愛していない、けれど私の全て
※死ネタっぽいけど死にません



六人兄弟の三番目の子というのはなんとも中途半端な立ち位置だ。

長男であれば先頭に立つ為に生まれてきたのだと思える。

次男であれば長男を支えるために生まれてきたのだと思える。

もし三人兄弟であれば、三男も上二人を支え上二人から守られる存在へ自然となっていただろう。

しかし自分には下に三人弟がいた。

四男は下三人の中の長男のような位置にいて、しかし兄である本当の長男や次男三男には頼った。

五男は既に複数の弟のいる長男や次男よりもすぐ上の四男に懐き友人のような関係を築いた。

六弟は一番末っ子だからか皆に可愛がられていたが同時に兄達には逆らえないようなポジションにされていた。

四男が下の二人の面倒を見るように自分も上の二人から面倒を見てもらえば良かったのかもしれないが、それをするには弟の数が多すぎた。

長男が幼い頃から勝手な性格だった事や次男が自分の世界に浸りがちだったこともあって三男は何故か長男の女房的な役割をすることが多かった。


『チョロ松兄さんおそ松兄さんの奥さんみたい』


何度言われたことだろう、おそ松はその度に満更でもない顔をしていたが僕も別に厭ではなかった。

口では勿論否定していたが、おそ松の奥さんという位置は大変魅力的に感じたのだ。


僕はおそ松が好きであったし、おそ松から同じように好かれたいとも思っていた。


みんな六つ子の中で誰かが一番だとか誰も考えていないと思う、松野家が誰か一人でも欠けてしまえば機能しなくなるなんて解ってる。

誰かと誰かを天秤に掛けようとしても兄弟みんな同じ皿に乗っているんだから仕方がない。


それでも自分にとっての特別はずっと昔からおそ松だった。

おそ松にとっても自分はそうであったようで、いつからか本当の夫婦のような関係にあったと思う。

みんなの兄さんであるおそ松の相棒扱いされるのは気分が高揚したし、愛されていることで満たされていた。

ただ自分から好きだと告げたことはなかった。


僕がそれをとても後悔したのはその報せが届いてから――


「兄貴がパチンコ屋で倒れたらしい」


焦ったような次兄の声。

最初はなにかの詐欺かと思ったけれど、実在の病院名を出され信憑性が増した。

カラ松は学生時代に演技力を高める為だとか言って人間観察をしていたから鈍いように見えて相手の嘘を見抜くのが得意だ(それを知っているのは自分とおそ松だけだったけど)

両親が留守だったので兄弟だけで病院に向かうと、集中治療室の前へ案内された。



「松野おそ松さんのご家族ですね」


医者の言葉に僕とカラ松が前に出て、説明を聞いた。

一松は僕らの後ろで不安そうな十四松とトド松の背中を抱えてやっている。

医者から説明されたのはおそ松がとても珍しい心臓の病気に掛かってしまったということだ。

その病気はある日突然発病し十日と経たぬうちに心臓が破裂してしまうというもので、明確な治療法がまだ発見されていないという。

唯一助かる方法は心臓移植だが、だいたいはドナーが見つかる前に亡くなってしまう。

つまり『覚悟』をしておけと言っているのだと、僕らは気付いた。


「ふざけるな、お前医者だろ?医者なら患者を助けてみせろや」

「一松やめろ」


医者の襟首を掴んで凄む一松をカラ松が止めているのが遠く聞こえた。

僕は全身の血が全てなくなってしまったように、目の前が真っ黒になる、おそ松が、兄さんが……死ぬ?


それから両親が呼ばれ同じ説明を受けて母が泣き崩れるていたが自分はそれを呆然と見詰めるだけだった。

家族の声も医者や看護師の声も全てが上辺を滑っていくように感じる。

頭の中にあるのはこのままでは兄が死ぬという漠然とした事実だけだった。


いや、諦めるなドナーが見つかればまだ助かる可能性がある。

でもあのおそ松に合うドナーなんてこの世にいるのか?心臓が鉄で出来てるような奴だぞ?

小さい頃から色んな冒険に出掛けて、色んな困難に打ち勝ってきたのを見ている、一番近くで……僕が……


「ああ、そっか」


その答えはストンと僕の真ん中に落ちてきた。

僕の心臓なら、一番おそ松に近い。

生まれた時からずっと追いかけて、同じ時と過ごし、同じ鼓動を刻んできた僕なら。


僕はみんなのいる控え室をそっと抜け出して安全に死ねる場所を探した。

以前クズニートの自分でも誰かの役に立てるかもしれないとドナー登録をしていたのが幸いだった。

人気のない病室に忍び込んでスマートフォンにメッセージを打ち込む。

窓を開けてサッシに腰掛けそのをメッセージを兄弟に送り、もう一つ用意していたメッセージをおそ松ひとりへ送った。

此処は三階、自分の体の丈夫さから考えて頭から落ちればきっと心臓は無事だろう。

うまく脳死になるには早めの処置が必要だけど、ここは病院だから大丈夫だ。


「ばいばい、みんな」


『仲良くしろよ』


『おそ松兄さんをよろしくね』


そうメールに書いたことを頭の中で反復しながら僕は窓から飛び降りた。




69 69 69 69 69 69 69 69




目覚めた時、僕は地獄にいると思っていたのに、見えたものは病院の白い天井と点滴とカーテン。

耳に聞こえたのはピッピッという心電図の音、それに僕は深く絶望を覚えた。


「死ねなかった……」


点滴の管が刺さった手で額を押さえると頭に包帯が巻かれているのが解る、三階から落ちて体を動かせるって自分の体はどんだけ丈夫なのだと呆れた。


「あたりまえだろ」


足元の方から声が聞こえ頭を少し浮かしてみると、ひとつ上の兄がベッドに腰掛けて此方を見下ろしていた。

嗚呼やっぱり自分は生きているんだと、カラ松を見てしみじみと感じる。


「なんで助かったの?僕」

「それより先に言うことあるんじゃないのか?」

「……」


謝れ、謝ってもう二度とこんなことしないと言え。

そう瞳で語るカラ松を無視していれば、やがてハァと大きな溜息を吐かれた。


「お前の姿が見えなくなってトド松と十四松が騒ぎだしたんだ……お前が兄さんに心臓をやる気だって」

「……」

「だから皆で手分けしてお前を探して、そしたら窓から落ちるお前が見えて俺と十四松で咄嗟にカバーしたんだ」


そりゃあさぞかしカッコイイ場面だったろうなと他人事のように思った。


「お陰で俺も十四松も全身打撲と掠り傷」

「ごめん……」

「謝ってほしいのはソコじゃないんだが」


カラ松の様子を見ると打撲も大したものじゃないようで(もしかしたら痩せ我慢をしているだけかもしれないが)安心する。

それよりも、自分のしたことが失敗に終わったことをしみじみと思い知らされた。


「そっかトド松と十四松は解っちゃったか……あの二人も僕と同じだからか」

「ん?」

「アイツらも弟だってこと」


不思議そうな顔で首を傾げる次兄は、兄弟のこととなると少し鈍感なのかもしれない。


「おそ松兄さんは、まだ生きてるよね」

「ああ、生きてる」


当たり前だ。

おそ松が死んでいればカラ松はこんなに落ち着いていない。


「そのことなんだが」


カラ松が何か言う前に口を挟む。


「なあ……僕を殺してくれなんて言わないから……」


――自分で死ぬのは見逃してくれないか?

と、言えば鋭い目が更に細められた。


「本気か?」


今日はまだよく喋る方だけど、普段は口数の少ないカラ松の言葉は単純に真理だけを突いてくる。

目を閉じることで肯定するとカラ松は少し諦めたような表情をして鼻で息を吐いた。


「兄貴のことが好きなのか?」

「うーん」


改めて聞かれるとよく解らない、好きだと思っていたけれど兄を慕う気持ちに色が付いたようなものだと思っていたが恐らく違うのだろう。

そしてカラ松が聞きたいのはきっとその好意が命を懸けられる程のものかという意味だ。


「そんなの自分でもわからなかったけど、実際そうなったし、おそ松兄さん以外にあげるのは厭だし……そうなんじゃない?」

「……」

「でも、おそ松兄さんの為とか他の兄弟の為じゃないから」


おそ松は家族にとって必要な人だが、そんなのは僕も同じだと解ってるし、自分の命も同じくらいかけがえのないものだって自覚もある。


「僕はおそ松がいなくなって自分がマトモでいられる自信がないよ」

「……」


きっと狂ってしまう。

壊れてしまう。


頭の中が真っ白になって何もかもから逃げ出したくなって、世界が世界だと思えなくなって、目の前が全然見えなくなるって解ってる。

他のものなんてどうでもよくなって、結局死んだのと同じになるんだ。


「だから頼むよカラ松兄さん……僕に僕を殺させて」


搾り出すように言えばカラ松の顔が悲痛に歪む。

馬鹿な弟でごめんね、でも僕は……


「おそ松のいない世界なんて耐えられない、アイツは僕の全てだ……ッ!」


全てを失うくらいなら自分が無くなってしまった方がマシだ。



――ジャッーー!!


心の底から湧き上がった想いをぶつけたのと同時に、ベッドの横に掛かっていたカーテンが凄い勢いで開かれる音を聞いた。


「……ッ!?」


びくりと肩を揺らし、其方の方を向くと信じられない光景がそこにあった。

カーテンを握りしめる、おそ松がそこに立っていたのだ。


「え?」

「よせ、まだ動ける状態じゃない……」


呆然と見つめるだけの僕を余所にカラ松は落ち着いてよろめくおそ松を支えようと立ち上がる。


「兄さん?」


なんで、おそ松が普通の病室にいる?


ていうか、なんで動けるんだ?


「……」


フーフーと息を荒げながら僕を見るおそ松の目は、見たことのないくらい怒りに満ちていた。

いや、僕だって兄弟に同じことされたらそれくらいキレるけど、え?本当になんで?集中治療室で昏睡状態なんじゃ……

そうやって冷静に疑問を呈している僕の頭は、だけど確かに混乱をきたしていた。


「お、おい!?」


カラ松の腕から抜け出したおそ松が拳を振り上げ、僕の顔の真横に思い切り振り下ろしてきた。

耳元にドゴォという轟音が響いて、僕は目を見開く。

真正面に見えるおそ松の顔は……泣く寸前みたいだった。


「バッカ野郎ォ……」


僕の体に覆いかぶさってきたおそ松は僕の耳元で呻くような声を出した後、気を失ってしまった。

これはヤバいのではないか?


「おい!?おそ松!?ちょ!?大丈夫!?」

「馬鹿兄貴、疵口開いてないだろうな?」


カラ松がナースコールを押し、おそ松を僕の上から引き剥がした。

おそ松の顔からは生気が感じられず、僕は怖くなって何度もおそ松の名前を叫ぶ。

すると何度目かで、スッと手を挙げてコチラを見てくれた。


そのうちバタバタと足音が聞こえ看護師が病室に入ってきて、おそ松を何処かへ運んでいってしまった。


よかった……これで一安心……でも、意味が解らない。



「どういうことなの?カラ松兄さん」


心底わけが解らないといった風貌で訊ねる僕を見て、カラ松は本日何度目かの溜息を吐いた後ゆっくり口を開いた。

それからの彼は普段の彼とは比べ物になれないくらい饒舌だった。





「俺と兄さんには生まれつき心臓が二つあったらしい」


「は?」


「なんでも俺達の他にあと二人兄弟が出来る筈だったんだが母さんの胎の中で上手く分裂できずに俺達の中に内臓を残したまま亡くなってしまったそうだ」


「はい?え?はぁ??」


「それが微弱ながら機能していると検査で解ったから、おそ松兄さんがこれまでメインで使っていた心臓を取り出してサブメインで使っていた心臓に全ての血管を繋げ直したんだと、流石に今は弱っているがリハビリすればそのうち元の元気な兄貴に戻るそうだ」


「な……なにそれ?」


「信じられないか、まあそうだろうな」


「え?じゃあ僕がなにもしなくても兄さん助かってたってこと?僕あのまま死んでたら無駄死だったってこと?」


「無駄というか、おそ松兄さんに深い傷と俺達兄弟に深い哀しみを与えるだけだったな」


「うわあああああああああああああ!!ありがとう!!カラ松ほんっと有難う!!!十四松も!!」



ベッドから起き上がって叫ぶとクラリと眩暈がした。

看護師の「いい加減に静かにしてください!」という声を聞きながら意識が遠のいてゆく……




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その日の夜、僕は家族の前で深々と頭を下げて、一生分くらい謝った。

両親に僕らの関係がバレてしまったけれど、僕がそこまでおそ松を想っているのなら……と認めてくれた。

うん、それはいい、両親に対して後ろめたかったのが解消されてとても嬉しいのだが……


「おそ松が目を醒ました後が怖い……」


色んな意味で殺されるんじゃないかと思う。


「自業自得でしょ?」


一松がおそ松のスマートフォンを手の中で弄びながら言う。

取り返そうとすると他の兄弟が邪魔してくる。


――頼むから僕が送ったメッセージを消させてくれ!!


そんなことを言って聞いてくれるような兄弟なら、僕はこんなに苦労人にはなっていない。


マジ死にたい、殺してくれ……でももう一度おそ松に逢いたい。


逢ってちゃんと自分の口から言いたいんだ。



『ずっと僕は僕の生まれた意味を考えていたけど漸くわかった』


『おそ松がこの世界にいたからだよ』






END



最後までお読みくださりありがとうございます


心電図の電子音までハモる速度松が怖い


私はきっと好きなキャラにすぐに命を懸けさせる病のキャリアです

自分勝手でヤンデレ?なチョロ松が書けて満足

弟達がこんなんじゃ長男なにがあっても死ねませんね

ほんでカラ松はメインじゃなければなんか格好よく書けるって気づきました

このネタで数字松書こうかなって思ったりもしましたが、あの二人の場合どっちか一人死んだら残された方が後追いしそうなイメージでした(お前のイメージ怖い)