ただ、貴方へ向けて、私は

歌が好きってわけじゃないの!
好きな服きてステージに立ってみんなに可愛いって言われて!
ただただチヤホヤされていたいだけなの!

そう宣う彼女はキラッキラしていた。
ここまで正直に自分の気持ちをさらけ出す女の子なんて見たことない。
トド松が今まで知り合ってきた女の子はもっと裏表があり(我が家のクソニート連中なんかよりはよっぽど善人だけれど)自分を良く見せようと取り繕っていたと思う。
けれど、この幼馴染の女の子は純粋に自分本来の魅力だけで自分は可愛がられると信じているんだ。

本当に本当に凄いことだと思った。
ありのままの自分をさらけ出しているというだけならトド松の周りにも沢山いるが、一生遊んで暮らしたい系の兄やら、燃えないゴミを自称する確かに燃えない兄やら、尊敬に値しない奴らばかりだ。

(まぁ一松兄さんはさらけ出してはないかもねぇ……あ、でも以前より素直になったような?)

エスパーニャンコ様々だねぇ〜なんて思いながら、お酒を飲んでいると、一緒にいた友達が今日はご機嫌じゃん、とかパチで勝った?なんて聞いてくる。

「えー?違うよねトド松くん、このお店、唐揚げ美味しいから今度お兄さん連れて来ようと思ってんだよね?」

クスクス笑いながら一人が言うと、なるほどねーとかフフフと笑い声が周りから立つ、冷やかしというより温かく見守ってくれてるような友達、トド松が頑張って築いてきた家の外の優しい世界。

「違うよー、幼馴染のこと思い出してただけー」
「幼馴染?ああ地下アイドルの?」

彼女のことはチケット買わない?と散々声をかけていたので皆も知っている。

「わー浮気だ浮気だカラ松兄さんさんという者がありながらー」
「ひどーい」

浮気浮気だと騒ぐ女の子達に「なんでそうなるの」と苦笑する、兄弟の醜態を目の当たりにしたことのある彼女達には自然と兄の話をしてしまっている。
特に次兄は“カラ松兄さんさん”という愛称?まで付くようになった。
たしかに燦々としているのでピッタリかもしれない。

「幼馴染さんおもしろい格好してるよね」
「トド松の周りにいる人は楽すぃそーでいいね」
「トッティの周りっていったらウチらも入ってるけどね」

幼馴染が真面目にやってるアイドル衣装をおもしろいと言われても腹が立たないのは彼の育ちの良さだろうか、けして馬鹿にしておらず親しみさえ覚える表情は、好印象はこうやって作るのだろうなと参考になった。
その横で楽しそうに笑っている子も、兄のパーフェクトファッションについて愚痴っても服装は自由でいいよなんて言ってくるし、自分の隣でレモンサワーを飲んでいる子も六つ子が初対面でとんでもない格好をしていたと思うが普通に受け入れてくれていた。
普段デートする女の子たちとは違ってトド松に厳しいことを言ってくるが、多少劣等感を感じながらも人を見た目で判断しない友達と一緒にいるのは楽しかった。
好きな人の話を正直に話せるというのも救いだった。
所詮他人だから……と言えば寂しいけれど、自分が誰に恋をしていようと迷惑をかけない相手がいることはトド松の気持ちを楽にさせたのだ。

「でもさ、カラ松兄さんさんの話が一番おもしろいよね」

こうやって世間の人から言われると自分の想いを肯定されたように感じる。
狡いトド松はこんな“逃げ道”を作っておかないと家族にも本心をさらけ出せないのだ。

(大丈夫、たとえ失ってもボクには別の世界がある)

この恋が露呈すれば足枷は外れるだろう、傷付いた兄達から裏切り者と背中に罵声を浴びながら、あの中から抜け出して光輝く世界へと飛び立てる。
万が一、この恋が受け入れられてしまえば、あの人の存在は足枷なんて生易しいものではなくなるのだろう。
それでもいい、それが良かった。

トド松にしては珍しくブランデーをちびちび口にしながら、静かに二度目の覚悟を決めた。



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「トド松、カラ松兄さんに唐揚げ作ってあげたいんでしょ?」

意外にも兄弟の中でそれを最初に指摘したのは三男のチョロ松だった。
朝の情報番組を観る彼の横でスマホを弄っていたトド松が『唐揚げ特集』と聞いて顔を上げたのが発端となった。

「え?」
「学生の頃から金欠だとか言って母さんのお手伝い入ってたもんね、裁縫や掃除はともかく料理は一番できるんじゃない?」

裁縫は縫い物以外ならクソシリーズを生み出すカラ松が上手いし整理整頓は主にチョロ松がしている(トド松も綺麗好きだけれど部屋ごと焼いて一掃しようとして以来必ず監修が付くようになった。いつぞやのドブスな花の精が汚したときなのでトド松はムシャクシャしてやったと言及している)

「カラ松の好物……特に唐揚げのときは必ずと言っていいくらい手伝ってたよね」

揚げ物は目が離せないし使う器具が多いからと母が支援要請を出すことが多かったが、毎回十四松がはいはーい!と手を挙げるのを諌めてトド松が腰を上げるのがお約束だった。
十四松兄さんに揚げ物は任せらんないよ、というのは建前で、優しい五男とそれに甘えた六男の作戦だったのかもしれない、その証拠に唐揚げ以外の揚げ物で十四松が手を挙げた時は忙しいからとチョロ松にパスされることもあるのだ。
パスし過ぎて気付かれてしまったのかもしれない、けれど、それを指摘してきたのが意外だった。

「えっと……こういうの最初に言ってくんの、おそ松兄さんだと思ってた……」
「先手を打っとかないと、クソ長男に弟の恋が潰されかねないから」

テレビからチョロ松へ視線を動かし、呆然と呟いたトド松にチョロ松はそう応える。

「同性とか親近とかは気にするタイプじゃないけど、六つ子内恋愛はどうなんだろな?アイツ箱推しだから」
「箱推しって」
「一松はトリオ厨くさいけどアイツの場合コンビ厨も兼ね備えてるから大丈夫だろ、十四松も担当が被らなければ超穏健」
「いやあのさ……」
「ちなみに僕はプロデューサー信者だから転身するのは勘弁」
「チョロ松兄さんマジ顔でボケるのやめてくれる!?怖いから!!」

思わず声を張り上げるトド松に、チョロ松は両耳をワザとらしく指で塞いでみせた。

「冗談はともかく、お前がカラ松をどう思ってたって少なくとも僕と一松と十四松は気にしないよ」
「……」

そう言われ、ケホッと一回咳が出た。

「あ、そうだお前ちっさいころ鬼ごっこ下手だったろ?」
「は?」

いきなり何を言うんだろうと思っているトド松にチョロ松は続ける。

「お前どんくさいから気付かなかったろうけど、おそ松兄さん鬼のときは僕がお前の逃げ道を塞いじゃってたんだよね」
「はぁ!?」

十数年目の真実に目があんぐりと見開かれる、あの頃気付かなかった。
昔のことを蒸し返したくないが毎回一番に捕まることで何度悔しい思いをしたか、自分が捕まったことを知り失速した次男が二番目に捕まるのも足を引っ張っているようで本当にイヤだった。

「なんで!?」
「自分が捕まらない為に決まってんだろ」

あっけらかんと答える三男にうわコイツ最悪という感情が顔に出る。

「あとお前、今と違って昔は可愛かったから逃げ道をひとつしか用意してなかったよね、だいたいカラ松が逃げた方向と途中で落ち合えるような道で、だから妨害しやすかった」
「え!?ていうかボク今も可愛いし!!」
「……お前……まぁそうだな、今も逃げ道はひとつしかないって考えてるよな……でもそれは途中でカラ松と落ち合える道?」

目を細めて笑うから自分達の中で一番小さな黒目にも眼力が宿っているように感じる、時々見るゲスのような表情ではなく真っ直ぐ真摯に見えるので余計に。

「自分は逃げるのが下手だし自分が捕まればカラ松も巻き添えくうって、お前に変なトラウマ植え付けちゃったかもしれないね、僕」
「そんなこと……」

あるだろうか?胸に手を当てて考える。
トラウマかはともかく兄達から逃げおおせた記憶はないし、自分が兄を怒らせる悪戯にはカラ松が関わっていることも多くトド松のついでとばかりにカラ松も攻撃されることが多かったかもしれない。
不条理からなる喧嘩が様式美のような兄弟間なので特別気にするようなことではないけれど、やはり少しは気にしていたんだろうか?


「でも、逆に言えばお前は僕が妨害しなかったらどうなってたか知らないんだよな」
「……」
「僕は……散々お前らを囮や盾に使ってたの少しは悪いと思ってるし、もう邪魔すんのやめてやるよ、いち抜けヒャホー」
「いち抜けって、遊びじゃないんだから」

自分がしたいのはそんな遊びの鬼ごっこじゃなくて、もっと本気のものだ。

「知ってる、それでも僕がいる時だけこの家に帰ってくればいいよ、二人とも」
「二人?」
「途中で落ち合うつもりないなら最初から一緒に行けばいいだろ」

ぱあっと、目の前に道が開けたような気がした。
何度も心を無にして棄ててきた、一番天国から遠い場所へ続く道。

「前に家の空気が可笑しくなった時、お前とカラ松が僕のこと助けてくれたから恩返し」
「いやいやあの時は一松兄さんと十四松兄さんも気使ってたから、父さん母さんも、それに」

おそ松兄さんやチョロ松兄さんだって……と、口に出す前に解ってると言うように頷かれた。

「あのな……きっと、僕らみんな大事にしたいものは一緒なんだと思う、ただソレをそのままずっと守り続けたいって人と、失いたくないから変わりたいって人がいるだけで」

心はひとつだよ。
だなんて、今日もライジングが利いてるね。
トド松は泣き笑いのような表情を浮かべた。
自分だって、本当はこのままのんびり平穏にくらしていければいいと思っているのだ。
でも、このままじゃきっと皆ダメになる、ここはネバーランドなんかじゃないから、こんな生活いずれ壊れてしまう、それが怖い。
兄さん達は怖くないの?なんで変わらなくていいなんて言いきれるの?とてもとても無責任に感じていたけどそうじゃない。
自分と同じで、みんな六つ子が大好きなんだ。

「あの馬鹿と、地獄に落ちるのは……僕ひとりでいいんだよ」

その中の一人を選んで愛すこと、チョロ松はもう覚悟を決めている。

「ボクはもうちょっと抗ってみる、このまま地獄になんて落ちてやらない……そしたら兄さん達のことも引き上げてみせるから」

だからどうか、せめて、この恋だけは叶えさせてほしい。

「ボクのこと応援してて」
「さっきからそう言ってるだろ」

チョロ松は常識人ではないけれどマトモに見える表情で弟の恋を応援すると言った。
幼馴染のあの子みたいに、ありのままをさらけ出して可愛いと思ってもらえるなんて思ってはいない。
六つ子の中のルックス担当ではあるけど、根本的な体の作りは一緒だから大差をつけられるとは思わない。
それでも彼はナルシストだから自分と大差ないルックスをしていた方が見ていてくれるかもしれない、そう、まるで鏡を見るように。

「色んな料理研究してきたくせに実際アイツの為だけに作るのなんて初めてじゃない?」

買い物へ行って帰ってきたチョロ松とトド松は玄関に自分たち以外の靴がないと確認すると台所へ荷物を置きに向かった。
次男の好きそうなフリフリエプロン(薄いブルー)を身に纏ったトド松にチョロ松は話しかける。
一松と十四松の情報によると、おそ松はパチンコ屋、カラ松は公園で逆ガールハントに精を出しているらしい、相変わらずグズでしかない時間の過ごし方だがこれが自分たちの好きな相手なのだ。

「ねえねえチョロ兄さん!こんなのどう?」

テーブルの上でなにか描いていたトド松はチョロ松の言葉を無視し逆に質問してくる、見せられたのはお弁当の設計図だ。

「お前、女子力ねぇな」

唐揚げ、アスパラベーコン、ウィンナー、肉巻きおにぎり、ハンバーグ。
彩り度外視の肉づくしなソレを見て思わず呟く、するとトド松は気にすることなく「あ、兄さんのことだから自分の顔のキャラ弁とかのが喜ぶか」などと言っている。

「それなら、ふりかけでハートマークの方が気持ち伝わりそうだけど」

蓋を開けた途端カラ松が自分の顔に夢中になって意味不明な言語で捲し立てトド松がツッコミモードに突入し、ムードをつくるどころではなくなる(和やかにはなりそうだけど)そう説明すると神妙な面持ちに変わる。

「あと、栄養価偏りすぎな、そんなんじゃアスリートの嫁になれねぇぞ」
「カラ松兄さんアスリートじゃないしボク嫁じゃないし仮に嫁だとしても家事は分担するから」
「一息でに言い切ったな……けど栄養バランスはもっとよくした方がいいと思う、母さんのお弁当思い出し……」
「どうしたの?」
「早弁したおそ松兄さんから死守するのに必死で母さんのお弁当よく憶えてない」
「とられるの解っててなんで一緒にお昼食べてたの?」
「そんなの……言わないよ」
「惜しいなーー」

もうちょっとで「好き」を聞けたのにと残念がるトド松、三男の長男好きは言動から丸わかりなのに決定的な言葉は言わないのでイマイチ仲間意識は持てなかった。
協力者になってくれているだけで御の字とは思うが出来れば此方からも協力したいのだ。

(おそ松兄さんと地獄に落ちる覚悟があるだけで報われたいとは思わないのかな)

それでも一時期に比べれば大した進歩だが……まぁ自分たちが上手くゆけばこの兄にも意識革命が起こるかもしれない、兄の為にも絶対負けられないとトド松はいつになく燃え始めた。

「トッティ、スポットライト浴びてる場合じゃないから……早くしないと昼になるから……」

もはや疑問も浮かばないほどナチュラルに家の中に内蔵されていてトド松のテンション上がると出てくるスポットライトにツッコミつつチョロ松は勝手にトド松のスマホにレシピアプリをダウンロードした。

「この紙にカラ松の好きな食材書いてって、検索するから」
「牛肉・鶏肉・豚肉・兎肉・羊肉・鹿肉・猪肉・馬肉・狐肉・狸肉・熊肉・犬肉・猿肉・雉肉・鶴肉・海亀……」
「肉は一種類に絞ってな」

そもそも牛と豚と鶏しか購入していないしソレ以降はカラ松食べているところ見たことがないし途中から日本昔話が頭に浮かぶのでやめてほしい。

「ていうか唐揚げは決定事項なんだから、あとは卵焼きとか和え物とかサラダとか」
「サラダはポテサラでいい?ボリュームあってカラ松兄さん好きなんだよね!スパゲッティサラダでもいいけど……あ、ナポリタン入れよう!」
「栄養価っていうかカロリーが……」
「デザートはリンゴ兎でいいよね、桃は季節じゃないし」
「とりあえず材料検索やめるよ」

メニューが決まったならそれでいい。
好みの味付けも六つ子は殆ど変わらない(なんせ母の味ベース)ので味見しながら作れば旨いと言ってもらえるだろう。

「お前……手際いいよな、なんで今まで作ってこなかった……」
「えー?だってさカラ松兄さんの為にそこまですることないって、自分に言い聞かせなきゃ際限がなくなりそうでねぇ……」
「は?そうなの?」
「うん」
「トド松はアイツ喜ばせたいんだよね?なんで我慢すんだよ?」
「チョロ松兄さんが言うか……まぁそりゃあボク自身を守らなきゃいけないと思ってて」
「どういう意味?」
「ほらボクちょっとでも興味あったらなんでもやっちゃうとこあるけど、それは単にやりたいこと自由にするってことが大切なだけで、別にそれ自体に拘りがあるわけじゃないんだよね、一つ出来なくなってもまたもう一つ好きなもの見付ければいいや、みたいな」
「あー……」
「遊ぶ場所とか趣味とかもさ、地獄の足枷から解放されてボクは自由だ!って認識できれば内容はどうでもいい」

たしかに渋いものや趣のあるものを好む傾向があるが、意外とアウトドアでもあり、お洒落でキラキラしたものも好きという、好きには違いなくても趣味嗜好に統一感がないような気がする。
ここ最近のトド松がドライだと言ってもピンとこないだろうと思っているが、改めて彼がそう言われる所以を理解した……というか言い出しっぺはチョロ松だ。

「あ、誤解しないでね!自由を感じたい為に一緒に遊ぶ人達のこととか利用してないからね!」
「それはさすがに思わないけどさー……えー?トッティ?」

まさかとは思うけれど。

「ちゃんと他に夢中になれることが見つからないうちにカラ松兄さんを喜ばせること覚えちゃったらそればっかりになっちゃうじゃん、そんなの兄さんにとっても負担だろうし」
「それで多趣味多芸になったと……なんか器用貧乏くさいんですけど?」

なにか一つ秀でたものがある方が個性というものが出来るのでは?と、多生児っぽいことを思う。

「いいじゃん、色々ある程度出来てりゃ誰にも迷惑かけないし、個性は薄いと思うけど……そういうときはこの生活から逃げるために必要なんだと思ってもたせてる」
「だから一人で逃げようとすんな、僕らより出来ること多いなら見下してもいいから無視すんな」
「ふふふ……冗談だよ、でもチョロ松兄さんも一番大切なもの変えなくていいけど他にも好きなこと作っといた方がいいよ、そうしないと大切なものが崩れそうなとき支えられないよ?外敵から守れないよ?」
「それはわかる……ちょっとしか社会に出てないけど、それでも世間の厳しさ感じたもん」

だからこそいざとなれば全てを捨てて一緒に堕ちる覚悟が出来たのだけど、末の弟は諦めることが出来ないらしい、それが彼の強かさであり拙い部分でもあるんだろう、カラ松にも似たようなところがあって、上手くいけば同じ道を共に歩んで行けそうに思うのだ。
でもそれは、きっと長男の心を傷付ける、幼いままで大きくなった自分にとって一番の大切、今それを傷付ける手助けをしているのかもしれない。

「チョロ松兄さんはなに作るの?」

三男の買い物袋を覗き込んで、そのまま目線を上げるトド松、女子がしたらさぞや可愛い仕草だろう、成人男性にしては案外似合うけどチョロ松はうんざりとしたように応える。

「海老フライとオムライスとプリンとハンバーグとグラタン……スープはコンソメ?」
「兄さんこそ栄養価を考えた方が……っていうかなにそれ!?お子様ランチ!?」
「旗は作ればいっか……ハタ坊に作り方教わっとけばよかったかも」
「いや面倒くさいことになるからやめといた方が……え?それボクも食べたい多分カラ松兄さんたちも食べたいと思う」
「ちゃんと全員分作るから、夕ご飯には帰ってきな」
「うん!帰るーー!」

トド松は両手を上げて嬉しそうに部屋の中をクルクルと飛び回った。
本気で嬉しい時のリアクションがカラ松に似ていて「ご馳走様」って感じなんだよなとチョロ松は笑う、長男には申し訳ないがこの可愛い弟のためにやっぱり頑張るのだ。

「ポテサラいっぱい作るから足していいよ!ナポリタンも!」
「オムライスにナポリタンはちょっと……あ、じゃあピラフにしようかな……スープも卵スープにして……」
「それもいいねぇ」

お子様メニューに陽気になりながらも米を研ぎ始めたトド松を尻目にチョロ松は野菜の皮剥きを始める、ジャガイモを水にさらしている間にニンジンを細かく切って、水を切ったらジャガイモを耐熱ボオルに入れる、トド松は鶏肉に味を付けていた。

「卵スープと卵焼き作ったら卵足りなくなるね、プリンやめてゼリーにしよう」
「あそっか、ゴメン」
「いいよいいよ、ゼラチンと炭酸水があったよね、果汁は梅酒でいっか」
「お子様ランチに梅酒」
「いいだろ?だいたい夕飯なんだからランチは可笑しい」
「チョロ松兄さん、こまかーい」

レンジに入っていたジャガイモを取り出して潰したトド松は細かく切ったニンジンと混ぜテーブルの上に置く、暫く放置だ。
ホウレンソウを洗って、少し考えたあと最初に切っておくことにする、沸騰したお湯に根元の方を先にいれ数秒後に葉の部分を入れてサッと茹で上げる。
水を切った後、切ってあったベーコンと一緒に炒めてゴマと一緒に和える、皿に乗せてこれも暫く冷ましておく。
トド松は買い物袋から「じゃーん」と一口サイズのモッツアレラチーズを取り出し、洗ったプチトマトと交互に串刺しにし始めた(ちなみにピックは青い星の付いたものとピンクのハートの付いたものだ)
それは冷蔵庫に入れておいて、次にトド松は揚げ物用の鍋の中に油をドバドバ入れ始めた(あとでエビフライも作るので結構豪快だ)
味の浸みた鶏肉に手作り唐揚げ粉をまぶして、熱した油へゆっくりと投入する、顔を近づけて真剣に見つめるので油が跳ねて危ないと兄から忠告があった。
こんがりと良い感じに揚げ上がった唐揚げを油切りの上に乗せ、火を止める鍋の中を綺麗に掬って蓋をしておく、トド松がここまで終えるとチョロ松が海老の下ごしらえを済ませたところだった。
エビフライは夕食の直前に揚げるとして、スープの下ごしらえをしておこうかと玉ねぎを切り始める。

「ポテサラに玉ねぎも入れたいから薄切りの頂戴」
「はいはい、ついでにキュウリ切っとくね」
「ありがとー」

玉ねぎを薄切りにしてレンジへかけ辛みをとる、その間にスープに入れる玉ねぎを切りバットに入れる、どうせポテトサラダにするのだから匂いが移ってもいいかと、そのままのまな板でキュウリを少し太目の輪切りにした(切る直前にトド松から注文を受けたのだ、その方がカラ松の好みなのだそう)
卵をよくといて味付けしたトド松は玉子焼き用のフライパンを出し、スマホの動画サイトで『卵焼き 焼き方』を検索する、すると何十もの動画がズラッと並んだ。
それを一つ一つ真剣に見る(準備などは飛ばして焼いてるところだけ)トド松の邪魔をせぬようそっと玉ねぎとキュウリを先程の潰したジャガイモとニンジンの入ったボオルに入れ混ぜた。
結局ポテトサラダはほとんどチョロ松が作っている気がするが、最後の味付けをトド松に任せればいいだろう、そうこうしている内に「よしっ」と気合いを入れたトド松が卵焼きの焼きに取り掛かるところだった。
あとでこの様子をカラ松に教えてやろう、羨ましがるだろう、けれど報復として自分の様子をおそ松に教えられるのはイヤなのでトド松のいないところでコッソリとにしようと心に決めたチョロ松。
後は味付けだけのポテトサラダを冷蔵庫に入れておいて、まな板を洗い、スープに入れるニンジンと椎茸を薄切りする、まだ昼前なので今は卵を溶きいれる前のスープだけ作っておこう、けれどグラタンとハンバーグに入れるタルタルソース用の玉ねぎもついでに切っておこうか、というか卵と玉ねぎと小麦粉が大活躍のメニューだなと今更ながら思う、ヘルシーさも考慮してハンバーグのつなぎは豆腐にしておこう。

「トド松、ゆで卵作っといて」
「はーい」

お弁当箱を出して、炊き立てのご飯を入れ、鮭ふりかけとクッキーの型でハート型を作っている(本当にハート型にするとは思わなかった)弟に声を掛け、チョロ松は大量の玉ねぎを微塵切りし始める、涙が出ないように何故か家にあるガスマスクを着けていると「兄さん怖い」と横から声が刺さった。
バッドいっぱいになった玉ねぎからタルタルソースにする分をボオルに取り、バッドはラップを掛けておく。
マヨネーズ、粒マスタード、塩コショウをテーブルの真ん中に置いて、まな板を軽く拭いてから母特製のピクルスを微塵切りする、その間にトド松がゆで卵の殻を剥いてくれていた。
微塵切りした玉ねぎとピクルスとゆで卵をボオルに入れてテーブルに立つと、その横にポテトサラダのボオルを持ったトド松がやって来た。
二人に挟まれた位置にあるマヨネーズをトド松がとったのでチョロ松は粒マスタードと塩コショウを自分のボールの中へ入れ、チョロ松がマヨネーズをとるとトド松が塩コショウを軽くポテトサラダに振った。
ポテトサラダを味見を一回して、これでいいかな?と首を傾げている弟に、自分にも味見をさせてと言うとスプーンで掬って渡してきた、兄もスプーンでタルタルソースを掬い弟に渡し、二人同時に口の中に入れる。

「「おいしい」」

ぴったりユニゾンした声に顔を合わせてクスクス笑った。
薄いブルーのフリル付きエプロンをしているトド松と、鮮やかな赤と緑のタータンチェック柄のエプロンをしているチョロ松、別にお洒落をしているわけじゃないのに、なんだか普段と少し違って見えて楽しい、これが日常になっても別に構わないなと感じながら、もしそうなったとしたらコレが記念すべき第一回目なのだ。
後はナポリタンだが、弁当箱がいっぱいになってしまうので諦める、夕食にチョロ松が作るよと言ってくれた。

出来上がった弁当を数分間満足げに見詰めたあと、トド松は思い出したように写真を何枚も撮る。
初めて好きな人の為だけに作った料理は彩りは豊かで美味しそう、肉づくしにしなくて良かったと思う、ほんの少し三男に感謝して、蓋をした。

「ありがと!じゃあボク行ってくるね!」

お弁当の袋だけを抱えて意気揚々と出掛けたトド松、行先は勿論カラ松のいるだろう公園だ。
チョロ松は、どうせ素直にカラ松の為に作ったなんて言えないんだからハートマークは入れないほうが良かったのではないかとほんのり思う。

(拗れないといいけどねぇ)

でも、最終的にがんばって「兄さんに食べてほしくて作った」と言えるし、一口食べたら解かるだろう、なんせずっとカラ松のことを想いながら作ったのだから。

「僕も気付いてもらえるかな?」

トド松のエプロンと一緒に戸棚の中に自分のエプロンも隠してしまう、一松と十四松に頼んで長男は夕食が出来上がるまで足止めしてもらおう。
かまってちゃんな兄は弟の頼みなら面倒くさがりながらも内心喜んで付き合うだろう。

「気付いてくれるよね……」

あの兄のことだから、気付いて、一瞬苦々しい顔をしたあと結局なんだかんだと喜んでしまうのだ。
同じ六つ子の弟が大好きだから、今はそれだけでいい、これから何度もずっとおそ松を想って料理を作ろう、料理だけじゃなくて色んなことを彼のことを想ってやろう。

地獄に堕ちたいと駄々を捏ねる彼を、地上へ繋ぎ止めようとする人がひとりでもいる限り、自分は背中を押してその手を取らせるのだ。
堕ちるのは、もう少しこの世界を楽しんでからにしようよ、離れ離れにされても、探し出してくれるでしょ?

「お前の好物を作ってやれる、この世界が結構すきかもしんないよ……僕」

その為に必要なことを、ほんの少し頑張らせて、変わることはけして悪いことばかりじゃない。
ふたりでいればこの先も楽しいことが沢山あるでしょう。
そんなことお前はとっくに解ってるだろうから、僕は隣に立って指をさすんだ。
前でも後ろでも上でも下でも、一緒にいられる場所を、お前のいる場所を、そこへ続く道をさしつづけるよ。



【ただ、貴方へ向けて、私は】



その晩、チョロ松は

「告白らしきものは出来たけどカラ松兄さん全ッ然気付いてくんなかった!なんなのあのニブさ!!今度はマフラーとかアクセサリーとかもっとわかりやすいの作るから兄さんも付き合ってね!!」

と、トド松の愚痴とともに八つ当たりを受け止めた(あと約束もとりつけられた)あと

「今日の夕飯おそ松の為に作ったんだろ?自分のことではないのに、なんだか胸がいっぱいになってしまった……そう言えば昼間トド松が弁当を持ってきてくれたんだが……」

と、照れくさそうに語り始めたカラ松にいたくストレスを感じたのだった。





END

私の想像上のトド松フレンズほんと可愛いな(自画自賛)オリキャラでもよかったけど普通に善人だったので公式モブ使ってみました
最近おそ松兄さんと一松の出番が少ない気がするので次回はおそチョロ前提でパーカー松の話を書こうかなって思います