灌ぐなら奇跡を
一年と数ヵ月前。 カラ松が病室で目を覚ました時そこにいたのは両親と長男おそ松だけだった。 自分の身に何が起きたのか解らないカラ松に父はゆっくり説明してくれた。 自分がとても珍しい心臓病に掛かったということ、心臓を移植され助かったということ、今はまだ動かない方が良いということ。 カラ松も夜中に突然左胸が痛みだし隣に眠るトド松に助けを求めたことはおぼえている、誰かが救急車を呼んだという声、しっかりしろと励ます声、トド松の手を握りしめて……そこから記憶が曖昧だ。 ただ生死の境をさ迷う中で一人の女神に逢う夢を見たことは覚えている、顔は思い出せないが体つきからして男性だったのにカラ松は何故かあの人が女神だと思っていた。 女神はあの時カラ松に何かを訊ねて、カラ松は何かを答えた気がする、それを聞いて女神の口元が弛んだ。 最後に女神の口は“待っていなさい”と動いた……妙な夢だった。 「他のみんなはどうした?」 そうカラ松が聞くと母は家で待っていると教えた。 あまり騒ぐから病院に面会は少数ずつにしてくれと頼まれたのだと言うとカラ松は笑う。 「そうか、助かったのか……ドナーになってくれた人のおかげだな」 「ああ……お前に心臓をくれた人の分まで、しっかり生きろ」 父がそう言うと母も横でうんうんと頷いた。 その翌日から兄弟が見舞いにくるようになったが、だいたいは長男か三男だけだった。 四男と五男は一度だけ来てカラ松の元気そうな顔を見るとすぐ帰っていったし、六男はメールもしてこない。 「薄情だな」 「いやアイツもお前のこと心配してるよ」 「ただお前の弱った姿なんか見たくないんじゃないか?今はツッコミもできないし」 「今はって……」 けれど退院し家に帰ればあのドライモンスターも少しは優しく接してくれるかもしれない、そう思うと笑顔が零れた。 「そうそう、トド松はお前が笑ってくれてた方が嬉しいって」 目覚めて以来、家族から言われてきた言葉の意味を知ったのは、すっかり回復しこれならいつでも退院できると言われた日のことだった。 カラ松の前に父と母と四人の兄弟たちが並び、真実を伝えたのだ。 ――いまお前の胸にある心臓はトド松のものなんだよ 69 69 69 69 69 69 69 69 それから二回目のクリスマス、ゾンビになってトド松が帰って来たのを捕まえて、カラ松はその下半身を何処かへ隠してしまった。 おかげで這うか誰かに抱き上げられて移動するしかなく、これでは死んでからずっと住み処にしていた森の廃墟に戻れない。 (どうしよっかなぁ) ゾンビの体は普通の人間にとって毒だ。 あまり触れ過ぎるとその人までゾンビにしてしまう、だから神様から人里に降りることを禁止されていたのに、クリスマスだからと特別許されたあの夜、兄達から捕まえられてしまった。 トド松は六人の部屋の隅に置かれたタライの中でどうやったらこの家から逃げ出せるか考えていた。 よく原理は解らないけれど鴉曰くあの廃墟には結界?が張ってあって人間は入ってこれないらしい、なんだかファンタスティック過ぎて付いていけないけれど自分がゾンビになった時点でファンタジーなので深く考えないことにする。 逃げ出すなら今だろう、長男三男四男五男は普通に出掛けているし、いつもトド松を見張っているカラ松は限定のケーキを買う為に出掛けて行った。 トド松は食物はいらない体なのだけどクリスマスの夜、兄弟達がトド松に供える用にとっておいたというクリスマスケーキを食べ、一年以上ぶりのケーキの味に感動し「お゛いじぃよ゛ぉ」と泣いてしまったせいで毎日ケーキばかり食べさせられるようになってしまった。 そろそろ兄がケーキ代で破産するんじゃないかと不安なのだけど、カラ松はその時間がないとずっとトド松に付きっきりでいるので買わなくていいとも言えない。 ゾンビが感染するからなるべく近寄らないでほしいとトド松がお願いし、泣き落としのような形で承諾してくれたカラ松だったが、日がな一日トド松を見れる場所で筋トレをし、メンズファッション誌を読み、ギターを弾き……鏡に注いでいた視線をトド松に注ぎ外出をしない以外は以前と変わらぬ生活をしていた。 もしカラ松が真面目に働いていた人なら罪悪感も湧いたかもしれないが、元々ニートだったので特にその事は気にならなかった。 ただこのままトド松がいればカラ松に一生自堕落な生活をさせてしまうかもしれないと思うと両親に申し訳なくなってくる、今は快く家に住まわせてもらえているがゾンビがずっといる家なんてイヤだろう。 (カラ松兄さんどうして僕なんて好きになっちゃったんだろ?……同じ顔した男だよ?) 一応命の恩人なので特別に想われたって仕方ないとして、何故それが恋愛感情に繋がってしまうんだとトド松は不思議に思う、見事なまでに自分のことを棚上げしている。 と、そこへ…… 「カァー!」 ゾンビになって以来なにかと付き合いのある鴉が窓を器用に開けて入ってきた。 トド松が「あ゛」と声を上げる前にその鴉はポンと音を立て白い煙に包まれた。 煙くもない、どこか甘い匂いのする煙が晴れ、だんだんと中から影が現れてくる。 「おーおー?良いザマじゃん?」 「あぐまに゛いざん」 煙が完全に晴れるとコウモリみたいな羽と細い尻尾をつけたスーツの男がそこに立っていた。 トド松はその男を相変わらずおそ松兄さんにそっくりだと思った。 (ってことは僕にもそっくりなんだけど、この悪人面は悪だくみしてる時のおそ松兄さんそのものだ) 「お前なんか失礼なこと考えてない?」 「う゛うん!!がんがえでな゛いよ゛」 ちなみにトト子にそっくりな悪魔もいる、助けられるならそっちが良かったとトド松は思う。 「だすけに゛ぎでくれだの?あぐまに゛いざん」 おそ松に似ているから「悪魔兄さん」と呼んでいるのだけど濁点だらけでは聞き取りにくい。 「んー?別に」 「べづに゛っで……」 「お前の兄弟がどんな奴らか見てやろうと思ってさ」 そう言って嗤う悪魔にトド松はビクッと震える。 ここ一年自分には危害を与えてこなかったが、この人は悪魔なのだ。 「兄さんだぢに゛なにがずる気?」 「俺がなにかする気だったらどうすんの?」 「やめで!!」 トド松が叫ぶと、口の中から腐った血が吐き出された。 自分の嘔吐物でごぼごぼと窒息しそうになっているトド松を「汚ねえなぁ」と悪魔は嘲笑した。 「ぼ……僕な゛んでもする゛がら、兄さん゛達に手出さな゛いで」 「えー?なんでもっつったってさぁ、お前にはもう捧げる心臓もねぇし、ゾンビの体なんて俺いらねぇし」 「お゛ねがい!!あ゛の世に゛行っだあどに好きに使゛ってい゛いがら!僕役に立づよ?悪魔゛の仕事だっで出来るし」 必至に言い募るトド松を見て悪魔はクスっと笑って、トド松の前にしゃがみこんだ。 「ばーか、冗談だよ……言ったろ?お前はおやさしい俺の女神様に気に入られてんだって」 「え゛……?」 「助けてやんよ、今回は特別タダで」 まずはお前の下半身見つけなきゃなーーと家の中をキョロキョロと見回しだした悪魔にトド松は暫く呆然とした後。 部屋を出て行こうとするその後ろ姿に声を張り上げる。 「まっで!……ごごをでるま゛えに」 悪魔が振り返るとトド松は今にも泣きそうな顔をして、縋るように自分を見ていた。 「み゛んな゛の記憶゛から僕を消しで」 「は?」 何を言ってるんだと悪魔が眉を顰める、しかしトド松は思うのだ。 カラ松達は自分がいなくなればきっと探し回る、結界の力で見つけ出せなくてもトド松が見つかるまでカラ松は探し続けてしまう。 そんな人生を棒に振るようなことはさせたくない、彼が幸せになってくれなければ自分が何の為に心臓をあげたのかわからないじゃないか。 「最初から六男な゛んでい゛ながっだ事にじで」 すると悪魔は心底呆れた顔をしたあと、低い声を出してこう言った。 「駄目だ……人の記憶を操るのは悪魔であってもやってはいけない禁忌なんだよ、だいたい最初からいなかった事にされるのがどんなにツライことか解ってないくせに、簡単に言うな」 「簡単じゃな゛い゛!!ぼぐだっでカラ松゛にいざんに忘れられだくない゛!!」 ずっと考えていたんだ。 「ぼぐが来てがら兄さん嬉じぞうに゛しでくれでるけど、時々ずごくツラそう゛なの゛!!笑っでくれる゛げど心からじゃな゛い」 正確に言えば嬉しいと思う心の裏に拭いきれない哀しみや罪悪感があるのだろう。 「ぼぐだってでぎるならカラ松に゛い゛さんと一緒にいだいよ?でもぼぐの存在が兄ざんを苦じめるなら忘れられだほう゛がマシ」 「……それなら……なんでアイツに心臓なんてやったんだよ、お前がアイツの為に死ねばアイツが苦しむのくらい解ってたろ」 「そんなの゛……あ゛のとぎは考えられ゛ながっだ……」 今であればカラ松も自分と同じように兄弟の死んだところなんて見たくないだろうことは理解できたるけれど、あの時はそこまで冷静でいたわけではない。 昔、幼い頃おそ松が事故で洞窟に閉じ込められた事があったのも、その時の様子も憶えている、あの時は兄弟全員発狂してしまいそうだった。 おそ松はちゃんと帰ってきてくれたがカラ松は死んだら二度と帰ってきてくれない、きっとあの時以上に耐え切れる気がしない。 そうなった時にきっとマトモじゃいられない、後を追おうとして兄弟に迷惑をかける……今考えたらそう思けれど、あの時はただ、ただ、カラ松が死んでしまうのがイヤだったのだ。 トド松は大好きな兄が助かるなら自分が死んでもよかった。 カラ松のいない世界でなんて生きていたくはない、あの時はその一心だった。 「……そっか」 そうやってトド松が自分の気持ちを正直に話すと剣呑だった悪魔の目線が少し和らいでゆく。 「この世に生まれたからこそ、悲しいってこともあるんだな」 悪魔はそう言ってトド松を抱き上げ、そして優しく語り出した。 「俺な、ずっとお前ら兄弟のこと嫌いでお前が死んだ時も女神様はどうしてお前なんかを助けようとしてんだ?って思ったけどさ、一年以上ずっと傍で見てたらさ情が移っちまったみたい」 「……?」 「ゴメンな、実はお前がゾンビになっちまったのって俺がお前を助けるのを渋っちまったからなんだ……お前みたいなクズの為に女神様の大事なもんやるのもイヤだった」 「あ゛ぐま兄さん?」 どうしたの“兄さん” 耳元に響く、声、生まれてからずっと見ていたけれど、こんな風にあどけなく兄を呼ぶのだと知ったのは最近。 ずっとこの家の兄弟達は悪魔の自分よりもクズで、駄目で、欠点しかなくて、人間の情なんてもの一欠けらもないように見えていたのに、実際こうして接していれば愛情深い人間だと解ることができた。 女神はきっと最初から解っていたのだなと思って悪魔は笑う。 「今よりマシな姿に戻してやるから、コイツに下半身返してやってくんない?」 トド松が「え゛」と声を出す前に悪魔は指パッチンと鳴らし、その次の瞬間襖が此方へ倒れて、兄弟五人が部屋の中へ雪崩れ込んできた。 おそらくファンタジーな能力で結界を張っていたのだろうなと思いつつ、今までの会話がどこまで聞こえていたのか気にかかった。 「トド松ぅぅう!!」 「だがらぁくっづぐなっでい゛っでるでじょー」 「痛てててて……」 悪魔ごと十四松に飛び付かれハタ坊みたいな声を上げるトド松。 巻き添えで吹っ飛ばされた悪魔は苦笑を浮かべている。 「こら十四松あんまり抱き付くと内臓はみ出るだろ」 と、チョロ松が十四松に声をかけている間におそ松と一松は悪魔を取り押さえていたが特に抵抗は見られない。 「あ、ごめんトド松」 「……う゛ん、いい゛よ」 十四松から開放され床に降ろされたトド松は、無意識にカラ松を探した。 そんなトド松と目が合ったカラ松は優しく微笑むとふわりとその体を抱き締める。 本当にどこから聞かれていたのか解らないけれど、きっと最後に悪魔の言った言葉はこの兄の耳にも入っているだろう。 カラ松がその意味をきちんと理解してくれているか解らないから、簡略に説明してやろうと口を開いた。 「カラまづ兄ざん……ぼぐね……この家に゛いでいい゛みだい」 先程の悪魔の言葉を信じるなら、自分はもうゾンビではなくなる、そしたらずっとカラ松と一緒にいられる。 今度こそ本人の目を見て直接伝えることができるんだ。 ――好きだって 「ああ、お前がどんな姿であってもいてもいいぞ」 「う゛ぅぅぅ゛」 良かった、喉が掠れて酷い声だったけれどカラ松にちゃんと伝わってくれた。 堪らずカラ松に抱き付いて泣き出すトド松を見やり、チョロ松は「ちょっと下半身持ってくるから待っててね」と言って部屋から出ていった。 そして、そんな彼の代わりにへやの窓をこんこん開く者が現れた。 「「「へ?」」」 おそ松、一松、十四松が窓の方を見て目を丸くさせる。 月桂冠を被り白い布をきたびしょ濡れの男が窓を開けて勝手に部屋に入ってきたのだ。 しかも、顔はチョロ松そっくり(つまり六つ子全員に似ている) 「おじゃまします」 「めがちゃん!」 チョロ松にそっくりな男を呼んだのは悪魔だ。 「え?誰?」 おそ松が首を傾げながら訊ねると、その男はおそ松の方を見て一瞬顔を赤らめた。 「近くで見ると本当デビくんそっくりですね」 「え?」 「あっ突然すみません、私、女神です」 女神と名乗る女神は床を濡らしながら、おそ松や一松の方へと歩いてきた。 「これ、お土産のゼリーです。よかったら召し上がられてください」 「はぁ、どうも」 風呂敷に包まれた箱を受け取る一松。 すると取り押さえられていた悪魔がするりと拘束を抜け、女神に近寄った。 「めがちゃんのゼリー?俺も食いたいー」 「デビくんの分はちゃんと冷蔵庫の中に入れてありますからね、帰ってから一緒に食べましょ?」 「わかった!めがちゃんのゼリーは世界一だから楽しみだな」 「もう!デビくんは口が上手いんですから」 「本当のことだって」 いかにも悪人顔をした悪魔といかにも善人顔をした女神が仲睦まじく喋っている、というか冷蔵庫があるような家に住んでるのかこの二人。 「あぐま兄ざんとめ゛がみ兄ざんはい゛ づ見でもなが゛よしだね」 カラ松の腕の中からひょこっと顔だけ向けたトド松が呆れたように「悪魔兄さんと女神兄さんはいつ見ても仲良しだねぇ」と言っている、それを正確に聞き取った他の兄弟はツッコミを入れた。 「悪魔兄さんと女神兄さんてなんだ?」 「女神なのに兄さんなの?」 「兄さんなのに女神なの?」 すると女神が笑ってその辺は気にしないでくださいと言った。 「さて、デビくん?もう納得してくれました?」 「……うん、本当はトド松なんかにやりたくないけど、仕方ねえなって」 「トド松なんかってなんだよ」 と、カラ松が苛立った声を出した時、チョロ松がトド松の下半身を抱えて戻ってきた。 「お待たせ……って、なんか増えてる?」 「おかえりなさい、そしてお邪魔してます」 「よし、下半身もきた事だしさっさと始めてさっさと帰ろう?めがちゃん」 「そうですねデビくん」 部屋に戻るといきなり人(しかも自分そっくり)が増えていて、それが兄そっくりな人と至近距離で囁き合っているのを見たチョロ松は「なんだこれ」と首を傾げるばかりだった。 一方先程から自分とチョロ松そっくりな二人に仲睦まじさを見せつけられているおそ松は心底ウンザリしたような声で訴えた。 「あのなお前ら距離近いんだよ、人ん家なんだからもうちょっと遠慮しろよ……男同士でムサ苦しい……」 しかしそれに反応したのはトド松だった。 「え゛!?」 「いや、カラ松とトド松はいいんだぜ?ただ目の前で自分と同じ顔した奴らにベタベタしていられるのは勘弁だなって」 「……俺達も同じ顔なんだが」 「ああもう面倒くさい!!いいよもう!!好きにくっついてろよ!!」 カラ松まで不安そうな顔をするので、そう叫んで溜息を吐くおそ松。 いつもお気楽な長男が珍しく頭を抱えているので心配になったのかチョロ松が傍に近寄り「大丈夫?」と声を掛ける。 「うん、大丈夫だ……お前も頑張れ」 「え?何を???」 それから五分としないうちにチョロ松はおそ松の言葉の意味を知ることになる―― 「はい、準備完了です!おつかれさまでしたデビくん」 「めがちゃんの為なら朝飯前だぜ!」 おそ松とチョロ松に似ている悪魔と女神が(本名は知らないが恐らく)変なあだ名で呼び合っている姿というのは正直精神にクる。 しかし他の兄弟達は特に気にしていない様子を見てチョロ松は先程のおそ松のように頭を抱えた。 順応性が足りていないわけではないと思いたい、だってたとえば自分と長男が語尾にハートが飛んでいそうな甘い声で「おそくん」「チョロちゃん」と呼び合っていたら変だろう? 唯一の救いは悪魔と女神が恋人や伴侶という関係ではないということだ。 「はい、じゃあトド松はここに来てください」 「う゛ん……」 悪魔が杖で描いた光の魔法陣の中央で女神が呼ぶ、下半身と上半身を繋ぎ合わせたトド松は素直にソチラへ歩いていった。 一松と十四松が魔法陣を興味深深といった様子で見ているのに対し、おそ松とカラ松とチョロ松は真剣にトド松の身を案じていた。 「カラ松も一緒に此方へ」 「え゛!?な゛んで兄ざんも゛!?」 「大丈夫ですよ、危害は与えませんから」 「……」 怪訝な表情で自分を見詰めるトド松に、女神は女神なのに聖母のような微笑みを浮かべた。 そうしている間にカラ松も魔法陣の中に入り、一歩一歩二人の元へ近づいてゆく。 その過程で思い出した。 一年以上前のこと、生と死の境を彷徨っていた時分が出逢った女神は、あんな風に微笑んでいたのだ。 あの時カラ松は緑色のけして綺麗とは言えない泉の渕で、なにも考えず呆然と立っていた。 暫くすると水面から光が放たれ水の奥から一人の女神が現れる、どう見ても男の骨格をしていて自分のすぐ下の弟に似た顔つきをしていたのにカラ松はそれを“女神”だと一瞬のうちに理解していた。 『貴方が落としたのは、桃色のトド松ですか?黒色のトド松ですか?』 女神の問いかけにカラ松は表情ひとつ変えずに考える。 トド松は一人しかいないし桃色やら黒色やらと言われてもよく解らない、けれどそれが両方トド松ならどちらかを選ぶことなんて出来ないだろう。 『いいや俺はどちらも落としていない、けれどどちらも俺には必要なものだ』 だから、そう答えるカラ松。 すると女神は嬉しそうな微笑みを浮かべ、自らの胸に手を当てて其処から光輝くなにかを生み出した。 『わかりました、正直者の貴方には全てあげましょう……ただし今すぐには無理です』 それは青い植物の種に見えた。 女神がカラ松の胸にそれを押し付けると、感覚もなく胸の中に入り込んでいく。 『だから、待っていなさい、ね』 そこからの記憶はない。 気付くとカラ松は病院のベッドの上にいた。 自ら触れた胸では新しい心臓が鼓動を鳴らしている、トド松がくれた大事なものだった。 カラ松はゾンビになって帰って来たトド松の横に立ち、女神へと語り掛けた。 「夢で逢った女神はお前だったんだな」 痛い口説き文句のようなソレにトド松が眉を顰めたのを見て苦笑する。 以前であれば己は気付かぬうちに弟を傷付けてしまっていたのかと感じる所であったが、今は少しだけ理解できた。 トド松のこれは嫉妬と不安の表れだと、ならば安心させてやらねばならない。 「あの時、お前は俺にトド松をくれると言った……嘘じゃないよな?」 「ッ!?」 血の気の引いた顔色をしたゾンビが、目を零れんばかりに開いてカラ松を見る。 「ええ、約束を果たしにきました」 女神がカラ松の左胸に手を翳す、するとカラ松の胸が小さく光を放つ。 驚いたトド松が思わず女神の手を掴もうと手を伸ばすがそれを制止したのは悪魔だ。 「大丈夫だから、よく見とけ」 こんなとき長男と同じ声は反則だと思う、女神が三男と同じ声なのも反則だ。 どんなに心もとない言葉であっても信じてしまうではないか、トド松は本当の長男と三男にも騙されてばかりだったけれど、土壇場で頼りになるのはやはり五人の兄達だったから。 その兄に似ていれば悪魔でも女神でも信じてしまうのだ。 「本当によく、育っていますね……」 こんな短時間で、凄いです。 女神は感心したように言って、手をゆっくり引き戻していく。 するとカラ松の胸の中から、青い大輪の薔薇が生まれてきたのだ。 (きれい……) 思わず見とれるトド松の方を向いて女神は「これはカラ松の貴方への愛情で育ったものですよ」と教えてくれた。 カラ松が自分に向ける感情はこんなにも輝いているのかと、トド松は小さく息を吐く。 自分の感情も、これと同じくらい綺麗なものだったらいいのに―― 「デビくん、トド松の身体を元に戻してあげてください」 「はいはい」 悪魔が何かを唱えると足元からトド松の身体は血の気を取り戻していった。 肌艶も体温も徐々に戻っていくのを感じながら、トド松は永遠のように長かったこの一年数カ月を走馬灯のように思い出す。 走馬灯なんて普通は死ぬ前に見るものなのになと、目を綴じながら思う。 「これは元々、私の心臓になる筈だったものです……だから、きっと貴方の身体にも合うでしょう」 「え?」 女神の言葉にハッと目を開いたトド松は、その深淵のように深い緑色と目が合った。 彼は両手で大事に抱えた青い薔薇をトド松の左胸に押し当てながら頷く。 「大丈夫、私にはデビくんがいますから」 ――とってもとっても幸せなんですよ あたたかい言葉が、薔薇と一緒に胸の中に響いたのを感じた。 69 69 69 69 69 69 69 69 全てが終えると魔法陣が消え、部屋の中にいつもの穏やかな雰囲気が戻ってきた。 「って、なんで裸なわけ!?」 と、腐っていない身体に戻れたはいいが全裸姿のトド松が部屋の中央でカラ松の背に隠れながら女神に抗議する。 後ろにいる他の兄弟から尻が丸見えだったが、カラ松が後ろ手でどうにか隠す。 「今まで着てた服じゃ汚ねーだろ?いいじゃん兄弟しかいないんだから」 すると悪魔はしれっと答えた。 というか、これはトド松は生き返ったと思って良いのだろうかと悪魔と女神以外は訝しげに考えている。 だがまあ今は可愛い末弟に服を提供するのが先決だとチョロ松は口を開いた。 「トド松の服は下着以外は形見分けしたから残ってるよ、とりあえず下着は新品の出してあげる」 「ええー?チョロ松兄さんクソダサいブリーフ?」 カラ松の背中にぴたりとくっ付いたまま顔だけ振り返りトド松はいやそうな顔で言った。 「文句言うならノーパンで過ごしてもらうよ?」 「いや、それは駄目だ……俺のでよければ貸すが……」 「うーんカラ松兄さんの使用済みか……チョロ松兄さんのよりはマシかもしれないけど」 「ねえ僕に対して失礼じゃない!?折角親切に言ってやってんのにさ!!」 そんな三男を無視し、長男は四男に話しかけた。 「トド松が着てたパーカーたしか十四松が持ってたよな?」 「うん、ズボンはたしかたしか一松兄さんが痩せたら着るって言って持ってった」 代わりに五男が答えると、六男は四男の身体を上から下までゆっくりと眺める。 「一松兄さんもカラ松兄さんみたいに鍛えれば格好良くなるのに……」 「ねえ俺に対しても失礼じゃない?ていうか何気に惚気た?今」 一松にジト目でつっこまれ、今のは遠まわしにカラ松は鍛えていて格好良いと言ったようなものだと気付いたトド松は誤魔化すように慌てて口を開いた。 「洋服買いに行かなきゃ……ああでも一年以上経ってるから流行変わってるよね?服買いに行く服がない……」 通販するしかないのかなぁと呟くトド松に、女神は首を傾げた。 「というか貴方お金を持っていないのでは?」 「そんなの僕の保険金下りた筈だし、それ使わせてもらうよ」 すると今度は悪魔が訊ねる。 「え?自殺で保険金って下りるのか?」 「たしか保険金目的じゃないなら下りるんじゃなかったっけ?ねぇチョロ松兄さん僕の保険金どうだった?」 「下りたけど……なんでこんな時に生々しい話してんの」 流石はドライモンスター、自分の死に対してもシビアだと兄弟達は呆れ果ててしまった。 おそらく生き返ったのであろう六つ子の末弟に感動を覚える前に、相変わらずな様子の彼に安心して、皆その場にふにゃりと座り込む。 「今度こそ本当におかえり、トド松」 「ただいま、兄さん」 トド松もカラ松と一緒に座り込んで、ふにゃりと力を抜く。 体の向きを変え向き合う形となったカラ松が、裸の自分に目のやり場に困っているのを察したトド松は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。 「カラ松兄さん、ただいま〜」 そう言って正面からカラ松に抱き付いた。 「……」 (あれ?反応薄いな……) 慌てて取り乱すと思った兄が微動だにしないことを不思議に思っていると、斜め上に立っている悪魔から「お前天然の性悪だな」と言われてしまう。 悪魔に性悪呼ばわりされるなんて心外だが、彼には恩があるので怒らないでおこうとトド松は我慢する。 「死んだ当時の身体に戻っただけだから、頭の傷と胸の手術痕は残ってるけど、まあそれは勲章だと思っとけ」 「……うん、そうだね」 カラ松に回していた手で頭を撫でる、これは大好きな兄を救おうとして負った傷、普段から帽子を被れば隠せるし、胸の手術痕はカラ松とお揃いだと思えば悪くない。 「無くなってしまった籍までは戻せませんが、六つ子ですから他の兄弟の振りをすれば外出や仕事もできますよ」 六人揃っては出歩けませんけど……と申し訳なさそうな女神におそ松は「気にすんな、お前は充分なことをしてくれたんだから」と軽く声を掛ける。 「デビ……じゃない、おそ松やさしいっ!ありがとうございます!!」 悪魔によく似た顔と声で優しく話しかけられたからか彼は一瞬嬉しそうに頬を赤らめた。 おそ松はそんな女神をちょっと可愛く思ったりもしたが、なんだか悪魔が恐ろしいので黙っておくことにする。 「トド松も、皆の中から記憶を消して最初からいなかったことにされるのに比べたら、籍が無くなってるくらいどうってことないだろ?」 あっけらかんとした声で長男が言った台詞で、トド松はビクッと体を震わせる。 その時点から兄達に悪魔との会話を聞かれていたのかと想像して背中にツーーと汗が流れていった。 「……」 抱き付いている兄からも不穏な雰囲気が放たれて出したのを感じトド松はそっとカラ松から離れようとするが、それは叶わなかった。 カラ松の逞しい腕に捉えられ、身動きが取れなくなる。 「とりあえず悪魔さんと女神さん?お礼もしたいし色々聞きたいお話もあるんで、下でお茶でも飲んでいきませんか?」 無言で固まっているカラ松とトド松を無視するようにチョロ松が悪魔と女神に話しかけている。 トド松の心境としては「やだ!今カラ松兄さんと二人きりにしないで!!」「誰か助けて!!」だけれど、兄達はそう優しくなかった。 「よかったら夕食もどうぞ」 人見知りの筈の一松も気軽に話しかけている、おそ松とチョロ松に似ているからだろうか。 「え!?いいんですか!!よかったですねデビくん!久しぶりにお肉が食べれるかもしれませんよ!?」 「そうだな!まあたとえ野菜と魚ばっかでも俺はめがちゃんの手料理が一番だけど」 「デビくん……」 「めがちゃん」 と、再びイチャつきだした悪魔と女神に(カップルではない)おそ松とチョロ松が多大なダメージを受けている。 十四松だけは「じゃあ夕ご飯までに降りてきてねー」とカラ松達を無視しなかったが、トド松を助ける気は毛頭なさそうだ……というかトド松が助けを求めていることに気付いていないだろう。 こうして自分達を残して全員が一階に降りてしまったのを確認したトド松は…… 「せめて僕の着る服は置いてってよ!!!」 そう現実逃避に走るのだった。 END 最後までお読み頂きありがとうございます しれっと人間が生き返っちゃったけど、もともと倫理的に問題ある話だったのでいっかと思います このシリーズ六つ子が八人で生まれてくる筈だった設定をお借りしていたなと思い出しまして折角だからデビおそとめがチョロを生まれて来れなかった兄弟ってことにしてみました 見た目と性格はおそ松兄さんとチョロ松で、魂も二人に極似しているっていうか、おそ松とチョロ松と魂を共有してる者みたいな感じです そんなことよりデビ&めがが仲良すぎて途中からそっちの方が気になりました(自で書いといて) トト子ちゃん似の悪魔は女神の使い魔で女神が一番かわいいと思う異性の姿と性格をしてるってだけです(にゃーちゃんではないのがミソ)魚に変身できます 最初「デビルおそ松」「めがみチョロ松」って呼び合ってたのが「デビルくん」「めがみちゃん」て呼び合うようになって「デビくん」「めがちゃん」になったんだと思います 最終的には「デビたん」「めがみん」になるかもしれません ていうかカラトドの話の後書きがほぼデビおそとめがチョロってどうなんだろ? |