Honeycomb Flower Sunny Day

長男のおそ松と三男のチョロ松は兄弟の中ではマトモだと言い張る、たしかにフィジカルモンスターな一松・十四松とメンタルモンスターなカラ松・トド松に比べればそれはそれは普通だった。
だがしかし、そんなモンスター四人を手元に置いて扱えている(宇宙規模で迷惑はかけているが)おそ松兄さんと、その相方チョロ松兄さんがマトモだと言い張れるだろうか?
マトモだマトモだ言っておいて、このマトモではない松野家はいつも長男と三男を中心に嵐を巻き起こすのだ。

「えーーっと、今年もかのエックスデーが近付いてきていますが、皆さん対策は考えてきているでしょうか……」

件の二人がいない時間を見計らい河原の橋の下に集まった四人はどこからか拾ってきたホワイトボードを前に真剣な表情を見合わせていた。
椅子にしているビール箱はチビ太の屋台からの借り物だ。

「はいはーい」
「はい、十四松くん」
「去年はおそ松兄さんたち革になったでしょ?一昨年が綿になって、その前が紙だった」
「そうだね」

進行役のトド松が頷き、書記役のカラ松がホワイトボードに書いていく。
最初は一松に書記を頼んだのだが字が小さすぎて交替したがカラ松はカラ松で字の自己主張が強く、しかも誤字が多かった。

「んでね、今度おそ松兄さん達が変になる日って父さんと母さんの銀婚だったでしょ」
「ああ、チョロ松兄さんが六つ子でお金出し合ってシルバーのもの贈ろうって言ってたやつね」
「毎年あの二人旅行に行くからそれまでにお揃いのペアウォッチあげようってことになってバイトしたやつだね」

そう、結婚して二十余年になるあの二人は喧嘩もするが(この間も裏〇家派か武〇小路〇家派かで争っていた、せめて表か裏で争ってほしい)基本的に仲が良い、息子たちが高校を卒業した年から毎年、結婚記念日の前後一日の三日間どうにか休みを取り二人旅行をする。
きっとお互い一年間ニートのお世話お疲れ様ですという気持ちを持っていくので穏やかで楽しい旅だろう、羨ましいが邪魔するほど無粋ではない。
それは置いておいて、先程から言っている"エックスデー"や“おそ松兄さん達が変になる日”とは両親の結婚記念日なのだ。
気付いたのは去年だけれど三年前から毎年、その日一日だけ長男のおそ松と三男のチョロ松の体に異変が起きる。

三年前、朝起きたらおそ松とチョロ松の寝ていた場所には誰もおらず、布団を捲ると二人の代わりに二人の姿の描かれた等身大サイズの紙があった。
なんだこれ?と思いながら兄弟がそれを見ると突然その紙が喋りだし、自分達をおそ松とチョロ松と言うではないか、最初は驚いた兄弟達だったが何でもござれな世界なのでそんなこともあるだろうとすぐに順応した。
順応したはいいが、朝起きたカラ松が窓を全開にしていたので紙おそ松と紙チョロ松は風に乗って飛ばされてしまった(カラ松は一松にぶっ飛ばされた)
四人は手分けして汗だくになりながら町中を探し、結局トト子の家に保護というか"喋るのぼり旗"として魚屋の前で働かされていたのを発見した時は安心して四人で店の前で肩を組んで大号泣してしまい、今度は六人ともトト子にぶっ飛ばされた。
その日の夜十二時におそ松とチョロ松の姿は元に戻ったのだが、二人とも一日の記憶をすっかり失くしていて、あれ?いつの間に夜になってんの?という顔をしたので四人からぶっ飛ばされた。

二年前は二人とも朝起きたら綿になっていた。
去年のことで懲りた四人は部屋を閉め切り、二人がボロボロになってしまわないよう大きなビニールに入れシッカリ固定して見張っていたのだが、部屋の湿気を吸って膨張したり縮小したりするのでその度に不安になった十四松が半泣きになり、つられてトド松も半泣きになり、もちろん一松も半泣きになった為、カラ松まで泣いて過ごした一日だった。
ちなみにこの日のことも長男と三男は憶えていない。

一年前に二人が革になった日は、流石に毎年両親の結婚記念日に変なことになると気付いたのだが、気付いたところで対処のしようがなく、とりあえず衣装ケースに除湿剤と一緒にいれておいた。
三年目となると慣れたもので四人は外出こそしなかったものの家でマイペースに過ごすことができた。
だが十二時になった瞬間衣装ケースに閉じ込められた状態で元に戻った長男と三男がガチギレし四人をボッコボコにしたので結局その年も泣かされてしまったのだった。

そんなこんなで毎年その日の四人は碌な目に遭っていない為、今年こそは何らかの対策を練ろうとこうして話し合いを設けている。

「そう、それでぼく、なんで銀婚式でシルバー贈るのかな?って思って調べたんだけど」
「おれが聞かれても答えられなかったからだろ……ごめん、そんなことも知らないゴミで」
「いや気にしないでいいよ一松兄さん、ボクも自分に縁が無さすぎて知らないから」
「安心しろ一松……そのことはアイドンノーだ」
「何故溜めた!そして発音!!」

早速脱線している。

「あ、ごめん十四松兄さん話つづけて」
「うん、えーーっと調べたら結婚記念日って一年ごとにナントカ婚式っていうのがあるんだって」
「へぇ……金婚と銀婚しか知らなかった」
「それと二人の異変になんの関係があるんだ?」
「結婚一年目の記念日を"紙婚式"って言って」
「……へ?」
「結婚二年目の記念日が"綿婚式"もしくは“藁婚式”で」
「え?」
「結婚三年目の記念日が"革婚式"なんだって」
「……」
「……それは」
「関係あるだろうな」

三年前に紙になって、二年前に綿になって、一年前に革になったのだから、逆算すればそのナントカ婚式というものを順番に追っている。

「あのさ、これはボクの憶測に過ぎないんだけどさ、聞いてくれる?」
「ああ聞かせてくれ」
「どうぞどうぞ」
「おそ松兄さんとチョロ松兄さんって昔から好き合ってたじゃない?その……兄弟としてもだけどそれ以外の意味でも」
「うん」
「でさ、ずっと両片想いでもだもだしてたけど、四年くらい前から雰囲気変わったじゃん一緒にいるときの」
「そうだな」
「もしかしたら父さんと母さんに肖って結婚記念日に告白したかもしんないよね、兄さん達もあれで結構ビビりだから」
「兄さん達もお前にだけは言われたくないだろうけど、そうだね」
「うっさいな……だからつまり三年前の父さんと母さんの結婚記念日が、おそ松兄さんとチョロ松兄さんの交際一年記念日」
「なるほど……」
「それでさ……あの二人ふだんはお互い素直じゃないっていうか、塩対応じゃない?」
「お前に言われたくないと思うけど、まあね」
「うっさいな、ボクはマイペースなだけで兄さん達にはちゃんとそれ相応に接してるからね」

また話が脱線しそうになっている。

「で、二人が紙になっちゃったり綿になっちゃったりする原因なんだけど」
「それも予想がついてるのか?」
「うん、確証はないんだけど、こうじゃないかなぁって」
「流石トッティ!」
「言ってみなよ」
「チョロ松兄さんが銀婚式にはシルバー贈るって言い出したじゃん、だからもしかしたらチョロ松兄さんは紙婚とかいうのも知ってたかも」
「ああ、ライジングだしそういうの無駄に調べてるかもね」
「ライジングとは……」
「そういう概念だと思っとけばいいと思うよ」
「で、チョロ松兄さんが知ってるってことを、おそ松兄さんは知ってるんじゃないかな」
「言えてるー!おそ松兄さんだし、チョロ松兄さんが知ってることは知ってそう!」
「おそ松とは……」
「そういうジャンルだと思っとけ」
「だから、記念日の前になると二人とも意識するんじゃない?今年はナントカ婚式だなーーって、でも二人とも素直じゃないし普段は塩対応だから記念日になんかあげるのって恥ずかしいと思うんだよ」
「アイツらの羞恥心の基準がわからん」
「クソ松にだけは言われたくないと思うけど同意」
「アハハ!一松兄さんにも言われたくないと思うけどねーー!!」
「うっ……」
「十四松兄さん一松兄さんデリケートなんだからそういうのやめたげて」

またまた脱線しかける。

「でも、相手のこと好きじゃん?好きだから記念日には何かあげたいなって思うじゃん?できれば自分がプレゼントなんてーーとか考えてそうじゃん童貞だし」

童貞をなんだと思ってるんだろう。

「その思いを拗らせた結果、自分達が紙になり綿になり革になったということか」
「憶測に過ぎないけど」
「いや、結構ありえるかよ?おれも日々「猫になりたい」と思い続けてきたら変身できるようになったし」
「……」
「……」

カラ松とトド松が『それこそ何故かわからない』と思っている間に十四松が「たしかにー」と同意していた。

「なら二人がちゃんとお互いプレゼントが用意できればナントカ婚式のナントカになることはないのか」
「あのカップル未だに小学生みたいなとこあるしハードル高そう」
「そうだねぇ……ところで四年目の記念日ってナニ婚式になるの?十四松兄さん」

そう話を振られた十四松は先日調べた内容を思い出した。
一年目は紙婚式、二年目は綿婚式、三年目は革婚式、そして四年目は……

「″花婚式”だったよ」

カラ松と一松とトド松の間の空気がピシャリと凍った。
今までとは違って今回はナマモノだ。
果たしてこの兄弟たちに花を一日枯らすことも萎えさせることもなく無事に育てる器量があるだろうか?

(とりあえずカラ松兄さんは無理!)
(トド松はどうだろうな……結構ドライだから)
(十四松を大人しくさせる方法を考えないと……)
(一松兄さんとニャンコ達が心配)

お互い信頼度ゼロの兄弟たちは『自分だけはしっかりしないと』という思考の坩堝に入りかける。

「待って、花っていっても切り花の状態で出て来るのか根っこ付きで出て来るのかによって違うよね」
「ああ……それと今回は朝起きた時に気付いていたんじゃ遅い、あの二人が変化した瞬間に水に挿すなり土に埋めるなりしないと」
「花の種類によっては温度調整とかも大事じゃない?」
「種類が違う花だったら違う環境で護っとかないと?」
「兄さんたちに説明してデカパン博士のラボに泊まらせる?あそこなら家より安心」
「それはそうだが、おそ松たちに説明して信じるか?三年前から何度言っても「憶えてない、嘘吐くならもっとマシな嘘つけ」の一点張りじゃないか」
「トド松の説が正しいなら兄さん達がお互いに花贈り合えば解決すんじゃない?」
「うーーん、でも、花だよ?買うと思う?」

長男と三男が買うにはだいぶハードルが高い。

「そもそもあの二人付き合ってることどころか好き合ってることすらボクらに隠してるじゃんか」
「ああ、だから説明したとしても絶対に認めないな」
「それどころか意固地になって余計プレゼントなんて渡せなくなるんじゃないの?」
「おそ兄さん……チョロ松兄さん……」


この後しばらく話し合いは続いたが、結局おそ松とチョロ松をどうにかするのは諦めて、二人がどんな花になっても良いように園芸用品を用意したり花の知識を学ぶことにした四人だった。



* * *



結婚記念日前日、今年は港町に行って海鮮を食べるんだ、お土産買ってくるからね、と言って両親は旅出っていった。
シルバーのペアウォッチの光る手をぶんぶんと振って随分とご機嫌に去っていく背中を見送った長男と三男は、顔を見合わせてニンマリと笑う。

「さて、俺らも行くとしますか」
「アイツらが居ない内にな」

そう言って庭に入り、縁側の下に隠しておいた木箱の中から二つのバッグを取り出す。

「楽しみだな、花火大会」
「うん!冬の花火って初めてかも」
「昼間も大輪の椿が見れて綺麗らしいぜ」
「花より団子なおそ松兄さんがそんなこと言うなんて天気心配なんですけど?」
「えーそんなこと言っちゃうーー?でも、大丈夫、晴れるよ」
「そっかーー」

長男の言うことだから何の根拠もないだろうけれど、長男の言うことだから根拠がなくても信じてみようと思う、たとえ雨でも雨の中の花見なんて素敵に思える。

(なんて僕ららしくないけど)

忘れた振りをしていたけど二人ともしっかり三年前からの記憶は持ち合わせていた。
今年こそ変なもの変身しないで落ち着いて記念日を過ごしたい、でもお互いプレゼントなんて柄じゃないのは解ってる。
だから両親へのプレゼント代から余ったお金を出し合って近場だけど一泊だけ旅行することにしたのだ。
晴れたなら太陽と夜空に咲く火の花を君と、雨ならば雨粒の花弁と地上に佇む椿を君と、贈るのではなく共に眺めよう。
そちらの方が自分達らしい。
そう思いながら家を出て行く交際四年目になる長男のおそ松と三男のチョロ松。



その夜、二人が不在の松野家では他四人が心配して号泣し、翌日帰ってきた二人は大変なことになるのだった。




おしまい