オニオンをきざむ、そんな深い夜、バーナビーは独りチャーハンを作っていた。 虎徹にいつか食べさせる約束をしているので時間がある時はチャーハン(と日本食)の練習をする事が多い。 ついでにアイロンがけや家計簿をつける練習なんてのもしていてバーナビーの嫁力は只今急上昇中である。 勿論そんなことが市民にバレると今まで培ってきたイメージが崩れてしまうためバディだけの秘密だが―― バーナビー・ブルックス・Jrにはバディにも隠しておきたい秘密があった。 「あ、ドレッシングがない」 サラダを盛り付けた後で冷蔵庫を開けるとドレッシングが入っていなかった。そういえば今朝使い切ってしまったんだったと思い出す。 バーナビーが主に作るものといえばチャーハンと日本食(とロールキャベツ等)なのでドレッシングを作るスキルはまだなかった。 「仕方ない……マヨネーズにするか」 おじさんっぽくてイヤなんだけどな、と言いながらバーナビーはシンクから一歩下がる。 次の瞬間、彼の瞳が青い光を放った。そして人差し指を立ててピストルのようにそれを構える。 すると彼の指先からマヨネーズが一直線に発射された。ピピピピピとリズムよく。 (自分でしといて何だけど滑稽な能力だよな……) そう、それが彼の秘密。 なんと彼は指から『マヨビーム』が出せるのだ!(※そういうNEXTである) 「ん、でもいつもながら美味しい」 指についた残りマヨを舐めながら呟く。バーナビーにとってはハンドレッドパワーと共に二十年以上付き合った能力なので特に抵抗はない行為だ。 「まぁ誰にも言えませんけど」 と、バーナビーは苦笑いを浮かべながら程好くマヨネーズのかかったサラダに視線を落とした。 別にイヤな能力というわけじゃないのだ。食べるの自分だし成分は普通のマヨネーズだしオイシイし。しかもノンカロリー&ノンコレステロールしかも味は絶品とくれば使わない手はない。 ただ全然スタイリッシュじゃない、世間にバレたら死ねる級にカッコワルイ能力だと思う。 成分はマトモでもNEXTで精製されたマヨなんて色々キモい、バレたら大変だ。それで差別されるとも思わないけれど…… (どうせ“BBJのマヨネーズぺろぺろ”とか“バニーのマヨはちょっぴりマイルド、貴方の胃袋を完全ホールド”とか言われてしまうんだ!いや皆気持ち悪がって食べないから誰の胃袋もホールド出来ないだろ!!) 今夜のバニーはちょっぴりネガティブであった。恐らく昼間スケジュールの都合で虎徹に会えなかった所為だと思うが今それは置いとこう。 (はぁ……) 世の中には一見なんの役にも立たないようなNEXTが溢れているから、その中ではマシな方かもしれないけど、この能力のメリットといえばハッキリいって一生マヨネーズに困らない生活が出来ることくらいだ。別にマヨラーではないので正直必要ない。 (それに……) エメラルドの瞳がうるうると潤んできた。今夜のバニーはやっぱりちょっぴりネガティブだ。 バーナビーは両手で胸を押さえた。実は彼にはあと一つ秘密がある。こちらは研究所にも教えていない本当にバーナビーだけの内緒の話だ。 彼には指先の他にもう一カ所マヨネーズが出る所があったのだ。 彼は無意識に胸の突起を摘まみながら大きな溜息を吐いた。 (バレたら死ねるどころじゃないな……) ――そう、バーナビーのマヨネーズは乳首からも出る―― しかもコッチは自分でコントロール出来ずバーナビーの感情が昂ぶると勝手に出てくるという迷惑な仕様だった。 なのでいつもニップレスが手放せない。今は家に一人だから外しているけれど……そういえば虎徹からニップレスをしているのを見られた時は死ぬほど恥ずかしかった。 『バニーちゃんて乳首敏感なの?』 と、真顔で聞かれた時はセクハラと名誉棄損で訴えてやろうかと思ったが、能力を隠している後ろめたさがあったので我慢した。 考えてもみろ、あんなシーンこんなシーンで実は乳首がじんわりマヨネーズ濡れだったと知られたら感動してくれたタイガー&バーナビーのファンにも申し訳がないが、虎徹にはもっと申し訳ない。 だからニップレスで抑えて絶対バレないようにせねば、ハンドレットパワー発動時にそんなことがあったら百倍の嗅覚でバレかねない。 ただでさえ虎徹といると感情が昂ることが多いのだから本気で気を付けなければ! 玄関のベルが鳴ったのはバーナビーがそんな決意した時だった。 自動的にモニターにエントランスの映像が映し出される。そこに映っていたのは今の今まで考えていた相手。 「虎徹さん?どうしたんですか?こんな夜更けに」 連絡もなしに何の用だろうか?昼間会えなかったから顔をみれて嬉しいけど…… ドアを開けて虎徹を招き入れると「へへへ」と笑いながら後に頭を下げて両手をその前で合わせた。 「突然わりぃな、さっきまで一人で飲んでたんだけどよ……会社に家の鍵忘れちまって」 「泊めて欲しいと?……というか飲むなら僕も誘ってくれたらいいのに……」 「や!そう思ったんだがお前最近忙しそうだし休ませてやろうかと」 「ふーん……でも結局こうして僕のとこに来てるから世話ないですよね?」 バーナビーが自分でも機嫌がいいと解る笑顔で応えると虎徹もくしゃっと笑った。 実は今日一日くらい我慢しようと結局会いたくなって来てしまったのだ。家の鍵を忘れたというのも本当だけど 「ところで良い匂いするな、料理してたのか?」 「え?あ、えーっと……」 「お?チャーハンじゃん!お前練習してたってマジだったんだなー」 「ちょ!?勝手に入って行かないで下さいよ!!」 バーナビーはキッチンに入りシンクに置いてある皿に手を伸ばしかけた虎徹の手を掃う。 「これは僕の夕ご飯です!虎徹さんは飲んできたんでしょ!?」 「えー?ケチだなバニーちゃん」 「ケチでもバニーちゃんでもありません!それにチャーハンはまだ練習中なんです」 まだ貴方に食べさせられる出来じゃないんです……と俯きながらぼそぼそ言えば虎徹が目を丸くして、次第に穏やかに目尻を下げていった。 「解かった。チャーハンはまだ食わねえけどコレはちょっともらうな」 そう言ってサラダを乗せた皿からトマトをひょいっと掴み口に入れるのをバーナビーは止められなかった。 マヨラーの虎徹はトマトをとる時に皿の端に着いたマヨネーズも掬っている。結果―― 「うお!?このマヨネーズ超うめぇ!!」 (うわぁああああああああああああああああああ!!!) 食べられた。自分の指から出てきたマヨネーズを虎徹に食べられた。しかも超うまいと言われた。バーナビーは混乱した。 「なあコレどこのメーカーのだ?俺も買いたいんだけど!?」 次の瞬間、興奮気味に虎徹に訊ねられバーナビーは咄嗟にどう返していいか分からなくなった。 「い、いや買ってきたのじゃなくて……」 「え?じゃあバニーちゃんの手作り!?すげえ!!」 (いえ手作りには違いないのですが) 「なぁ俺にも作ってよバニーちゃん」 「え?」 「だってマジで超美味いんだもん、俺マヨネーズ好きなのに、この味を覚えたらもう他のマヨネーズ食えねえってくらい」 そう言われても困ったように眉を下げるしか出来ない。そりゃ正当法で作っているのなら嬉しいし、いくらでも作ってあげたくなるけど…… 「なぁ?バニーちゃんお願い」 「……」 「駄目か?」 「し、仕方ないですね……」 虎徹のおねだりにバーナビーは弱かった。 「本当か!?ありがとうバニー!!」 (……大丈夫、僕のマヨは成分的には問題ないし、何より身体に良いものだ。NEXT能力で作ったと思わなければ美味しく頂いてくれる……) 嬉しそうに輝く琥珀の瞳から目を逸らし溜息を吐いた。 これで余計バレるわけにはいかなくなってしまったが虎徹を納得させるには正直に本当のことを言うしかなくて、そんなことは出来ないから 「とりあえず夕食を食べてから作りますので虎徹さんはリビングで待ってて下さい」 「疲れてるとこ悪いなぁ、俺も手伝おうか?ていうかレシピ教え」 「駄目です!」 バーナビーは虎徹をギンっと睨んだ。出動中にも見せない鋭い視線に思わず怯んでしまう。 「僕ひとりで作るので虎徹さんはゆっくりしてて下さい!あとこのレシピは僕だけの秘密です!!」 「え?なんで」 「欲しくなったらまた作ってあげますから!!」 あまりに必死の形相で言われ虎徹は反射で何度も頷いた。 「いいですか!?僕がマヨネーズを作っているところは決して覗いてはいけませんよ!!」 「あ、ああ……」 心の中で「お前は恩返ししにきた鶴か!」とツッコミつつ虎徹は素直に答えた。 「わかればいいんです!!」 バーナビーはそう叫ぶように言ってチャーハンとサラダを持ってスタスタとキッチンを後にした。 が、入口のところでクルリと振り返って「飲みたいものがあったら自分で用意して持ってきて下さいね!」と指を刺した。 すらっとした後姿を見送ったあと暫く呆然と突っ立っていた虎徹だが、やがて髭に手を沿わせながら溜息交じりの笑みを浮かべ。 「ほんと変な奴だなあ」 零す声は愛おしげだ。正直あそこまで拒否られると作り方が気になってしまうのだが、バーナビーが鶴のようにどこかへ行ってしまっても困るので彼の秘密を覗くのは諦めよう。 「……やっと腹括ったってのに言う前に逃げられちゃ堪んねえよなぁ」 虎徹はここ最近ポケットの中に入れっぱなしになっている暖かい小箱を取り出し撫でながら呟く。 そして冷蔵庫からシャンパンを取り出し自分とバーナビーの分のグラスを持ってリビングへと歩を進めた。 一方バーナビーはというと、もうすっかり冷めてしまったチャーハンを咀嚼しながら (ああもうどうしよう……僕の馬鹿) と泣きたい気分になっていた。 (兎に角こうなったら絶対虎徹さんにはこの能力バレないようにしなきゃ。うん、頑張ろう) ……可哀想だがその決意も努力も報われることはないだろう。 なんせ本人の意思とは関係なく感情が昂るとマヨネーズが出てくるのだ。虎徹にバレるのも時間の問題である。 ――数か月後 《おーーーっと!ここでバーナビーの『マヨビーム』が犯人の顔面に直撃!!その隙にワイルドタイガーが犯人を確保ぉ!!》 第二の能力をカミングアウトしたBBJがその能力を遺憾なく発揮しているのをヒーローTVで観れるようになった。 ただし指以外からもマヨネーズが出るということは市民には秘密だ。 おしまい |