ホルモンを食べる、そんな深い夜。虎徹は親友のアントニオと焼肉屋に来ていた。
アントニオ一押しの店の一押しメニュー上質のホルモンは美味い、だが少し物足りない。

「あーーバニーのマヨが欲しい」
「お前焼肉にマヨネーズって……折角良い肉なのに」

それ以前にカロリー敵にダメだろうとアントニオが指摘する。

「だってぇーバニーちゃんのマヨネーズまじ美味いんだもんよー」
「へぇ……」

バーナビーの指から出るマヨネーズの味を知って以来、虎徹はバーナビーのマヨネーズにもう夢中だった。
二十年以上ずっとひた隠しにしてきた能力だろうが何だろうが、虎徹がどこそこ構わずマヨネーズを欲するので(そしてバーナビーも与えてしまうので)親しい者にはバレ始めている。

「あれは中毒になるね、マヨに貴賤なし!と思ってた俺がもう他のマヨじゃ満足しなくなったからな!」

アントニオは「力説することでもないよな」と思いながら網の上に肉を乗せていく。最近虎徹はバーナビーのマヨネーズに匹敵するマヨを探すことがマイブームだという。
そんなことしなくてもバーナビーがピピピっと放出してくれれば事足りるんだが、忙しいバーナビーを毎食付き合わせるわけにもいかないので仕方なく。
まぁ探せば色んなメーカーがあるんだなーと本人は楽しみながらやっている様ではあるが、そのどれもがバーナビーのマヨネーズを越える事は出来ないらしい。

で、虎徹がここまで夢中になるのだから相当美味いのだろうなと一度「俺にも食わせてくれ」と頼んだことのあるアントニオだったが

「だッ」「めッ!です!!」

と、バディから全力で拒否された。

「まあバーナビーがイヤなら別に構わんが何故お前まで……」

美味いものは大勢で食べた方が美味い派の虎徹でもこればっかりは例外らしい、バーナビーのマヨネーズを独占したいのかなんなのか……
ちなみにバーナビーは食事は一人で落ち着いて食べるか気心の知れた者同士で食べるのがいいのだという、それを聞いた時その場にいた全員が特定の人物を思い浮かべたのは言うまでもない。

「虎徹さんがイヤがるなら余計にダメですね」
「バニー……」
「本当は虎徹さんにも口に入れて欲しくないんですけど……こんな得体の知れないもの……」
「なに言ってんだバニー!もっとお前のマヨに自信を持てよ!」
「虎徹さんこそなに言ってんですか」

そう笑ったバーナビーの表情が安堵に満ちていたから虎徹は自分の行動が間違いではなかったと確信した。バーナビー自身が嫌うバーナビーを好きだ好きだと言っていれば何かとネガティブな彼も自分をもっと好きになるに違いない。

ここで回想を止めて頬杖をつきながら虎徹はしみじみと呟く。

「いやーでもよ……マヨネーズ大好きな俺と体からマヨネーズ出せるバニーがコンビになるなんて、これって運命じゃね?バニーのあの能力は可愛いアイツに神様が与えてくれた恩恵なんだよ、きっと」
「……」

アントニオは今の虎徹の言っていることが正直理解できなかった。彼が大きな壁を作った七年ほど前や、隠し事をしていた二年ほど前並みに遠い存在に感じてしまう。
大した問題でもないが一人で抱え込まず、こうして心内を吐露できるようになったのは良い事かもしれないけれど……やはりこういう事は自分の心の中だけに抑えておいた方がいいと思う。

「そういえば虎徹お前もうバーナビーに告白はしたのか?」

これ以上、親友の不思議な持論を聞いていたくなかったので話題を変えた。結局バーナビーの話だけど

「え?」
「こないだ“する”って言ってただろ」
「あ……ああ、それがさ告白しようって思った日にバニーの能力を知って……それから色々あって有耶無耶に……」

ハハハ、と乾いた笑みを漏らして虎徹は再び回想の世界に入った。

あれは今から一月ほど前だった。
バーナビーの部屋に突撃してバーナビーがチャーハンの練習を続けていることを知り、年甲斐もなく照れてしまった時、照れ隠しに彼の作ったサラダに手を出してしまったのがバーナビーの第二の能力を知るキッカケ。
彼のマヨネーズを口にした瞬間の感動を今も憶えている。あまりの美味さに自分にも作ってくれと頼み、最初渋っていた彼から了承をもらい自分は少し浮かれてしまっていた。そう、その浮かれた気分のまま告白しようとしたんだ。

「なあバーナビー、俺お前がパートナーになってくれて本当に良かったよ」
「どうしたんですか?改まって」
「いや、お前若くて才能有り余ってるのに、よくこんなロートルおじさんに付き合ってくれてるなと思ってよ……お前一人なら今すぐにでも一部に帰れるのに……思い返せば俺最初からお前には助けてもらってばっかだったよな」
「そ、そんなことありません!僕の方が沢山助けてもらってます!!それに最初の方の僕なんて本当に捻くれてて生意気で高慢で貴方達に迷惑ばかり……」
「あのよ……お前は自覚ねえだろうけどな、お前の素直な気持ちって本当綺麗で優しいもんなんだよ」

瞳を潤ませんがら訴えるバーナビーの頬にそっと手をやる虎徹。

「そうやってお前みたいにちゃんと反省出来る奴も珍しいし、あんだけのことがあったのに他人に対して純粋に感謝したり尊敬できるのはスゲエよ、それにお前は自分が思うほど捻くれてなかったぞ?今思うとお前が出逢った頃から俺のこと真っ直ぐ突っぱねてたのって俺の気持ちが最初から真っ直ぐ伝わってたからだよな……んで今は俺の気持ちを真っ直ぐに受け止めてくれてる」

浮かれた気持ちのままの所為か普段の二割り増しくらい恥ずかしいことを平然と言っていることに気付いていない、バーナビーの顔はもう真っ赤だ。コレは告白イケるんじゃねえか!?と思い始める虎徹。

「ありがとな、バーナビー……また俺と一緒の道に立ってくれて」
「あ、当たり前じゃないですか!貴方のいる場所が僕の生きる道です!!」

ああやっぱり気持ちを真っ直ぐ受け取ってくれるし真っ直ぐ伝えてきてくれる……――虎徹が瞳を愛おしそうに細めた時だった。

「ッ!?」

急にバーナビーの体がビクっと震え上下に痙攣し出したので虎徹も驚く。

「ちょ!バニー!?大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です!!」

近付く虎徹を引き剥がしてバーナビーは後ろを向いてしまった。これは只事じゃないと虎徹が前に回るとまた体を逸らして後ろを向くバーナビー、それを数回繰り返すと虎徹がキレてバーナビーの肩を掴んで無理矢理向い合せた。

「ふっ!?虎徹さん……!?」
「バニー?なんだよ急にどうし……」

言葉の途中で虎徹が固まった。バーナビーのTシャツの両胸の先端部分が尋常じゃないくらい湿っている。

「な!?何だコレ!!お前大丈夫か!?」
「え、えっと」

何だコレと言われたらマヨネーズに違いない。バーナビーは指から自在にマヨビームを発射出来る能力の他に精神が昂ると乳首からマヨミルクが出てしまう能力の持ち主でもあった。
しかし本当の事を言える筈もなくバーナビーが誤魔化そうと必死に頭を動かすが、何か言おうとすればするほど混乱しボロボロと涙が流れ出してしまう。

「だッ!お前どっか痛いのか!?」
「ちが……」
「ちょっと見せてみろ!!」
「いやっ!ヤメテください虎徹さ……」

抵抗も虚しくバーナビーはTシャツを手早く脱がされてしまう。涙で歪んでよく見えないが今虎徹はどんな顔で自分を見ているのだろう?そう思って更に涙が溢れる。
バーナビーの胸の突起からカスタードクリームのような色をした液体がドロドロと溢れ出ている所だった。いつもはニップレスで塞き止めているのに今日は虎徹がいきなり来たからしていない。

「お前、これ!大丈夫か!?病院に」
「ッ!?その必要はありません!!!」

それがマヨネーズだと知らない虎徹は何か悪い病気だと思って言った。バーナビーはそんなことは御免だと涙を振り切って叫んだ。
涙のフィルターが外れたバーナビーの瞳には自分を本気で心配している相棒の顔が映って、もうこれ以上この人に心配させるわけにはいかないと反射的に思った。
自分の手で胸に着いた液体を拭うとバーナビーはそれを虎徹の鼻先に突きつける。驚き目を瞠る虎徹を真っ直ぐ見つめ返し真っ赤になった目で「嗅いでください」と訴える。
すると虎徹の鼻腔に独特のあの匂いが広がった。

「これ……マヨ、ネーズの……」

ようやくバーナビーの乳首から出てくる液体の正体を知った虎徹だが――


「え?でも何で?」


――当然の疑問だった。



「おい虎徹?どうした?もう酔っちまったのか?」

茶褐色の大きな手を目の前で振られ我に返る虎徹。どうやら回想の世界に浸り過ぎていた様だ。

「いや大丈夫だ」
「まあ明日も早いしそろそろお開きにするかー」
「そうだな」

虎徹とアントニオは会計を割り勘で済ますと途中まで同じ道のりを歩いて帰る。
街灯がちかちかと照らす道でのんびりと星を見上げながら口を開く。

「なあ牛ー」
「んーなんだー?」

牛と呼ばれる事にもはや疑問も湧かず間延びした返事を返すアントニオに虎徹はなんとなしに訊ねた。

「お前もし男から“乳吸わせてくれ”って頼まれたらどうする?」
「……」

親友が本格的に遠くに行ってしまったように感じた瞬間だった。

「……どうした?いきなり……」

折角ほろ酔い加減だったのが一気に醒め、背筋に冷たい汗がダラダラと流れる。今夜何度思ったか解からない「コイツなに言ってんだ」という心境を隠して、出来るだけ平然を装い聞き返した。

「いや、なんとなく」

なんとなくで訊く質問ではないとツッコミたかったが、空に浮かぶ雲のような虎徹の雰囲気がそれを許さず、結局真面目に考えてしまうアントニオ。

「えっと……そりゃシチュエーションと相手によるんじゃねえかな?」
「そうか――」

と、自分から訊いておいてそれきり黙ってしまった。
これ以上この話をしたくないアントニオにとっては助かったが、結局分かれ道に差し掛かるまで一人微妙な空気に耐えるしかなかった。帰ったら飲み直そう、そしてこの事は忘れてしまおうとそっと決意をして虎徹の背中を見送った。
最後にほんの少し彼の相棒――バーナビーの身を案じながら。

(今日は満月か……アイツのマヨネーズみたいな色だな)

月を見てマヨネーズを思い浮かべる人なんて重度のマヨラーに違いない。その重度のマヨラーが愛したのがバーナビーの指先から発射されるマヨネーズの味。

(アイツの乳から出るマヨも同じ味なのか?でも色が違っていたし匂いも少し甘かった気がする)

これはマヨラーとしての純粋な興味か……いやバーナビーが好きだからこそ興味が湧くのだろう、だってもし他の人間の乳からマヨネーズが出るとしても、いくらなんでも吸いたいとは思わない。
それに白濁のべっとり付いたアイツのベリー色の乳首と胸から腹にかけてマヨネーズまみれになった身体はとても扇情的だった。兎のマヨネーズ和えとでも言うのか

しかし

(もし“お前の乳を吸わせてくれ”なんてアイツに言ったら)

あばら何本かイかれること間違いない。


「はぁ」


アルコールを含んだ熱い溜息は、真っ黒な夜空に少しだけ白く残った。






END