Halftone Invertedqualia 僕らが純粋でいられた時間なんて、きっと普通の人より少ない 父さんや母さんはまあ変わってはいたけどちゃんと六つ子を愛情もって育ててくれていたし 幼い頃から周りには変な大人が大勢いたけどそれなりに慈しまれていた 友達もいたし大好きな幼馴染だっていて、楽しい子ども時代を過ごせていたと自分で思う モラトリアムから抜け出せないのもきっと子どもの頃が楽しすぎたせいだ さて、話はそれたが、そういう恵まれた環境で育ちながら僕らが純粋でいられた時間はとても短い 「おー寒かった、部屋の中はやはり暖かいな」 などと考えながらコタツでみかんを剥いていると庭で陽に当たっていたカラ松が戻ってきた 良い天気とはいえ十二月も後半の外はやはり寒かったようだ 「みかん食べる?」 「ああ、もらおうかな」 カラ松がこたつから手を出して、指に嵌めている指サックのようなものを外した 「なにそれ?指につけてんの」 「これか?ギターを弾くときに皮が剥けないようにとトド松が見つけてくれたんだ」 「ふーん、よかったね」 まぁ冬場は手が乾燥してよく切り傷やあかぎれを作っているので気になってはいたけれど、怪我の多いコイツに今更そんなことしてやる必要性はあまり感じていなかった アイツに音楽の趣味があるなんて聞いたことない(言われてないだけかもしれないけど)からたまたま見付けたというより探し当てたんだろう それか友達に聞いたか、それだったら一見リア充っぽいギターが趣味の兄がいるアピールか、自分は兄想いの弟だというアピール……うん、確実にそうだと思うけど本人が喜んでいるからいいか 「これのお礼にハンバーガーの屋台に並ぶことになった」 この寒空の下な、と言いながら嬉しそうな“一つ上の兄” コイツがどこまで気付いてんのか解らないけどトド松的には気付いていてもいいし気付いていなくても良いんだろうな トド松がカラ松にお礼がしたいと言われると「カラ松兄さんのセンスは信用ならないから」と一緒に出かけて何かを奢らせるのは常套手段 アイツがあざといと言われる由縁はこのへんにあると思う、結局ふたりとも得する方を選んでしまうんだから 「いいなぁ……」 「冷めてもいいなら土産に持って帰るが」 「やめてトド松にあの顔される」 カラ松はどうか知らないけどトド松にしてみれば折角のデートなのに終始ハンバーガーの匂いが漂っていたら台無しだろう(どうせそのあと釣堀にでも行くつもりでいそうだ) 正直おもしろくはないけれど、あんまり人の恋路を邪魔してたら馬に掘られて死んでしまう それに僕が「いいな」と感じたのはそこじゃない そう思っているとカラ松が苦笑いしながら頭をポンポン撫でてきた 「ごめんな」 「……なんについての謝罪?」 「“みんなの末っ子”を“次男”の俺が独占してしまってる」 「……別に、そんなの今更だろ」 「あとは一番目の兄に“お前しかいない”と言って頼れるところ」 息が詰まる、コイツはこんなに鋭かったろうか 「そりゃ何年もお前らに挟まれてれば気付くだろ……オレが解かるのはそこまでで、お前がどうして腹が立っている理由までは解らないけどな」 「……ごめん」 「謝らなくてもいいが、よかったら理由をオレに聞かせてくれないか?お前の兄なんだから」 「別に大したことじゃないよ」 たしかに末っ子のトド松と特別な関係を築いているコイツは、たしかに"長男"のおそ松兄さんは“みんなのもの”だからと諦めてる僕の心に障る 次男だからなにか悩みがあると長男に相談するし、長男も自分の他に頼れる相手がいないだろうと聞いてやるのは仕方ないと思いながらズルイと思っていた だって僕には兄が二人いて弟が三人いる 一緒にいる相手が五人選べる中で“お前しかいない”なんて、六つ子の兄弟のひとりが言って適切なのかも解からない 「それはおかしいな、アイツはお前が一緒にいて一番無理がない相手の筈なのに」 「んなもん昔の話しだよ……ってか、昔も結構がんばってたと思うよ、おそ松兄さんがいない時でもアイツが帰ってきたらなにしようかなって日がな一日考えてたし」 「一緒に馬鹿やるのが楽しかっただけだろ?」 クスクスと笑われ、腹が立った 「だいたい、何故お前は自分の気持ちを隠すんだ」 心底不思議そうに訊いてくる次男に、今回はコイツの言うことが正解なんだろうと思う たしかに付き合っているのだから好意を表に出しても問題ない、でも 「そんなのアイツが調子乗るからに決まってるだろ」 「調子に乗らせておけばいいじゃないか、愛情の出し惜しみはよくないぞ」 「……トト子ちゃんにするみたいにすればいいの?」 「そうだなぁ、あれが一番“素”に近いんじゃないか、好きな相手へ対しての」 あの子は“特別だから”としみじみ呟いて、みかんを剥き始めたカラ松に僕も倣ってみかんの白筋をとりながら考える たしかに僕ら六つ子は彼女がほしいなんて言いつつトト子ちゃん以外の女の子はみんな同じ扱いをするよな おそ松兄さんはデリカシー無しな奇行に走り カラ松はナルシスト全開な奇行に走り 一松は緊張して碌に話せないか奇行に走り 十四松はとりあえず笑わせようとして奇行に走り トド松は思い切り猫被ってるけど最終的に奇行に走る 奇行に走ってばかりの僕らが関係性を築けるかは相手が受け入れてくれるか次第で、トド松以外は関われる子の数が少ないからその相手が特別に見えるというだけで本当に特別なのは“素”で接せられるトト子ちゃんの方なんだろう 僕らのトト子ちゃんに対する態度は似ているようで六者六様なんだけど、それぞれが恋人に宛てるものに近い気がする……僕以外 可愛い可愛いトト子ちゃんと忌々しいおそ松兄さんを同じ扱いには出来ないとはいえ、おそ松兄さんに『好きな相手にする態度じゃない』とはよく言われるから、もしかしたら不安と不満を溜めているかもしれない 「今のお前はおそ松の話を全部ちゃんと聞いてるからしんどいんじゃないか?アイツの思考回路なんて簡単に読めるんだから少しくらい聞き逃していたって問題ないだろ」 みかんを食べ終わったカラ松は二個目に手を伸ばしながら訊ねてきた 六つ子の中でっていうか人類の中でも鈍感な方だと思うコイツに簡単に読めると言われる兄さんってなんだよ 「……まぁたしかに兄さんは単純だし、気分屋だし、こっちも臨機応変にしてた方が楽かなぁって思うけどさ、でも」 綺麗に白筋の剥けたみかんをコロンと置いて、台の上にうつ伏せる 「僕さ、自分がアイツの想定外の行動を取るのが怖いんだと思う」 「……どういうことだ?」 「想定以上でも想定以下でも、アイツに裏切られたって思われるのが怖いんだと思う」 「……」 おそ松兄さんの中の松野家三男松野チョロ松像っていうのを覆したい気持ちがある、新しい僕を見せてびっくりさせたいけど、でもいつだったかトド松が少女漫画を分析してたことがあって(人心掌握の研究の一環だそうだけど、今のアイツを見るに無意味だったと思う)そのときに言ってたんだ 人は、距離が遠かったもの同士が近付くだとか、いがみ合っていたもの達が理解し合うといった話に魅力を感じるんだって、だから少女漫画のヒーローとヒロインは最初は仲悪かったり普段は意地悪だったりするんだって、そんな二人が色んな障害を乗り越えて心を通じ合わせるからドラマチックなんだって、いつもは冷たい相手からたまに優しくされるからトキメクんだって 人ってギャップに弱いものだから、実際自分もそれを体験すれば恋に落ちるんだろうなって想像がついた 「トッティ曰く「いつもは冷たくしといて、いざって時に優しくした方がカラ松兄さんもボクのありがたみ解かるよね」だって」 「オゥ……」 「でもまぁ僕にはそんな器用な真似できないし、ギャップ萌え狙うにも丁度いい匙加減ってのが解からないし、やろうとしたら喧嘩になっちゃうと思うんだよ」 「そうでなくとも喧嘩が多いからな、お前たち」 「うっさい……で、話が逸れたけど、もともと遠かった者同士が近付くときに恋ができるなら、逆にもともと近かった者同士が離れちゃったらどうなるんだろうって」 「ん?」 「兄さん、僕の一番の理解者は自分だと思ってるから少しでも理解できないことがあったらショックなんじゃないかな?だからなるべく現状を変えたくないっていうか」 「自意識過剰だな」 「自信過剰な奴に言われたくねえよ」 間髪入れずに言い返せば、苦笑を浮かべられた 「それで、現状を維持していなければアイツはお前を嫌いになるのか?」 「うーん、そういうことじゃなくて、なんていうかアイツには僕が隣にいることを特別って思ってほしくないのかも」 「え?」 「おそ松兄さんはさぁ、やっぱり“みんなの長男”なんだよ、兄弟となら誰とでも上手くやれて、なんか思いついた時たまたま隣にいる奴の手を取るような……あーー!もし僕らの出逢うのがもう少し遅くて、おそ松にとって最初から特別な存在だったらもっと単純に考えられたのにな!」 「意味が解らんが……お前最初からアイツの特別じゃないのか?」 「まぁそうなんだけど、何て言ったらいいかな……僕はアイツが深い理由もなく僕の手を掴んでくれたことが凄く嬉しかったんだよ、つまり一番アイツの隣にいるのが僕ってことでしょ?僕もそうしてやりたいんだけど、やっぱ僕がアイツの手を掴むのには特別な理由が生まれるんだよな、だから次男として頼れるのが長男しかいないお前とか、みんなの末っ子のトド松を特別扱いしてるお前がたまにすっげぇムカつくって話」 「なるほど、よく解らんがオレにムカついてることはよくわかった……すまないな」 「いやいや僕の自業自得だからお前が気にすることないよ、これでお前があの二人に構わなくなったら困る」 おそ松兄さんは寂しがるだろうし、トド松の兄離れが更に進んでしまいそうだ 「……今からお前みたいなこと言うけど引くなよ?」 「どういう意味だそれ」 「僕はこれ以上アイツから離れたくないんだよね、今の生活で不安なことも沢山あるけど、心の底ではおそ松兄さんとずっと一緒にいられたらそれでいいかなって思ってる、クズでしょ?」 一度自分から離れて行ったけど結局舞い戻ってきちゃったし、物理的にも精神的にも無理だと思うな 幸いにも僕がアイツの隣に居続ければアイツはずっと僕の手を掴んでくれるし、僕だってその手を離す気はない 「フッ……あばら折れそうだ……」 「あ?やっぱそうなる?」 僕の告白を聞いて苦笑しながら腹を抑えるカラ松の頭をぽんぽんと撫でてやった 「でもこれで満足しただろ?トッティ」 「え?」 すると大人しく撫でられていた顔が勢いよくコチラを向いた 大きな瞳を全開まであけて、ぽかんと僕を見詰める顔はいつもより幼い 「……チョロ松兄さん気付いてたの?」 「気付いてたもなにも、今日はおそ松兄さんと釣り堀行くからトド松のことヨロシクなって出て行ったよアイツ」 「……そうなんだ、誰にも言わずに行ったのかと思ってた……チョロ松兄さんに頼むってことは今回は本当に僕には聞かせられないような話してんだね兄さん」 「違う違う、あの時お前が釣り堀に潜って風邪引きかけたから同じことしないように頼まれたんだよ、あと今回はおそ松兄さんが誘ったみたいだし」 おいてけぼり喰らったのには変わりないけど、コイツ的にはそっちの方がいいでしょ 「そうなの?そっかよかった……あの馬鹿またなんかイッタイ悩み抱えておそ松兄さんに泣きついたのかと思った……」 「自分の好きなやつ馬鹿呼ばわりかよ、で?お前はなんでその馬鹿のふりして僕と話そうとしたの?」 「えっと……」 「あ、言っとくけど普段アイツと話すとき「トド松がこう言ってた」なんてバラさないからね、今日はお前だと解ってたから言ってただけで」 「うん、それはいいんだけど」 バツの悪そうな表情をして三つ目のみかんに手を伸ばしたトド松、いやそんなに食べたら夜中トイレに行きたくなるだろ?まだ昼間だけど 「夕食前なんだから止めときなさい」 「はい……」 シィンと沈黙の下りるなか、トド松が僕の前でペコっと頭を下げた 「ごめん、あの……チョロ松兄さんが普段カラ松兄さんとどんな会話してんのか気になってたのと……」 「うん」 「チョロ松兄さんも僕と同じようなことで悩んでたりするのかなって……ほら、チョロ松兄さんがおそ松兄さんのことで相談とかできるとしたらカラ松兄さんくらいじゃない?」 「まぁお前は一応弟だし、そうだな」 「でしょ?だから最初にカマかけてみたんだよ……ごめんね」 末っ子らしい甘えたな声で謝られて、溜息が出て来る、許すけどコイツ本当あざといな と、そう思っていると 「――こんな風に"俺"も“トド松”から謝られて許しちゃったんだよね」 「は?」 なんだろう……トド松の雰囲気が一気に変わった ていうか、この声……それに「俺もトド松から」……って 「先週、カラ松が十四松とカラオケ行ってる時に同じようにカラ松のふりしたトド松に色々聞かれちゃったわけよ〜」 「えっと……もしかして、おそ松兄さん?」 「ビンゴ!」 顔を上げたソイツはたしかに憎たらしい長男の表情をしていた うっわ最悪、という文字が頭でいくつも打ち上っていく つまりカラ松のふりしたトド松のふりしたおそ松兄さんに騙されてたってことだ 気付かなかった自分にもムカつく 「状況違う分ちょっとアレンジしたけど実際トド松が言ったことだから違和感なかっただろ?あと、この指サックみたいなのはトド松がカラ松の為に買ったけど結局渡せなかったのを拝借しました」 僕を騙す小道具として、か……本当最悪 「バレたら殺されるぞ二人に」 「ちなみにカラ松と一緒に釣り堀行ってるのは俺の格好した一松で、また釣り堀に潜ろうとしたトド松のことは十四松が止めてくれてる筈」 「うっわあの二人も巻き込んだの?」 最悪、最悪、最悪、最悪 「最悪」 「そう?おかげで俺は最高の気分よ」 「って、放せ、カラ松の格好して押し倒してくんな、っつかこんなとこで盛んな」 僕の両手を取ってグイッと後ろに押し倒した兄さんはニヤニヤと笑いながら瞳に欲情を湛えていた そうだよね、久々に僕デレたから興奮する気持ち解かるよ、僕だって逆の立場だったら堪んねえなってなるよ でも、こんなとこでヤったら炬燵が汚れるわ次男の服は汚れるわで最悪だわ 「つーか、僕怒ってんだからな、騙したこと」 「えー?さっき謝ったら許してくれたじゃん」 「それは末っ子だと思ってたからだろ」 「じゃあ長男のことも許してよ、特別に」 「やだよ、末っ子ならともかく長男は特別扱いしません」 そう言えば、ほんの少しキレたように兄さんの米神が動いた 「お前さぁもし仮にカラ松が長男だったら特別扱いしたろ?一松でも十四松でも」 「……そうかもね」 「俺が末っ子だったとしても特別扱いしないだろ?」 「うん、まあ」 そう言えば目の前で特大の溜息を吐かれ、ちゃんと毎朝櫛をかけている前髪が二つに分かれてしまった 「もう、それで許してやるよ」 「は?許すって今怒ってるのは僕なんだけど」 「はいはい解りましたーーあとで皆まとめて飲み連れてくから許してちょ」 「イヤミみたいな口調すんな萎えるだろうが!ただでさえ次男パーカー着てるのに!!」 「盛るなって言っといて萎えるって文句言うのどうなの?」 服は脱いでやるから我慢してなーーなんて、言って僕の方から脱がしにかかるコイツを誰か止めてくれ!! おそ松兄さんとこのままセックス突入したら兄弟が帰ってくるまでに終わらない!! そう思った瞬間、部屋の襖がスパーンと開いた 「ボクらがごはん食べる食卓でなにおっ始めようとしてんの?ゲス松兄さん?シコ松兄さん?」 「と、とってぃ?」 「ゴメンおそ松兄さん、春に独り立ちしてった友達がこないだ奥さんと子ネコ紹介しに帰ってきたって話したらクソ松にバレた」 「なに普通にほのぼのとした話してんの!?」 「フッ……オレを騙そうなんて十年早いぜ」 「いつも騙されてる筆頭が何を言う」 「セクロス?セクロスっすか?」 「違うよ十四松!!これは……えっとプロレスだから!!」 「プロレスだったらボクらも混ぜてもらおうかな?最近運動不足だし」 「丁度よかったな」 指をポキポキならしながら近づいてくる次男と末っ子 「いやお前ら今朝もジョギング……」 「プロレス!?ぼくもする!!」 と、十四松が炬燵をひっくり返したもんだから籠に入ったみかんがコロコロと床に転がっていく 「あーあ十四松兄さん」 なんて言いながらみかんを拾う末っ子はもう既に僕らに興味がないみたいだけど(流石ドライモンスター)次男はそうもいかないみたいだった 「ご愁傷さま」 僕が白筋を取ってた綺麗なみかんを拾って勝手に食べ始めた一松がニシシと笑っている、今回ノーダメージだったからって調子乗ってんだろ 「卍固め!!」 「ぎゃああああああああああああああ!!」 二人ともターゲットはおそ松兄さんみたいだし(そりゃ悪いのはコイツだから仕方ない) 僕としても、おそ松兄さんから最中に訊かれてたろう色んなこと有耶無耶にできたから別にいっか END ことし最後のお話がこれってどうなんでしょう |