「バーナビーさんの指輪ってタイガーさんの髭に似てるよね」

事の発端はパオリンのこの一言だった。


【第一次指輪騒動】


タイガー&バーナビーの本日最後の仕事はトーク番組に出演。一足先に着いたバーナビーはまだ時間があるからとテレビ局近くのカフェで虎徹が来るのを待っていた。

(虎徹さん今日休みだったのに急な仕事入って気の毒だなぁ)

虎徹はたしか楓と会う約束があると言っていた。もう夕方だから彼女はもう帰っているだろうけど少しくらい娘と共に過ごした余韻に浸らせてあげてもいいのにと思う。
虎徹が離れて暮らす家族のことを本当に大切にしているのは他人の自分にだって伝わっているし、亡くなった妻のことを今も大事にしている事もバーナビーは彼の指輪を見る度に実感していた。

(指輪……か)

トレーニングセンターでパオリンに言われた言葉を思い出し己の指に嵌った指輪に視線を落とすバーナビー。

(似てる……かな?)

“自分の指輪”が“虎徹のにゃんこ髭”に

「うーん」

頭を傾げながら、手の甲を少し持ち上げてみた。バーナビーの基本的なスタイルは会社から指定されている。
だから普段着もアクセサリーも恰好良く、スマートに、を心掛けて選んでいるつもりだった。
“コレ”も今日までずっとスタイリッシュなアイテムだと思っていたのだが、先輩のカンフー少女から虎徹の髭と言われてしまった。

(う……駄目だ。一度そう思うとどうしてもそう見えてしまう)

もうバーナビーの目には自分の指輪が虎徹の髭にしか見えなくなってしまった。
イヤだ……それなりに気に入っていた指輪なのに、おじさんと同じセンスなんてイヤだ。よりにもよって“にゃんこ髭”と似てるなんてイヤ過ぎる。
バーナビーは大きく溜息を吐く、散々馬鹿にしてきた虎徹の髭と似たものが自分の指についていて、しかもなんだか肌に馴染んでしまっているなんて、そんなところも虎徹を彷彿とさせるから余計外し難くなっているだなんて、もう……

(恥ずかしい)

指輪を見つめながら、頬に熱が溜まっていくのを自覚した。でも不思議と悪い気はしないのだ。
それどころか身体のどこかにある柔らかい部分を刺激してくすぐったいような気持ちにさせる。そういえば虎徹は髭を虎の牙だと言っていたから自分もそう思えばいいのかもしれない。

そうだ、にゃんこ髭じゃない虎の牙だ!虎徹さんの髭かっこいい!とってもワイルド!!
バーナビーはそう言い聞かせるように心の中で繰り返す。

「ふっ……」

すると「そうだろ〜」と目尻を下げて嬉しそうに笑う虎徹の姿が思い浮かんで、バーナビーも目尻をとろんと垂らし情けない笑みを零した。

(口に出さないだけでいつもカッコイイと思ってるんですよ?おじさん)

顎を引くと金の髪がさらりと落ちる。バーナビーは胸の辺りまで持ち上げた指輪を優しく見つめながら撫でた。
本物の髭はこんなツルツルした触り心地じゃなくてザラザラしててチクチクするんだろうな、なんて想像しながら。

そうしていると何だかだんだん愛おしく思え、つい唇を寄せてしまう。
虎徹の髭に同じ事は出来ないけれど、虎徹を考えながらする彼の行為はとても恭しい。

(虎徹さん虎徹さん!まるでアナタが傍にいてくれてるみたいです。勝手に想っていてもいいですか?)

髭も、背中も、腕も、バーナビーにとっては虎徹の全てが頼もしいものだから――

「バニー」

暫く指を頬に寄せて目を瞑っていると正面から良く知る声が聞こえた。
顔を上げると、茫然とこちらを見ている虎徹と目が合った。

(なにぼーっとしてるんですか?僕ずっと待ってましたよ……)

ふんわりした気持ちのままニコリと微笑めば、虎徹の顔がぐにゃりと歪みバーナビーは頭に疑問符を浮かべることとなる。

(どうしたんだろ?虎徹さん……楓ちゃんから何か言われたのかな?)

娘と会った後はいつも上機嫌なのに今日はなんだか不機嫌そうに見えて不思議だ。
「虎徹さん?」と呼ぶとハッと笑顔になって、急に取繕うがやはり様子が可笑しい。

「どうしました?」

なにか言いたいことあるなら言って欲しいと願い訊ねたが虎徹はただ笑って「いや、待たせたな」とバーナビーを促した。
彼はこうして他人に気付かれる程に中途半端な隠し方をするから相棒に心配させると解っていない。隠すならもっと徹底的に隠せと周りの大人達は思っている。

たしかに虎徹は今バーナビーに言いたいことがあったが隠した。
こんな往来で――頬を染めながら指輪を見てふにゃんと笑って優しく撫でて愛おしげに口付けてる――なんて、お前本当に自分の立場わかっているのか。と

「ほら早く行こうぜ」

これ以上バーナビーを此処にいさせたくなくて早くこの場から離れようと虎徹はその腕を掴んで立ち上がらせた。その動作が存外乱暴になったことに二人とも一瞬驚く。

(やべッ)
(……虎徹さんやっぱり可笑しい……僕なにか怒らせるようなことしただろうか)

でも最近は虎徹が良く思わないグラビアの撮影もしていないし、出動時はきちんと連携出来ているし、デスクワークで迷惑をかけていないし、プリンを勝手に食べたりもしていない。
ということはプライベートで何かしてしまったのか?でも今日は虎徹さん今までずっと休みだったし――意味不明だ。


そんなバーナビーの不安を余所に虎徹は、

(……さっき随分楽しそうだったけどあの指輪誰から貰ったもんなんだ?言っちゃ悪いがあんまセンス良くねえよな……あれなら俺の方がバニーに似合うもん用意できそうだし、……ていうかだいたい待機中とはいえ勤務中に色ボケた表情して指輪なんか扱うなよ、俺の存在にも気付かずに撫でたりキスしたりなんて……どんな気持ちになるか分かってんのかねーバニーちゃんは)

と、もはや何処から突っ込んでいいのか解らないことを考えていた。そもそもアンタただの相棒だろ、なに言ってんだ。

(虎徹さんの視線が痛い)
(あーなんかムカムカする、なんでか知らねえけど!)

それから二人はカフェを出てテレビ局まで無言で向かった。
随分と気まずい空気が漂っている。


しかし仕事は仕事、二人共インタビューが始まるとしっかり仲良しアピールをし(実際仲はいいけれど)――

「ワイルドタイガーの髭はにゃんこじゃありません!虎の牙です!!」

あらぬ誤解をされてるとはつゆ知らないバーナビーは、虎徹の髭をにゃんこ髭と言ったインタビュアーに向かって吼えるのだった。

(いや!アンタもずっとにゃんこ髭にゃんこ髭って言ってたじゃん!!)

インタビュアーは心の中で叫んだ。この人も何も悪い意味でにゃんこ髭と言った訳でもないのにお気の毒だ。

(バニー……お前もこの髭の良さをやっと解かってくれたのか……!!)

でも虎徹の機嫌はちょっと治った。

「バニーさっきはイライラしてて悪かったな」

頭ナデナデ。

「え?あ……いえ、いいんですよ。普段は僕の方が短気でタイガーさんに迷惑かけてるので」

ハンサムはにかみ。

「俺はバニーが俺にだけ怒ってくれるのが嬉しい、なんか甘えられてるみたいで」
「だったら僕もタイガーさんに甘えて頂けるように頑張ります」
「バニーにはもう充分甘えてるつもりなんだけどなあ」
「もっと甘えていいですよ?タイガーさん」

(いやインタビューの途中なんですけど何ふたりの世界作ってんですか)

付き合ってもいない、ただの相棒の甘ったるい空気に中てられたインタビュアーにその場にいたスタッフは皆同情した。


そんなこんなで指輪の件が有耶無耶になってしまいましたが
……これにて一件落着?