「絵を元に小説書く」的なタグでサトウさんが描いてくださったイラストに着想得て書きました。
サトウさんの絵は最後にあります。

眩惑スコールライン
今にも雨が降り出しそうな空合い、窓際にいるとひんやりとした隙間風を感じる。

我が家にいるのは三男のチョロ松と六男のトド松だけだ。

ほかの兄弟はパチンコに行っているから雨が降っても構わないだろう、全額スっていなければの話だけど……

買い物に行った母ならともかく就活もしない兄弟に迎えを頼まれても梃子でも動きたくないなぁとチョロ松は思う。


あ、雨が降ってきた。

最初ぽたぽたと鳴っていた雨音はすぐにザーザーに変わる。



「ねぇチョロ松兄さんてさぁ」

 

しばらく窓のサッシに肘をついて屋根に流れてゆく雨を見ていたトド松が話しかけてきた。


「んー?」


チョロ松は生返事をしながら外を見て、やっぱり雨早く止まないかなぁと思う。


「今でも中古になりたいと思ってる?」


そんな時に降ってきた言葉がこれだ。

中古とは新品の対義語で、つまりアレである。


「……いや、平日の昼下がりになに言ってんのいきなり…そしてせめて卒業と言ってくんない?」


平日なんてニートの自分たちに関係ないだろうけど一応ツッコミを入れる。

そう、あのセンバツが終わり数ヵ月経った今も六つ子はニートのままだった。

長男は元鞘だとか言っているが世間的にはダメすぎる鞘の収まり方だ。


「ていうか本当どうしたの?」


窓の外を見ながら目を伏せていたトド松がチョロ松へその大きな瞳を向けて少しだけ首をかしげる。

不安を隠そうにも隠せないような、そういえばこういう顔を以前も見た気がする。

ああそうだ。

一年と数ヶ月前、チョロ松の就職が決まり家の中の空気が可笑しくなった頃、一松や十四松がよくしていた顔だった。

あの頃トド松は皆に気を回してあえて空気を読まなかったり必要以上に明るく振舞っていた。

カラ松とともに一触即発という雰囲気の長男と三男の間に入って緩和材の役割を果たしてくれていたように思う、おそ松からの無言のプレッシャーの盾になってくれていた。

今思うとあのときはトド松だって不安だったろうに、上手く隠されていて、気付いた時にはセンバツのことでゴタゴタしていて感謝の言葉も掛けてやれていない。

だから末っ子がこうして不安を隠さず見せてくれるなら幾らだって力になろうと思った。


「あのさ……」


トド松は聞きにくそうに目線をずらして、でももう一度チョロ松の顔を真っ直ぐ見ながら訊ねる。


「チョロ松兄さんはおそ松兄さんに抱かれてるのに女の子を抱きたいって思うの?」


平日の昼間に何を言っているんだろう。

チョロ松は気が遠くなりそうだった。

だが、不安げな表情をして訊いてくる弟を突っぱねることも出来ず、チョロ松は一度咳払いをして、真剣にトド松へ向き直った。


「……そうだね、以前みたいにどうしてもしたいとは思わなくなったかも、別に男の方が良くなったわけでもないんだけど」


というか、おそ松以外の男とだなんて死んでも御免だと思う。

AVやエロ本を見れば勃つので女性相手に不能になったわけでもない、ただおそ松と交際する前のように生身の女性とそういう関係になりたいと願わなくなった。

当然といえば当然とも言える変化だけれど、口に出して言ってしまうとなんだか自分を曝け出しているみたいで恥ずかしいし、相手の反応が怖かった。


「でもそういうキャラに固定されちゃってるから今更変えるのも面倒くさいし……トト子ちゃんに対してああなのは僕らとトト子ちゃんの間にあるお約束みたいな感じかな」


言い訳めいたことを言ってしまうけれど、ずっと女の子とお近づきになりたいと言っていたチョロ松がおそ松と付き合い出してから急に女性に興味を示さなくなったなんてあからさま過ぎて恥ずかしいではないか、おそ松がいまだに女好きなのに自分だけ変わるのも負けた気がして悔しい。


「でも、センバツの決勝のとき卒業したいって言ったじゃん」

「あれは、あの時はああするのが一番やる気が出せるかなって思ったからだよ」


チョロ松は「お前だってヘソのしわが見たいとか変態くさいこと言ってたろう」と言おうとして、そういえば四男から下の弟たちは「見たい」だけで「やりたい」とは言わなかったことを思い出した。

そして自分の「卒業したい」もしかしたらいつかの「認められたい」という願いと同じ線上にあったのかもしれないと思った。

女性へ対する性的欲求もあるけれど女性と経験があったほうが男としてのランクが上がるから、皆から認めてもらえるから、同じ童貞なのにおそ松は自分だけ特に馬鹿にしてきたから、童貞でなくなれば彼から一目置かれるのでは、などと。

ダヨーン族の娘の時と似たようなものなのだろうか、あの時も駄目な自分を受け入れてくれる優しいあの子と易しい世界に嬉しくなって、恋愛感情も碌に育てないまま結婚しようとした。

そんなの女性に対してもこの世で愛し合っている恋人たちに対しても、そしてなによりも自分の気持ちに対して失礼だ。


「……今は好きな人以外とやりたいって気持ちはないよ」


そう言って弟の瞳を真っ直ぐ見返す。

あのときチョロ松に選択肢はひとつではないと諭してきたトド松が、なにを悩んでいるのだろう?


「そうだよね……」

「……っ!?」


チョロ松の答えを聞いたトド松は、やがてひどく安堵した声で呟いた。

張り詰められていた糸が切れたように、表情筋が緩んでゆく。


「おかしい事じゃないよね」


そう言って微笑んだ直後、雨脚が一気に加速しそれ以外の音が消えてしまったようになった。

“おかしい”は弟にピンク色が割り振られた時から幾度も揶揄に使われていた言葉だ。

ピンクなんて男が着るのはおかしい男として間違ってると散々友達に言われていた。

ドライなトド松はそういう友達は切り捨てて来たけれど、当時の男子たちの会話の中で“男なら常に女に触れていたいし触れられたいもの”だと当たり前のように交わされてきたのではないだろうか、チョロ松だって身に覚えがある。


「そうだよ、そう思うのはおかしい事じゃないよ」

「うん……うん」


兄弟の中で普通やマトモといったことに一番あこがれている三男が言ったことで、悩みの半分は解消されたろう、トド松は力なく壁に凭れ掛かり、横目でチョロ松を見ながら礼を言った。

でも、もう半分の悩みはきっと消えていないしチョロ松には消してやることが出来ないのだと解る。

どうして今回この弟がセンバツ決勝戦でトト子と「やりたい」と言った三人のうちでチョロ松に……いや、おそ松ではなくチョロ松に訊ねたのか、その理由が痛い程よくわかった。

チョロ松だってカラ松には怖くて聞けない。


「チョロ松兄さん、ありがとう」


その瞬間、家の電話がけたたましく鳴り、チョロ松はトド松へ掛ける言葉を見失う。


「電話だよ」

「……わかってる」


三男が廊下へ出る頃には末っ子の目線はスマートフォンに落とされていた。

母か兄弟のうちの誰かの迎えにきてくれという催促だろう。

もし長男だったら当たり散らしてしまいそうだと思いながら三男は受話器をあげたがその心配も杞憂に終わり、電話は母からのものだった。


「トド松、僕母さん迎え行ってくるから、お風呂沸かしといて」

「うん、了解」


あの馬鹿兄弟達は雨に濡れて帰ってくるかもしれない、と二人で同じことを想像した。

その想像はがっちり当たりチョロ松と母が帰って来ると玄関はびしょ濡れで、浴室へ続く廊下まで転々と水滴が垂れていた。

この時間に帰って来たということは全員パチンコでスったのだろう。


「ああっ!ごめん今拭くね母さん!」


階段から四人分の着替えを抱えて降りてきたトド松が母の顔を見ると叱られると思ったのか焦ったように謝ってくる。

母は笑顔で「ご苦労さまね」と言い、買い物の荷物を持って台所へひっこんで行った。

チョロ松が雑巾を持ってきてトド松と二人で廊下を拭いていると、浴室の方からカラ松と十四松の合唱が聞こえてきた。

それにおそ松が合いの手を入れて一松が洗面器を叩いて演奏している。


(クソ楽しそうだね……)

(アイツら……)


不穏な顔で床を擦りながらテレパシーで会話するチョロ松とトド松。


((次に出掛けたら絶対限定のアレ買ってもらう))


恋人にそれなりのお値段がする欲しいものを買わせる算段を頭の中で描く二人(しかし買ってもらえるかどうかは五分五分である)には、先程までの不安げな雰囲気が見られない。

末弟のすっかり元通りの様子に三男は兄として安心したが、個人的にはまだ心配もあった。

同性の恋人に抱かれる立場になった以上、これくらいの心のしこりは噛み砕かなければならないのかもしれない、いつかきちんと全部飲み干せる日がくるか、吐き出してしまうかはトド松次第だ。

どちらにしても自分はこの弟の傍にいて褒める為か慰める為に頭を撫でるのだろうとチョロ松は思う。

願わくば、そうなる前に彼の愛する恋人が全てのしこりを取り払ってくれるように、水を含んだ雑巾を搾りながら願うことでもないけれど。




i! i! i! i! i! i!




さて、この日も外は雨だった。

今日は青い空が見えないのは憂鬱で、その代わり青いパーカーを着た兄がすぐ傍にいる。

トド松の座るソファーの前に座りカラ松は釣竿を磨いている、ちなみに先程までサングラスを磨いていて、その前は鏡を磨き、朝は玄関で靴を磨いていたのを見た。

細部まで優しく丁寧に磨く手は見ていて不思議と飽きない、それは道具というより愛玩具に近い扱いをしている気がした。

ソファーの前に解体された釣り竿が並べられているから気を付けないと踏んで転んでしまいそうだ。

いまのところこの場から離れる気はなかったけれど――

釣り竿のパーツ全てを磨き終えたカラ松はそれをまた組み立て始めて、トド松はまたそれをジッと見詰めていた。

トド松の分も一緒に磨いてくれた兄は時々カラ松の釣り竿とトド松の釣り竿の部品を間違える、同じ型のものだし組み立てるには問題ないのだが少し気になった。

たとえばカラ松とトド松とでは釣り竿の持ち方が違うから柄の部分の厚みが違う、魚の釣れる頻度が違うからトド松の方がしなっているし、何度も釣り堀に投げられたカラ松のものの方が傷んでいる。


(誰が誰でも同じか……)


トド松はカラ松の旋毛を見て自分達六つ子はこんなところまで似ているのだと感じた。

他人から見れば本当に皆そう変わらないのだろう、きっと経験値によって変わった体だって、思い出さえちぐはぐにしてしまっても構わないと思われている。

カラ松だってそう思っているのかもしれない、自分は大事だけれど自分以外の兄弟のパーツが入れ替わっても……気付いてさえくれないのかもしれない。

トド松はもし心も体もバラバラにばらされて間違って繋ぎ合わせられるならカラ松とがいいと思う。


(気持ち悪)


トド松は込み上がってくるナニかを払うように首を振ってカラ松へ「もう終わった?」と声を掛けた。


「もう終った。片付けて来る」

「ふーん」


つまらなそうに呟いてトド松がカラ松の肩に足を乗せると「こらこら」と苦笑されてしまう、トド松はこの呆れたような響きが好きで少しだけ気分が上昇する。

足をカラ松の胸の前で交差させるとソファーの方へ倒れてきた。


「おいおい、今日は甘えん坊だなマイスウィートは」

「イターイこと言わないでくれる?」


そう言いながらトド松両手でカラ松の頬を包み込み額に口付ける。


「ごくろうさま」


語尾にハートマークがついてるんじゃないかというくらい甘い声で兄を労いった後で手と足をぱっと離し解放する。

振り返った兄が立ち上がりトド松の座るソファーの背もたれに手を掛ける、ああキスされると思って目を瞑ると思った通りの感触が唇に降ってきた。

一階には他の兄弟がいるからこれくらいしか出来ないけれど今はこれで充分だと二人ともが思っていた。

目を瞑っていても解かる、しめやかな雨が窓を音もなく濡らし、二人の姿を隠してくれる。




i! i! i! i! i! i!




夜の間に降っていた雨は夜明けには止み、朝日を浴びる町中がキラキラと輝いて見えた。

奇跡的に早起きしたカラ松はトド松を起こし、手を引いてベランダに出る、目をしょぼしょぼさせたまま付いてきた彼が眩しそうに眉を顰め、そして――


「綺麗だねえ」


と微笑んだ。


「そうだろ?」


トド松が笑ったのが嬉しくて得意げに言うと、町を見ていたトド松の視線が移動してくる。


「これ僕に見せたいと思ってくれたの?」

「ああ、綺麗だったから」


綺麗で可愛いものが好きなトド松を綺麗な場所へ連れていくのが昔から好きだった。


「お前が見たっていう富士山の御来光には敵わないかもしれないけどな」

「……別に比べるもんじゃないと思うけど、僕は好きだよ、うちから眺める景色」


朝焼けの町に負けないくらいトド松の瞳がキラキラしている、サンタを待ちわびる十四松のものと似ているようで違う。


「そうだな、俺も好きだ」


お前の隣で見る風景は特に、と言おうとして横を向くと真っ赤な顔で此方を見ていた。


「トド松?」

「いや、兄さんが素でそういうこと言うの珍しいから、えっと……」


それに、久しぶりに名前で呼ばれた……と言って目線を逸らして手で顔を仰いでいる末の弟に、こちらこそ素で照れているお前を見たのは久しぶりだとカラ松は頭を抱えそうになった。


「早起きは三文の得だな」

「え?こういう時に使うそれ?」


と、笑ったトド松の瞳からぽろっと涙が流れたのに驚く。


「え?」

「ああー大丈夫だよ、なんか久しぶりにお日様の光を浴びたから目が慣れてないんだよ」


そういえば最近は雨や曇りの日が続いていたなとカラ松は思ったが、トド松の流した涙は生理的な類のものだったのだろうか?

どうせ後で顔を洗うのだからと涙の痕を拭いもせず、トド松は光り輝く町を見ていた。

千切れた綿飴みたいな雲が地の果てに吸い込まれてながら青とピンクにグラデーションされている、なんとなく自分とトド松の色だと思ったカラ松だったけれど、口に出しては野暮のような気がした。

どうせトド松も似たようなことを思っていると今までの経験則から解かっているし、トド松の方もカラ松がそう思っていることを解っているのだと思った。

だからこんなに幸せそうで満たされた表情を浮かべているのだ。

朝から忙しなく感情を動かす弟に、いつものドライさは見いだせない、あのドライさも実は嫌いではないけれど……いや、今は考えるのはよそう。


(俺はどんなトド松も結局好きだと感じるんだろうな、きっと生まれた時からそういうふうに出来てて、きっと一生そうだ)


朝日を浴びて自然とそう悟った次男カラ松は我が家のベランダで末弟トド松を抱き締めた。


「え?ちょ?兄さん?」

「大丈夫、こんな時間に起きてるのなんて俺達くらいさ」

「そういう問題じゃな……」


弟の体が浮き上がるくらいギュッと抱き締める「ふぎゃ」っと悲鳴があがるけれど気にしないし相手はきっと怒ったりしていない。

一晩雨に晒された木製の床が二人分の重みで静かに沈むのを足裏で感じてこれは幸せの重みなんだとカラ松は信じた。

根拠なんてない。

なくてもいい。


「もう、兄さん……」

「ん?」


トド松はカラ松の瞳を見た。

ビー玉みたいな鈍い光の底、晴れた空のような青が見える、中身が空っぽかどうかは別にして、自分は染めようとしても染まらないコレが好きだ。

この胸にどんなしこりがあっても、自我がそこらへんに転がっていっても、きっと太陽があるかぎりコレに惹かれて此処に留まる。


カラ松はトド松の顎の下あたりに鼻を擦りつけ呼吸するが涙の匂いなんてしない、甘い汗の匂い、視界にあるのは肌色だけの窮屈な世界、でもコレの匂いと色を変える権利が自分だけに許されているのを知っている。

だから自分はコレに惹かれて、きっと一生をかけて守りきるのだ。


ふたりは目を開けたまま唇を押し付けあって、まだ昇る途中の太陽に照らされていた。




i! i! i! i! i! i!



おそ松が布団から起き出し階下へ降りると洗面所の前で並んでいるトド松の背中を発見する、トド松の前で洗面所を使っているのはカラ松のようだった。

声をかける前にあくびをしていると、チョロ松がトド松の横に並んだ。

おそ松は、チョロ松がトド松の顔を見て一瞬驚いたような表情をしたのが解かった、そしてゆっくり微笑んだのも。

大事な恋人の指が「流石ドライモンスターだね」と言って末の弟の頭を撫でるのを見て頭に疑問符が上がる。

傍から見ていても『勝手に元気になりやがって、結構心配したんだぞ?』という彼の声がその手から伝わってくるようだ。

そんな三番目の兄にトド松は誇らしげに「僕は僕だもんね」と言い返した。


また長男のいぬ間にぐるぐると面倒なことが起こってたらしい。

カラ松とトド松ならお互い自己完結しながらも絆を深めていけると思うから、そう心配はしていないけど兄として少し寂しく感じる。


(あとでチョロ松に事情聴取してみるか)


そうと決めたおそ松は、皆に存在を気付いてもらうために声を張り上げた。


「おっはよー!チョロ松、トド松!ついでにカラ松も!」


後ろから抱き付かれた三男はよろけて、でもしっかりとおそ松を受け止めて、隣にいた末っ子は甘えんぼうの声で挨拶を返した。

「ついでとはなんだ」と少しムッとした次男がジト目で睨み付けるのを受け流して長男は笑う。


三日ぶりの晴れた空の下。

松野家にいつもどおりの平和な朝が訪れた。






END


サトウさん本当ありがとうございました

折角いただいたイラストのシーンが書けなくて悔やまれます…

というか折角いただいた素敵イラストがこんなことに…

勝手におそチョロまで出してしまって…うわーって感じなんですが書いてて楽しかったです


表紙に使わせて頂いた絵のトド松の手と首の細さとチラ見えする肩が好きですし

カラ松の背中と目線と後頭部の形と右腕の感じが好きですし

二人とも表情が見えない感じが凄く好きですし、光の当たり方も好きですし

なんかしんみりしてるのに背景は温かい雰囲気があって好きですし

なによりトド松がカラ松の服を掴んでるっていうシチュエーションに心臓射貫かれました

ありがとうございます!

サトウさんから頂いた絵