ふり灌ぎ重なる


「悪魔さんと女神さんが生まれてこれなかった僕らの兄弟?どういうこと?」
「はい、神様によると最初は十二つ子作ってみようとか言ってたんですが、それじゃ流石に現実的じゃないからと貴方たちは八つ子になったらしいですよ」
「八つ子が現実的……?」

カラ松とトド松を置いて一階まで降りてきた四名は、悪魔と女神のお土産ゼリーを食しながら悪魔と女神の生い立ちを聞いていた。
すると自分達の出生の秘密までサラッと明らかにされてしまったのだ。

「おれらってそんな神様が実験的に作った存在なの?それなのにこんなゴミって」
「でも兄さん達と六つ子に生まれて良かったよね」
「……まぁ」

などと話している一松と十四松を微笑ましく見守る女神の代わりに悪魔が続けた。

「一卵性の多胎児の場合、卵子は二倍ずつ増えるって聞いたことない?一つの卵子が二つになって、二つの卵子が四つになって……って」
「あ、なんか聞いたことあるかも、三つ子は四つの卵子のうち一つが育たなかったんだ……みたいな、二卵性だとまた違うんだろうけど」
「そう、その育たなかった卵子が俺とめがちゃん、土壇場になってやっぱり八つ子は無理があるって俺ら二人を天界に取り上げちゃったんだよ神様」
「……」

思ったより深刻な話だったので四人はドン引きをしている。
というかずっと六人でひとつ感覚でいたし六人で生きていたのに自分達が六つ子ではなかったことがショックだ。

「このまま消えてしまうのは流石に忍びないと、神様は長男と三男の魂の写しを作って私たちに与えました……デビくんの魂がおそ松の写しで私の魂がチョロ松の写しです」
「写しってなに?コピーしたってこと?」
「いえ……コピーというより、親機と子機の関係に近いですね」
「魂の写しには本来の魂に備わってるような機能はないけど、本体となってる魂のデータを受信することによって同じ機能を得ることができるんだ」

いまいち意味がわからないが、つまり魂を共有してるようなものなのだろう。
顔(は六つ子全員と似ているが)や声や雰囲気がまるで同じな理由が説明ついた。

「悪魔さん人格とかおそ松兄さんに影響受けてそうだもんね」
「う……認めたくねぇけど、そうなんだろうな」

苦虫を噛み潰したような悪魔にほんのすこし同情を覚える四人、女神が静かに出された紅茶のカップを置いた。

「ええ……そして私がデビくんを慕っているのも結局チョロ松がおそ松を慕っているからであって私の意志ではないんでしょうね……」

シュンと萎れながら女神がそう言えば悪魔はその手を取って訴えかける。

「めがちゃん、たしかに俺が君を探し出したことも、大切に思う気持ちもおそ松のチョロ松を思う気持ちに影響されてるかもしれない、けど今のめがちゃんを見て可愛いって思うのは俺の意志だ」
「デビくん……そうですね、私も貴方を探していたことや、初めて会った時から貴方を大好きだったことがチョロ松の影響でも、今の貴方をみて格好いいと感じるのは私の心ですよね」
「うん、そうだよ俺の優しい女神様」
「私の素敵な悪魔……」

なんだコレは、と思いながら悪魔と天使の様子を眺めていた四男と五男はゆっくりと自分の兄達へ視線を移す。
おそ松は天井を仰いでいるしチョロ松は床に突っ伏している、マジで可哀想だと二人は思った。

「もうやだ……俺達と同じ顔でベタベタすんなよ気持ち悪い」
「お前それカラ松とトド松の前でも言えんの?」
「ああぁぁチキショー構わないよ」

おそ松兄さんドンマイと心の中でエールを送る一松、兄達の心中は察せないけれど恥ずかしいのはかなり解る。

「魂を共有しているから解ります……チョロ松あなた口ではおそ松をクソだバカだと言っていますが本当は尊敬しているし心の底では信頼しきってます」
「やめろ……羞恥心で耳が腐る……やめろ……」
「私もデビくんの傍にいると安心するし、デビくんの隣に相応しいと認めてもらえることが一番幸せなんですよ」
「私“も”ってなんだ?“も”って」
「俺だってめがちゃんが俺のことちゃんと見てくれてないと寂しいし、めがちゃんのことずっとずっと守っていきたいんだよ」
「もう全然悪魔っぽくないコイツぅ、トド松には酷かったくせに」

二人の世界を築きだした悪魔と女神を視界に入れないようにしながらツッコミを入れる長男三男。
だが、おそ松はハッと気づいたように顔を上げた。

「ああ、でも、それじゃあさっきのトド松は感じ悪かったよな……ごめん」

あの子ドライなとこあるから、と自分そっくりな悪魔に謝る。

「“記憶を消して”とか“六男なんて最初からいなかったことにして”とかさ、無神経だったな」
「そういえばそうだね、ごめん」

と、床に突っ伏していたチョロ松もおそ松の言葉を聞いて顔を上げ頭を下げた。
おそ松に無神経云々とは言われたくないだろうが、この世に生まれてこれなかった者へ言うには少々不躾すぎただろう。
女神は「トド松のあれは貴方たち兄弟の為に言ったことですから」と微笑む。

「トド松の言うとおりトド松が急に消えたらカラ松は探し回るので人生棒に振っちまうだろうしな、まあさっきも言ったとおり俺もとっくにアイツに情が移ってるし許してやるさ」
「そうですね、この一年とちょっとの間、トド松のお世話は私とデビくんの仕事でしたもんね……天界から見守ってるときはアッサリした性格だと思ってましたが結構なお兄ちゃん子なとこあって可愛いですね、私も兄さんと呼んでもらえて嬉しかったですよ」
「それクソ松が聞いたら嫉妬するんじゃない?」

ずっと見守っていたというし、自分の知らないトド松を知っている二人を面白く思わないかもしれない。

「ていうかカラ松とトド松、降りてこないんだけど、まさか本当にあのままヤってないよな?」
「それはないんじゃない?元の体に戻ったばっかだし、話が長くなってるだけだろ」
「アイツの体クソ松の為に出来た傷痕が二つもあるし、さすがに暫くは萎えてヤるどころじゃなくない?」
「いや、でも逆に興奮したりして?」
「んーーわかんないね!」

心配でそわそわしだした四人を呆れたように見ながら悪魔は『兄弟内にカップルができても構わないのな』と感心した。
今は末弟が帰ってきた嬉しさで色々と麻痺している部分もあるにせよ、元々世間体というものが欠如したワルガキ共だったなと思い出している。

(それなら気持ち悪いなんて言わないでほしいのに)

女神は先程おそ松が自分達を気持ち悪がったときにチョロ松の魂に傷が入ったことを思い出して困ったように息を吐いた。
時々感情が同期するから解かるのだが松野家の三男チョロ松のおそ松へ向ける想いは自分が悪魔に向ける想いに似ている。

(デビくんがそれを望んでいるかは解かりませんが)

おそ松とチョロ松が結ばれない限り魂を共有している自分達も本当の意味で結ばれないので、チョロ松には今いる道から一歩だけでも踏み外す勇気を授けたい。
そしたら……人間みたいに愛する相手とあんなことやこんなことだってできるのだ。

「あーもう!カラ松兄さんサイッアク!!」

そこへ、灰色パーカーにハーフパンツという適当にタンス探ったら出てきた系ファッションに身を包んだトド松が降りてきた。
きっと下着はカラ松のものを借りているか履いていないのどちらかだ。

「トッティ!」
「うわっ!なに?」
「ふひっ体力落ちたんじゃない?トド松」

自分が現れただけで嬉しそうに飛びつく五男と、五男を支えることが出来ず転げる末弟、それに珍しくお兄ちゃんらしい笑顔を浮かべる四男。
実際生まれていたら何番目だったか解らないけど、この三人よりお兄ちゃんがいいなぁと女神はニコニコと笑っている。
トド松は戸惑いながらも嬉しそうだ。

「トッティどうしたの?カラ松兄さんは?」
「沈めてきた」
「は?クソ松からなんかされた?……イカガワシイこと」

弟たちの元へ寄ってしゃがんだ四男はニヤニヤと訊ねる。

「イカっ!?……まあちょっとはされたけど、それは別にいいんだよ」
「ふーん、されたんだ?」

末弟をからかいたいスイッチと次男の弱みを握りたいスイッチが同時に作動したのだろう一松のニヤニヤニヤニヤが止まらない。

「イカ……なことは……まぁ自分ちの中だし何やってもいいんだよ別に迷惑かけるの家族くらいだし」
「いや、そこはちょっと気にしようぜ?」

長男が珍しくマトモな意見を発している、やはり自分と同じ顔の兄弟がいちゃつくのは抵抗あるのだろうかと女神は思いながら、二階に残された次男の安否を案じる。
十四松もそうだったのか部屋を出て二階へ上がっていく音が聞こえた。

「でもそういうのは後でしてほしいんだよ、やっとちゃんと近寄れるようになったんだから、まずは普通に普通の話しがしたい」
「それクソ松に言えばいいんじゃ……」

アイツ勘違いして落ち込んでんじゃない?と言おうとして、そういえばクソ松はトド松に関することなら自信たっぷりなんだよなと一松は思い直す。
次兄は単純なので長年カラ松にしてきた態度が好意的な兄弟には馴れ馴れしかったり傲慢だったりする、自分も事変のときにカラ松を見直して以来態度を変えビクビクされることも減ったし強気で接してくることもあった。
トド松はあれで案外カラ松に優しいので信頼度が上がるのも頷けるし、命懸けで助けられたこともあり愛されている自信は揺るぎないだろう、それでも他人の好意をネガティブに捉える自分には出来ない芸当なので見習いたいと思わなくもない一松だった。

「普通以上のスキンシップとろうとしてきたから沈めたの?」
「……うちの兄弟なんですぐ暴力に訴えるんだろう……」
「チョロ松兄さんに言われたくないんだけど、いや……だってカラ松兄さんの絡みイタいじゃん」
「兄ちゃんお前のそういう可愛いと思われたいくせに可愛がらせてくんないとこ駄目だと思うわ」
「お前みたいなフリーダムには少々ウザいくらいが丁度いいんじゃない?」
「ほっといたら何も言わないで消えようとするしね」
「うんうん、でもそんなドライな奴がカラ松へのツッコミは欠かさないから愛だと思うよ、そんなわけでアイツ降りてくる前に戻って存分にいちゃついておいで」
「って、なにみんなボクを見捨てようとしてんだよ!?可愛い弟が奇跡の生還果たしたんだから全力で守ったら!!?」

これ以上痛い思いして堪るか!!と、叫んだとき、丁度襖が開いて十四松に手を引かれたカラ松が現れた。

「と……とどまつ……?オレはまた気付かぬうちに愛する者を傷付けてしまったというのか……?」
(めんどくさいことになった)

カラ松と十四松以外の全員が心を一つにした瞬間である。
いくらサイコパスと言えど、今のトド松に自分のためにできた傷痕が二つある故か「痛い」という言葉がグサグサと胸に突き刺さってしまっているようだった。

「カラ松兄さん大丈夫だよ」
「でも、オレが痛い思いをさせてしまったんだろう?」
「ま、まぁそうだけど、たしかに兄さんはイタいけど……」
「ああやはりオレは愛する者を傷付けてしまうギルトガイ」
「ああもうイッタイねぇ」
「くっ……オレはまた痛みを与えてしまった……すまないハニー、ちょっと寺で修行してこようと思う」
「女神兄さんの前で寺に行くとか言わないできっと宗派違うから、まぁたしかに兄さんのイタさにはいつまでたっても慣れないけど、いい加減にしてほしいイタさだけど」

一言「そんなことないよ、兄さんイタくないよ」と言えば治まりそうなものなのに頑なにイタいを撤回しないトド松、よほど彼のイタさに迷惑をかけられてきたのかもしれない。

「難儀なカップルですね」
「そうだね、めがちゃん」

部屋の隅に移動して「どうしてオレは皆を傷付けてしまうんだ」「イタいけどボク傷付いてないよ、イタいけど」のやり取りを繰り返し始めたカラ松とトド松を皆呆れたように見ていた。
ほっておいてもそのうちトド松が飽きるだろう。

「俺とめがちゃんみたいに早くくっ付けるようになればいいのにな」

と、悪魔が女神の肩を抱くので女神の体は一瞬で沸騰したように赤くなる。

「悪魔兄さんは女神兄さんと付き合ってないんじゃなかったの?」

心底不思議そうに十四松が訊ねる。

「ヤバい、五男からも兄さん呼びされちゃった」
「一松あなたも兄さん呼びしてくれちゃって構いませんよ」
「いや、そもそも絶対兄を兄さん呼びするタイプじゃないし、おれ……な?クソ松、シコ松」
「フッ……なんだぁ?ブラザー」
「返事すんな、まともに名前を呼べよお前は」
「つーか、俺の弟達が六つ子以外を兄さん呼びすんのちょっとムカつくな」
「わっかりました!トッティもう兄さん呼び禁止だってー」
「りょーかーい」
「はいはい、デビくんめがくんに変更だね」
「軽ッ!!生まれてこれなかった兄弟の扱い軽ッ!!」
「俺たち六つ子の間には誰も入ってこれないんだよ、実際みんなアンタらのことよく知らないし」
「というか私ですらデビくんのことデビくんって呼ぶのに十年かかったのに、出会って初日にデビくんって……」
「そう言うならデビちゃんめがくんにするけど?」
「あ、逆に?」
「逆に」

人数が多いからか話が脱線するとそこからが長くなる、今も悪魔と女神が付き合ってるのかという疑問が流れてしまった。

(私たちは貴方たちと魂を共有しているから、貴方たちがただの兄弟でいる限り先に進めないんですよ……)

そんなこと、現状よい兄弟関係を築いている長男と三男には言えない、三男は長男を特別視しているが長男はどうか解らないし、もし二人の間に亀裂が入れば自分たちの関係もどうなるかわからない。

だから女神は願うしかないのだ。

(どうか、あなたと大切な人が末永く幸せでいますように)



おしまい

このシリーズのデビめがについて詳しく説明したくて書いたのに収集つかなくなりました。反省してます