月明かり灌ぐクリスマス
僕は一年以上前に死んだ。

死因は飛び下り自殺。

なんでそんなことしたかというと話せば長くなるんだけど、簡単に言うと死にそうな兄さんに僕の心臓をあげるためだった。

脳みそがダメになっちゃった僕の心臓は遺言通りカラ松兄さんに移植されて、兄さんの胸の中で今も動いてる……らしい。

らしい、ってのは僕がその姿をみていないから、時々廃墟にくる鴉が僕の家族の状況を教えてくれるだけ。

その見返りにちょっとだけなら食べてもいいよって言ったら鴉は誰がゾンビなんか食うかって言って、お前は神様のお気に入りなんだから親切にしてたら何かいいことがあるかもしれないだろ?なんて言われた。


そうだ、僕はゾンビで、神様?のお気に入りらしい。


自殺は地獄逝きだけど、僕の場合は他人の為に死んだから救済処置としてゾンビになって地上で生きることを許された。

なにが救済なんだか解らないけど、あの世からは兄弟と同じ時期にまた戻っておいでと言われてる、そしたらまた六つ子で生まれてこれるんだろか?

僕はこんな姿になるよりは成仏してカラ松兄さんの子どもとして生まれ変わりたいと思ってたんだけど、神様?にそんな予定はないと言われた。

あの人は結婚できないのか、できたとしても子どもはいないのか、そう思うとなんだかかなしくなって、なんだか安心してしまった。



「あ゛ーーあ゛ーー」


言葉にならない声で鴉に野生の花が咲いてるところを教えてほしいと言ったら、案内するから付いてこいと鴉は飛び出した。

僕は気を抜くとすぐ上半身と下半身が外れてしまうから慎重に歩く、鴉は僕の前を飛んで僕が追い付くまで待っていてくれた。


「ああ゛……」


こんな冬に咲いてる花なんてどんなものだろうと思っていたら、黄色いスイセンだ。

女の子たちからたしか黄色い花は人に贈るには向いてないと聞いたことがある、十四松兄さんの色なのに不思議だ。

たしか花言葉が悪いんだっけ?

スイセンの花言葉は……


うぬぼれ

自己愛


なんだナルシストでサイコパスのカラ松兄さんにピッタリじゃない。

僕は青白い手で黄色いその花を手折ってゆく。

今日はクリスマスだ。

兄さん達になにかを贈りたい。


守銭奴で甘えん坊だった僕がそう思うのも可笑しいけど、今の僕はあの頃が信じられないくらい無欲になっていた。

食事も必要ないし、寒さも暑さも痛みも感じない、こんな姿じゃお洒落しても誰にも見せられないし、だいたいもう既に死んだ人間なんだ。

なにを望んだってもうなにも手に入らないし、手に入れても意味がないものばかりだ。


六本のスイセンを持ったところで僕は立ち上がった。

冷たい手だから持っていて萎れたりしないけれど水がないと明日までは持たない。

棲み処にしている廃墟にお酒の瓶が転がっていたのを思い出して僕は来た道を戻った。


久々に降りる街は人っ子ひとりいない、クリスマスの夜だもんね。

仕事ない人はみんな繁華街に出掛けてるか家でゆっくり過ごしてるんだろう、いいなあ。

ひとりぼっちで森の中にいると兄さん達と過ごしていた日々がとても幸せなものに思えて来るんだよね。

昔はあんなに恥ずかしかったのに、今は兄さん達と一緒に歩けない道がとても心細くて寂しい。


「あ゛」


雪が降ってきた。

この体は水気に弱いけれど、まるで僕を慰めてくれてるみたいだなって思う。

静かな住宅街の、更に人の通らない路地裏をこそこそと隠れながら僕は我が家を目指した。


僕は一年半ぶりくらいぶり我が家の前に立っている。

誰にも見つからないようにって気を張ってたから疲れてしまっていたし、久しぶりに見る家にノスタルジックを感じてしまったのかな?

流れる筈もない涙のかわりに緑色した血が目から零れ落ちてゆく。


一階も二階も電気が既に消えていたから皆きっと眠ってしまっているんだろう。

十四松兄さんは今年もサンタを待ってたのかな?一松兄さんは今年もこっそり十四松兄さんの靴下にプレゼント入れてるのかな?

おそ松兄さんとチョロ松兄さんは相変わらずカップルに呪詛を唱えてそうだしカラ松兄さんは……


(カラ松兄さんは、どう過ごしたの……?)


去年のクリスマスは僕が死んじゃった最初の年で多分お祝いどころじゃなかったと……思いたくて、そっとしておいたけど、今年はもう二回目のクリスマスだ。

きっと落ち着いて例年通りのクリスマスを送っていたんだろうけど、少しは僕のこと思い出してくれたかな?兄さん達ちょっと薄情なとこあるから心配。

一番薄情だった僕が言うのもなんだけど、でも僕だって兄さん達の誰かが死んだらきっと毎年ううん毎日その人のことを思い出すよ。

カラ松兄さんがあの時死んでたら、後を追っていたかもしれない――そうなる前に自ら命を絶ったのだけど……その結果カラ松兄さんが助かったのだから本当に良かったって思う。

カラ松兄さんは自分の為に僕が死んだと思ってるかもしれないけど、違うよ。

僕がしたことは全部僕の為だよ。


“うぬぼれ”も“自己愛”も僕の方がピッタリの言葉だ。

玄関の前にスイセンの六本ささった酒瓶を置いて庭に入って行った。


ベランダを見上げる、あの向こう皆もう眠っている。

寝る前にプレゼント交換したのかな?今年もみんなAVだったら少し面白いんだけどなあ。

なんでもいいや、今年も彼女はできなかったって聞くけど五人そろってそれなりに楽しく過ごせたんだと思う。

今日の憂鬱なんて忘れてさ、明日からまた穏やかに安らかに年を越してゆけたらいいよね、兄さん。


そしていつか幸せなクリスマスが訪れますように


「カラま゛つに゛ぃさん゛」


濁音だらけの声で、愛しい人の名前を呼んだ。

今まで何度呼んだか解らない、小さいころはコンビを組んでいたからきっと兄弟の中で一番呼んでる名前、それはつまり世界で一番呼んだ名前。

これからも僕はカラ松兄さんの名前を呼び続けるから、きっと兄さん以上の人は一生現れないよ……兄さんは違うだろうけど


「だい゛すき」


カラ松兄さん

カラ松兄さん

カラ松兄さん

……ねえカラ松


「あ゛いしでる……」


ぽとりと緑の涙が庭に落ちた。

皆の家を汚してしまってごめんなさい。

でも、もうこれで最後にするから、許してね。

皆が死ぬとき、また会おうね。


「ざよう゛なら……」


“メリークリスマス”


最後に唇だけそう動かして、僕は庭を出ようと足を一歩踏み出した。


――んだけど


「十四松!!確保!!」

「いえっさ!!」


聞き覚えの有る声が暗闇の中に響いた。

次の瞬間、僕の首元に勢いよく何かが絡みついてきた。


「ぎゃあ゛ぁぁぁああ゛!!」


首を絞められている痛くも苦しくもないけど、やばい胴体が裂けるかもしれない。

この体上から引っ張られると弱いんだよメッチャ!!


「や゛めでに゛いさん!!」


ギブギブと十四松兄さんの腕を叩くけど放してくれない。


「もげるもげるもげる!!ってもげたぁああああ!!!」


腰のところから上半身がぽっかり外れて、首を絞めていた十四松兄さんごと僕は後ろに離れた。

やばい、十四松兄さんが汚れちゃう!!っていうかこんなグログロしいとこ兄さん達に見せらんない!!

驚いて緩められた手を抜けて僕は急いで下半身の所に這って行こうとしたんだけど……


「……」


その姿を四つの懐中電灯で照らされた。


「あ゛」


驚いたあと、フッと笑うおそ松兄さん。

僕の姿を痛ましそうに見るチョロ松兄さん。

グッとなにかを耐えるように唇をかみしめた一松兄さん。


そして……


「トド松!!」


僕に駆け寄り抱き締めたカラ松兄さん。


「トド松……トド松……トド松……」


醜い姿になってしまった僕を強く抱きしめて何度も名前を呼ぶカラ松兄さん。


「最初家の前に誰かいる気配がしてさ、みんなで裏口から出て様子を見てたんだ」

「近付いたらお前によく似てる奴が泣いてるじゃん」

「でもお前はもう死んでる筈だから誰かの悪戯かもしれないって思って」

「本物かどうか解るまで隠れてたんだよ」

「でもさっきの台詞でお前だって確信した」


“カラ松兄さん大好き愛してるさようなら”


あんなことを言うのはトド松しかいないと、兄さん達は言った。

呆然とそれを聞きながら僕はハッとする!!


「はな゛れで!!」


こんなゾンビにくっ付いてたらカラ松兄さんの身体に毒だ。

他の兄さん達だって同じ、あんまり僕の傍にいたら兄さん達までゾンビになってしまう。

ガラガラの声でそう説明するのにカラ松兄さんは全然力を緩めてくれない。


「イヤだ、放したらお前また何処かへ行ってしまうだろう」

「……」


心細そうな声を聞いて僕も縋りつきたくなるけど我慢して首を振った。

兄さんまでゾンビになってしまったら僕はなんの為に死んだのか解らないじゃない!


「に゛いさん、ずきぃ」


好きだからお願いだから、ちゃんと人間として生きて


「じあ゛わせにな゛ってぇ」


ボロボロと緑の涙が落ちてカラ松兄さんの肩を汚してく。

切り離された胴体から内臓がはみ出す、腐敗した指先が兄さんの服に擦れて削れてゆく、僕の身体は元に戻るんだけど兄さんの服は汚れたまんま。

それがとてつもなく嫌だった。


「俺の幸せは……もう一年以上前に無くなってしまった」


少しだけ抱き締める力を緩めた兄さんは顔を少し離して僕の顔をじっと見つめてそんなことを言う。


「え゛」

「気付かないのか?」


兄さんの表情は薄暗くて、よく見えないけど瞳は月に照らされて少し青い光を帯びていた。

そうか、今日は満月だったっけ?ととりとめのない事を考える、雪が降っているのに月は見える。


「俺を幸せにしてくれるのはお前の存在なんだよ、トド松」


そしてもう一度、抱きしめて僕の頭を撫でながらカラ松兄さんは嬉しそうに言ったんだ。



「俺もお前が大好きだ、愛してる」




十二月二十五日、午前零時――どこかの教会で鐘が鳴った。





END


ゾンビ松かわいいけど濁点が面倒くさい



スイセンの花言葉には「もう一度愛してほしい」「私のもとへ帰って」「報われぬ恋」「愛に応えて」「感じやすい心」「気高さ」ってのもあるそうです