と蹴ればおそ松だけ睨みながら足を引っ込めた。
そこから暫く無言が続く、以前に比べカラ松と一松に会話が増えたとは言え、この三人では共通の話題が酒と女とギャンブルくらいしかないが昼間から電車内でするのも憚られるし、だからと言って成人男性が電車内で猫の話ばかりしていてもな……と、おそ松は苦笑を雫した。

「十四松がいたら、大変だったろうね」

意外にも最初に口火を切ったのは一松だ。

「そうだな、絶対つり革にぶら下がる」
「……お前も荷物置きの上に登るだろ」
「へへっ」

それが出来るなら酒と女とギャンブルと猫の話くらい余裕で出来そうなものなのに、一松の羞恥心がわからない。

「トド松は案外電車の中ではスマホは使わないな、盗撮に間違えられたら腹立つとか言って」
「アイツ寝そう」
「ひとりの時は寝ないらしいぞ、眠たくなったらオレを前に立たせて熟睡するが」
「寝顔隠しに使われてんじゃん」
「フフッ……だがアイツが電車の揺れに合わせて頭ぐらんぐらん揺らすのも見てて面白いんだぞ?」

トド松も見上げた先でつり革に掴まったカラ松が自分の顔を覗きこむのを見るのが好きなのだろう、以前自分が寝こけていた時、前に立ったチョロ松から声をかけられた事を思い出す、控えめに肩を叩かれて目を開けると柔らかい表情をした彼が自分の方へ身を屈めていた。
電車の中だから囁くように「にいさん、おきて、ついたよ」そのたった十一文字の音が耳の奥にストンと落ちて自分も負けないくらい穏やかな表情を彼に見せたと思う、あの時は幸せだったが……でも、やっぱり俺は――

「隣の方がいいな」

おそ松は心の声を言われた気がして、パッと横を向く、すると一松は少し驚いた後「隣で寄りかかって寝た方が気持ちいいじゃん、アイツも多分寝るし」と言った。

「たしかに、だが可愛い寝顔をオレ以外に見せるのも……というか二人とも寝てしまったら駅を寝過ごすんじゃないか?」
「一松は寝るとき十四松と離れてるもんなぁ、そういう機会がないと一緒に寝れないんじゃね?」
「違っ!そういうことじゃ……」
「お前、チョロ松と場所変わってもらったらどうだ?」
「「なっ!?」」

両サイドから異口同音が聞こえてきてカラ松ははてな?と首を傾げる、一松が照れて焦るのは解るが何故おそ松まで反応したのだろう?その疑問は一松やおそ松の頭にも浮かんだ。

「や、やだよ俺、枕変わったら眠れないタイプだもん」
「チョロ松は枕か」
「おれ……おそ松兄さんの横イヤかも……」
「なんでだよ!!」
「どっちなんだお前は……というか静かにしろ」

それから目的の駅に着くまでの間、三人は会えない間に十四松やトド松がどのようにして過ごしていたか予想を立てながら話した。
カラ松も一松も久しぶりに想い人に会えるからかテンションが上がっており普段よりも饒舌で、おそ松は聞き手に回ることが多かった。
おそ松だって二人に会えることは楽しみにしている筈なのに、どこかつまらなく感じてしまっている自分に気付く、きっとひとりだけ恋話のようなものができなくて寂しいんだろう。

目的の駅に着き、三人はまず無料でもらえる観光ガイドをもらった、そこに書かれている地図を頼りに役場を目指す。
チョロ松のパソコンに残っていた時刻表の履歴と、彼が電話越しに言っていた店名を頼りにこの街を割り出したが、果たして正解かどうか。
その不安は役場の前で掃き掃除をしていたおじさんに「お出かけですか?松野さん」と聞かれた瞬間払拭されてしまったが、おじさんに二人がバイトしている居酒屋まで案内してくれて、そこの店主と話をすることになった。

「にーちゃんら、トド松くんと十四松くんのお兄さんやろ?チョロ松くんという本当よく似とる兄弟やね」

気さくな店主の奥さんが三人に瓶のオレンジジュースを渡してそう言った。

「あの子ら連れ戻しに来たんやろ?」

店主はそう言って苦笑を浮かべている、どうやら二人が家出してきたことに薄々気付いていたらしい。

「チョロ松くんと一緒にいるときとか、家族連れを見るあの子らの様子とか見て、別に家族との仲違いが原因で家飛び出したとかやないと思っとったけど」
「にーちゃんらの目を見て確信したわ、仲良しの兄弟なんやね」

ジュースを飲み終わった後、お代を払おうとすると奢りだと言ってくれた店主、奥さんの方は何故か瓶の栓をカウンターの上に置いてある瓶の中へ入れていた。
ちょっとしたおまじないらしい、これがいっぱいになると何か良い事が起こるとか……居酒屋さんがするのはちょっとズルいおまじないだと思う。

「丁度これでいっぱいだから、きっと良い事起こると思うわ」そう言って微笑む奥さんに此方まで笑顔になれそうだった。

「イイ人そうでよかったな」
「うん」

居酒屋の店主から教えられた道を進みながら、おそ松は一松に語り掛ける、カラ松は先程浜辺でトド松の後ろ姿を見付けて駆け出してしまったから今は海沿いの道を二人歩いているところだ。

「チョロ松のパソコン勝手に見たこと怒られるだろうな」
「おれが守ってあげるよ、大事なこと黙ってたチョロ松兄さんも悪いし」

なんて言ってくれる四男が少し頼もしい。
目印になっている赤いポストを曲がると緩い丘になっている、この先に二人の今住んでいる所があるそうだ。
暫く昇って行くと懐かしい声が聞こえてきて、思わず涙腺が緩む。

「できたー!できたよチョロ松兄さん!!」
「良かったねぇ」
「チョロ松兄さんみたいに上手く出来なかったけど」
「そんなことない、初心者にしては上出来だよ」
「うん!がんばったから!!」

声がする庭を覗くと縁側で十四松がチョロ松にタオルを見せていた。
どうやら刺繍を教えていたようだ。
紫のタオルに黄色い糸で「1」と刺繍されているそれは、きっと間違いなく四男へのプレゼントだろう。
お手本にしていたろうチョロ松がもつ緑のハンカチには赤い糸で「1」と刺繍されていて「3」か「C」かじゃないのかよ、と内心笑ってしまった。

「行くぞ……」
「うん」

一松の背中を押して、歩み出すおそ松は、これから起こる全てのことの責任を負う覚悟をしている。

――だって俺は、お前らの兄ちゃんの座を誰にも、相棒にだって譲りたくないから――

そう思い、住所しか書かれていない表札を潜ろうとすると、更にこんな声が聞こえて来て咄嗟に足を止めた。

「ねぇ十四松、それ渡しに帰ってこない?」

思わず一松の肩を掴む。
チョロ松が、十四松に帰ってくるよう誘っている、それになんと答えるか……一松は聞くべきのような気がしたのだ。

「チョロ松兄さん……」

困ったような十四松の声、一松も困ったように振り返るが、おそ松は頷いて、物陰に隠れた。
一松もそれに続く。

「ねえそうしよう?兄さんたち別にそんな怒んないと思うよ?不安だったら僕も一緒に謝るし、言い訳だってトド松と一緒に考えればいいものが浮かぶと思うし」

嘘を吐けない癖にそんなことを言うチョロ松、言葉が必死に聞こえて胸が痛い。

それから数十秒経って、十四松は漸く口を開いた。
そして彼にしては珍しく饒舌に、悲し気にこう切り出したのだ。

「チョロ松兄さんは、自分が変わった日のことを憶えてる?」



69 69 69 69 69 69



ぼくは憶えてるよ?
おそ松兄さんだけがいない日、チョロ松兄さんがぼくらに言ったんだよ
このまま六人で一人の人間でいたら核になってるおそ松兄さんが潰れちゃうって、だからチョロ松兄さんは生まれ変わるって言ったんだ
それから本当に兄さんは変わった……真面目になったし常識を気にするようになったし
もともと自分の中にあった素質かもしれないけどいきなり自分を変えるのは大変だったろうなって今は思ってる
でも、それよりも、おそ松兄さんを「兄さん」って呼び出しておそ松兄さんがそれを認めたのはビックリしたよ
チョロ松兄さんがおそ松兄さんをそう呼ぶ度おそ松がぼくらとは違う人間になっちゃったみたいでショックだった
でも、そう思ったとき同時にね、チョロ松兄さんがしたことは間違いじゃなかったんだって解かったよ
ぼくたち六人の事おそ松兄さんに委ね過ぎてた事その時はじめて気付いたから……あのね、チョロ松兄さんがいなかったら、おそ松兄さんは今みたいに自由な人じゃなかったと思う
あのままほっといても、いずれぼくらは一人ひとりの人間として変化していってたろうけど、きっとその時が遅ければ遅い程おそ松兄さんはぼくらに裏切られたって怒るんだ……ううん、怒らないよね、おそ松兄さんそういうこと言ってくれないし
ただ、ぼくはそう思ってても一松兄さんがチョロ松兄さんを真似て変わろうとしたとき、とまどっちゃったんだ
さいしょ一松兄さんの変化についていけなくて、それまで一松のことは何でも理解できてたのに急になに考えてるかわかんなくなって
一松は自分の殻に篭るようになって、みんなの輪から外れていって……ぼくまで遠ざけようとした
一松から『近寄らないほうがいい』って言われた時、まるで雷を落とされたような気持ちだった
だからぼくも変わらなきゃって思って、一松を……一松を「兄さん」て呼んでね、そっから頑張っていろんなこと試していったんだよ
そしたら高校に上がるくらいには自分でもよくわかんないキャラになってて、もしかしたらアレが本来あったぼくの姿だったのかもしれないけど気付いたら一松兄さんみたいにみんなの輪から外れてた
でも、だから一松兄さんはぼくを選んでくれたんだよ、ぼくをみて『お前はやっぱり僕と一緒だね』って笑ってくれた
みんなから遠巻きに見られてたっていい一松兄さんが一緒にいてくれるなら“狂人”でいてもいい……友達なんていらない、だって一松兄さんがいるから

「……あの時に兄さんを好きだと気付いてたら少しは違ったのかな……?」

エスパーニャンコのとき以来、一松兄さんはぼく以外の兄弟の前でもよく笑うようになったでしょ?もともと仲が悪いわけじゃなかったけど、一番心配とか非常識と社会に馴染めないとか言われなくなった

「それはとっても嬉しかったけど」

わかりにくいけど一松兄さんも少しずつ自信がついてきたみたいだなって解った
ぼくはそのキッカケを作ったのがぼくだってことが、すごく嬉しかった
でも同時にね、一松兄さんがふつうになる度に、狂ってしまったぼくとは違う世界に行っちゃうみたいに感じたんだ
ばかみたいでしょ?でもぼくは本気でそう思った
いつか一松兄さんが他人の輪に入れる日がくるかもしれない、そしたらぼくはどうするの?って、いつもだったら一松兄さんに相談するんだけど、その時ばかりはそうもいかなくて困っちゃった
あのね、兄さんたちやトド松にはバレてたろうけど、ぼくは他人が怖かったんだ
他人とマトモに話せない、今だってお店で働いてる時以外はずっとトド松といる……こんなに沢山話せるのも相手がチョロ松兄さんだからだよ
でね、一松兄さんが他の兄さんにも、ぼくにしか見せないような笑顔を見せるようになった頃、ぼくはひとりの女の子と会ってね、救われたんだよ……最近までぼくがあの子を助けたんだと思ってたけど、本当はぼくの方が助けられたんだと今なら解かる
その子は死にたくなるくらい苦しい思いをしてたのに、ぼくのすることで笑ってくれて……他人なのにぼくの事を遠巻きにしないで、狂人じゃないみたいに見てくれて、心の底から笑ってくれて、その度にぼくは今この人から必要とされてるんだって実感できた
あの子は本当はぼくなんかよりもずっと強いから、ぼくがいなくてもきっともう大丈夫だけど、でもあの子が笑ってくれた思い出は確かだから全然さみしくないし、あの子を思い出すとき感謝の気持ちが一番にくるんだよ
だって彼女はぼくに普通でいていいんだって教えてくれた人だから、幸せになるのに特別なことはいらないし、何でも話してくれなくたってよくて、ただ傍にいて笑い合えることを楽しいっていうんだと教えてくれた
だから、ぼくでも一松兄さんと同じところに行けるのかな?ってその時思ったんだ
でもね現実は一松兄さんだけどんどん他の兄弟と近づいていって、ぼくはもうそれが無理なくらい狂ってて、みんなぼくには他の兄弟と態度が違ったよね
ぼくはとても馬鹿だったけれど、あの頃自分が兄弟の仲で特別扱いされてるんだってちゃんとわかってたよ
他の兄弟には厳しいチョロ松兄さんやトド松も優しくしてくれたけれど、それはぼくが刺激したら何をするか解らない存在だと思われてたからかなって……まるで腫れ物扱いだと思ってたんだ
そして、それは一松も……

「兄さんも……ぼくには殴ったりしないし、からかったり、甘えたりしない、それでも傍にはいてくれたけど……でも他に一緒にいてくれる人がいるって解ったらきっとぼくよりその人を選ぶでしょ……?」

そう思ったとき体に大きな雷が落ちたような衝撃が走ったんだ
痛くて苦しくて、全身が痺れるような一撃をずっとずっと浴びてるようだった

「それで……やっとぼくは一松兄さんに恋してるんだって解かった」

チョロ松の啜り泣く音が聞こえて、おそ松が足を踏み出すよりも前に、一松が一歩一歩静かに歩み出した。
十四松の言葉を踏みにじらないよう、静かにゆっくりと進んでゆく。

「男同士で兄弟なのに、その事実がやけにすんなり自分の中に入って来て……どうしてだろうって思ったときに目に入ったのは、弟のトド松だったよ」

十四松の言葉は淡々と降る雨の様で、チョロ松の頬を濡らしてゆく。

「カラ松兄さんと一緒にいる時の匂いが違うっていうか、なんとなく甘い気がしてたけど、もしかしてそうなのかなって思って見てたら今度はちゃんと気付いたよ……ああ、あの子も叶わぬ恋をしてるんだ……って」

そして、トド松は十四松と同じように、兄達が変わりだした時に戸惑っていた仲間だった。
カラ松もあの頃の一松のように兄弟の話しを聞かない時期があったから、トド松も十四松と同じ雷を落とされたことがあるのかもしれない。

「トド松は自分のことズルいって言うけど、僕の方がずっとズルい、だってたった一人の弟を利用しようとしたんだもん」

慰めになると思ったのだ……自分と同じように実の兄に恋してしまった弟が傍にいれば……十四松はそんな気持ちで彼の傍にいたことを″狂人”であることより最低だと思った。

「でもトド松は僕を受け入れてくれたんだよ?兄さん達とは違う生き物だって思ってた僕に、トド松は自分と同じ化物だって言ってくれたんだ……」

――僕は君で、君は僕

その言葉にどれだけ救われたか解らない。

「だからね、僕はトド松を置いてけないんだ……ごめんなさい、チョロ松兄さん」

チョロ松の瞳に大粒の涙が溜まって、ぽろぽろ零れる涙を赤い刺繍の施された緑のハンカチが吸っている。

「ご、ごめんね十四松……僕たちは別にお前を腫物扱いしてたわけじゃ……みんなが優しかったのはお前が誰も傷付けなかったからで」
「うん、ここにきてチョロ松兄さんの話をきいて解った……酷い勘違いしててゴメンなさい」
「一松があんな風になったのも僕があんなこと言ったから……だよね?」
「あれはチョロ松兄さんが謝ることじゃないでしょ?だって誰も悪くないから」

誰がなにもしなくても、きっと六つ子はずっと同じではいられなかった、いずれ変化が起こっていた。
それが早まっただけ、それを早めたのが六つ子の中にいる者で良かったと思うくらいだ。

「あのね僕ね、昔の六人で一人だった頃のみんなも大好きだったけど、ちょっとずつ変わってったみんなも好き、今のみんなも好きだし、これから二度と会えなくたって兄さん達のこと好きでいるよ」

十四松はそう言って刺繍が仕上がったばかりの紫のタオルを抱き締めた。

「一松兄さんのことは愛してる……」

おそ松は前を歩く一松の肩が震えた事に気付いた。
その気配を察したのかチョロ松が顔を上げる、涙に塗れた真っ赤な瞳が一松を写し、その後ろに立つおそ松へ釘づけにされる。
どうして?そんな戸惑うような瞳で見詰めてくるチョロ松におそ松は微笑み、弟の話しを最後まで聞くように促した。
十四松はまだ二人に気付かない、いつもなら働く勘も、今は慣れない長話のせいで使えなくなっているのかもしれない。

「……でも、自分のことを誰も幸せにできない化物だと思ったままのトド松を残していけるわけないよ、トド松の気持ちを解ってないカラ松兄さんのいる家にだって連れていけない……だから」

“家には帰れない”

彼の言葉がそれこそ雷のように落ちる前に、一松がその背中を抱き締めた。

「つまり、クソ松があのバカ末弟をどうにかしたらお前はおれのとこに帰ってくるんだろ?」

おそ松は思わず噴出す、よく言うようになったな四男よ、と。
でも、きっとその通りなのだ。

「い、ちまつ……にいさん?」

十四松の戸惑う声を聞いてチョロ松もハッとしたように、おそ松を見上げた。

「おそ松兄さん?」
「よ!」

遅くなって悪かったな、声掛けるタイミングがわかんなくてよ、そう飄々と笑っておそ松はチョロ松の腕をとる。
そのまま縁側から引き下ろすとチョロ松は慌てて靴を履いて、おそ松の手に引かれるまま歩き出した。
途中で何度も一松や十四松を振り返りながら、これから自分はどうなるのだろうと不安が彼の頭に過っていく。

「ねえ!おそ松兄さん!どうして……」

どうして、どうして、どうして……何から聞いていいか解らず、その言葉ばかりが口から洩れる。
それを黙殺して、おそ松はぐんぐんと先を進んでいく、土地勘はないが人間としての勘で突き止めたのは、二人きりでゆっくりと話せそうな場所。
海水浴シーズンに使われる、観光客用の休憩所だった。

「なあ!兄さん聞いてる!?おそ松!!」

チョロ松がそう呼んだとき、おそ松はその手を離し、彼へと向き直る。
そして四男が言ってくれた言葉を思い出す。

―― おそ松は“兄さん”って呼ばれる度に……ひとりの人間になっていった――

ああ、たしかにそうだと思う。
でも少し違うぞ、それは……だって、チョロ松が"おそ松"を呼ぶ声は昔から変わっていない。

――チョロ松が呼んでいるのは

――六つ子のおそ松でも

――松野家長男のおそ松でもない

――ただのおそ松だ

ずっとずっとずっとずっとずっと、世界に一人しかいない“おそ松”を見ていたのは、たった一人の"チョロ松"だった。



「おそ松兄さん……なんでここ解ったの?」
「……」
「もしかして、僕のこと探った?」

戸惑うような顔は自分とそっくりなのに、揺れる小さな瞳は真似できないものだ。
六つ子といえど違う人間だと気づかせてくれるのはいつの日もこの三男だった。
自分たちは生まれたときから六つ子で誰が誰でもおんなじなんて言われていたから、他人から一個人として認められ頼られる事への羨望が強いのだろう。
六つ子を個人と認識しつつ平等に扱う昔馴染み達が大好きで、でもそれだけでは足りないと感じる、成長すれば皆、自分がいなければ死んでしまいそうなヒトに惹かれ、自分なしでは生きていけないモノを望んだ。
このこを笑顔にできるのは自分だけ、このこには自分の力が必要なんだと……その想いは優しく正しいものだろう、兄弟は誰もその感情を理解できた。
ただ一人、長男のおそ松を除いて――

「なぁ、なんでお前、黙ってたの?十四松とトド松の居場所知ってたのに」
「それは」

言いよどむ三男に苛々が芽生えてくる。

「カラ松と一松に言えないのは解るけど、俺には言ってくれてよかったんじゃない?そしたらお前も一人で悩むこと無かったろうし」

ここに来るまでに言おうと思っていた長男らしい彼を労る台詞ではなく、責めるような言葉が口から出てきてしまう。
おそ松だって頭では理解してる、チョロ松がどれ程に苦悩していたかを、でもだからこそ自分に言って欲しかった。

「言ったら連れ戻したくなるだろ……」

おそ松はずっと自分達が六人で一人の存分でよかった。
一括りにされていたって平気だった。
だって自分にはコイツがいるんだ。

「……俺そんなに信用ねえの?」
「違う、そうじゃない……」

本当はこんなことを言いたいんじゃない、他に言うべき言葉はいくらでもあるのに、口は勝手に動いていく。
チョロ松にどれだけ大事にされていたのか解っていたからこそおそ松は今まで壊れずに済んでいたのだ。
それを再認識してしまった今、とても恥ずかしい。

「……そうだよな、ごめんな……頼りになんねぇ兄ちゃんで」
「兄さん?」
「お前の言うとおりだよ、カラ松達をトド松達に会わせてやりたいと思ったけどそれより自分がアイツらを連れ戻したいって気持ちが大きかった……独りよがりだよな、長男だからって、弟たちの邪魔していいってわけじゃねぇのに、もう長いことアイツらの大切にしてきたもんから目をそらしてたのに今更なにやってんだろって感じだわ」

喋るたび悲しみに暮れてゆく長男の顔……

「ずっとカラ松や一松の気持ちに気付かなかった癖にな」

思い返せば弟達の気持ちなんてすぐ解りそうだが自分は無意識に気付かないふりをしていた。

「ッ!おそ松」

おそ松が血が滲みそうなほど拳を握りしめているのを見てチョロ松は傍に駆け寄る。

「兄さ……ぶはぁ!?」

と、おそ松はその拳を思い切りチョロ松の米神へぶつけた。
全力だったのだろう、彼の痩躯は数メートルふっとんだ。

「いってぇ!!クソ長男なにしやがる!!」

「あー久しぶりに本気で殴ったから手痛ぇ」「待てや!なにスッキリした顔して引き返そうとしてんの!?」
「一松の方はアレでオッケーとして、カラ松がまたなんかやらかしてトド松怒らせてねぇかなって……」
「アイツの心配の前にコッチの心配しろ!!だいたい今の流れだと僕がお前を殴って喝入れる方だったろ!?」
「いやぁ俺しんみりしたムード苦手なんだよね」

目元を赤く腫らしたチョロ松はおそ松の襟を掴んでガクガクと揺らす、明日にはきっと青アザになっている、明後日は誕生日なのに。

「……本当にどういうつもりなんだ?」

チョロ松は手を離しそれだけ言って息を整える、おそ松の様子がおかしいので場合によってはとことん殴られることになるかもしれない……別にそれでも構わないけれど五男と末弟は自分達のせいでチョロ松が怒られたと思って泣く。

「……なぁチョロ松……アイツら大人になったよな、家を出てこんな遠くまで来て自分達の力だけで生活してる」
「……う、うん」
「カラ松と一松も一丁前に腹括ったみたいでよ、前よりしっかりして見えるんだよな、兄ちゃん悔しいわ」
「そうだね」
「だからよぉ」

おそ松は急に不敵に笑ったかと思うとチョロ松へぐいっと顔を近づけてきて、見たことのない真剣な大人の表情に変わった。

「俺達も前に進もうぜ、チョロ松」
「……前に?」

目を瞑ったおそ松の顔はかっこよくてチョロ松はつい見惚れたように呟いてしまった。

「ああ……アイツらに負けてらんない」

そう言って、ゆっくり顔を離した長男は鼻の下を照れたように擦り、子どものように笑っている。
それは、弟たちのように自力を目指すということだろうか?恋愛を成就させようということだろうか?今まで口先だけだった就活や婚活に、本気を出すという意味だろうか?
長男のおそ松がそうすることは、家にとっても弟たちにとっても、よろこばしいことだ。
チョロ松だってずっと望んでいたことの筈なのに、おそ松が変わろうとしていることが得たいの知れない気持ちにさせた。
嬉しいのか寂しいのか怖いのか切ないのかも解らない、ただ、一つ言えるのは自分がここで立ち止まれば他の兄弟に追い付けなくなるということ、対等になりたいだの優位に立ちたいだのそんな願いはどうでもいい。
チョロ松はこの手をとりたい、他の選択肢なんていっそ焼き払ってくれと願う。
“おそ松と一緒にいられる”
ただ、それだけが目の前に広がる世界。

――あのね僕ね、昔の六人で一人だった頃のみんなも大好きだったけど、ちょっとずつ変わってったみんなも好き、今のみんなも好きだし、これから二度と会えなくたって兄さん達のこと好きでいるよ――

さっき聞いた弟の言葉がすとんと降りて来る。
これから何があったとしても、おそ松のことをずっと好きだった気持ちは変わらないだろう。
兄弟達に二度と会えないなんて御免だ。
再び誰かがいなくなっても自分はきっとどこまでも探しに行く、でも……

「しかたないなぁ」

“いつまでも一緒にいるためには、いつも一緒にいちゃダメなんだ”
家を守ることが自分達の関係を保つために必要なら少しの距離ができたって構わない。
他の誰かのものになったって自分より幸せに出来る人がいたとしたって、邪魔する権利はなく、祝福する義務があるのだから。

「一緒に頑張ってやるよ」
「そうこなくっちゃな!」

にかっと笑って今度こそ来た道を引き返そうとする、おそ松の腕を強引に掴み振り向かせる。

「へ?」
「その前にお返しだぁぁあ!!」

そう言ってチョロ松は先程殴られたところと同じ場所を殴り、おそ松を数メートルぶっ飛ばした。

「流石、俺のチョロ松」

暫く虫のように蠢いていたおそ松がポツリと溢した言葉に彼の気持ちは夜明けのように晴れたのだった。



69 69 69 69 69 69



「兄さん達その顔どうしたの!?」

お揃いの痕をつけコンビニの前でビールを飲んでいた長男三男の所に次男と末弟が現れた時、開口一番に言われたのはソレだった。
感動もなにもあったものじゃないなと思いながら笑って誤魔化すふたりにトド松は怪訝な表情で見詰める

「って、兄さん達がここにいるってことは十四松兄さんと一松兄さんふたりきりなの?」
「おいおい折角久しぶりの再会だってのに十四松の心配かよ?あいつなら大丈夫だろ一松がいるし」
「一松兄さんがいるから心配なんじゃん!どうしよう……一松兄さん十四松兄さんには優しいから無理に問い詰めたりはしてないだろうけど兄さんのことだから墓穴掘っちゃってるかもしれない……」
「お前は十四松をなんだと思ってるんだよ」
「ほんと大丈夫だって、逆に今帰るとお邪魔虫かもよ?」
「へ?」

ひとりで百面相している末弟に、長男と三男はにんまりと笑う、次男の方を見ると「え?」と戸惑っているようだった。
おそ松はまずカラ松の方へ向いて言った。

「十四松ったら一松のこと愛しちゃってんだってよ」

それはトド松も知っている、チョロ松も知っている筈だ。

「そ、そうか!!やったなアイツ……」

カラ松が嬉しそうに顔を綻ばせるのを見て、トド松の中にある仮説が浮かぶ。
まさか、そんな……じゃあ自分達のしてきたことは……

「一松兄さんも十四松兄さんのこと好きだったの!?」

カラ松の袖を掴んで訊ねると「ああそうだぞ、両想いだったんだな」とこれまた良い表情をしてきた。

「あの二人まで両想いだったなんて……この一年のボクたちはなんだったんだろう……」

きっと自分とカラ松が両想いなんてこともこの二人の兄にはバレてしまったいるだろう、それなら早く教えてくれたら家に戻っ……たかは知らないけれど……と嘆くトド松におそ松は軽率に笑いながらこう言う。

「まあいいじゃん、おかげでドラマチックな再会ができたわけだし」
「僕なら御免こうむりたいけどね」

すかさずチョロ松が付け加えるのでカラ松は可笑しくて笑いそうになるがここは我慢だ。

「うぅ……チョロ松兄さんも知ってたなら言ってぇ?」
「ヤダね」

本気で落ち込むトド松に本当に自分のことだけが原因であの家を出ていたのだなと思うとなんだか照れくさくなってきた。

「まあ離れてた期間のことはコレから取り戻していけばいいじゃないかトッティ」
「って兄さんはなんでトッティ呼びに戻ってんの!?さっきまで名前で呼んでくれてたのに!!」

カラ松の照れ隠しに気付かないトド松は更に嘆き、その様子にカラ松がオロオロと立ち回るという長男的に面白い場面が見れご機嫌なおそ松は、カラ松の肩に腕を回しひそひそと話し始める。

「そうだ、俺は明日チョロ松の新幹線に合わせて帰るけど、お前と一松どうする?」
「は?」
「明後日、俺達の誕生日だろ?当初の目的忘れてんのか?」

そういえば誕生日プレゼントを渡しにきたのだとハッとする弟に「忘れてたのかよ」とおそ松は呆れ、チョロ松はトド松のあまりの落ち込みように流石に申し訳なくなって謝っている。

結局カラ松と一松は誕生日が過ぎるまでこの海街で恋人になったばかりの弟達とともに過ごしたのだった。
その後、一度家に戻ったカラ松と一松はこの街に残り十四松とトド松の仕事を引き継いでくれる者が見つかるまで家事の手伝いをして、無事仕事を辞められる手筈が整えば今度は引っ越しの手続きの手伝いを買って出た。
全ての準備ができると十四松は一松と共に家に帰ってきたのだが、トド松は払ってしまった家賃がもったいないからとギリギリまであの海街の家で過ごすと言い、それに付き添う形でカラ松もあの街に残った。
その間なにがあったのか、なかなか話してくれないトド松だけれど、カラ松とはうまくやっているし、一松と十四松も以前に増して仲が良い。
そんな毎日に満足している長男だったが、ある日なにげなく家でゴロゴロしている最中、トド松から頼まれごとをしてしまった。

「そういえば前の誕生日チョロ松兄さんにプレゼント買ってたの忘れてたんだよね」

そう言って緑の包装がしてある箱を差し出してきた。
おそ松が何故自分に渡すのだろうと首を傾げていると、トド松は「これはボクら四人からの、二人への感謝の気持ちだよ」と照れたように笑った。
確かに誕生日から三カ月以上経って誕生日プレゼントを渡すのも可笑しな話だ。

「チョロ松兄さんの分はボクと十四松兄さんが買ったけど、おそ松兄さんのはカラ松兄さんと一松兄さんに買わせたから」
「買わせたって……」

プレゼントとは自発的なものではないかと思いながら、もう一つ赤い包装のしてある箱を受け取る。

「見つけてきたのはボクだけど、カラ松兄さんと一松兄さんがおそ松兄さんにお礼がしたかったみたいだから教えたらお金だしてくれるって言って」
「お礼?」
「うん……えっとね、ボクらがいない間……あの三人のこと……ううん、ボクら六つ子のことを見ててくれてありがとう」

おそ松がハッと顔を上げると、トド松は正座をしていて俯いていた。
膝の上でぎゅっと手を握りしめて、その手の上にポタリと水の雫が二つ落ちる。

「ありがとう、カラ松兄さんね、ボクがいない間ずっとおそ松兄さんに支えられてたって言ってた……一松兄さんも口には出さないけど絶対そう思ってるって十四松兄さんが言ってたよ、十四松兄さんが一松兄さんのこと言ってるんだから本当でしょ?」
「別に、俺は特になにもしてなかったけど」
「ううん、カラ松兄さんが一松兄さんと大きな喧嘩した日のことも聞いたし、その時おそ松兄さんがなんて言ったかも聞いたよ、その言葉のお陰で二人が落ち着いたんだと思うし……ボクと十四松兄さんも聞いて嬉しかった」
「トド松……」

顔を上げたトド松は笑っていた。

「ずっと何も言えなくてゴメンね、カラ松兄さんが好きだってこと本当はおそ松兄さんに一番に相談したかった……兄さんに大丈夫だよって言ってもらえたらきっとボクは世界中の人から罵られても逃げようなんて思わなかったと思う」
「……」
「でもそれは駄目だと思ったんだよ、そんなことでおそ松兄さんに甘えちゃダメだって……だから何も言えなかったんだよ」

悲しそうに笑っている。

「兄さん、もしボクらのこと気持ち悪いと思うならボクにだけぶつけていいよ、そんなこと出来ないかもしれないけど、無理はして欲しくないから」
「き、気持ち悪いなんて思うわけねえだろ?」
「うん、知ってる……ごめんね兄さんのこと信頼してないわけじゃないんだ、でも兄さん昔から兄弟の為に嘘つくことあるし、無理してるんじゃないかと結構心配」
「そんな、無理なんて言うなら俺よりも」

チョロ松の方が――
と、咄嗟に口から出そうになった言葉を飲み込む。
ここでおそ松は"チョロ松を見て、嘘を吐いていると思ったことがある"と初めて気付いた。

「おそ松兄さん疑ってごめんね、でも疑うのは兄さんがボクらのことを好きでいてくれてるって信じてるからだよ、だから優しい嘘を吐いてるんじゃないかなって思って」
「そんな顔すんなよ」

兄弟に気を遣ってツラそうにする末弟の姿は何度か見た事があるけれど真正面から見せてくれるのは今回が初めてだ。
カラ松と両想いになったことで安心したのだろうか、それは喜ばしい。

「大丈夫、生理的に気持ち悪いなんて思わないし、世間になんて言われてもお前らが幸せならそれでいいじゃんって本気で思ってる」
「ホント?」
「ああ本当だ。常識なんてあったらこの歳までニートなんてしてねえよ」
「……フフ……それもそうだね」

ホッとしたように息を吐く末弟に、おそ松もつられて胸をなで下ろした。

「でも兄さん最近就活ちゃんとやってんじゃん、えらいえらい」
「お?なんだその上から目線」
「ふふん、ボクら一年間だけどちゃんと自活してたからね、社会人としては先輩だもん」
「ニートに返り咲いたくせに」
「それはしょうがなくない?折角カラ松兄さんと付き合うことになったんだから仕事してる時間もったいないよ」
「言うねえ」

世間の社会人カップルが聞いたら怒りそうなことを平気で言ってのける、末弟のこの図太さは結構気に入っているし気が合うところだと長男は思っている。
トド松は一度大きく深呼吸するとおそ松の目を真っ直ぐ見詰めて、いつもより少し真面目な声を出した。

「……本当ありがとう、おそ松兄さん……兄さんがボクの兄さんでよかった」

おそ松と六つ子の兄弟でよかった。
おそ松がおそ松でいてくれてよかった。
恵まれて生まれてきたとは言い難いけれど、その存在と真実がなにより得難い恵みのように思う。

「俺もありがと、これも有り難くもらっとくな」
「うん、どういたしまして……チョロ松兄さんにもどっちか渡しといて、兄さんがあげた方が喜ぶから」
「え?どっちでもいいのか?」
「うん、だって中身一緒だもん」
「は?」

そう言われたおそ松は反射的に緑の包装紙を手に取り破ってみる、すると中から緑のベルトの付いた腕時計がお目見えした。
というか「兄さんがあげた方が喜ぶ」を否定しなくてよいのだろうか……

「ペアウォッチ?」
「違うよ形が一緒なだけ、ベルトの色も違うし」

そもそもペアウォッチとは男女揃いのものを言うと思うんだけど、なんでそんな発想出て来るかな?と末弟は首を傾げるが長男からすればよくも男二人に同じ型の時計を贈る気になれたなと思う。
それくらい兄弟達のなかで自分とチョロ松はセット認識なのだとすれば嬉しくないこともなく、お揃いのものを持つなんて独占欲が満たされるのだけど、いつかチョロ松が彼女を連れてきた時に変な誤解をされないだろうかと心配になる。
兄弟からのプレゼントならチョロ松はきっと大事に使うし、おそ松だって入浴と睡眠中以外はずっと身に付けているつもりだ。

「気に入ってくれた?」
「……ああ、勿論」

色々と不安はあるが澄んだ瞳であざとく見詰めてくる末弟に負けて、結局おそ松は頷いてしまうのだった。






To be continued



中編はこれで終わりです
後編に続くのですが長男と三男をくっつけるかくっつけないかまだ迷ってる最中