ふたりの、全て
『愛していない、けれど私の全て(http://ssg007.html)』の続編です。カラトド・一十四要素あり




ある晴れた昼下がりスコティッシュフォールド(本人談)と野球犬こと一松と十四松は決意したように『赤塚総合病院』と書かれた門を潜った。
これより二人が課せられたミッションを成功させるには、受付で面会の手続きをし、エレベーターに乗り目当ての階へ行き、ナースステーションでまた名簿に記名しなければならない。

それまでの間にいったいどれだけの人間と会話しなければならないだろう、きっと相手は事務的に話しかけるだけだが一松と十四松にとってはハードルが恐ろしく高かった。
学生時代はまだしも、成人してからマトモに関われたのは身内と昔馴染みと猫と今は遠くにいる女の子とクリスマスに出逢ってから何かと縁のあるカップルくらいで、ブラック工場の社長やスタバァの店員なんかは兄弟揃っていたから話ができただけで、一対一ではレンタル彼女はおろか末弟の女装とすら会話ができない二人なのだ。
でも、ここを乗り越えなければ次男と末弟の気遣いを無駄にしてしまうと二人はぐいっと顔をあげる、正直おそろいのパーカーにジャージの下と海パンで街中へ出掛けられる度胸があればこれくらい大したことない気もするがそれとこれとは別問題。
二人の持つバックに入っているのは、見舞いの品としては不釣合いな煙草ワンパーセルとおそ松の携帯だ。
これにはチョロ松が窓から飛び降りる直前に送った“遺言”が入っている、チョロ松は読ませたくないかもしれないが一度送られたものだから最初に読むのは長男だし、読まずに消す権利があるのだって長男だ。

この携帯はアレから昼間は一松が持ち歩き、夜は猫達に預けていたので他の人の手には渡っていない。

「チョロ松兄さんもお見舞いに来ればいいのにね」
「あーーでもそれが出来たら苦労はしないと思う」

第一関門の受付を抜け、エレベーターの中で他の見舞い客の影こそこそ話した。
普通にしていればどこにでもいる双子なのに、名前を口に出すだけで「チョロ松ってなんだよ」と注目されるキッカケになってしまう。

「ていうか一緒に来たらおれ達のいれる空気なくない?」
「たしかに!」

三男の気持ちを想像すると顔を合わせられなくて当然のように思う、いつもは『クソ長男死ね』なんて言っていたのに、いざとなればそのクソ長男の為に自分の心臓差し出すのだ。
これはもう普段のツンツンは嘘で内心は長男にデレデレだという証拠、それによって二人の関係が露呈し死ぬほど好きならばと両親からも認められたのは不幸中の幸いだけれど、恥ずかしくてたまらないのだと思う。
それもあるが、自殺未遂をおこし助けたカラ松と十四松を怪我させたことへの後ろめたさもあるだろう、二人はもう怒っていないが長男は確実に怒っている、怒った彼の恐ろしさは三男が一番知っていることだ。

そうこうしているうちにナースステーションを抜けおそ松の病室へ辿り着く。
大変珍しい病気を大変珍しい理由で治した彼は医師達から大変珍しがられ、治療費ゼロにするから学会で発表させてくれと頼まれた。
治療費ゼロに食いついた両親は二つ返事で了承し、長男も個室で特別待遇を受けるならと許可したらしい、そんなわけでこの病院で一番いい部屋だ。

「よぉ二人とも、お見舞い?ありがとなー」

窓辺のソファーに腰かけて携帯端末のゲーム(麻雀)をしていたおそ松は一松と十四松の入室に顔を綻ばせた。

「うん、兄さん元気そうだね」
「えー?そうでもないぜ?ふたつあった心臓がひとつになっちまったんだから前より体力落ちた気がするし」
「それが普通なんだって」

以前の化け物並みの体力は心臓が二人分あったからだと思えば不思議はない、そう思うと未だ心臓を二つ持っている次男が羨ましくもなった。

「じゃあコレは持って帰った方がいいかな?一松兄さん」
「そうだな、父さんにやろっか同じやつだし」
「わー待って!もう超元気だから!置いてって!!」

一松の持っていたバックから煙草を取り出して訊ねる十四松に一松が笑いながら応えていると焦った長男がふたりに飛びついてくる。
二人の腰に縋り付くおそ松を見て「冗談だよ」と笑った。
一度苦しむ姿を見てしまったからだろうか、この人が元気で生きてるだけでいいなという気持ちにさせてくれる。

「あと、これ」

そう言って一松が携帯を差し出すと、片手でひょいと持ち上げて「サンキューな」と言いながらベッドサイドのテーブルへ置いた。
もう少し大事に扱ってもいい気もするが、こういうところも兄らしいと思う。

「昨日はカラ松が見舞いに来て、その前はトド松と母さんが来てくれたぜー」
「明日は父さんが休みだから行くって言ってたよ」

勝手にテレビを消しながら十四松は応える、昨日父から一緒に行くかと誘われていたが、やはりチョロ松は首を縦には振らず曖昧に笑うだけだった。

「……気にすんなよ、きっとそのうち耐え切れなくなって会いにくるってーー」

二人の空気に何かを察したのか、自意識過剰なことを言ってのける長男に一松と十四松は呆れてしまう。

「自信満々でんなぁ」
「その前におそ松兄さんがココ抜け出さないか心配なんだけど」

仕事などの用事も予定もない長男は何も気にせず快適に過ごせていると思うけれどこんな母の手料理もパチンコも競馬もない場所にじっとしているなんてこの兄に可能なんだろうか。
するとおそ松は息を吐くように笑って言った。

「……お前ら俺がナース好きってこと忘れてない?」
「最低」
「最低だね!」

そこまで話すのが得意ではないボケ二人からとてもスムーズなツッコミを喰らう。

「おそ松兄さんにチョロ松兄さん任せて大丈夫かなぁ?一松兄さん」
「ま、チョロ松兄さんも同じようなとこあるからお相子じゃない?」
「お似合いだね」
「ククッ」

全くひそひそ話になっていないのに自分に背を向け肩を寄せ会う弟達におそ松は笑いを溢す、二人のひそひそ話という名のコントはなお続き、次第に長男と三男への愚痴となっていた。

「チョロ松兄さんバカだから、おそ松兄さんの心臓に嫉妬しそう」
「ほんと……同じ兄弟として生まれてくる筈だったヒトのなのにね」
「だからこそじゃない?」

おそ松とカラ松には心臓が二つずつある、母の胎内で分裂しきれなかった兄弟の名残だ。
珍しい心臓病に懸かった彼はそのおかげで心臓移植せずにすんだのだが、チョロ松は長い間自分の相棒と同じ身体を共有できていたモノに嫉妬するかもしれない。
自分がそうなりたかったとまでは望まないにしても。

「……チョロ松が気を失ってたとき病室一緒でさぁ、二人とも心電図つけてたんだけど」
「ん?」

ぽつりと静かに呟く長男に首をかしげる四男五男。

「そんとき付き添ってたカラ松曰く、俺とアイツの心音、全く同じタイミングで鳴ってたんだと、心電図がハモるのなんて凄いなって言われた」

そのおかげで目覚めたチョロ松は隣におそ松がいることに気付かず熱烈な告白が聞けたのだけど

「違う身体で同じ鼓動を刻める方が嬉しいよな」

と、本当に嬉しそうに言う長男に二人して「おお」と声が漏れる、普段から主に喧嘩しかしやがらねえコンビの片割れがデレてみせたのだ。
なんだか気恥ずかしくなって毒でも吐こうかと思った四男だったが、テンションが上がり今にも病室で転げ回りそうな五男に気付き首をガシッと押さえた。
頑張って辿り着いた病室を早々に追い出されたくはない。

「そういえば、カラ松に聞いてもよく解んなかったんだけどさぁ」
「うん」

一松はあの次男になにか説明してもらおうとしたのか?という想いでおそ松を見返した。
カラ松の言葉を理解できるのは、兄弟のこととなると勘の働くおそ松と、ツッコミ故の読解力があるチョロ松と、比喩表現の好きな一松と、たまに鋭い十四松と、付き合いの長いトド松くらいだろう……と、考えて兄弟からは理解されてるんだからいいじゃないかと思う。

「あのな俺が危篤だった時のお前らの状況教えて貰いたいんだわ」
「へ?」
「いや、病院に駆けつけて手術終わって目覚めるまでずっといてくれたのは知ってるよ?カラ松と十四松がチョロ松助けようとして怪我したのも」

怪我をしたと言ったところで長男の瞳の奥すこしの怒りが揺らめいたのが見えたが、それはしかたないので指摘しないでおく。

「でも、なんでチョロ松が俺に心臓やるために死ぬつもりだって気付いたわけ?トド松がそう言い出して十四松もすぐハッとしたってのは聞いたし、チョロ松はそれだけで納得してたみたいだけど、長男としてどういう経緯だったのか気になる」
「……そうだった、この人兄弟のことは全部把握してたい束縛系兄貴だった」
「あのまま死んでても化けて出てきてたかもね!ぼく絶対気付くから任せといて!!」
「任せといてってなんだよ」

くすくす笑いながら足を組み直すおそ松、一松は束縛系兄貴というところは否定しないのかよと呟きながら、あの日のことを思い出す。

「あの日は……兄さんが運ばれてきたって病院から電話がきて、父さんと母さんが居なかったから兄弟みんな病院に駆け付けたんだ」
「うん」
「その時はもうあらかた検査とか済んでたみたいで、医者から兄さんの病気について説明された……一般の人は殆どしらない珍しい心臓病で、掛かった人は十日もしないうちに心臓が破裂して死んじゃうんだって」

その時のことを思い出してか弟二人の表情が強張るのを見て、怖い想いをさせてしまったんだなと、おそ松は申し訳なくなった。

「とりあえずまだ全部の検査が済んでいないからって家族で控室みたいなところで待たされて」
「その途中でチョロ松兄さんがいなくなったんだよね」
「うん、そして暫くしても帰ってこないからどうしたんだろ?ってみんな言ってて、そしたらトド松が急に顔を真っ青にさせて「チョロ松兄さん、おそ松兄さんに自分の心臓あげるつもりだ」って言い始めたんだよ」
「それを聞いた瞬間ぼく頭が真っ白になって、でもすぐ気付いてチョロ松兄さんを探しに飛び出したんだ」
「おれとカラ松とトド松もその後ろに続いて走り出して、窓から飛び降りる気なら受け止めるって言って十四松が外に出て、それにカラ松もついていって」
「一松兄さんとトド松は手分けして病院内を走り回って探したよね」
「そうこうしてる間にチョロ松兄さんからメールがきてさ、遺書の内容だったから本当にトド松の言う通りだったっておれはそこで確信したんだ」
「え?マジっすか」
「うん、で……どこからかトド松の悲鳴が聞こえたから、そっちに走っていったらチョロ松兄さんが飛び降りた部屋で……トド松が窓際で崩れ落ちてて、おれも窓の外を見る勇気がなくて……そしたら十四松の声で大丈夫だって聞こえた」
「ぼくとカラ松兄さんが間一髪でチョロ松兄さんを助けたんだよ、痛かったけどね!」
「おれとトド松が窓の外見たら花壇の上で十四松とカラ松がチョロ松兄さんの下敷きになってたから慌てて医者とナースに言って三人を治療してもらったんだ」
「ふーん」

一松と十四松にしては長々と順を追って説明した。
おそ松は初耳だったのか考え込むようなポーズをとる。

「そしたら、おそ松兄さんに当たってた医者から呼び出されて、兄さんには心臓が二つあるって初めて聞かされたんだ」
「ぼくとカラ松兄さんは怪我を治してもらってる最中でチョロ松兄さんは意識がなかったから聞いたのは父さんと母さんと一松兄さんトド松だったよ」
「そっから緊急手術で、おそ松兄さんの心臓は一つ取り出されることになって……その間にトド松が父さんと母さんに兄さん達が付き合ってたっていうのを説明してくれて、チョロ松兄さんは死ぬ程おそ松兄さんのこと好きなんだよって言ったら二人も認めざる得ない感じになってた」
「アイツ大活躍だな」
「ね、あのドライモンスターが」

最初にチョロ松が死ぬ気だと確信したのも、トド松だったし、すぐに行動したのは十四松だったし、チョロ松を助けたのは十四松とカラ松。
自分はなにも出来ていないと思った一松だったから、今日まで必死でおそ松の携帯を護ったのだ。

「トド松が、チョロ松が俺に心臓やるつもりだったって気付いたの家族で話してる最中だったんだよな?そう言い出す前の会話思い出せる?」
「……あっ」

おそ松の質問に十四松がギクリと肩を跳ねさせ目線を横へズラす、一松はそれを怪訝に思いながらも言われた通り記憶を巡らせる。
あの時はたしか

「チョロ松兄さんトイレにしては遅いし、こんな時にどこ行ってんだって父さんがイライラしだして、母さんがそれを諌めたんだ」

――おそ松がこんなことになってチョロ松が一番動揺してるのよ、ほら小さい頃はよく一緒にいて、相棒みたいだったじゃない

「だから、今はひとりにさせてやりましょう……って、え?」

まさか、

「なるほどな」

幼い頃のおそ松は確かにチョロ松と一番一緒にいた。
当時から俺とコイツは相棒同士だと言って憚らなかった。
同じように一緒に行動することの多かった一松と十四松、カラ松とトド松も相棒だと言われて……六つ子はそれを自覚していたのだ。

「トド松は、自分に置き換えて考えた?」

もしカラ松がおそ松と同じ状況に陥ったら自分はどうするか、を?

「だろうな」
「じゃあ十四松、お前がすぐ納得したのも……」
「……」

二人の眼差しから目を反らしたまま口元を抑え汗をかいている十四松、やはり自分と一松に置き換えて想像し同じ結論を導きだしたのだろう。

「十四松」

地を這うような、それでいて怯えたような声で名前を呼ぶと、十四松は「だって」と言って一松の顔を真っ直ぐ見上げた。

「兄さんを死なせるくらいなら、ぼくが死ぬ……トド松もきっと一緒だよ?」
「馬鹿か……」

はぁ、と溜息を吐いて、しかしよく考えれば自分も十四松が同じ状態になったらなにをするか解からない。
この件についてはあまり責めると墓穴を掘りそうなので隅においておくことにした。

「アイツ俺になにも言わないでドナーカード作ってたみてえだし、ウチでそんなことすんのトド松くらいだから……もしかしたら同じときに作ったのかもしれないな」
「トド松に誘われて一緒に作ったってこと?」
「誘われてっつーか、話を聞いて?」

おそらくクズニートな自分達でもなにか社会の役に立つことをしていたいという思いでやったことだ。
あとは女の子に話せば感心されるとでも思ったのかもしれない。
しかし実際は、自分の体の一部を渡すなら相棒が良いと無意識下で願っていたんだろう、だからチョロ松はおそ松が移植を必要としていた時すぐに行動へ移せたしトド松もすぐそれに気付けた。

「まぁカラ松には黙っといてやるかーー」
「そんなニヤニヤしながら言っても……兄さん強請る気満々でしょ」
「トッティどんまい」

その後、何故か三人でババ抜きをすることになり、負けた一松が二人にジュースを買いに行っている間に十四松はおそ松にあまりチョロ松を怒らないでほしいと必死で伝えてきた。

「別に、ブチギレたり無視したりはしねえよ、」
「うん」
「俺のためにそこまでしてくれたことは、素直に嬉しいと思うし……そんなこと俺が望んじゃいないってアイツも解かっててやったんだし」

あの時おそ松の為でも兄弟の為でもないとチョロ松は言った。
おそ松がいなくなって自分がマトモでいられる自信がないと……だから全部チョロ松の勝手でしたことだ。

「だからヤルとしたら説得だな」
「ヤルがカタカナなのが怖い……」

十四松がチョロ松兄さんが殺されませんようにと祈っていると一松が帰ってきて、十四松は少し考えたあとそのジュースを冷蔵庫に入れた。

「これはチョロ松兄さんがお見舞いに来たときあげて!」
「……ああ、わかった」
「じゃあ十四松、おれの半分こする?」
「ほんと!ありがと一松兄さん!!」

そう言って一松はバッグの中に買ったばかりのジュースを入れる、きっと飲みながら帰るんだろう。

「じゃあね、おれらもう帰るから」
「元気でねーー」


柔らかい笑みと満面の笑みを浮かべた弟たちはそうして帰っていった。
おそ松はシンと静まり返った病室で、ソファーに深く座りなおす。

「おそ松は僕の全て……か」

先程思い出した記憶とともに彼の台詞も蘇ってきた。
聞いたのがあんな場面じゃなければ嬉しかったのに、いつもそう言ってくれていたらもっと命を大事にしていたし、そうしたら病気にもなっていなかったかもしれない。
だがそれは

「お互い様だな」

良いところも悪いところも理解し合っているからと気持ちを伝え合うことを怠けていたのかもしれない、面倒くさくても照れくさくても、愛情の出し惜しみなんてしていたらいつかきっと後悔するんだ。
この気持ちはきっと渡すことを勿体ぶるようなものなんかじゃない、世の中にありふれていて、でもきっと自分たち二人にしか当てはまらないもの。

「早くお前と話してぇよ、チョロ松」


会いたいなぁ、と胸も鳴った。

この心臓もちゃんとアイツに恋をしている、おそ松のものだ。



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おそ松の元へようやく待ち人が現れたのは検査も回診もない日曜日の昼過ぎだった。
少し前に看護師が昼食を下げたのでもう夕食の配膳までコールを押さなければ病院関係者は誰もやってこない、そんな時間。
チョロ松はぶっきらぼうにハートのちりばめられた紙袋を差し出している、よくこんなの持ち運べたな。

「んっ!」
「ん、じゃわかんねぇよチョロ松、これなに?」
「……シュークリーム」
「うん?」
「トド松が、お見舞いに持ってこうって朝から作ってて」
「うん」
「でもトド松に急用が出来たからって他の松に託けようとしてて」
「うん」
「今日に限って家に僕しかいなくて」
「うん」
「僕が頼まれて」
「そっか」
「ほら……生クリーム使ってるから早く食べてほしいんだって」
「あんがとな」
「お礼ならトド松に言ってよ」

おそ松の膝の上におとされた紙袋はヒンヤリとしていて、中身は保冷剤と透明な袋に入った大きなシュークリームだった。

「紅茶淹れてやるからソファーで食べて、ベッドだとこぼした時に大変」

十四松がチョロ松にあげてと言っていたジュースのことを思い出したが、あれはシュークリームには合わないので次の機会でいいかと思う。

「わかった……デカイから二人で食おうぜ、俺ちょっとトイレ、お前も手洗いすれば?」

病室には小さな水道と湯沸かしポットが付いているがハンドソープの置かれた洗面所はトイレとともにバスルームの中にあるそうだ。
話の途中でトイレと行って逃げられない為だなと解かったが、たしかに茶を淹れる前には手洗いはしておきたい。
チョロ松はおそ松の後にトイレへ入り用を済ませて念入りに手洗いをした。

「皿とナイフとフォークあった方がいいよな」

いったい弟は何を考えて作ったのか、通常の二倍以上はある大きなシュークリームを取り出して苦笑するおそ松。
一番大きな紙皿の上にそれを乗せて、ナイフで半分切ると中から生クリームとカスタードが溢れてきた。

「フォーク一本しかないからお前に譲るわ」
「え?兄さんはどうするの?」

紅茶を淹れ終えた(と言ってもティーパックに湯を注いだだけだが)チョロ松がおそ松の隣に座りながら訊ねる。

「手で?」
「汚れちゃうよ?」
「じゃあ一緒のスプーンでいい?」
「……」

するとチョロ松の頬がほんのり色付いた。
おおかた間接キスなどと考えているんだろうが直接キスもそれ以上のこともやっているのに初心なものだ。

「別に、いいよ」
「そっか」

おそ松はクスリと笑う。
今日の兄は随分と柔らかな雰囲気だなとチョロ松は思った。
最後にみた顔が怒っていたから余計そう思うのかもしれないけれど

(怒りは収まってるのか……)

一先ずホッとする。
喧嘩には慣れているけれど今回はチョロ松に原因があると自覚しまくっているので、彼の機嫌が少しでも低ければ、きっと居たたまれなくなっていたろう。

「入院してから病室食しか食べてなくて飽きてきたとこだから嬉しーー」
「へぇ意外、買い食いしてないの?もうとっくに食事制限解除されてたって聞いたけど」
「金がねぇんだよ、一日中テレビ観てるし」
「えー?競馬中継観るために今だけワンセグ入れてやったって言ってたのに、普通のテレビも観てるの?」
「うん、ドラマとかさぁ結構おもしろいもんだね」
「そういえばドラマ主題歌で踊ってて看護師さんに怒られたんだって?病人のくせにバカじゃない?」
「病人っつってももうすぐ退院できるもん……えっと……来週の何曜だったかな」
「いい歳した男が語尾にもん付けるな、って自分が退院する日忘れたの?金曜日の朝食後だろ?」
「……」

おそ松はシュークリームの一部をフォークで刺し皿に溢れたクリームを掬って口の中へ入れた。
甘い。

(なんで一度も見舞い来てないくせに俺のことそんな把握してんだよ)

甘いけれどさっぱりとしていて、これならチョロ松も胸焼けせずに済みそうだと思いながら先程と同じようにシュークリームを掬う。

「はい、あーんチョロちゃん」
「へ?え?なっ!?」

フォークを口元に持っていくと小さな瞳をくりくりさせて、頬を真っ赤に染め上げる弟が可愛い。

「ほら早く口開けて、こぼれっから」
「は?あ、あーん」

そうしてパクリと食べてしまったチョロ松は、恥ずかしがるより先に口の中へ広がる甘味に幸せを覚えた。

「おいしい」
「やっぱりアイツお前好みに寄せて作ったのか、最初から二人で食べてね、ってことだったんだろうな」

俺もっと濃いのが好みだもん、と言いながらチョロ松がくわえたスプーンをまたシュークリームに刺してかぶり付く。

「まぁ美味いけど」
「トッティ……」

末弟に気を遣わせてしまったのだと気付いたチョロ松は今度スタバァでなにか奢ろうと決意した。

「さて、ところでチョロ松」
「ん?なぁに兄さん」

シュークリームも食べ終わり、紅茶も飲んでのんびりとしていたところで隣から声をかけられ、すっかり気の緩んだチョロ松が笑顔でそちらを向くと目の前に携帯のメール画面が表示されていた。

「あっ」

この日時は、あれだ。
おそ松に“遺言”を送った時のあれだ。
事を荒立てるのを面倒くさがるおそ松だから、この件はもう無かったことにされているのかと油断したが、見逃してはくれないらしい。
冷や汗をかくチョロ松だったが、未だに既読になっていないことに気付き、窺うようにおそ松の目を見る。

「チョロ松に決めてもらおうと思って」
「……なにを?」
「このメール、読んで削除するか読まずに削除するか」
「……え?消すの?」
「消したくて一松追っかけてたんじゃないの?」
「それは、そうだけど」

おそ松は自分の“遺言”に興味はないのだろうか?と不安になる、もしや重いと思われた?弟に怪我をさせた恋人なんか要らない?

――それはイヤだ

――死んだって必要とされていたい

「俺は、もしお前と同じ状況になっても遺言なんて書かないと思う」

おそ松の声がチョロ松の耳のなか静かに響いた。
開け放たれた窓から風が入り彼の前髪を揺らす。

「生きてく中で、伝えたいことは伝えるから」
「兄さん?」

そう言ってチョロ松に携帯を握らせて、自分も祈るようにチョロ松の手を包み込んだ。

「お前が死んでも俺はきっとお前の代わりだけは出来ないと思う、こんなこと考えたくないけど多分他の奴が死んだら俺は……長男だからアイツの分までみんなを支えないと、アイツの分まで幸せにならないとって思う、カラ松みたいに優しくするとか一松みたいに自分達のことを考えるとか十四松みたいに明るくするとかトド松みたいに外の世界をみるとか……でもさ」

俯き加減だった顔が上がり、深い大地のような瞳がチョロ松の顔を映す。

「チョロ松の分ってなに?チョロ松みたいにってなに?そんなの俺が誰より解ってる筈なんだけど、全然わかんない……それどころか俺は俺のことすら解らなくなる、お前がいなくなると想像しただけで自分がどうやって生きてたかも解んなくなる……お前がいないと俺が俺じゃなくなっちまう」
これは、チョロ松が“あの日”体験した感情と同じなのだろう、だからチョロ松のしたことを責められない、だからチョロ松のしたことを許せない。

「俺はお前の心臓のおかげで助かったとしても、そのあとマトモに生きてける気がしない」
「おそ松兄さん」

チョロ松は震える身体を抱き締めたいのに両手を握る掌を振り払えなくて、だから視線でおそ松に触れようと、涙を堪えて真っ直ぐ見詰め返す。
その大地に根付く新緑のような瞳、おそ松はこれを繋ぎ止めるために今も生きている――

「……自分の命と引き換えに俺が助かるならって、そうしたい気持ちわかるから……勝手に死ぬなとは言わない、でもお前が俺を置いてくってんなら俺の残りの人生ぶっ壊す覚悟でいろよ」
「……無茶言うなよ」

お前には誰より幸せになってほしいのに……そんなんじゃ、これからもし病気で死ぬようなことがあっても安心して逝けないではないか、チョロ松は笑った。
笑って「ごめんなさい」と謝れば、両手を解放される。
自由になった手でメールを開けば表れる自分の本当の気持ち。

「やっぱり……」

“遺言だったもの”を削除されてしまわないようしっかりロックをして、テーブルの上に置いた。

「なんだよ?」
「いや、おそ松兄さんとの喧嘩は慣れないなって……」

苦笑しんがら答えるとおそ松は口をポカンと開けて首を傾げた。

「お前これ喧嘩だと思ってんの?」

どちらかと言えば愛情表現の類だと思うし、勇気を出して伝えた気持ちをなんだと思ってるんだと怒りたかったが、その顔を見て、やめた。

「そうだよ、だってこんな……」

幸せそうに笑っているのに、どうして頬が濡れているのだろう。

「僕がこんなに泣きたくなるなんて、おそ松と喧嘩した時くらいだもん」
「……いい歳した男が語尾にもん付けるなよ」

可愛いから――と、先程チョロ松が言えなかった台詞を言ったおそ松は、ギュッとその肩を抱き締めた。

「大好きだよ、チョロ松」
「うん」
「お前あのとき俺のこと自分の全てだって言ったじゃん?」
「うん」
「俺の全ては二人の全てだよ」
「ふたりの……」
「うん、おそ松とチョロ松の二人の全て」

どちらか一人でも欠けたら駄目になる、脆弱で儚い、一世限りの二人限りのものが、全てなんだよ

「なにそれ?ヤバいでしょ、だめでしょ」
「そう?」
「だってお前……認めたくないけど一応長男だし」
「一応ってなんだよ、認めたくなかったのか?」
「だって僕のおそ松兄さんなのに」
「いい歳した男がだってとか言うなよ……可愛いなーもう」

――本当、誰にも見せたくねぇ

――自分が死んだあとの壊れてしまったコイツだって、可能ならば独り占めしたいんだ

そんなことを思いながら夕食までの数時間、皿に残ったクリームがカピカピになるまで恋人との甘いやりとりを楽しんだ長男だった。



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一方その頃トド松は

“急用”を済ませるために近所の公園の桟橋の前に来ていた。

(あれ……カラ松兄さんいないな……今日はここにいるって言ってたのに)

手には星のちりばめられた紙袋、中身のシュークリームは自分も食べるので普通の食べやすい大きさで作ったのだが、どうして肝心の彼はいない。
チョロ松がおそ松のお見舞いに行ったことなどを早く報告して安心させてやりたいのに

(まさかナンパ待ち成功した!?……いやまさか)

ぐるぐると考えているトド松は自分の後ろに立って見つめているサングラスの男がいることを知らない。
彼が数秒後に自分を抱き締めてくることも、彼が数分前にようやく“あの日チョロ松が死ぬつもりだとトド松が気付いた理由”に気付いたことも知らないのだった。













End




今回は材木松をオチ要員にしてみました

おそチョロはテンションの赴くまま書けるから楽しいです